『馬場秀和のマスターリング講座』

第3章 セッション・ハンドリング

 本ファイルは、Nifty-Serve のRPGメインフォーラム「マスター/プレイヤー会議室(第16番会議室)」で連載された「馬場秀和のマスターリング講座」のうち、「第3章 セッション・ハンドリング」を加筆・修正の上まとめたものです。
1997年7月  馬場秀和


[全体構成]
  第1章 システム選択
  第2章 シナリオ作成
  第3章 セッション・ハンドリング
  終章  ライフ・アズ・ア・ゲームマスター
  付録  コスティキャンのゲーム論

[頻出略語]
  PC : プレーヤー・キャラクター
  NPC: ノン・プレーヤー・キャラクター


「馬場秀和のマスターリング講座」

第3章 セッション・ハンドリング

         ** 複数の意志決定が相互作用してセッションが形作られる **

[第3章を始めるに当たって]

 RPGシステム選択(第1章)、シナリオ作成(第2章)が終わったところで、
さあ、いよいよセッションを始めましょう。

 システム選択やシナリオ作成はゲームマスターが一人で進める作業ですが、セッ
ションは違います。それは複数のプレーヤーとのインターラクションによって進ん
でゆきます。相手が人間ですから、予期せぬ展開や、思いがけないトラブルに見舞
われることだってあります。だからこそ、セッションは面白いのです。

 実際にRPGセッションを進めてゆくことを「セッション・ハンドリング」と呼
びます。「第3章 セッション・ハンドリング」では、セッションを進めるに当た
ってゲームマスターが心得ておくべきノウハウを解説します。


3.1 タイムスケール管理

3.1.1 時間制限の扱い

 まず最初に、セッションをきびきびとテンポよく進行させるために必要なテクニ
ックである「タイムスケール管理」について解説します。

**

 本講座の第2章では、シナリオに「時間制限」を持ち込むことで、スリルや緊張
感が生まれ、プレイがきびきび進行するようになると申し上げました。

 情け容赦なくじりじりと過ぎてゆく時間、迫るタイムリミット・・・。時間制限
によるサスペンスをうまく活かせば、セッションは緊迫感あふれるものとなるでし
ょう。

 ところが、経験不足のゲームマスターは、しばしば「時間制限を付けさえすれば
それだけで緊迫したセッションになる」と思い込みがちです。

 実際にやってみれば分かりますが、単に「君達は3日以内にある行方不明の人物
を捜し出さなければならない」と言っても、プレーヤー達はちっとも焦ってくれま
せん。
 3日という時間制限がどれくらい厳しいのか、あるいは大して厳しくないのか、
実感としてよく分からないのです。

 で、「どうしようか」と相談を始めてなかなか動こうとしなくなったり、だらだ
らと情報収集を続けたり、思いつきでふらふらと行動したり、とにかく緊迫感のな
いだらけたプレイに流れてしまいがちです。

 戦闘シーンは割とテンポよく、それなりの緊迫感を保ちながら進行してゆくのに、
どうして「情報収集」や「探索」といったシーンではそうならないことが多いので
しょうか?

**

 まず、戦闘シーンの進行について分析してみましょう。

 たいていのRPGでは、戦闘が発生すると、時間をある単位(ターンとかラウン
ドとか呼ばれる)に区切って処理してゆきます。PCは原則として1つの時間単位
に1つの行為(例えば「攻撃する」)しか行うことが出来ません。

 戦闘時にこのように時間を管理するのは、もともとは「同時多発的に発生する行
為の解決順番をきちんと規定する」ことが目的でした。

 しかし、このように「時間をある単位に区切り、その単位時間内では1つの行為
しか行えない」と規定することで、いくつか有益な副作用が発生します。

**

 副作用の1つは、プレーヤーに行動を強制する効果です。

 他のシーンではいわゆる「お地蔵さん」と呼ばれるような「自発的に行動申告を
しないプレーヤー」が、戦闘シーンでだけはダイスを振っている、という光景を見
たことはありませんか。

 これは、戦闘ルールに「敏捷度の順番に行動を解決してゆく」とか何とか行動順
番の規定があるため、嫌でも「自分が行動しないとシーンが先に進まない」ことが
明らかなためでしょう。

 このように、行動を順番に解決するという規定ゆえに、どのプレーヤーも傍観者
になることが許されず、強制的に戦闘に「巻き込まれている」ことになるのです。

 これを「行動の強制」効果と呼んでよいかも知れません。

**

 もう1つの副作用は、プレーヤーに時間制限を実感させ、とるべき行動について
考えるようにしむける効果です。

 例えば「自爆スイッチを止めないと、1分後に基地ごと全員が吹き飛ばされる」
という状況での戦闘シーンを考えてみましょう。

 戦闘シーンの時間単位が、例えば6秒なら、「あと10回の行動で、敵を倒して
自爆スイッチを解除しなければならないんだな」と誰にでもはっきり分かります。

 中には「全力で走って逃げるとして、1回の行動で何々メートル移動できるから、
爆発の有効エリアから出るためには最低3回の全力疾走が必要だな。じゃあ、とり
あえず10回の行動のうち前半5回は攻撃に使って、それまでに敵勢力が半分以上
残っているようなら撤退することにしよう」などと作戦を考える狡猾なプレーヤー
もいるかも知れません。

 いずれにしても、ここで注目してほしいのは、「1分」という時間制限が「10
回の行動」という制限に変わっていることです。

 このように、「時間」という抽象的な制限が、「行動回数」という非常に具体的
な制限に変化することで、プレーヤーが制限を実感できるようになり、また「この
限られた行動回数をどのように使うべきか」という方向で作戦を考えるようになる
のです。

 これは「制限の実感」とでも呼ぶべき効果です。

 戦闘のスリルとサスペンスが盛り上がる理由の一部には、上に述べた2つの効果
があるのです。

**

 さて、これで「3日以内に何かを達成せよ」というシーンをうまく処理する方法
がお分かりのことと思います。

 そう、時間をある単位、例えば8時間単位に区切って、1つの時間単位には1つ
の行動申告しか許さないことにするのです。採用する時間単位が8時間なら、1日
が24時間だとして、1日に3回の行動しかとれなくなります。
 つまり「3日以内に」という制限を、暗黙に「9回以内の行動で」という制限に
変えてしまうわけです。

 そして、1つの時間単位の処理を行う毎に全員の行動を申告させ、それを順番に
処理し、それから次の時間単位の処理に入る、という手順で進めます。こうして、
プレーヤーに行動申告を強制するわけです。

**

 時間単位が8時間、1日に申告できる行動が3回まで、という条件を付けた上で
「3日以内にある行方不明の人物を捜し出さなければならない」という捜索シーン
の進め方を例示してみましょう。

 まず、1日3行動のうち、1行動を「睡眠」に費やすことにします。
 もし、睡眠をとらなければ、睡眠不足(徹夜明け)による大きなペナルティを与
えることにしましょう。(行為の難易度が全て1段階上昇する、とか)

 残りは2行動です。例えば「聞き込み」を1回行うのに、1行動かかることにし
ます。

 「おかしいよ。聞き込みに8時間もかからないはずだ」と文句を言うプレーヤー
がいれば、「いや、これは歩き回ったり、タクシーで移動したり、電話帳を調べた
り、訪れたアパートの管理人に事情を説明したり、疲れて休憩したり、食事したり、
そういった聞き込みに伴って発生するもののゲームとしては省略するあらゆる細か
い出来事を含めているんだ。ゲーム処理としては聞き込み判定でダイスを1回振る
だけだけど、実際には8時間くらいは当然かかる」などと説明して下さい。

 また、都市から都市へ移動するなら、移動時間を「往復で1行動分」などと決め
ます。
 「片道4時間もかからないはずだ」と(例によって)文句を言われれば「いや、
始めて訪れた街で交通機関を使おうとすると、信じられないくらい時間を浪費する
ものなんだ。バス路線を間違えたり、電車の連絡が悪くて乗換に1時間くらい空費
したり、空港で予約をとろうとすると満席でない便は4時間後だったり。こういっ
たトラブルの類を全部含めて、往復8時間でよいと言ってるんだ」などと、慣れた
ゲームマスターなら簡単に言いくるめられるでしょう。

 さらに、何らかの判定に成功する度に「よし、手掛かりがつかめた。彼が潜伏し
ていると思われるのは都市Zだな。さあ、次に判定に成功すれば彼がどのあたりに
住んでいるか見当をつけることが出来るぞ」という具合に、判定に成功する度に1
段階づつ目的達成に近づいていることを示すのです。

**

 さあ、よく考えてみましょう。

 1日のうち、行方不明の人物の捜索に費やせるのは2行動分だけ。しかも都市か
ら都市へ移動すると、移動だけで1行動が費されるのです。

 すると、「3日以内に」という制限は、いきなり「ダイス4〜5回を振るうちに」
というものすごく具体的な制限になります。また、捜索がどこまで進んでいるのか
という定量的な情報(目的の人物が住んでいる町まで特定できた。あと1回の判定
に成功すれば発見できる、など)も与えられます。

 こうなれば、プレーヤーは真剣に考え始めるでしょう。ダイスを振れる回数と、
目的を達成するまでにあと何回くらい「判定に成功」することが必要か、これらが
明確になったからです。

 たぶん「手分けして聞き込みだ。なるべく移動を最小限にするには、まず僕が今
いる都市の警察署で過去の記録を調べている間に、君が都市Zに行って・・・」と
いう具合に、PC間で分担して効率よく進めてゆくことになります。

 だれがちな「捜索シーン」をテンポよく、緊迫感を失わずに進行させるコツがお
分かりになったでしょうか。

**

 このように、3日という(比較的)長い時間を、より細かい時間単位に区切って
処理することで、さきほど戦闘処理を例にして解説した「行動の強制」「制限の実
感」という2つの効果を享受できるのです。

 原理的には、「捜索シーン」だけでなく、調査、捜査、研究、追跡といった長時
間かかる行動について全て同じ手法が使えます。

 まとめてみましょう。

  ・セッション中に時間制限をうまく扱うためのコツは、タイムリミットまでの
   残り時間を、短い「時間単位」に区切って処理することである。
   これは、戦闘をターンとかラウンドといった時間単位に区切って処理するの
   と同じ考え方である。

  ・このとき、次の3点を守るようにする。

   (1)各PCにつき、1つの時間単位には原則として1つの行動(判定)し
      か許さない。

       →「時間制限」を「行動回数制限」に変えてしまう

   (2)PC全員の行動を処理するまで、次の時間単位に進まない。

       →全てのプレーヤーに対し、行動宣言を強制する

   (3)PCが行動する毎に「行動の結果、目標達成までどのくらい近づいた
      か」を定量的に示す。

       →残っている行動回数をどのように使うべきか考えさせる


 これが、「タイムスケール管理」という考え方です。


3.1 タイムスケール管理

3.1.2 セッション進行

 今回は、タイムスケール管理を様々な局面に応用できるよう一般化してみます。

**

 前回は「3日以内に行方不明の人物を見つけなければならない」という例を出し
ました。これをテンポよくきびきびと進めるために、時間を8時間単位に区切って
進めることとし、また探索がどれくらい進んでいるかを示す指標として「目標の人
物が住んでいる都市を見つけた」「町まで特定した」「住所を発見した」といった
ものを用いました。

 これはつまり

  ・目標   : 行方不明の人物の発見
  ・制限時間 : 3日間
  ・時間単位 : 8時間
  ・成功段階 : 「都市の特定」「町の特定」「住所の特定」の3段階

というタイムスケール管理を定義したことになります。

**

 他の例を出してみましょう。

 例えば「現在、港は封鎖されているが、PC達は何とかして1週間以内に出航許
可を出してもらわなければならない」という状況を考えます。これをタイムスケジ
ュール管理で扱うなら、次のようになるでしょう。

  ・目標   : 出航許可証を出してもらう
  ・制限時間 : 1週間
  ・時間単位 : 1日
  ・成功段階 : 「責任者の特定」「責任者の説得」の2段階。

 ここで、「責任者の説得」を別のタイムスケジュール管理で扱うことも可能です。
 例えば「ようやく責任者である役人Aと1時間だけ会見することが許された。こ
の会見で何とか出航許可証を出してもらうよう説得しなければならない」というわ
けです。さあ、新たなタイムスケジュール管理を定義しましょう。

  ・目標   : 役人Aから出航許可を出してもらう
  ・制限時間 : 1時間
  ・時間単位 : 10分
  ・成功段階 : 「役人Aを好意的な精神状態にする」「役人Aに出航許可証
          を出すことを了承してもらう」の2段階

 第1段階をクリアするためには、話術や魅力の判定が必要でしょう。第2段階を
クリアするためには、説得や贈賄や交渉が必要です。ゲームによっては、魔法とか
薬物とか超能力とか陰謀といった特殊能力が使えるかも知れません。

 このようにして、タイムスケジュール管理の枠内で起こる作業を、さらに細かい
タイムスケジュール管理で処理することも可能なのです。

**

 タイムスケール管理は非常に応用範囲の広い便利な手法です。これに慣れると、
セッション中に発生するあらゆるイベントをタイムスケール管理で扱いたくなって
くるゲームマスターもいることでしょう。

 今までは、便宜上「まず時間制限があり、それを扱うためにタイムスケール管理
を持ち込む」という形で説明してきましたが、実際のセッションでは先にタイムス
ケール管理を定義して、それに合わせて時間制限を決める、ということになるはず
です。

 具体的な方法は次の通りです。

1.まず目標を明確化し、そこに至る成功段階を決める

  →目安としては、重要でドラマチックな目標なら5段階くらい、重要でない簡
   単な目標なら2段階か3段階くらいというところ。

2.成功段階の数をだいたい2倍から5倍くらいして、行動回数制限を決める

  →これは判定の成功率で決める。個々の段階の成功率が高いなら2倍くらいで
   充分だし、成功率が低いようなら5倍くらいはとっておいた方がよい。

3.処理の時間単位を決める

  →PC達が行うであろう行動により、常識で決めればよい。

4.時間単位に行動回数制限をかけて、タイムリミットまでの時間制限を決める

5.タイムスケール管理の定義をプレーヤーに示す

**

 例えば「最近起きた墓荒らしの件について、酒場で情報を集める」というシーン
を考えてみましょう。ファンタジーRPGの導入部でありがちなシーンですね。
 このようなシーンをタイムスケール管理で処理するにはどうすればよいでしょう
か。

1.まず目標を明確化し、そこに至る成功段階を決める

 目標は「墓荒らしの件について、酒場の客から話を聞き出す」となります。成功
段階ですが、さほどドラマチックなシーンではないので3段階にしましょう。

2.成功段階の数をだいたい2倍から5倍くらいして、行動回数制限を決める

 成功段階の数=3、を2倍から5倍すると、6〜15となります。各段階の成功
率は高いと見て、行動回数制限を6回にしてみましょう。

3.処理の時間単位を決める

 たぶんPC達は会話によって成功段階を進めてゆくと思われます。そこで、だい
たい20分くらい話をする毎に判定してもよかろうと考えます。

4.時間単位に行動回数制限をかけて、タイムリミットまでの時間制限を決める

 20分に6回をかけると120分、つまり2時間となります。

5.タイムスケール管理の定義をプレーヤーに示す

 ゲームマスターは、次のようにタイムスケール管理の定義をメモします。

  ・目標   : 墓荒らしの件について、酒場の客から話を聞き出す
  ・制限時間 : 2時間
  ・時間単位 : 20分
  ・成功段階 : 「酒場の先客達と打ち解けた雰囲気になる」
          「墓荒らしの件について知っていそうな人を教えてもらう」
          「その人から話を聞き出す」
          の3段階

 このメモの内容を、プレーヤー達に提示するわけです。面倒ならメモをそのまま
読み上げてもよいのですが、それだと雰囲気が壊れると思うなら、例えば次のよう
に話してもよいでしょう。

「君達は墓荒らしの件について噂を聞き出すために、村に一軒しかない酒場にやっ
てきた。あと2時間で閉店(カンバン)だそうだ。(ここで、酒場の様子を説明)
さて、酒場の先客達は、よそものである君達をうさん臭げな顔でチラチラと見てい
る。まずは打ち解けた雰囲気を作らないと、誰も何も話してくれそうにない」

「ここから処理時間単位を20分とし、時間単位の終わりに各自が宣言した行動に
ついて1回判定を行うものとする。出来るだけ行動宣言するだけじゃなくてロール
プレイをしてほしい。まず、周囲の客との雰囲気を良くして、次に情報を知ってい
る客を見つけ、その客から話を聞き出せばOKだ。2時間以内に聞き出さないと店
が閉まってしまうことに気をつけてくれ。急ごう。質問は? ないね? ではレッ
ツゴー」

**

 タイムスケール管理に慣れたら、さらに時間制限のサスペンスを盛り上げるため
に、ぜひ「タイムリミット隠し」の技法も併用してみて下さい。

 タイムリミット隠しというのは、制限時間を「3日」とか「1週間」というよう
に明示するのではなく、

  ・警察が事件に気づいて非常線を張る(君達を指名手配する)前に

  ・本物の外交官を乗せた連絡船が到着して、君達が偽物だとばれる前に

  ・敵の援軍(補給品)が到着する前に

  ・嵐がやってきて空港が閉鎖される前に

といった具合に、だいたいの目安は分かるものの、正確にいつタイムリミットがや
ってくるかは予想できないようにすることです。

 このような場合、次のようにして正確なタイムリミットを予測できなくすること
で、スリルとサスペンスを盛り上げて下さい。

1.経過した時間単位の数をテーブル上に置いた10面ダイスで表示する。最初の
  時間単位が経過したら「1」と表示し、次の時間単位が経過したら「2」と表
  示する。以下、同様。

2.時間単位が経過する度に、上に示したように10面ダイスの表示を増やしてか
  ら、2d6を振る。(6面ダイスを2つ振って出目を合計する)
  結果が、表示された数以下なら、タイムリミットが来たこととする。

 例えば、時間単位を「1日」とします。すると、最初の1日が終わると、10面
ダイスで「1」と表示して、2d6を振ります。どうかご安心を。2d6が1以下
になる可能性はありません。

 しかし、2日目は違います。2d6で1のゾロ目が出ると、いきなりタイムリミ
ットです。3日目は3以下、4日目は4以下です。

 お分かりの通り、時間が経過すればするほど、タイムリミットになる確率は上昇
してゆきます。また、だいたい1週間くらいでタイムリミットだという目安も得ら
れます。

 2d6は当然オープンで振ります。振るときにプレーヤー達の間に緊張感が走る
ことでしょう。非常によいことです。

 ただし、いつタイムリミットになるかゲームマスターにも予想できないので、ど
んな場合でも適切に対処できるだけのマスターリング技量が必要になります。

**

 タイムスケール管理を使いこなせるようになれば、次々と素早く時間単位を変え
て、セッションをなめらかに進行させてみて下さい。

「君達が部屋に踏み込んだ途端、警報ベルが鳴り響き、警備員が走ってくる・・。
ここから戦闘処理だ。1ターンは5秒。まず不意打ちの判定から・・・」

「よし、戦闘は終わった。ここから時間単位は1分とする。警察に包囲される前に
目的の品物を見つけることが出来るか、時間との競争だ。1分毎に2d6を振って
出目が経過分以下なら警察がビルを包囲したことになる。ではまず、最初の1分」

「残念ながら時間切れだ。警察に包囲され、君達は逮捕された。取り調べを受ける
ことになる。ここからの時間単位は8時間だ。時間単位毎に気力で判定を行う」

「おっと気力判定に失敗。どうやら君は自白してしまったみたいだね。仕方ない。
全員、刑務所暮らしということになる。ここからは、時間単位を1週間にしよう。
まず最初の週だが・・・」

「みんな、そろそろ疲労と栄養不足で参ってきたようだね。さて、ある日のことだ。
弁護士らしい人がやってきて、こう言うんだ・・・(中略)・・・もちろん、この
申し出を受けるかどうかは君達の自由だ。罠かも知れない。よく考えてくれ。そう
だ、外部への電話や、刑務所仲間との情報交換をしていいよ。ただし、時間単位は
1時間だ。弁護士が何時間待っていてくれるかは分からない。1時間毎に2d6を
振って、経過時間以下が出れば帰ってしまうぞ」

「よし、仮釈放だ。必要な装備を準備して、それから手分けして捜索を開始しよう。
ぐずぐずしてはいられないぞ。時間単位は8時間。タイムリミットは3日だ」

**

 お分かりでしょうか。タイムスケール管理を適切に行うことで、セッションがど
れほどきびきびと進んでゆくか。

 タイムスケール管理は応用範囲の広い重要な技法です。必ず習熟して、だらだら
セッションや時間切れセッションにおさらばしましょう。


3.2 マルチステージ処理

3.2.1 役割分担

 今回から、タイムスケール管理と並んでセッション進行のキーとなる重要な技法
である「マルチステージ処理」について解説してゆきます。

**

 PC達がある目標を目指しているときに「目標を達成したかしないか」だけでな
く、「どこまで(どのくらい)達成したか」という成功段階を複数設けるやり方を
「マルチステージ処理」と呼ぶことにします。

 マルチステージ処理により得られる効果は次の通りです。

  ・PC間の役割分担を促進する

  ・ドラマチックな演出が可能になる

  ・ゲームバランスの調整が容易になる

  ・プレーヤーに気づかれずに判定結果をコントロールできる

 これから何回かに分けて個々の効果について説明してゆきますが、ともあれこう
して並べてみただけでもマルチステージ処理の重要性がお分かりのことと思います。

**

 さて、最初の効果について考える前に、まず「RPGにおけるPC間の関係」に
ついてもう一度整理しておきましょう。

 RPGは、どのPCも一人だけでは(自分の)目標を達成することが出来ず、他
のPCと互いの弱点や不得手な部分を補い合う(役割分担する)ことで、相互利益
を引き出し、これにより(自分の)目標達成に近づこうとするゲームです。

 ここで「各PCの目標が共通か否か」とか「PC達が進んで全面的に協力し合う
か、それともやむを得ず部分的に協力し合うか」といった点は、RPGシステムや
シナリオによって異なってきます。これらはRPGの本質(必須要件)ではありま
せん。

 もちろん、PC達の目標が共通であることや、PC達が全面的に協力し合うこと
を前提としてデザインされたRPGもあります。そういうRPGをプレイする場合
は、もちろんその前提に従ってプレイすべきでしょう。

 しかし、いくつかのRPGは、多かれ少なかれ「PC間の目標の相違から生ずる
反目(とそれを乗り越えた協力)」という要素を含んでいますし、極端な例では、
「PC間の対立」を前提にデザインされたRPGだって存在します。

 それらのRPGにおいても、PC達は自分の目標達成に近づくために、他のPC
と協力することが必要になります。このため、彼らは、部分的にせよ、表面的にせ
よ、一時的にせよ、嫌々にせよ、とにかく役割分担して相互利益を引き出そうとす
るわけです。
 これは全てのRPGにとって共通であり、RPGというゲームを特徴づける本質
的なポイントでもあります。

 ひと言でいうなら、RPGは「役割分担」のゲームなのです。

**

 さて、全てのプレーヤーが「RPGは役割分担のゲームである」ということをき
ちんと理解してプレイしてくれればよいのですが、現実には必ずしもそうではあり
ません。

 例えば、自分のPCだけを活躍させようとするプレーヤーがいます。

 役割分担ということをちゃんと理解していれば、まずキャラクター作成段階で他
のプレーヤー達と相談して、PCの得意分野が重複しないよう調整するはずですが、
これをやらない。自分のPCには、セッション中によく使われそうな能力や技能を
狙って習得させ、とにかく自分のPCが活躍できるシーンを増やそうとする。セッ
ション中も自分のPCが目立つことしか念頭にないような言動を繰り返す。などが
典型的なケースでしょう。

**

 他にも、キャラクタープレイに熱中するあまり役割分担を逸脱あるいは放棄する
ケースも見かけます。「このPCはこういう奴だから」などと主張して、役割分担
を果たすことよりも自分のPCの個性や性格をアピールする方を優先するようなプ
レイを行うのです。

 RPGの「ロールプレイ」という用語は、本来は「役割分担」を意味するのです
が(これについては第1章を参照して下さい)、上に述べたような問題プレーヤー
達は、これを「役割演技」だと誤解しているのです。

 これは、はき違えというものです。

 PCの個性や性格を表現するという、いわゆる「キャラクタープレイ」は、あく
まで本来のロールプレイが意味するところの「役割分担」という基本をきちんと果
たした上で、さらに雰囲気を高める(感情移入を促進する)ために行うものです。

 もちろんキャラクタープレイ自体が悪いわけではありません。しかし、キャラク
タープレイのために役割分担を犠牲にするというのは間違っています。そのような
態度をとるプレーヤーは、RPGの基本、というか本質、を理解してないのです。

 本人の意図はどうあれ、RPGの本質を踏みにじるプレイを許すべきではありま
せん。これは「RPGのプレイスタイルは人それぞれだから」とか「RPGではど
のように行動しようとプレーヤーの自由だから」といったレベルの問題ではありま
せん。それ以前の話です。

**

 というわけで、正しいRPGのプレイスタイルを普及させるためにも、ゲームマ
スターは、常に「役割分担」に気を配り、プレーヤー達がこの基本から逸脱しない
ように誘導して下さい。

 そのために役立つ手法の1つが、今回のテーマであるところの「マルチステージ
処理」なのです。やれやれ、ようやく戻ってきた。

**

 基本的なポイントはこうです。

 ある1つの目標を達成したかどうかが1回の判定だけで決まるとしたら、その判
定に挑戦するPCだけが活躍することになります。つまり、その目標に挑戦すると
いうシーンでは、判定に挑戦する1人のPCだけが活躍し、他のPCは活躍できな
いということになります。

 自分のPCを活躍させたいと思うプレーヤーは、「では、なるべく多くのシーン
で判定に挑戦できるようなPCを作ろう。そのためには、よく使われそうな能力や
技能を他のPCより高めておくことだ」と考えるかも知れません。

 あるいは「判定に挑戦しないシーンでも目立てるようにしよう。そのためには、
PCの強烈な個性をアピールすることだ」と考えるかも知れません。

 お分かりの通り、さきほど説明した問題プレイに流れてゆくわけです。

 「なるべく多くのシーンで自分のPCを活躍させたい」ということ自体が悪いわ
けではありません。これは、ごく自然な欲求だと思います。問題なのは、この欲求
を満たすために、役割分担を無視する方向に向かうことなのです。

**

 これを、次のように工夫します。

 ある1つの目標を達成したかどうかを決めるのに、複数個の判定が必要だという
ことにします。しかも、使用する能力や技能を判定毎に変えて、一人のPCが全て
の判定に挑戦するわけにいかないようにするのです。
 うまく工夫すれば、特定のシーンで全てのPCが何らかの判定に関わることにな
ります。

 例えば、カーチェイスをとりあげてみましょう。PC達に見つかったNPCが、
自分の車に飛び乗って急発進した、というシーンです。PC達はNPCの逃走を阻
止できるかどうか。これをどのように判定すればよいでしょうか。

 すぐに思いつくのは「NPCとPCで、運転技能で対抗テスト」といったもので
しょう。もし、この判定一発で結果を出すとすれば、パーティのうちで最も運転技
能レベルの高いPCだけが判定に関わることになります。

**

 そこで、このカーチェイスをマルチステージ処理してみましょう。

  第1段階 : NPCの車を追うための車を、とっさに手に入れる

  第2段階 : NPCの逃走経路を予測し、追いつくためのルートを見つける

  第3段階 : NPCの車に追いつく

  第4段階 : NPCの車を強制的に止める

 第1段階を達成するためには、路上に駐車している車を奪うか、走っている車を
止めて徴用するか、どちらかが必要です。

 前者ならドアのロックを壊して乗り込み、スターターをショートさせるなり何な
りしてエンジンを動かさなければなりません。「鍵開け」「筋力」「メカニック」
「器用度」といった能力や技能が必要になるでしょう。後者なら、車の持ち主に対
する「口車(いいくるめ)」とか「威圧(恐喝)」といった対人交渉の技能が必要
でしょう。

 第2段階を達成するためには、「ナビゲーション」「地図」「知能」といった能
力や技能が必要です。

 第3段階を達成するためには、車の「運転」技能が要求されます。

 第4段階を達成する方法はいくつか考えられますが、たぶんNPCが(アクショ
ン映画の約束ごとに従って)銃を撃ってくれば、銃で相手の車のタイヤを撃ち抜く
という方法が選ばれることでしょう。この場合、もちろん銃器技能を使います。

 第1段階から第4段階の判定を全て一人のPCが行うことは、おそらくあり得ま
せん。必要な技能や能力が広く分散している上に、車を高速走行させながら地図を
調べたり、銃撃することは出来ないからです。

 ですから、複数のPCがそれぞれ自分の得意な判定に挑戦することになるでしょ
う。こうして、1つのシーンで複数の(できれば全員の)PCが判定に関わること
が出来るというわけです。

**

 役割分担を促進するためには、このように各シーンでなるべく多くのPCが活躍
できるようにゲームマスターが配慮することが大切です。つまり、役割分担を勧め
たければ、どの役割を分担しても不公平でない、出番は公平に回ってくる、という
プレーヤーの信頼をかち得なければなりません。


3.2 マルチステージ処理

3.2.2 ドラマチックな演出

 今回は、マルチステージ処理が持っている第2の効果について解説します。

**

 TVやラジオの番組で何かのベスト10を発表するとき、なぜいつも第10位か
ら発表してゆくのでしょうか。いきなり第1位を発表すれば時間の節約になるはず
なのに。

 もちろん、これは劇的効果、すなわちドラマチックな演出を狙っているのです。
第10位、第9位という順番に発表してゆくことにより、第1位への期待が高まり
ますし、それに視聴者が番組を最後まで観てくれる可能性も高くなります。
 さらに、第1位を発表するときには、発表者は途中で言葉を止めますし、もし番
組の演出担当が陳腐さを恐れない人なら、ドラムロールなど鳴り響かせるかも知れ
ません。いずれも、わざと時間をかけて、もったいぶっているわけです。

 ドラマチックさには、ほとんど常に「もったいぶり」がつきものです。すぐに結
論や答えを出さず、相手をじらすことで、期待や思い入れを高めるわけです。もし
あなたが恋愛経験の豊富な人なら、何かと思い当たることもあるでしょう。

**

 お分かりの通り、RPGにおける判定をドラマチックにしたいなと思うなら、も
ったいぶる必要があるのです。ダイス1発で判定結果を出すのではなく、何回かに
分けて判定を行うこととし、少しづつ目標に近づいているという雰囲気を出して下
さい。

 このテクニックを戦闘に活かしたルールが、ヒットポイント(HP)制です。
 RPGシステムによって用語は異なりますが、一般に各キャラクターはHPに相
当する値を持っており、戦闘は互いにHPを削り合う行為として定義されているこ
とが多いでしょう。

 HP制は、戦闘をドラマチックにする仕掛けの1つです。もしHPという仕掛け
がなく、例えば「敵、味方がそれぞれダイス1個を振り、能力値や武器や地形効果
により修正を加えた結果を比較する。大きい方が勝利し、敗北した側は全滅する」
といったルールだとすると、戦闘をドラマチックにするのは困難でしょう。

 これに対して、互いに少しづつHPを削ってゆくというルールにすることで、処
理時間は長引くものの、勝利と敗北の間に「形勢が有利になってきた」とか「あと
少しで勝利だ」あるいは「やばい、こちらが不利だ」といった途中段階ができ、こ
れがドラマチックさを生じさせるのです。

 このテクニックは、戦闘以外のシーンにも応用できます。基本的な考え方は同じ
です。何か判定するとき、ダイス1回で決めるのではなく、途中にいくつか段階を
設けて、もったいぶるのです。

 そう、これはマルチステージ処理に他なりません。

**

 前回は、マルチステージ処理により役割分担を促進する例としてカーチェイスを
出しました。今回は、別のやり方でカーチェイスを処理してみることにしましょう。

 まず、紙にいくつかマス目を描きます。NPCの逃走車を表すコマと、PCが運
転する追跡車を表すコマを、3マス離して置きます。車間距離3マスというわけで
す。さて、もし車間距離が5マスを超えたらNPCの勝ちとします。つまり、NP
CはPCが運転する車をまいたわけです。逆に、車間距離が0になれば、PCの勝
ちとします。逃走車の前に回り込んで強制的に停車させたわけです。

 ルールはこうです。各ターンに、NPCもPCも「運転」技能で判定します。難
易度は「困難」以上で、好きな難易度を選ぶことが出来ます。「困難」に成功する
と車間距離を1マス変化させることが出来ます。もちろん、NPCは1マス大きく
するでしょうし、PCは1マス小さくするでしょう。
 難易度を1段階上げれば、2マス変化させることが出来ます。2段階上げれば3
マスです。以下同様。
 判定に失敗すれば、車間距離を変化させることは出来ません。大失敗(といった
ルールがあるとして)するとリタイヤです。

 もちろん、車間距離に対する変化は相殺します。NPCもPCも同じ難易度の判
定に成功すれば、車間距離は変化しません。NPCが判定に成功しても、PCの方
が1段階困難な判定に挑戦して成功すれば、車間距離は1マス縮まります。ただし
PCが失敗すれば、車間距離は1マス広がります。

 まあ、RPGシステムによって細かいところは変わるでしょうが、だいたいこん
な感じでカーチェイスを処理することが出来ます。

**

 実際にやってみると分かりますが、「NPCとPCの運転技能で対抗テスト」と
いう方法でダイス1回で決めるのに比べて、このやり方だとカーチェイスは白熱し
ます。
 白熱する理由はいくつかあります。難易度を自分で選べることで意志決定が可能
となったこと(この手法については別に解説します)、進行度合いがマス目とコマ
という形で視覚化されたこと。他にもありますが、最も大きな要因はカーチェイス
に成功するために何段階かのステージがあり、少しづつ進んでゆかなければならな
いことです。

 これが、マルチステージ化による劇的効果というやつです。

**

 同じ手法を様々なシーンに応用してみて下さい。

 NPCを説得する必要が生じたとします。紙にマス目を書いて、NPCのコマと
PCのコマを3マス離して置きます。ルールはカーチェイスと同じで、ただNPC
は「意志力」で、PCは「説得」技能で判定するわけです。PCのコマがNPCの
コマに追いつけば説得できたことになります。PCのコマが6マス以上振り放され
れば、相手が怒って会談を打ち切ったことになります。

 コンピュータに不法侵入します。紙にマス目を書いて以下同様。システム管理者
であるNPCと、クラッカーであるPCが、それぞれ「コンピュータ」技能で競争
します。PCのコマが追いつけば、システムへの侵入に成功したことになります。
NPCのコマが振り払えば、PCの試みに気づいたシステム管理者がシャットアウ
トしたことになります。

 犯罪を捜査します。紙にマス目を以下同様。犯人であるNPCは「犯罪」技能で、
捜査官であるPCは「捜査」技能で判定します。PCのコマが追いつけば、犯人を
見つけたことになります。NPCのコマが振り払えば、証拠隠滅に成功して完全犯
罪を達成したことになります。

 これらの手法は、必ずしも「PCと対立するNPC」というシーンでしか使えな
いわけではありません。

 例えば、冬山で遭難した仲間を捜索するシーンを処理します。捜索が遅れれば、
仲間は寒さで死んでしまうことでしょう。
 遭難した仲間のコマと、捜索するPCのコマを3マス離して置きます。捜索者は
「観察」技能とか「知覚」能力とかいったもので判定します。成功すれば前進でき
るわけです。
 遭難者の方は「生存」技能あるいは「体力」といった能力値で判定します。今ま
での例と少し違って、遭難者が判定に成功すればコマは動きませんが、失敗すれば
1マス前進です。大失敗すれば2マス前進です。
 捜索者のコマが遭難者のコマに追いつけば救助されたことになりますが、コマ間
距離が6マスになれば、遭難者は寒さのため死亡してしまいます。

**

 もちろん、これらの例は全て、PCが逃げる側(追われる側)になったときにも
使えます。

 お分かりの通り、マルチステージ処理の応用範囲は無限です。とにかく、シーン
に劇的効果が欲しいと思えば、この手法を応用できないか考えてみて下さい。

 さらに劇的効果を高めるためには、時間制限を付けるとよいでしょう。例によっ
て「タイムリミット隠し」の手法を使いましょう。例えば各ターン毎に2d6を振
り、経過ターン数以下が出ると時間切れでNPCの勝ちとするのです。

**

 こうして解説を読んでもあまり実感が湧かないかも知れませんが、マルチステー
ジ処理による劇的効果は、実際にやってみると思いのほか強力であることに気づく
ことでしょう。ぜひ、あなたのマスターリング手法に加えてみて下さい。


3.2 マルチステージ処理

3.2.3 ゲームバランス

 今回は、マルチステージ処理によるゲームバランスの取り方について説明します。

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 第2章で、戦闘バランスの取り方として「戦力の逐次投入」というテクニックを
ご紹介しました。次のようなやり方です。

 ・PC達の戦闘能力がどれくらいかよく分からない場合、まずは弱い雑魚敵を少
  数出して様子を見る。

 ・PC達の戦いぶりを観察しながら、それに合わせて戦闘中に敵を追加してゆく。
  「モンスターは仲間を呼んだ」「銃声を聞きつけて警備員が駆けつけてきた」
  「近くで待機していた敵小隊が応援に現れた」という具合である。

 ・追加する敵の数や強さや装備を、PC達の強さや戦力に合わせて調整すること
  で、戦闘バランスをとる。

 戦闘で使えるテクニックは他のシーンにも応用できます。それが、今回のテーマ
です。

 PC達が何かの判定に挑戦するシーンで、ゲームマスターにはPC達の能力やプ
レーヤーの技量がよく分からないとしましょう。この場合、1回のダイスロールだ
けで成否を決めるとうまくゲームバランスがとれない恐れが出てきます。PCの能
力や技能が高くダイスを振るまでもなく成功してしまったり、逆に成功の見込みが
ほとんどなかったり。

 そこで、マルチステージ処理を活用して下さい。

 まず最初の段階をクリアするための判定難易度を低く設定して、ダイスロールを
指示します。判定に挑戦するPCが決まったら、その能力や技能を見て、次の段階
をクリアするための判定難易度を調整するのです。

**

 またカーチェイスの例を考えてみましょう。

 第1段階として「逃げるNPCの車を追うべく、車を発進させる」という判定に
挑戦するように指示します。このとき難易度を低く設定します。(単に急いで車を
発進させるだけだから、と説明すればよいでしょう)

 判定に挑戦する(運転手になる)PCが決まったら、その能力や技能をチェック
します。そして

 ・PCの能力が高ければ、第2段階として難易度の高い判定を用意する

    逃走車は急カーブして狭い路地に飛び込んだ。追いかける君がハンドルを
    切ったとき、そこに居眠り運転している対向車が突っ込んできた!

 ・PCの能力が低ければ、第2段階として難易度の低い判定を用意する

    逃走車は信号に引っかかった。チャンスだ。車線変更して前に出よう。


という具合に、次の判定の難易度を調整するのです。これで、PCの能力に合わせ
て適切な難易度の試練を与えることが出来るわけです。

**

 このテクニックを応用して、マルチステージ処理による役割分担の促進を確実に
行うことが出来ます。

 第1段階の判定に挑戦するPCのデータを見て、そのPCが持ってない(または
苦手な)能力や技能を必要とする判定を第2段階として用意するわけです。

 例えば、第1段階の「車の発進」判定を行うときに、「君の運転技能は何レベル
かな。キャラクターシートをちょっと見せて」とか言って素早くデータをチェック
します。そして、そのPCが持っておらず、他のPCが持っていそうな能力や技能
を必要とする判定を考え、第2段階の課題を決めるのです。

 ・運転手となるPCの知覚系(発見とか観察とか)能力が低ければ

    逃走車はずっと前方で五叉路に差しかかった。よく見てないと、どの道に
    入ったか分からなくなるぞ。「観察」の判定に誰か1人が挑戦してくれ。

 ・運転手となるPCの技術系(修理とかメカニックとか)能力が低ければ

    どうもエンジンの調子が変だ。原因に気づいて手を打たないとエンストを
    起こす恐れがあるぞ。気づくかどうか「メカニック」で誰かが判定だ。

といった具合です。もちろん、他のPCが判定に挑戦することになれば、そのPC
のキャラクターシートを調べて、判定に挑戦した2名のPCが苦手とする判定を第
3段階に持ってくれば、さらに3人目のPCが判定に挑戦することになるでしょう。

 特に、初心者を集めてセッションを開くときには、1つのシーンで全てのPCが
活躍できるように(全てのプレーヤーがダイスを振れるように)配慮することがと
ても重要になります。

**

 以上は、課題(障害)といったゲーム要素をセッション中に調整する場合にも役
立つテクニックです。つまり、まずゲーム序盤で単純な課題(障害)を出して様子
を見て、

 ・プレーヤー達の問題解決能力が高そうなら、次の課題(障害)を複雑で手応え
  のあるものに変える

 ・プレーヤー達の問題解決能力が低そうなら、次の課題(障害)を単純で力わざ
  で解決できるものに変える。

というわけです。あらかじめシナリオ作成の時点で、課題を差し替えられるように
工夫しておくとよいでしょう。

 こうして、様々なレベル(難易度、使用する技能、課題そのもの)をダイナミッ
クに調整してゆくのです。これが自然に出来るようになれば、確実にマスターリン
グに上達できます。

**

 ベテランのゲームマスターが開催するセッションに参加すると、そのゲームバラ
ンス調整の上手さに感嘆することがあります。全くの初心者を相手にしても、また
熟練プレーヤー達を相手にしても、さらにはこの両者が混在したグループを相手に
しても、いつでも絶妙なゲームバランスを成立させるのです。

 もちろん戦闘バランスだけでなく、セッションの様々な局面において常に全員が
ゲームに参加し、役割分担するよう自然に誘導してくれます。おかげで誰もが退屈
することなく、また他のプレーヤーがダイスを振っている間に自分の行動を懸命に
考えている、という感じで進んでゆきます。ゲームバランスが良いのです。

 どこに秘訣があるのでしょうか。ベテランゲームマスターは、セッション中に常
にプレーヤーやPCに合わせて、様々なパラメタ(判定の難易度、NPCの能力、
課題など)を素早く調整しているのです。

 ここに、マスターリングの奥義(の1つ)があります。ゲームマスターとして上
達を目指すのであれば、これは必ず習得しなければなりません。


3.2 マルチステージ処理

3.2.4 判定結果のコントロール

 今回はマルチステージ処理による判定結果のコントロールについて説明します。

**

 娯楽作品の多くには、主人公が「危機一髪で助かる」というシーンが登場します。
こういうシーンでは、読者/観客は主人公の身を案じてハラハラドキドキ、手に汗
握るわけです。
 危機一髪シーンは非常に魅力的であるため、RPGでもそういうシーンを再現し
て、プレーヤーをハラハラドキドキさせたいと考えるゲームマスターは後を絶ちま
せん。

 そこで今回は、このような危機一髪シーンをRPGでどのように再現すればよい
かという点について考えてみましょう。

**

 RPGで危機一髪シーンを再現する最もダイレクトな方法は、失敗するとPCが
死ぬような、しかも失敗の確率がかなりある判定に挑戦し、成功するということに
なるでしょう。

 プレーヤーが「ああ、危なかった。ダイスの出目が(例えば)あと2つ小さかっ
たら、私のPCは死んでいたところだ」とか胸をなでおろせば、前述したハラハラ
ドキドキの危機一髪シーンを再現できたことになります。

 ここで問題になるのは、小説や映画なら主人公を助けることは簡単ですが、RP
Gではそうでないということです。さきほどの例で、もしダイスの出目が本当に2
つ小さければPCは死んでしまい、危機一髪シーンどころではありません。

 では、どうすれば危機一髪シーンを「安全に」処理できるのでしょうか。

**

 すぐに思いつくのは、ダイスを隠して振り、出目に関わらず「おお、危ういとこ
ろで判定に成功したよ」とプレーヤーに告げるという方法です。

 しかし、実際には、こう言われて本心からほっとする純朴なプレーヤーにお目に
かかることはまずありません。ほとんどのプレーヤーは、まさに上で説明した通り
のことをゲームマスターがやったと思うだけでしょう。これでは危機一髪の再現に
なりません。

 さらに困ったことに、こういう手法を使うつもりなら普段から隠してダイスを振
るようにしなければならなくなります。いつもはオープンダイスで振っているのに
危機一髪シーンだけ隠してダイスを振る、というのはいくら何でも不自然だからで
す。

**

 危機一髪シーンを再現するために「ヒーローポイント」に相当するルールを用い
るRPGもあります。一般的に、ヒーローポイントを使えば、失敗した判定結果を
成功に変えるといった操作が可能になるのです。

 このルールを適用すれば、シーンとしては危機一髪になるのですが、プレーヤー
をハラハラドキドキさせるという意味での危機一髪シーンを再現したことにはなり
ません。なぜなら、プレーヤーは「失敗すれば、ヒーローポイントを使って成功に
すればよい」ということを知っているからです。

 危機一髪シーンを安全に再現するためには、「実際には、判定はほぼ必ず成功す
るようになっている」にも関わらず、プレーヤーが「判定に失敗してPCが死ぬ可
能性がかなりある」と本気で思い込むことが必要となるのです。

 どうすれば、こんなことが可能でしょうか?

**

 またカーチェイスの例で説明してみましょう。チェイス中に、PCが運転する車
に正面からトラックが突っ込んできた、というシーンを処理してみます。

 ----------------------------------------------------------------------
  GM:正面からトラックが突っ込んできたっ。君のPCはそれに気づくか。
     知覚力チェックだ。

  プレーヤー:(ダイスころころ)成功です。

  GM:危ういところで気づいて、正面衝突を回避できた。
 ----------------------------------------------------------------------

 これで危機一髪シーンが再現できます。プレーヤーは「もし判定に失敗していた
ら正面衝突だった」と思い込むからです。

 ところが、もし判定に失敗すれば、ゲームマスターは当然のように次の処理を行
うのです。

 ----------------------------------------------------------------------
  プレーヤー:(ダイスころころ)失敗です。

  GM:ぎりぎりになるまで気づかなかった。さあ、もはやハンドルを切って
     かわすしかないぞ。運転技能チェックだ。

  プレーヤー:(ダイスころころ)成功しました。

  GM:おお、急ハンドルを切って危うく衝突を避けた。
 ----------------------------------------------------------------------

 これまた危機一髪シーンとなります。プレーヤーは、「判定に失敗していたら
衝突するところだった」と思うでしょう。

 しかしながら、もし運転技能の判定に失敗したらどうなるかというと・・・。

 ----------------------------------------------------------------------
  プレーヤー:(ダイスころころ)運転技能チェックに失敗です。

  GM:うむ。ではトラックの運転手の知覚力チェックだ。私が振ってもよい
     が、遺恨が残るのも何なので、君、振ってくれたまえ。

  プレーヤー:(ダイスころころ)成功です。

  GM:君の車に気づいたトラックの運転手は慌ててハンドルを切って正面衝
     突を避け、「馬鹿やろう。どこ見てんだっ」などと罵声を浴びせつつ
     すれ違ったのだった。
 ----------------------------------------------------------------------

 もし、ここでも知覚力チェックに失敗したら、次はトラックの運転手の運転技能
判定です。

**

 お分かりの通り、要は成功するまでマルチステージ処理を続けるわけです。そし
て一度でも成功したら「危ないところで助かった」と断言するのです。

 考えてみましょう。1回の判定について、仮に成否が五分五分だとしても、判定
を4回も行って1回でも成功すれば助かるのであれば、成功率は94パーセント近
くに上がります。ほぼ成功すると言ってよいでしょう。

 にも関わらず、ゲームマスターが「危なかった。今の判定に失敗していたら死ん
でいたところだ」などと言うと、プレーヤーの脳裏には最後に行った(そして成功
した)判定だけが残り、「成否が五分五分の賭けに命をかけた」という印象を持つ
のです。

 特に、最初の判定に成功したときは、「判定に失敗していたら死んでいた」とい
う印象を植えつけるチャンスです。ここぞとばかりに危機を乗り越えたPCを称賛
してあげて下さい。

**

 この手法は、ファンタジーRPGに登場するトラップ(罠)のシーンにも使うこ
とが出来ます。PC達のパーティが、落とし穴のトラップが仕掛けてある場所にさ
しかかったとします。

 まず、先頭のPCを指定して、

  ・いきなり君の足元が崩れた。落とし穴だっ。さあ敏捷度で判定してくれ

などと言います。

 判定に成功すれば

  ・おお、危うく飛び下がることが出来た。落とし穴の底をのぞくと、鋭い剣が
   刃を上にして何本も植えられており、串刺しになった白骨がいくつかぶさ下
   がっている。飛び下がらなければ君も今頃は串刺し死体と化していただろう。

というわけですし、失敗すれば

  ・先頭のPCは悲鳴を上げながら落ちそうになる。さあ、後ろの君、敏捷判定
   に成功すればとっさに手を差し出せるぞ。

という具合です。誰かが成功するまで順に判定を繰り返すわけですね。

**

 この手法が最も効果的なのは、セッションのクライマックスでしょう。

 敵の首領を倒したら秘密基地が爆発を起こし始めた。邪悪な魔導士を倒したら神
殿が崩壊し始めた。さあ、PC達の脱出は間に合うか!

 ここで間に合わないとシャレになりませんから、何としてでも成功させたいわけ
です。しかし、判定なしに「君達は、からくも脱出した」では味気ない。そこで、
マルチステージ処理による成否のコントロールです。次々に理由をつけて成功する
まで判定を続けるのです。

**

 同じやり方で、必ず失敗させることも出来ます。失敗するまでマルチステージ処
理を続け、一度でも失敗したら「惜しいところまでいったが、残念ながら失敗した」
となるわけです。

 こうして判定の成否をプレーヤーに気づかれないようにゲームマスターがコント
ロールすることが(やろうと思えば)できます。

 ただし、これはインチキ、裏技の類ですから、決して濫用しないで下さい。1つ
のセッションで1回か2回までが限界でしょう。それ以上、この手法を使用するの
は明らかにやりすぎです。プレーヤーからの信頼を失ってしまいますよ。


3.3 ダイスロール

3.3.1 ダイスの空振り

 今回からダイスロール(ダイスを振って成否の判定を行うこと)に関するテクニ
ックを解説してゆきます。
 まず最初は、ダイスの「空振り」について。

**

 空振りというのは、ダイスの出目には何ら重要性がなく、単にダイスを振るとい
う行為それ自体を目的として行うダイスロールのことです。

 慣れないゲームマスターは、そう言われてもわけが分からないかも知れません。
出目がどうでもいいのなら、なぜわざわざダイスを振るのでしょうか?

 それは、次のようなケースを考えてみれば分かります。

**

1.プレーヤーに対して心理的プレッシャーをかける場合

 例えば、PC達が追手に追われているとします。

 シーンとしては「いつ追手に見つかるか分からない緊迫した逃避行」のはずなの
に、プレーヤー達はこれからどうするかについてあーでもないこーでもないと悠長
に議論をやっています。ほっておくと雑談に流れてしまうかも知れません。ここは
一つ、心理的プレッシャーが必要でしょう。

 そこで、ゲームマスターは思わせぶりにダイスを振って、手元の紙を調べ「今の
ところ特に追手の姿は見えないようだ」とか「近くの草むらで物音がしたが、どう
やら何かの動物だったらしい」などと宣言します。これを1分おきにやるのです。
仮にプレーヤーがその行為について質問しても、ゲームマスターはニヤッとするだ
けで何も説明しません。あるいは「気にしなくていいよ」などとかわします。

**

 実は、ゲームマスターが手にしている紙にランダム遭遇表が書かれているわけで
もないし、ダイスの出目によって何かが起こるというわけでもないのです。つまり
ダイスの出目には何ら重要性がない「空振り」なのです。

 しかし、プレーヤー達は「ハッタリかも知れないが、ひょっとしたらマジに追手
(あるいはワンダリングモンスター、強盗、警察など会いたくない連中)との遭遇
判定をしているのかも知れない」と疑心暗鬼にとらわれるでしょう。そうは思わな
いプレーヤーにも、少なくとも「ぐずぐずしていると追手に見つかるぞ」というメ
ッセージが伝わるはずです。(それでもプレーヤー達が動こうとしないなら、次に
ダイスを振って紙を見てから「追手だっ」とか叫びましょう)

**

 同じ手法は「夜間にビルへ不法侵入したが、いつ警備員がやってくるか分からな
い」といったシーンでも使えます。ときどきダイスを空振りして「今のところ警備
員が近づいてくる様子はない」などと言うわけです。

 あるいは、PCが特定の人物(仮にA氏としましょう)に変装してパーティ会場
に紛れ込んで情報収集をしているとして、緊迫感が欲しいと思えば、ときどきダイ
スを空振りして「今のところA氏をよく知っている人物とは出会ってない」などと
言うのもよいでしょう。

 プレーヤーに対して「のんびりしていると悪いことが起こるぞ」という警告を与
える必要があると思ったときは、いつでもダイスの空振りを試みて下さい。プレー
ヤーも、ゲームマスターの言いたいことを察してくれるはずです。

**

2.プレーヤーに長期単調作業を疑似体験させる場合

 PC達が捕まって牢獄で強制労働させられるシーンを考えてみましょう。もちろ
ん死ぬまで牢獄に入っていては話にならないので、適当なタイミングで脱獄の機会
がやってくるわけです。

 ここで「君達はずいぶん長い間、牢獄で過ごした」と説明しても、プレーヤー達
には何の実感もわかないでしょう。ですから、脱獄の機会を見つけてもそんなに嬉
しさを感じないはずです。「ああ、お約束の展開だな」と思うだけかも知れません。

**

 そこで、プレーヤーにダイスを何個か握らせて、振るように指示します。

 このとき、もっともらしく「1日に1回、脱獄の機会が見つかったかどうか判定
するためにダイスを振ることにする。ダイスの目がある条件を満たせばOKだが、
その条件は秘密だ。さあ、頑張って振ってくれ」などと説明するのです。

 実はこれは空振りです。ダイスの出目が何であっても、ゲームマスターは「残念
だが、まだ脱獄の機会は見つからない。さあ、1日経過した。もう一度やってみよ
う」とか言うだけなのです。

 こうして、何度も何度も何度も何度もダイスを空振りさせます。そのうちプレー
ヤー達はうんざりしてくるはずです。(ダイスを振り続けるプレーヤーは特に)
それでもゲームマスターは無慈悲に「まだまだ獄中生活は続く」と言ってダイスを
振り続けるように要求します。

 さあ、適当なタイミングで「おお、脱獄の機会が見つかったぞ。新入りの囚人が
君達にこう話しかけてきたんだ・・・」などと言い出せば、プレーヤー達はほっと
するはずです。
 プレーヤー達は、獄中生活のつらさ、単調さを疑似体験したのです。ですから、
脱獄の機会を見つけた嬉しさを実感することが出来ることでしょう。

**

 登山のシーンを考えてみましょう。危険な登山ではなく、重い荷物を担いでひた
すら山道を登り続けるといったシーンです。

 こういう場合も、ダイスを何度も振らせて下さい。そしてダイスの出目を見ては
「空が曇ってきた」「遠くで落石の音がした」「近くの灌木の陰から小動物がひょ
いと顔をのぞかせた」「特に何もない」など、イベントを(さもダイスの出目と関
係あるかのように)説明しましょう。これをプレーヤーがうんざりするまで続ける
のです。

 ときどき、平気で「この山を越えた方が近道だよ」などと言い出すプレーヤーが
いるものですが、こういうプレーヤーには、ぜひ山越えの苦労を疑似体験させてあ
げましょう。単調にダイスを振る作業を繰り返し3分も続けさせれば、もう二度と
山越えは御免だと思うに違いありません。

 他にも、トンネルを掘るシーン、大きな装置を組み立てるシーンなど、単調で長
く続く(しかも失敗の危険がない)作業を疑似体験させたい場合には、この手法を
使うとよいでしょう。

**

3.時間かせぎ

 ゲームマスターを長く続けていれば、誰もが「セッションの最中に、必死に次の
展開を考える」という悪夢のような経験をするはずです。シナリオをきちんと作っ
ていればこういうことは起こらないはずなのですが、なぜかどんなに準備しても何
かしら予想外の突発事態が生ずることは避けられないようです。

 こういうとき焦ってはいけません。プレーヤーに不安を与えるような言動も禁物
です。落ちついて時間かせぎをしましょう。

 もっともよい時間かせぎは、ダイスを振ることです。その出目を確認してから、
おもむろにシナリオを見て何かを調べるふりをして下さい。もちろん、その間に次
の展開を考えるのです・・・。


3.3 ダイスロール

3.3.2 目標値の決定手法

 今回は、目標値の決定にかかわるテクニックを説明します。

**

 一般に、RPGにおける成否判定は「ゲームマスターが目標値(難易度)を指定
し、プレーヤーがダイスを振って、出目と目標値を比べて成否が決まる」というよ
うなルールになっています。

 そして、戦闘や魔法など一部の行動を除けば、目標値(難易度)についてはゲー
ムマスターが適切と思われる値を任意に決めてよいとされています。

 さて、このとき目標値をゲームマスターが完全に決めるのではなく、上限あるい
は下限だけを決めて、正確な目標値はプレーヤーに決めさせる、というテクニック
があります。これについて紹介しましょう。

**

 実は、以前にカーチェイスを例に出したときに既にこのやり方を使っています。
PCが「運転」技能で判定する際に、ゲームマスターは難易度の下限だけを指定し
実際の難易度はプレーヤーに選ばせましたね。あれです。
 難易度が高ければ高いほど失敗率も高まりますが、成功したときには車間距離が
ぐんと縮まるのでした。これを一般化してみましょう。

 以降では、説明のために2d6の上方ロール(6面ダイスを2個振って出目の合
計が目標値以上だと成功)のシステムを想定します。また話を簡単にするために、
「能力や技能等による修正を考慮して、つまるところダイスロールの出目がいくつ
以上なら成功か」という値を「目標値」と呼ぶことにします。

 さて、何か判定するときに、ゲームマスターは目標値の下限だけを指定し、目標
値による効果の違いを説明します。目標値が高ければ高いほど見返りが大きいよう
にして下さい。実際の難易度は、それらの情報をもとに、プレーヤーに決定させる
のです。

**

 例えば、PCが何かを購入するときに店員と交渉する(値切る)とします。ゲー
ムマスターは、次のような情報をプレーヤーに提示します。

 ・目標値の下限は7で、これに成功すると1割安くなることにする。

 ・目標値を1つ上昇させる毎に、1割づつ安くする。例えば目標値を9にするな
  ら3割引で購入できる。

 ・目標値にかかわらず、判定に失敗すれば値切り交渉は失敗であり、定価で購入
  する(あるいは購入を止める)必要がある。


 PCとNPCがスポーツ/ゲーム/芸術/文学/料理(笑)などの分野でNPC
と競争するとします。ゲームマスターは次のような情報を伝えます。

 ・目標値の下限は7で、これに成功すると標準的なワザに成功したことになる。

 ・目標値を上昇させればさせるほど、難しい高度なワザに挑戦することになる。
  目標値を1つ上昇させる毎に、NPCの目標値(もちろん能力や技能によって
  PCとは異なる値になる)にも+1の修正がつく。

 ・PCとNPC、どちらか一方だけが成功すればそちらが勝者である。決着がつ
  くまで何度でも(目標値の選択を含め)勝負を繰り返す。


 PCが時限爆弾の解体に挑戦する。ゲームマスターは次のような情報を伝えます。

 ・目標値の下限は4で、この判定に5回挑戦する。5回とも成功すれば時限爆弾
  は解体できたことになるが、1回でも失敗すればドカン!である。

 ・目標値を1つ上昇させる毎に、判定回数を1回減らすことが出来る。もちろん
  判定は1回以上行わなければならない。

**

 要するに成功率を下げる毎に得られるメリットを大きくするというように調整す
るわけです。上の例ではそれぞれ「価格」「敵に対するペナルティ」「判定回数」
というメリットを調整したのです。

 他にも「所要時間」「一度に処理できる個数(人数)」「次の判定に対する有利
な修正」「仲間(他のPC)に対する判定の省略」など、調整できるメリットはい
くらでも考えられます。

 あるいは、1種類のメリットの量を調整するのではなく、色々な種類のメリット
が追加されてゆくというやり方も面白いでしょう。「目標値を1つ増やすと所要時
間が半分に、2つ増やすとさらに効果が1.5 倍に、3つ増やせばこれらに加え妨害
しようとする者に対して不利な修正−2がついて・・・」とか。

 もちろん、これらの処理は2d6上方ロールだけでなく、どんなシステムにも応
用可能です。例えばパーセントダイス方式(1d100で目標値以下なら成功)な
ら、「目標値の上限は80で、目標値を10下げる毎にメリットが1つ増える」と
いう具合です。

**

 このようにすると、単にゲームマスターがプレーヤーに対して「目標値は7だ」
と告げるだけのやり方より、次の点でゲームが面白くなります。

 ・単に指示された通りダイスを振るだけでなく、目標値をいくつにするかという
  意志決定が求められる。意志決定こそゲームの本質である。

 ・自分で目標値を選ぶという行為によって、そのダイスロールに対する思い入れ
  (成功したいという気持ち)が強まる。


 ですから、判定の目標値を決めたら、そこで「目標を高くしてメリットを増やす
ようなオプションを許したらどうか」と素早く考える癖をつけて下さい。

 ただし、戦闘や魔法など、目標値の決め方がルールで規定されている判定につい
ては、このやり方は使わないで下さい。ゲームバランスを致命的に崩す恐れがある
からです。


3.3 ダイスロール

3.3.3 判定結果の解釈

 今回は、判定結果の解釈について。

 判定の成否はダイスロールで決まりますが、成否いずれの場合も「PCの身に具
体的に何が起きたのか」を解釈する必要が生じます。

 基本的には、ダイスロールの前にプレーヤーに「成功した場合、PCは具体的に
何をどうすることに成功したことにするか」ということを説明させます。この説明
に基づいてゲームマスターが難易度や目標値を決定します。ダイスロールの結果、
成功すればプレーヤーの申告通りになりますし、失敗すればゲームマスターが「具
体的に何がどう失敗したのか」をプレーヤーに対して説明するのです。

**

 慣れないゲームマスターは、ダイスロールの結果にばかり注目して、その解釈と
いう作業を手抜きしたがります。例えば、判定に失敗したときに「君は失敗した」
とだけ告げるといった具合です。

 しかし、これは問題です。単に「君は失敗した」「君は何々できなかった」だけ
では何となく釈然としませんし、「この失敗をどうやってリカバリするか」という
方向に考えることが出来ません。

 これに対して、何がどのように失敗したのか状況を説明すれば、シーンに対する
感情移入が促進され、失敗についても納得できますし、場合によってはプレーヤー
が「災い転じて福となす」「怪我の功名」という巧いアイデアを思いつくかも知れ
ません。(ゲームでも人生でも、問題は失敗することでなく、失敗したときにどう
対応するか、なのです)

**

 そこで、あらかじめ「判定に失敗したときの典型的な解釈」をいくつも考えて、
メモしておくことをお勧めします。こうすれば、プレーヤーがダイスロールに失敗
した瞬間にこのメモをざっと眺めて、素早く失敗状況を説明することが出来るわけ
です。

 以下に、いくつか例を挙げておきます。これは、ある海外RPGのサプリメント
から抜き出したものです。

 このリストをベースに、自分で考えた「失敗状況」をどんどん追加していって下
さい。また、他の判定についても同じようなリストを作るとよいでしょう。普段か
らのこういう地道な努力こそが、ゲームマスターとして上達するコツなのです。

**

「交渉」における失敗状況リスト

 ・急にお腹が痛くなって、トイレに駆け込んでしまう。戻ってくると交渉相手の
  態度が硬化していた・・・。

 ・くしゃみ、せきの発作が起こる。交渉相手は白けた顔になる・・・。

 ・当たり障りがないと思った話題を持ち出したところ、交渉相手の心の傷に触れ
  てしまったらしい。交渉相手は怒り出した(泣き出した)・・・。

 ・ゴキブリが飛んできて、交渉相手は悲鳴を上げて逃げ出してしまい、交渉は打
  ち切りになった・・・。

 ・酔っぱらった、または嫌な隣人が現れて、PCのことを信用できない奴だとか
  嘘つきだとか罵倒し始めた・・・。

 ・PCがもたれていた家具が倒れ、花瓶か絵が壊れた。交渉相手が顔面蒼白にな
  ったところをみると、どうやらすごく高価なものだったらしい・・・。

 ・交渉相手の名前を間違えて呼んでしまった・・・。(特に相手が異性の場合)

 ・外国語、またはよく知らないスラングを使ったところ、どうも交渉相手を侮辱
  してしまったらしい・・・。


「見張り」における失敗状況リスト

 ・ちょうどそのとき、電子的な監視装置のバッテリーが切れてしまった・・・。

 ・ちょうどそのとき、ハエか蚊が目か耳に入ってきた・・・。

 ・ちょうどそのとき、たまたま魅力的な異性が通りかかり、そちらを見てしまっ
  た・・・。

 ・ちょうどそのとき、足元に近寄ってきたアライグマに驚いて飛び上がった・・。

 ・ちょうどそのとき、コンタクトレンズか眼鏡を落としてしまった・・・。

 ・ちょうどそのとき、動かした双眼鏡が何かにぶつかり目にぐさっときた・・・。


「隠密行動」における失敗状況リスト

 ・隠れているところへ、アライグマが興味を示し近寄ってきた・・・。

 ・つた、錆ついたワイヤ、絨毯などが足にからまり、派手な音と共に倒れてしま
  った・・・。

 ・キャットウォーク、階段、梯子、フェンス、屋根、床などが折れ、大きな音を
  たてると共に、足が挟まって抜けなくなった・・・。

 ・うまく隠れたつもりだったが、影が丸見えだった。あるいはまずい位置にある
  鏡に写ってしまった・・・。

 ・アレルギーの発作によって、くしゃみが止まらなくなった・・・。

 ・水たまりなどに踏み込んで足が濡れてしまい、きゅ、きゅ、と足音がする・・。

 ・隠れられそうな場所に飛び込んだところ、そこには先客がいた・・・。


3.4 ゲームマスターの裁量

 今回は「ゲームマスターの裁量」というテーマで書きます。

**

 セッションを進める上で「ゲームマスターの裁量」を避けることは出来ません。
なぜなら、RPGのルールは事象の再現性という観点からはひどく不完全なもので
あり、セッション中に生ずる様々な問題をルールだけで解決することは出来ないか
らです。

 このように、ルールで解決できない問題が生じたとき、あるいはルールで解決す
ると非常に不自然な(またはセッションの進行を著しく阻害する)状況になる場合
に、ゲームマスターの裁量が必要になるわけです。

 ゲームマスターの裁量についてまず最初に考えるべき問題は、「ゲームマスター
の裁量は、どこまでなら許されるか」という点です。

**

 こういう問題提起をすると「RPGにおいては、ゲームマスターは絶対権力を握
っている。ゲームマスターは神であり、プレーヤーはその指示に全面的に従わなけ
ればならない。だからゲームマスターの裁量に制限はない」などと言い出す人がい
ます。

 しかしながら、これは空論です。

 なぜなら、ゲームマスターとしての権力は、それに従うプレーヤーの支持によっ
て維持されているからです。ゲームマスターが権力を濫用すれば、プレーヤー達は
二度とそのゲームマスターのもとでゲームをしなくなることでしょう。

 権力を維持するために被統治者の支持が必要であれば、それは絶対権力ではあり
ません。

 そう。ゲームマスターは絶対権力者ではなく、ましてや神ではありません。
 むしろそれは民主国家における大統領の地位に似ています。確かに強大な権力を
持ってはいますが、権力を維持するためには被統治者の支持が必須なのです。

 あなたが長くゲームマスターを続けたければ、プレーヤーの大半が支持してくれ
るであろう範囲でしか権力をふるうことが出来ません。あなたは神でなく大統領な
のです。これは、非常に大切なことです。肝に銘じておいて下さい。

**

 このように考えると、「ゲームマスターの裁量は、どこまでなら許されるか」と
いう問題は、すなわち「プレーヤー達の大半がゲームマスターの裁量による決定を
支持してくれるためには、どんな条件を守ることが必要か」というように言い換え
ることが出来ます。

 これは、なかなか難しい問題です。プレーヤーによって答えは異なってくるでし
ょうし、同じプレーヤーであっても場合によって答えが変わるかも知れません。

 しかし、常に考慮すべき重要なポイントを挙げることなら可能です。やってみま
しょう。

**

1.公平さ

 特定のプレーヤーをひいきしたり、逆に差別したりしてはいけません。というの
はつまり、同じ状況ならプレーヤーによらず同じ処理をすべきだということです。

 そんなの当たり前だ、と思うかも知れませんが、自分では気づかないうちに公平
さを失っているゲームマスターは意外に多いのです。ちょっと省みて下さい。

 ・女性プレーヤーと男性プレーヤーを平等に扱っていますか?

 あなたが男性だとして、ついつい女性プレーヤーに甘くなるという傾向はないで
しょうか。もしそうなら、猛反省が必要です。そのような態度は、その女性を含め
プレーヤー全員に対して失礼です。

 ・ベテランと初心者の両方を平等に扱っていますか?

 初心者プレーヤーに親切にしたいと思うのは当然ですが、だからといって公平さ
を失ってはいけません。ある状況でベテランプレーヤーに判定を要求するなら、同
じ状況で初心者プレーヤーにも同じ判定を要求すべきです。

 ・うるさがたのプレーヤーと無口なプレーヤーを平等に扱っていますか?

 色々と判定に文句をつけて、有利な修正を要求するプレーヤーがいるものです。
もし彼らの言い分を認めるのなら、同じ状況で他のプレーヤーにも同じ修正を与え
なければなりません。

**

2.一貫性

 ある状況でゲームマスターの裁量を使って処理したなら、次に同じ状況になった
ときも同じ処理をして下さい。

 例えば、あるPCがビルの2階の窓から落下したときのダメージを、ゲームマス
ターの裁量で決めたとします。同じ窓からNPCが落下したら、同じだけのダメー
ジを与えないとプレーヤー達は納得しないでしょう。

 ゲームマスターの裁量によって複数の決定を下す場合、それらの間の大小関係や
前後関係などに矛盾がないように気をつけて下さい。

 例えば、ビルの2階から落下したときのダメージより、4階から落下したときの
ダメージの方が小さいというのはまずいでしょう。

**

 一貫性を保つためには、「ゲームマスターの裁量」を記録する専用のノートを用
意することです。下した決定を、このノートに記録してゆくのです。

 例えば、あるとき「睡眠不足だと全ての判定に−2の不利な修正を付ける」と決
めたとすれば、それをノートに記録しておきます。ルールで規定されてないアイテ
ムの価格、重量などを決めたら、それも記録です。天候をランダムに決めたとすれ
ば、その決定方法を記録します。

 こうしておけば、このノートはあなただけの貴重な「判例集」として使えます。
別のセッションで同じ状況になれば、この判例集を参考にして一貫した決定を下す
ことが出来るのです。

**

3.整合性

 ゲームマスターの裁量は、できる限りルールシステムの方向性や背景世界と整合
したものであるべきです。

 例えば、背景世界がシリアスなのに「君のダジャレを聞いたおかげで、敵の正気
度が5下がったぞ」「じゃ、おやじギャグを連発しましょう」などとやっていれば
ゲームは台無しになるでしょう。

 ルールシステムが派手なアクションを再現する方向に向いていれば、ゲームマス
ターの裁量もその方向で考えるべきです。逆に現実的な戦闘をシミュレートしよう
としているルールシステムなら、それを考慮して下さい。

 例えば、プレーヤーが「階段の手すりを滑り降りながら、両手に構えた拳銃を同
時に連射します」と言いだしたとき、それを許可するかどうか、許可するとしてど
う判定するか。これを決めるときには、ゲームシステムの方向性に従って考える必
要があるでしょう。

**

4.理由

 ルールで規定されてない事象について処理を決めなければならない場合、ゲーム
マスターの裁量が必要なのは明らかなので、特にゲームマスターの裁量を使うこと
それ自体に対する「理由」をうんぬんすることはありません。

 しかし、ルールで規定されていることをゲームマスターの裁量で覆すときには、
ゲームマスターは確固とした理由を持つ必要があります。ちゃんとした理由なしに
気楽にルールを破るべきではありません。

 なぜなら、ルールというものは、全体的な整合性や方向性を十分に考慮し、ゲー
ムバランスがきちんととれるようにデザインされている(はずである)ため、それ
を一部でも覆すと全体の整合性やバランスが崩れる恐れが高いからです。

 また、プレーヤーが意志決定するときには、ルールが前提となります。それなの
にゲームマスターが勝手にルールを変えると、プレーヤーの意志決定が無駄になり
かねません。
 これは広義のゲームバランス(=プレーヤーの意志決定が適切に報われること)
を破壊することになります。

 ゲームマスターがルールを尊重すること、というか「ゲームマスターがルールを
尊重するとプレーヤーが信頼すること」は、RPGがゲームであるために不可欠な
ことです。ゲームマスターがさしたる理由もなく思いつきでルールを変えるとすれ
ば、プレーヤーは何を信じて意志決定すればよいか分からなくなるでしょう。

 さらに悪いことに、このようなマスターリングに慣れると、プレーヤーもルール
を尊重しなくなります。もし、参加者がルールを尊重しないなら、それはゲームで
はありません。単なる「ごっこ遊び」に過ぎません。

**

 このように、ルールはゲームにとって非常に重要であるため、それを覆す場合は
強い理由が必要なのです。理由を明確にするだけでなく、プレーヤーにそれを説明
することも重要です。

 ルールをゲームマスターの裁量で覆すことをプレーヤーに納得させるだけの理由
としては、次のようなものがあるでしょう。

 ・ルールに矛盾、不備、不整合、誤植があり、それを正す必要がある

 ・ルールが想定している状況と実際のシーンとが大きく異なっているため、ルー
  ルをそのまま適用してもうまく機能しないことが明白である

    −有名な例ですが、悪漢が人質にナイフを突きつけてPC達に武器を捨て
     ろと迫るシーンを考えます。ルールでは、ナイフのダメージから考えて
     人質が死ぬ(ヒットポイントが0になる)まで最低5ターンはかかると
     します。だからPC達は安心して悪漢を攻撃できるわけです・・・。
     これはルールが想定している状況(白兵戦)と、実際の状況(人質に刃
     物を突きつけている)が大きく異なるために、ルールがうまく機能しな
     い例です。

 ・ルールをそのまま適用すると著しくゲームバランスが崩れることが明らかであ
  り、ここはルールを遵守するよりゲームバランスを保つ方が優先されるべきで
  あるとゲームマスターの責任において判断した

 ・ルールをそのまま適用するとセッション進行が著しく遅くなる(または進まな
  くなる)ため、やむを得ずルールの適用を取り止める


 この他に、「ルールをそのまま適用するとPCが死んでしまう」という理由もあ
りますが、これを多用するのは禁物です。こういう救済処置ばかりやっていると、
プレーヤーが「どうせ本当に死ぬようなことはないだろう」という甘えを持ち、緊
張感が損なわれることがあります。いざというときの救済手段としては、ゲームマ
スターの裁量ではなく、NPCを使って下さい。(第2章参照)

**

 結論はこうです。

 RPGにおいては、「ルール」より「ゲームマスター」が、そして「ゲームマス
ター」より「ゲーム」が優先するのです。だからこそ、ゲームを守るためにゲーム
マスターがルールを覆すことが許されるというわけです。

 繰り返しますが、ゲームマスターは神ではありません。権力を行使する際には、
なぜそうするのかをプレーヤーに説明し、支持を得る必要があるのです。

 そして、プレーヤーが「美しいストーリーを守るため」「お約束の展開にするた
め」「その方がカッコいいから」といった理由でゲームのルールを破ることに納得
するとは決して思わないで下さい。

 ゲームマスターは任意にルールを破ってよいわけではありません。ルールを破っ
てよいのは、ゲームを守るために他に手がない場合だけであり、その場合でも必ず
プレーヤーへの説明と了解が必要とされるのです。


3.5 キャラクターとプレーヤーの分離

3.5.1 なりきりと感情移入

 今回から、キャラクターとプレーヤーの分離にかかわる話題について書きます。

**

 「RPGでは、キャラクターとの一体感を持つのが理想」と発言する人が散見さ
れます。同じような意見として「RPGでは、キャラクターになりきって行動すべ
きだ」といったものもあります。
 便宜上この手の主張をする人を「なりきり重視」派と呼ぶことにしましょう。

 さて、「なりきり重視」派の考え方は正しいのでしょうか?

**

 まず、議論を混乱させないために「感情移入」と「なりきり/一体感」をはっき
りと区別しておきましょう。ときどき混同している人がいるのですが、これらは別
のものです。

 「感情移入」とは、キャラクターに対してプレーヤーが思い入れを持つことです。
 キャラクターとプレーヤーは分離されています。プレーヤーは、キャラクターを
自分とは別の存在として客観的に認識しています。キャラクターを外から眺めてい
るようなものです。

 これに対して「なりきり/一体感」は、キャラクターとプレーヤーの区別を曖昧
にすることです。プレーヤーは、キャラクターを自分の分身であるかのように、さ
らには自分自身であるかのように、主観的に認識することになります。ちょうど、
キャラクターの内面に入り込んだようなものです。

 分かりやすい例で言うと、自分のキャラクターが撃たれたときに「悔しい」と感
じるのが感情移入で、「痛い」と感じるのが「なりきり/一体感」ということです。
あるいは、自分のキャラクターが苦しい試練に直面しているときに「がんばれ」と
声援するのが感情移入で、「苦しい」と感じるのが「なりきり/一体感」です。

**

 「なりきり重視」派の主張をよく聞いてみると、単に「感情移入しないとRPG
は面白くない」と言っているだけ、ということがよくあります。

 確かに、RPGに限らず、一般にゲームにとって「感情移入」は非常に大切です。
 背景設定やシミュレーションの要素を付け加えてみたり、カウンター(コマ)に
戦車の絵を描いたり、管理資源を表すのに「紙幣」を使ったり。これらは、全てプ
レーヤーの感情移入(思い入れ)を促進するための仕掛けです。RPGが、ゲーム
トークンとして「キャラクター(物語の登場人物)」を用いる狙いの一つが、この
「感情移入」であることは間違いないでしょう。

 ですから、「RPGをプレイするときには、感情移入が大切」という主張それ自
体は正しいのです。

 しかし、だからといって「なりきり重視」派が正しいということにはなりません。
 既に述べたように、感情移入と「なりきり/一体感」は別物だからです。

**

 感情移入という点を除いた、純粋な「なりきり/一体感」を追求する姿勢には、
致命的な問題があります。

 これを説明するために、まず「目標の多層構造」という、他のゲームには見られ
ないRPGの特長を思い出してみましょう。

 ・RPGにおける「目標」の多層構造(第2章参照)

  レベル1の目標 : PCがミッションを達成する

  レベル2の目標 : PCの動機を満たす

  レベル3の目標 : プレーヤーの動機を満たす

  レベル4の目標 : 最終的にレベル1から3を全て満たす。それが無理なら、
            レベル1から3の目標をバランスよく追求する。

 ・レベル4の目標が、RPGにおける真の目標である。一般にレベル1から3の
  目標は整合しない(しばしば相反する)ため、レベル4の目標は、複雑で困難
  な、挑戦に値する目標になる。

 レベル1から3の目標が整合しない、まさにその点がRPGを奥深いゲームにし
ているのでしたね。

**

 極端な例として、「パラノイア」を考えてみましょう。

 このRPGにおいては、レベル2の目標とレベル3の目標が対立します。キャラ
クターは「何とかして自分だけは生き延びたい」と心から願っています。それなの
にプレーヤーは、「自分のPCに愚かな死に方をさせる(ことで笑いをとる)こと」
を狙っているのです。このように、キャラクター同士が対立するだけでなく、キャ
ラクターとプレーヤーも対立するというのが、このRPGのミソです。

 「パラノイア」ほど極端でなくとも、レベル2の目標とレベル3の目標が整合し
ないことが魅力になっているRPGはいくらでもあります。

 例えば「クトゥルフの呼び声」に代表されるホラーRPGを考えてみましょう。
キャラクターが「静かで平穏無事な生活」を望んでいるのに、プレーヤーは「恐怖
を疑似体験するスリル」を求めています。両者の目標は矛盾します。だからこそ、
ホラーRPGが成立するのです。

 キャラクターが全く怖いもの知らずでどんどん危険に踏み込んでいっても、逆に
徹底的に危険を避け続けても、ホラーRPGは成り立ちません。死んだり発狂した
りしない程度に恐怖体験に遭遇し続けられるか、慎重さと大胆さのバランスをうま
くとれるか、というのがホラーRPGにおける課題なのです。

 他のRPGも基本的には同じです。レベル1、2、3のそれぞれの目標が完全に
は整合しないからこそ、RPGは味わい深いゲームになっているのです。

**

 さて、RPGにおける「目標の多層構造」を理解すれば、「なりきり重視」派の
主張に問題があることは明らかでしょう。

 なぜなら、プレーヤーがキャラクターになりきるためには、レベル2の目標とレ
ベル3の目標が整合している必要があります。プレーヤーの目標とキャラクターの
目標が食い違っている状態で、キャラクターに「なりきって」意志決定することは
ことは無理だからです。ところが既に見てきた通り、RPGにおいては、本質的に
レベル2の目標とレベル3の目標は整合しません。

 結果として、「なりきり重視」派は、レベル3の目標を放棄することになります。
プレーヤーとしての目標を捨てて、キャラクターとしての目標だけを目指して意志
決定する。これなら確かに「なりきり/一体感」が得られるかも知れませんが、お
分かりの通り、RPGをプレイしたことにはなりません。

**

 以上に示した重大問題の他にも、「なりきり重視」派の主張には無理な点がいく
つもあります。

 まず、「本質的にプレーヤーとは異質な精神を持っており、なりきり/一体感ど
ころか、共感すら困難なキャラクター」をプレイするRPGは意外に多いのですが、
こういうRPGは「なりきり/一体感」を拒否します。

 「トーグ」に登場するトカゲのような種族、「トラベラー」に登場するヒトデの
ような種族を考えてみましょう。彼らは人類とは全く異質な心を持っています。プ
レーヤーは人間ですから、ルールブックやサプリメントの記述を頼りに「この種族
なら、こんな場合にどう行動するだろうか」と推測して行動するしかありません。
「なりきり/一体感」など論外です。

 サイバーパンクRPGを考えてみましょう。
「テクロノジーは、肉体だけでなく、人間性(ヒューマニティ)も変容させる」と
いうのがサイバーパンクの重要なテーマです。ですから、サイバーパンクのキャラ
クターが持っている(テクノロジーによって変容した)人間性は、我々の理解や共
感を拒絶するような異質なものであるべきです。
 要するに、我々が「なりきり/一体感」を追求できるようなキャラクターは、そ
もそも「パンク」じゃないのです。

 「なりきり重視」派の主張を認めるなら、我々が共感できないほど異質なキャラ
クターをプレイするRPGは、全て否定されることになります。とんでもない!
自分とは全く異質な(理解も共感も絶する)キャラクターを、表面的であれ何であ
れ疑似体験できるというのは、これらのRPGの強烈なアピールポイントなのです。

**

 さらに、次の点を指摘しておきましょう。

 「ルール」はプレーヤーレベルの概念です。キャラクターは「ルール」を知らな
いはずです。このため、キャラクターに対する「なりきり/一体感」を追求すると、
ごく自然にルールを無視する方向に向かってしまうのです。

 これが、意志決定の基盤を破壊し、ゲームを台無しにし、RPGに上達する道を
塞いでしまうことは言うまでもありません。

**

 このように、「なりきり重視」派の考えは間違っています。

 では、どうして「なりきり重視」のような誤った主張をする人があとを絶たない
のか考えてみましょう。

 おそらくそれは、次の条件を全て満たすRPGしか経験したことがない人が多い
ためだと思われます。

  ・キャラクターの精神や価値観が、我々と比べてさほど異質でなく、容易に理
   解あるいは共感できる

  ・キャラクターの目標とプレーヤーの目標がいつも整合している
   (RPGにおける「目標の多層構造」が活かされてない)

  ・キャラクターの言動を決定する際にルールを意識しなくて済む
   (ルールの方向性が曖昧あるいは希薄)


 RPG全体を見ると、上の条件を全て満たすシステムは特殊ケースです。そして
上のようなシステムは、RPGが本来持っている特徴を活かしてないという意味で
稚拙なシステムだと言ってよいでしょう。

 ところが、まずいことに、日本では上の条件を満たすRPGが普及しているため、
多くの人が「RPGとはそういうものだ」と思い込んでいるのです。自分達が経験
したいくつかの国産RPGだけを見て、それが一般的だと信じているのです。

 これは悲惨なまでに視野が狭い考えですが、彼らは海外RPGを幅広くプレイし
ようという気がないため、自分達の視野の狭さに気づきません。

 このような絶望的に視野の狭い人々だけが、「なりきり重視」などという、ごく
一部の特殊なシステムにしか適用できない主張を、平気でRPG一般論として語る
わけです。恥ずべきことです。

 せめて本講座をお読みになった方は、どうか「なりきり重視」をRPG一般論と
して主張するような恥ずかしい真似は止めて下さい。

**

 いずれにせよ、マスターリングに上達したければ、「なりきり/一体感の追求」
といった幼稚な考えを捨てましょう。そして、自らの視野を広げるべく、数多くの
様々なRPGをプレイするように心がけて下さい。特に、海外RPGをなるべく幅
広く多く経験することを強くお勧めします。

 どんなことでもそうですが、上達に必要なのは正しい方法論と経験(練習)の積
み重ねです。どちらが欠けても上達は望めません。私の「マスターリング講座」が
提供できるのは前者だけです。後者は、もちろん自分で努力して獲得する以外には
ないのです。


3.5 キャラクターとプレーヤーの分離

3.5.2 演技とゲーム

 「キャラクターとプレーヤーの分離」にかかわる話題を続けます。

**

 前回は、「キャラクターとプレーヤーの分離」という原則をプレーヤーが守るべ
きであることについて解説しました。では、この件についてゲームマスター側には
何の問題もないのでしょうか?

 残念なことに、そうではありません。原則を守ってない、つまりキャラクターと
プレーヤーを分離できてないゲームマスターは少なくないのです。むろん、これは
キャラクターをプレーヤーの名前で呼んでしまう(あるいはその逆)といったレベ
ルの話ではありません。

**

 以降の説明を分かりやすくするため、ここで改めて「ゲームの本質は、意志決定
に他ならない」ということについて確認しておきましょう。

 ゲームにおいてプレーヤーに可能な行為は、本質的にはただ一つ、意志決定だけ
です。それ以外のあらゆる行為は、全て、ゲームを進行させる手続きか、あるいは
感情移入を促進するためのフレーバーに過ぎません。

 これはRPGにおいても同じです。

 RPGにおいて、プレーヤーはセッションを進行させる手続き(例:ダイスを振
る)や、感情移入を促進するための行為(例:キャラクターの演技)を行うことが
出来ます。しかし、セッションに影響を与えることが出来る行為は、ただ一つ「意
志決定」だけです。

 「そんなことは当たり前だ」と思われるかも知れません。では、次の例を考えて
みて下さい。

**

 PCがNPCを説得しようとするシーンです。便宜上、このRPGでは「説得」
技能が定義されているとしましょう。ここで2人のプレーヤーがそれぞれ次のよう
にプレイしたと考えて下さい。

 ・プレーヤーAは、「何々と言って説得する」と、説得する内容を説明します。

 ・プレーヤーBは、思わずゲームマスターが説得されてしまいそうな迫力でPC
  のセリフを口にし、真に迫った演技を見せます。ただし、説得の論理的内容は
  プレーヤーAと同じです。

 さて、もしあなたがゲームマスターなら、「説得」技能で判定するときに、どち
らにより有利な修正を付けますか?

 もしあなたが迷うことなく「Bの方により有利な修正をつける」と答えたなら、
あなたはキャラクターとプレーヤーの分離が出来てないことになります。

**

 上の例では、プレーヤーAもBも同じ意志決定をしています。ですから、どちら
に対しても同じ判定を行うべきです。説得の成功率は、キャラクターデータ(例え
ば「説得」技能レベルとベース能力値)だけで決まります。

 もしBの方により有利な修正が付くとすると、それはプレーヤーBの「演技力」
や「表現力」がセッションに、ゲーム内世界の出来事に影響したことになります。
 これは不合理です。実際にゲーム内世界で説得を試みているのはプレーヤーBで
はありません。キャラクターです。プレーヤーB自身の演技力や表現力が、ゲーム
内世界に影響を及ぼすことは、あり得ないはずです。

**

 このことは、「説得」技能でなく、例えば「射撃」技能で考えてみると、よく分
かると思います。

 キャラクターが拳銃で敵を撃つシーンで、プレーヤーが実際に拳銃を取り出して
100m先を飛んでいる鳥を撃ち落とし、「こんな風に射撃する」と言ったとして
も、あなたは射撃命中判定に有利な修正を付けたりしないでしょう。
(そのプレーヤーが銃口をあなたに向ければ、話は別でしょうが・・・)

 プレーヤーの拳銃の腕前がどんなに高くても、あるいは実際に見事な射撃を披露
したとしても、だからといってキャラクターの命中判定に有利な修正を付けるのは
不合理だ。これは誰だってそう思うはずです。ゲーム内世界で銃を撃つのはキャラ
クターであって、それが命中するかどうかは状況とキャラクターの射撃能力で決ま
るもので、プレーヤーの射撃能力とは無関係だからです。

 ならば、「射撃」技能が「説得」技能にかわっても事情は同じだ、ということに
納得していただけるでしょう。さきほどの例で、プレーヤーBが説得力を発揮した
からといって、ゲーム内世界でキャラクターがNPCを説得するときに有利な修正
を付けるというのは誤っているのです。

**

 もし、ゲームマスターがそのような誤った処理を行うのであれば、演技力に自信
のある(あるいは自分の交渉能力に自信がある)プレーヤーは、きっと「射撃」や
「水泳」のような運動系、戦闘系の技能ばかりレベルを高くしておき、「説得」や
「交渉」「言いくるめ」といった対人系の技能のレベルを上げようとはしなくなる
でしょう。なぜなら、対人系の技能は、プレーヤー自身の演技や交渉力でカバーで
きてしまうからです。
 これでは、ルールシステムが正しく機能しなくなることは明らかです。

 だから、キャラクターとプレーヤーをゲームマスターがきちんと区別することが
重要なのです。

**

 ここで、あなたは次のように思うかも知れません。

「もしプレーヤーAのキャラクターの方が、プレーヤーBのキャラクターより説得
技能もベース能力も低いとすると、プレーヤーBがどんなに努力してもプレーヤー
Aより説得の成功率を上げることは出来ないわけだ。しかし、これでは可哀相だ。
ゲームマスターは、プレーヤーBの努力を報いてあげるべきではないのか」

 ゲームマスターが、プレーヤーの努力に対して、セッション内で報いることは、
可能です。可能どころか、それは必須です。何度か申し上げた通り、プレーヤーの
努力が適切に報われることこそ、広義の「ゲームバランス」に他ならないからです。

 しかし、ここで「プレーヤーは、意志決定という行為によってしかセッションに
影響を与えることは出来ない」という基本原理を思い出して下さい。セッションの
範囲で報われるべきプレーヤーの努力とは、「より良い意志決定を行う」努力だけ
です。それ以外の努力はセッションに何ら影響しません。

**

 例えば「まず相手に酒をおごって、ほろ酔い気分になったところで説得する」と
プレーヤーが言えば、これはより良い意志決定と見なし、有利な修正を付けるなど
してセッション内で報いるべきです。

 他にも「説得に有利な材料となる情報が、相手の周囲で繰り返し話題になるよう
あらかじめ手配しておく」とか、「まず相手の身内(配偶者、娘など)を説得し、
本命の説得に協力してもらう」とか、より優れた意志決定といえる方法はいくらで
も考えられます。

 このように、RPGにおいてプレーヤーが努力すべきは「より優れた意志決定を
行うこと」なのです。プレーヤーがRPGに上達するとは、「より優れた意志決定
を行えるようになること」です。

 ゲームマスターは、このようなプレーヤーの「より良い意志決定に向けたの努力」
を見逃さず、きちんとセッション内で報いてあげて下さい。それがゲームマスター
として上達する道でもあります。

**

 あるいは、あなたは次のように考えるかも知れません。

「プレーヤーには、なるべくキャラクタープレイ(キャラクターの演技)をしてほ
しい。だから、ちゃんと演技したプレーヤーBには何かボーナスを与えて、他のプ
レーヤーも見習うようにしたい」

 本来の意味のロールプレイ、つまり「役割分担」は、RPGというゲームを特徴
づける本質的に重要な要素です。これに対して、キャラクタープレイ、つまりキャ
ラクターの「演技」は、感情移入を促進するために行う行為であり、ゲームの本質
とは何の関係もありません。
 これについては第1章および第2章で何度も説明したので、既にお分かりのこと
でしょう。

 ですから、キャラクタープレイに対して、セッション内で報いるわけにはいきま
せん。そんなことをすればゲームの基本構造が崩れてしまいます。将棋で「駒を動
かす手つきがカッコいいので、銀を真後ろに進めるようにしてあげましょう」とい
うのと同じくらい無茶なことです。

 もし、あなたがどうしてもキャラクタープレイに対して褒美をあげたいと思うの
なら、セッション内ではなく、セッション終了後に配布する経験点にボーナスを付
けるとよいでしょう。(多くのRPGでは、「プレーヤーの良い演技」に対して経
験点ボーナスが付くことになっています)


3.6 セッションの開始から終了まで

3.6.1 キャラクター作成

 今回から、セッションの開始から終了までの間にゲームマスターが行うべき作業
について順番に解説してゆくこととします。
 最初の話題は「キャラクター作成」です。今回は、キャラクター作成に先立って
プレーヤーに説明しておくべきポイントについて示しましょう。

**

 キャンペーン、あるいはプレジェネレイティド(プレロールド)キャラクターを
使う場合を別にすると、セッション開始前に、ゲームマスターは、各プレーヤーに
対してキャラクター作成指示を出す必要があります。

 キャラクター作成指示を出すことは、ゲームマスターにとって大切な仕事です。
単に「では、ルールブックに従ってキャラクターを作成して下さい」と言うだけで
はゲームマスターの責務を果たしたことにはならないのです。

 というわけで、まず最初に行うべき仕事は「事前説明」です。

**

 ゲームマスターは、プレーヤーがキャラクター作成を始める前に、次のような重
要ポイントを説明する責務を負っています。これはゲームを円滑に進める上で非常
に大切なことです。手を抜かないで、きっちり説明して下さい。


1.RPGにおける「キャラクター」とは、プレーヤーがゲームに係わる(=意志
  決定をゲーム進行に反映させる)ためのゲームトークンに過ぎないこと。


 これは最も大切なポイントです。何度でも繰り返し強調すべきです。この点につ
いて全てのプレーヤーが正しい認識を持つまでは、決してセッションを開始すべき
ではありません。

 ゲームに慣れてないプレーヤーは、しばしばキャラクターを「架空世界内で実際
に生きている、意志を持った人間(人格)」だと錯覚しがちです。この手の錯覚は
しばしば非常に重大なトラブルを引き起こします。

 例えば、「このキャラクターは、こういう性格だから」と言い張ってゲーム進行
を阻害するというのが典型的なトラブルです。他にも、意識がキャラクターになり
きってしまい、プレーヤーとしての意志決定が出来なくなる。役割分担を果たさな
くなる、などのトラブルが報告されています。これではゲームが成立しません。

 こういうトラブルを起こすプレーヤーは、ほとんどの場合「キャラクターの意志
は尊重されるべきだ」と信じているようです。

 とんでもない。

 キャラクターは、意志など持っていません。意志決定を行うこともありません。
それはゲームトークンなのです。プレーヤーだけが意志決定を行う能力を持ってお
り、キャラクターはその意志決定をゲームに反映させるために使われる媒体に過ぎ
ません。

 キャラクターに感情移入することは結構です。感情移入を高めるために演技(キ
ャラクタープレイ)を披露するのもよいでしょう。しかしながら「キャラクターの
意志」などという理由を持ち出して、ゲーム進行を邪魔することは許されません。
ゲームを邪魔しておいて、それをキャラクターのせいにするような態度をとらない
で下さい。

**

 なお、RPGにおけるキャラクターは、他のゲームにおけるゲームトークンとは
異なり、「性格」「立場」「特徴」といった属性を持っています。これらの属性は
もちろんプレーヤーの意志決定に大きな影響を与えます。同じ状況であっても、こ
れらの属性によって何が「より優れた意志決定であるか」は異なってきます。

 意志決定の際には当然キャラクターの属性を考慮すべきですが、これは「キャラ
クターの意志を尊重する」というのとは違います。

 例えば、「嘘をつくのが大嫌い」という特徴を持っているキャラクターが、何か
ごまかして言い抜けないと仲間の命がない、というシーンに遭遇したとします。

 ここで、平気でキャラクターに嘘をつかせるようなら、それはキャラクターの属
性を無視した質の低い意志決定だと言えるでしょう。

 かといって、ここで「このキャラクターは嘘をつくのが大嫌いだから、ごまかし
や言い抜けはしない」と主張するだけなら、それは「キャラクターの意志」を持ち
出していることになります。ゲームをプレイする態度ではありません。

 こういうときは、「いかにして嘘をつかずにこの場を切り抜けるか」と知恵をし
ぼるべきです。例えば、「嘘ではないが相手がきっと誤解するであろう言い方」を
工夫して、結果としてごまかしや言い抜けに成功したとすれば、これは優れた意志
決定だと言えるでしょう。

**

 繰り返しになりますが、意志決定は全てプレーヤーの責任です。ゲーム進行を妨
害しておいて、それを「キャラクターの意志」のせいにすることは許されません。

 この点について、必ず全てのプレーヤーを納得させて下さい。どうしても納得し
ないプレーヤーがいれば、セッションへの参加をきっぱり拒否すべきです。
 これはゲームマスターの責務と考えて下さい。トラブルの種を抱えたままセッシ
ョンを開始するのは、他のプレーヤーに対して非常に失礼なことです。

**

2.RPGにおける「キャラクター」とは、役割分担の定義であるということ


 RPGにおける役割分担の重要性は、これまでにも何度か強調したことです。
 もともと「ロールプレイ」という用語は、役割分担を意味しているのでしたね。

 RPGとは、どのプレーヤーも自分のキャラクターだけでは目的を達成すること
が出来ず、役割分担という手段により、進んで(あるいはやむを得ず)、全面的に
(あるいは部分的に)相互協力するゲームなのです。

 ここで大切になってくるのが、「まずキャラクターがいて、彼または彼女たちが
役割分担の方法を模索する」のではなく、「まず役割分担があって、その分担に従
って適切なキャラクターを作成する」ということです。

 もっと言うなら「役割分担の方法を、データの形できちんと表記したものがキャ
ラクターである」という考え方すら可能です。

 これが分かってないプレーヤーは、トラブルを引き起こしがちです。

 例えば、自分のキャラクターだけが活躍できるようにする(それを狙ってキャラ
クターを作成する)とか、逆に自分のキャラクターが何を分担しているか把握して
おらず、必要なときに必要な行動をとることが出来ない、などです。

 ですから、まずプレーヤー間で役割分担について話し合い、その結果に従って自
分の分担を果たすのにふさわしいキャラクターを作成する、というのが正しい手順
です。

 これを必ず実行させて下さい。役割分担に関する合意なしのキャラクター作成を
認めるべきではありません。


**

 他の種類のゲームに対してゲームトークンが果たしている役目に比べると、RP
Gにおけるゲームトークン、つまり「キャラクター」は、際立った重要性を持って
います。

 他の種類のゲームと比べてRPGを特徴づける本質的なポイント(ゲーム要素の
不完全さ、目的の多層構造、役割分担など)は、ほぼ全て「キャラクター」という
存在に集約されているからです。

 ですから、キャラクター作成とは、プレーヤーがどのようにRPGに係わってい
くか、RPGの特徴をどのように活かすつもりか、という方針を決定する作業と言
ってもよいのです。

 これをプレーヤーによく認識させることが、ゲームマスターの責務であり、そし
て最初の「セッションハンドリング」なのです。ゲームマスターとして上達を目指
すのであれば、決してこの作業を甘く見てはなりません。


3.6 セッションの開始から終了まで

3.6.2 セッション導入

 今回は、キャラクター作成からセッション導入までの間にゲームマスターが行う
べき作業について順番に見てゆきましょう。

**

 慣れないゲームマスターが最も頻繁にやってしまう失敗が、「セッションの前半
に時間をかけ過ぎて、後半で時間が足りなくなる」というものです。後半、クライ
マックスのあたりを駆け足で済ませることになったり、セッションの途中で終了時
刻になりやむを得ず打ち切りにしたり、といった苦い経験は誰にでもあることでし
ょう。

 こういう失敗を防止するためには、セッション前半にかける時間を短縮すること
が大切です。とかくセッション前半は「まだ始めの方だから」と思ってゆっくり進
めてしまいがちですが、むしろ「前半こそ急いで進め、後半クライマックス近くの
シーンにたっぷり時間をかける」という心がけでゆきましょう。

**

 というわけで、前回に解説した通り事前説明をきちんと済ませさえすれば、キャ
ラクター作成自体はなるべく短い時間で終わらせるように工夫して下さい。そのた
めには、プレーヤーがあれこれ選択に迷わないようにしてやることが大切です。

 コツは、「選択項目を分類整理して、選択しやすくする」「強制的にどんどん意
志決定させてゆく」ということです。

 一例を挙げてみましょう。

 事前にルールブックの技能リストやアイテムリスト、あるいは魔法等の特殊能力
のリストが載っているページをコピーして、各項目に次のような分類記号を付ける
のです。(プレーヤーをひっかけよう、などという邪悪な考えは捨てて、正直に分
類して下さい)

  A.重要。参加するPC全員がなるべく持っておくべき。
  B.有用。参加するPCのうち少なくとも1人が持っておくべき。
  C.可能。役に立つ可能性があるので、余裕があれば持っておくとよい。
  D.不要。たぶん今回は役に立たない。趣味で持ってもよい。

 そして、この紙をさらに参加人数分だけコピーして配り、次のように進めます。

 ・全員に対して「Aを付けた各項目をとるかどうか決める」ように指示します。
  このとき「悩むようなら、とりましょう」とアドバイスするとよいでしょう。

 ・次に、「Bを付けた項目を上から読み上げるので、とりたいと思った人は申告
  して下さい」と指示して、ゆっくり読み上げます。希望者が3名以上の場合、
  あるいは誰も希望しない場合には、皆で相談してどうするか素早く決めます。

 ・さらにCについても同じようにします。ただし、希望者がいなければどんどん
  飛ばして進みましょう。

 ・最後に「余裕がある人は、Dをとるかどうか決めて下さい」と指示します。

 これで、キャラクター作成にかかる時間を大幅に短縮することが出来ます。

 もちろんキャラクター作成時にプレーヤーが何の選択に迷うかはシステムによっ
て大きく異なります。上で述べたのは一例に過ぎません。具体的なやり方はシステ
ム毎に考えて下さい。

**

 いずれにせよ、キャラクター作成が完了したら、念のために全員に「自分のPC
はどのような役割を分担しているか」をはっきり宣言させましょう。そして、各自
の作成したPCが、役割分担に相応しいキャラクターになっているかどうかを確認
させて下さい。

 多くの場合、次にキャラクター間の関係(彼らは何者で、なぜ一緒に行動してい
るのかという設定)を決める必要があります。これは、ゲームマスターが、背景世
界やシナリオを考慮して、あらかじめ決めておいたものを、プレーヤーに説明する
ことでよいでしょう。

**

 次はセッション導入です。

 セッション導入部にも、時間をかけるべきではありません。

 こういう経験はありませんか。

 セッション導入で「君たちは酒場にいる」とやったところ、酔っぱらって騒ぎ始
めたPC、異性を口説き始めたPC、ギャンブルを始めたPCなどに対応するはめ
になり、仕事の依頼主を登場させてPC達のリーダーと会話を始めるまでに15分
が経過。やれ報酬が少ないだの情報が足りないだの文句を言うリーダーをなだめす
かしているうちに30分が経過。ようやく話がまとまりかけたところで他のPCが
戻ってきて「その話、引き受ける前に聞いておきたいことがある」というわけで、
仕事の依頼が完了した頃には、そろそろ開始後1時間になろうとしていた・・・。

 こんなことをやっていては、後半の時間が足りなくなるのも当然です。

 そこで、こうしましょう。思い切って導入シーンを省略して、結果だけを説明す
るのです。

「君たちは酒場でこれこれこういう老人に出会った。老人の言うことには、どーの
こーのがあーだこーだなので、いついつまでに君たちに何々してほしいとのことだ。
君たちはこれこれの報酬と条件で依頼を引き受けることにした」という具合です。

 このように処理しても問題はありませんし、「君たちは酒場にいる」方式に比べ
て大幅に時間を節約することが出来ます。

 もちろん、全てのシナリオが「NPCがPC達に仕事を依頼してくる」という導
入部を持つとは限りません。「君たちの分隊に命令が下った」「君たちは非常に興
味深い噂を聞きつけて真相を調査することにした」「君たちが乗っていた飛行機が
無人島に不時着した」など、様々なものが考えられるでしょう。いずれにしても、
状況を的確に説明して、PC達が何をしなければならないのかを明確にして下さい。

**

 次に、他のゲーム要素を提示します。

 これも、回りくどい方法をとって時間をかけるべきではありません。シナリオに
あらかじめ書いておいた内容を、単刀直入に説明すべきです。


「セッション導入部で明確に提示すべきゲーム要素」(詳しくは第2章参照)

・目標

  レベル1の目標 : どうすればシナリオをクリアできるか
  レベル2の目標 : PCが望んでいることは何か
  レベル3の目標 : このRPGが再現しようとしているジャンル(または原作)
            における、観客(読者)の楽しみは何か
  レベル4の目標 : レベル1から3をバランスよく追求することこそRPG
            における真の目標だということを強調する

・制限

  時間制限  : いつまでにミッションを達成しなければならないか
          とりあえず最初の課題をいつまでに解決しなければならないか
  移動制限  : このセッション内でPCが移動できる範囲はどこまでか
  社会的制限 : PCが守るべき規範、法、約束などは何か
  情報や装備 : どこまでなら情報や装備が手に入るか(入りそうか)

・障害

  敵  : PCが倒さなければならない敵はなにか
  障害 : PCが、とりあえず解決しなければならない最初の課題は何か

**

 ゲーム要素をはっきりさせたら、いよいよセッションのメインパートです。
 ここから、セッション内の時間が流れ始め、PC達が行動を開始するのです。


3.6 セッションの開始から終了まで

3.6.3 セッションの進め方

 今回は、セッションのメインパートを円滑に進めてゆくために必要なテクニック
についてまとめてみます。

**

 セッションが川のようにスムーズに流れ、プレーヤー達がよどみなく意志決定を
下しているなら、ゲームマスターの仕事は単純です。必要な情報を良いタイミング
で渡すこと、素早く判定条件を決めること、状況を的確に説明すること・・・。

 これらの作業は、経験を積んだゲームマスターにとっては、ルーチンワークに過
ぎないでしょう。

 しかし、セッションの流れが中断し、プレーヤー達が意志決定に迷っているよう
なら、そのときこそゲームマスターの手腕が問われるときです。すみやかに、かつ
的確にセッションに介入しなければなりません。

**

 セッションの流れが中断している状態は、次の3種類に大きく分けて考えること
が出来ます。

 1.プレーヤーにとって選択肢は明確だが、どれを選ぶか迷っているケース

 2.プレーヤーにとって選択肢が明確でなく、どうすればよいのか困惑している
   ケース

 3.セッション進行を妨げるトラブルが発生しているケース

 以降では、これらのケースについて、それぞれゲームマスターがどのように介入
すればよいのかを説明します。

**

1.プレーヤーが、どの選択肢を選ぶか迷っているケース


 このようなときは、押しの一手です。第3章の始めに解説した「タイムスケール
管理」を活用しましょう。

 タイムスケール管理によりプレーヤーに意志決定を強制します。もし迷っている
プレーヤーがいれば、行動権を1つ放棄したものと見なして、次のプレーヤーの行
動宣言に進むのです。たいていのプレーヤーは、行動権を放棄するくらいなら、思
い切って選択肢から1つの行動を選ぶほうをとるものです。


**

2.プレーヤーが、何をどうすればよいのか分からず、困惑しているケース


 このようなケースでは、とにかくプレーヤーに対して選択肢を明確に提示しなけ
ればなりません。そのために使える最も有効な手段は、NPCです。

 第2章で、できるだけ「PC達と行動を共にする同行者NPC」を出すべきだと
いうことを説明しました。このような「同行者」がいれば、いつでもPC達に適切
な助言を与えることが可能になるからです。

 要するに「同行者NPCがPCに助言する」という形をとりながら、実際のとこ
ろゲームマスターがプレーヤーに対して選択肢を提示するわけですね。

**

 例えば、難破したPC達が無人島に流れ着いた、というシーンを考えてみます。
ここでプレーヤー達が何をどうすればよいか分からず、何かイベントが発生するの
を待って、ただ辺りを歩き回る以外に何もしない状態になったとしましょう。
(コンピュータRPGの経験しかないプレーヤーは、しばしばこういう受身の姿勢
をとりがちです)

 ここで、同行しているNPCに「とりあえず安全な場所を探してキャンプを設営
しよう。それに水源と食料源を探さなきゃ。高い木か何かに登って島全体の形や広
さを調べることも大切だな。さあ、手分けして進めよう」などと言わせるのです。

 ポイントは、「何をどうすればいいんだ??」という困惑した状態から、必要な行
動をリストアップして「誰がどの作業を分担するか」という意志決定が求められて
いる状態に移してやることです。そうすれば、意志決定が可能になるのです。

**

 慣れないプレーヤーは、しばしば「課題は、自分達だけで解決しなければならな
い」と頭から思い込んでしまい、このために壁にぶつかることがあります。

 例えば、小型飛行機を飛ばさなければならないのに、PCの誰一人としてパイロ
ット技能を持ってないとします。ここでプレーヤー達が「誰も飛行機の操縦が出来
ない。ああどうしよう」と困惑しているようなら、これは壁にぶつかっています。

 こういうときは、同行NPCに「さて、どこでパイロットを雇おうか」などと言
わせて下さい。そうすれば、たぶんプレーヤー達も「電話帳で近くの民間航空会社
を探して電話してみる」といった意志決定を行うことが出来るでしょう。

 この例では、プレーヤー達が「誰もパイロット技能を習得してないので飛行機が
飛ばせない」という形で悩んでいる限り、いつまでたっても意志決定など出来ませ
ん。こういうときはゲームマスターが介入して、「どこでパイロットを雇えばよい
か」という課題に変えてやる必要があるのです。

**

 同様に、プレーヤー達が袋小路に入って悩んでいる場合、ゲームマスターの介入
が必要です。NPCのセリフを借りて、課題を解決できる形に変化させるのです。

 ・「ある場所を通るのに必要な魔法を誰も習得していない」と悩んでいるなら、
  「必要な魔法を使える人物をどこで見つければよいか」という課題に。

 ・「通路を塞いでいる(すごく強い)モンスターをどうやって倒せばよいか」で
  悩んでいるなら、「戦いを避けて通るにはどうすればよいか」という課題に。

 ・「所持金が足りなくて必要なアイテムが買えない」という悩みであれば、「誰
  からどうやって(何を担保に)借金すればよいか」という課題に。


 RPGというゲームが持つ面白さの1つに、このように「課題のとらえ方を変え
るだけで、解決不能に見えた壁を打破できることがある」という点があります。
 実のところ、これは人生における様々な問題に対処するときと同じです。だから
こそRPGは、人生と同じく、年齢を問わず死ぬまでプレイできる奥深さを持って
いるのです。

**

3.セッション進行を妨げるトラブルが発生しているケース


 セッション中に生ずるトラブルは多種多様ですから、その全ケースを分類整理し
てそれぞれに対する最良の対応を論ずることは非常に困難です。いつの日か、そう
いうテーマで書くことがあるかも知れませんが、ここでは「プレーヤーとキャラク
ターの分離不全」により引き起こされるトラブルだけをとりあげることにします。

 「プレーヤーとキャラクターの分離」がどんなに大切であるかは先に説明した通
りです。ですが、不幸にしてこれが充分でないプレーヤーは少なくありません。
 このようなプレーヤーは、かなりの確率で次のようなトラブルを引き起します。

 ・キャラクターになりきってしまい、セッション進行を妨げる言動、他のプレー
  ヤーを不快にする言動を繰り返す。しかも、自分が周囲の人に迷惑をかけてる
  ことに気づかない。

 ・キャラクターの個性や性格に必要以上に固執し、セッション進行を妨げたり、
  役割分担を放棄したりする。しかも「自分は正しいロールプレイをしている」
  と信じており、そのように主張して譲らない。

 ・自分のキャラクターを活躍させたいあまり「美しいストーリー」や「予定調和
  的なプロット」「自分が期待している展開」を要求する。特に、自分のキャラ
  クターがダイス目のせいでコロリと死ぬ、といったアンチクライマックスを受
  け入れようとしない。


 こういうトラブルのやっかいな点は、問題を引き起こしている張本人が、自分が
間違っているとは全く思わないことです。ゲームマスターがいくら注意しようと聞
く耳を持ちません。

 昔、私は先輩ゲームマスター諸氏に相談したことがあります。こういうトラブル
を引き起こすプレーヤーにどう対処すればよいかと。答えは「バケツに水をくんで
きて頭からぶっかける」というものでした。

**

 もちろん、バケツを用意する前に、もっと穏やかな手を試みるべきでしょう。

 例えば、「キャラクターを取り上げて、一時的にNPCの役を割り当てる」とい
う方法があります。

 キャラクターとの分離が充分でない(なりきりモードに入っている)と思われる
プレーヤーがいれば、何らかの手段で彼または彼女のキャラクターを行動不能にし
た上で、「一時的にこのNPCの役をやって下さい」と言いながらNPCのキャラ
クターシートを渡すのです。

 そうして、そのプレーヤーには、しばらくNPCを担当してもらいます。こうす
れば、「キャラクターとプレーヤーの分離不全」にストップがかかり、プレーヤー
の意識を強制的にリセットすることが出来ます。

**

 もちろん、このためには、シナリオ作成時に「いざというときプレーヤーにやら
せるNPC」を決めておき、キャラクターシートを準備しておかなければなりませ
ん。

 そのようなNPCとしては、なるべくシナリオにおける役割(邪魔者、同行者、
救援者など。第2章参照)がはっきりしており、性格づけが明確な(ロールプレイ
しやすい)人物を選びましょう。
 また、そのNPCは出来るだけセッションの最初から登場させ、プレーヤー達に
印象づけておくことが大切です。(キャンペーンなら、プレーヤーに馴染みの深い
常連NPCがよいでしょう)

 そうすれば、急にそのNPCの役を担当するように指示しても、一時的だという
安心感もあり、割と抵抗なく受け入れてもらえます。

 実際にこの方法を使っている人の報告によると、

  ・特にPC達の敵となるNPCを担当させると効果が大きいように思う。
   (キャラクターとプレーヤーを分離して考えないと混乱するためでしょう)

  ・特に問題の大きいプレーヤーを狙ってこの方法を適用するだけで、他プレー
   ヤーにも「キャラクターとプレーヤーの分離」を促す効果があるようだ。

とのことです。

**

 にもかかわらず、プレーヤー全員が暴走ぎみになったときには、プレーヤー全員
のキャラクターを交換することも必要でしょう。具体的には、全員のキャラクター
シートを素早く集めて、配り直すのです。このとき、誰もがそれまでと異なるキャ
ラクターを受け取るようにします。
 そして、以降は新しく割り当てられたPCでゲームを進める、と宣言します。

 実際、トラブルがなくとも、ときどきプレーヤー間でキャラクターを交換させる
というのは、悪くない考えです。そうすれば、1回のセッションで様々な役割を経
験することができますし、色々なキャラクターを演じるチャンスが与えられるわけ
ですから。

 特に、無意識にいつも同じパターンのキャラクターを作りがちなプレーヤーにと
っては、他人が作成したキャラクターを担当するというのは、新鮮なチャレンジに
なることでしょう。

**

 これで必ずトラブルが解決できるとは限りませんが、試してみる価値はあります。

 もし、試してみても駄目だったら・・・。

 そのときは、トラブルメーカーのプレーヤーをセッション卓から追い出す以外に
ありません。ゲーム進行を阻害する要因は、他に手がないと判断されるなら、たと
えそれがプレーヤーの一人であろうと断固として排除するのがゲームマスターとし
ての責務です。

 具体的な方法ですか?

 そうですね、とりあえずバケツに水をくんできて、頭からぶっかけるとよいので
はないでしょうか。


3.6 セッションの開始から終了まで

3.6.4 セッション終了

 いよいよ第3章の最終回です。今回は、セッション終了後の作業についてまとめ
ましょう。

**

 第2章で説明したようにきちんとシナリオを準備し、さらに第3章で説明してき
た様々な技法を駆使すれば、今やあなたはどんなセッションも軽々とこなせること
でしょう。

 さて、ようやくセッションが終了しました。最後に、プレーヤーに対して報酬を
与えるという仕事が残っています。

 報酬の配布は、セッションを完結させる重要な作業です。

 ここで手を抜いて、ただ漫然と機械的に経験点を与えるだけで終わったのでは、
せっかくのセッションも価値がぐんと下がってしまいますよ。

 画竜点晴という言葉もあります。きちんとしたやり方で報酬を配布し、セッショ
ンを見事に完結させて下さい。

**

 セッションの報酬というと、金銭や経験点しか思いつかない人がいます。

 しかし、金銭や経験点といった報酬は、「量」の概念しかない単純なものなので
すぐに飽きがきます。そしてプレーヤー達は「報酬が少ない」「前はもっと報酬が
出た」などと不満を持つようになるでしょう。

 せっかく報酬が出たのに不満しか感じないというのでは、プレーヤーも気の毒で
す。かといって、不満が生じないようにと金銭や経験点を大量に与えると、次回の
冒険をやろうという意欲が削がれますし、それに次回のセッションではもっと大量
の報酬を出さなければならなくなるでしょう。きりがありません。

 よい報酬というのは、プレーヤーに対して「ワクワクするような期待感」を与え
るものであるべきなのです。

 そこで、ゲームマスターとしては、金銭や経験点よりも、むしろ「許可」「特殊
アイテム/特殊能力/特殊知識」「コネ」といったものを報酬として出すよう心が
けて下さい。

**

 許可というのは、「今回の任務(冒険)に成功した結果、今まで許されなかった
ことが許可された」という類の報酬です。

 例えば「国王への謁見が許可された」「禁断の”エルフの森”に入ることが許さ
れた」「カナワ商事と取引できるようになった」「航海が可能になった」というわ
けですね。

 コンピュータゲームで、何かミッション(クエスト)を達成した結果、今まで会
えなかった人物に会えるようになったり、今まで行けなかった場所に行けるように
なったときの喜びを思い出して下さい。金銭的報酬や経験点を得るより、ずっと嬉
しかったはずです。

 この「許可」という報酬を与えると、新たな可能性が開けるため、「よし、今ま
で出来なかったことに挑戦してみよう」という具合に、プレーヤーの冒険意欲や好
奇心をかきたてる効果があるのです。

 「冒険の結果、金貨20枚と経験点100点を得た」で終わるよりも、「冒険の
結果、キャラクター達の前に新しい可能性が開けたのであった」で終わる方が感動
的ですから、たとえ単発シナリオであっても、「許可」に属する報酬を出すように
しましょう。

**

 特殊アイテムというのは、「魔法の物品」「超テクノロジーの遺物」「奇跡の薬」
といった具合に、キャラクターに対して特別な能力を授けてくれる珍しいアイテム
です。

 特殊能力というのも同様で、「超能力」「魔法」「驚くべき幸運」といった能力
を指します。

 キャラクターに対して特別な能力を授けてくれる報酬として、特殊な知識という
ものもあります。「知は力なり」という言葉がありますが、ほとんどの人に知られ
ていない知識は、特殊能力と同様に機能します。最も簡単な例は、「パスワード」
ですが、「魔物を呼び出す儀式」とか「モンスターの弱点」とか「特定の場所を通
り抜けるための情報」といったものは全て報酬として使える特殊知識です。

 これらの報酬は、許可と同様に「今まで出来なかったことが出来るようになる」
「新しい可能性が開ける」という効果を持っています。ですから、報酬として許可
と同じ効果を持っているのです。

 ただし、既にご存じのことでしょうが、「無限に使える強力な魔法のアイテム」
を出すと後から後悔することになります。特殊アイテムの類を報酬として与えると
きは、必ず使用回数に制限を付けて下さい。

 なお、使用回数制限としては、「3回しか使えない」とするより、「使用する度
に30パーセントの確率で消滅する」といった制限の方が面白いでしょう。超能力
や幸運、知識についても同様です。使用する度に、一定の確率でその能力が失われ
たり、知識が無効化する(例えばパスワードが変更される)、という具合にするの
です。

**

 コネというのは、今回のセッションに登場したNPCが、PC達に対して何らか
の恩義を感じたという類です。将来、PC達が苦境に陥ったときに彼または彼女が
助けてくれることでしょう。

 よく漫画や映画で、苦境に陥った主人公が昔のダチを訪ねると、「あんたの頼み
じゃ断れねえな」とか言って、隠れ家を用意してくれたり、偽造パスポートを手配
してくれたり、逃走用トラックを提供してくれたりしますね。しかも、そのダチに
は美人の娘がいたりするわけです。しかも、そのダチは主人公の身代わりになって
殺されたりします(確率73パーセント)。

 あれが、いわゆるコネです。

 このように、コネは、将来においてシナリオのネタになったり、伏線として活用
したり、いざというときの救済処置として使えたりするので、特にキャンペーンに
おける報酬に向いています。

 そうそう、使用回数制限を付けることも忘れてはいけませんでしたね。「コネの
あるNPCも旅を続けており、今度いつ会えるか分からない」「PCを助けるため
に犯罪に手を出して、警察に逮捕されてしまう」「主人公の身代わりになって殺さ
れる(確率73パーセント)」といった具合です。

**

 金銭的報酬についてですが。

 以上の報酬をちゃんと与えれば、金銭的な報酬を少なめにしても、プレーヤーは
あまり不満を持たないことでしょう。

 とにかく、PCに豊富な金銭を与えると、ろくなことはありません。いつも金に
困っているくらいがちょうどよいのです。

 プレーヤーだって、「いつかお金をためて、あの武器(防具)を買おう」とか思
っているときが最も幸福なはずです。高価なアイテムは、手に入らないからこそ価
値があり、夢があるのです。

**

 最後に、経験点について書いておきましょう。(ルールに経験点という概念があ
る場合)

 何に対して経験点を割り当てるかという基準はシステムによって大きく異なりま
す。「モンスターを倒したこと」「判定に挑戦(成功)したこと」「プレーヤーが
セッションに参加した時間」「使わなかったヒーローポイント」といった具合です。
 いずれにせよ、まずはルールで定められた通りに経験点を配布しましょう。

**

 「ゲームマスターの判断により、経験点ボーナスを出してよい」と書かれている
システムなら、経験点ボーナスをどのように配布するかが問題となります。

 ここで、次のようなやり方をお勧めします。

1.経験点ボーナス(少なめ)を、プレーヤー全員に「一時的に」渡す。

    例えば、基本的な経験点が100点、経験点ボーナスが20点前後のシス
    テムなら、全員に対して一時的に15点を渡して下さい。

2.各プレーヤーに指示して、一時的に割り当てられた経験点ボーナスを、自分以
  外のプレーヤー1人に対して再配布させる。具体的には、メモ用紙に「誰に再
  配布するか。その理由は何か」を記録させる。このとき、プレーヤー同士の相
  談は禁止する。

    例えば全員に一時的に15点を渡したとして、各人がそれぞれ自分以外の
    プレーヤー1人を選んで、その人に対して15点を再配布するわけです。
    このとき、理由を明記させることが大切です。

3.上記の2をゲームマスター自身も行う。

    ゲームマスター自身も、一時的に15点を用意して、それを誰にどんな理
    由で渡すかをメモするのです。
    もちろん、ゲームマスターであるあなたは、「優れた意志決定」を理由に
    すべきです。

3.全員がメモを書き終えたら、順番に発表してもらう。

    結果は色々考えられます。結局、全員が15点づつボーナスを得るかも知
    れませんし、誰か1名が30点、あるいは45点を得るかも知れません。
    どのような結果になっても、ゲームマスターはそれを受け入れて下さい。
    また、どのような「理由」であれ、ゲームマスターはそれを否定、拒否し
    ないようにしましょう。
    ただし、各人の発表した「理由」について全員で話し合うというのは、よ
    い考えです。

4.以上の作業を行うことは、セッションの前に各プレーヤーにはっきり教えてお
  くこと。

**

 「セッションの最後に自分の意志で誰か他人を1人選んで、経験点ボーナスを渡
さなければならないと意識することで、プレーヤーに次の効果があります。

 ・セッションに対する参加意識が高まる。

 ・他プレーヤーの言動に対して注意を払うようになる。

 ・他プレーヤーの目を意識することで、迷惑プレイに対する抑止力が働く。また
  きちんと役割分担を果たそうという意識が強まる。


 また、「理由」を明記して互いに発表しあうことで、次のメリットも生じます。

 ・他人のプレイを評価しなければならない立場に置かれることで、「優れたプレ
  イとは何か」「プレイを評価するというのはどういうことか」といった考察を
  する必要が生じ、向上意識や、上達を目指す姿勢が生まれる。

 ・「どういうプレイが、優れた(評価すべき)プレイであるか」という点に関し
  て様々な考え方が示されることで、参加者の視野が広がる

 ・各人が発表した「理由」について皆で話し合うことで、セッション全体を通し
  た反省や復習が可能になりる。また、コミュニケーションが促進される。


 このようにすることで、経験点の配布がすなわちセッション参加者による反省会
として機能することになります。そして、もちろん、どんなことでも反省と改善こ
そが上達への王道なのです。


 RPGをプレイすべき真の理由は、それが楽しいからではありません。それが、
挑戦に値するからです。限りなく上達できるからです。そして、何よりも、それが
「ゲーム」だからです。


馬場秀和のマスターリング講座 「第3章 セッション・ハンドリング」 完結


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