超常本の堆積物に分け入って、肯定派、否定派、懐疑派、そのスタンスを問わず超常現象が好きな読者ならきっと誰もが気に入るに違いないお値打ちものを紹介する「シリーズ 超常読本へのいざない」その第9回。今回は、いわゆる永久機関の特許出願について紹介・解説する一冊です。
『永久機関の夢と現実 特許庁審判官の明かす永久機関の問題点(タネアカシ)!』
著者:後藤正彦
発行者:社団法人「発明協会」
昭和63年1月22日 初版発行
平成4年4月20日 再版発行
このシリーズではこれまで、題名あるいは装丁を見ただけであからさまな超常本(少なくとも異端のテーマを扱った本)だとすぐに分かるような書物を紹介してきました。しかし今回のは違います。何といっても出版元は社団法人「発明協会」、著者はもと特許庁の審判官、装丁は地味。ぺらぺらめくってみると、硬い生真面目な文章でひたすら特許出願(公開公報)の解説が書かれています。書店でも「実務書」コーナーに、財務、税制、簿記、といった題名の本と並べて置いてありそうな、そんな感じ。いかにも実務書に見えますし、実際その通りです。
むろん著者にも超常本を執筆したという意識はありません。本書の狙いについてはこう書かれています。
現在なお、この種の永久機関に関する発明の出願は後を断たず、多くの発明家が財産を投げ出し多くの労力を費やしている。(中略)100年以上も前の発明と同じような論理構成をもった発明が今でも出願されている。このことは、永久機関の失敗の記録が一般にあまり知れわたっていなかったためと思われる。(中略)
そこで、著者は、永久機関に関するいろんな発明を紹介するとともに、発明家をまどわす落とし穴がその発明の論理構成のどのへんにあって、そしてなぜその発明で永久運動が実現しないかを可能な限り指摘することにより、永久機関の発明家ならびに永久機関に興味を持っている人々の参考に供したいと思う。
このことにより、一人でも多くの永久機関の発明家が、永久機関の実現不可能なことに気づき、今まで無駄に費やされてきた精力やお金をより有効な方面に使っていただけたらと願うしだいである。
第1章より
実務書あるいは啓蒙書として世に出されたことは間違いないでしょう。ところがテーマがテーマなだけに、知らず知らずのうちに超常世界にアプローチしてしまった、隠れ超常本になってしまった、というのが本書の魅力なのです。
ではさっそく内容を見てみましょう。
そもそも永久機関とは何か。それは外部からエネルギーの供給を受けることなく、外部に対して無限に仕事(エネルギー)を提供し続けるメカニズムのこと。これはエネルギー保存則(熱力学第一法則)という基本的な自然法則に違反するため、実現不可能であることが明らかになっています。なお厳密にいうと永久機関にも第一種と第二種があるのですが、面倒なのでここでは第一種だけを扱うことにします。
永久機関の原理には、大雑把にいって「不均衡型」と「ループ型」があります。
不均衡型は、例えば移動する重りなどの仕掛けを車輪に取り付け、左右不均衡な初期状態にしたもの。車輪は重さの不均衡ゆえに重力や浮力によって回転を始めますが、ある程度回転したところで初期状態に戻り、こうしていつまでも回転が止まらない。回転軸を発電機につなげば無限電力が得られる、というわけです。
ループ型は、出力の一部を仕事として外部に提供しつつ、残りをフィードバックして入力として供給するもの。アンプや変圧器など何らかの増幅機構を含んだメカニズムにより出力を入力よりも大きくしてやれば、その差分を外部に対して無限に供給し続けることができるわけです。
永久機関の発明家は、重力、浮力、磁力、電力、慣性、浸透圧、毛細管現象、はては超伝導まで、とにかくあらゆる自然現象を利用して、前述の原理に基づいた仕掛けを実現しようと挑戦しているのです。そこで著者は、使われている自然現象によって永久機関を細かく分類してゆきます。そしてその上で、個々の分類項目について実際に出願された永久機関の特許出願を取り上げ、具体的になぜ動かないのかを解説し、ひとつひとつ斬ってゆくのです。その労力には頭が下がります。
そこで著者は、単に種々の永久機関を紹介するだけでなく、発明者が見つけることができなかった永久機関の論理構成の中にある小さな落とし穴を指摘し、なぜ永久機関が実現できないかを具体的に解説してきた。
さらに、種々の永久機関を系統的に整理してさまざまな角度から見られるようにしたため、一種類の永久機関からだけでは理解できなかった事項でもわかるようになる場合もあり、何かと参考になるものと思われる。
第15章より
では目次に沿って、著者による永久機関の分類体系を見てみましょう。第3章から第13章がその分類体系に該当します。長くなりますが、目次をそのまま引用します。どうかざっとでいいから目を通して、人類が永久機関にかけてきた情熱と努力の幅広さを実感していただければ幸いです。
目次
第1章 永久機関の魔力
第2章 永久機関の種類
第3章 重力を利用した永久機関
3.1 車輪と重り球を用いたもの
3.2 ちょうつがい関節や鎖を用いたもの
3.3 復元用コンベヤーを用いたもの
3.4 その他の重力利用の永久機関
第4章 磁石を用いた重力利用の永久機関
4.1 車輪と鉄球を用いたもの
4.2 その他の磁石を用いた重力利用の永久機関
4.3 永久機関はなぜ特許にならないか
第5章 バネの弾力を利用した永久機関
5.1 バネの反発力でハズミ車を駆動したもの
5.2 回転力増大機と組み合わせたもの
5.3 その他のバネ利用の永久機関
第6章 浮力を利用した永久機関
6.1 鎖状につながれた容器を用いたもの
6.2 回転円筒を用いたもの
6.3 容器の体積を変化させたもの
6.4 水と空気を置き換えたもの
6.5 気泡浮力を用いたもの
第7章 毛管現象を利用した永久機関
7.1 毛管現象のみを用いたもの
7.2 毛管内を真空にしたもの
7.3 毛管現象を利用してモーメントのバランスを崩したもの
7.4 永久機関かな? (その1)
第8章 水車と揚水装置を組み合わせた永久機関
8.1 水おけを水車で駆動して揚水したもの
8.2 ダビンチの永久機関
8.3 川底や海中に設置したもの
第9章 エアモータとコンプレッサーを組み合わせた永久機関
9.1 単にエアモータとコンプレッサーを組み合わせたもの
9.2 ピストンの重さを利用して空気を圧縮したもの
9.3 自転車に用いたもの
9.4 永久機関かな? (その2)
第10章 その他の機械的な永久機関
10.1 内力を利用した永久機関
10.2 慣性を利用した永久機関
10.3 フライホイールを用いた永久機関
10.4 ラッパの原理を利用した永久機関
10.5 ウォーターハンマーを利用した永久機関
10.6 サイホンを利用した永久機関
10.7 永久機関かな? (その3)
第11章 電磁気的な力を利用した永久機関
11.1 磁石の吸引力や反発力を利用したもの
11.2 浮遊磁石を用いたもの
11.3 電動機自身が発電するもの
11.4 電力増大変圧器を用いたもの
11.5 超伝導を利用したもの
11.6 航空機用ジェットエンジンに適用した永久機関
11.7 永久機関かな? (その4)
第12章 化学現象を利用した永久機関
12.1 水の電気分解を利用したもの
12.2 高等裁判所で争った永久機関
12.3 水を燃料としたもの
12.4 浸透圧を利用したもの
12.5 プラズマ放電を利用したもの
12.7 永久機関かな? (その5)
第13章 常温熱を利用した永久機関
13.1 マクスウェルの悪魔
13.2 空気中の熱エネルギーを運動エネルギーに変換したもの
13.3 ヒートポンプの原理を応用したもの
第14章 永久機関の夢
14.1 熱磁気発電
14.2 水飲み鳥は永久機関か?
14.3 地球は巨大な永久機関か?
第15章 おわりに
こう、すごいというか、圧巻です。実現できないものをここまで細かく丁寧に分類するだけでもスゴイ。工学知識を持つ読者には、まず紹介だけを読んで仕組みを理解し、「なぜそのようには動作し得ないのか」を自分で考えて、それから続きを読んで答え合わせをする、という楽しみ方をお勧めします。
ただしこれ、意外に難しいです。読む前は「永久機関の特許出願なんて、自然科学の基本も理解していない無知蒙昧な輩が書いたイイカゲンなものだろう」などと思っていたのですが、これが大間違い。偏見でした、すいません。多くの出願はきちんとした工学知識に裏付けられ、良いアイデアが盛り込まれた、優れた工学的発明になっているのです。そのようには機能しないというただ一点を除けば。
著者も次のように述べています。
永久機関の発明にはおもしろいアイデアのものが多く、かつ、永久機関として作動させることを目的としないならば産業上役に立つものもある。(中略)同様に、数ある発明の中には永久機関とはいえないが、永久機関の夢をかりたてるものもある。
第14章より
なお、この種の永久機関のアイデアは、エネルギーを消費することなく動力を発生させようなどと欲ばらなければ、産業上利用できる発明に転換可能であり(後略)
第9章より
永久機関だと主張さえしなければ特許として成立するだけの内容とアイデアを含む“惜しい”特許出願がけっこう存在するというわけですが、ここで疑問が生じます。なぜこれだけの発明を生み出せる知識を持った発明者が、わざわざ実現不可能なものを特許出願するのでしょう。はじめに想定していた「無知蒙昧説」は一般には成り立ちません。著者もはっきりと次のように書いています。
永久機関の発明家は、永久機関がエネルギー保存の法則や熱力学第一法則、熱力学第二法則といったような自然法則に反し、現在の学説では実現不可能といわれていることを承知しながら、永久機関に挑戦している。
第15章より
そう。発明者はきちんと自然法則を理解した上で、要するに実現不可能と分かった上で、永久機関を特許出願しているのです。どういうつもりなのでしょう。
「詐欺説」はどうでしょうか。投資家を騙して永久機関の開発に投資させようとする詐欺師にとって「特許出願中」なるうたい文句は確かに効果的でしょう。しかしそうであれば、多くの発明者が代金を払って特許審査請求をする理由が説明できなくなります。審査を受ければ却下されることは明らかなのですから、詐欺に利用する狙いなら「特許出願中」のままにしておくべきではないでしょうか。
というわけで、工学の知識があり実用的なアイデアを生み出せる発明者が、自然法則をきちんと理解した上で、それでも少なからぬ手間と料金を惜しまず永久機関特許を出願しあまつさえ審査請求まで行うという事実は、決して無知蒙昧や詐欺では理解できません。
ではなぜか。これは想像ですが、おそらく背後に超常的世界観が存在するのです。
ここでいう超常的世界観とは、「自然法則は必ずしも絶対ではなく、条件によっては破ることが出来る」という信念に基づいた世界観です。条件とは多くの場合「秘密の知識を持つ者が、適切な順序で機構を作動させたとき」というもの。古めかしい言い方をするなら「オカルト(隠された知識)に精通した者が、しかるべき手順で儀式を執り行ったとき」ということになります。要するに魔法の基盤ですね。
発明者がどこまで自覚しているかはともかくとして、永久機関の特許出願とは、つまり呪文を書きつけた魔法のスクロールの、まさに現代版なのです。永久機関が存在してその仕組みを文書化したのではなく、文書(呪文)が先にあってその詠唱(出願)によりはじめて永久機関が存在し得るようになるという、いささか逆転した、しかし魔法の体系としては伝統的なロジックがそこには働いている。だから永久機関の発明者は、わざわざ難解な文章で呪文を書き留め、特許審査を通ることで呪文を発動させる(永久機関をこの世に現出させる)ことを狙っているのです。
なお、永久機関の発明は難解な文章が多く、
第1章より
この実験が本当ならば永久機関が実現したことになるが、おそらくこの実験は誤りと認められる。この種の実験は厳密性が要求され、実験専門家としての知識がなければ意味のない測定をしている場合がある。
第10章より
図73の発明家は図72の発明家と同一人物であり、図73の発明の電動機、発電機、窒素ガス圧縮機の系からなる動力発生システムは図72の動力発生システムと同じである。したがって、図73の動力発生システムは図72の発明と同じ理由により永久機関とはなりえない。。
第11章より
永久機関の出願で実際に実験をともなったものはめずらしいが、著者は以前この発明家と面談し、この発明の模型を実際に見ている。
第13章より
わざと難解な文章で記述された文書。何度も繰り返される儀式(出願)。そして立ち会いの要求。それは魔術思考と魔法行動様式に満ちています。実現不可能な特許出願とその審査という一見すると愚かしくも退屈なお役所仕事は、実は自然の秩序を打ち破ろうとする現代の魔術師たちとそれを阻止する特許審判官の暗闘でした。およそ超常には似つかわしくない現代日本のお役所の片隅で、秩序とカオスの魔術的闘争が日夜繰り広げられていたのです。まあ、なんということでしょう。
というわけで、お役所に提出する書類という体裁をとった呪文の数々を収集した結果、著者も気づかないうちに魔道書と化していた、いわばそれが本書です。まあこれは妄想だとしても、少なくとも本書が謎解き超常本の一種であることは間違いないでしょう。まずオカルト側の主張を示してから懐疑主義の立場で謎解きする、謎解き超常本フォーマットがきちんと守られていますし。
そして最後のまとめ部分。これぞまさしくオカルト謎解き超常本のシンボル、というべき結論。いかにもなそれらしさ。
永久機関の夢をあおりたてるつもりは毛頭ないが、永久機関の夢をかりたてる発明のアイデアが非常にユニークでおもしろかったので紹介してみた。
なお、夢やロマンは発明の創作意欲をかりたてる原動力でもあり、しっかりした知識に基づく度を越さない夢やロマンはあったほうがよいのではないかと考えている。
第15章より
本書が出版されてから35年の歳月が過ぎ去った今日なお、夢とロマンに煽られた発明家たちは永久機関をこの世に現出せしめるために特許出願をくり返している。魔法のロジックに基づいた混沌と秩序の戦いが、誰も気付かないうちにこの世の片隅でずっと続いている。これまた超常本世界ではありふれたことです。
超常同人誌『UFO手帖8.0』に掲載(2023年11月)
馬場秀和
馬場秀和アーカイブへ戻る