『駒木野青年クラブ直撃インタビュー』

聞き手:馬場秀和


[はじめに]

 本稿は、超常同人誌「Spファイル3号」(2006年8月13日発行)における【特集 日本の四次元地帯 駒木野の真実】のために行われたインタビューを再構成したものです。掲載後、鏑木氏の失踪をはじめとして関係者の方々にご不幸が相次ぎ、正直いって少々薄気味悪かったので、ネット上での公開はこれまで見合わせていました。

 しかし、掲載からすでに8年近くの歳月が流れ、また「Spファイル」も現在では休刊していることから、今回ここに全文を公開することにしました。一部、差し障りのある箇所に修正を入れましたが、おおむね掲載時のままです。(2014年3月)




 三坂駅の改札口を出たのは、五月もそろそろ終わろうかという休日の昼過ぎだった。私の他に降りた客はただの一人としていない。駅前には小さなロータリーがあり、改札口の正面でタクシーが一台、辛抱づよく客を待っていた。運転手にあらぬ期待を持たせぬよう、慎重にタクシー乗り場とは反対方向を選んで歩き出す。

 待ち合わせの時刻まで、まだ一時間近くある。まずは指定された喫茶店の場所を確認して、それから書店ででも時間をつぶせばいいや、という私の目論見は、あっさり潰えた。書店など、どこにもなかったのだ。

 駅前ロータリーから最奥のT字路まですっかり見通せる短い商店街は、ほぼ全ての店がシャッターを閉めている。初夏の日差しがさんさんと降り注いでいるにも関わらず、そこは奇妙に薄暗い洞窟のようだった。手前、右から三つ目の薬局だけがポツンと開いているのが、何やら悪質な罠のように感じられて、思わず目をそらしてしまった。

 ロータリーに面した喫茶店はすぐに見つかった。なにしろ一軒しかない。看板に『純喫茶』と書いてある。それだけだ。どうやら店名というものはないらしかった。「駒木野青年クラブ」から送られてきた電子メールには、待ち合わせ場所として“三坂駅前の喫茶店”とだけ書かれていたのだが、ようやく合点がいった。

 さびれた自転車置き場。がらんとした駐車場。そこに置かれた、どう見ても廃車としか思えない小型トラック。見るべきものなど何もなかった。「地方の荒廃」「見捨てられた市町村」「待ったなし、日本を飲み込む少子高齢化の波」といったタイトルの記事に添える写真を求められているカメラマンならともかく、私はこの風景に何一つ興味が持てない。その上、見渡す限り人の姿が見えなかった。おそらくタクシーの運転手、駅員、そして薬局や喫茶店の従業員はいるのだろうが、実は無人でしたと後から聞かされたとしても、さほど意外には思わないだろう。およそ気配というものがないのだ。

 やはり、もう一本あとの下り電車にした方が良かったかも知れない。その電車に乗っても、待ち合わせ時刻の少し前に三坂駅に到着できたはずだ。しかし、私から予定を聞いた配偶者は、とにかく一本前の電車に乗れと、理不尽なまでに強い口調で命令した。彼女の言うところによると、こうだ。

 駒木野青年クラブのメンバーは、先方からのメールによると、駒木野から三坂駅まで路線バスに乗ってやってくるという。彼らが乗ったバスは、三坂駅で上り電車に接続しているはずだ。駅前で乗客を下ろしたバスは、今度は下り電車に接続して、駒木野町に帰ってゆくだろう。

 待ち合わせ時刻の少し前に三坂駅に到着する下り電車が、駒木野へ帰るバスの発車時刻に合わされているということは、すなわちそれに乗った私は青年クラブのメンバーよりも少し後に待ち合わせ場所に着くことになる。それでは先方に失礼だ。インタビューの相手に初手から悪印象を与えるなど、もっての他。特に田舎の人は、こういうことに敏感だから。

 何だかやたら気合をこめて、彼女はそう力説するのだった。

 なるほど、そういうものかと思って、言われた通り、一本前の電車に乗った。おかげで、この気の滅入る景色の中で一時間近く過ごすはめになったわけだ。

 ここで一瞬だけ考えた。いっそタクシーに乗って、駒木野町に向かってはどうかと。だが、それは無意味だ。駒木野町から、ここまでバスで四十分。つまり、あと十分ほどで、路線バスは駒木野を出てこちらに向かう。行き違いになるのは確実だ。ここで時間をつぶすしかない。

 喫茶店に入る気はしなかったので、バス停の待合ベンチに腰掛けて、鞄から本を取り出した。篠田節子さんの単行本『ロズウェルなんか知らない』だ。そもそもこの本がなければ、私はこんなところにやってくるはずもなかったのだ。




 オカルト好きの読者なら記憶に新しいだろうが、群馬県の駒木野といえば、しばらく前に「日本の四次元地帯」として全国的に有名になった土地だ。人口四千二百人、山間に位置する小さな観光地に過ぎなかった駒木野に、何と超古代遺跡や心霊スポットが集中し、しかもUFOやら妖怪やらが日常的に出没しているのだという。

 どう考えても、寂れゆく田舎町の住民が観光客を呼ぶために吹聴した、根も葉もない噂としか思えないではないか。にも関わらず、一時期、この話題は連日のようにTVや雑誌で取り上げられた。それはまるで、お茶の間をオカルト番組、UFO特番やらユリ・ゲラーやら心霊写真やらノストラダムスの大予言やら、そういった番組が席巻していた、あの時代が再来したかのようだった。実際、あの頃と同じ制作者が番組の背後にいたのではないかと私は疑っている。

 駒木野で起きているという超常現象が本物かどうか、肯定派と否定派がカメラの前で派手に罵り合ってみせた。話題はどんどんエスカレートしてゆき、ついには取材中にタレントが宇宙人に誘拐された、などという騒ぎまで起こる始末だった。

 ところが、一連の事件が、観光客誘致を狙った「駒木野青年クラブ」メンバーによる捏造だったと暴露されたとたん、マスコミは手のひらを返すようにバッシングに走った。TV、雑誌、新聞、あらゆるマスメディアが、良識を振りかざして駒木野を糾弾した。それはまるで、マスコミは共犯者でなく騙された被害者だ、と言わんばかりだった。

 その後、当然のように駒木野の話題は急速に飽きられ、そのまま忘れ去られた。いつものパターンだ。ポルターガイスト現象が起こるマンション、霊に取りつかれた国道トンネル、アザラシの昼寝、レッサーパンダの直立。私としては、客寄せのためにオカルト現象を捏造した観光地にも、何もかも承知で夢だロマンだと持ち上げ、後から引きずり下ろして棒で叩くマスコミにも、ただただ、うんざりさせられた。

 いわゆる「駒木野事件」は、それで終わりのはずだった。ところが、その後、この事件は意外な展開を見せたのだった。

 騒動が終息してから半年ほど経って、ベストセラー作家、篠田節子さんが、駒木野事件を題材にした小説『ロズウェルなんか知らない』を上梓した。この作品は、あくまで寂れた地方の実情を描くことに主眼を置いているのだが、一連の事件が当事者の立場から書かれているという点で、オカルト好きにとっても見逃せない本だった。

 『ロズウェルなんか知らない』のあらすじはこうである。温泉もなく、景観地もなく、スキー場が撤退してからというもの寂れゆく一方の観光地、駒木野(実名で登場)が舞台となる。愚痴と恨み言を繰り返すばかりで、何もしようとしない年寄り連中に絶望した青年クラブのメンバーは、駒木野を「日本の四次元地帯」として売り出し、観光客を呼び戻すことを企画する。

 謎めいたストーンサークルを捏造し、ありもしない奇しい風習やら伝説やらをでっち上げる。放棄されたお化け屋敷を改造して「宇宙人の遺体解剖ジオラマ館」に。管理事務所の廃墟を「戦慄の心霊ゾーン」に仕立てる。銀色のヘリウム風船を飛ばしてUFO。消防服を着て森の中を走って宇宙人。民宿には座敷わらし。診療所には奇跡の波動療法。ヒートアップした彼らは、ついにはロズウェルを真似して『駒木野円盤フェスティバル』なるイベントを仕掛けようとする。

 興味深いことに、小説には現実の駒木野事件が終わってから後のことも書かれている。

 一連の騒ぎが捏造だったとばれて、かえって「面白そう」「消防服の宇宙人、カワイイ」「同じ虚構なら×××××ランドなんかよりずっと好感」という物好きな観光客からの『駒木野円盤フェスティバル』への申し込みが殺到するのだ。文字通り村八分にされ、意気消沈していた青年クラブのメンバーは、なかば破れかぶれの決意で円盤フェスティバル実現に向けて立ち上がる。保守的な町の年寄り連中や、世間の良識、社会の決まりごと。それらに真っ向から反旗を翻し、駒木野の青年たち(といってもみんな三十代以上だが)は地雷源を駆け抜けてゆく。ここの展開はとても熱い。そして、とうとうフェスティバルが成功するところで小説は終わる。読後感はすがすがしい。

 不思議現象を扱う同人誌『Spファイル』の寄稿者グループ内で、この小説は大いに話題になった。もちろん小説だから事実とは微妙に異なるのだろうが、何というか、マスコミを通して知っている“事実”よりも、むしろ小説のストーリーの方が、ずっとリアルな感じがしたのだ。

 そういうわけで、みんなでこの小説について熱く語っているうちに、いつの間にか、次号の『Spファイル』では駒木野事件を特集しようじゃないか、という話になった。そして、私が駒木野青年クラブにお邪魔してインタビューする役を引き受けたのだ。




 何かの音がした。私はそれまで読みふけっていた『ロズウェルなんか知らない』から顔を上げた。商店街の外れにあるT字路を曲がって、バスがこちらにやってくるところだった。老朽化したバスは、疲労困憊した様子で停留所にたどり着き、ぷしゅ〜、という音とともにドアを開く。そして、そのまま息絶えた。

 しばらく誰も降りてこなかった。不安のあまり、下腹部に鈍痛が走り始めたころになって、ようやく一人の乗客が、とんとんとステップを降りてきた。軽薄そうな若者だ。というか、今どきの若者は私には全て軽薄そうに見える。

 それにしても、異様な外見だった。てかてか光る銀のダブルのスーツを着込んで、首筋の後ろでまとめた髪を腰のあたりまで伸ばしている様子は、どう見てもカタギとは思えない。顔はなんだか病的に白く、慢性的な睡眠不足のように目蓋がむくんでいる。栄養が偏っているのではないか。それとも悪性の生活習慣病か。

 てっきり、駒木野青年クラブのメンバー、五、六名がぞろぞろと下りてくることを想定していた私は、虚を突かれて何も反応できないでいた。

 若者は、ちらとこちらを見て、ぶしつけな態度で「え〜と、馬場さんですか」と尋ねてきた。裏返ったような高い声だ。どうも油断ならない。嫌な感じがする奴だ。

 「あ、はい、馬場です。馬場です。今日は、お忙しいところ、まことにありがとうございますっ」

 とりあえず座っていたベンチから勢いよく立ち上がって、そう答えた。

 若者はつかつかとこちらに歩み寄ってきて、さっと手を出した。見ると、名刺だ。サラ金の広告入りティッシュを配るような手つきで、こちらに名刺を差し出している。慌てて私も財布から名刺を取り出し、こちらはきちんと両手を添えて、腰をかがめて差し出す。だが、この嫌味は全く通じなかったようだ。

 受け取った名刺を見る。『四次元地帯トータルコーディネーター 鏑木啓吾(かぶらぎ・けいご)』とある。

 鏑木だ。青年クラブを引っ張り回して、駒木野を四次元地帯にした張本人だ。少なくとも、小説ではそういうことになっている。

 「鏑木啓吾って、本名だったんですか」と思わず尋ねると、若者は「まさか〜、そんなわけないっスよ。ペンネーム、つーか、お仕事ネーム。小説で有名になったんで、遠慮なく使わせてもらってま〜す」と、相変わらず気色の悪い裏声で言う。“遠慮なく”って、こういう場面で使う言葉なのか?

 とりあえず、そうですね、立ち話も何ですから、ええ、と台本めいた会話をかわしつつ、私たち二人は喫茶店に向かった。チリンチリンという、くたびれ感を盛り上げるベルの音を立てて喫茶店のドアを開け、薄暗い店内の二人がけテーブルに向かい合って座る。

 「あの、それで、他の方々は?」

 私が尋ねると、鏑木はきょとんとした顔つきになった。

 「他の駒木野青年クラブの方々は、遅れていらっしゃるんでしょうか」と改めて尋ねる。

 鏑木は、ああ、という感じで手をひらひらさせながら、「来ませんよ。俺だけ」と言った。

 私が呆然としているのに気づいた素振りも見せず、鏑木は私の名刺を見て素っ頓狂な声を上げた。

 「あれ? 馬場さんは功段社の方じゃないんですか?」

 さっきバス停で私の名刺を見てうなずいていたのは何だったのだ。

 「違いますよ?」

 「え、でも、今日は、実質的に功段社が出す新雑誌の打ち合わせですよね?」

 何を言ってるのだ、こいつは。

 「あの、メールでもきちんとお伝えしましたが、今日わざわざお越しいただいたのは、私どもの同人誌に載せるインタビューのためだと、こちらとしてはそのように認識してるわけですが」

 ついつい、こちらは業務用トークになってしまう。

 「待って待って。ほら、この秋、功段社が“ニッポン不思議紀行”って新雑誌、出すじゃないスか。パンゲアみたいなオカルトマニア相手の濃いやつじゃなくて、ちょこっとライトな不思議大好きクンをターゲットにしたオシャレ系の旅行雑誌」

 鏑木は一人でうなずいているが、知らん、そんな話。というか、それがどうしたというのか。

 「雑誌の取材申し込みに対応してくれって言われたんで、てっきりその話だと。この機会にライターの仕事とかもらえると嬉しいかなぁ、なあんて。そろそろ仕事の幅を広げたいと思ってたとこなんスよ」

 私は黙って鞄から『Spファイル』を取り出し、テーブルに置いた。

 「申し訳ありませんが、どうも話に食い違いがあるようです。私どもが出しているのは、何人かが趣味で作っているコピー本のオカルト同人誌です。この分野の同人誌としては出てる方だとは思いますが、それでも即売会と通販合わせて、百部程度が精一杯です。出版社は一切関わってません。今日は、全くの個人として、駒木野事件についてお話を伺うために来たつもりです」

 ちなみに、わずかながらの謝礼金は完全自腹だ、と心の中で付け加える。

 それまで身を乗り出していた鏑木は、椅子の背もたれにがたんと倒れこむように座り込んで、眼を覆う。

 「うわ、それつまり、俺、面倒を押しつけられちゃったってわけっスね!」

 ずいぶん失礼な言い草だったが、言葉自体には私も全く同感だった。お互い様だ。




 実のところ、インタビューは簡単だと思っていたのだ。小さな同人誌とはいえ、申し込めばすぐに受けてもらえるものと、根拠なく確信していた。

 ところが、ポスターやホームページに載っている『駒木野円盤フェスティバル2006実行委員会』の電話番号にかけて、インタビューを希望する旨を伝えても、不機嫌そうな女性の声で「こちらではツアーか宿泊の申し込みしか受けておりませんよ」と木で鼻をくくったような対応しかしてくれない。いやそこを何とか、と頼み込んだが、他のお客さんからの電話を逃してしまうから、と切られてしまった。

 仕方なく、駒木野の町役場に電話する。観光課に回され、そこからまた責任者とやらに回され、散々待たされた挙げ句、観光課長と名乗る中年男性が出て「取材はね、全部お断りしてるんですわ。何も話せません」と取り付く島もない。こちらが何と言おうが、聞く耳持たない。とにかく「他の申し込みも全てお断りしているので、そちらさんだけ特別扱いするわけにはいかんのです」の一点張り。おそらく、マスコミから猛烈なバッシングを受けたことがトラウマになっているのだろう。

 仕方なく、直前に電話を受けた若い担当者に戻してもらい、もう破れかぶれで訴える。

 さきほどの責任者の方は、うちの同人誌をオカルト系だと思い込んでいらっしゃったようですが、それ勘違い、誤解なんです。本当は、旅行同人誌です。ええ、そうです。はい、ちょっと不思議な体験を求める旅、そういうテーマでいくつかの観光地を取り上げたくて、ですね、それで、ですね、インタビューを。はい、はい、それはもう。誰か実際にそちらに宿泊して、旅行記を書きます。もちろん宣伝します。目一杯、宣伝させて頂きます。約束しますよ。あ、いえ、オカルトな話題にはちょこっと触れる程度です。はい。いえ、いわゆるビリーバーも、ゴリゴリの否定派もいません。いても書かせません、絶対。ええ、ええ、その辺、大丈夫です。

 必死に訴える私を気の毒に思ったのか、それとも「駒木野町役場ふれあい目安箱メールボックス」にクレームでも入れられたら面倒だと思ったのか、たぶん後者だろうが、とにかく担当者は青年クラブの連絡先メールアドレスを教えてくれた。いつでも捨てられるように用意してあるとおぼしき、Yahoo!メールだった。結局、電話番号は教えてもらえなかった。

 おそらく誰も読んでくれないだろうな、と自虐気分で書いたインタビュー依頼メールだったが、意外にも、数日後に返信が届いた。「駒木野青年クラブ」名義で、申し込みを受ける旨と、日時や場所などが事務的に書かれていた。急いでお礼のメールを書き、指定された喫茶店の名前や、謝礼の話を尋ねたのだが、それっきり何度再送しても返事はなかった。

 今から思うと、たぶんメールを見た青年クラブの誰かが、鏑木に適当なことを言って押しつけたのだろう。鏑木は、たまたま功段社の新雑誌企画の話を知っていて、仕事がもらえないか画策していたところだったので、これはビッグチャンスとばかりに飛びついた。そんなところだろう。

 疲れる話だ。




 さきほどから鏑木は無言で『Spファイル』のページをぱらぱらめくっている。私は鞄からデジタルボイスレコーダーを取り出して、そっとテーブルに置いた。インタビューを始めますよ、という合図なのだが、鏑木は知らんぷりを決め込んでいる。気まずい雰囲気だった。

 注文したコーヒーがやってきた。間が持たないので、仕方なく口にする。期待はしてなかったが、やはり罰ゲーム級のまずさだ。何の脈絡もなく、地球環境問題について考えた。

 「Spファイル、ってどういう意味っスか?」不意に鏑木がそう尋ねてきた。

 私は、コーヒーカップを手に持ったまま、慌てて早口で説明した。大文字のSは「ハイ・ストレンジネス(とても奇妙な)」、小文字のpは「ロウ・ポッシビリティ(ありそうもない)」を意味し、元々はハイネック博士が考案した“SPダイヤグラム”というUFO遭遇事件の分類法に由来する名称である、またこの二文字の組み合わせは「スケプティック(懐疑的な)」という単語を暗示しているのだ、うんぬん、と。実のところ、この説明を理解してもらったことは一度もない。ましてや、今までこのタイトルに仕込まれた暗号を解いた者は誰もいないのだ。

 コーヒーカップを戻して鏑木の顔を見ると、どういうわけかすっかり表情が変わっていた。笑顔? 親近感? 連帯感? それとも共犯意識? 違う。これは、同類を見つけたときの顔だ。いや、“自分より格下の”同類を見つけたときに、器の小さい人間が見せる、あの笑いだ。私は、この品のない笑顔をよく知っている。

 「シロウト臭いっスね」

 鏑木はコーヒーを、なぜかおいしそうに飲んでから、そう言った。

 「いやー、何しろ素人の集まりなんで。鏑木さんのようなプロからどう見えるかと思うと冷や汗ものです」

 今日の私の仕事は、鏑木に媚を売ることだ。

 「いやいや、こっちだってまだまだ駆け出しっスよ。ゲームの攻略本で1億売り上げたくらいで」

 鏑木は、得意気な口調で恐縮してみせた。この機会を逃してはいけない。

 「で、今日は駒木野事件について色々とお伺いするわけですが」

 言いながら、私は大仰な身振りでボイスレコーダーのスイッチをONにする。そして、それをマイクに見立てて鏑木に突きつけ、芝居がかった声で切り出した。

 「まず最初に、ずばりお答え頂きたいのですが、小説はどこまで本当なんですか?」

 どうやら、このパフォーマンスは鏑木のノリに見事にヒットしたらしい。

 「まあ、基本的なとこは事実ですね、大筋、ええ」

 「ということは、いくらか嘘も混じっていると」鋭く追求するレポーターの口調で。

 「ってか省略してんだよね。色々と」

 「というと」

 「ほら、物事って、真っ直ぐには進まないじゃない。紆余曲折っていうか、予定やら計画やらコロコロ変更されるし、うまくゆかないことはどうやっても駄目だし。かと思うと、何でか勝手にうまく行ったり。そういうところ、篠田ちゃん、はしょっちゃって、何でもかんでも鏑木がやったことにしちゃったりしてさぁ。分かるぅ?」

 いきなりタメ口かよ。というか、お前は直木賞作家をちゃん付けで呼ぶのか。

 「鏑木さんのせいにした、というと?」

 「お化け屋敷を解体した後に出たゴミの山は、電話一本で鏑木が片づけました。ストーンサークルの配置は、鏑木が勝手に決めました。宇宙人の人形を四千円で作ったのは鏑木です。ってね。説明が面倒なところは、みんな愛すべき鏑木クンの仕業」

 「実際にはそうでないと」

 なぜか鏑木は肩をすくめただけで、その質問には答えなかった。

 「話題を変えましょう。小説のラスト、本当にUFOが飛ぶというオチですが、あれも事実なんですか?」

 「皆が出た出たって言ったのは本当」

 「さぞや大騒ぎになったでしょう」

 「んにゃ。ひとしきり興奮して騒いだあと、みんな白けた雰囲気になって、見なかったことにしちゃった」

 「え、どうしてですか」

 鏑木は驚いた顔つきで「当然でしょ」と言う。

 「だって、あれだけマスコミにバッシングされて、でも僕らの努力を気に入った人達が集まって“嘘でも捏造でも、面白ければいいじゃん”というノリで楽しんでいたんですよ。今さら、やっぱり本当でした、なんて言えないっスよ。そういうの致命的にダサいでしょ」

 言われてみれば、確かにそうだ。

 「じゃ、UFO目撃は、皆で相談して無かったことにしたんですか」

 「別に相談したわけじゃなくてさぁ、ただ誰も話題にしないだけ」

 「小説には、鏑木さんが座敷わらしを見たと言うシーンが出てきましたが、あれは」

 「あれは本当。マジ。旅館で夜中にふと目が覚めたら、子供が、こ〜んな感じで、じぃーっとこっちの顔を覗きこんでて」

 鏑木が顔を近づけてきたので、とっさにスウェイバックでかわす。

 「そりゃ、田舎ですから、変なこといっぱいありますよ。夜中に作業してた連中が、森の中で遊んでいる子供たちを見かけたとか。駒木野にはろくに子供なんていないし、宿泊客だとしても夜中に遊んでるはずがないでしょ。あと、遊園地跡の近くで異常に大きな犬を見た人が何人もいるし。農家で飼っていた何頭もの豚が、一斉に奇形の子を産んだり。山頂付近から気味悪いうなり声が聞こえたり。あと、例のヘリウム風船も、変っちゃ変」

 「ヘリウム風船?」

 「ほら、小説にもあったでしょ。取材のとき、誰かが約束を破って風船飛ばして、しっかり写真や映像に撮られちゃいましたっていう、アレ」

 確かにそういうシーンがあった。観光客が来たときには銀色のヘリウム風船を飛ばしてUFOが出た、とやっていた青年クラブのメンバーだが、さすがに取材のときはまずいだろうということで、絶対に飛ばさないよう示し合わせていた。にも関わらず、雑誌の取材のときも、TVの取材のときも、風船は飛んでしまった。誰がなぜ約束を破ったのか、小説には何も書かれていない。

 「あれ、誰も飛ばしてなかったんっスよ」

 「え?」

 「みんな、自分はやってないって断言してね。こんなことで嘘つく理由ないし。それに、後から調べたら、風船、減ってないんっスよ。数はきちんと管理してたから間違いない。じゃ、あのとき飛んだ風船は何だろうって」

 何だか、妙に薄気味悪い感じがする。

 「誰かが妨害しようとしたんでしょうか」

 「いや、どっちかって言うと、色々と手助けしてもらったような」

 突然、鏑木の声の調子が低くなった。

 「手助け?」

 「ストーンサークルのときとか」

 「どういうことです?」

 「小説にも書いてあった通り、牧場スタッフが手伝ってくれたんですよ。でなかったら、輪郭線だけで300メートルもあるサークル、青年クラブのメンバー数人が半日で作るなんて無理無理」

 「そうでしょうね」

 「マジ手際よかったっスよ。台車やらスコップやら持って駆けつけてきて、こちらが指示する前に、てきぱきと石を運び始めちゃうし。ここに置いてくれって言っても、勝手にどんどん違う場所に置いちゃうんですよ。結局、最初の設計図とは別の場所に、予定よりずっとでかいサークルが出来上がって。そんでもって、完成したら、挨拶もなしにいなくなる。変な連中だと思ったけど、その後でサークル中心にマジ遺跡が見つかって騒ぎになって」

 小説では、ストーンサークルを設計したのは鏑木、サークルの中心部で縄文時代の遺跡が見つかったのは偶然、ということになっていた。なるほど。説明が難しいところは鏑木のせいにした、というのはそういう意味か。

 「牧場のスタッフは、遺跡の存在を知ってて配置したんでしょか」

 「それがね、翌日牧場にお礼に行ったら、何の話だって言われて」

 「はあ?」

 「昨日は牧場関係者は全員ずっとここにいた、って」

 「じゃあ、手伝いに来たスタッフって」

 「誰も知らない。その後、見かけた人もいないっス」

 それは確かに変だ。

 「それにね、お化け屋敷を解体した後で出た廃棄物」

 「小説では、確か鏑木さん達がゴミ処理場に運んで、無料で処理してもらったと」

 「ノンノン。無理っスよ。いったい何トンあったと思います? それに産業廃棄物ですよ。無料で引き取ってもらえるはずがない」

 「もしかして不法投棄したんですか」

 「面倒臭いんで、放っといたんですよ。そしたら、いつの間にかなくなってた」

 「なくなってた?」

 「宇宙人の人形は逆パターン。あれは何となく置いてあったんです。後になって、誰に聞いても、知らない、自分は何も手配してない、誰か他の奴が業者に発注したんだろう、っていうんですよ」

 「そういや、Spファイルにも参加している人形作家の話では、素材が何であろうと、実物大ジオラマに置くそれなりにちゃんとした宇宙人の人形を、四千円で作るのは無理だって」

 「あれは篠田ちゃんのジョークでしょ。四千円だなんて誰も言ってないし。というか、結局、どこの業者からも請求書こなかったし。誰がどこに発注して作らせたのか、今だに分からない」

 「会計上の問題にならなかったんですか」

 「まあ金が節約できたんだから何でもいいかって。田舎の人って、そういうとこ妙にいい加減で」

 「ゴミと宇宙人の他に、そういう妙なことはありませんでしたか」

 「あとは廃屋の壁」

 「ハイオク? ああ廃屋。新耳袋に出てきた“山の牧場”みたいな」

 「そそ。あの企画は“山の牧場”がモトネタ。で、あの壁にびっしり書き込まれたSOSって文字」

 「企画してないのに勝手に書かれたとか」

 「いえいえ企画にはありましたよ。ただ、面倒なんで作業は後回しにしてた。そしたら結局、時間がとれないまま取材当日になっちゃって。ま、いっか、と思ってたら、現場に入るとこれがちゃんと書いてあるの。びっしりと。天井まで。マジ、びっしりと。あれは、ちょっとキましたね。例によって、後で聞いても誰もやってないって言うし」

 「ゴミは消え、必要なものは現れ、作業は誰かが済ませてくれる。うらやましい話ですよねえ」

 ちょっと不安な気分になってきた私は、冗談めかしてそう言ってみた。

 「まあ、あの頃は目茶苦茶に忙しくて、色々なことが同時に走ってたんで、記憶もいい加減になってるし。業者の手続きだって田舎だと適当なもんだし。どれもこれも別に不思議でも何でもないっちゃ、そりゃそうなんスけど」

 「小説中でも、誰かが言ってましたよね。自分たちには守護天使がついているようだって」

 私がそう言うと、どういうわけか、鏑木は困ったような表情になった。

 「えーと、そんな発言ありましたっけ。あの小説に」

 言われてみれば、そんな発言はなかったような気がする。いや、なかった、と思う。いったい、どうしてさっきまでそんなセリフがあったと私は確信してたのだろう。

 「すいません。ちょっと勘違いしました」

 私は謝ったが、鏑木は何やら思案を始めた風で、いきなり無口になってしまった。電池が切れたようだった。私が何を聞いても「ん〜」などと生返事しかしてくれない。どうやら、彼のノリは終わったらしい。

 窓の外を見た。そろそろ日が暮れようとしている。高崎に向かう電車の発車時刻までは、まだしばらくあったが、九十分に一本の電車を逃したくはなかった。それに、明日は仕事だ。

 その後もしばらく雑談をしたが、明らかに鏑木は会話に乗り気ではなかった。私はあきらめて、お礼を言いながら謝礼金が入った封筒を渡し、そうしてインタビューは終了した。

 二人で喫茶店を出た。Spファイルの次号が完成したら名刺に書いてあった住所に送るとか、円盤フェス2006が成功すると良いですねえとか、私はそんなことを一人でしゃべっていた。

 「ちょっと違うかも知れないっス」

 鏑木がいきなりそう言い出したので、私は何か抗議されたのかと思ってどきりとした。

 「すいません」

 「いや、そうじゃなくて。守護天使とかそういうのじゃないような気がするって」

 「何の話です?」と言ってから、そういえばそんな話が出たなあと思い出した。

 「僕たちに、あれをやらせたもの」鏑木は声をひそめてそう言う。

 「やらせた? あれ? 何のことです?」

 「何かが、僕たちを使って、駒木野を“日本の四次元地帯”にしたってことッスよ」

 「何かって、宇宙人とか秘密結社とか?」

 「そういう確固とした実体のあるものじゃなくて、何つーか、駒木野という土地そのものというか」

 宇宙人や秘密結社には確固とした実体があるのかよ、と心の中で突っ込みつつ、私は言った。

 「地霊とか、そういうものですか?」

 「そんな感じ。いずれにしても、僕らは、あの作業をやらされていた、手が回らないところは手助けされていた。そんな実感があるんっスよ」

 「つまり駒木野という土地が、観光客を呼び戻すため、鏑木さんたちを操ったと」

 「ノンノン。違いますよ。観光客を呼びたかったのは僕ら。でも、その何かは、ぜーんぜん別の目的があったのかも知れないって。さっきからずっと考えてて。その別の目的ってやつ」

 「結論は出ましたか?」

 「ほら、去年の円盤フェスで、大勢の人がUFOを目撃したのに、みんな黙ってしまったじゃないっスか。あれじゃないかと」

 「よく分かりませんが」

 「ほら、駒木野で今後どんな変なことが起きても、もう誰も話題にしない、出来ないわけ。話したとしても、今さらって感じで誰も本気にしてくれない」

 なるほど。それはそうだ。ふと、観光課長の頑な態度を思い出した。何も話せません。あれは、マスコミからバッシングを受けたせいではなく、文字通り「話せない」からではないだろうか。

 「今年の円盤フェスあたりマジヤバかも。馬場さん気をつけた方がいいっスよ」

 「私はフェスティバルには参加しません。ついでながら、駒木野に行く予定はありません」

 私がきっぱりそう言うと、どういうわけか、鏑木はひどく感心したようだった。

 商店街の奥のT字路を曲がって、路線バスがやってきた。お別れのときだ。

 鏑木は、三坂駅の改札口までついてきて、手を振ってくれた。連絡通路の階段へと向かいながら、私も手を振り返した。高崎行き上り電車が、ホームに滑り込んでくる。私は東京に戻り、明日はいつも通り出勤する。ここに来ることも、鏑木に会うことも、二度とないだろう。

 今回のインタビューを通して約束したことをみんなに伝えなければならない。誰か駒木野に宿泊して旅行記を書いて宣伝すること。ビリーバーには原稿を書かせないこと。そして、完成したら一冊、鏑木に送ること。

 最後の約束は、自腹で購入して自分でやろうと思った。どういうわけか、私はいつの間にか、鏑木のことを妙に気に入っていたのだ。自分よりも格下の同類だからかも知れない。


超常同人誌『Spファイル3号』に掲載(2006年8月)
馬場秀和


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