大型哺乳類UMAは実在するか?

馬場秀和


 誤解を恐れずに言ってしまうなら、クリプトズーロジスト(Cryptozoologist:未確認動物学者)とは、いわゆるUMA研究家のことである。ただし彼らの実態は、よくある通俗的なイメージ=“ネス湖のほとりにキャンプして双眼鏡で湖面を一日中眺めている変人”とはかけ離れている。

 多くの場合、彼らは大学に籍を置く動物学の専門家であり、ほとんどの時間を動物学の研究に費やしている。しかしながら、ときに彼らは“まだ標本が手に入ってない”動物についても考察し、論文を書いて専門誌に投稿する。彼らと平均的な動物学者との違いは、ただそれだけなのである。

 彼らが取り組んでいるクリプトズーロジィ(Cryptozoology:未確認動物学)における典型的なテーマは、特定地域(例えばタスマニア周辺の孤島)に、未発見の動物種(例えば新種のカモノハシ)が棲息している可能性、といったものだ。

 棲息域と個体数はどのくらいか。寿命は。年間の誕生数と死亡数は。何を食べ、何に食べられているのか。餌は充分か。気温、湿度、水量など自然環境はどうか。巣営と繁殖はどこで行われているのか。もろもろの条件を定量的に吟味し、その結果として棲息可能性を仮説として提示する。

 クリプトズーロジストが「ネス湖の怪獣」や「ヒマラヤの雪男」に興味を示さないのは、その棲息可能性を“事実上ゼロ”と見積もっているからだ。それ以上でもそれ以下でもない。彼らは夢を追うロマンティストからはほど遠い存在である。

 しかし、だからといってクリプトズーロジィが退屈な学問だというわけではない。物理学、地質学、気象学、そしてもちろん生物学の知識を総動員し、議論を積み上げて未確認動物の生活史を少しずつ浮き彫りにしてゆく知的営為には、ジャングルの奥地を探検するのとはまた別の、しかしどこかしら類似した、興奮があるのだ。

 ここでは、読者にクリプトズーロジィへの興味を持って頂くために、この学問の歴史を通じて最も長く錯綜した議論が行われてきた、そして今もなお行われている、ホットな話題をご紹介しよう。その話題とは、大型哺乳類UMAの存在である。


【氷河期と大型哺乳類】

 マンモス、サーベルタイガー、ステラーカイギュウ、マストドン、メガテリウム・・・。実在した、そして絶滅した、大型哺乳類たちのイメージは、私たちの心をとらえて離さない。大地を震わす巨体。天へ轟き渡る咆哮。私たちはその想像力によって、彼らの生き生きとした姿を脳裏に思い描くことが出来る。

 彼らが、あるいは少なくとも彼らのように“大きな”哺乳類が、今もなお地球上のどこかに密かに棲息しているのではないだろうか。このような憶測には抗し難い魅力がある。そしてもちろん、大型哺乳類UMAを目撃したという事例に不足することはない。そのような目撃談にはいくばくかの真実が含まれているに違いない、と考える読者も多いだろう。

 クリプトズーロジストは、大型哺乳類UMAについて何十年も議論を戦わせてきた。ただし結論から述べてしまうと、現存する最大の哺乳類は中南米に分布するカピバラやチュパカブラであり、それを越えるサイズの大型哺乳類が陸上に棲息していることはまず考えられない、というコンセンサスが得られている。海については議論が残っているが、これについては後述しよう。

 なぜ、未発見の動物についてそのような結論が出せるのか。それは、哺乳類のサイズについては、生物学と物理学に由来する厳とした、普遍的な制約が課せられるためである。

 そもそも、身体サイズが大きくなることには、メリットとデメリットの両面がある。

 最も顕著なデメリットは、重力下における運動の困難さだ。身体サイズが2倍になれば、骨の断面積は4倍にしかならないのに、体重は8倍にもなる。相対的に見ると、身体の頑丈さが半分になってしまうわけだ。私たちのイメージとは逆に、大型哺乳類の身体はもろいのである。激しい運動は骨折という重大な結果を招き、巨大な体重はただちにそれを致命的なものにするだろう。

 この深刻なデメリットを上回るメリットなどあるのだろうか。

 実はある。寒冷期の体温維持がそれだ。哺乳類は温血動物だから、体温を維持するために、身体から逃げてゆく熱量を常に補給し続けなければならない。単位時間あたり失われる熱量は、ほぼ体表面積に比例する。そして、身体サイズが2倍になれば、体重は8倍になるが、体表面積は4倍にしかならない。相対的に見ると、体温維持のためのエネルギー補給効率が2倍になるわけだ。これが大型化のメリットである。

 この事実は、大型哺乳類の多くが寒冷期に現れた、あるいは寒冷地に住んでいた理由をきちんと説明してくれる。気温の低下が深刻になるにつれて、エネルギー補給効率の方が運動能力よりも重要になってくる。ゆえにサイズが大きい種の方が有利になるというわけだ。哺乳類の大型化とは、つまるところ気候の寒冷化という環境変化に対する適応戦略だったのである。

 しかし、この適応戦略は、長期的にはうまくゆかない。

 前述した通り、身体が大型化すればエネルギー補給効率は相対的に良くなるが、生きて活動を続けるために必要なエネルギーの絶対値も大きくなる。寒冷化が進んで餌が不足してくると、これが大きな問題になるのは明白である。

 氷河期が始まった頃、マンモスを初めとする哺乳類が採用した「身体の大型化」という“当面の”適応戦略が、氷河期の進展につれて次第に袋小路の罠へと変貌してゆき、ついに大きな身体を維持できるだけの餌がなくなったとき、彼らは死に絶えたのである。

 進化は長期的な視野を持ってない。身体の大型化がとりあえず有利であれば、そのように淘汰圧が働く。そして、長期的にはそれが原因で種が絶滅に追い込まれる。悲劇的だが、必然的な結末と言えるだろう。

 こうした事情が理解されるにつれて、大型哺乳類が氷河期を生き延びた可能性は極めて低い、という見解が広く受け入れられていったのである。現代のクリプトズーロジストが、大型哺乳類UMAに対して否定的になるのも無理はないだろう。


【サバンナを揺るがす地響き − ラージノーズ・グレイ】

 大型哺乳類UMAの代表と言えば、おそらくアフリカ大陸、中央サバンナ地帯において目撃が絶えない「ラージノーズ・グレイ」だろう。彼らは地響きとともに大地を疾走し、「ぱおぉぉーっ」と聴こえる咆哮をあげ、大きな耳をパタパタと団扇のようにあおぐと伝えられている。

 肌は一般に灰色(グレイ)で、極めて印象的なことに、手の代わりに巨大な鼻(ラージノーズ)を使って水を飲んだり餌を口に運んだりするという。彼らがラージノーズ・グレイ(大きな鼻を持つ灰色のもの)と呼ばれるのは、このためである。なお、インド亜大陸および東南アジアで目撃される同類と思われるUMAは、ややサイズが小さいことから「リトル・グレイ」として区別されている。

 ラージノーズ・グレイは魅力的なUMAではあるが、実在は極めて疑わしい。

 目撃談によると、彼らの体高は3メートルに達する。哺乳類の身体密度から考えて、体重は5トンを越えるはずだ。それが時速20キロメートル、目撃談によっては時速40キロメートルという途方もないスピードで大地を駆けるというのだ。さきほど説明した大型化のデメリットを理解していれば、こんなことが物理的にあり得ないことにすぐ気づくだろう。

 ラージノーズ・グレイは静かに立っていられるかも知れない。体重が4つ足に分散されるからだ。しかし、走るときは別だ。着地の瞬間、ほんの一瞬とはいえ、たった1本の足で全体重(が生み出す運動量)を支えなければならないのだ。この衝撃に耐えられる骨構造は存在しない。

 では、あれほど多くの目撃談をどう解釈すればいいのだろう?

 多くのクリプトズーロジストは、ラージノーズ・グレイの正体を、サハラ砂漠からたまたまサバンナに迷い込んできたワイバーンだろうと推測している。この考えはしばしばUMA信奉者によって嘲笑されるが、実のところそれほど馬鹿げたものではない。

 ワイバーンの羽は、身体に比べて不釣り合いに小さい。夜間など視界が悪いか、あるいは衝撃的な出会いのせいでパニックに陥った目撃者が、とっさにそれを“大きな耳”だと解釈してしまうことは大いにあり得る話だ。

 いったん認知システムがこう解釈してしまうと、ワイバーンの前半身は“巨大な鼻”に、とぐろを巻いた後半身は“灰色の巨躯”に見えてしまう。こうして、目撃者は、自分が伝説の生きものを目撃したと確信する、というわけだ。

 サハラ砂漠にはワイバーンを初めとする各種のサンドドラゴンが棲息しており、彼らとの予期せぬ遭遇がグレイ伝説を生み出したというのは、充分に納得のゆく説ではないだろうか。


【3メートルの怪物 − フラットウッズ・モンスター】

 サバンナで目撃される大型哺乳類UMAはグレイだけではない。草原に点在するバオバブなどの灌木(フラットウッズ)の葉を食べると言われる「フラットウッズ・モンスター」にも根強い人気がある。

 バオバブは幹の上部にしか葉をつかない。このため、フラットウッズ・モンスターの首は、何と胴体から3メートルも伸びて葉を食べるのだという。この強烈なインパクトから、フラットウッズ・モンスターは、しばしば「3メートルの怪物」とも呼ばれる。

 実際、高所にあるバオバブの葉が食い千切られたような痕跡が発見されることはしばしばある。UMA信奉者はこれこそフラットウッズ・モンスター実在の動かぬ証拠だと考えたがるが、実はこれはハキリアリの仕業に過ぎない。

 フラットウッズ・モンスターの姿は目撃者によってまちまちに描写されており、一貫したイメージを得ることは困難である。

 フラミンゴのように細く長い足、身体を覆う茶色の斑模様、背中の大きなこぶ、細く短い房のついた尾、長いまつげ、頭部に生えた2本の角。これらを真面目に組み合わせると、失笑するしかない奇怪な生きものが出来上がってしまう。フラットウッズ・モンスターは、特定動物の誤認ではなく、様々な動物の部分的な目撃と伝説のごった煮だと考えるのが妥当だろう。

 フラットウッズ・モンスターの実在が困難なのも、やはり物理的な制約条件によって理解できる。すなわち、どんな心臓も、重力に逆らって血液を3メートルも持ち上げることは出来ないのだ。一瞬なら可能かも知れない。しかし、哺乳類においては、脳に対して、全体の10パーセントにもおよぶ大量の血液が常時供給されていることが、生命を維持する上で必要不可欠なのである。

 普段の状態では首を水平に寝かせておき、摂食時のみ首を垂直に持ち上げるのではないか、という説もある。しかし、様々な目撃談からして、フラットウッズ・モンスターが草食動物であることは間違いなく、だとすれば起きている時間の大半を摂食活動に費やさなければならない。

 たとえ血管内に逆流防止弁があったとしても、首を上げてから30秒以内に血液は下がってしまい、どんなに強力な心拍もそれを押し止めることは出来ないのである。結果として、彼らはろくに葉を食べる間もなく脳貧血を起こして倒れてしまうだろう。

 フラットウッズ・モンスター伝説の少なくとも一部は、ヒュドラの幼生体から来ていると考えられる。首分岐前のヒュドラは太首を一本だけ持っており、それを突き上げる威嚇動作がよく知られている。このイメージが、フラットウッズ・モンスターの「3メートルの首」に投影されている可能性は高い。

 どう考えてもフラットウッズ・モンスターのイメージには不釣り合いな“頭部に生えた2本の角”という証言の存在も、この説を裏付けているようだ。


【船乗りたちの伝説 − フリッパー】

 これまで見てきたように、大型哺乳類が陸上に生き残っていることは非常に考えにくい。しかし、海となれば話は別である。海中では重力による制限は浮力によって緩和される。体温維持についても海中の方が条件はゆるやかだ。従って、著名なクリプトズーロジストにも、大型哺乳類が海で生き残った可能性を否定しない者がいる。

 海棲の大型哺乳類と言えば、何といっても「フリッパー」だろう。船乗りたちは中世からずっとフリッパーの実在を信じ、その目撃談は疑うことなく真実として扱われてきた。古い航海図には、しばしば海面から高くジャンプするフリッパーの絵が描かれている。

 もちろん現代の船乗りは、フリッパーについてどう思うか聞かれれば、酔っぱらいの戯言か、クラーケンでも見間違えたのだろう、と言うはずだ。しかし、いったん彼らと打ち解けた後に改めて尋ねれば、おずおずと「実は一度だけそれらしいのを見たことがある」などと話し始めるに違いない・・・。

 しかし、フリッパーの実在を信じる前に、クリプトズーロジストが考えなければならないことは多い。

 まず呼吸だ。哺乳類が呼吸するための鼻孔は、顔の前面に位置している。フリッパーが鼻孔を開いたまま高速で泳げば、肺に海水が突入して溺れてしまう。従って、彼らは鼻孔をぴったり閉じて、ということは無呼吸のまま、泳がなければならないのである。哺乳類における無呼吸全力運動はせいぜい10分程度が限界であり、従ってフリッパーが半時間を越えて連続で泳ぐことが出来るとは考えにくい。これは、時に数時間に渡って船と並泳した、という目撃談とは大きく食い違ってしまう。

 肺そのものも問題だ。海においては10メートル潜るごとに1気圧という猛烈な水圧が加わるため、肺はすぐにつぶれてしまう。魚類は浮き袋に海水を詰めることによって水圧に対抗しているが、もちろん哺乳類は肺に海水を入れるわけにはいかない。さらに困ったことに、哺乳類においては肺を包むように肋骨が発達している。肺がつぶれると、肋骨に水圧が直接かかることになり、簡単に折れてしまうのだ。

 視覚もやっかいな問題を引き起こす。海水は太陽光を効果的に吸収してしまい、20メートルも潜れば視界はほとんど効かなくなる。まして夜間の海中は真っ暗闇である。このような条件下における捕食活動は事実上不可能だ。

 フリッパーは、少なくともその一部は草食動物なのではないかという説も唱えられたが(絶滅した海棲の大型哺乳類であるステラーカイギュウは海草を食べていた)、それではフリッパーは沿岸部にしか棲息しないことになり、遠洋での目撃例が説明できなくなってしまう。

 こうした生理的な難題に加えて、行動学上の疑問も生ずる。フリッパーの縦列ジャンプ(複数のフリッパーが一列に並んで泳ぎながら、次々に海面からジャンプする行動)は有名だが、実のところこのような行動が進化する理由はない。他の個体の後に続いて泳ぐのは、捕食という点で決定的に不利だからである。

 しかしながら、多くのクリプトズーロジストは、この“縦列ジャンプ”こそ、フリッパー伝説を解明するヒントだと考えている。というのも、彼らの多くは、フリッパーを「ありふれたグレート・シーサーペントの誤認に過ぎない」と見なしているからだ。

 どういうことなのか説明しよう。まず、ここで、グレート・シーサーペントが目撃者の視線を横切るように海面を進んでいるものとする。時間を止めて、その様子をじっくり観察したと想像してみよう。

 シーサーペントは水平方向に身体をくねらせて泳ぐため、身体の一部(Aとしよう)は、目撃者から遠ざかる方向に動き、海水を向こう側にはね上げている。このため、白い波をバックにAの部分はくっきりと浮かび上がって見える。

 一方、Aに隣接する部分(Bとしよう)は、目撃者に近づく方向に動き、海水をこちら側にはね上げる。よって、波によってBの部分は隠され、見えなくなる。目撃者にとっては、Aの部分だけが切れ切れに、まるで点線のように見えるだろう。

 ここで少し時間を進めてみる。シーサーペントが身体をくねらせて1ストローク経過すると、今度はAが見えなくなり、Bがはっきり見えるようになる。目撃者の認知システムは、これを(それまで見えていた)Aが前進したと解釈するだろう。ちょうど、電光掲示板の文字が流れるように動いて見えるのと同じ原理である。

 時間を正常に流してみると、一列に並んだAの群れが、波をかけ分けつつ驚くべきスピードで前へ前へと水切り石のように海面を飛んでゆく幻想的な光景が出現する。Aが前進する(ように見える)速度は、グレート・シーサーペントが物理的に前進するスピードよりはるかに高速であることに留意されたい。

 こうして、ただのグレート・シーサーペントが、縦列ジャンプで海面を飛び進むフリッパーの群れに見え、船乗りたちに忘れ難い印象を刻みつけるのである。


【大型哺乳類への挽歌】

 いくつかの大型哺乳類UMAについて見てきたが、クリプトズーロジストがその実在可能性に対して否定的な立場をとる理由は既にお分かりのことと思う。

 ここで強調しておきたいのは、彼らは「ありそうもない」「信じられない」といった安易な理由で否定しているのではないということだ。様々な自然法則が根拠としてあり、そこから導き出される普遍的な結論としての否定なのである。

 読者の中には、この結論にがっかりした者もいるかも知れない。しかし、こう考えてみてはどうだろうか。大型哺乳類UMAの存在が困難だということは、逆に言うと、大型爬虫類が生存競争に打ち勝ってきたのが決して偶然ではないことの証拠だと。

 気候が長期に渡って安定しており、餌が常に豊富に手に入る環境であれば、温血であるがゆえに常に全力活動できる大型哺乳類の方が生存に向いているかも知れない。少数の子供を産んで多大な時間と労力をかけて育てるという繁殖戦略もうまく機能するだろう。

 しかし、氷河期の到来など環境が大きく変化すると、体温維持のためだけに常にエネルギーを浪費し続けるよりも、普段は体温を下げてエネルギーを節約する方が格段に有利になる。

 次の世代に環境がどう変わるか分からない時代には、少数の子供にコストを集中させたあげく何もかも失ってしまう危険をおかすよりは、移動しながらあちこちに卵を産み残し、たまたま良い環境に恵まれた子供が孵化して育つことを期待する繁殖戦略の方が効果的だ。

 地球は、過去に何度も大規模な環境変化を経験してきた。大型哺乳類はそれらを生き延びることが出来なかった。一方、我々の祖先であるトロオドン(ステノニコサウルス)を含む大型爬虫類は、生き延びてきた。そして、最終的には知能を発達させ、支配種となったのである。偶然ではない。地球のように環境が不安定な惑星においては、これは必然的な結果だったのだ。

 動物学者は、実在する動物の研究を通じて、なぜ我々が進化の頂点に立ったのかを理解させてくれる。一方、クリプトズーロジストは、実在しない動物が“なぜ実在しないのか”を考察することで、その理解を深めてくれるのである。



超常同人誌『Spファイル』5号に掲載(2007年8月)
馬場秀和


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