『UFOと短歌』


馬場秀和




 短歌というと、皆さんはどのような内容を思い浮かべますか。

 「季節のうつろい」ですか。

 それとも「秘めた恋心」でしょうか。

 確かに古典にはそのような題材をあつかった作品が多いのかも知れません。しかし、現代詩歌の世界はそんな教科書的なものではないのです。少なくとも題材については、率直に言って、何でもあり、みたいな感じです。

 森羅万象なんでも題材にしてよいわけですから、人の心を動かす、ときに動かし過ぎる、「オカルト」を詠んだ作品もまた数多く作られています。いや本当です。

 疑い深い皆さんに納得して頂くためにも、ここで、UFOをはじめとするオカルト・超常現象を題材にした短歌をいくつか取り上げて、鑑賞してゆくことにしましょう。




1.窓の外に映るランプ ーー短歌に登場するUFO


 まず最初に、「UFOが登場する短歌なんて本当にあるの?」と疑問に思う方のために、笹公人さんの作品を挙げてみます。



金星のつよい光に照らされてアダムスキーの全集を読む
笹公人『念力図鑑』より

「UFOは在る?」校内弁論大会を見守る窓の小型円盤
笹公人『念力家族』より

UFOにさらわれたという老人がテクノカットになりて還りぬ
笹公人『念力姫』より

待ってるぜ 皆神山の真二つに割れてUFO湧き出ずる夜を
笹公人『遊星ハグルマ装置』より



 はい、出ました。UFO出ました。まぎれもないUFOです。これで短歌にはUFOだって出てくる、ということは納得して頂けたと思います。

 ただ、これらの作品に登場するUFOは、「子供の頃、見たり聞いたり読んだりして大興奮したあの話題」という、どこか懐かしさや滑稽さを感じさせる奇語に過ぎない、UFOそのものじゃない、という印象を受けることも否定できません。これこそUFOを題材にした短歌だ、と歯切れよく断言できないもどかしさを感じます。

 そこで、斎藤真伸さんの作品をご覧ください。



友だちのその友だちが見たというぶどう畑の小型宇宙人
斎藤真伸『クラウン伍長』より

耳鳴りがやまぬ真夜中地球外生命体が風に凍える
斎藤真伸『クラウン伍長』より



 甲府事件を題材とした短歌は珍しい。作者は甲府出身とのことなので、「友だちのその友だちが見た」というのは本当かも知れません。どちらの作品も題材は宇宙人なんですが、それがある種の情感を生み出しているあたり、まぎれもなくUFO短歌だと言えるでしょう。

 しかし本格的なUFO短歌といえば(私が言ってるだけですが)、光森裕樹さんの作品。



ひやくねんを着陸しない飛行機がたしかにあつてぼくは見てゐた
光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』より

ちひさきもおほきもおなじかたちして濡れをり航空機の幼態成熟(ネオテニー)
光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』より

ビル背面をゆきてふたたび出て来ざるツェッペリン忌の飛行船かな
光森裕樹『鈴を産むひばり』より

窓の外に映るランプがほんたうであるかもしれず確かめにゆく
光森裕樹『うづまき管だより』より



 「ひやくねんを着陸しない飛行機」「航空機の幼態成熟」といった言葉が、UFOを強くイメージさせます。「ビル背面をゆきてふたたび出て来ざる」なんて挙動、みんな大好き「幽霊飛行船」そのものという感じ。

 個人的には「窓の外に映るランプ」の、何というか、さり気なさが好き。「ほんたうであるかもしれず確かめにゆく」という言葉が醸し出す、やばーい感じ。ここでぶちっと切れて終わってしまうのが、短歌なんだから当然とはいえ、また味わい深い。そのまま行方不明になるんだろうなあ、あるいはそこから先の記憶は消されてしまうんだよなあ、といった余韻を残します。

 どうですが、このUFO体験感。

 UFO体験にありがちな「記憶抑制」が登場する短歌としては、他にも石川美南さんが次のような作品を詠んでいます。「ランプ」と同じく、ここでも赤く光る「非常灯」が登場することに注目して下さい。いつだって最後の記憶は、空に浮かぶ赤い光なのです。



非常灯/君は大きく振りかぶり/そこで私の記憶は終はる
石川美南『離れ島』より






2.天より細く垂れきたる紐 ーー空の超常現象


 短歌に登場する「空の超常現象」といえば、UFOだけではありません。前述した石川美南さんの作品をもう少し見てみましょう。



息を呑むほど夕焼けでその日から誰も電話に出なくなりたり
石川美南『離れ島』より

U字磁石掲げ持つ時すぢ雲は思ひがけない角度に曲がる
石川美南『離れ島』より

わたしだつたか 天より細く垂れきたる紐を最後に引つぱつたのは
石川美南『砂の降る教室』より



 「息を呑むほど夕焼け」というのは必ずしも超常現象とはいえないかも知れませんが、「その日から誰も電話に出なくなりたり」の終末感がすごい。世界に残されたのは自分ひとり、という感覚がひしひしと伝わってきます。

 「雲は思ひがけない角度に曲がる」はあからさまな超常現象ですが、現象そのものより「世界を形作る大きな事象が、自分のささいな行為に反応して変化する」というあたりが、もうオカルト感触びんびん。内宇宙と外宇宙がシンクロしている感覚というか。ちなみにこういう実感、まじヤバいから気をつけて。

 「天より細く垂れきたる紐」については、そんな超常現象あるわけないでしょこれは詩歌にありがちな暗喩ですよ暗喩、と言い張る方がいらっしゃるかも知れません。しかし、いいですか、超常現象を甘く見ると痛い目に合いますよ。オカルト的世界観に合致する事象は、実際にも起きるのです。そこらへんがひっしひしなのですよ。


『ボーダーランド』(マイク・ダッシュ、南山宏:翻訳)より
ーーーー
1970年の夏、ニュージャージー州コールドウェルのフォレスト・アヴェニュー85番地のA・P・スミス夫妻宅の上空に、銀色の糸もしくは紐が出現した。まるで見えない梁からぶら下がってでもいるかのように、それは八月中ずっと存在し、スミス夫妻や近所界隈、地元警察を困惑させた。
(中略)
この奇妙な話はこれ一件だけではない。1978年9月、自動車修理工のジョン・ライトはオハイオ州グリーンズバーグにある自宅の裏手の茂みになにかが引っかかっているのに気づいた。釣り糸が空からたれ下がってきているのだった。ライトがそれをとぎれることなくリール八本分、1000フィートばかりたぐりよせたところで糸が切れ、残りは空へ消えていき、見えなくなってしまった。
ーーーー
単行本p.15、16


 どうやら私たちを釣り上げようとしている何かが空を飛んでいる、らしいですね。

 では、「空から伸びてくる何か」あるいは「釣り上げられてしまった人々」を題材にした短歌を見てみましょう。



「人類は、人類は」つて涙ぐみ兄は梯子をのぼりゆくなり
石川美南『裏島』より

川向こうのどの家にも子供がいて屋根から伸びる手と空から下りる手
フラワーしげる『ビットとデシベル』より

三段跳びの途中で消えてしまった友達のジャージ柔らかく湿っている
フラワーしげる『ビットとデシベル』より

水溜り飛び越すことに失敗しそのまま消えていった少年
天野慶『短歌のキブン』より



 空からは、紐が垂れてくるだけでなく、手が伸びてきたり、梯子が下りて来たりするわけです。そして、空中でふいに消えてしまう少年、というモチーフに人気があることが分かります。




3.こびとが嘗めにくる塩 ーー妖精と小人


 UFO搭乗者と妖精は同じものであるという説については、今更ここで説明するまでもなく、皆さん先刻ご承知のことでしょう。UFOが飛び、空から紐が垂れてくる短歌の世界にも、当然ながら妖精、それもメルヘンチックな奴ではなくオカルトくさい小人がわんさかいて、我が物顔でそこらを闊歩しているのです。



触れちゃだめ正夢だもの 夏の夜こびとが嘗めにくる塩だもの
佐藤弓生『薄い街』より

明け方に時の裂け目を出入りする白い小人を見てはいけない
笹公人『念力図鑑』より

人間語を話さないゆえまなざしに冒されてゆくみどりの子ども
佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』より

内側よりとびらをたたく音のして百葉箱をながく怖れき
光森裕樹『鈴を産むひばり』より

ずっとひっかいているこっちに来たいもの どうかこっちにこないで
フラワーしげる『ビットとデシベル』より

ちいさいひとがいくにんも座つてゐたといふジャングルジムの鉄の格子に
林和清『去年マリエンバートで』より

夜の道に呼ばれてふいをふりかへるそこには顔があまたありすぎ
林和清『去年マリエンバートで』より



 白かったり、緑だったり、向こう側からたたいたり、ひっかいたり。もう、あちこちに出没してますね。

 「みどりの子ども」は、いわゆる「ウールピットの緑色の子供たち」事件が題材なのでしょうが、いくらなんでもマニアックすぎて、歌壇で広く理解されるには至らなかったのではないか、と危惧されます。

 しかし、妖精が必ずしも小人の形態をしているとは限りません。謎めいた子供、鳥、獣、ときには巨大なヒトガタ、ありとあらゆる形をした怪しいものたちが、隙あらば私たちの日常へ侵入してこようとしているのです。



咽喉に穴をあけた子どもがひうひうと音たて歩く砂漠の話
石川美南『離れ島』より

窓がみなこんなに暗くなつたのにエミールはまだ庭にゐるのよ
石川美南『砂の降る教室』より

いつの日のいづれの群れにも常にゐし一羽の鳩よ あなた、でしたか
光森裕樹『鈴を産むひばり』より

ビッグバンはなかったのかも蝙蝠がいつのまにやら部屋制圧す
斎藤真伸『クラウン伍長』より

耳もとで蠅のうなる夜 君がだんだん巨大な人になる
花山周子『屋上の人屋上の鳥』より

大きなる顔がにわかに浮かびきてのちなにもないひろい海だよ
佐藤弓生『薄い街』より

運河から上がりそのまま人の間へまぎれしものの暗い足跡
林和清『去年マリエンバートで』より






4.鎮めがたい夜 ーーオカルト感覚


 日常世界から逸脱して異界へとずるずると引きずられてゆくような感じ、あるいは世界の背後に隠されている「真実」に自分だけが気づいてしまったという感触。そういったオカルト感覚を題材とした作品を挙げておきましょう。

 まずは異界に「落ちる」「引き込まれる」そんな短歌。



満月の持つ引力にひかれてはエレベーターがまた落ちてゆく
光森裕樹『鈴を産むひばり』より

エレベータの外皮はがれて私たち虚ろな階へ転がりおちる
石川美南『離れ島』より

真夜中のエレベーターの大鏡逃げ場所もなくわたしが映る
斎藤真伸『クラウン伍長』より



 まったく、深夜、エレベーターに乗るもんじゃありませんね。

 一方、謎めいた「真実」に気づいてしまった、というオカルト感覚を扱った作品を得意としているのが、フラワーしげるさん。



世のすべてはあるコヨーテの首に巻きつけた紙に書いておいたどのコヨーテかは忘れた
フラワーしげる『ビットとデシベル』より

底なしの美しい沼で泳ぎたいという恋人の携帯に届く数字だけのメール
フラワーしげる『ビットとデシベル』より

目をつぶっていれば暗いとは分からない夜の庭にはなにもいない
フラワーしげる『ビットとデシベル』より



 では最後に、オカルト世界への入口である「胸騒ぎの感覚」を見事に表現した作品を見ておきましょう。



いろいろの事が気のせいではないと思いはじめる鎮めがたい夜に
嵯峨直樹『半地下』より



 いかがでしたか。短歌の世界には、UFOをはじめとするオカルト的なあれこれが登場することに納得いただけたでしょうか。

 「UFOとか超常現象とか大好きだけど、短歌には特に興味はない」とおっしゃる方も、上に挙げた作品が気に入ったら、少なくとも気になったら、ぜひこの機会に歌集を手にして頂きたいと思います。

 わずか31字のなかに、あるんですよ、UFOが、妖精が、そして、何かが迫ってくる、何かに気づいてしまった、というオカルト世界への入口が。





『UFO手帖2.0』掲載(2017年11月)
馬場秀和


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