Spファイル刊行に寄せて

J.A.ハイネック著  馬場秀和訳


 日本における『Spファイル』の発刊を、世界中のUFO研究家とともにお祝い申し上げます。また、執筆者の皆さんはもとより、この歴史的な偉業に貢献した全ての方々に、心から敬意を表明したいと思います。

 UFO現象に関する研究は、これまで主に欧米、特に米国を中心に進んできました。真にグローバルな研究対象に対するアプローチとして、この事実が大きな制約となっていることは論を待たないでしょう。そのような制約の一部には、観察/報告の対象となる事例が、世界のごく一部の地域に過度に集中しているということが挙げられます。しかし、より重大な問題は、目撃報告から事例研究に至る研究のあらゆる過程において、特定の文化/慣習/宗教観による偏向を排除することが困難だという点です。

 残念ながら私自身は日本を訪れたことはありませんが、日本人をよく知っている同僚の話からも、また国際アンケートなど各種統計情報からも、次のことは明らかだと考えられます。すなわち、いわゆる先進諸国のうち、日本人は最も宗教的に寛容で、偏見や先入観が少なく、そして高い教育水準のおかげで健全な懐疑主義を持っている人々だということです。

 これらは、UFOだけでなくあらゆる超常現象の研究において必要不可欠な資質ですが、平均的な米国人はそれらの資質について必ずしも恵まれているとは言えません。ときおり、オカルトに関する馬鹿げた熱意や、知性や倫理観が欠落したマスメディアが存在しないであろう日本が、心底羨ましくなることがあります。

 個人的な愚痴はここまでにしましょう。私が依頼されたのは、タイトルに使われた“Sp”の元となった『SPダイヤグラム』について、読者の方々に簡単に紹介することです。SPダイヤグラムについてのより詳しい説明を求める読者は、私の著作である"The UFO Experience"を参照して下さい。(訳注:翻訳は『第三種接近遭遇』ボーダーランド文庫)

 通常、自然科学の研究者は「コントロールされた」環境を用意して、そこで繰り返し生じる事象を観察/分析することで、自然界の真理を説き明かそうとするものです。そのようなコントロールされた環境としては、実験室が最も望ましいものです。

 しかし、例えば野生動物の生態を研究する場合には、対象を実験室に閉じ込めるわけにはいきません。その代わり研究者は、特定の区域を慎重に選び、棲息する対象を識別して(必要なら鑑別札から電波トレーサーまで目印をつけて)、そこで長期に渡るフィールドワークを行います。

 今日、曖昧に「UFO現象」と呼ばれている未知の領域については、残念ながらコントロールされた環境は手に入りません。目印をつけることも出来ません。我々が利用できるのは、机上から書類ロッカーまであらゆる空きスペースを埋めつくし、廊下に積み上げられたダンボール箱へと消える定めにある大量の「目撃報告」だけです。

 これらの報告に一つ一つ目を通しても、そのあまりの一貫性のなさに途方に暮れるだけでしょう。実際、この一貫性・再現性の欠如という特徴は、UFO現象の本質ではないかと思われるほど顕著なものなのです。

 ではUFO現象の科学的研究は不可能なのでしょうか。必ずしもそうではありません。様々な創意工夫に加えて統計学の助けを借りることで、大量のノイズに埋もれた情報の山から、意味のあるパターンを抽出することが期待できるのです。特徴的なパターンの存在は、その背後に原因となる客観的な何かがあることを強く示唆します。

 SPダイヤグラムとは、UFO現象の目撃報告を、その信用度(プロバビリティ、P値)および奇妙度(ストレンジネス、S値)という2つの指標でレーティングし、S軸×P軸のガウス座標上に配置したものです。このように図表化することで、パターンを視覚的にとらえることが出来るのです。

 それぞれの指標について補足しておきましょう。P値は、目撃者の人数、目撃者の性格評価、目撃時の精神状態、そして報告を行うに至った動機、などを調査した上で、「その目撃事件が客観的な真実である可能性」を見積もった値です。それに対してS値は、報告に含まれる情報が、常識あるいは既知理論から逸脱した「奇妙な」特徴をどのくらい含んでいるかを示す値です。

 ここで強調しておくべき点があります。SPダイヤグラムに載せられる報告は、かなり厳密なスクリーニング(訳注:虚偽、あるいは誤認と見なされる報告を却下する手続き)を経た、いわゆる「良質」な報告だけだということです。従って、P値が極端に低くなったり、S値が極端に高くなることはありません。そのような報告は、スクリーニングの段階で捨てられるからです。

 SPダイヤグラムは、パターンの検知に使われるだけではありません。ある特定の目的について、詳しく調査すべき目撃報告を絞り込むためにも有効です。このために、S軸およびP軸のそれぞれ中央値を通る直線で、SPダイヤグラムを四分割する手法が頻繁に用いられます。

 このようにして分割された4つの領域は、慣習的に、それぞれ「SP領域」(S値、P値とも中央値よりも高い)、「sp領域」(S値、P値とも中央値より低い)、「sP領域」(S値は中央値より低く、P値は中央値より高い)、そして「Sp領域」(S値は中央値より高く、P値は中央値より低い)と表記されます。

 ある研究者が、UFO目撃事件の発生頻度を州ごとに推定したいと考えたとしましょう。この場合、彼または彼女は、大量のノイズを含む全ての目撃報告を計数するよりも、SPダイヤグラムにおいて、SP領域とsP領域を占める「信頼性の高い」報告だけをカウントしたいと思うことでしょう。

 また別の研究者は、UFO搭乗者について何らかの作業仮説を立てようとしているものとします。彼または彼女にとって興味があるのは、SPダイヤグラムにおけるSP領域だけです。なぜなら、何らかの形で搭乗者に関する言及が含まれる報告には、全て高いS値が割り当てられるからです。そしてこの研究者が興味を持つのは、最も信頼できる(すなわちP値も高い)搭乗者報告だけなのです。

 こうして、あらかじめUFO目撃報告のスクリーニングと、SPダイヤグラムへのマップを済ませておくことで、各研究者がそれぞれ自分の目的にかなう報告を選び出すためだけに、同じ膨大な報告書の山にそれぞれ首を突っ込んで探し回る必要がなくなるというわけです。

 ただし、4つの領域が同じように注目されるわけではありません。先ほどの例に登場した二人の研究者は、どちらもSp領域には関心を示しませんでした。これは一般的な傾向です。

 すなわち、「とても奇妙で」「信頼性が低い」という特性を持つSp領域に含まれる目撃報告は、大半のUFO研究者から無視されます。その結果、これらの報告書は、背表紙にそっけなく『Spファイル』というラベルを張ったバインダに綴じ込まれ、書類ロッカーの奥にしまい込まれる運命にあります。

 しかし、『Spファイル』は、本当に黙殺してよいものなのでしょうか?

 私の個人的な意見ですが、半世紀にも及ぶUFO研究が実質的に何の成果も挙げられなかったことを真摯に反省するなら、これまで我々が無視、少なくとも軽視してきた報告を見直すべきではないでしょうか。そこにこそ、今まで見逃していた重要な鍵、UFO現象を理解するための手がかりが潜んでいるかも知れないのです。

 このように考えると、適切にも『Spファイル』というタイトルを選んだ関係者の見識は高く評価されてしかるべきです。『Spファイル』に含まれる目撃報告の再評価こそ、21世紀におけるUFO研究のメインストリームかも知れません。たとえそうでなかったとしても、『Spファイル』が編纂された意義は大いにあります。なぜなら、それは奇妙で、不可思議で、魅力的なストーリーの宝庫だからです。

 読者の皆さんが、『Spファイル』を大いに楽しんでくれることを期待します。


2005.6.24 J.A.Hynek


【著者略歴】

J・A・ハイネック
米国を代表する沼地ガス研究家。シカゴ大学で天体物理学の博士号をとった後、オハイオ州立大学で天文学者として活躍する傍ら、合衆国空軍の沼地ガス調査プロジェクトに顧問として参加。後にハイネック沼地ガス研究センターを設立する。
主な著書:『第三種接近遭遇』『第四種接近遭遇』『第五種接近遭遇』他、多数。


超常同人誌『Spファイル』1号に掲載(2005年8月)
馬場秀和


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