『馬場秀和のマスターリング講座』

第2章 シナリオ作成

 本ファイルは、Nifty-Serve のRPGメインフォーラム「マスター/プレイヤー会議室(第16番会議室)」で連載された「馬場秀和のマスターリング講座」のうち、「第2章 シナリオ作成」を加筆・修正の上まとめたものです。
1996年11月  馬場秀和


[全体構成]
  第1章 システム選択
  第2章 シナリオ作成
  第3章 セッション・ハンドリング
  終章  ライフ・アズ・ア・ゲームマスター
  付録  コスティキャンのゲーム論

[頻出略語]
  PC : プレーヤー・キャラクター
  NPC: ノン・プレーヤー・キャラクター


「馬場秀和のマスターリング講座」

第2章 シナリオ作成

         ** シナリオ作成とはゲームデザイン作業である **

[第2章を始めるに当たって]

 第1章では、RPGにとって最も重要なのはシステム(ルール、背景世界)であ
ること、自分なりに方法論を持ってシステムを選択することからゲームマスターと
しての上達が始まること、などを解説しました。さらに、システム選択に当たって
考慮すべきポイントを出来るだけ具体的に説明しました。

 では、システムを適切に選択すればそれで問題なしでしょうか。
 言い換えれば、良いシステムを選んで繰り返しプレイすれば、それだけで上達は
約束されたも同然なのでしょうか?

 実は、そうではありません。

 RPGは、システムだけでは不完全であり、ゲームマスターの補完がないと完全
なゲームにならないのです。この補完方法を間違えたまま何度プレイしても、それ
は正しくゲームをプレイしたことにならず、すなわち上達も望めません。

**

 一般的なゲームにおいては、ゲームが成立するために必要な要素、つまり「目標」
「制限」「障害」といった要素は、全てシステムが提供してくれます。このため、
一般的なゲームにおいては、システムを選択した時点で既にゲームは完成している
と見なせます。

 このように、一般的なゲームは、システムだけでゲームが完成していますから、
後はそのシステムをプレイするだけで自動的にゲームが成立します。

 繰り返しプレイすれば、まあ普通はそのゲームに上達してゆきます。さらには、
応用範囲の広いテクニックを学ぶことで、ゲーム全般について技量が向上すること
もあります。例えば、コントラクトブリッジを練習してカウンティングやビッドテ
クニックについて学べば、他のトリックテイキング系のカードゲームにも強くなる
でしょう。モノポリーで他のプレーヤーと交渉するコツをつかめば、他の交渉系マ
ルチプレーヤーゲームも得意になるかも知れません。

**

 ところが、RPGは違うのです。

 RPGのシステムは、ゲームが成立するために必要な要素のうち、いくつかを部
分的に提供するだけです。残りは、ゲームマスターが用意しなければなりません。

 これが、他のゲームと較べたRPGの特徴であり、またRPGが潜在的に持って
いる大きな可能性を生み出す源でもあるのです。

 ゲームマスターがRPGシステムを補完して、必要なゲーム要素を決定する作業
を、本講座では「シナリオ作成」と呼びます。

**

 シナリオ作成と言うと「お話を考えて、ストーリーを決めること」だと思ってい
る人がいますが、これは間違っています。激しく間違っています。

 シナリオ作成とは、システムが不完全にしか提供していないゲーム要素を、ゲー
ムマスターが補完することなのです。だからこそシナリオ作成は、RPGにとって
システム選択の次に重要なことであり、ゆえに本講座の第2章にふさわしいテーマ
なのです。

**

 第2章では、シナリオ作成について具体的かつ実践的な解説を試みます。
 この章を読み終える頃には、正しい方法論に基づいてシナリオを構成することが
出来るようになることでしょう。


2.0 シナリオ作成の概要

 第2章では、シナリオ作成方法について具体的な手順を説明してゆきます。

 ここで示す手順は、本講座の主旨である「上達を目指す助けとなる」ことを重視
して作成したものです。ですから、必ずしも全ての人にとって最適なシナリオ作成
法ではないかも知れませんし、少なくとも効率的な方法とは言えません。

 ただ、第2章に従ってシナリオ作成を繰り返せば、誰でもゲームマスターとして
の技量が向上するはずです。そういう意味で、このシナリオ作成方法は、スポーツ
における基礎練習に相当するでしょう。

 何でもそうですが、基礎をしっかり固めることが、結局は上達への早道なのです。

**

 第2章で解説するシナリオ作成は、次のようにステップ分けされています。

  ステップ1 : 基本ストーリーの作成
  ステップ2 : ゲーム要素の明確化
  ステップ3 : シナリオの構造化
  ステップ4 : データや設定の準備

 各ステップについて、その概要をまとめてみましょう。

**

[ステップ1 : 基本ストーリーの作成]

 まず、基本となるストーリーを作ります。

 と言っても、自分で話を考える必要はありません。映画、小説、コミックなどの
エンターティメント作品から、使用するRPGシステムと相性のよいストーリーを
拝借すればよいのです。

 ただし、注意して下さい。このステップで作成する「基本ストーリー」に従って
セッションを進めるわけではありません。ましてや「基本ストーリーから外れない
ようにプレーヤーを強制/誘導する」というのは論外です。

 ステップ1で「基本ストーリー」を作成する目的は、後のステップにおける作業
を容易にするためです。いわば、ビルを建築するために作る足場のようなものです。

 ビルが完成すれば足場は取り壊されます。いや、建築作業が進むにつれて不要な
足場はどんどん取り払われてゆきます。それと同じように、シナリオ作成が進むに
つれて、「基本ストーリー」なるものは捨てられてゆきます。というより、積極的
に捨ててゆくことが大切です。

 これからも何度か強調することになりますが、シナリオ作成は決してストーリー
を作るものではありません。むしろ、「シナリオ作成とは、ストーリーを解体して
ゲームを作る作業である」と言ってよいのです。


[ステップ2 : ゲーム要素の明確化]

 基本ストーリーから、ゲーム要素を抽出します。さらに、ゲームとして機能する
ために必要なら、ゲーム要素を付け加えます。これらの要素を明確に定義し、紙に
書き出したところでステップ2が終わります。

 ステップ2は、いわば「システムとストーリーを元に、実際にプレイするゲーム
をデザインする作業」とでも言えるでしょう。

 ここが、シナリオ作成の最も大切なステップです。このステップを経ることで、
RPGはゲームとして完成されるからです。


[ステップ3 : シナリオの構造化]

 基本ストーリーとゲーム要素を元に、シナリオ構造体を作り出します。ここで、
基本ストーリーは解体され、固定的な「ストーリー」なるものは追放されます。


[ステップ4 : データや設定の準備]

 ステップ3で定義した「シーン」のそれぞれについて、実際にセッションを進め
上で必要な情報を用意してゆきます。

 最後に、ゲームバランスを見直して、最終的な調整を行ったところでシナリオが
完成します。

**

 ゲームマスターとして上達を目指すのなら、まずは上の各ステップに従ってきち
んとシナリオを作ってみて下さい。
 最初はシナリオ1つ作るのに半日以上かかるでしょうが、慣れれば頭の中で大半
の作業を行うことができるので、シナリオ作成スピードは劇的に向上します。


2.1 基本ストーリーの作成(ステップ1)

2.1.1 原作の選択

 シナリオ作成の第1ステップでは、「基本ストーリー」を作ります。

 やり方は簡単です。まずシナリオ原作を選び、次にそれをRPGに相応しいよう
に加工するのです。

 今回は、シナリオ原作の選択について解説します。

**

 ゲームマスターが今までに読んだり観たりした小説・映画・コミック・アニメな
どのエンターティメント作品から面白いと思ったものを選び、それをシナリオ原作
の候補とします。

 次に、使用するRPGシステムの方向性、および背景世界(あるいはそれに代わ
る意志決定支援メカニズム)を考えて、シナリオ原作の候補とシステムの相性が良
いかどうか判断します。
(「方向性」や「背景世界」については、第1章を参照のこと)

**

 このとき注意してほしいのは、ジャンルにこだわらないことです。

 第1章でも説明しましたが、シナリオ原作とRPGシステムの相性がよいかどう
かは、ジャンルとはほとんど無関係なのです。

 使用するのがファンタジーRPGだからといって、シナリオ原作もファンタジー
でなければならないということは全くありません。SFでも、ミステリーでも、ホ
ラーでも原作として使えます。

 ただ、方向性と背景世界については、その整合性に注意する必要があります。

 例えば、使用するシステムがヒーロー指向なのに、シナリオ原作として「地道な
捜査を重ねて犯人を追い詰めてゆく警察小説」を選んでしまうと、後で苦労するに
違いありません。

 あるいは近未来の都会を背景世界とするシステムを使うのに、シナリオ原作とし
て「秘境探検もの」を選ぶのも無理があるでしょう。

 なお、方向性や背景世界について特に大きな不整合がなければ、今は細かい問題
を気にする必要はありません。例えば「このストーリーでは主人公が1人なので、
RPGのパーティプレイが出来ない」といったような問題は、後からどうとでもな
ります。

 どうもシステムとシナリオ原作候補の相性が良くないと思ったら、シナリオ原作
候補を変えて下さい。あるいは、逆にシナリオ原作を先に選んでおいて、それに合
わせて使用するRPGシステムを選択するという考え方もあります。

**

 シナリオ原作としては、なるべく正統的な作品を選んで下さい。できる限り名作
とか代表作と呼ばれているものを選ぶべきでしょう。
 なぜなら、このような作品の「面白さ」は単純で力強く、シナリオとして加工し
てゆく工程でその魅力が失われることが少ないからです。

 これに対して、奇をてらった作品、突拍子もない一発アイデアに頼った作品、パ
ロディ、定番パターンをからかったおちゃらけ作品といったものは、RPGのシナ
リオにすると破綻することが非常に多いのです。(これらの作品それ自体の価値と
は別です。単にこれらの作品はRPGのシナリオ原作に向いてないと言っているだ
けです)

 「名作や代表作をシナリオ原作にすると、プレーヤーがストーリーを知っている
可能性が高いではないか」「原作を知っているプレーヤーがいると、その人だけが
有利になったり、あるいは先が見えるので興ざめするかも知れない」などと心配に
なるかも知れませんが、これは大丈夫です。

 シナリオ作成とは「ゲームとしては不完全なRPGシステムを補完し、実際にプ
レイするゲームをデザインする作業」なのです。きちんとシナリオ作成を行えば、
最終的に出来上がるシナリオは、完成された「原作つきゲーム」として機能します。

 世の中には、原作つきゲームがいくつもありますが、原作を知っていると有利に
なるでしょうか。あるいは原作を知っていると興ざめするでしょうか。
 ごく一部の不出来なものを除けば、そんなことはありません。RPGのシナリオ
も同じことです。

 なお「その話は知ってる知ってる」と騒ぐプレーヤーがいれば、ゲームマスター
はそのプレーヤーの背後に立って肩をポンポンと叩き、「では、原作以上の活躍を
期待しているよ。何々君。(にやり)」とかやればよいのです。ゲームマスターは
厚かましくなければなりません。

**

 ところで、「シナリオ原作を選ぶのではなく、自分で考えたストーリーを使いた
い」という人がいるかも知れません。しかし、正直に言って、それはお勧めできま
せん。

 世の中に出回っているエンターティメント作品は、面白いストーリーを作るため
の訓練を積んだプロが、自分の生活をかけて作り上げ、プロデューサーや編集者が
納得し、一定数以上の観客または読者に受け入れられたものなのです。
 あなたが思いつくようなストーリーは、誰かが既に作品として仕上げているに違
いありません。しかも、あなたよりずっと上手に。

 ですから「自分でストーリーを考えてシナリオを作る」というのは、自作のビデ
オ作品(結婚披露宴の記録とか、自分の子供の成長日記とか・・・)をお客さんに
見せて喜ぶようなものだと思うべきです。愚かしく、恥ずかしく、失礼なことです。

 そもそも、エンターティメント作品について十分な知識と教養があれば、一生か
けても使いきれないほど多数の優れたストーリーが頭に入っているはずです。選択
に迷いこそすれ、わざわざ自分でストーリーを考えようなどとは思わないに違いあ
りません。

 「自分でストーリーを考える」と言いだす人は、別に自分の独創性や個性を発揮
したいわけではなく(そもそも他人に見せるに値する独創性や個性を持っている人
などほとんどいません)、単にエンターティメント作品に関する知識や教養が不足
しているだけではないでしょうか。

 ゲームマスターたるもの、古今東西あらゆるエンターティメント作品に可能な限
り幅広く接するように努めなければなりません。時間があれば、1冊でも多く本を
読み、1本でも多く映画を観る。それが「ストーリー作成」に上達する唯一の方法
なのです。


2.1 基本ストーリーの作成(ステップ1)

2.1.2 原作の加工

 シナリオ原作とRPGシステムのジャンルが異なる場合、加工が必要になります。

 第1章でも強調しましたが、RPGに関する限り、「ジャンル」の壁はさほど高
くはありません。つまり、ジャンルAに属する原作を、ジャンルBに変換し、ジャ
ンルBに属するRPGシステムでプレイする、というのはそんなに無茶な話ではな
いのです。
(むろん、方向性など基本的な点で原作とシステムの相性が良ければの話ですが)

 ジャンル変換を行う場合、シナリオ原作に登場する各種の要素のうち、RPGシ
ステムが属するジャンルに相応しくないものを見つけて、こまめに変換して下さい。

**

 例えば原作がアクション映画だとして、それをファンタジーRPGのシナリオに
変換するのなら、自動車を馬に、拳銃を剣に、マフィアのファミリーを盗賊ギルド
にすればよいわけです。

 このとき注意すべきことは、原作に登場する要素が「ストーリー上どんな役目を
果たしているか」に注目し、「対応する役目を果たすべきものは何か」を考えるこ
とです。単純に、機械的に変換するのは避けて下さい。

 特に、考えるのが面倒くさいからといって何でもかんでも「マジックアイテム」
「太古種族の遺品」「天才科学者の超発明」「連邦政府の極秘保管庫(または空軍
基地の地下)に秘匿されているアレ」といった安直なアイテムに変換してはいけま
せん。

**

 例えば、原作において、主人公がコンピュータネットワークに侵入して、建物の
見取り図をダウンロードするとします。これをファンタジーRPGに変換します。
 建物は城に変換するとして、さて、コンピュータネットワークはどうしましょう
か。

 ここで、機械的に「魔法のクリスタル」に変換してはいけません。

 背景世界にもよりますが、一般にファンタジー世界におけるマジックアイテムは、
極めて珍しく、神秘的な存在であるべきです。安直にホイホイと出すべきではあり
ません。第一、便利なマジックアイテムを安直に出すと後から始末に困ります。

 そこで、原作における「コンピュータネットワーク」の役目を考えます。

 それは要するに、「十分な知識と技術があれば知りたい情報を得ることができる
便利なツール」に過ぎません。

 そこで、「城の内部構造に詳しい老人」に変換してしまいましょう。

**

 この老人は、以前に城で働いていたか、あるいは築城にたずさわったのです。
 彼は気難しい変人で、「無知無教養な輩」とは話をしません。PCは、彼から話
を聞き出すために、様々な知識や技術を持っていることを示さなければなりません。

 うまく判定に成功すれば、老人はPCの知識や技術に大いに感心し、意気投合し
て城の内部見取り図を描いてくれるというわけです。

 お分かりの通り、原作においてコンピュータネットワークが果たしている役目を
ファンタジーRPGに無理なく変換したことになります。

 同じ発想で、主人公が「自分が重要容疑者として指名手配されていることを新聞
で読む」というシーンなら、「酒場で何人かの村人が噂話をしており、それを漏れ
聞いたPCは、自分達に賞金がかけられたことを知る」というシーンに変換しまし
ょう。つまり、「新聞」を「噂好きな村人たち」に変換したわけです。

 このように、柔軟かつ大胆に考えれば、ジャンル間で変換できない要素はほとん
どないはずです。繰り返しますが、ポイントは「その要素がストーリー上どのよう
な役目を果たしているか」を考えて、それだけを保存するように心掛けることです。

 個々の要素を変換してから、ストーリーを見直してみて下さい。まずい点があれ
ば、つじまじ合わせを行って下さい。

 例えば、主人公が1人の場合、彼または彼女の活躍を複数のPCで分担させます。

**

 他に原作の加工が必要なケースとしては、次のようなものがあります。

  ・原作のストーリーが複雑すぎる

  ・プレーヤーが知っておくべき情報が多すぎる、

  ・主人公の精神面(苦悩、葛藤、愛憎、劣等感、・・・)がストーリー上重要

 多数の人物や団体が関わる錯綜した複雑なストーリー、大量の設定情報、周到に
張りめぐらされた伏線。細やかな心理描写、人間の本質を浮き彫りにする先鋭的な
表現、文学や芸術の高みを目指す美しいストーリー。

 読者あるいは観客の魂を揺さぶる感動の名作も、極めて残念なことに、RPGの
原作には向いていません。

 仮にこういった作品を原作にしても、プレーヤーがついてゆけないでしょう。

 そこで、RPG向けにするために加工が必要となります。

**

 基本的には、ストーリーからRPGのシナリオとして不要な要素を削りとってゆ
きます。

 ストーリーが複雑すぎると思えば、あるいは長すぎると思えば、枝葉を全部ばっ
さり捨ててしまい、一番根幹のストーリーだけ残すことで、プレイ可能な話にしま
しょう。

 それも難しい場合、ストーリーのうち1つのエピソードだけを取り出して、それ
をシナリオ原作にしましょう。

 また、原作から文学的、芸術的な要素を抜き取って捨てて下さい。そして、単純
明快なエンターティメント作品に加工するのです。

 心理描写を捨てて、アクションを盛り込んで下さい。美しい情景描写は省略して、
スリルとサスペンスをたっぷり注入しましょう。

 複雑で矛盾に満ちた「生きた」人間には退場してもらい、誰にでも分かりやすい
考え方と性格を持ったハリウッド活劇映画の登場人物で置き換えましょう。

**

 気にいりませんか?

 RPGは芸術創造活動ではないのです。それはゲームであり、知的挑戦です。そ
こでは、ストーリーや描写は本来の目的ではありません。ゲームにおいて何よりも
重視されるべきなのは、プレーヤーの意志決定です。これを妨げる要素は、たとえ
それが芸術であれ文学であれ実存的苦悩であれ、ためらうことなく捨て去らなけれ
ばなりません。

 文学や芸術にとって重要なのは、作者が心血を注いで作り上げた確固とした構造
やストーリーを守ることです。他人の判断によって勝手に構造やストーリーが変え
られてしまえば、文学性や芸術性が損なわれてしまうことでしょう。

 これに対して、ゲームにとって重要なのは、プレーヤーの意志決定です。意志決
定によってストーリーや事態の流れが変わることが大切なのです。

 ですから、文学や芸術とゲームは、本質的なところで相容れない概念なのです。
RPGに文学性や芸術性を持ち込もうという考えは、ほぼ間違いなくストーリーの
固定化に向かい、必然的にゲーム性を損なうことになります。
 それに、文学や芸術を指向しても、どうせゲームマスターの独りよがりなシナリ
オが出来上がるのが関の山です。

 ですから、RPGのシナリオ原作は、誰にでもよく分かる大衆娯楽作品にして下
さい。文学や芸術を目指さないで下さい。

**

 他にも原作のストーリーをそのままシナリオには出来ないケースは色々とあるこ
とでしょう。上に述べたような点を参考に、工夫してみて下さい。

 もし、うまく加工できないなら、すっぱり諦めて別の作品を選び直した方がよい
でしょう。世の中にエンターティメント作品は無尽蔵にあります。特定の作品に必
要以上にこだわるべきではありません。

 ともあれ、原作をいろいろといじくって、何とかプレイできそうになったところ
でステップ1は終了です。急いで次のステップに進みましょう。


2.2 ゲーム要素の明確化(ステップ2)

2.2.1 基本ストーリーの解体

 さあ、やっと基本ストーリーが完成しました。次にそれを解体しましょう。

 「えっ?」と驚く人がいるかも知れません。基本ストーリーができあがったら、
後はデータを用意すればシナリオ完成なのではないでしょうか?

 違います。

 ステップ1で「ストーリー」を作ったのは、単にシナリオを作成する鋳型として
使うために過ぎません。RPGにおけるシナリオの存在意義は、ストーリーを提供
することではないのです。

 今回は、この点について詳しく見てゆくことにします。

**

 本講座の第1章では、「RPGはゲームである。そうとらえない限り上達への道
は開けない」といった主旨のことを何度も申し上げました。

 では、ゲームとは何でしょうか。

 言い換えれば、プレーヤーが何をしていれば、「ごっこ遊びをしている」でも、
「ノリで騒いでいる」のでもなく、「ゲームをプレイしている」と言えるのでしょ
うか。

 プレーヤーが「意志決定」を行っていること。これが本質的な答えです。

 与えられた「制限」の範囲内で、なるべく巧みに「障害」を克服し、「目標」を
達成することを目指して意志決定を繰り返す。

 これがゲームをプレイするということです。

 逆に言えば、「目標」「制限」「障害」に関する情報を元に意志決定を行ってい
る限り、キャラクタープレイを行うか否か、ノリが良いか悪いか、楽しんでいるか
苦悩しているか、そんなこととは関係なく、プレーヤー達は「ゲームをプレイして
いる」のです。

 ゲームに上達するというのは、煎じつめれば「より優れた意志決定を行うことが
出来るようになる」ということに他なりません。

 なお、何が「優れた」意志決定かという問題については後に議論します。
 ここでは、必ずしもルール的に有利な意志決定がすなわち優れた意志決定という
わけではない、ということにだけ留意して下さい。

 ともあれ、プレーヤーに「意志決定の自由」が最大限に(無制限に、ではありま
せん)与えられることは、ゲームにとって本質的に重要なポイントとなります。

**

 余談ですが、少し「意志決定」について考えてみます。

 ゲームという観点からは、プレーヤーが行う個々の意志決定という行為が重要に
なります。どのような情報のもとでどのように意志決定が行われるか、ある意志決
定が次の局面にどのような影響を与えるか、総合的にその意志決定は目標の達成に
どのくらい寄与するか、そういった点で意志決定の優劣はわりと客観的に評価でき
ます。

 もちろん、意志決定の美しさ、意外さ、緻密さ、狡猾さ、崇高さ、勇敢さといっ
た様々な側面を評価項目に加味することも出来ます。いずれにせよ、意志決定とい
う行為そのものが、わりと客観的な評価の対象になり得る、ということが重要です。

 このように、ゲームの本質が意志決定にあり、意志決定が客観的な評価の対象と
なり得るからこそ、ゲームのプレイについて優劣という議論が成立し、だから上達
という概念が成り立ち、さらには「上達のための方法論」を構築することが可能に
なるのです。

 これが、本講座において「RPGにとって最も大切なのは、楽しさでもノリでも
キャラクタープレイでもなく、それがゲームだということだ」という立場を繰り返
し繰り返し強調してきた理由です。

**

 さて、「意志決定」と「ストーリー」の関係について考えてみます。

 あるストーリーを、例えば10個の局面(シーン)に分けてみます。それぞれの
局面において、プレーヤーは2つの選択肢AとBからどちらか一方を選ばなければ
ならないものとしましょう。

 二者択一の意志決定が10回行われますから、意志決定シーケンスのパターンは
全部で2の10乗、すなわち1000を超えます。

 意志決定の自由とは、プレーヤーが、どの局面においても、「AとBのどちらを
選択してもよい」ということに他なりません。

 言い換えれば、1000を超えるパターンのうち、どのパターンが実現すること
もあり得るということ。AAAAAAAAAAも、BABABABABAも、全て
のパターンが許されるということ。それがプレーヤーに対して意志決定の自由が与
えられているということです。

 これに対して、ステップ1で作成した基本ストーリーというものは、プレーヤー
が下しうる意志決定シーケンスのうち、特定の1パターンに過ぎません。
 例えば、「AABABABBBA」という1つの意志決定シーケンスが、基本ス
トーリーに対応する、という具合です。

 しかし、1000個を超える数の意志決定シーケンス、すなわち「ストーリー」
のうち、AABABABBBAだけを特別扱いする必要はないはずです。

 もし、ゲームマスターが「AABABABBBA」だけを特別視し、このパター
ンにこだわるなら、プレーヤーが持っている意志決定の自由を束縛することになる
か、または意志決定の機会を奪ってしまうことになりかねません。

**

 意志決定の自由を束縛する方向へ走るゲームマスターが、いわゆる「一本道マス
ター」です。

 一本道マスターは、特定の意志決定シーケンス(=基本ストーリー)に固執し、
プレーヤーに対してこの通りの意志決定を強制しようとします。

 例えば、基本ストーリーがAABABABBBAなら、初手からいきなりBを選
ぼうとしたプレーヤーに対して、それを拒否したり、強引に誘導したり、泣き言を
言ったり、とにかく手段を選ばずAを選択するよう強制するわけです。

 その後も、とにかく自分が用意している(あるいは最も美しいと考えている)パ
ターンであるAABABABBBAにこだわり、そこから外れる意志決定を何とし
てでも妨害しようとするのです。

**

 これに対して、意志決定の機会を奪ってしまう方向へ走るゲームマスターが、い
わゆる「吟遊詩人マスター」です。

 吟遊詩人マスターは、基本的にプレーヤーには何も意志決定させません。NPC
が勝手に話を進めてゆき、PCはそれについてゆくだけです。プレーヤーは、戦闘
オプションなど極めて限定された範囲でしか行動を選択することが出来ず、後は、
とうとうと美しいストーリーAABABABBBAを語るゲームマスターの顔を眺
めているくらいしかやることがありません。

 一本道マスター、吟遊詩人マスター。いずれも、ゲームの本質である「意志決定」
の意義を踏みにじるマスターリングであり、とうてい許容できないことは明らかで
しょう。

**

 一本道マスターや吟遊詩人マスターは極端な例かも知れません。

 しかしながら、プレーヤーの意志決定を大切にするなら、言い換えればゲーム性
を重視するなら、ゲームマスターは必然的に「基本ストーリー」へのこだわりを捨
てなければなりません。

 これが、「RPGにおけるシナリオの存在意義は、ストーリーを提供することで
はない」という理由です。

 では、いったいRPGのシナリオの存在意義とは何でしょうか。また、ステップ
1で作成した「基本ストーリー」なるものは、RPGシナリオ作成においてどのよ
うな意味を持つのでしょうか。


2.2 ゲーム要素の明確化(ステップ2)

2.2.2 ゲームデザインとしてのシナリオ作成

 RPGはゲームです。しかしながら、それは不完全なゲームです。

 RPGをプレイするためには、誰かがゲームマスターとしてその不完全さを補い、
ゲームとして完成させなければなりません。

 この「ゲームマスターの補助によって完成するゲーム」というRPGの特性は、
様々な誤解やトラブルを引き起こす原因となりますが、その一方で、大きな可能性
と挑戦に値する奥深さを生み出してくれる源泉でもあるのです。

**

 唐突ですが、ここで「メタ将棋」をご紹介しましょう。

[メタ将棋]

 ・メタ将棋は、通常の将棋に似た対戦型テーブルゲームである。

 ・メタ将棋で使用する駒の種類は、通常の将棋と同じである。ただし、どの種類
  の駒を何枚使うかは任意に決める。
  いくつかの種類の駒を使わないことにしてもよい。

 ・メタ将棋では、n×mマスの盤を戦場とする。nとmは任意の自然数を選んで
  決める。

 ・メタ将棋では、戦場に駒を配置し、それらの駒を移動させる。
  駒の移動能力、及び駒の移動により発生する「駒を取る/取られる」のルール
  は通常の将棋と同じである。

 ・ただし、通常の将棋にある「持ち駒」「持ち駒を打つ」「敵陣に移動して入っ
  た駒は成る/成らないを選択できる」というルールを採用するかどうかは任意
  に決める。「敵陣」の定義も任意に決める。

 ・メタ将棋では、駒の初期配置は任意である。この初期配置から初めて、通常の
  将棋と同じくプレーヤーが交互に手番を繰り返すことでゲームを進行させる。
  ただし、プレーヤーの人数、手番に移動できる(または打てる)駒の数などは
  任意に決める。

 ・メタ将棋における勝利条件は任意に決める。


 お分かりの通り、メタ将棋のルールに従って、無数の「将棋に似た」ゲームを創
り出すことが可能です。そのうちの1つが、通常の将棋というわけです。

 メタ将棋を元に作ることが出来るゲームのいくつかは、通常の将棋よりも優れた
ゲームかも知れません。実際、メタ将棋から生まれうるゲームは無数に存在するの
で、そのなかに通常の将棋より優れたものが含まれていることは、大いにあり得る
話です。

**

 メタ将棋は、RPGの「ゲームとしての不完全さ」を説明するために私が勝手に
考えた「たとえ話」ですから、あまり真剣にとらないで下さいね。

 さて、メタ将棋はそのままではプレイ出来ません。これは誰でも分かるでしょう。
プレーヤーの誰かが、メタ将棋のルールで「任意に決める」と書かれている項目を
実際に決めなければ、ゲームが成立しません。
 ここでは、この決定を行うプレーヤーを「ゲームマスター」と呼ぶことにします。

 メタ将棋をプレイ可能にするために、ゲームマスターは何をしなければならない
でしょうか。

 まず、勝利条件を決めなければなりません。一般的な言い方だと「目標」を定義
するわけです。考えられる「目標」としては

  ・特定の駒(例えば王将)を取る(正確には詰める)こと

  ・敵の駒を全て取ること

  ・特定の地点に自側の駒を移動させ、そのまま一定ターン数(手番回数)連続
   でその駒をその地点に留まらせること。

  ・特定の駒の配置パターンを実現すること

  ・一定ターン数(手番回数)の間、相手が勝利条件を達成することを防ぐこと

などなど、いくらでも考えられます。単純で分かりやすい目標もあれば、複雑で困
難な目標もあるでしょう。目標の設定により、ゲームの様相が全く変わってしまう
ことは容易に想像できるはずです。

 勝利条件だけでなく、ゲームマスターは戦場の大きさや使用する駒の種類と枚数
と初期配置を決めなければなりません。一般的な言い方だと「制限」を定義するわ
けです。
 さらに、ゲームマスターは、手番に動かせる駒の数、どのルールをいつ適用する
か、などを決めなければなりません。

 よく考えてみましょう。これらの作業は、ゲームデザインに他なりません。ゲー
ムマスターは、メタ将棋のルールを使って「実際にプレイするゲーム」をデザイン
しているわけです。

**

 RPGに話を戻しましょう。

 メタ将棋が不完全なゲームであるのと同じ意味で、RPGは不完全なゲームです。

 RPGシステムは、実際のプレイで必要となる具体的な「目標」や「制限」など
を提供しません。セッション開始時の初期状態についても、登場するNPCの種類
や人数や背景設定についても、さらにゲームの進行方法すら、全てゲームマスター
が事前に決定しておかなければなりません。

 これらを決定する作業が、つまりシナリオ作成なのです。

 RPGにおけるシナリオ作成とは、メタ将棋から「実際にプレイするゲーム」を
デザインする作業と本質的に同じなのです。言い換えれば、シナリオを作成してい
るゲームマスターは、「RPGシステムを元に、実際にプレイするゲームをデザイ
ンしているゲームデザイナー」として仕事をしていることになるのです。

**

 一人のゲームマスターをつかまえて、メタ将棋を与えて「これに従って、実際に
プレイするゲームをデザインしなさい」と指示したとしましょう。

 彼または彼女は、きっと慎重にゲームバランスを検討し、「目標」や「制限」と
いったゲーム要素を決定してゆき、それらのゲーム要素を書いて提出するに違いあ
りません。

 同じゲームマスターに、RPGシステムを与えて「これに従って、実際にプレイ
するシナリオを作りなさい」と指示したとしましょう。

 多くの場合、彼または彼女は、ストーリーとデータを書いて提出するのではない
でしょうか。(私が見たことのある「RPGシナリオ」の多くが、これでした)

 なぜ、本質的に同じ作業を指示されたにも関わらず、このような違いが生ずるの
でしょうか。

 ゲームデザイナーとしての自覚があるか否か、というのが主な理由です。

 メタ将棋に取り組んでいるとき、誰だって「そのままでは不完全なゲームである
メタ将棋を、補完して実際にプレイできるゲームとして完成させるゲームデザイン
作業」を行っているという自覚を持ちます。

 これに対して、RPGのシナリオを作成しているときには「そのままでは不完全
なゲームであるRPGシステムを、補完して実際にプレイできるゲームとして完成
させるゲームデザイン作業」を行っているという自覚を持たない人が、あまりにも
多いのです。

**

 シナリオ作成に上達したいと思ったら、まずは実際にメタ将棋を元にゲームをデ
ザインしてみましょう。そして、出来たゲームを将棋と比較して評価してみて下さ
い。自分がデザインしたゲームは、どこが優れていて、どこがまずいでしょうか。
それをもっと改善するには、どこをどう変更すればよいのでしょう。

 RPGのシナリオ作成も本質的に同じことであり、ゆえに評価や改善が可能です。
 評価と改善は、そう、上達への道です。

 第1章において、私は「RPGはゲームである」と主張しました。
 第2章では「シナリオ作成は、ゲームデザインである」と主張します。この自覚
こそが、シナリオ作成に上達する道だと信ずるからです。

**

 最後に、なぜシナリオ作成の第1ステップとして基本ストーリーを作成したのか
という疑問に答えておきましょう。

 実際にメタ将棋を元にゲームデザインを試みればすぐに分かる通り、何の手助け
もなしに「目標」だの「制限」だのゲーム要素を考えるのは実に困難です。

 実際には、まずゲームの進行イメージを考えて、そこから逆にゲーム要素を抽出
するというやり方を取らざるをえないはずです。

 例えば

  ・防衛側が要塞を築き、攻撃側がそれを包囲して攻めるゲームにしよう

  ・2つの勢力がごく近い場所から出発して、互いに邪魔し合いながら、ゴール
   地点への一番乗りを目指して競争するゲームにしよう

  ・「金」を盤上中央に並べて金鉱を作り、それを両側から掘り進んでいって、
   多くの金をとった方が勝ちというゲームにしよう

といった進行イメージが先にあり、それを元にして勝利条件や初期配置、制限など
を考えることになります。

 まず頭の中で進行イメージを用意し、次にそこからゲーム要素を抽出する形で、
ゲームデザインを行うのです。ですから、決定したゲーム要素を書き出すときには、
最初の進行イメージは明確な形としては残ってないのです。

 言い換えれば、最初に用意した進行イメージを解体して、ゲーム要素を抽出し、
ゲームをデザインするのです。

 実際のゲーム進行は、最初に考えた進行イメージ通りになるかも知れませんし、
そうならないかも知れません。それは大した問題ではありません。進行イメージは
ゲーム要素を考えるため便宜的に用意したものに過ぎないからです。

 RPGのシナリオも同じことです。

 まず、基本ストーリーを考えます。これがメタ将棋における進行イメージに相当
するわけです。
 次に、基本ストーリーからゲーム要素を抽出する形でゲームデザインを行います。
決定したシナリオを書くときには、最初の基本ストーリーは明確な形では残ってい
ません。実際のセッションは、最初に考えた基本ストーリー通りになるかも知れま
せんし、そうならないかも知れません。それは大した問題ではありません。
 基本ストーリーは、ゲーム要素を考えるため便宜的に用意したものに過ぎないか
らです。

 繰り返しましょう。
 シナリオ作成とは、基本ストーリーを解体して、ゲームを構築する作業なのです。


2.2 ゲーム要素の明確化(ステップ2)

2.2.3 目標

 いよいよ今回から、RPGにおけるゲーム要素のいくつかを取り上げて解説する
とともに、それを基本ストーリーから抽出するやり方について説明してゆきます。

 今回のテーマは、「目標」です。

**

 一般的なゲームにおいては、「目標」は単純なものになっています。
「敵の王将を詰める」「カードがなくなった時点で所持金が最も多い」「ゴールへ
一番乗りする」など。明快で誰にでも理解できる「目標」が与えられます。

 プレーヤーに高度な意志決定が要求されるのは、「障害」の克服とか、「資源」
の管理、といった点においてです。「目標」は目指すべき到達点であり、単純明快
であることが望ましいのです。複雑な目標は、一般にはプレーヤーを混乱させるだ
けですから、避けた方がよいでしょう。

**

 しかし、RPGは違います。

 一般のゲームと比べると、RPGの目標は複雑です。
 正確には、RPGにおける「目標」は、多層構造を持っているのです。

 RPGでは、PCとプレーヤーはそれぞれ独立の目標を持ち、場合によってはそ
れらが相反することすらあるのです。そこで、プレーヤーは複数の目標をよく念頭
に置き、それらを矛盾なく達成することを最終的な目標とすることになります。

 以下に、RPGにおける「目標」を分類して示します。

  レベル1の目標 : PCがミッションを達成する

  レベル2の目標 : PCの動機を満たす

  レベル3の目標 : プレーヤーの動機を満たす

  レベル4の目標 : 最終的にレベル1から3を全て満たす。それが無理なら、
            レベル1から3の目標をバランスよく追求する。


 RPGにおいてプレーヤーが目指すべき真の目標は、レベル4にあります。複雑
で、困難で、バランスが要求される、ひと言でいうなら「挑戦に値する」素晴らし
い目標です。

 これに比べれば、他のレベルの目標、例えばレベル1の目標は、単純です。
(達成が容易だという意味ではありません)

 もし、プレーヤーがこういった「RPGにおける目標の多層構造」を理解しない
で、単純にレベル1の目標達成だけに全力を注ぐなら、それは文字通り「レベルの
低い」プレイだということになります。

**

 以下に、いくつか具体的な例を挙げてみましょう。


例1

 トーグ(TORG)のナイル帝国シナリオを考えてみましょう。例えば、

 ・ドクターメビウスが秘密基地を建築中だという情報を得た正義のキャプテン・
  トラウマ(PCの名前)は、仲間と共に現地へ向かった・・・。

  レベル1の目標 : ドクターメビウスの計画を妨害する

  レベル2の目標 : 自分の名声を広め、誰でも知っている人気ヒーローにな
            りたい。だって、いつの日か、ドクターメビウスと対峙
            したときに、「貴様があのキャプテン・トラウマかっ」
            などと名前を覚えていてほしいから。

  レベル3の目標 : ヒーロー的に大活躍してスカッとさわやかになりたい。


 この場合、レベル1〜3の目標は、整合しています。プレーヤーは、秘密基地に
潜入して、ここぞというときに「はっはっはっ。貴様らの悪事はお見通しだ」とか
言いながら高いところから現れればOKです。

 しかし、それでもプレーヤーは「目標」が多層構造を持っていることは理解して
おく必要があります。

 もしレベル1だけを目標だと認識するなら、「建築資材の市場価格をつり上げて
秘密基地建築費用が予算をオーバーするように仕向ける」といった地味な手段で目
標を達成することも可能でしょう。

 しかし、それではレベル2〜3の目標が達成できません。だからこそ「秘密基地
に潜入しておいて、わざわざ名乗りをあげる」という、レベル1の目標達成という
観点からは必ずしも合理的とは言えない手段が、最も有効な意志決定となるのです。


例2

 「クトゥルフの呼び声」の洋館探索シナリオを考えてみましょう。例えば、

 ・車で山越えしている途中、燃料が切れてしまった。近くに洋館があったので、
  燃料を分けてもらうべくそこへ向かったPC達。館はどうやら無人のようだっ
  たが・・・

  レベル1の目標 : ガソリンを手に入れて、生きて脱出する。

  レベル2の目標 : 館の秘密を解明する。

  レベル3の目標 : 怖いもの見たさ。恐怖を疑似体験する。


 この場合、レベル1〜3の目標は、しばしば矛盾を起こします。

 例えば、地下室から怪しい物音が聞こえてきたとします。地下室に燃料がないこ
とは確認済だとすると、レベル1の目標達成という観点からは地下室を調べにゆく
理由などありません。

 しかし、PCは調査したいと考えるでしょう。それは、レベル2の目標があるか
らです。

 それでも、レベル2の目標達成という観点からは、なるべく全員で地下室を調べ
に行くべきです。

 ところが、実際のゲームでは、このような状況で実にしばしば「一人で地下室を
調べにゆく」という意志決定が行われます。なぜか。それは、レベル3の目標があ
るからです。

 このように、プレーヤーは常に「可能な限りレベル1〜3を全て満たす」という
より高度な目標、つまりレベル4の目標を目指して意志決定しているのです。です
から、レベル1の目標だけを考えるなら、無意味どころか目標から遠ざかるような
選択肢が、最も有効な意志決定になり得るのです。


例3

 「ゴーストバスターズ」RPGのシナリオを考えてみます。例えば、

 ・ニューヨーク国立美術館に出没するゴーストを、密かに退治してほしいという
  依頼を受けたわれらがゴーストバスターズは、超科学的新発明「エクトプラズ
  マガン」を手に、さっそうと美術館に乗り込んで行った・・・。

  レベル1の目標 : ゴーストを密かに退治する

  レベル2の目標 : 新発明の実験を行い、科学の進歩に寄与する
            (パーソナルゴール)

  レベル3の目標 : 他のプレーヤーやゲームマスターの笑いをとる


 このRPGでは、各PCに対してパーソナルゴールという形でレベル2の目標が
与えられます。このPCの場合、エクトプラズマガンの威力を試すことがレベル2
の目標となります。

 そこで、美術館に乗り込んだPCは、ゴーストを見つけると大音響を発するエク
トプラズマガンを乱射して、片っ端から美術品を破壊してゆくことでしょう。

 もはやレベル1の目標はどうでもよくなっています(笑)。

 プレーヤーは、レベル4の目標、つまり「新発明の実験、というパーソナルゴー
ルを満たしつつ、それで笑いをとること。一応、大義名分としてゴースト退治もで
きちゃえばなお良い」を狙って意志決定しているわけです。

**

 以上の例を見ても分かる通り、RPGにおける目標は多層構造を成しているので
す。プレーヤーは、複数のレベルの目標を念頭に、レベル4の目標を目指して意志
決定を行います。文字通り、レベルの高い意志決定が要求されるのです。

 このように、目標が多層構造を成している、PCとプレーヤーの目標が異なる、
というのが、RPGの大きな特徴の一つです。これについては第1章で「方向性」
を議論したときにも少し触れた通りです。

 RPGをプレイするときには、参加者全員がこれをよく理解しておくべきです。

**

 余談になりますが、RPGのゲーム性重視の考え方に対し、よく「RPGがゲー
ムだとすると、プレーヤーはゲーム的に有利な行動しかとらなくなってしまうでは
ないか。それでは面白くない」という批判があります。「だから、ゲーム的な有利
不利よりキャラクタープレイを大切にしよう」というわけです。

 しかし、私の考えでは、これは的外れな批判です。

 ここで言っている「ゲーム的に有利な行動しかとらない」プレーヤーは、つまり
「RPGにおける目標の多層構造を理解せず、単純にレベル1の目標だけを目指し
てプレイしている、レベルの低いプレーヤー」なのです。

 このようなレベルの低いプレイが行われるとすれば、それはRPGというゲーム
に対する無理解が原因であって、「ゲーム性重視の姿勢」に問題があるわけではな
いのです。

**

 では、各レベルの「目標」を抽出してゆきましょう。

 まずレベル3の目標について考えます。

 レベル3の目標は、原則としては「そのRPGシステムは、プレーヤーに何をし
てほしくてデザインされたものか」ということだと思ってよいでしょう。ゲームマ
スターは、RPGデザイナーの意図をよく読み取って、それをレベル3の目標とし
てプレーヤーに明示しなければなりません。

 例えば、ホラーRPGである「クトゥルフの呼び声」の狙いは、プレーヤーに恐
怖やサスペンスを疑似体験してもらうことにあります。ですから、これがレベル3
の目標となります。

 ところが、同じホラーRPGでも「ダーク・コンスピラシィ」の狙いは、恐ろし
い陰謀を打ち砕くことにあります。つまり、恐怖の源を見つけて力づくで破壊する
というカタルシス、爽快感こそ、このRPGにおけるレベル3の目標です。

(注意:「ダーク・コンスピラシィ」の日本語版は翻案であり、英語版とはかなり
内容が異なっています。ここでは英語版をベースにします)

**

 レベル3の目標がプレイスタイルに与える影響を考えるために、ここで「クトゥ
ルフの呼び声」の入門シナリオを取り上げてみます。探索者(PC達)が、お化け
屋敷に恐る恐る足を踏み入れ、こわごわ部屋を調べて回る話です。

 このシナリオをダーク・コンスピラシィでプレイしたとしたら?

 ミニオンハンター(PC達)は、あらかじめ屋敷の土台に指向性爆薬を仕掛けた
上で、屋根からロープを伝って降下し、2階の窓をハンマーで破って手榴弾を投げ
込み、爆発直後にショットガンを構えて飛び込んでゆくことでしょう。屋敷の外に
対戦車ロケット砲を構えた仲間を待機させても不自然ではありません。

 この違いはどうして生ずるのでしょうか?

 それは、この2つのゲームが、同じホラーRPGに分類されていながら、狙いが、
つまりレベル3の目標が、全く異なるからです。レベル3の目標の違いが、プレイ
スタイルに決定的な差異をもたらすことがお分かりのことと思います。

 もしプレーヤーがレベル3の目標を誤解したらどうなるか想像してみて下さい。
ダーコンにおいて逃げ腰になるPC、クトゥルフにおいて火力で怪物に立ち向かう
PC・・・。いずれの場合も、RPGシステムは正しく機能しません。
 こうなると、プレーヤーは自然に「うまく機能しない」RPGシステムを軽視、
あるいは無視する方向に流れてゆくに違いありません。これがどんな問題を引き起
こすかは第1章で繰り返し述べた通りです。

 ゲームマスターが、RPGシステムの狙いを正しく理解し、それをレベル3の目
標として明確にプレーヤーに伝えることの重要性がお分かりでしょうか。

**

 次にレベル2の目標です。

 レベル2の目標とは、PCが何を求めてミッションを引き受ける(冒険に出る)
のかということです。PCの動機ですね。

 そんなことはプレーヤーに考えさせればいい?

 確かにそうですが、実際のところPCの動機について真面目に(RPGシステム
への理解を元に)考えてくれるプレーヤーは、少ないと思った方がよいでしょう。
皆無とは言いませんが。

 ですから、ゲームマスターは、シナリオ作成時にレベル2の目標を用意しておく
べきです。もちろん、プレーヤーがもっとよいアイデアを考えてくれるなら、そち
らに置き換えても構いません。

 しかし、よく注意して下さい。レベル2の目標は、PCの行動に大きく影響する
のです。レベル2の目標を設定、あるいは採用するときには、シナリオが想定して
いる方向と矛盾しないように慎重になって下さい。

 また、RPGシステムによっては、PCの動機が用意されているものもあります。
そういうRPGをプレイする場合は、よほどのことがない限り、それをレベル2の
目標として採用すべきでしょう。

**

 例えば、「トラベラー」においては、星から星へと旅を続けることがPCの動機
として設定されています。PCは、経歴は様々ですが、いずれも放浪癖に取りつか
れた者、つまりトラベラーなのです。彼らにとっては、「特定の惑星に定住して、
残る生涯をそこで暮らすこと」こそ、考えたくもない悪夢に他なりません。

 ところがこのRPGでは、旅を続けるための資金が常に不足するようになってい
ます。資金が尽きたときが旅の終わりですから、PCは何としてでも資金か、宇宙
船の乗船チケットか、宇宙船の臨時雇い乗組員の仕事を得ようと血眼になります。

 これがPCの動機、つまりレベル2の目標を作ります。

 トラベラーのPCが冒険に手を出す動機は、あくまで何らかの見返り(報酬)を
得て、それにより旅を続けることなのです。名声や理想や政治理念や正義感ではあ
りません。少なくともそれらは主要な動機ではありません。
 要するに、PCは本質的にはどの世界にも属さない部外者であり、ミッションは
しょせんは他人事なのです。

 ですから、PCは自分や仲間の生命を犠牲にしてまでミッションを達成しようと
はしないでしょう。見返りさえちゃんと得ることが出来れば、仕事の成果が世に知
られなくても、あるいは名声や栄誉を他人に横取りされても、気にしないに違いあ
りません。いずれにせよ、PC達はどうせすぐ他の星へ旅立つのですから。

(実はトラベラーシリーズ第3作である「トラベラー:ザ・ニュー・エラ(TNE)
だけはちょっと事情が違いますが、これは例外です。なお、シリーズ第4作では元
の方向に戻っています)

**

 これに対して、「トーグ」は違います。

 確かに、PC個々人の動機は様々です。特定の侵略者に恨みを持ち復讐を誓った
PCもいるし、理想や理念に燃えているPCもいるでしょう。さらには自分の信念
や愛するものを守るために立ち上がったPCもいます。

 しかし、どのPCもポシビリティ戦争と呼ばれる戦いにどっぷり浸かっており、
決して部外者ではありません。そして、ミッションがこの戦争に関わってくる限り、
それは他人事ではないのです。

 彼らは事情によってはミッション達成のためなら自己犠牲すらいとわないかも知
れません。仕事の成果や名声は世の中に広めたいと切望します。そうすることで、
人々に希望をもたらし、戦争の成り行きを好転させることが出来るのです。

 このように、トラベラーとトーグでは、同じようなミッションが与えられたとし
ても、PCの行動(プレーヤーの意志決定)は大きく異なってきます。この差異が
どこから生ずるのか。もうお分かりでしょう。そう、レベル2の目標です。

 レベル2の目標がPCの行動にどのように影響するかを理解すれば、それを慎重
に設定しなければならないこと、そして設定した目標をプレーヤーに正しく理解し
てもらうことの大切さも分かるはずです。

**

 最後にレベル1の目標です。

 これは、ステップ1で作成した基本ストーリーから簡単に抽出できるはずです。

 注意すべき点があるとしたら、それは、その目標がどのような意義を持つのかを
プレーヤーに提示することです。そして、もしそれが原作では不十分だと感じるの
なら、もっとエモーショナルな、プレーヤーの心に強く訴えるようなものに差し替
えて下さい。

 例えば、「洞窟の奥に生えている珍しい茸を取ってくる」というのがレベル1の
目標だとします。この目標の意義としては、例えば

  A)珍しい茸は、お金持ちのコレクターに高く売れる

  B)茸を調べれば洞窟に棲息している巨大アリとの関係が解明され、巨大アリ
    を撃退する方法が見つかるかも知れない

  C)付近の村で疫病がはやっており、子供が次々に死んでいる。
    この病気に効く薬を作るためには、その茸がどうしても必要なのだ。

などいくらでも考えられるでしょう。実のところ意義など何でもよいのですが、ど
れを採用するかによってプレーヤーのやる気、感情移入が大きく違ってくることは
明らかです。あなたは目標Aのために命をかける気になりますか?

 ですから、たとえ基本ストーリーにおける目標がAだったとしても、それをBま
たはCに変えてしまうべきなのです。

**

 ゲームは、ルールが全く同じでも、目標の設定によってガラリと異なったものに
なります。

 通常の将棋と同じ駒、同じ盤、同じルールを採用して、ただ目標を「先に敵陣に
駒を3枚入れること」に変えたと想像して下さい。このゲームの展開は通常の将棋
とはずいぶん異なったものになるでしょうし、今までの戦法や定石は意味を失うに
違いありません。

 さらに、このゲームに参加しているプレーヤーの片方がそのことを理解しないで
通常の将棋と同じ目標を目指してプレイしたとします。とんでもないことになるで
しょうね。

 お分かりの通り、ゲームデザイナーは、そのゲームにおける目標を明確にしてプ
レーヤーに周知させる義務を負っています。

 RPGにおけるシナリオ作成とは、ストーリーを解体してゲームをデザインする
仕事だと申し上げました。ですから、ゲームマスターは、各レベルの目標を決め、
プレーヤーにそれを周知させる義務を負っているのです。

**

 さあ、これであなたはRPGにおける「目標」の多層構造についても、その各レ
ベルの目標が持つ重要性についても理解できました。そして、手元にはRPGシス
テム(第1章で解説)と、基本ストーリー(第2章ステップ1で解説)があります。
 今や、あなたはレベル1〜3の目標を決めることが出来るはずです。

 決めた目標は紙に明記しておきましょう。そして、プレーヤーに何らかのやり方
で(これについては第3章で解説します)それらを伝えて下さい。そして、はっき
りと指示するのです。「最終的にレベル1から3を全て満たすか、それが無理なら
レベル1から3の目標をバランスよく追求すること。それこそがレベル4であり、
君達が真に目指すべき目標なのだ」ということを。


2.2 ゲーム要素の明確化(ステップ2)

2.2.4 制限

 今回は、ゲーム要素として「制限」をとりあげて考えてみましょう。

 まず、例によって将棋を取り上げます。

 将棋は非常に制限の多いゲームです。

 各プレーヤーの手番には、駒を1つ移動させるか、駒を1つ打つか、いずれかを
選択しなければなりません。一度に複数の駒を動かすことは許されませんし、駒が
盤の外に飛び出して迂回することは許されません。他にも、二歩は禁止、打ち歩詰
めは禁止、移動できなくなる場所への打駒は禁止などなど。ルール上の制限に加え
て、持ち時間制限が加わることまであります。

 これらの制限は、将棋の面白さを損なっているでしょうか?

 そうとは言えませんね。これらの制限を守った上で、自分の手番に最善の手を指
そうと意志決定するところに将棋の魅力があるのです。

 他のゲームも同じです。ルールに「何々してはいけない」とか「AとBのどちら
か一方だけを選ぶこと」とか制限が書かれている場合、それはその制限を付けた方
が意志決定の質が上がる(平たく言うと、ゲームが面白くなる)からであり、別に
プレーヤーに対して嫌がらせするためではないのです。

**

 RPGは、他のゲームに比べて自由度が高く、選択肢が多いため、なおいっそう
「制限」が重要になります。

 ところが、RPGのルールには、あまり制限が明記されていません。
 戦闘や魔法関連を除けば、PCの行動に対する制限はほとんど何もないというの
が普通でしょう。

 ルールに明記されてない制限は、背景世界という形で提供されます。(これにつ
いては、第1章で説明した通りです)
 しかし、背景世界だけでは不十分です。個々のセッションがゲームとして成立す
るためには、そのセッション特有の「制限」を用意することが必要になります。
誰が? どうやって? むろん、ゲームマスターがシナリオとして用意するのです。

**

 前に出した「メタ将棋」の例え話を思い出しましょう。

 メタ将棋のルールもいくつか制限を提供してくれます。例えば、銀は真後ろには
移動できない、というのはメタ将棋のルールで決まっている制限です。

 しかし、通常の将棋における制限のうち、例えば「二歩は禁止」とか「1回の手
番で動かせる駒は1つだけ」といったものは、メタ将棋のルールでは規定していま
せん。これらの制限は、メタ将棋を元にして特定のゲーム「将棋」をデザインする
ときに決めるものです。どちらにしても、プレーヤーは全ての制限をきちんと守っ
た上でゲームを進めなければなりません。

 RPGも同じことです。プレーヤーは、ルールや背景世界で定められている制限
に加えて、特定のシナリオについてゲームマスターが決めた制限もきちんと守った
上でゲームを進めなければならないのです。

**

 ときどき、「制限」を嫌うプレーヤーを見かけることがあります。

 そういう人は、PCの行動が束縛されていると感じると猛烈に反発するのです。
 ルールに明記されている制限すら、現実的じゃないとか何とか理屈をこねて破ろ
うとしますし、ゲームマスターがルールに明記されてない制限を決めたりすると、
抗議や泣き言によって撤回を迫ります。

 これは、将棋で「二歩が許されないなんて現実的じゃない」とか「盤の外を迂回
して敵陣の背後を突くのは普通の戦術だから許されて当然」とか言いだすのと同じ
です。実に幼児的な態度です。

 ルールが定める制限、背景世界が提供する制限、そしてゲームマスターが決めた
制限の全てを守った上で、「目標」を目指し、より優れた意志決定を試みること。
それが、RPGをプレイするということなのです。

 ですから、ゲームマスターが設けた制限に対して抗議するというのは、幼児的な
行為(駄々をこねている)と見なされてもしかたありません。

 この手の幼児的な発想から抜け出てない人は、しばしば「テーブルトークRPG
では、何でも好きな行動が自由にとれるべきだ」とか「この(特定の)RPGは、
何でもあり、なところが気に入っている」といった愚にもつかないことを言いだし
ます。ゲームのプレイとは何かという基本が分かってないとしか思えません。

**

 ただし、抗議しているプレーヤーの方がもっともであるケースも散見されます。

 ゲームマスターがシナリオで「制限」を決めるというのは、あくまで優れたゲー
ム(シナリオ)をデザインすることを目的とすべきです。
 ストーリーから外れた行動がとれないよう制限を設けるとか、気に入らない行動
を阻止するために制限を設けるとか、単にプレーヤーいじめで制限を設けるといっ
たことは、ゲームマスター権限の乱用に他なりません。

 このようなことをすれば、プレーヤーから「不当な束縛だ」と抗議されるのは当
然でしょう。

 自分が決めた「制限」に対してプレーヤーから抗議された場合、ゲームマスター
は自分が定めた制限が正当なものかどうか謙虚に見直してみて下さい。

 もし、それが不当な束縛だと反省するなら、プレーヤーの抗議を聞き入れて制限
を撤廃または変更すべきです。それがゲームマスターの責任というものです。

 が、自分が決めた制限が正当なものであることに自信があり、「プレーヤーが上
に述べたような幼児的態度で駄々をこねているだけ」と判断するなら、断固として
制限を守らせて下さい。それがゲームマスターとしての権利であり義務でもありま
す。

**

 さあ、「制限」とそれがゲーム中で果たす役割は理解できましたね。

 では、基本ストーリーを見直して下さい。そして、次のような制限を順番に抽出
していって下さい。もし、基本ストーリーでこれらの制限が欠けている、あるいは
緩すぎると感じたなら、適切に調整して下さい。


・時間制限

 まず最初に考えるべき制限は、時間制限です。

 時間制限とは、「3日以内に目標を達成しなければならない」といった類です。
必ずしも3日といった絶対時間で設定する必要はありません。「食料が尽きる前に」
とか「追手がやってくる前に」とか「捜査が打ち切りになる前に」といった形で時
間制限を与えることもよくあります。後者の方法だと、いつ期限切れになるか正確
には分からないので、サスペンスを高めることが出来ます。

 時間制限によりスリルや緊張感が生まれ、プレイはきびきびと進行するようにな
ります。(もちろんゲームマスターが時間制限をうまく扱えばの話ですが。こうい
う手法、いわゆる「タイムスケール管理」については、第3章で説明します)

 逆に、時間制限がなければ、いつまでもだらだらと情報収集を続けるとか、障害
がなくなるのをじっと待つだけとか、悠長な安全策を実施するとか、ともかく緊張
感のないだらけたプレイになる恐れがあります。

 どんなシナリオでも、何らかの形で時間制限を用意すべきです。基本ストーリー
に時間制限の要素が含まれていないなら、ゲームマスターが適切に決めて下さい。


・移動制限

 シナリオ内でPCが移動できる範囲に制限を設ける方法はいくつかあります。

 最も簡単なのは、ダンジョンを舞台にすることです。PC達はゲームマスターが
用意した部屋や通路の範囲しか移動できません。

 いわゆるダンジョンでなくても、ビル内部とか、地下街とか、絶海の孤島とか、
山奥の寒村とか、ともかく簡単には外に出られないような閉塞した場所を舞台にし
た上で、外部との接続を絶ってしまえば、ダンジョンに放り込まれたのと実質的に
同じことになります。

 外部との接続を絶つ方法としては、天候(嵐など)、事件(土砂くずれ/戦争勃
発/疫病蔓延/河川氾濫など)、権力(通行止め/検問など)といった手法を使い
ます。

 閉塞した場所を舞台にしない場合は、移動手段に制限を付けた上で、移動時間、
食料、旅費など、移動するにつれて消費するものに対して上限を設けます。

 例えば、ファンタジーRPGで、徒歩以外の移動手段が手に入らないようにし、
しかも3日といった時間制限をつければ、他の街や村に移動することは出来ないこ
とになります。(他の街や村に徒歩で移動するためには何日もかかるとして)

 時間制限を使わなくとも、持ち運びできる重量を制限した上で、街の外は砂漠な
ので水も食料も手に入らない、とすれば、街から移動できる距離を制限できます。

 他にも、魔法か何かの影響で、1日に1回は教会で祈らないと呪いがかかって死
んでしまう、という設定にすれば、街から1日以上かかる距離は移動できないわけ
です。

 他にもいろいろな方法が考えられますので工夫してみて下さい。

 SF−RPGである「トラベラー」シリーズの宇宙旅行も同じ発想で移動制限を
設けています。トラベラーでは、宇宙船は星から星へとジャンプするのですが、ジ
ャンプに1週間かかるという設定になっています。ですから、隣の星系との間を往
復するだけで最低2週間はかかります。

 このため、トラベラーではちょっと隣の星まで行ってアイテムや情報をとってく
る、というわけにいかないようになっているわけです。

**

 時間制限と空間制限の2つは、どんなシナリオでも必要です。
 そもそも、どんな基本ストーリーの主人公も、この2つの制限を意識して行動し
ているはずです。

 もし、世界中の(あるいは宇宙中の)任意の場所に簡単に移動でき、また無期限
に時間をかけて課題を解決してよいとすれば、主人公には基本ストーリーに描かれ
たような冒険を行う理由はおそらくないでしょう。

 極端に言えば、「課題を誰かが解決するか、課題が自然消滅するまで待つ」とか
「世界中を探して、課題を解決できる人を見つけて連れてくる」といった行動すら
可能なのです。もし、時間や空間の制限がなかったとしたら。
 お分かりの通り、時間や空間の制限があるからこそ、主人公が冒険(アドベンチ
ャー)に挑む必然性が生ずるわけです。

 あなたが選んだ基本ストーリーは、きっと何らかの形でアドベンチャーを扱って
いるはずです。それを原作に選んだ以上、プレーヤー及びPCに対して時間制限や
空間制限を明示するのは、ゲームマスターの責任なのです。

**

 しかし、制限として考えるべき項目は、時間と空間だけではありません。

・社会的制限

 PCは自分達が属する社会の掟を守らなければなりません。それは法律かも知れ
ませんし、「ストリートの掟」「村の不文律」といったものかも知れません。ある
いは、宗教上の制限(戒律)、慣習上の制限、常識や道徳による制限、契約による
制限かも知れません。

 基本ストーリーを再確認して下さい。主人公は、必ずこういった社会的制限の元
で意志決定しているはずです。仮に主人公が法律や道徳など気にもかけない悪人だ
としても、それでも何か守るべき規範を持っているはずです。(何々にだけは手を
貸さない、とか、仲間を見捨てることは絶対にしない、とか)

 PCがこういった社会的制限、あるいは規範を全く無視して行動することを許し
てしまえば、ゲームは成立しません。ですから、ゲームマスターが、PCが守るべ
き社会的制限についてシナリオ作成の段階で考えておき、プレーヤーとの間で話し
合うことが重要になるのです。

**

 もちろん、必ずしも「法律を完全に守らなければならない」と決める必要はあり
ません。むしろ、たいていのセッションでは、PCが法に抵触する行動をとること
があるでしょう。それは別にかまいません。

 大切なのは、考慮すべき社会的制約は何々なのか、どこまでなら「融通が効く」
のか、どこまでが「絶対に守らなければならない」領域なのか、プレーヤーとゲー
ムマスターの双方が合意しておくことです。

 例えば、宗教を真面目に扱う背景世界では、PCがある宗教の信者である場合、
宗教的規範は「絶対」であり、抵触は「不可能」としてよいでしょう。
 これは、プレーヤーやゲームマスターが、宗教や戒律というものについてどのよ
うな見解を持っているかとは無関係です。プレーヤーが信仰を持ってないからとい
って、PCに戒律をこっそり破らせるようなことを許してはいけません。どんなと
きでも絶対に守るべき規範を与えてくれるからこそ宗教なのです。

 あるいは、自分のPCに「街で日常雑貨を買うときにも、装甲戦闘服を脱がない」
といった行動をとらせようとするプレーヤーとは、社会的制約というものについて
話し合う必要がありますね。

**

 社会的制限をうまく活用すると、プレーヤーの意志決定を非常に高度で興味深い
ものにすることが出来ます。

 「義理と人情をはかりにかければ」「悪法も法」「嘘も方便」・・・。社会的な
制約に関わるジレンマはドラマの宝庫といってよいのです。個人の望みと社会的な
制約が矛盾をきたしたとき、PCがどのように意志決定するか。ここからゲームと
ドラマの見事な融合が生まれます。

 このような真に高度で興味深い意志決定は、社会的制約を重視する姿勢からこそ
生まれるのです。逆に、面倒だからといって、社会的制約について深く考えないで
意志決定するなら、それはゲームとしてもドラマとしても薄っぺらで軽薄なつまら
ないものに成り下がってしまうことでしょう。

 ゲームマスターはこの点を理解すると共に、プレーヤーにもよく理解させて下さ
い。制約は、プレーヤーのためにあるのです。

**

・情報、装備

 情報と装備(アイテム)は、ゲーム進行上のキーとなる資源です。

 大抵のシナリオでは、PC達は、最終目標を念頭に置きつつも、まずは必要とな
る情報と装備を求めて行動するでしょう。ゲームマスターは、用意してある情報と
装備を少しづつ渡してゆくことでゲームを進行させてゆきます。

 情報や装備を、いつ、いかにしてPCに与えるかがゲームマスターの腕の見せ所
です。そして、手に入れた情報や装備をどのように活用するかがプレーヤーの腕の
見せ所です。

 安直に情報や装備を渡すと、ゲームバランスが崩れたり、最悪の場合セッション
が破綻することもあるので注意しなければなりません。

 例えば、気前良く強力なマジックアイテムを渡してしまい、後から後悔するとい
うのは慣れないゲームマスターにありがちな失敗です。うっかり予定より早くキー
情報を提示してしまい、予定していた展開がぶっつぶれて青ざめる、というのも誰
もが一度は経験することでしょう。

**

 ゲームマスターは、そもそもセッション中にその情報や装備を登場させるかどう
かについて決めておく必要があります。つまり、情報や装備に関する「制限」を定
めておくわけです。

 例えば、「プレーヤーの興味を引くためにだけに存在する謎、ミステリー」を出
す場合、その回答や真相は絶対に分からないと決めておいた方がよいでしょう。
 あまりに便利な、あるいは強力すぎる装備については「手に入るかも知れない」
とだけ思わせることにし、結局は絶対に手に入らない、と決めてかまいません。

 シナリオに関わる全ての情報をプレーヤーに提示する義務などありません。ルー
ルブックに載っている全てのアイテムが、店に置いてあるとは限りません。
 ゲームマスターは、ゲームバランスを考慮して、適切と判断する範囲で「入手可
能な情報や装備」を絞り込んで下さい。

**

 RPGシステムによっては、入手可能な情報や装備を絞り込むためのルールが用
意されているものもあります。このようなルールを活用するか、あるいはそれらを
参考に、ゲームマスターが制限方法を考えましょう。

 例えば、トラベラーでは「テックレベル」や「治安度」といったパラメタにより、
入手可能な情報や装備が制限されます。テックレベル4の世界にはコンピュータネ
ットワークが存在しませんし、治安度8の世界で重火器を手に入れることは出来な
いわけです。

 他にも、重要な情報を入手すると正気度が下がるとか、セキュリティ・クリアラ
ンスに反する装備を持っていると反逆ポイントが増加するとか、下手に情報収集を
行うと「黒服の男」達がやってきて暴行するとか、修理部品を手に入れるためには
敵のメックを倒さなければならないとか、深い霧のせいでなぜか装備がすぐ紛失す
るとか、様々なRPGシステムを調べれば、情報や装備に制限をつけるルールをい
くらでも見つけることが出来るでしょう。

**

 最後に。

 繰り返しになりますが、プレーヤーには「制限」を守ってプレイすることの重要
性をよく理解させて下さい。でないと、制限を嫌うプレーヤーは「いかにして制限
を打ち破るか」といった不毛な方向に向かう恐れがあります。

 ボクシングにたとえるなら、「制限」は、リングであり、ロープであり、ラウン
ド時間であり、反則行為を禁止するルールです。
 ボクサーが打ち倒すべき相手は、これらの「制限」ではなく、対戦者です。制限
は決してボクサーの敵ではありません。制限は、ボクシングをスポーツとして成立
させている枠組みなのです。

 同じように、ゲームのプレーヤーが立ち向かい、打ち倒すべきは「障害」であり
「制限」ではありません。制限は決してプレーヤーの敵ではありません。制限は、
RPGをゲームとして成立させている枠組みなのです。


2.2 ゲーム要素の明確化(ステップ2)

2.2.5 障害:敵

 今回は、ゲーム要素としての「障害」について解説します。

**

 さあ、「目標」により進むべき方向が決まり、「制限」により活動範囲が明確に
なりました。あとはただ、目標めざして進めばよいだけ・・・ではゲームになりま
せんね。

 ゲームにおいては、何らかの形で目標達成を妨げる「障害」がプレーヤーの前に
立ちはだかります。それは他のプレーヤーの手駒かも知れません。ボード上のマス
目に書かれた指示、不足している手札、あるいは予測してなかった株式市場の変動
かも知れません。

 いずれにせよ、プレーヤーは目標を達成するために、知恵と勇気をふり絞ってこ
れらの障害を打ち破らなければなりません。ここに、チャレンジがあります。

 魅力的な障害は、魅力的なチャレンジを生みます。これこそ、ゲームの華と言っ
てよいでしょう。

**

 ゲームマスターは、プレーヤーが「制限」と「障害」を勘違いしないよう気をつ
ける必要があります。

 既に説明した通り、「制限」はゲームを成立させるために守らなければならない
約束事です。これに対して「障害」は、ゲームの目標を達成するために打ち破るべ
き対象です。

 セッションがうまく進まない原因の多くが、実は「プレーヤーが、制限と障害を
勘違いしている」というものです。

 あなたが手を焼いている「反抗的なプレーヤー」「あまのじゃくなプレーヤー」
といった問題プレーヤーは、単に「制限」を「打ち破るべき障害」だと勘違いして
いるだけかも知れません。

 あるいは、「何をしてよいか分からず、無闇にうろうろするだけのプレーヤー」
「何も自発的に行動しないプレーヤー(いわゆる、お地蔵さんプレーヤー)」とい
った問題プレーヤーは、「障害」を前提として受け入れてしまい、その打破を目指
して行動すべきであることに気づいてないだけかも知れません。

 いずれにせよ、こういうトラブルを未然に防ぐのは簡単です。ゲームマスターが
正直に教えればいいのです。
 「まず、これこれを何とかしようじゃないか(障害の明確化)」とか「ところで
何々という制限は必ず守るように。これは今回のセッションがゲームとして成立す
るための約束毎だと思ってくれ(制限の明言)」といった具合です。

 プレーヤーの勘違いを放置したことでセッションが崩壊したとすれば、主な責任
はゲームマスターにあると思って下さい。

**

 さて、RPGにおける「障害」について考えてゆくことにしましょう。

 まず、便宜上、障害を「敵」と「課題」の2つに分類することにします。

 「敵」とは、直接的、能動的な障害です。「敵」は、PCに対して積極的に妨害、
危害を加えてきます。モンスター、警備員、敵兵士などが「敵」の例です。

 「課題」とは、間接的、受動的な障害です。「課題」は、PCの行動を制約した
り、目標達成を困難にしたり、足手まといになったり、「敵」を有利にしたりする
要素です。情報やアイテムの不足、妨害工作、非協力的な役人、警察の取り締まり、
悪天候などが「課題」の例です。

 基本ストーリーを見直して下さい。

 「敵」はすぐに分かるはずです。

 しかし、主人公はきっと「課題」とも戦っているはずです。基本ストーリーから
「課題」を抽出してみて、考えて下さい。基本ストーリーを魅力的なものにしてい
るのは、実は「課題」ではないでしょうか? 読者が(観客が)主人公に感情移入
し、応援するのは、主人公が敵を倒すシーンよりも、むしろ苦境や逆境を乗り越え
てゆくシーンではないでしょうか。苦境や逆境は、ここでいう「課題」に他なりま
せん。

**

 慣れないゲームマスターは、しばしば「敵」を準備することばかり考えてしまい
「課題」の用意を怠りがちです。

 実際は、「敵」よりも「課題」の方が重要なのです。
 魅力的な「課題」さえ用意できれば、むしろ「敵」は手を抜いてかまわないので
す。

 また、「敵」についても、ただ「目新しい敵を出そう」と考えるよりも、むしろ
敵との遭遇状況や、敵の投入順序に気を付けるべきです。ありふれた敵であっても、
遭遇状況や投入順序をちょっと工夫するだけで、プレーヤーに新鮮な驚きと、新た
な挑戦の機会を与えることが出来ます。

 これらの原則を理解することは、ゲームマスターにとって非常に重要なことです。

**

 魅力的な「障害」を用意し、プレーヤーに素晴らしいチャレンジの機会を与える
ことは、数あるゲームマスターの責務のなかでも、おそらく最も重要で楽しい仕事
です。

 プレーヤーは(おそらく彼らが操るキャラクターも)、手応えのある障害を待ち
望んでいます。易し過ぎず、難し過ぎず、努力によって克服可能で、しかも新鮮な
驚きを伴っている。そんな魅力的な「障害」を出すことが出来れば、プレーヤーは
チャレンジ意欲を大いにかき立てられ、ゲームは白熱するに違いありません。

 逆に、「障害」に魅力がなければ、プレーヤーのチャレンジ意欲は萎えてしまう
ことでしょう。簡単すぎる障害、克服不可能な障害、努力が成果に結びつかない障
害、そしてマンネリな障害・・・。
 チャレンジこそゲームの命です。チャレンジがなくなれば、それはもうゲームで
はありません。

 チャレンジ意欲が失われれば、プレーヤーはRPGにチャレンジ以外のものを求
めるようになるでしょう。例えば、よく出来たストーリー、魅力的なNPC、臨場
感あふれるキャラクタープレイ・・・。
 セッションはどんどんゲームから離れて「ごっこ遊び」に近づいてゆきます。

 それは、一時的には楽しいかも知れませんが、だからどうだというのでしょう。
ごっこ遊びは何も生み出しません。技量の向上も、上達の喜びも、RPGシステム
の進歩も、RPG市場の健全な発展も、何も期待できません。

 これについては第1章で強調しましたから、繰り返すのは止めておきましょう。

 ここで言いたいのは、こういうことです。

 RPGはゲームであり、ゲームの命はチャレンジであり、良いチャレンジを生み
出すのは素晴らしい「障害」に他ならず、それゆえに魅力的な「障害」を用意する
のはゲームマスターの最も重大な責務なのです。それを自覚して下さい。

**

 さて、「障害」のうち、PCの目標達成を直接的、積極的に妨害してくるもの、
すなわち「敵」について解説します。

 同じ障害でも、PCを間接的、受動的に妨害するものは、全て「課題」と呼ぶこ
とにします。例えば、PCの行動を邪魔するよう指示を出す「悪の秘密結社の首領」
とか「よそ者に敵意を抱く国王/警察署長」といった人々は、課題に分類します。

 もちろん、これらの人物が武器を手にPC達に立ち向かってきたなら、彼または
彼女は「敵」ということになります。

 モンスターから歩兵小隊まで、セキュリティプログラムから地縛霊に至るまで、
典型的な「敵」は、RPGシステムによって大きく異なります。しかし、ゲームに
おける「敵」の機能は本質的に同じです。「敵」は、PC達に戦闘を強要し、危険
とスリルを提供するために登場するのです。

 ここでは、ファンタジーRPGにおけるモンスターを例に、一般的な敵の出し方
のコツを解説することにしましょう。これらのコツは、他のジャンルのRPGにも
ごく簡単に応用できることと思います。

**

 慣れないゲームマスターがよくやる勘違いが、「プレーヤーを飽きさせないよう、
毎回、珍しいモンスターを登場させなければ」とか「PCが成長するにつれてどん
どん強い(レベルの高い)モンスターを出さなければ」といった思い込みです。

 いや、これらの考え自体は必ずしも間違っているわけではありません。しかし、
敵の出し方には他にいくらでも工夫の余地があるのです。珍しい敵、強い敵を出す
だけが能ではありません。

 ひどいゲームマスターになると、「とにかく強い敵を出せばハイレベルなシナリ
オ」とか、「とにかく誰も知らないオリジナルモンスターを作って出せば新鮮なシ
ナリオ」とか信じていたりします。

 そうではないのです。

**

 ある程度ゲームシステムに慣れたプレーヤーは、敵の種類や強さ(レベル)だけ
では驚かなくなります。戦い慣れたオークの代わりに、初めてオーガに出会ったと
しても、プレーヤーは脅威を感じるだけで驚くことはないでしょう。もし、オーガ
が単に「強いオーク」にすぎないとしたら。

 では、特殊能力を持ったモンスターを登場させてみてはどうでしょうか。毒のあ
る大サソリだぞ、石化能力のあるゴルゴンだぞ、変身能力のある・・・。

 最初はプレーヤーも驚いてくれるかも知れません。しかし、この調子ではいずれ
「特殊能力を持っている」ということ自体がマンネリに陥ってしまい、飽きられて
しまうことでしょう。

 いくらでもモンスターを作れるファンタジーRPGでもこうです。ましてや毎回
プレーヤーを怖がらせる(少なくとも好奇心を刺激する)必要があるホラーRPG、
敵のバリェーションが少ない現代ものRPGやSF−RPGだと、こういう手法で
プレーヤーの飽きを防止するのは無理だということがお分かりでしょう。

**

 そこで、敵との遭遇状況を工夫して下さい。

 例えば、オークが暗闇でも目が見えるとしましょう。ダンジョン内で、PC達の
頭上に大量の水をかけて、松明もランタンも消して真っ暗やみにしてしまいます。
そこをオークに襲わせるのです。

 水と言えば、PC達の足場が崩れたとか何とかいって水中に落とし、そこを水棲
モンスターに襲わせるというのはどうでしょうか。戦士は溺れないようにするため
に金属性の重い防具を必死で脱がなければならないでしょう。魔法使いは、「水中
では炎の魔法が使えない」とか、「敵の姿をはっきり目でとらえない限り魔法をか
けることは出来ない」とかゲームマスターに言われて困惑するに違いありません。

 他にも沼地で膝まで泥に沈んで動けなくなったところを飛行モンスターが頭上か
ら襲ってくるとか、目を開けることも出来ないくらい激しい砂嵐に巻き込まれたと
ころに足元から何かが襲ってくるとか、吊り橋を渡っている途中なので戦闘すると
橋が切れかねないとか。

 あるいは、子供または赤ん坊が足手まといになるとか、連れてきた村人がパニッ
クを起こして戦術的にまずい方向に走り出すとか、

 敵との遭遇状況を工夫すれば、戦い慣れたモンスターを恐るべき脅威にすること
も、戦闘開始時には予想もしなかったであろう状態に陥れて抜き差しならなくする
ことも可能です。

 コツは、敵と課題の両方を一度に与えることです。プレーヤーが、各ターン毎に
敵との戦闘か、課題の解決努力か、いずれかを選択しなければならないようにする
のです。

 ゲームマスターは、これらの遭遇状況が単なる「PCいじめ」にならないように
気をつけて下さい。プレーヤーが(あるいはPCが)努力すれば、課題は解決され、
形勢逆転できるよう配慮しておくことをお忘れなく。

**

 モンスターを出す順序にも気を配るべきです。

 慣れないシステムでゲームをしていて、何気なく登場させたモンスターが意外に
強く、かといって出したからには引っ込めるわけにもいかず、戦闘を続けた結果、
PC側が全滅してしまった、という経験のあるゲームマスターも多いことでしょう。

 戦闘バランスがよく分かってない場合には、モンスターは小出しにするのが原則
です。これは「戦力の逐次投入」といって、マスターリングの基本です。

 簡単な例で説明しましょう。PC側の戦力が5だとします。そこに戦力8のモン
スターをぶつければ、PC側が全滅しかねません。しかし、戦力4のモンスターを
1匹づつ順番にぶつければ、PC側はこれを各個撃破することが出来ます。
 しかも、工夫次第で、プレーヤーに「戦力8のモンスター群を倒した」という印
象を与えることが可能なのです。

 PC側の戦力がよく分からないが、まあモンスター8匹といい勝負かな、とゲー
ムマスターが思っているとします。

 まず、たった3匹だけモンスターを出してみましょう。PC側が圧倒的に優勢で
す。そこで「モンスターは仲間を呼んだ」とか言ってさらに3匹が駆けつけてきた
ことにします。おや、何とPC側が不利になりました。ここで、最初の戦闘で傷つ
いていたモンスターが1匹死にます。だいたいバランスがとれたようです。
 もし最初から元気なモンスター8匹を出していたら、PC側が負けていたに違い
ありません。

 もちろんこれは例としても簡単すぎますが、ともかく「戦闘バランスが分からな
いときは、まず弱い敵を出して様子を見て、後から敵を追加してゆくことでバラン
スをとる」という手法を覚えて下さい。

**

 実のところ、敵の出し方について一般的に言えるのは、このくらいです。

 もちろん、RPGシステムに依存した敵の出し方のコツというものがあります。
トーグとクトゥルフでは敵の出し方が根本的に異なります。同じトラベラーでさえ
第3版と第4版では全くと言っていいほど戦闘バランスが異なっています。
 これについては、各システム毎にコツを会得してもらう以外にありません。

**

 以上で、RPGにはRPG特有の「敵の出し方」があり、さらにRPGシステム
特有のコツというものがあるということがお分かりでしょう。

 基本ストーリーを見直して下さい。主人公が敵と戦うシーンがあったとして、そ
れをそのままシナリオに活かせるか、よく考えましょう。

 小説や映画における敵の出し方と、RPGにおける敵の出し方は、一般には異な
ります。ですから、原作通りの遭遇状況で、原作通りの順番に敵を出したとして、
それがRPGのシナリオとして優れたものになるとは限らないのです。

 もし、まずいと思ったら、ためらわず基本ストーリーに手を加えましょう。遭遇
状況を変え、敵の種類や数、出す順番を変えて下さい。基本ストーリーは、あくま
でシナリオ作成の取っかかりに過ぎません。必要に応じてどんどん解体してよいの
です。最終的に出来上がるシナリオが、ゲームとして優れていることが最も大切な
ことなのです。


2.2 ゲーム要素の明確化(ステップ2)

2.2.6 障害:課題

 前回は、障害のうちPCを直接的、積極的に妨害するもの、すなわち「敵」につ
いて解説しました。

 障害として敵だけを出すシナリオも可能です。こういうシナリオは、よく「ハッ
ク&スラッシュ」と呼ばれます。この言葉は、「次々と現れる敵を片っ端から叩き
殺して進んでゆくだけのシナリオ」という悪い意味で使われるようです。

 しかし、別にハック&スラッシュだからすなわち悪い、というわけではありませ
ん。たまにはプレーヤーだって、何も考えずひたすら殺戮に専念したいという気に
なることだってあるでしょう。

 ただ、ゲームマスターが、ハック&スラッシュ型のシナリオしか作れないようだ
と、やがて飽きられてしまいます。前回の解説に従って遭遇状況を工夫したとして
も、ハック&スラッシュだけで長期に渡って飽きずにプレイを続けるというのは、
ちょっと無理な話です。

**

 もっとずっと深刻な問題は、ゲームマスターが自覚してないハック&スラッシュ
型セッションの横行です。

 酒場で騒いで楽しみ、モンスター退治の依頼を受けて、移動の途中でPC同士で
おしゃべりと掛け合い漫才を楽しんで、現地についてモンスターを倒し、依頼人の
ところに戻って自慢話に花を咲かす・・・。
 こんなセッションに参加してうんざりしたことはありませんか?

 この類のセッションにおける「障害」は、モンスターつまり「敵」だけです。
 プレーヤーに求められるゲーム上の意志決定は、いかにして敵を倒すか、という
点のみになります。それ以外のシーンでは、プレーヤーは単に「ごっこ遊び」に精
を出しているだけで、何もゲーム上の意志決定を下していないのです。

 ゲームという観点からすると、これでは本質的にハック&スラッシュと何の違い
もありません。いくら、会話や漫才やキャラクタープレイで座が盛り上がったとし
ても、それはゲームの本質とは無関係です。

 前述したように、ハック&スラッシュばかりプレイすると必然的に飽きがきます。

 ところが、こういうセッションをやるゲームマスターは、自分がハック&スラッ
シュ同然のシナリオばかり作っているということを自覚していません。このため、
自分やプレーヤーがセッションに飽きてきた根本的な原因に気づかず、奇抜な設定
を作ったり、NPCの性格づけに凝ったり、熱血なキャラクタープレイをしたり、
そういったゲームの本質とは関係ない点を工夫することで飽きを防ごうとします。

 もちろん、目先を変えただけではどうしようもありません。
 結局、「もうRPGには飽きた」と感じて、RPG自体を止めてしまうのです。

**

 あなたの子供が、栄養素が欠乏した食事ばかり食べていたため病気になり、食欲
がなくなったとしましょう。

 もし、とにかく食事をとらせるために調味料と味付けを変えて同じ料理ばかり食
べさせたとしたらどうなるでしょうか。おそらく、病気はどんどん重くなってゆく
に違いありません。やがては、食事をとることすら出来なくなるでしょう。

 逆に、調味料は同じでも、栄養素に気をつかい、必要な栄養分がちゃんとバラン
スよく含まれている料理を食べさせたなら、きっと病気は快方に向かい、やがては
健康を取り戻すことでしょう。そうすれば、長生きしてずっと食事を楽しむことが
出来るのです。

 もちろん、これは調味料の意義を否定するものではありません。健康な人が食事
をおいしく食べたいと考えるのはごく当然のことです。そのために、適度に調味料
を用いて調理することは、むしろ望ましいことです。

 ただ、健康で長生きするためには、食事にバランスよく栄養素が含まれているこ
とが大切であり、栄養素の欠乏を調味料で補うことは出来ないのです。

 蛇足ながら、もちろんこれはRPGに関する例え話です。食事はセッション(あ
るいはシナリオ)を、栄養素はゲーム要素を、調味料はキャラクタープレイ、ノリ、
熱血その他を指しています。そして、食事を通じて健康を維持するということは、
セッションを通じてRPGに上達し続けることを意味しているのです。

**

 さきほど紹介したハック&スラッシュ同然のシナリオに欠けている栄養素、それ
は主に「課題」です。つまり、障害のうちPCの目標達成を間接的、受動的に妨害
する要素です。

 課題はゲームの中心です。課題を解決しようとする意志は、セッションを動かし
続ける動力源、エンジン、ドライビングフォースです。

 課題は工夫次第で無限のバリェーションを作り出すことが出来ます。
 単純だが魅力的な課題を作ることも、複雑で高度な課題を作ることも、人間心理
や社会構造に関する深い理解がないと克服できない課題を作ることも、現実の世界
で現実の人間が直面する課題をそのまま使うことも出来ます。

 課題は、ゲームマスターやプレーヤー達の年齢、価値観、把握力、社会的立場の
変化に応じて最適なものを用意することが出来ます。10代のプレーヤー達にふさ
わしい課題、20代のプレーヤー達が真剣に取り組める課題、30代のプレーヤー
達が手応えを感じる課題、それぞれに適した課題があります。

 パズルや謎かけ、アイテム探し、行方不明者の捜索、犯罪の捜査、逃亡、脱出、
情報収集、戦略策定、政策決定、交渉やネゴシェーション、商取引、経営、研究、
調査、製作、破壊工作、資金集め、世論操作、組織運営、陰謀、不法侵入、クラ
ッキング・・・これらは全て課題(あるいは課題解決手段)になり得ます。

 課題の広さと深さに限界はありません。

**

 優れた課題は、次のような特徴を持っています。


1.ジレンマを通じて葛藤を生み出す

 あちら立てればこちら立たず。Aを満たせばBを捨てざるを得ず、Bを拾えばA
は諦めることになる・・・。

 優れた課題は、興味深いジレンマを突きつけてきます。プレーヤーもPCも、こ
のジレンマを前に葛藤することでしょう。葛藤をどのように解決するか、それこそ
がチャレンジであり、優れた意志決定の必要性であり、要するにゲームなのです。


2.プレーヤー間の協力関係を作りだし、PC間の役割分担を促進する

 優れた課題は、1人のPCで解決できるものではありません。複数のPCが協力
して初めて解決できるはずです。
 これが、PC達がそれぞれの思惑や好悪を超えてパーティを組み、プレーヤー達
が共同作業する理由なのです。

 PC達は互いに憎み合っているかも知れません。価値観に超えがたい相違がある
かも知れません。宿敵ですらあるかも知れません。
 プレーヤー達は互いを嫌っているかも知れません。他のプレーヤーのプレイスタ
イルが気に食わないかも知れません。

 しかし、それでも課題を解決するために必要だからこそ、反目を乗り越えて協力
しあう。それがRPGにおける役割分担(ロールプレイ)の基本なのです。

 PC達が反目して離散し、プレーヤー達が互いに喧嘩するなら、それはゲームマ
スターが適切な課題を与えてないか、あるいはプレーヤーが「課題の解決のために
(場合によっては、やむなく)パーティを組む」という役割分担のロールプレイを
理解してないか、どちらかが原因に違いありません。すぐ原因を取り除いて下さい。


3.様々な疑似体験を生み出す

 課題の解決手段は1つではありません。

 行方不明の人を探す方法は何通りもあります。最後に目撃された場所の周辺で聞
き込みを行う、その人物の家族や知人を訪問してまわる、新聞の尋ね人欄を使う、
その人物が立ち寄りそうな場所を張り込む、本人のクレジットカードやキャッシュ
カード番号を調べてアクセスを待つ、借金取り立ての専門家を雇う、その人物が強
い興味を持つであろうイベントをでっち上げて連絡してくるのを待つ、その人物の
家族か恋人を誘拐して「姿を現さないと殺す」という脅迫をマスコミに流す・・・。

 どれが最適な手段かは、状況により変わってきます。

 優れた課題には、解決手段の候補が多数あります。PCは、これらの手段を色々
と試してみることでしょう。1つの方法が駄目なら、別の方法を試みればよいので
す。

 こうして、プレーヤーは様々な疑似体験をすることが出来ます。足を棒にしての
聞き込み調査、大がかりなコンゲーム(詐欺)仕掛け、プロジェクトチームの結成
と指揮、違法行為、スパイ活動・・・。

 ゲームマスターが優れた課題を用意し続ける限り、プレーヤーに可能な疑似体験
に限界はありません。セッション毎に新たな疑似体験が可能でしょう。もし、毎回
同じような疑似体験しか出来ないとすれば、それは課題がマンネリなのか、あるい
はプレーヤーの創意工夫が欠けているのです。

**

 すでにお分かりの通り、課題の広さと深さに制限はなく、それにより生ずる葛藤
や役割分担や疑似体験は無限の可能性を持っています。

 それなのに、どうして「RPGに飽きる」ということがあり得るでしょうか?

 RPGは20代になっても、30代になっても、たぶん40代になっても真剣に
取り組むことが出来るゲームです。それは、何年続けても、たぶん何十年続けても、
決して飽きることのない無尽蔵の可能性に満ち満ちています。

 そして、もっとも素晴らしいのは、課題に限界がないこと、すなわち上達に限界
がないことです。限りない上達、果てしない技量向上、見果てぬ夢。それこそが、
本講座の最終的なテーマです。

 RPGはオープンエンドな(終わりのない)ゲームだとよく言われます。それは
個々のセッションだけでなく、RPG全体についても言えることです。そこには、
真の意味で終わりがないのです。

**

 では、次の手順に従って課題を用意してゆきましょう。


1.基本ストーリーを見直して「課題」を抽出する

 基本ストーリーを見直しましょう。

 主人公を苦しめているのは、武器を手に襲いかかってくる敵だけでしょうか。
まず、そんなことはないでしょう。映画や小説におけるストーリーの大部分は、主
人公が「課題」を解決すべく悪戦苦闘するシーンに費やされているはずです。

「情報が不足している」「手持ちの金が足りない」「やりたいことの許可が出ない」
「指名手配された」「ある人物の力が必要だが彼は行方不明」「まず安全なところ
に逃げ込まないと殺されてしまう」

 主人公が抱えている悩みやトラブルは、全て「課題」として扱います。課題を抽
出して下さい。

**

 もし、基本ストーリーから抽出した課題が、ゲームの課題としてはあまり魅力的
でないと感じたら、ためらうことなく別の課題に変更してかまいません。シナリオ
作成とはゲームデザイン作業なのだという原則を忘れないように。

 また、課題は1つとは限りません。一般には、複数の課題を順番に解決してゆき
最終目標を達成することになるはずです。

 例を示しましょう。

 ある場所Xに侵入するのに人物Aの手助けが必要で、Aの居場所を知っているの
は人物Bだけである。Bの自宅を訪問したところ、何とBが何者かにナイフで刺さ
れ瀕死の重傷を負っているのを発見。パトカーのサイレンが近づいてきた・・・。

 これが基本ストーリーの一部だとします。

 PC達には、警察と仲が悪い/警察から追われている/警察の取り調べを受ける
とまずいことがボロボロ出てくる/警察の取り調べを受けている時間的余裕がない、
などの事情があるとして、ここから抽出される「障害」は、

 ・警察に見つからないように現場から逃げる
 ・人物Bの意識を回復させる
 ・人物Bと交渉(取引、贈賄、恫喝・・・)して人物Aの居場所を聞き出す
 ・人物Aを説得(取引、贈賄、恫喝・・・)して協力してもらう
 ・場所Xに侵入する

という5つの項目から構成されていることになります。

**

2.主人公が課題を解決した手段を確認する

 主人公は、与えられた課題をどのようにして解決したのでしょうか。

 力わざで突破したのか。便利な道具を使ったのか。特殊技能を使ったのか。コネ
や権力を使ったのか。仲間の助けを得たのか。説得したのか、恐喝したのか、贈賄
したのか、懇願したのか、魅了したのか。

 個々の課題について主人公が解決に使った手段を抽出します。上の例なら

 ・筋力で人物Bを担ぎ、安全な逃走ルートを土地勘に頼って見つけ、疾走した
 ・応急手当ての技能を使って人物Bの意識を回復させた
 ・人物Bを説得して人物Aの居場所を聞き出した
 ・人物Aと交渉、取引して協力する約束を取り付けた
 ・人物Aが持っている特殊な道具を使って電子ロックを開け、場所Xに侵入した

といった具合です。

**

3.主人公が採用したのとは異なる解決手段を列挙する

 上で抽出した解決手段の他に可能な解決手段を列挙します。

 なぜ、この作業が必要かというと、何度も繰り返すようですが、RPGのシナリ
オは「ストーリー」を決めるものではないからです。

 基本ストーリーにおいて主人公がある方法Yで課題を解決したからといって、R
PGセッションにおいてPC達が同じ方法Yで課題を解決しなければならない理由
は何もありません。方法Wでも方法Zでも、プレーヤーは自分のPCの能力や役割
分担に従って色々な方法で課題を解決する権利を持ちます。

 優れたプレーヤーは、ゲームマスターが予想もしてなかった方法で課題を解決し
ようとするかも知れません。その方法が適切で優れていると判断したなら、ゲーム
マスターは決してそれを「シナリオで用意したあった方法と違うから」という理由
で拒否してはならないのです。

 上と同じ例を使うなら,

 ・筋力で人物Bを担ぎ、安全な逃走ルートを土地勘に頼って見つけ、疾走した

に対する他の解決手段としては

 ・やってきた警官に戸口で応対し、「ここは私の住居だ。悲鳴? いや何も聞か
  なかったな。あ、屋内を捜索したければ捜査令状を見せてもらおうか」などと
  ハッタリで切り抜け、警官が立ち去ってから人物Bを運び出す。

 ・物陰に隠れる。やってきた警官が血まみれで倒れている人物Bに気づいて驚い
  て隙ができた瞬間、背後から襲いかかって気絶させる。それから逃走する。

 ・人物Bを運び出すのはあきらめ、自分だけ逃げ出す。後から警察病院に潜入し
  て人物Bから話を聞き出す。

 ・おとなしく警官に見つかり、重要参考人として署に連れてゆかれる。事件につ
  いては黙秘。後から仲間に電話を入れて、コネのある弁護士に連絡してもらう。
  人物Bから人物Aについて聞き出す作業は、弁護士にお願いする。

など、いくらでも考えられます。他の項目についても、「その他の解決手段」を5
つや6つは列挙できるでしょう。

 実際のセッションでは、プレーヤーはこれらの解決手段を採用するかも知れませ
んし、あるいは予想もしなかった素晴らしい解決手段を思いつくかも知れません。

 ともあれ、課題の抽出時に、このように可能な解決手段をいくつか列挙して用意
しておけば、実際のセッションでプレーヤーが下す意志決定に対して柔軟に対応で
きるようになります。これがすなわちゲームマスターとして上達したということに
他なりません。

**

4.ゲームバランスを見直す

 ゲームバランスとは「障害の解決において、プレーヤーの意志決定が適切に報わ
れているかどうか」ということです。

 プレーヤーの意志決定が適切に報われているというのは、簡単に言えば

  ・プレーヤーの努力が足りなければ、障害はクリアできない

  ・プレーヤーが、知恵を絞るなど充分に努力すれば、障害がクリアできるか、
   少なくともクリアできる確率が高まる

  ・プレーヤーが、努力を積み重ねれば、障害がクリアされる確率がそれに応じ
   て高まってゆく。

といったことを意味しています。

 これに対して

  ・プレーヤーがいくら努力しても、障害がクリアされる確率は極めて小さい

  ・プレーヤーが努力してもしなくても、障害がクリアされる確率に変化がない

  ・プレーヤーが努力しなくても、障害は勝手にクリアされる(あるいは勝手に
   クリアされる確率が高い)

  ・障害をクリアするための「正しい」方法が1つに限定されており、その方法
   を見つけない限り他のあらゆる努力は無駄になる。

といった状況は、ゲームバランスが悪いのです。

 ゲームバランスが悪いと、プレーヤーは「出来るだけ優れた意志決定をしよう」
という意欲を失います。どのように意志決定しても結果に影響を与えることが出来
ないのなら、悩んだり考えたりする意味がありませんから。

 これはゲーム性の放棄につながってゆきます。これがどんな害をもたらすかとい
うと・・・もう繰り返し説明する必要はありませんね。

**

 障害のうち、「敵」に関するゲームバランスには、どのゲームマスターも注意を
払うことでしょう。強すぎる敵、弱すぎる敵、戦術を工夫してもしなくても勝敗が
始めから決まっている戦闘、いずれも避けるべきだということは誰にでも分かりま
す。

 ところが、同じ障害でも、「課題」に関するゲームバランスに無頓着なゲームマ
スターは意外と多いのです。

 何も工夫しなくても、村人が勝手に重要情報を教えてくれるセッション。どんな
にプレーヤーが色々と工夫しても無駄で、ある「正しい」行動をとらない限り絶対
に先に進めないようなシナリオ。それまでプレーヤーやPCが積み重ねてきた努力
に意味がなく、結局1つの判定だけで全てが決まってしまう展開。

 これらは全てゲームバランスが悪いのです。

 よく課題と解決手段のリストを見て下さい。ゲームバランスは良くなっているで
しょうか。もし、ゲームバランスに問題があると思えば、課題の内容や状況を工夫
して、ゲームバランスの改善を図って下さい。

**

5.課題に磨きをかける

 優れた課題は次のような特徴を持っているべきだと述べました。

  ・ジレンマを通じて葛藤を生み出す

  ・プレーヤー間の協力関係を作りだし、PC間の役割分担を促進する

  ・様々な疑似体験を生み出す

 抽出した課題が、このような特徴を持っているかどうか見直して下さい。もし、
こういった特徴を持っている課題が1つもなければ、それは質の低いシナリオと言
わざるを得ません。

 抽出した全ての課題が優れた課題である必要はないのです。ただ、少なくとも1
つか2つは優れた課題が入るように意識するだけで、シナリオの質はぐんと向上す
ることでしょう。

**

 参考までに、課題の分類を示します。

 これらの課題は単独でも使えますが、組み合わせることで無限のバリェーション
を作り出すことが出来るでしょう。

・欠如

 目標達成に必要な資源(情報、物資、戦力、アイテム、お金、技能など)が不足
しており、それを手に入れなければならないという課題です。
 NPCの援助が必要という場合も含まれます。

・妨害

 目標達成に対する妨害者(警察、医者、宗教的勢力、環境保護団体、デモ隊、ロ
ビーイスト、PCに個人的恨みを抱く人物など)がいて、この妨害(嫌がらせ、法
的制限、取り締まり、ひつこい取り調べ、ドクターストップ、排斥、抗議、個人攻
撃、誹謗中傷など)をクリアしなければならないという課題です。

・怠慢

 目標達成に必要な援助をしてくれるはずの人物(許可を出す役人、必要物資を運
搬する業者、乗物や機器の修理人、契約の手続きを行う弁護士など)が、あまりに
も無能あるいは怠慢で、役に立たないので、何とかしなければならないという課題
です。

・その他

 謎かけ、パズル、暗号、研究、調査、記録更新、スポーツやギャンブルの勝利、
利潤確保など、現実の生活で努力目標となるものは、全てRPGにおける課題とし
て扱うことか可能です。


2.3 シナリオの構造化(ステップ3)

2.3.1 ハリウッド構成

 小説や映画から基本ストーリーを作成(ステップ1)し、そこから「目標」「制
限」「障害」といったゲーム要素を抽出(ステップ2)して明確化しました。

 これで、シナリオのエッセンスは完成です。

 次に行うことは、シナリオの形を整えてゆく作業です。これを「シナリオの構造
化」と呼びます。これが、ステップ3です。

**

 なぜシナリオの構造化が必要なのでしょうか。

 それはプレーヤーの意志決定(PCの行動)に対してゲームマスターが柔軟に対
応できるようにするためです。

 何度も繰り返し強調しているように、RPGのシナリオは「ストーリー」を固定
するものではありません。プレーヤーの意志決定によって、事態の進展は変わって
ゆくことが原則です。

 しかし、事態が無秩序に展開したのでは、ゲームマスターが対応しきれません。
プレーヤーの意志決定を尊重し、ゲームバランスを保ち、それでいて事態の展開を
自分が制御できる範囲にとどめる。これがマスターリングの極意です。

**

 ときどき「私はアドリブマスターですから、シナリオは用意してません」などと
言うゲームマスターがいます。謙遜、あるいは照れ隠しならよいのですが、ときに
は単なる準備不足を正当化する言い訳にしか聞こえないケースがあるのも事実です。

 アドリブマスターというのが「私はアドリブ処理に自信がある」という意味なら
ともかく、「シナリオ作成の手を抜いている」という意味なら、アドリブマスター
は非難されるべきです。

 事前に充分な準備もしないでセッションを開き、PCの行動に応じてその場その
場で事態の展開を考え、アドリブで対応する。そんなマスターリングは(止むを得
ない場合もありますが、原則としては)無茶だし、そういう方向を目指すのは邪道
です。第一、そんなマスターリングは、プレーヤーに対して失礼です。

**

 もしプレーヤーが、「私のPCが何をしても、どうせこのマスターはその場その
場の思いつきで話を進めるだけでは」「だとしたら、悩んだり決心したりする意味
がない・・・」と感じるようなら、ゲームは台無しです。

 ゲームのプレーヤーは、単に次々と事態が展開してゆくだけでなく、意味のある
展開、手応えのある展開を望んでいるのです。ゲームが有効に機能するためには、
プレーヤーの努力や決心が、事態の展開に対して有意義に影響することが大切です。

 例えば、将棋のプレーヤーは、自分の指し手の積み重ねが、形勢、陣形、駒得と
いった形で局面に影響を与えると確信しているからこそ、少しでも良い手を指そう
と努力します。それが将棋を魅力的なゲームにしてくれるのです。

 もしも、将棋のルールに「10手指すごとにプレーヤーはジャンケンをする。勝
った方が全ての飛車・角・金・銀を取り上げて自分の持ち駒にする」などと決めら
れていたとすれば、良い手を指そうという意欲は失われてしまうでしょう。形勢は
ほとんどジャンケンの勝敗だけで決まってしまい、妙手を指しても悪手を指しても
局面の進展にほとんど影響がないからです。

 こうなれば、真面目に指し手を考える人はいなくなり、将棋はゲームとしてはひ
どくつまらないものになることでしょう。

 RPGのセッションにおいても、事態の展開に対してプレーヤーの努力や意志決
定が有意義に影響を与えると信じられるからこそ、プレーヤーは良い意志決定を下
そうとするのです。RPGは「ゲーム中のどの局面においても、充分にゲームバラ
ンスが保たれるようゲームマスターが配慮してくれている」という信頼を前提にし
たゲームです。悪い意味のアドリブマスターリングとは、この信頼を踏みにじるも
同然の行いだと思って下さい。プレーヤーに対して失礼と言ったのは、そういう意
味です。

**

 RPGのセッションにおいて、事態の展開に対してプレーヤーの努力や意志決定
を有意義に影響させ、しかも常にゲームバランスを保つということは、簡単なこと
ではありません。充分な事前準備(シナリオ作成)をもってしても、なお失敗する
ことがあります。

 事前の準備なしにこんなことが出来る人は、おそらく存在しません。いや、仮に
存在するとしても、真似すべきではありません。マスターとして上達をめざすので
あれば、事態の展開に対してプレーヤーの意志決定を有意義に影響させ、かつ常に
ゲームバランスが保たれるようにするため、「事前にできる限り準備をしておく」
という基本的な姿勢を忘れないで下さい。

**

 しかし、事前の準備といっても、何をすればよいのでしょうか。

 その答えが、シナリオの構造化なのです。

**

 飛行機のプラモデルを想像して下さい。それは美しいかも知れません。しかし、
これを自動車や機関車の形にしろと言っても無理な話です。飛行機のプラモデルは
飛行機のプラモデルであり、柔軟に変形させることは出来ないのです。

 これに対して、レゴのような組み立て式ブロック玩具で作った飛行機を想像して
下さい。それは、プラモデルほど美しくはないでしょう。しかし、プラモデルには
ない利点があります。それは、ブロックの組み方を変えるだけで、自動車や機関車
の形にすることが可能だということです。

 なぜ、このような利点が生まれたのでしょうか。

 まず、全体を小さな構成部品に分解したことが理由の1つなのは明らかです。し
かしそれだけなら、プラモデルをパーツに分解しても同じですね。

 プラモデルをパーツに分解して組み立て直しても、機関車にはなりません。
 なぜなら、プラモデルのパーツは、それぞれ他のどのパーツと接続されるかが決
まっているからです。設計図にないような組み合わせでパーツを接続しようとして
も、きっとうまくゆかないでしょう。

 組立式ブロック玩具の特徴は、ブロック間の接続がかなり自由になるという点に
あります。それぞれのブロックの2つの面には、他のブロックと接続するため突起
とへこみが付いており、これをうまく活用することで、どの2つのブロックを選ん
でも何通りかの方法で接続できるのです。

**

 これで、プレーヤーの意志決定によって柔軟に事態の進展を変えられるシナリオ
を用意するための基本原理が理解できたことと思います。その原理とは「構成部品
への分割」と「部品間の自由な接続」の2つです。

**

 では、まず「構成部品への分割」を行ってみましょう。

 基本ストーリーを、次の3つのパートに分割して下さい。

  1.導入部(分量1)

  2.展開部(分量2)

  3.帰結部(分量1)

 「分量」は、相対的な長さを指しています。例えば2時間の映画なら、分量1が
30分、分量2は1時間です。4時間のセッションなら、分量1が1時間、分量2
が2時間ですね。

 導入部では、物語の背景や状況が説明され、さらに主人公に対して「目標」が与
えられます。(または主人公が持っている目標が説明されます)

 導入部の終わり(2時間の映画なら、開幕30分後)には、第1転換点と呼ばれ
るイベントが起こります。このイベントの狙いは、主人公に強い動機を与えること
にあります。(また、主人公に対する観客や読者の共感を得ることも狙いです)

 展開部では、主人公は様々な「課題」に直面し、それを乗り越えてゆきます。し
かし、最終的な目標には、なかなか近づけません。

 展開部の終わり(2時間の映画なら、開幕90分後)に、第2転換点と呼ばれる
イベイトが起こります。このイベントの狙いは、状況を整理し、目標を達成するた
めに必要な行動を明確にし、さらに最終最大の「障害」を提示することにあります。
(また、最後のクライマックスにむけて観客や読者の興奮を盛り上げることも狙い
です)

 帰結部では、主人公は一直線に目標に向けて突き進み、直面する「障害」(課題
と敵の両方)を次々と打ち破ってゆきます。そして、最終最大の「障害」を見事に
クリアします。(目標については、達成されることもあれば、達成されないことも
あります。途中で目標が変わってしまうこともあります)

**

 以上の3パート構成は、シナリオライティングの教科書に書かれているものです。
ハリウッド製のエンターティメント映画の大半は、この3パート構成に忠実に従っ
ています。そこで、この構成を「ハリウッド構成」と呼ぶことにしましょう。

 RPGのシナリオも出来る限りハリウッド構成にすることを強くお勧めします。
 他の構成を試すのは、ハリウッド構成を自由自在に使いこなせるようになってか
らでも遅くないはずです。

 というわけで、基本ストーリーを3パート(導入部、展開部、帰結部)に分割し、
各パートの間に第1転換点と第2転換点を入れて下さい。これで、ハリウッド構成
になりました。

**

 例えば4時間のセッションをプレイするとして、ハリウッド構成のシナリオだと
典型的な進め方は次のようになります。

 まず、最初の1時間は「パート1:導入部」に費やします。

 ここではプレーヤーに対してPC達の置かれた状況を説明し、さらにシナリオの
「目標」や「制限」を明確にします。予想される「障害」についても、少なくとも
その一部は明らかにすべきでしょう。

 PC達は、目標の達成に向けて、まずは準備(依頼人との交渉、装備の購入、基
本的な情報収集や調査など)を始めるはずです。

 セッション開始後、だいたい1時間が過ぎたところで「第1転換点」のイベント
を起こします。

 このイベントは、何らかの意味でプレーヤーおよびPCの動機を強化する目的で
配置するものです。例えば

  ・敵または敵の手先が、関係ない女子供まで無差別に殺す現場を目撃する。

  ・PCの友人/恩人などが犠牲になる。あるいは彼らが敵につかまってしまい、
   急いで助け出さないと殺される、という状況になる。

といったエモーショナルな動機を与えるもの、あるいは

  ・事故のため予定していた補給品が得られなくなる。PC達は、手持ちの資源
   だけで任務を達成しなければならない

  ・予想もしてなかった恐ろしい「敵」がPC達を待ち構えていることが判明

  ・重要情報を後から教えてくれると約束していた人物が謎の死をとげ、情報が
   手に入らなくなる

  ・のどかで気楽な仕事だと思って引き受けたのに、暗殺者に狙われたことから、
   どうやらこの仕事には裏があるということにPC達は気づく

といったように事態を緊迫させ、プレーヤーの感情移入を強化するというものが考
えられます。

 いずれにせよ、ここで導入部は終了し、シナリオは次のパートへ進みます。

**

 次の2時間は、「パート2:展開部」です。

 プレーヤーとPCは、「制限」の範囲内で様々な手を試し、「課題」を解決して
「目標」達成に近づこうとするでしょう。

 展開部の進め方には、大きく分けて2通りのパターンがあります。

 パターンAの場合、PC達は1つ1つ課題を解決して着実に前進してゆきます。
展開部が終わるころには、目標達成まであと少し、という気になっていることでし
ょう。
 ここで、第2転換点のイベントが発生し、予想してなかった最大最凶の障害(敵
または課題)が行く手を阻みます。

 パターンBの場合、PC達は努力しますが、どうもうまく前進しません。課題は
解決しないどころか、次々と新たな課題が積み上がってゆきます。状況は悪化して
ゆき、展開部が終わるころにはPC達はどうしようもない窮地に陥っていることで
しょう。
 ここで、第2転換点のイベントが発生し、思わぬところから事態は解決に向かっ
て転がり始めます。

**

 最後の1時間は、「パート3:帰結部」です。

 RPGの場合、たいてい帰結部の全体が「ラストの戦闘」に費やされます。この
戦闘は、多くの場合シナリオ全体のクライマックスになります。

 戦闘であるか否かに関わらず、帰結部は常にハイスピードで処理します。プレー
ヤーにゆっくり考える時間を与えてはいけません。次々と事態を展開させ、ラスト
に向けて滝の勢いでぐいぐいと引っ張ってゆきます。

 思わぬどんでん返し、鮮やかな形勢逆転、次から次へと明らかになる真相、襲い
くる危機また危機、緊迫する時間制限(あと5分で大爆発だっ)、そしてラスボス
との対決・・・。

**

 これが、シナリオの最も基本となる構成です。どんなシナリオでも、だいたい全
てこの構成で処理することが出来ます。ぜひ、このハリウッド構成を身につけて下
さい。


2.3 シナリオの構造化(ステップ3)

2.3.2 シナリオウェブ

 基本ストーリーをハリウッド構成にしたら、各パートをさらに細かい処理単位で
ある「シーン」に分解してゆきます。「シーン」は、何らかの意味で独立した場面
であり、マスターリング処理の最小単位となるものです。

 ダンジョンなら、各部屋や廊下など壁で囲まれた1つの場所をそのまま1対1に
シーンにすればよいでしょう。

 捜査物シナリオなら、例えば「殺人現場の検証」「現場付近の聞き込み」「被害
者の自宅を捜査」「容疑者Aとの会話」といったシーンに分けられるでしょう。

 軍事シナリオなら、例えば「ブリーフィング(作戦指令説明)」「兵員輸送ヘリ
の中で」「パラシュート降下!」「着地点での遭遇」「偵察、そして待ち伏せ」と
いった感じのシーンが作れるかも知れません。

 いずれにせよ、ゲームマスターは自分が処理しやすいと思うようにシーンを定義
して下さい。

**

 各パートをシーンに分解したら、さらにステップ2の「課題」のところで列挙し
た「各課題に対する、主人公が採用したのとは別の解決手段」を調べて下さい。
 そして、それぞれ「その解決手段を採用するとしたら必要になる新たなシーン」
があれば、追加します。

 無理にシーンを増やす必要はありません。「容疑者Aとの会話」「参考人Bとの
会話」「近所の住民Cとの会話」といった具合にシーンを増やしても処理が面倒な
だけで意味はありません。こういう場合は「聞き込み調査」という1つのシーンを
用意して、必要に応じてそのシーンに登場するNPCを変える、というように考え
て下さい。

 他にも、「インターネットで情報検索」「図書館で過去の新聞記事を調査」「F
BIの犯罪ファイルを閲覧」といったようにシーンを分けてはいけません。「情報
収集」というシーンにまとめ、そのシーンで情報収集に使われる手段を変える、と
いうようにします。

**

 こうして、基本ストーリーを「シーン」という最小処理単位まで分解し終えたら、
次にシーン間を接続してゆきます。このシーン間の方向性のある接続を「リンク」
と呼ぶことにし、シーン間をリンクで接続することを「リンクを張る」と呼ぶこと
にしましょう。

 基本ストーリーの導入部を、ABCDという4つのシーンに分割したとします。
まずは、これらの間に基本ストーリー通りのリンクを張りましょう。リンクは矢印
で表します。すると、シナリオの導入部は次のようになるでしょう。

  A→B→C→D

 プレーヤーの意志決定(PCの行動)によって事態の進展が変わり、新しいシー
ンEFGが追加されるのなら、次のようになるかも知れません。

  A→B→C→D  とか  A→B→C→D  とか  A→B →C→D
    ↓            ↓ ↑          ↓↑
    E→F          E→F         E、F、G:任意

**

 一番左のチャートは、シーンBでの処理によっては、次にCでなく別のシーンで
あるEに移り、次にシーンFへ進むということを表しています。つまりプレーヤー
の意志決定によっては、ABCDではなくABEFというストーリーが生まれるわ
けです。

 真ん中のチャートは、シーンBでの処理によっては、シーンEFという「脇道」
を通ってから、次のシーンCに進むという構成です。

 右のチャートは、シーンBで可能な選択肢が色々とあり、それぞれ対応するシー
ンがE、F、Gと用意されているというものです。これらの1つ、あるいは複数個
を通ってから、結局はシーンBに戻り、それからシーンCに進むわけです。
 なお、E、F、Gのところに「任意」と書かれているのは、E、F、Gはどれか
1つを通ってもよいし、いくつか連続して通ってもよい、順序は重要ではない、と
いう意味です。

 もちろん、ここに示したのは単なる例です。他にも色々なチャートがあり得るで
しょう。

 いずれにしても、各リンクにはそれぞれ「どのような条件で」そのリンクが使わ
れるかを明確にしておかなければなりません。
 例えば「まず現場検証を行うなら、このリンク」とか「移動しないで敵を待ち伏
せすることに決めたなら、このリンク」という具合です。

**

 今や、3つのパートは、それぞれ相互にリンクされた複数のシーンから成る構造
体と化したはずです。これを「シナリオウェブ」と呼ぶことにしましょう。

 ここに至って、ステップ1で作った一本道の基本ストーリーはついに解体され、
代わりに網の目のような構造体、シナリオウェブが誕生しました。これが、シナリ
オの最終形態です。

 シナリオウェブをよく見直して下さい。プレーヤーの意志決定によっては、ある
シーンAから別のシーンFに移動することが出来ると思えば、AからFへリンクを
張って下さい。そして、そのリンクについて「シーンAでどのような行動をとれば
このリンクが使われるのか」を明確にするのです。

 ただし、複雑すぎるシナリオウェブは避けて下さい。一目でシナリオ全体の構造
が把握できることが大切です。ごちゃごちゃ入り組んだ複雑怪奇なシナリオウェブ
では、マスターリングの役に立ちません。

 そういう観点からも、パート間にまたがってリンクを張るのは避けて下さい。
 例えば、導入部から、第1転換点を経由しないで展開部のシーンに飛んだり、あ
るいは展開部のシーンから導入部のシーンに戻ったりしてはいけません。

**

 インターネットに詳しい方なら、シーンを「WWWページ」、リンクはそのまま
「リンク」、そしてシナリオウェブをWWW(ワールドワイドウェブ)に読み変え
てみて下さい。

 ご存じの通り、WWWでは、あるページから別のページへとリンクを通って移動
できます。どのリンクを選ぶかによって、移動先のページは変わります。

 確かにページ間の接続関係はリンクの張り方によってある程度は制限されていま
すが、少なくともページを順番に読まなければならない古典的な書物とは、読み手
の意志によって読むページや、その順番が変わるという点で決定的に異なっていま
す。(これがハイパーテキストという考え方です)

 RPGのセッションも同じことです。それは固定されたストーリーを鑑賞するも
のではありません。プレーヤーの意志決定により事態の進展が変わってゆくゲーム
なのです。
 ですから、RPGのシナリオは、固定的なストーリーの流れを順番に記述してゆ
くという書物の構造ではなく、シナリオウェブという構造をとることが必要になる
のです。

 こうして、我々はついにシナリオからストーリーを追放する(ストーリーを解体
する)ことが出来ました。

**

 シナリオウェブという構造体は、最初は難しく見えるかも知れません。
 しかし、これは次の点でマスターリングと相性がよく、慣れれば非常に便利なも
のなのです。

  ・ストーリーの分岐、シナリオ全体における各シーンの位置づけ、各シーン間
   の関係などが、一目で把握できる。

  ・各シーンのアドリブ変更や、予期せぬハプニングを、他のシーンやシナリオ
   全体の構造に影響しないように処理できる。

  ・あるシーンを処理しているときは、そのシーンに関して記述した紙だけを見
   ていればマスターリング可能で、リンクを通って移動するまでは他のシーン
   については考えなくてよい。

 各シーンにそれぞれ1枚の紙を割り当て、ある紙には1つのシーンについて事前
に考えたことと、そのシーンから出るリンクについてだけ記述して下さい。

 こうすることで、ゲームマスターはどの時点でも1枚の紙を手にマスターリング
することが出来ます。プレーヤーが予期せぬ行動を申告しても、慌てることなく、
そのシーン内で処理するか、適切なリンクを1つ選んで別のシーンに移動するか、
それを決定すれば良いのです。

 シーン間を移動するなら、移動先のシーンに相当する紙を手に取ります。そこに
は、そのシーンに関して事前に決めておいた情報が全て書かれているというわけで
す。何という安心感でしょう。

 これで、「パニックに陥って、考えてもいなかった展開を思いつきで出して破綻
してゆく」という悪夢は避けられます。

**

 シナリオウェブは、あらゆるシナリオをダンジョンと同じくらい容易にマスター
リングできるようにしてしまいます。

 そもそも、ダンジョンはどうしてマスターリングし易いのでしょうか。

 理由の1つは、ダンジョン全体の構造を見ることが出来るので、展開について心
配しなくてよいということです。PC達がどのドアを開ければ、どの部屋に出るか
は、マップを見れば一目瞭然で、悩んだりとっさに決めたりする必要がありません。

 もう1つの理由は、ゲームマスターがダンジョンの各部屋で起こる出来事に意識
を集中できることです。ある部屋での出来事を処理している間は、他の部屋につい
て考えなくてよいということです。

 シナリオウェブ全体の構造は、ダンジョンの構造と同じく一目で確認できます。
ですから、展開について心配する必要はありません。PC達がどのように行動しよ
うと、シーンからシーンへ移動しているだけだと考えるのです。
 あるシーンを処理している間は、他のシーンについて考える必要がないというの
も、ダンジョンの部屋と同じことです。

 ところが、プレーヤーはシナリオウェブ構造体を見ることは出来ません。ダンジ
ョンの壁や天井と違って、シーンやリンクは見ることも触ることも出来ません。

 ですから、プレーヤーは自由に行動していると錯覚します。実際は、ゲームマス
ターがあらかじめ用意したいくつかのシーン間をうろついているだけで、その意味
ではダンジョン内の各部屋を探索しているのと変わらないのですが、これを意識す
るプレーヤーはまずいません。

 こうして、プレーヤーの意志決定を尊重し、ゲームバランスを保ち、それでいて
事態の展開をゲームマスターが制御できる範囲に止めることが可能になるのです。


2.4 データや設定の準備(ステップ4)

2.4.1 マップ

 ステップ3までの作業で、シナリオ作成も山を越えました。
 後は、ステップ3で作ったシナリオウェブを紙に書いてゆくと共に、必要なデー
タや設定を準備するだけです。これがステップ4です。

 まず、各シーンに分かりやすい名前、例えば「待ち伏せだっ」とか「敵のアジト
を探索」といった名前を付けます。そして、1枚の紙にシーン間の接続関係を表記
して下さい。「敵のアジトを探索」→「待ち伏せだっ」といった具合です。

 この1枚の紙を見れば、シナリオウェブ全体の構造が一目で分かるように工夫し
ましょう。

 続いて、各シーンについてそれぞれ1枚の紙を用意します。この紙に、まず表題
として大きくシーン名を書いて、それからこのシーンに関する全ての情報を書いて
ゆきます。

**

 紙がもったいないならといって、1枚の紙に複数シーンの情報を記載するのは止
めた方がいいでしょう。なぜなら、セッション中に「えーと、”敵のアジト探索”
シーンはどこだ」とか必要なシーンを探すときに、「1枚に1シーン記載」という
原則があれば安心して探せるし、見つけやすいからです。

 1枚の紙に複数シーンを、あるいは表と裏で別のシーンを書いたとしましょう。
セッション中のゲームマスターの頭はパニック状態ですから、わけが分からなくな
る恐れがあります。

 必要なシーンが見つからないっ、とうろたえてフォルダーをかき回していたら、
実は必要なシーンは手に持っている紙の裏に書かれていた。こんな事態を招かない
よう、「1枚=1シーン」の原則を守りましょう。

**

 各シーンに対応する紙を用意するときに念頭に置いてほしいもう1つの原則は、
「1枚完結」の原則です。

 例えば、重要なNPCはたいてい複数のシーンに登場しますから、シーン対応の
紙とは別に「NPCリスト」といった形で別の紙にデータをまとめてしまいたくな
ります。しかし、これもセッション中のパニックを誘発、増大させる危険をはらん
でいます。

 あるシーンに対応する紙を手にしてセッションを進めているとき、そのシーンに
登場するNPCのデータが急に必要になったとして、慌ててNPCリストの紙を探
さなければならないというのは、マスターリングをひどく困難にします。

 この問題を避けるには、各シーン対応の紙にそれぞれそのシーンで登場するNP
Cのデータを必ず書くことにすればよいのです。
 何枚もの紙に同じデータを記載するのは紙の無駄のような気がするかも知れませ
んが、あえてこのようにして下さい。ワープロやエディタを使えば、同じデータを
複数のページにコピーするのは容易でしょう。

 NPCだけでなく、あらゆるデータ、情報について同じように「あるシーンで必
要になる情報は、たとえ他のシーンと共通であっても、必ずそのシーンに対応する
紙に記載する」という原則を守りましょう。
 これが、「1枚完結」の原則です。

 1枚完結の原則を守っていると、セッション中に、どのシーンを処理していると
きでも、「手に持っている1枚の紙に必要な情報は全て書かれている」と確信する
ことが出来ます。これがいかに心強いことかは、実際に経験してみると身に染みて
よく分かるはずです。

**

 具体的にどんな情報が必要になるかは、RPGシステムやシナリオによって大き
く異なるため、一般論を示すことは困難です。

 そこで、本講座では、「マップ」および「NPC」という2つの項目についてだ
け解説することにします。それ以外の情報についても、同じように考えて、準備し
て下さい。

 まず今回は、マップの準備です。

**

 マップ(地図)の必要性はRPGシステムやシナリオの内容によって様々です。
 しかし、どんなRPGでも、少なくとも探索や戦闘が行われる場所については、
マップを用意しておいた方がよいでしょう。
 マップは戦闘解決のためにしか使わないという人もいるようですが、使い方を工
夫すればマップは非常に有益な道具となります。

 酒場のシーンで、単に「君達は酒場にいる」と言うよりは、ごく簡単でよいから
酒場のマップを用意しておき、「どの席に座るかね」と尋ねた方が雰囲気が出るで
しょう。

 誰かを尾行したり尾行されたりするシーンでは、単に「追跡スキルで3回振る」
という処理よりも、もっともらしく道路を書いて曲がり角や電信柱や駐車している
車などを配置して「この陰に隠れて様子を見る」とか「この角をわざと曲がらずに
真っ直ぐ進む」といった具合に行動申告させ、その申告に応じて判定を行った方が
良いに違いありません。

**

 では、マップを用意しましょう。

 まず文房具店に行って、Project Paper というのを探してみて下さい。正方形の
マス目が薄く印刷されている紙です。もともとフリーハンドで図表を書くためにあ
る用紙で、100枚くらいがセットになっています。1枚づつ自由にペリペリと切
り離せるようになっているはずです。
 見つからなければ、グラフを書くための方眼紙でも構いません。

 次に縮尺を決めます。例えば、屋内マップなら1cmを1mにするとよいでしょう。
屋外マップなら、1cm=10mくらいが適当でしょう。RPGシステムによっては
推奨する縮尺を決めている場合もあります。そういうRPGをプレイする場合は、
それに合わせます。

 マス目の境界線に沿って大枠を書いてゆきます。屋内マップなら、まずは建物全
体の形を書いて、内部を壁で区切ってゆき、部屋や廊下を作ります。それからドア
を記入しましょう。ドアを示す記号は、ドアがどちら側に開くのか(それともスラ
イド式か)が一目で分かるように工夫して下さい。
 窓、階段、エレベータなどを記入するのも忘れないで下さい。

 続いて、大きな家具を配置してゆきます。なるべくマス目に沿って置く方がよい
でしょう。なぜなら、戦闘時には射線が通るか否かといったことが問題になること
が多いからです。
 なお、ファンタジーRPGシステムでも、「視線が通らないと魔法はかけられな
い」と規定してあるなら、視線が通るかどうかを判断する必要が生じます。

 2階や地下など他の階のマップも書く場合、なるべく別の紙に書きます。このと
き、階段の位置などの対応関係に注意して下さい。1階に上り階段があれば、2階
の対応する場所に下り階段が必要です。居間に暖炉があれば、上の階の対応する場
所には、煙突が通ってないとまずいでしょう。

**

 実際のセッションにおいて、戦闘や探索が行われる場合など、プレーヤーに対し
てマップ全体を見せてはならないケースがあります。

 こういう場合は、シナリオ作成時に用意したマップを、マスタースクリーンの陰
か何かに隠してプレーヤーから見えないようにします。そして、準備したマップを
記載しているのと同じProject Paper (または方眼紙)をプレーヤーの前に置いて、
手持ちのマップを見ながら、PCから見えるであろう部分だけを手で描いてゆくの
です。(この手書きマップ上にミニチュアフィギュアやコマを置くというのも、良
い考えです)

**

 マップを素早く用意するコツは、普段から色々な場所の見取り図を集めておくこ
とです。

 文房具店に行って、ファイルバインダを買ってきます。A4の大きさで、紙に穴
を開けずに透明な袋に入れて、どんどんとじることが出来る製品が良いでしょう。
そして、色々な資料を当たって、マップや見取り図を見つければ、すぐコピーを取
ってここにファイリングしてゆくのです。

 1996年11月現在、私が持っているRPG関連資料のうちマップや見取り図
が充実しているものを並べてみると、次のようになります。
 特に最初の"Milennium's End:GMs Companion" は多数の実用的なマップが収録さ
れており、強くお勧めできます。

 Milennium's End:GMs Companion    Chameleon Eclectic Entertainment
 (ISBN 0-9628748-7-6)

 Twilight:2000 2nd Edition      GDW
 (ISBN 1-55878-070-X)

 SPRAWL SITES            FASA
 (ISBN 1-55560-119-7)

 RPGシティブック         社会思想社
 (ISBN 4-390-11503-0)

**

 RPG以外では、不動産や賃貸住宅の情報誌を購入して、住居や店舗の見取り図
を切り抜いて保存するとよいでしょう。

 他にも、博物館、美術館、水族館、動物園、庭園などを訪れたときに貰えるパン
フレットを捨てないで下さい。ここには、これらの施設の簡単なマップや見取り図
が載っています。切り取って保存です。

 観光ガイドブックの類も、マップの宝庫です。必要なくなったガイドブックから
マップを切り取って保存しましょう。

 身近な場所については、機会を見つけて自分でマップや見取り図を描いて、それ
も同じように保存します。このために、見取り図を描くための手帳を用意して、ど
こに行くときもその手帳を持ち歩くようにしましょう。

 喫茶店でコーヒーを飲んでいる間に、その喫茶店の店内概略図を手帳にメモ。
 駅で電車を待っている間に、ホームのマップを手帳にメモ。
 映画館で上映時間を待っている間に、映画館の見取り図を手帳にメモ。
 学校、職場、駅前広場、コンビニ、病院の待合室、銀行のロビー、・・・。
 いつでもどこでも、手が空いたら手帳を取り出して、周囲の見取り図を記入して
下さい。

 そして、定期的に手帳のページを切り取って、ファイルに保存するのです。

**

 このようにして集めたマップや見取り図を、分類整理しましょう。
 例えば、オフィス、酒場、商店、コンビニ、ホテル、倉庫、病院というように、
場所毎に分類して、別のフォルダに入れ直すのです。

 何だか面倒に思えるかも知れませんが、いざ実際にシナリオを作るときに、この
ファイルはものすごく役立ちます。酒場のマップが必要なら、酒場に対応するフォ
ルダを取り出せばよいのです。
 居酒屋の宣伝パンフレットから切り取った見取り図とか、実際に酒場で手帳にメ
モした見取り図とか、不動産関連の雑誌からコピーしたバーやスナックの見取り図
とか、そういった酒場に関係するマップや見取り図がぞろぞろ出てくるでしょう。

 後は、規模や雰囲気などシナリオにふさわしい見取り図を選んで、それを元にし
てマップを書けばよいのです。

**

 マップは必ずしも正確である必要はありません。RPGのセッションにおいて必
要になるのは、正確なマップではなく、もっともらしいマップなのです。

 普段から見取り図を書くために色々な場所を観察することに慣れておけば、セッ
ション中にアドリブでマップを書く必要が生じたときにも、何となくもっともらし
い図が書けるようになるものです。


2.4 データや設定の準備(ステップ4)

2.4.2 NPC

 セッションを動かし、その流れを制御する上で最も有効なツール。それがNPC
です。ゲームマスターたるもの、押し、引き、誤誘導、演出など、セッションハン
ドリングのあらゆる面に渡って、NPCを最大限活用できなければなりません。

 NPCの言動の多くはアドリブ処理ですが、適切にアドリブ処理が出来るために
は事前の準備が必要です。そのNPCはなぜそこにいるのか、彼または彼女は何者
なのか、何を狙ってPC達に関わるのか、そしてゲームマスターは彼または彼女を
使ってどのようにセッションを制御するつもりなのか。

**

 便宜上、NPCを次のように分類することにしましょう。そして、この分類毎に
必要となる設定やデータについて示すことにします。

 1.傍観者     2.敵      3.味方
   ・エキストラ    ・邪魔者     ・同行者
   ・依頼人      ・敵対者     ・救援者
   ・援助者

**

1.傍観者:エキストラ、依頼人、援助者

 傍観者グループに属するNPCは、原則として特定のシーンにだけ登場し、自分
の出番を終えると、それ以上はセッションに関わってこない役割です。

 「エキストラ」は、何の重要性もない、単なる背景に過ぎません。店員、車掌、
ホテルボーイ、村人、通行人、群衆などがエキストラです。兵士やボディガード達
も、特に戦闘の予定がないシーンに登場するときはエキストラとして扱うべきです。

 エキストラに関しては、何も準備する必要はありません。セッション中に、その
場その場で、場面にふさわしいと思える人物を出せばよいのです。

**

 「依頼人」は、PC達にミッションを依頼する役割です。

 ストレートにPCに仕事を依頼するケースもありますし、PCに助けを求めてく
るケースもあります。NPCが困っているところに、PCの方から声をかけてくる
ケース(実際にはゲームマスターが誘導するのですが)もあるでしょう。
 いずれにせよ、「依頼人」の役割は、PC達にゲーム要素である「目標」を与え
ることにあります。

 依頼人に関しては、動機(なぜPC達にミッションを依頼するのか、その理由)
外見、話し方などを決めておく必要があります。多くの場合、細かいデータまで用
意する必要はありません。データが必要になれば、その場で適当に決めましょう。

 依頼人を用意する上で気をつけなければならないのは、PC達(というかプレー
ヤー達)に与えたい印象を決めて、それに外見や話し方を合わせることです。

 頼もしく信頼感のある好漢。可愛くけなげでで誰もが守ってあげたくなるような
美少女。露出過剰でちょっと危ない魅力のねーちゃん。傲慢で嫌な奴だが金に気前
がよさそうな中年男。恐るべき天才的な頭脳と冷たい目を持った少年。ややボケて
いて偏屈で周囲に迷惑かけまくりだがどこか憎めない奇妙な老人・・・。

 与えたい印象によって、最も適切な依頼人を選んで下さい。

**

「援助者」は、PC達が必要としている情報やアイテムを与えてくれる役割です。
PC達は、彼または彼女の元を訪れ、あるいは故意または偶然に遭遇し、課題の解
決に必要な情報やアイテムを渡してもらうのです。

 援助者に関しては、動機(なぜPC達を援助するのか、その理由)、外見、話し
方、性格を決めておく必要があります。細かいデータは不要でしょう。

 援助者については、可能な限り印象的な個性を持たせましょう。

 彼または彼女は、PC達に援助を与えるだけで、原則としてその後はセッション
進行に関わってきません。ですから、個性的な、ユニークなキャラクターにしても
後腐れがありません。安心して変人を出しましょう。

 例えば、「偏執狂」な援助者を考えてみましょう。
 彼または彼女は、何かに異常にこだわります。PC達の話をちっとも聞かないで
えんえんと自分の関心事についてしゃべり続けます。PC達がこの話題について褒
めたり、興味を示したふりをすると、有頂天になって「君はみどころがある。私と
共に何々の道をきわめようではないか」などと言いだすのです。

 この援助者から情報を聞き出すという課題は、困難であると元に、セッションに
ユーモラスな演出を与えてくれるに違いありません。

**

2.敵:邪魔者、敵対者

 敵グループに属するNPCは、PC達の目標達成を妨げるように行動します。彼
または彼女の言動により、PC達に「障害」が与えられるのです。

 「邪魔者」は、別にPC達に恨みがあるわけではないのですが、とにかく邪魔に
なったり、足手まといになったりする役割です。
 彼または彼女は、臆病だったり頑固だったり、事なかれ主義だったり妙な信念を
持ってたりして、よかれと信じてPC達の邪魔をするのです。

 邪魔者に関しては、邪魔の手段と動機(どのように邪魔するのか、どうしてか)、
外見、話し方、性格を決めておく必要があります。PCと交渉するときのために、
対人関係のデータ(説得、魅了、贈賄などの目標値を決めるのに必要なデータ)を
用意しておくべきです。

 PC達が「邪魔者」に敵意を持ったり攻撃したりするような事態は避けるべきで
す。そこで、邪魔者については「確かに邪魔だが、憎めない奴」にすることが大切
になります。

 そのためにも、邪魔者を悪人にしないで下さい。
 自分の職務に忠実(何と言われても規則で決まっていることですから)だったり、
勇気や信念で行動したり(ここには女子供もいるんだ。武器を持った奴を通すわけ
にはいかねえ)、信心深かったり(おお、それを教えればあなた方は恐ろしい罪を
おかすことになるでしょう。教えるわけには参りません)、といった理由で邪魔者
になるようにして下さい。

 次に、妙な人間臭さや律儀さを付けて下さい。
 「PCの邪魔をしつつも、夕方5時になった途端に帰宅してしまう」「娘の話を
始めると親馬鹿まるだし」「手続きや形式に異様にこだわってPC達の邪魔をして
いたが、自分の仕事に手続きミスを見つけ、どん底まで落ち込んで、いきなり辞職
してしまう」

 さらに、邪魔者だと思っていたNPCが、「敵」によって殺される(もっとよい
のは、PCをかばって犠牲になる)とか、「敵」の非道ぶりを見てPCの味方にな
る、という展開も味があります。

**

 「敵」についてはステップ2で用意したはずです。NPCとしては、動機、外見、
話し方(もしPCと会話する可能性があるなら)、そして戦闘を解決できるだけの
細かいデータを用意します。

 敵の動機としては「狂信」「誤った信念」「世間知らず」「冷酷なサディスト」
「権力欲」「上の命令に盲目的に従う、想像力が欠如した奴」など、まあありがち
な悪人のパターンを踏んでおけばよいでしょう。

「いや、私は人間の心の弱さが社会の暗部で階級闘争の歪んだ幼児期があれこれす
るという文学的な悪人を描きたいのであって・・・」というのは止めましょう。
 敵は単純な方が、話が分かりやすくて良いのです。動機も性格も単純にしておき、
演じるときには少々オーバーにやって丁度よいくらいでしょう。

 かっこいい敵、というのも、定番ですが、効果的です。かっこいいセリフと共に
登場し、捕らえたPCを前に燃える野望を語り、愛用の品に固執し、最後は自分の
プライドを守るために死んでゆく、といった具合です。

 かっこいい敵を出すときのコツは、極めて有能なのに妙なところが抜けていると
か、愛妻家であるとか、女性恐怖症であるとか、興奮すると田舎なまりが出るとか、
ハムスターを飼っているとか、何らかの意味で「外した」ポイントを1つ用意して
おくことです。

 ここら辺の「キャラクターを立てる」コツは、漫画などのエンターティメント作
品に目を通して、身につけて下さい。ゲームマスターとして上達したければ、可能
な限り多くのエンターティメント作品に触れ、そこから学ばなければなりません。

**

3.味方:同行者、救援者

 味方グループに属するNPCは、何らかの理由でPCの目標達成を願っており、
PCが困ったときには助けてくれます。味方グループのNPCは、PC達の行動を
押しや引きによって制御したり、崩れかけたゲームバランスを回復するために使え
る強力なツールです。

 味方グループのNPCに関しては、動機、外見、話し方、細かいデータを用意し
て下さい。

**

 「同行者」は、PC達と行動を共にし、あれこれ助言したり協力したりします。
彼または彼女の役割は、要するにゲームマスターがPCの行動に介入したいと思っ
たときに、ゲームマスターの代わりにそれを実行することにあります。

 可能な限りシナリオには同行者を出して下さい。

 同行者を出す方法はいくらでもあります。
 「依頼人」をそのままPC達に同行させてもよいし、「援助者」がPC達につい
てくることにしてもよいでしょう。何らかの理由(例:監視のため、規則のため、
権力を見せびらかすため)で「邪魔者」が同行者になるというシナリオも可能です。

 ゲームマスターにとって同行者の存在は非常に便利です。彼または彼女はゲーム
マスターの代理人として機能します。
 PCに対して何か言いたければ、同行者に言わせればよいのです。PCの行動を
止めたり、誘導したりしたければ、同行者にやらせればよいのです。
 同行者の存在によって、ゲームマスターはセッションを細かく制御できるのです。

**

 映画や小説で最も古くから使われてきた「同行者」は、主人公と行動を共にする
美女です。これは大抵のRPGで使えるお勧めのNPCです。

 彼女は、聡明ですが勝気でわがままで、決して中身を見せようとしないバッグを
持っていて、何か隠された事情があることをほのめかす言動を取ります。

 実は、バッグの中身や隠された事情については、ゲームマスターも知らないので
す。しかし、プレーヤーは「何か設定があるに違いない」と信じて頭をひねること
でしょう。多少の謎はプレーヤーをシナリオに引き込むのに有効です。

 彼女の役目は、必要なときにPC達の行動を誘導することです。

 「聡明」なのは、PC達が何か重要なことを見落としていたり気づかなかったり
したときに、それを彼女が指摘しても不自然でないようにするためです。
 「勝気でわがまま」なのは、PC達の行動に反対したり、逆にある行動をとるこ
とを強行に主張することを自然に行うためです。

 「中身を見せないバッグ」を持っているのは、必要な装備や現金がないときに彼
女がバッグを開けてそれを取り出すことが出来るようにするためです。
 「何か隠された事情がある」ように見えるのは、必要な情報や技能がないときに
彼女がそれを持っている理由を「実は・・・」と説明できるようにするためです。
 また彼女が不自然な行動(もちろん、PC達の行動を誘導するために必要だった
のです)をとったときに、その理由を「実は・・・」と説明できるようにするため
でもあります。

 このように慎重に設定した同行者をPC達のパーティに紛れ込ませれば、PC達
をゲームマスターの思うがままに操ることも可能になるのです。

**

 「救援者」は、PC達が何かへまをやらかして、あるいは極端にダイス運が悪く
て、窮地に陥ったときに、さっそうと登場して助ける役割です。

 もちろん、PC達が窮地に陥ったからといって必ず助けなければならないという
ものではありません。特に、助けてはゲームバランスが崩れると判断したら、その
まま見殺しにすることも必要です。しかし、助けるべきだと判断した場合には、た
めらうことなく、救援者を登場させて下さい。

 救援者を出すときのコツは、あらかじめシナリオの最初の方で伏線として登場さ
せておくことです。窮地に陥ってからいきなり救援者を登場させたのでは、いかに
もご都合主義に見えてしまい、プレーヤーを白けさせてしまうかも知れません。

**

 例えば、シナリオの導入部で、謎の人物が登場して、怪しげな予言、あるいは何
か助言めいたことを言ってから姿を消したとしましょう。きっとプレーヤーは「あ
れは何者だったんだろう」と気にするはずです。

 実は、ゲームマスターも彼の正体を知りません。何も考えていません。ただ、後
から使えそうな伏線はとりあえず張っておく、というマスターリングの原則に従っ
ただけなのです。これは熟練ゲームマスターの習慣といってよいでしょう。

 そして、PC達が窮地に陥ったところで、ゲームマスターはとっさの思いつきで
その人物を再登場させ、PC達を救います。そして、彼または彼女の正体が明かさ
れるのです。(むろん、ゲームマスターはその場で状況に合わせてもっともらしい
正体を考えるのです)

 お分かりの通り、結局はその場の思いつき、ご都合主義に過ぎません。しかし、
人間は「以前のあのシーンは、実は伏線だった!」と言われるとなぜか感心すると
いう不思議な性質を持っています。これを利用しない手はありません。

 というわけで、シナリオの導入部には、必ず「後から伏線として使えるかも知れ
ない謎めいた出来事、人物」を登場させるようにして下さい。

**

 NPCを、その役割によって分類して、それぞれ必要な準備を説明しました。

 以上は、NPCがセッション進行の上で果たす役割によって分類したものです。
ですから、同じNPCが異なる役割を持って何度か登場する場合、彼または彼女は
それぞれ異なる分類に属することになります。

 例えば、最初は「エキストラ」として登場した人物が、PCに仕事を依頼すると
「依頼人」になり、そのままPCに同行して「同行者」、途中で有益な情報を教え
て「援助者」、そして最後にPC達を裏切って「敵対者」になる、というケースを
考えてみましょう。

 この同じ人物はシーン毎に異なる役割を持って登場することになり、したがって
それぞれの役割ごとに設定やデータが必要になります。もちろん、同一人物ですか
ら、それぞれの役割ごとの設定やデータは矛盾してはなりません。

**

 最後に、NPCの名前を用意します。

 まず、マップのところでも推奨しましたが、やはり次の資料はお勧めです。

 Milennium's End:GMs Companion    Chameleon Eclectic Entertainment
 (ISBN 0-9628748-7-6)

 ここには、国籍別、男女別に分類された姓と名がリストアップされています。
 国籍別、男女別というのが便利で、「フランス風の姓」「スペイン風の男の名」
「アングロサクソン風の女の名」いった具合に分類され表になっているので、さっ
と適当な姓と名を選んで組み合わせるだけで、簡単に氏名を作り出すことが出来ま
す。この資料があれば、二度とNPCの名前に困ることはありません。

**

 この資料が手元にない場合、「文庫解説目録」を使うとよいでしょう。

 「ハヤカワ文庫:解説目録」とか「創元推理文庫:解説目録」というのが、書店
で無料で手に入りますね。あれの海外作家名の索引を見ると、ずらーっと海外作家
の姓名がアイウエオ順に並んでいます。

 アーヴィング(ディヴィッド)、アイゼンシュタイン(フィリス)、
 アイリッシュ(ウイリアム)、アシモフ(アイザック)・・・という具合です。

 このリストから適当に性と名を取り出して組み合わせれば、いくらでもNPCの
名前が出来ます。

**

 こうして氏名を量産し、主要NPCに割り当ててゆきます。名前のイメージと本人
のイメージが合うように気をつけましょう。

 さらに、あと20くらい氏名を作って、紙にメモしておきましょう。とっさに名前
が必要になったときに、上から順番に使ってゆくのです。


[第2章を終えるに当たって]

 第2章では、シナリオ作成の方法を解説しました。

 これで、皆さんはシナリオを作るための方法論を会得したわけです。後は練習あ
るのみです。どんどんシナリオを作りましょう。
 作ったシナリオは、実際にプレイしてみて下さい。きっと不備な点が見つかるに
違いありません。そうしたら、次に作るシナリオではその点を改善します。

 シナリオがきちんと出来ていれば、自然とセッション・ハンドリングもうまくゆ
くようになります。そうすれば、マスターリングの上達は約束されたようなもので
しょう。

**

 シナリオがうまく作れるようになれば、さらに高みを目指して下さい。具体的に
は、ゲーム要素としての「目的」「制限」「障害」を高度なものにしてゆくのです。
どうすればよいかは、第2章のステップ2の解説をよく読んで、考えて下さい。私
が現時点で持っている限りのヒントは全て書いておきました。

 RPGが内包している無限の可能性は、まさにここにあります。それはゲームと
して不完全でありながら、いや不完全であるがゆえに、ゲームマスターが補完する
ことでいくらでも優れたゲームにすることが出来るのです。

 RPGシステムの進歩(第1章)、そしてそれを元にゲームマスターがデザイン
するゲーム(つまりシナリオ)の高度化(第2章)、これらが連動することで、R
PGは限りなく進化してゆくことが出来るのです。

 これがチャレンジブルな(挑戦に値する)ことでなくて何でしょうか。

**

 プレーヤー同士の会話が楽しい、キャラクターを演ずるのが嬉しい、熱いドラマ
に酔いたい、ノリで騒ぎたい・・・確かにこれらもRPGの「楽しさ」の一部です。
これらに惹かれてRPGを始める人も多いでしょう。

 しかし、これらの「楽しさ」は長続きしません。楽しさだけでは、遅かれ早かれ
飽きがくるのです。最初の頃の「楽しさ」だけでRPGを5年、10年と続けてゆ
くことは無理です。これは強く断言しておきます。

 何にせよ、楽しいだけでは上達しません。上達しなければ、どんなに楽しいこと
でも5年もやっていれば色あせてきます。10年もやれば、誰だって飽きてしまう
でしょう。

 世の中には、RPGよりもっと楽しいことはいくらでもあります。少なくとも、
多くの趣味や娯楽は、楽しむためにRPGのマスターリングほど努力や苦労をしな
くて済むのです。

 「RPGをプレイする理由は、それが楽しいからだ」という言葉には、RPGに
飽きて他の趣味に移ってゆく人を止める力はありません。もう、そういうことを口
にするのは止めましょう。

**

 マスターリングに上達すれば、不完全なゲームであるRPGシステムを材料に、
それが潜在的に持っている可能性を引き出し、優れたゲームにする能力(言い換え
れば、シナリオ作成能力)を高めてゆくことが出来ます。

 第1章に示したように、RPGシステムは、たゆまない進歩を続けています。
(少なくとも米国ではそうです)
 RPGが内包している可能性も限りなく広がりつつあり、したがってその可能性
を引き出す技術(マスターリング)もまた、いくらでも発展できるのです。

 この目も眩む広大な可能性を前にして、どうしてRPGに飽きるなどということ
があり得るでしょうか。

 RPGをプレイすべき真の理由は、それが楽しいからではありません。それが、
挑戦に値するからです。限りなく上達できるからです。そして、何よりも、それが
「ゲーム」だからです。


馬場秀和のマスターリング講座 「第2章 シナリオ作成」 完結


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