『馬場秀和のマスターリング講座』

終章 ライフ・アズ・ア・ゲームマスター

 本ファイルは、Nifty-Serve のRPGメインフォーラム「マスター/プレイヤー会議室(第16番会議室)」で連載された「馬場秀和のマスターリング講座」のうち、「終章 ライフ・アズ・ア・ゲームマスター」を加筆・修正の上まとめたものです。
1997年12月  馬場秀和


[全体構成]
  第1章 システム選択
  第2章 シナリオ作成
  第3章 セッション・ハンドリング
  終章  ライフ・アズ・ア・ゲームマスター
  付録  コスティキャンのゲーム論

[頻出略語]
  PC : プレーヤー・キャラクター
  NPC: ノン・プレーヤー・キャラクター


「馬場秀和のマスターリング講座」

終章 ライフ・アズ・ア・ゲームマスター

      ** マスターリングに上達すること、すなわち人生に上達すること **

[終章を始めるに当たって]

 さて、マスターリング講座もいよいよ終章に突入です。

 RPGシステムを勉強したり、シナリオを作成したり、セッションを開催したり
することだけがマスターリングではありません。RPGをめぐる環境の改善に務め
ることも、ゲームマスターとしての大切な職務です。

 マスターリング講座、終章のテーマは「啓蒙活動」そして「ゲームマスターとし
ての人生」です。



4.0 日本RPG界を建て直すために

 正しいマスターリングはどうあるべきか、マスターリング技量を向上させるため
にはどうすればよいか、といった点については、第1章から第3章で理解できたこ
とと思います。

 終章では、ゲームマスターとして生きてゆく上で必要になるその他の活動につい
て指針を示すことにします。

 特に、「日本RPG界の発展に個人の力で寄与するには」というテーマについて
集中的に考えます。

**

 1997年現在、日本RPG界はひどい有り様になっています。

 一時のRPGブームが去った結果、RPG人口は減少の一途を辿り、RPG関連
出版物の質は悲惨なまでに低下しました。世間のRPGに対する認識は「アニメや
小説のキャラクターに成りきって演技したりする何か気持ち悪い変な遊び」くらい
のところに落ち着いています。RPGを扱う店は激減し、かつてRPGが置かれて
いた棚には、トレーディングカードゲーム関連商品が並んでいます。かつてRPG
をゲームとしてプレイしていた心ある人々は、RPGを見捨てて「マジック・ザ・
ギャザリング」に走りつつあります。無理もないと言えるでしょう。

 こんな状態なのに、メーカー、出版社の側から「日本RPG界を建て直そう」と
いう動きは相変わらずほとんど見えてきません。

 もちろん、良質のRPGを開発提供している会社もありますし、個々に努力を重
ねている編集者やデザイナーの存在を否定したり軽視したりするつもりは毛頭あり
ません。しかし、それらの動きが日本RPG界の再建に向けて実質的な効果を生み
出しているようには見えないというのが正直なところです。

 なぜ、プロの側から日本RPG界を再建することが出来ないのでしょうか。

**

 本講座の第1章には、「日本RPG界が駄目になったのは、主にメーカーや出版
社などベンダ側の責任である」という主旨で書かれている部分があります。

 第1章の完成後、マスターリング講座を書き進め、多くの人と議論を重ねてゆく
につれて、このような主張は誤りである、少なくとも日本RPG界を良い方向に変
えてゆくための現実的、建設的な動きを生み出さない発想だということに気づき、
私は猛反省しました。

 これは責任を他人に転嫁することで自分達が被害者の顔をしようという、浅まし
い発想から来た見解です。自戒を込めて言いますが、そういう発想は捨てなければ
なりません。我々は被害者ではありません。日本RPG界を駄目にしたのは、我々
消費者なのです。

 そう。今の日本RPG界の現状は、消費者がそうあれかしと望み、プロがそれら
のニーズに応えた結果に他なりません。主な責任は我々消費者の側にあります。

 だからこそ、プロ側に日本RPGの再建を期待するのは筋違いであり、また現実
問題として無理な話なのです。

 日本RPG界を建て直す動きは、消費者の側、つまり我々RPGプレーヤーの方
から出てこなければならないのです。日本のRPG市場を変えたければ、消費者の
方から変わらなければならないのです。

**

 では、日本RPG界を建て直すために、我々は何を目指せばよいのでしょうか。

 それは、主に次の2点になります。

  1.RPG人口の確保
  2.健全なRPG市場の構築

 とにかく、まず市場が継続発展できるだけの資源がなければ再建もおぼつきませ
ん。RPG離れに歯止めをかけ、一定数以上の消費人口を確保することは、日本R
PG界の生き残りのために必須と言えるでしょう。

 そして、日本におけるRPG市場を、市場として健全なものにすることが建て直
しのキーポイントとなります。要するに「質の低い製品、サポートが悪い出版社、
企業努力を惜しむ会社、無能なデザイナーやプロデューサー」が淘汰されるよう、
市場競争原理が適切に働くようにしましょう、ということです。

**

 考えて見て下さい。日本RPG界には事実上「評論」「批評」が存在しません。
どのように製品を選択すべきかという「判断基準」も、賢明な消費者を育てるため
に必須の「啓蒙活動」も、企業側の「責任説明」も、消費者運動も、消費者保護団
体も、企業に対する監視組織も圧力団体も、何もありません。

 そんな大げさな、と思うかも知れませんが、娯楽や趣味の世界に限っても、成功
し普及している市場には、上に述べたような「健全な市場競争を維持するための消
費者側からの働きかけ」を具現するメカニズムが、多かれ少なかれ機能してます。
家庭用ゲームマシン、カメラ、スポーツ製品、バイク、オーディオ製品、推理小説
・・・などの市場を考えてみて下さい。

 そして、このようなメカニズムを欠いた市場がどうなるかを想像してみて下さい。
いや、想像する必要はないでしょう。今の日本RPG市場がそれです。

**

 日本RPG界がどのようになることが理想か、という細かい点については、私と
あなたで見解の相違があるかも知れません。間違いなくあることでしょう。

 しかし、それでも「RPG人口の確保」「健全な市場の構築」がインフラストラ
クチャとして重要であることには同意していただけるものと思います。だとすれば
少なくともこの2点について、あなたの協力を得ることが出来ると私は信じます。

 「馬場秀和のマスターリング講座 終章」の大部分は、この2点について、私や
あなたが個人として何をなすべきかを論ずることに費やします。なぜなら、自分達
を取り巻く環境やコミュニティを改善することも、ゲームマスターとしての大切な
責務の一つだと考えるからです。



4.1 RPG人口の確保

4.1.1 RPG継続期間

 さて、「日本のRPG人口を増やすために個人として出来ることは何か」という
問題について考えてみましょう。

 ネットワーク上でこの話題が出ると、すぐに「RPG入門者を増やすには」とい
う話になってしまうことが多いようです。つまり、多くの人々は「RPG人口を増
やすこと=RPGを始める人を増やすこと」だという暗黙の前提を置いているので
しょう。

 しかし、この前提には少し、いや大いに異論があります。

**

 話を分かりやすくするために、ごく簡単なモデルを考えてみましょう。

 ある瞬間における日本のRPG人口をPとします。単位時間あたり、新たにRP
Gを始める人数をSとし、またRPGを始めた人がRPGを続ける平均期間をTと
します。ここでは、SやTは非常にゆるやかに変動するものとしましょう。(つま
り、ある程度の期間内ではSとTを定数と見なせる、と近似するわけです)

 そうすると、次の関係式が成立します。

   P=T×S

 我々の目的は、とりあえずPを増加させることです。Pを増加させるためには、
大雑把に言って「Tを増加させる」「Sを増加させる」という2つの手段があるこ
とが、上の式から分かります。

 これはすなわち、RPG人口(P)を増やす方法としては「RPGを既にプレイ
している人が、RPGを続ける期間(T)を長くする」という方法と、「RPG入
門者(S)を増やす」という方法がある、ということを意味します。

**

 重要なのは、TとSの次元が同じだということです。つまり、例えばPを2倍に
するには、Tを2倍にしてもよいし、Sを2倍にしてもよいのです。

 もしも「Tを2倍にしてもPは1.41倍にしかならないが、Sを2倍にするとPは
4倍になる」ということであれば、Tを差し置いてでもまずSを増やしましょう、
という話になるのですが、そうではないことに注意して下さい。

 RPG継続期間を長くするという手段と、RPG入門者を増やすという手段は、
どちらも同じ比率でRPG人口増加という目的に寄与するというわけです。

**

 さあ、ここで考えてみましょう。

 RPG継続期間を長くするという手段をとる場合、我々は「既にRPGをプレイ
している人々」に働きかけることになります。これは、ネットワークや同人誌、そ
れにサークルやコンベンションといったメディアを利用すれば、個人でも何とかな
る領域です。

 なぜなら、RPGをプレイしている人は少数であり、しかも彼らはRPG関連情
報を求める活動、例えばRPGフォーラムやRPG関連ホームページをのぞいたり
RPG同人誌を買ったり、ゲームサークルやコンベンションに参加したり、といっ
たことを能動的に行うことが多いからです。ですから、個人がこれらのメディアを
通じて彼らに働きかけるというのは、非現実的な夢想ではありません。

 ところが、入門者を増やすという手段をとる場合、我々は「今のところRPGに
興味がない人」に対して働きかけなければなりません。これは、TVや新聞、雑誌
など、RPGと関係ないマスメディアに情報を流す必要があり、個人では手が出せ
ない領域になってしまいます。
 ネットワークを活用しようにも、RPGに興味がない人がRPG関連のフォーラ
ムやホームページを見ることは期待できませんから、やはり困難です。

**

 このように、個人的活動によりRPG人口の増加に寄与しようというときに考え
られる手段は2つあり、効率は同じで、実現性は大きく異なります。使える資源も
パワーも極めて限られている個人としては、実現性の高い手段に専念することが最
適な戦略だということになるでしょう。

 というわけで、とりあえず有効な方法が見えない「RPG入門者を増やす」作戦
は置いといて、まずは「RPG継続期間を長くする」ことに注力することにしまし
ょう。

**

 では、RPG継続期間を長くするには、どうすればよいのでしょうか。

 これに対して理論的、演繹的に答えを出すのは困難です。「人はなぜRPGをプ
レイするのか」という問題について掘り下げた分析が必要になるからです。残念な
がら、これは今のところ私の手にあまる問題です。

 そこで、ここでは、経験的、帰納的なアプローチを試みることにします。要する
に、周囲にいる「長年RPGを続けている人」を観察して、その特徴を見いだし、
それを他のRPGプレーヤーにも広げるべく努力するわけです。

 ここから先は、私が個人的に観察、調査した結果をベースに書きます。

 もしあなたが「いや、重大で本質的な特徴が抜けている」とか「その特徴はRP
G継続期間とは関係ない」と感じるようであれば、ご自分の観察と調査に基づいて
別の方策を考えるとよいでしょう。

**

 さて、私も10年以上RPGにかかわり続けていますから、同じように長年RP
Gを続けている知人もいますし、ネットワーク上でベテランRPGプレーヤー達の
活動も拝見してきました。

 その結果、長年RPGを続けている人には、おおよそ次の特徴があるという結論
に達しました。

  1.マスターリング/プレイングの「上手/下手」に関して何らかの基準を持
    っており、単にセッションを楽しむだけでなく、「今日はちょっと不満」
    「今回は割と納得ゆくマスターリングが出来た」など自分のマスターリン
    グ/プレイングを自己評価している。つまり、上達を目指す姿勢がある。

  2.複数の、しばしば多くのRPGを経験している。また、RPGシステムに
    関して何らかの基準を持っており、RPGシステムの「出来の善し悪し」
    を評価する姿勢がある。
    海外RPGに手を出しており、ほとんど海外RPGしかプレイしない人も
    いる。翻訳された作品だけでなく、ルールブックやサプリメントを原書で
    読むことも多い。

  3.好奇心が強い。特に未知のRPGシステムに対して好奇心を持ち、知らな
    いシステムを経験できる機会があれば、積極的に参加しようとする。
    RPG以外にも、色々なことに好奇心を燃やすことが多く、情報や知識を
    得ることに喜びを見いだす。頭に雑学を詰め込んでいる人も多い。

 いかがですか。思い当たることがあるのではないでしょうか。

**

 もし、上の観察が的を得ているとすれば、逆に次のような特徴を持った人は、今
はRPGをプレイしているとしても、真の興味はRPGそれ自体にではなく、願望
充足とか自己表現とかいった点にあるため、いずれ飽きてRPGを止めてしまう可
能性が高いわけです。

  a.セッションを「楽しかった/つまらなかった」といった点でしか見直すこ
    とが出来ず、マスターリング/プレイングに関して自己評価を行わない。
    自分のなかに評価基準を持っておらず、上達を目指す姿勢もない。
    場の盛り上がりや、熱血なセリフ、ノリノリのキャラクタープレイなどが
    「楽しい」ことだと思っていて、これらが不足しているセッションは「つ
    まらない」と感じる。RPGに、願望充足や自己表現といった点ばかりを
    求める。

  b.少数の、しばしば同じ傾向のRPGしか経験したことがなく、それが一般
    的なRPGだと信じている。ルールシステムの分析、比較、評価が出来な
    い。システム軽視の傾向があり、願望充足のためにルールを無視すること
    もある。
    「英語が出来ないから」などと自分に言い訳して、未訳の海外RPGやサ
    プリメントを読もうとしない。
    RPGに関する幅広い知識もないのに、ろくろく勉強もしないでRPGシ
    ステムを自作しようとする、といった自己満足にふけることもある。

  c.未知のRPGに手を出そうという意欲に欠けており、既に知っているシス
    テムしかプレイしようとしない。知らないRPGシステムに挑戦して見識
    を深めようという姿勢がない。情報や知識を得るための勉強を好まない。
    RPGに上達するより、RPGを利用した願望充足や自己表現の方にもっ
    ぱら興味がある。小説より安易に自己表現できるからという発想でRPG
    リプレイを書くこともある。

 あー、こっちの方がもっと思い当たることがあるかも知れません。

**

 以上の観察がそこそこ的を射ているとして、今のところa〜cの特徴を持ったR
PGプレーヤーを、1〜3の特徴を持ったRPGプレーヤーに育ててゆくためには、
どうすればよいのでしょうか。次回からこの点について考察します。


4.1 RPG人口の確保

4.1.2 啓蒙活動

 前回は、「日本のRPG人口増加というターゲットに関して、個人が目指すべき
目標は、RPG入門者を増やすことではなく、むしろ既にRPGをプレイしている
人々の平均プレイ継続期間を伸ばすことである」ということを説明しました。

 今回から、平均プレイ継続期間を伸ばすために個人として可能な活動について、
具体的に論じてゆきます。

**

 そもそもRPGのプレイ継続期間(RPGを初体験してから、RPGを止めてし
まうまでの期間)はどのように分布しているのでしょうか。

 信頼できる調査データがないので確実なことは言えないのですが、プレイ継続時
間という観点からRPGプレーヤーを分類すると、大部分の人が次の3グループの
いずれかに含まれるのではないでしょうか。

 短期グループ:1〜2回プレイして「RPGは面白くない(あるいは、自分には
        向いてない)」と判断して、それっきりプレイしない人々。
        継続期間=1カ月未満

 中期グループ:RPGにハマって熱心に何度もプレイするが、そのうち「RPG
        にはもう飽きた」と感じてきたため、あるいはメンバーの集まり
        が悪くなったため、何となくプレイしなくなる人々。
        継続期間=数カ月から数年

 長期グループ:RPGが生活スケジュールの一部として組み込まれ、継続的に活
        動を続ける人々。
        継続期間=10年以上

 おそらく、人数の分布もこの順番でしょう。つまり、ある単位時間にRPGを始
めた人の集合を上のカテゴリに従って分類すると、大部分の人が短期グループに含
まれてしまい、次が中期グループ、そして長期グループに属する人は滅多にいない、
というわけです。

**

 言うまでもなく、平均プレイ継続期間を伸ばすためには、短期グループに属する
人々を中期グループに、中期グループに属する人々を長期グループに、それぞれ移
行させることが必要となります。

 各グループに属する(対象となる)人数を考えると、またもや「個人的活動であ
る以上、限られた資源とパワーを最大限の効率で活用しなければならない」という
事情からして、目指すべき目標の優先度は次の順番になることが分かります。

  1.中期グループに属する人々を、長期グループに移行させる

  2.短期グルーフに属する人々を、中期グループに移行させる

 というわけで、順番にゆきましょう。まず、1.について集中的に検討します。

**

 さて、中期グループ、つまり「熱心に始めたはよいが、1年から2年くらいでR
PGに飽きてしまう」という人々が、RPGに飽きないようにするにはどうすれば
よいのでしょうか。

 ここで参考になるのが、前回説明した「長期グループに属する人々が持っている
特徴」です。ごく簡単に復習しておきましょう。長期グループの人々は、一般に次
の特徴を持っていると考えられます。

  1)上達を目指す姿勢、プレイの優劣に対する評価基準。

  2)様々なRPGシステムの経験、特に海外RPGの経験。

  3)好奇心、様々な知識や情報の獲得を好む性向

 ごく簡単に言ってしまえば、RPGを初めて1年から2年くらいの人に対して、
1)〜3)を持つよう仕向ければよいわけです。

**

 今回は、1)について考えてみましょう。

 中期グループに属する人々がRPGに飽きてしまうのは、要するに同じようなこ
とを繰り返しているだけで、進歩がないためです。なぜ進歩がないのかと言えば、
「問題意識に欠けていること」、これが根本的な原因です。

 思えば、日本には、「RPGとは何か」「RPGのプレイスタイルに優劣はある
か」「優劣があるなら、その基準は何か」「自分のプレイスタイルは優れているか。
改善点は何か」といった問題について論理的に深く考えるきっかけを与えてくれる
メディアがありませんでした。

 RPG関連の書籍や雑誌を読んでも、ただ「RPGは楽しい」「RPGは簡単」
といった安直なことしか書かれておらず、書店のRPGコーナーを見ても、痴呆め
いたリプレイばかりが氾濫し、問題意識を育てるどころか思考停止を強いるような
言説(「参加者が楽しめばそれでいい」など)がまかり通っていました。

 これでは誰も問題意識など持ちようがなく、上達を目指す姿勢に欠けていたのも
無理もありません。だからこそ、多くの人がリプレイ本の真似をしてRPGで遊び
始めたはいいが、問題意識もなく上達もしないので同じレベルのプレイを繰り返す
だけになり、結局1年か2年で飽きてRPGを止めてしまう、つまり中期グループ
に属してしまう、ということになったのです。

 ですから、彼らを長期グループに持ち上げるには、まず問題意識を持たせること
が大切です。次に、上達への道を明確に示すか、少なくとも自分で上達の道を模索
できるだけの情報を与えなければなりません。

 そのためには優れた啓蒙書が必要となりますが、幸いなことに、今や我々は現時
点で望みうる最高の啓蒙書を手に入れています。

 もちろん、この「馬場秀和のマスターリング講座」のことです。

 自分で言うのも何ですが、市販本を含めて、これ以上よく書けたRPG啓蒙書は
今のところ他にないと断言できます。

**

 私は最初から「RPGに関する最高の教科書であるだけでなく、最高の啓蒙書に
しよう」という目標を持って本講座の執筆を続けてきました。これはつまり、内容
的に充実しているのは当然のこととして、たとえ読者が本講座の内容を気に入らな
かったとしても、それでも本講座を通読することで問題意識に目覚めるように配慮
している、ということです。

 ですから、私の当初の狙い通りに書けているとすれば、本講座の読者には、その
内容に賛同するか否かにかかわらず、必ず「RPGとは何か」「プレイスタイルに
優劣はあるか」といった問題意識が植えつけられ、自分なりにRPGについて考え
始めることになるはずです。

 今のままだと中期グループに留まり、あと2年以内にRPGに飽きてしまうであ
ろう人々に、問題意識を持たせ、上達への道を明確に示し、かりにその道が気に入
らなかったとしてもなおかつ自分なりに上達への道を模索するために役立つ情報を
与え、結果として彼らをかなりの確率で長期グループへ移行させる効果を発揮する
であろうこと。これが、RPG啓蒙書としての本講座の狙いです。

**

 こういうことですから、1)に関してあなたが個人として出来ることは簡単です。

 「馬場秀和のマスターリング講座」を、出来るだけ多くのRPGプレーヤーに読
ませて下さい。それが中期グループで終わるはずだった人々(の少なくとも一部)
を長期グループに移行させることになるのです。

 ちなみに、既に多くの方々が本講座の普及に尽力下さっています。

 本講座を草の根BBSに転載して下さった方々、フロッピーに収録して配布して
下さった方々、プリントアウトしてコンベンション会場で配って下さった方々、本
講座を話題に出したり宣伝したりして知名度の向上に努めて下さった方々、そして
インターネット上でご自分のホームページから「馬場秀和ライブラリ」にリンクを
張って下さった全ての方々に、この場をお借りして御礼申し上げます。

 これらの活動は決して無駄ではありません。

 私のところには、「講座を読んで目の覚める思いでした」「今までのプレイが、
ごっこ遊びに過ぎなかったことに気づかされました」「これまでRPGについて真
剣に考えたことがなかったのですが、講座を読んで考える気になりました」といっ
た反響、本講座の論旨に対する補強あるいは改善の提案、転載許可の問い合わせ、
といったメールがどんどん飛び込んできています。

 本講座を読んだことで、中期グループから長期グループに移行しつつある人々が
いる、しかもその人数は増加している、という確かな手応えが得られていることを
ここで報告しておきます。

 ですから、これらの活動は決して無駄ではありません。

 もし、あなたが「本講座の普及に協力することで、(平均プレイ継続期間の延長
の結果として)RPG人口の増加が期待され、これにより個人の力で日本RPG界
の建て直しに寄与することが出来る」という見解に共感していただけるのであれば、
たとえ本講座の内容に不満があったとしても、それでもあなたの力の及ぶ範囲で本
講座の普及にご協力願えないものでしょうか。

**

 むろん、ネットワーク上には、本講座の他にもRPGに関する優れた資料が散在
しています。こういった様々な資料に目を通し、「RPG平均プレイ期間の延長に
有効」と思えるものがあれば、どんどん普及に協力しましょう。インターネット上
のウェブページや掲示板、パソコン通信、RPGサークル、コンベンション、同人
誌即売会、その他の場所や機会に資料を(電子的ファイルあるいはドキュメントの
形で)配布したり、リンクを張ったり、話題に出したり、宣伝したり、議論を提起
したり、その他にも様々な方法が考えられるでしょう。(ただし、転載、配布の際
には、事前に必ず執筆者にその旨の許可をもらうことを忘れないで下さい)

 むろん、費用や手間をよく考えて、個人で無理なく出来る範囲で結構です。単に
話題にする、他人に勧める、リンクを張るといったことでも、劇的な波及効果を生
む可能性があります。

**

 とにかく、今の日本RPG界は、実質的な滅亡を免れるにはどうすればよいか、
というサバイバル戦略について真剣に考えなければならないところまで追い詰めら
れているように見えます。

 サバイバル戦略という観点からは、とにかく長期グループの人数をある程度確保
することが最優先課題と言えるでしょう。長期グループさえ生き残っていれば、少
なくとも当面の急激な絶滅を回避することができ、再建の道を探る時間的な猶予が
得られるからです。

 というわけで、今回の説明に限らず、中期グループから長期グループへの移行を
促す効果がある策は、何でも試みるべきです。中期グループといっても、もともと
そんなに大きな集団ではありません。他の巨大マーケットや社会階層といった集合
に比べると、本当にささやかな、それこそ個人的活動の集結によって動向を左右で
きる程度の小グループに過ぎません。

 ですからあなたの活動は必ず有意なパワーとして働きます。シニカル(冷笑的)
になっている場合ではありません。やるべきことがここにあるのです。


4.1 RPG人口の確保

4.1.3 海外RPGの普及促進

 前回は、RPGプレーヤーを平均プレイ継続期間で分類すると、短期/中期/長
期の3つのグループに分かれるであろうこと、そして平均プレイ継続期間を長くす
るためには、まずは中期グループに属する人々を長期グループに移行させることに
注力すべきであること、などを解説しました。

 そして、以下のような長期グループの特徴を取り上げ、中期グループの人がこれ
らの特徴を持つように仕向けるための具体的な方法について考え始めました。

  1)上達を目指す姿勢、プレイの優劣に対する評価基準。

  2)様々なRPGシステムの経験、特に海外RPGの経験。

  3)好奇心、様々な知識や情報の獲得を好む性向

 前回、1)について論じました。今回は、2)について論じます。

**

 RPGプレーヤーを、今度は「プレイするRPGシステムのバラエティ」という
観点で分類してみましょう。すると、おそらく次のようになるはずです。

 固体グループ:数種類の、同傾向のRPGシステムしかプレイ経験がなく、それ
        以外のシステムに興味を持たない(または興味があっても実際に
        は手を出そうとしない)人々。

 流体グループ:5〜10種類程度のRPGシステムについてプレイ経験があり、自
        ら新しいシステムを手に入れて読もうとまではしないが、他人が
        ゲームマスターしてくれるなら付き合うという人々。
        海外未訳RPGには興味を持たない(または興味があっても実際
        には手を出そうとしない)。

 気体グループ:常に新しいRPGシステムに興味を持ち、可能な限り自分で手に
        入れて読もうとする人々。新しいシステムを手に入れると、自ら
        ゲームマスターをやってシステムがうまく機能するかテスト、評
        価しようとする。海外未訳RPGにも積極的に手を出す。

 実のところ、日本のRPGプレーヤーの大部分を固体グループが占め、次に液体
グループ、そして気体グループは非常に少ないと考えられます。

 また、気体グループに属する人は、ほぼ全て長期グループにも属していることで
しょう。

**

 中期グループを長期グループに移行させたければ、とにかくその中の固体グルー
プに属する人々を何とかしなければなりません。

 わずか数種類の、しかも同じ傾向のRPGしか経験してない人は、当然のことな
がら極端に視野が狭くなります。世の中には驚くほどバラエティに富んだ様々なR
PGが存在するのに、他のRPGは全て「背景世界や判定方法が違うだけで、本質
的には自分がよく知っているRPGと同じようなもの」だと考えてしまうのです。

 こういう人々は、コンベンションに出席しても、せっかく知らないRPGをプレ
イするチャンスなのに、自分の知っているRPGの卓にしか参加しません。(まさ
かと思われるかも知れませんが、現実にそういう人は多いのです)

 同じ傾向のRPGしかプレイしなければ、いずれ飽きがくるのは当然です。実際
には、その特定の、あるいは特定傾向のRPGに飽きただけなのですが、不幸なこ
とに彼らは「RPGに飽きた」と思い、そしてRPGを止めてしまうのです。

**

 固体グループの人々は、例えて言えば「ババ抜き」しかプレイしたことがないの
に、トランプゲーム(プレイングカードゲーム)全体を知っているような気になっ
ているようなものです。

 確かに「ババ抜き」は面白いし、親しい友人を集めてプレイすれば盛り上がりま
すが、だからといってそればかりプレイしていれば、すぐに飽きがきます。なぜな
ら、ババ抜きには戦略的な要素がほとんどなく、上達することがないためです。

 「ババ抜き」に飽きたからといって、「もうトランプで遊ぶのは飽きた」と考え
ることが馬鹿げている(滑稽なほど視野が狭い)ということはお分かりでしょう。
しかし、世の中にあるトランプゲームは全て「ババ抜きみたいな遊び」だと信じて
いる人は、自分の視野の狭さに気づくチャンスがありません。

 そこで、こう考えてみて下さい。こういう人が他のトランプゲーム、例えばコン
トラクトブリッジ、スカート、ハートといったものをプレイしたとします。しかも
単に経験するだけでなく、上達を目指す姿勢を持ってプレイに取り組んだとしまし
ょう。

 これらのゲームは全て戦略的な要素を豊富に持っています。勝つためには、ある
程度の定石を知り、ビッドの約束事や切り札の使い方を学び、カウンティングや刈
り取りといった基本的な技法に習熟し、他のプレーヤーとの心理的駆け引きに長じ
なければなりません。

 これらのゲームに上達するためには、努力が必要です。しかし、努力さえ惜しま
なければ確実に上達することでしょう。上達という形で努力が報われることほど嬉
しいことはありません。

 これらのゲームが気に入らなくても、心配はいりません。トランプゲームは何十
何百とあり、学ぶべき技法や戦略のバリェーションも無数に存在します。
 どうして「トランプに飽きる」ということがあり得るでしょうか?

**

 私が言いたいのは、こういうことです。

 特定の、あるいは特定傾向のRPGばかりプレイするのではなく、広く様々なR
PG(特に海外RPG)に挑戦し、上達を目指して努力する姿勢を持てば、決して
RPGに飽きることはありません。

 ですから、中期グループの人を長期グループに移行させるためには、前回説明し
たような啓蒙活動(問題意識、上達を目指す姿勢を与える)だけでなく、様々なR
PGに広く手を出すように仕向けることが必須なのです。

**

 では、具体的にどうすればよいでしょうか。

 あまり知られていない(しかし、あなたが気に入った)RPGの紹介文を書きま
しょう。単にルールを説明したり、背景世界情報を並べるのではなく、ゲームの特
徴(他のRPGとの違い)、目標や障害などのゲーム要素、どのように面白い(興
味深い)意志決定が求められるのか、どんな人に向いているか、といったことを分
かりやすい文章で書いて下さい。読んだ人が「なるほどこれは面白そうだ」「手を
出してみようかな」と思うように仕向けることがポイントです。

 そして、書いた紹介文をウェブページ、同人誌など、なるべく多くの人の目に触
れる場所に載せるのです。

**

 紹介するだけでなく、実際にプレーヤーを集めてゲームマスターをやってみまし
ょう。そして、参加したプレーヤーには「もし、このRPGが気に入ったら、他の
人にも宣伝して」と依頼するのです。

 もちろん「何々を実際にプレイしてみました」といった報告や体験談、感想など
を自分でネットワーク上に書いたり話題にしたりすることは当然です。

 RPGについて話すときは、なるべく色々なゲームを話題にしましょう。特にR
PGを初めたばかりの人には、「一口にRPGと言っても、本当に色々なゲームが
ある。1つや2つだけではRPGの本当の面白さは分からない」といったことを教
えてあげて下さい。

 ただし、決して「俺はこんなに色々なRPGを知ってるんだぜ」と自慢したり、
あるいは少数のRPGしか知らない人を見下すような態度を取らないように。逆効
果ですし、そもそも人としての品性を疑われますよ。

**

 もし、あなたがコンベンションやゲームサークルを主催する立場にいるのなら、
なるべく多くのRPGがプレイされるように配慮して下さい。困難を承知で言うな
ら、海外の未訳RPGをプレイする機会を作ってあげて下さい。

 「毎回、違うRPGをプレイできる」とか「他ではプレイする機会がないRPG
を体験できる」といった特徴をサークルの売りにするというのもよいでしょう。あ
るいは「ゲームマスター持ち回りで、毎月、発売されたばかりの新しいRPGをプ
レイしてみる」といった試みも意義があります。

**

 そして、海外RPGに関する情報やニュースを集めて、流して下さい。次のよう
な情報は、好奇心に訴える力を持っています。

 ・海外RPGの新作情報、紹介

 ・今年、海外で新発売されたRPGのうち評判がよいのはどれか

 ・海外ゲーム賞を獲得したゲームのリスト、そこから読み取れる動向や傾向

 ・海外の著名(あるいは注目すべき新鋭)ゲームデザイナーの動向、仕事の評価、
  ゲーム会社の動向など

**

 ある人がいくつのRPGに手を出すかはその人の勝手であり、他人がとやかく口
出しすべき筋合いのものではない、という考え方もあるでしょう。しかし、それが
正論であるためには「多くのRPGに関して広く情報を得た上での判断であれば」
という条件が付きます。

 誰かが「俺は海外RPGを含む多くのRPGを経験した結果、この特定のRPG
以外はプレイしないことに決めたのだ」と言ったとすれば、それは立派な見識でし
ょう。

 しかし、実際には、固体グループの人々には、他の多くのRPGについて事実上
何も情報が与えられておらず、しかも情報が欠如していることにすら気づいていな
いのです。こは非常に偏った状態です。

 充分な製品情報なしに、どうして消費者が適切な選択を行うことが出来るでしょ
うか。消費者が適切な選択を行えないとすれば、競争原理がうまく機能しなくなり、
その市場は腐敗してことゆくでしょう。

 消費者に対して製品情報が公開されていること、消費者が「製品情報を比較して
製品を選ぶべきである」という教育(啓蒙)を受けていること。これらは、健全な
市場の育成にとってまさに生命線と言える重要なポイントです。

 ですから、少数のRPG(または同傾向のRPG)しか知らない人に、他のRP
Gに関する情報を教えること、他のRPGにも手を出すように勧めることをためら
う必要はありません。それは、長い目で見て、日本RPG界の発展に寄与する立派
な行いなのです。


4.1 RPG人口の確保

4.1.4 初心者への接し方

 平均プレイ継続期間が1カ月未満の人々、すなわち1〜2回プレイして「RPG
は面白くない(あるいは、自分には向いてない)」と判断して、それっきりプレイ
しない人々を「短期グループ」と呼ぶことにしました。

 今回は、短期グループへの対応について考えてみます。

**

 短期グループに属する人々に働きかけるのは容易ではありません。チャンスが限
られているからです。

 中期グループの啓蒙には有効だったネットワークや同人誌といったメディアも、
短期グループに対しては無力です。短期グループに働きかけるチャンスは、彼らが
RPGをはじめて(あるいは2回目に)プレイする、そのときしかありません。
 彼らがその後もRPGを続けるか否かは、そのときのセッションによってほぼ決
まってしまうことでしょう。

 ここでRPGに見切りをつけて去ってゆくなら、私やあなたがネットワークを使
ってどんな啓蒙活動を進めていようとも、彼らには無関係なことです。

 ですから、あなたがゲームマスターを担当している卓に、「RPGのプレイは、
はじめて(または2回目)」という初心者が混じっていれば、その機会を大切にし
て下さい。RPGプレーヤーとしての彼らの将来は、ひとえにあなたのマスターリ
ングにかかっているのです。

**

 そのようなチャンスをつかんだときに、ゲームマスターとして気をつけるべきこ
とを以下に列挙します。どうか、最低限これだけは守るようにして下さい。


・初心者を見下した態度をとるな

 場に初心者がいると、いきなり「そのうちに分かると思うけど、RPGっていう
のは要するに何々なんだよ」などと偉そうな口をきく。「何々しちゃ駄目だよ」と
説教じみたことを言い出す。初心者に分からないジョークを飛ばしてベテラン同士
で笑う。初心者に分からない話題で盛り上がる・・・。

 こういった行為は、全て初心者を見下した態度です。もちろん初心者は不快に感
じるでしょう。RPGプレーヤーに対するイメージは最悪になってしまいます。い
きおい、その後のプレイも楽しめなくなります。


・初心者を特別扱いするな

 自分では「初心者に親切にしている」と信じているのかも知れませんが、その実
初心者を馬鹿にしているとしか思えないようなゲームマスターを散見します。

「ルールではこうなってるけど、君は初心者だからまあいいや」などと他の人とは
違う処理をしたり、「初めてだから仕方ないけど、こういうシーンではこう行動す
るのがお約束なんだよ」と親切ごかしに行動を強制したり。ひどい場合は、最初か
らいきなりあれこれ指示して、作成するキャラクターの種族やクラス、武器防具の
類を本人の意志と無関係に決めてしまったり。

 初心者に親切にするのは当然です。慣れない人に助言するのも良いことでしょう。
けれど、その背後に「先輩風を吹かしたい」「優越感を感じたい」という、さもし
い性根があれば、誰にだってそのことは分かってしまいます。むしろ初心者で要領
がよく分からない人の方が、他人の態度や言動に敏感になっていますから、他人が
本当に親切心で言っているのかどうかを確実に見抜いてしまうものです。

 初心者の質問には丁寧に応えてあげましょう。けれど、特別扱いや、頼まれもし
ないお節介は止めましょう。よほどのことがない限り、他の参加者と同じように接
してあげて下さい。それが、他人を尊重する態度というものです。


・礼儀正しくあれ

 こんなことは言いたくないのですが、社会的常識に欠けるゲームマスターは決し
て少なくありません。遅刻する、きちんとした連絡をとらない、ゴミを片づけない
(あるいは分別しない)、初対面の人に馴れ馴れしい話し方をする、異性に対して
下心見え見えの態度をとる、仲間うちだけでしゃべりまくる、電車の中でも大声で
しゃべる・・・。

 初めてRPGに接する人が、このような言動を見てどう思うでしょうか。

 ネクタイを着けろとはいいませんが、せめて初心者が参加するときは礼儀正しく
振る舞って下さい。

 また、一般人(というのはRPGを知らない人という意味ですが)が見ていると
きは、特に言動に気を配って下さい。一般人は、あなたを「RPGプレーヤー」の
代表例だと見なします。あなたの言動が、すなわち「RPGプレーヤーの典型的な
言動」だと判断されるのです。

 ですから、あなたがRPGを大切に思い、RPGの社会的評価を下げたくないの
なら、いつもとは言いませんから、せめて一般人が見ているときだけでも社会常識
をわきまえて礼儀正しく振る舞うようにして下さい。


・演技やノリを強制するな

 「ちゃんと演技しないと駄目だよ。さあ、キャラクターとしてセリフをしゃべっ
て」「何々と言う、と行動申告するだけじゃ認められないよ。きちんとセリフを口
に出して」などと、キャラクタープレイを強制する人がいます。

 初心者が恥ずかしがっている場合など、それはもう得意気な顔で「RPGはキャ
ラクターを演じるものなんだよ」「恥ずかしいのは最初だけだから」と説教たれる
奴がいます。

 これらの行為は、宴会の席で酔っぱらいが下戸の人に飲酒を強制したり、嫌がる
人に無理やりカラオケマイクを握らせるのと何ら変わりありません。こういうこと
をする人がいる限り、RPGに対する「何だか気持ち悪い遊び」という偏見が世間
からなくなる日は決してやってこないことでしょう。

 正直に言って、もし私が初めてのセッションでキャラクターの演技を強制されて
いたとすれば、あるいは他の参加者がノリノリ演技で盛り上がって私を置き去りに
したとすれば、私は二度とそんな「気持ち悪い連中」に近づくことはなかったでし
ょう。これは断言できます。たぶん、多くの人にとっても同じだと思います。

 あなたは、あるいはあなたのグループは、RPGにおけるキャラクターの演技に
喜びを見いだしているかも知れません。熱いセリフを叫ぶときは、キャラクターに
成りきって叫ぶべきだと信じているかも知れません。

 たとえそうだとしても、どうか初心者に同じことを強制しないで下さい。もちろ
ん、初心者を置き去りにして常連同士でノリノリ演技で盛り上がるのも止めて下さ
い。そんなことをすれば、初心者の多くは二度とRPGに手を出さなくなります。

 RPGは宴会ではないのです。仲間うちでない人が参加しているときは、演技は
控えめに、ノリはほどほどに。


・役割分担を明確に

 初心者は、自分のキャラクターに何をさせればよいのか分からず、お地蔵さんに
なってしまうことが多いのです。最初のセッションでお地蔵さんを経験すると「私
にはついてゆけなかった」という印象だけが残りかねません。

 そこで、初心者が参加するときは、なるべく役割分担が明確なシステムを選び、
初心者にはっきり自分の役割を意識させるようにしましょう。また、他の参加者と
相談して、なるべく同じ役割のキャクラクターを作らないようにするか、あるいは
同じ役割のキャラクターを作る場合でも、得意な能力や技能が重ならないようにし
ましょう。

 例えば、初心者が「魔法使い」のキャラクターを選んだら、他の参加者にはなる
べく「戦士」や「僧侶」など他のクラスを選んでもらうようにします。別の人が、
「魔法使い」のキャラクターを作る場合でも、出来るだけ得意な魔法の系列を変え
たり、習得する呪文が重複しないようにしたり、といった工夫をするのです。

 そして、初心者には「このパーティで、この呪文を使える者は君のキャラクター
しかいない。だから、いつも、この呪文を使って何か出来ないか、と考えるように
してくれ」と助言するのです。

 これで、初心者にも「自分が何をすればよいか」が分かります。もう、お地蔵さ
んになる心配はないでしょう。

 これは、「初心者を特別扱いする」ということではありません。RPGの本質で
ある「役割分担」を徹底したのです。役割分担意識が希薄だと、口のうまいベテラ
ンプレーヤーばかりが活躍する恐れがあります。初心者をゲームに参加させるため
には、役割分担を強調する必要があるのです。

**

 これらの注意を守っても、やはりRPGに深入りせずに止めてしまう人はいます。
これは仕方ありません。人には、RPGに対する向き不向きがあります。

 ただ、上の注意を守り、本講座の教えに従って正しいマスターリングを敢行すれ
ば、少なくとも「RPGに向いた人が、最初のセッションの印象が悪かったために
短期グループで終わってしまう」ということはなくなるでしょう。

 最初の(あるいは2度目の)セッションでRPGが気に入り、RPGのルールブ
ックを購入すれば、もうその人は晴れて中期グループの仲間入りです。彼らがその
後、さらに長期グループに移行するかどうかについては、そう、前述したように、
あなたの啓蒙活動が有効に働くのです。

**

 これまで何回かに渡って述べてきたように、RPG人口増加のために個人で可能
なことは数多くあります。RPG人口の減少を嘆く前に、努力を始めましょう。そ
れもマスターリングの一部なのです。


4.2 健全なRPG市場の構築

4.2.1 市場競争

 日本RPG界を建て直すために必要なことは何か。それは、主に次の2点である
と申し上げました。

  1.RPG人口の確保
  2.健全なRPG市場の構築

 これまで、1.について何ができるかを考えてきました。今回は、2.について
考えてみましょう。

**

 まず、市場競争が激しい製品、例えば「家電」「パソコン」「自動車」などの市
場を考えて下さい。

 こういう製品分野においては、メーカーは、より安い、より高機能な、より高性
能な製品の開発にしのぎを削っています。また、ユーザに対し、他社より良いサー
ビスを提供しようと努力しています。

 なぜでしょうか。メーカー企業の経営者は「世のため、人のため」に企業努力を
惜しまない人格者ばかりなのでしょうか。

 明らかにそうではありません。メーカーが製品開発やサービスに経営資源を投入
するのは、それが、市場競争を生き抜き、継続的に利益を上げる唯一の方法だから
です。

 こうして、企業は生き残りと利益を求めて努力し、競争することで、製品の質が
上がり、価格が下がり、サービスが向上する。結果として消費者が恩恵を受ける。
これが、健全な市場経済のあるべき姿だと言えるでしょう。

**

 もし、あるメーカーAが、ある製品Xで高いマーケットシェア(市場占有率)を
獲得したとすると、他のメーカーは、製品Xと似たようなものをより安く提供する
か、あるいは製品Xとは違う特徴を持った新製品Yを開発して「うちの製品はココ
が違う」と差異を強調するか、そういった対応策をとることになります。

 価格競争が一段落して、価格で差を付けることが困難になると、多くのメーカー
が後者の作戦をとることになります。つまり、メーカーBやCは、それぞれ「製品
Xとは違った特徴がある」ということをウリにした新製品WやZを開発して、市場
に投入するのです。

 もし、メーカーAが製品開発やサービス向上にむけた企業努力を払わなければ、
いずれBやCに負けてシェアを失ってしまうでしょう。ですから、メーカーAも自
分の地位を守るために、より一層の努力を強いられることになります。

 こうして、ある特定市場に流通している製品は、X、Y、Z、Wという具合にど
んどん広がってゆきます。後から参入する企業は、これらに対抗するため、新たな
特徴や技術を持った新製品Pを投入するでしょう。するとこれを迎え撃つべく、さ
らに進歩した新製品Qが現れ・・・というように、製品のバラエティが広がってゆ
くのです。

**

 以上は、市場経済に広く一般に通用する話です。製品が何であっても、市場競争
が正しく機能する限り、このような「市場競争による、製品の向上、サービス向上」
という効果が生み出され、それが消費者に恩恵を与え、技術を進歩させるのです。

 RPG市場だって例外ではありません。本来なら、つまり健全な市場競争が行わ
れていれば、製品の質やユーザに対するサービスが向上するはずなのです。

**

 市場競争が正しく機能している例として、米国のRPG市場を見てみましょう。

 米国では、TSR社のAD&DがシェアNo1の地位を獲得しています。

 そこで、小さな新興ゲーム会社は、AD&Dに対抗すべく「斬新な特徴を持った
システム」や「新しい魅力を持った背景世界」をウリにしたRPGを新たに開発し
それを武器に市場に乗り込んできます。
 正確な数は知りませんが、新作RPGを手に市場へ参入してくる新興ゲーム会社
は、毎年かなりの数になるはずです。

 中堅どころのゲーム会社は、新しいRPGの開発もさることながら、ユーザへの
サービスの質で差を付けようと努力しています。

 この結果、RPGはどんどん進歩してゆきます。今日、使われている様々な技術
(NPC、シティアドベンチャー、背景世界、汎用システム、アイテム自作ルール、
ダイスの振り足し、ヒーローポイント、キャラクターテンプレート、ドラマカード
・・・)は、こうした市場競争の中で「競合他社に差をつける」ために生まれ、発
展したのです。

 また、ユーザへのサービスも劇的に向上しました。サプリメントの継続的出版、
正誤表の提供、インターネットによる情報サービス、ゲーム大会への出展、雑誌や
ニュースレターの発行、ファングループの事務局、地域コンベンション主催。
 今日では当たり前となったサービスは、全て「何とかしてユーザの心をつかみ、
競合他社に差を付けたい」ということから始められたものです。

 このように市場競争が行われる結果、次々と新作RPGが出版され、その多くが
メジャーな製品に差を付けるための特徴を持っています。この結果、RPGのバラ
エティは果てし無く広がり、斬新な優れたRPGが生まれてきます。

 消費者の目が肥えており情報がよく行き渡っているので、良い製品は、たとえ小
さな新興ゲーム会社から出版されたものであっても、着実に売れています。サービ
スの悪い企業は苦戦し、態度を変えない限り淘汰されてゆきます。

**

 ひるがえって、日本のRPG市場はどうでしょう。

 例えば2年前と比べて、RPGの技術は進歩したでしょうか。ユーザへのサービ
スは向上したでしょうか。サービスが悪い企業はきちんと淘汰されているでしょう
か。新興ゲーム会社の参入が相次いでいるでしょうか。RPGのバラエティが広が
ったでしょうか。小さなゲーム会社から出た製品でも良質のRPGなら売れるとい
う状況でしょうか。

 もちろん例外はありますが、おしなべて言うなら、とてもそうは思えないという
人が大半でしょう。

 これはつまり、日本のRPG市場では、市場競争原理が正しく機能していないと
いうことなのです。言い換えれば、日本のRPG市場は腐敗しているのです。

 なぜでしょうか?

**

 市場競争原理が正しく機能するためには、非常に重要な前提があります。それは

  A.消費者に対して各社の製品やサービスの情報が広く伝わっていること

  B.消費者が、製品の質やサービスのレベルを判断した結果に基づいて製品を
    選択すること。

です。言うまでもなく、いくら企業が努力しても、その努力が消費者に認識されて
売り上げが伸びるのでなければ意味がありません。企業は意味のない努力はしない
出来ないものです。

 一般には、AやBは、広告や雑誌といったメディアにより推進されます。特に、
Bを推進するという大切な役目は、主に雑誌が担っています。

 よく雑誌が「パソコンの正しい選び方」「大型テレビはここを見て選べ」「企業
サービス満足度アンケート結果」といった特集を組むのは、Bの教育(啓蒙)を行
っているわけです。

 あるいは、専門誌が「今月のお勧めコミック3冊」といった情報、「今月のソフ
トウェア製品レビュー」といった批評を載せるのも、Bを推進しているのです。

 このように、雑誌によるBの推進は市場を健全な状態に保つために非常に重要な
役割を果たしているのです。

**

 ところが、日本のRPG界には、上のような意味で本来あるべき役割を果たして
いる雑誌が存在しません。RPGに関する「批評」がなく、企業のサービスに対す
る論評もなく、そもそも「優れたRPGとは何か」という世論を形成するために必
要不可欠なオピニオンリーダーがいないのです。

 日本より確実に進んでいる米国のRPG製品についての情報が流れず、米国では
RPG出版元がどのようなサービスを提供しているかということすら知らされず、
製品の質を客観的・定量的に判断する情報がほとんどない状態で消費者が製品を選
ばなければならないのでは、AもBも成立しているとは言えません。

 この結果、市場競争は正しく機能しなくなります。何しろ、製品の質を上げても
ユーザへのサービスを向上させても、何ら利益が増えることがないとすれば、誰も
企業努力などしなくなります。

 そして、製品の質を高めたり、良いユーザサービスを提供したりすることに投資
するより、実際に利益が上がる方策、例えば質の低いリプレイ集をばんばん出すと
か、アニメの人気作に便乗しただけのRPGを次々と垂れ流すとか、米国産RPG
のルールだけ拝借して背景世界を改変してしまうとか、とにかく企業理念も長期的
戦略も何も感じられない刹那的なことをやり始めます。

 結果は明らかです。製品の質やサービスレベルが下がり、それがプレーヤー離れ
を招き、プレーヤーの質も下がり、そのため市場が縮小し、利益が出ないので良心
的な企業が撤退し、ますます市場が荒廃し・・・という悪循環です。

 何とかしなければなりません。

**

 ところが、困ったことに、日本のRPG消費者(RPGプレーヤー)の大半は、
市場が不健全な状態であることに気づいていません。

 問題意識を持っている人も、たいてい「全て角川が悪い」「いやグループSNE
こそ諸悪の根源」「タクティクス誌は、もう別冊を出すのを止めろ」といった類の
業界非難をするだけです。そんなことをいくら言っても、問題の解決には結びつき
ません。

 なぜなら、日本RPG界が抱えている問題の根は、市場競争が適切に働いていな
いという構造的なところにあるからです。従って、この構造的問題を解決しない限
り、たとえ問題を悪化させている連中を根絶したとしても、市場そのものが腐って
いるため、すぐに新たな害虫が涌いてくるだけです。

**

 誰が問題を解決できるのでしょうか?

 答えは1つしかありません。消費者です。つまり私やあなた、RPGプレーヤー
だけが、RPG市場を建て直す力を持っているのです。

 次回は、この問題に対して我々に出来ることは何かを考えてみましょう。


4.2 健全なRPG市場の構築

4.2.2 市場再建に向けて

 前回は、日本のRPG市場が荒廃した直接的な原因は、健全な市場競争が行われ
なかったためであるということを論じました。

 では、今から市場を再建することが出来るのでしょうか。出来るとすれば、誰が
どうすればよいのでしょうか。再建できたとして、二度と同じ過ちを繰り返さない
ためには何が必要でしょうか。これらの問いかけに対して、可能な限り具体的に回
答を与えることが、今回と次回のテーマです。

**

 一口に市場の再建と言っても、今年何か手を打つと、来年には健全な市場競争が
始まり、2年後には消費者に多大なる恩恵が与えられる・・・というわけにはいき
ません。

 構造的な問題には、即効薬はないのです。粘り強く地道な活動を続け、将来にお
いて健全な市場を支えるであろう強靱なインフラストラクチャを1つ1つ作り上げ
てゆくしか他に方法はありません。

 短期的・中期的に利益を上げることが必要なベンダ(企業)サイドにこのような
活動や貢献を期待することは無茶ですから、どうしても消費者サイドが動くしかな
いのです。しかも、少なくとも当初は、完全なボランティアベースで。

 まず、このことを念頭に置いて下さい。

**

 さて、日本RPG市場再建に向けたアクションとしては、次の各ステップを着実
に実現してゆく他に現実的な解はありえないと考えられます。


第1ステップ : 日本RPG市場を、市場競争が再開可能なレベルまで拡大する

         (狙い)市場競争が可能なインフラストラクチャを準備する


第2ステップ : 健全な市場競争が行われるように、消費者に対する幅広い製品
         情報提供、製品や企業の評価、「賢明な消費者」を増やすため
         の啓蒙や教育を行うメディアをスタートさせる

         (狙い)市場競争原理が適切に働くようなメカニズムを作る


第3ステップ : 消費者サイドからベンダ(企業)サイドに対して働きかける構
         造的な仕組みを実現する。これにより、ユーザに対するサービ
         スが悪い企業に対して強い淘汰圧が働くようにする。

         (狙い)市場の腐敗を防止するメカニズムを作る


**

 では、まず今回は第1ステップについて解説しましょう。

 市場競争が適切に行われるためには、その市場がある程度以上大きくなければな
りません。この下限を、仮に「競争臨界点」と呼ぶことにしましょう。(おそらく
経済学ではもっときちんと定義された用語があると思うのですが、知識がないため
暫定的にこの言葉を使うことにします)

 また、RPGプレーヤー1人あたりが単位時間にRPG関連製品に投資する(つ
まりRPG関連製品を購入する)金額を、以降では「RPG投資率」と呼ぶことに
します。

 するとRPG市場の大きさは、まあ単純に言って「RPG人口×RPG投資率」
で決まります。1997年現在の日本のRPG市場においては、残念ながら

   RPG人口 × RPG投資率 < 競争臨界点

ということになるでしょう。つまり、現時点で日本のRPG市場はすでに臨界点を
下回っているのです。

 その証拠に、かつてあれほどRPG市場に参入していた多くの企業は、すでにR
PG市場から撤退したか、または撤退しつつあります。これは、この市場ではもは
や投資に見合うだけの利益が得られないと判断されているからでしょう。

 一度、このような状態になると、市場競争原理が機能しなくなるので、製品の質
もユーザサービスも悪化し、そのためにユーザが離れ、ますます市場が縮小し、さ
らに多くの企業が撤退し・・・という悪循環に陥って、短期間で市場は消滅します。

 厳密に言うと、ないと社会が成り立たないものや、生活必需品などの市場は、競
争原理が機能しなくなっても即座に消滅することはありません。しかし、贅沢品や
娯楽製品などの市場は、競争原理に支えられない限り速やかに荒廃、消滅の道をた
どるのです。言うまでもなく、RPG市場は後者の代表例です。

 「馬場秀和のマスターリング講座」の第1章を書いた時点では、上のような認識
から、私は「日本RPG市場はそのうち消滅する」と判断しており、さらに「これ
からも長くRPGを続けたければ、今のうちに早く海外RPGにシフトしましょう」
などと書いたのです。(第1章のラスト近くを参照)

**

 しかしながら、終章を執筆している現在、私は次のように考え直しています。


  A)日本のRPG人口が少ない(増加しない)のは、潜在的なRPGプレーヤー
   が少ないからではなく、RPG平均継続期間が短いことが最も大きな原因で
   ある。かつてのRPG黎明期やブーム期の状態を思い起こすに、潜在的なR
   PGプレーヤーの数は充分に大きいと思える。

   RPG平均継続期間が短いのは、RPGを取り巻く日本の環境が不健全であ
   る(正しいプレイ方法が広く普及していない)ために、RPGプレーヤーの
   多くが「中期グループ」または「短期グループ」に属しているせいである。

   本講座の普及などの啓蒙活動により、「長期グループ」に属しているRPG
   プレーヤーの割合が増えれば、この状態は改善されることが期待できる。

 これについては、既に論じました。


  B)日本のRPG投資率が低いのは、特定の(あるいは同傾向の)RPGだけが
   普及しているという偏った状態であることが最も大きな原因である。米国の
   状況や、私(および私の知人達)が海外RPGに投資している金額を考える
   と、潜在的なRPG投資率は本来もっとずっと高いと思える。

   特定の(あるいは同傾向の)RPGだけが普及しているのは、RPGを取り
   巻く日本の環境が不健全である(優れた海外RPGの情報が広く行き渡って
   いない)ために、RPGプレーヤーの多くが、「固体グループ」に属してい
   るせいである。

   本講座の普及などの啓蒙活動により、「気体グループ」に属しているRPG
   プレーヤーの割合が増えれば、この状態は改善されることが期待できる。

 これについても、既に論じました。


  C)気体グループはほぼ全員が長期グループにも属する。そこで、啓蒙活動によ
   り気体グループの人数を増加させることが出来れば、RPG人口の増加とR
   PG投資率の増加、両方を増大させることになる。すなわち、RPG市場の
   規模に対して「二乗の増大効果」を及ぼすことが出来る。
   このように、啓蒙活動により「気体グループ」の人数をある程度以上に増や
   すことが出来れば、その結果としてRPG市場の規模が「競争臨界点」を突
   破する(再突破する)可能性がある。

 これについては、すぐ後に詳しく論じます。


  D)もし、C)が達成されれば、再び市場競争原理が機能し始めるであろう。そこ
   で、プランは第2ステップに入ることになる。
   ただし、市場インフラストラクチャを構築するのには時間がかかるので、第
   2ステップで必要となる「市場競争原理が適切に働くようなメカニズム」の
   準備は、今から(第1ステップの途中で)始めるべきである。

 これについては、次回に論じます。

**

 第1ステップの段階C)が達成できるか否かは、啓蒙活動がRPG市場規模に及ぼ
す「二乗の増大効果」にかかっていると考えられます。これは何かというと・・・

 ・RPG市場の大きさは、ほぼ「RPG人口 × RPG投資率」に等しいと考
  えられる。

 ・啓蒙活動により「気体グループ」の人数が増加すると、RPG投資率がm倍に
  増加する。(気体グループは、様々なRPGに手を出すため)

 ・「気体グループ」に加わった人は、ほとんどそのまま「長期グループ」にも加
  わることになるので、RPG平均継続期間がn倍に増大する。RPG平均継続
  期間が増大すると、それに比例してRPG人口が増加する。(これについては
  以前に説明しました)
  すなわちRPG人口もn倍になる。

 ・ゆえに、啓蒙活動により「気体グループ」の人数を増加させることで、RPG
  人口がn倍、RPG投資率がm倍、RPG市場の規模はn×m倍になる。

 このように、啓蒙活動で「気体グループ」の人数を増やすと、その効果は二乗に
増幅されてRPG市場の規模に反映されるのです。これが「二乗の増大効果」です。

**

 一方、RPG市場は次のような理由から、割と新規参入が容易な市場です。
(実際、米国では小さな新興ゲーム会社が次々とRPG市場に参入しています)

 ・RPG製品は製造コストが安く(原価は、印刷代と流通コストくらい)利益率
  が高い。これは、家電ほど大量に売れなくても、ある程度の数が出れば利益が
  得られることを意味し、新規参入を容易にする効果がある。

 ・RPG製品の開発、製造のために必要な初期投資がほとんど不要である。これ
  は、RPG市場への参入障壁が著しく低いことを意味する。


 新規参入が容易で、大量消費に頼らずとも利益が出せるということは、競争臨界
点が低いことを意味します。

 競争臨界点が予想外に低いかも知れないという点、啓蒙活動による「二乗の増大
効果」が効いてくる点、そして日本の潜在的なRPG人口は決して少ないとは思え
ない点。こういった点を考慮すると、ボランティアベースの啓蒙活動だけで、日本
のRPG市場が競争臨界点を突破できる可能性は無視できません。

**

 本講座の第1章を書いた時点では、私も「個人個人が啓蒙活動を試みても、しょ
せんは焼け石に水である。日本のRPG市場の縮小傾向に歯止めをかけることなど
ボランティアの力で実現できるはずがない」と思っていました。

 しかし、その後に上のようなことを考え、さらに本講座に対する反響(それは、
「個人ベースの啓蒙活動でも、ネットワークを利用することで、実際に成果を上げ
ることが出来る」ということを教えてくれました)を見て、第1ステップの段階C)
を突破できる可能性を信じるようになったのです。

**

 市場再建の第1ステップを突破するための具体的な方法は、過去数回に渡って論
じた通りです。

 まずは啓蒙活動から始めましょう。気体グループ、長期グループの人数を増やし
ましょう。彼らが「賢明な消費者」「市場を育てる消費者」になることで、真に消
費者主導の健全な市場を構築することが出来るようになるのです。

 全ては、そこからです。


4.2 健全なRPG市場の構築

4.2.3 オピニオンリーダーの育成

 前回は、日本RPG市場の建て直しのためには、まず第1ステップとして

  ・RPG市場の拡大による競争臨界点の突破

が必要不可欠であることを説明しました。

 では、第1ステップが何とか実現できたとして、それで万事OKでしょうか。

**

 もちろん違います。第1ステップだけでは、かつて日本に初めてRPGが紹介さ
れ、普及していったときと同じ状況です。

 もしあのとき、我々が「消費者としての立場から、日本のRPG市場を育ててゆ
こう」と考え、消費者主導で市場育成を進めていれば、今頃は日本のRPGは技術
的にも市場規模的にも今日のそれとは比べものにならないほど発展していたことで
しょう。

 しかし、我々はRPG市場の開拓を、ゲーム会社や出版社、特定グループなどの
ベンダサイドに任せてしまいました。

 そして、残念ながら、「RPGとは何か」「長い目で見て、日本のRPGはどの
ように発展してゆくべきか」「日本のRPG市場を育てるための長期的な開発戦略、
販売戦略はどうあるべきか」といった視点でマーケッティングするベンダはいませ
んでした。

 結果は、何度も申し上げた通りです。

 もう二度と同じことを繰り返してはなりません。我々は、過去をきちんと反省し
た上で、今度こそ消費者としての責任を自覚しなければなりません。市場を育てる
のは、消費者なのです。もっと正確に言うと、市場を育てるのは「賢明な消費者」
なのです。

**

 では、第2ステップについて考えてみましょう。第2ステップの狙いは、市場競
争原理が適切に働くような基本メカニズムを構築することです。

 市場競争が適切に行われるためには、「ベンダ(企業)の監視(評価)」という
仕組みが重要になります。

 つまり、ベンダが手を抜かないよう誰かが監視することで、企業努力が市場競争
力の増大という形で報われ、努力を怠ると市場競争力の低下という形で報復を受け
る。そういうメカニズムが大切なのです。

**

 社会的に重要な製品、生活必需品、食品、医薬品などの市場では、一般に政府ま
たはその委任(認可)を受けた公的機関が監視役を果たしています。(それでも、
公的機関の監視が充分でない場合には、消費者団体がクレームを付けて是正を迫る
という仕組みになっています)

 これに対して、主に娯楽や趣味に使われる製品、例えばカメラ、パソコン、バイ
ク、乗用車、推理小説、オーディオ機器などの市場においては、上に述べたような
監視役は、消費者に一任されています。つまり、消費者は、常にベンダ(企業)を
監視し、評価し、製品の購入という形で企業努力に報いることが期待されているわ
けです。(そうでないと、市場はすぐに腐敗してしまいます)

 ですから、娯楽や趣味の市場においては、消費者は、正しい見識と、適切な製品
選択基準と、企業活動に関する正確な情報に基づいて、消費者活動(つまり製品の
購入)を行わなければなりません。このような意味における、あるべき消費者像が
「賢明な消費者」です。

**

 しかし、もちろん消費者が自発的に努力して「賢明な消費者」になることは期待
できません。そこで、メディアの登場です。

 具体的には、雑誌(専門誌、情報誌)がオピニオンリーダーとなって、読者たち
が「賢明な消費者」として判断、行動するように誘導するのです。これにより個人
が自分の力で情報収集したり判断したりしなくとも、信頼できる雑誌の記事を読ん
で従うだけで「賢明な消費者」になれる(なってしまう)というわけです。

 前述したような娯楽や趣味の市場には、製品毎にオピニオンリーダー格の専門誌
というものがあります。それらの専門誌は、それぞれの製品分野に対する高い見識
を売りにして、読者の信頼を獲得したのです。つまり、その専門誌の評価や記事を
念頭に置いて製品選択を行うことで、「賢明な消費者」として行動していることに
なるという信頼感です。

 そして、これらの専門誌における記事は、実際に市場競争力に影響を与えるため
ベンダ側も真剣にチェックします。製品や企業戦略、ユーザサービスに対して、オ
ピニオンリーダー格の雑誌に何か批判的な記事が載れば、企業は何らかの形で対応
せざるを得なくなります。そうでないと実際に市場競争力が低下するからです。

 こうして、オピニオンリーダー格の専門誌が「賢明な消費者」の代表役を果たし
ている限り、監視メカニズムが適切に機能することになるというわけです。

**

 日本のRPG市場が急速に腐敗した原因の一つ(大きな一つ)には、上のような
意味での「オピニオンリーダー格の専門誌」の欠如が挙げられます。

 そのため、RPGの正しいプレイ方法が知られず、世界標準レベルのRPG製品
やユーザサービスがどのようなものかという情報も与えられず、適切な製品選択基
準も持ち得なかったため、日本のRPGプレーヤーの多くが「固体グループ」のよ
うに不健全な、全く「賢明でない」消費者になってしまったのです。これでは、市
場が腐敗し荒廃するのも当然です。

 ですから、第1ステップが達成され、市場競争が再開された時点で、消費者に対
して次のような情報を、広く、公正に、客観的に伝えることが出来る、オピニオン
リーダー格の専門誌が必要です。

  1)RPG関連情報。
   国内情報だけでなく、海外の技術レベルや動向もきちんと消費者に伝えなけ
   ればなりません。

  2)RPG製品の評価。海外製品も含めて、どの製品はどこが良くてどこが悪い
   のか。どのようなユーザに向いているのか。厳しく、公正で、客観的な評価
   結果。

   (狙い)消費者の製品選択基準(見識)を引き上げ、粗悪な(世界水準に達
       しない)製品に対して強い淘汰圧をかける。
       これにより、「良い製品を作らないと市場競争に勝てない」という
       当たり前のことがきちんと守られるようにする。

  3)RPGベンダの評価。海外ベンダと比べてユーザサービスをきちんと行って
   いるか、長期的ビジョンや優れた見識があるか、戦略的な特徴は何か。

   (狙い)ベンダ側の姿勢や企業努力が、市場競争力に反映されるようにする
       ことで、ユーザサービスの悪い(あるいは見識のない)ベンダに対
       して強い淘汰圧をかける。
       これにより、「きちんとしたユーザサポートをしないと市場競争に
       勝てない」という当たり前のことがきちんと守られるようにする。


**

 オピニオンリーダー格の専門誌、つまりその見識により読者の信頼を得るような
専門誌が育つするためには時間が必要です。(もちろん、複数の雑誌が読者の信頼
をめぐって競争した結果としてオピニオンリーダーが決まるのです)

 ですから、第1ステップが達成された時点で、「さて、第2ステップはどうしよ
うか」と考え始めたのでは遅いわけです。それでは、すぐに市場は腐敗し、同じこ
とを繰り返すだけでしょう。

 今から、第2ステップに向けて何らかの手を打つことが必要だと思います。

 まず最初は、ボランティアベースで上記1)〜3)のような記事を書いて、それを例
によってネットワークや同人誌といったメディアに流しましょう。

 既に述べたような啓蒙活動(固体グループに属する人々を、気体グループに移行
させる)と連動させることで、新しく気体グループに移行する人々はこのような記
事の必要性、有用性を理解してくれることでしょう。(このような記事がないと、
RPG製品、特に海外製品を選択するのが困難だからです)

 何人かは、自ら1)〜3)のような記事を発信してくれるかも知れません。

 これはつまり、気体グループ(=長期グループ)に属する人々が増えるにつれて、
1)〜3)のような記事に対する需要が高まるということです。需要があれば、供給者
が現れるものです。つまり、そのような記事を載せる雑誌が創刊される可能性が出
てくるのです。

 そのような雑誌が現れれば、それを育ててゆきましょう。育てるというのは、甘
やかすという意味ではなくて、「将来のオピニオンリーダーの地位を狙う雑誌」と
いう自覚と責任感を促すという意味です。そのような雑誌が複数あれば、より正し
いと思われる見識を示した雑誌に投資しましょう。(これが、オピニオンリーダー
選出のプロセスです)

 第2ステップが実現できるかどうかは、日本のRPG市場が成長し、成熟市場に
なれるかどうかの試金石だと思います。もし、第1ステップが達成されただけで満
足してしまい、「オピニオンリーダーとなるメディアの育成」という作業に取り組
まないようなら、再び日本のRPG市場は腐敗への道を辿ることでしょう。

**

 第3ステップ?

 それは、第2ステップで構築したメカニズムを維持する仕掛けを作ることです。

 もし、オピニオンリーダーが見識を誤ったら。もし、特定の企業が市場占有率を
利用して不正な競争を仕掛けたら。もし、RPG自体が社会的な糾弾や攻撃にさら
されたら。もし、低劣なRPGプレーヤー層が台頭したら。もし・・・。

 ある市場が成長し、成熟してゆく過程で、危機的な状況というものがいくつでも
想定できます。そのようなときに、素早く対応し解決するメカニズムが備わってい
る市場が「強靱な」市場です。そうでない市場は「脆弱」であり、常に破綻の可能
性を抱えていることになります。

 ですから、RPG市場を守りたければ、危機管理のメカニズムを構築して、市場
を強靱な、危機的状況に対する抵抗力のあるものにしなければなりません。そして
それは、消費者からの働きかけという形で実現されなければならないでしょう。

 が、まだ第3ステップについて論ずるのは早過ぎるというものです。それは、お
そらく今世紀の話題ではありません。

**

 日本RPG市場が再建される可能性は、さほど高くはないでしょう。たとえ可能
だとしても、それには時間がかかるでしょう。ボランティアベースの活動をいくら
続けても、何の効果も生じてないように思え、無力感にとらわれるかも知れません。

 けれど、冷笑的な態度、あるいはベンダ(企業)や雑誌を非難するだけの姿勢か
らは何も生まれません。

 健全なRPG市場という目標は、努力に値する目標です。そして、努力しなけれ
ば実現できない目標だからこそ、価値があるのです。


4.3 RPGとは何か

4.3.1 ゲームと遊戯

 長らく続いた「馬場秀和のマスターリング講座」も、そろそろ完結に向けてカウ
ントダウンが始まりました。今回から、全体を通してのまとめ作業に入ります。

 今回は、「RPGとは何か?」という課題について、本講座でこれまで論じてき
た考え方を整理しておきましょう。

**

 まず「ゲーム」という概念を定義します。ここでは、グレッグ・コスティキャン
先生の定義をベースに、少し修正したものを採用しましょう。

課題1:「ゲーム」とは何か

回答1:それは、参加者が、「ゲームトークン」の操作による「資源管理」を通じ
    て、「目標」の達成を目指し、「意志決定」する、全ての営みである。


 ゲームトークン、資源管理、その他の用語についての説明は省略します。読者は
本講座の付録となっている「コスティキャンのゲーム論」に必ず目を通して下さい。

 上の定義には、「楽しみを求めて」とか「結果(勝敗)が、実生活に重大な影響
を与えない」といった(一般にゲームという言葉からイメージされる)特徴が含ま
れていないことに気をつけて下さい。

**

 一方、しばしば「ゲーム」と混同される概念に「遊戯」というものがあります。

 遊戯は、楽しみを求めて行うものであり、また結果(勝敗)が参加者の生活や人
生に対して重大な影響を与えることはありません。

 両者の違いを明確にするためには、問題となる営みにおける「意志決定」の重要
性がポイントとなります。いくつか例を挙げてみましょう。

  ・「政治」「戦争」「市場競争」は、ゲームである。
   これらの営みは、多くの人々の人生や幸福、そして命に重大な影響を与える
   シリアスなものであるが、その本質は「目標を目指して意志決定を行う」と
   いう点にあり、ゲームと見なすことが出来る。
   ゲームは必ずしも楽しみを求めて行うものとは限らない

  ・「野球」はゲームであり、「キャッチボール」は遊戯である。
   「ジャンケン」には勝敗があるが、勝敗は偶然だけで決まり意志決定に意義
   がないので、遊戯である。

  ・上と同じ理由から、素朴な「すごろく」も、ゲームではなく遊戯である。す
   ごろくは、ダイスの出目に従ってコマを動かし、その結果を楽しむだけの営
   みであり、意志決定の要素が全く含まれていない。
   ゲームと呼ばれているものにも、実は遊戯と見なすべきものが少なからず存
   在する。


 ゲームと遊戯のどちらが優れているか、価値があるか、といった議論は無意味で
す。例えて言えば、両者は「思考」と「感動」のようなものです。どちらも人間に
とって大切なものであり、どちらが欠けても人生は無意味になるでしょう。

**

 では、RPGの本質は「ゲーム」でしょうか、それとも「遊戯」でしょうか。

 誤解のないように言っておきますが、RPGをゲームとしてプレイすることも、
遊戯として楽しむことも、もちろんどちらも可能です。論理的に一方が正しいとい
う証明は出来ません。ですから、上の質問は、我々の立場をどちらにすべきかとい
う「基本方針」に対する問いかけと見なすべきです。

 この課題は非常に重要です。これに対する回答によって、RPGにとって最も大
切なものが何であるかが決まり、そしてRPGを構成する様々な要素が何のために
存在するのかということが決まり、そして正しいプレイ方法が何かということが決
まるからです。

**

 もし「RPGの本質はゲームである」とするなら、RPGにおける最も大切で本
質的な要素は「意志決定」ということになります。この立場からすると

  ・システムとは、意志決定を成立させるためのフレームワークである。

  ・背景世界とは、意志決定を支援するためのメカニズムである。

  ・キャラクターとは、意志決定の結果をゲーム進行に反映させるためのゲーム
   トークンである

  ・キャラクターデータのうち、能力値、技能値、性格や特徴などは、守るべき
   制限である

  ・キャラクターデータのうち、ヒットポイント、所持金、コネなどは、管理す
   べき資源である

  ・シナリオとは、ゲームマスターが事前に用意した「目標」「障害」「制限」
   などのゲーム要素の集合である

ということになります。

**

 もし「RPGの本質は遊戯である」とするなら、RPGにおける最も大切で本質
的な要素は「参加者が楽しむこと」だということになります。この立場からすると

  ・システムとは、参加者間で生じる可能性があるトラブルを解決するための手
   段である。

  ・背景世界とは、セッションの雰囲気を高め、感情移入を強めるための設定で
   ある。

  ・キャラクターとは、参加者が「なりきって」盛り上がるための配役である。

  ・シナリオとは、参加者を楽しませるためにゲームマスターが事前に用意した
   台本(ストーリー)である。

ということになります。

**

 我々はどちらの立場を採用すべきなのでしょうか?

 これら2つの立場は、決定的に食い違っています。「色々な考え方がある」とか
「両方の考え方のバランスをとりましょう」といった主張が可能なレベルの矛盾で
はありません。

 実際、日本RPG界が崩壊寸前まで混乱した根本的な原因は、この問題に対する
回答を出さずに放置したことにあります。市場を建て直すにせよ、技量を向上させ
るにせよ、啓蒙に勤しむにせよ、何かRPG界の発展に貢献する建設的な活動を行
おうとすれば、どうしてもこの問題に対し明快な回答を与えなければなりません。
そうでない限り、我々は何ら建設的な活動を進めることが出来ず、このまま日本R
PG市場の消滅を待つことになるでしょう。

 RPGの本質をゲームと見なすか、遊戯と見なすか。

 我々はどちらか1つの立場を選び、全てのRPG関連活動をその立場に基づいて
進めなければなりません。

**

 本講座を通読した方なら、既に私の回答をご存じのことと思います。

課題2:我々は、RPGの本質を「ゲーム」と見なすべきか、それとも「遊戯」と
    見なすべきか。

回答2:我々は「RPGの本質はゲームである」という立場を採用すべきである。


 理由は次の通りです。

 1)長期グループへの移行を促進することで、RPG人口を増加させるため

   RPGを長く続けてゆくためには、技量の向上を目指す姿勢が必要不可欠だ、
   そうでないといずれ飽きてしまう、ということは何度も申し上げました。
   すなわち、RPGプレーヤーが、中期グループから長期グループに移行する
   上で、上達を目指す姿勢というものは、ほぼ必須条件なのです。

   RPGの本質をゲームだと見なせば、技量向上への道が開けます。それは本
   講座をお読みになった方なら誰もが納得するでしょう。

   ところが、演技やノリをいかに楽しんだとしても、それは技量の向上にはつ
   ながりません。RPGの本質を遊戯だと見なして遊べば、いつまでたっても
   同質の「楽しみ」をただただ繰り返すだけであり、もちろん数年で飽きてし
   まうのです。実際にそのようにしてRPGに飽きて止めてしまう人々(中期
   グループ)の増加がいかに深刻な問題であるかは既に説明した通りです。

   RPGをゲームと見なすことで、上達を目指すための具体的な方策を示すこ
   とが可能になり、長期グループへの移行を促進することが出来るのです。
   長期グループの増加により、RPG人口が増加することは既に説明した通り
   です。

 2)気体グループへの移行を促進することで、RPG投資率を増加させるため

   RPGの本質をゲームと見なす場合、システムは決定的な重要性を持ちます。
   意志決定はシステムの方向性に沿って行うことになりますし、システムによ
   って意志決定の優劣の範囲が定まるからです。この立場からすれば、システ
   ムは方向性がはっきりしており、優れた意志決定が求められる(挑戦に値す
   るジレンマを生み出す)もので、可能な限り斬新で質のよいものであること
   が求められます。こうして、RPGプレーヤーは常に斬新で質のよいシステ
   ムを求め、(経済的に可能な範囲で)次々に新しいRPG製品を購入するこ
   とになるのです。

   一方、RPGを遊戯として楽しむなら、システムは大して意義を持ちません。
   システムは、参加者間でトラブルが生ずるのを防止するための規則集であり
   はっきり言えば必要悪だからです。この立場からすれば、システムなど、ご
   く簡単で、あまり癖がなく(方向性がはっきりしておらず)、細かいところ
   は参加者が勝手に(より楽しめるように)決められるようになっているもの
   が、たぶんジャンル毎に1つあれば充分です。システムの出来が良いか悪い
   かは大した問題ではありませんし、まして様々なシステムを購入する理由な
   どありません。必要だと思えば自分達で(より楽しめるように)システムに
   手を入れるか、または自作すればよいのです。

   このように、RPGの本質を遊戯と見なす立場からは、「固体グループ」し
   か生まれません。これがRPG投資率を下げ、日本のRPG市場が衰退し崩
   壊に向かった大きな要因になっているということは既に説明しました。

   RPGをゲームと見なすことで、「気体グループ」への移行が促進され、R
   PG投資率が増加するだけでなく、RPG人口も増加する(気体グループは
   ほぼ自動的に長期グループになるため)ことで、既に説明した通り「二乗の
   増大効果」が生じます。ここに日本RPGの未来がかかっているのです。

 3)RPGを深く楽しむため

   本講座では「RPGは楽しければそれでよい」というような思考停止の姿勢
   を厳しく糾弾してきたため、読者は私のことを禁欲主義者だと思ったかも知
   れません。

   しかしながら、そうではありません。私は、意志決定を欠落させたまま、あ
   るいはルールやシステムの方向性を無視して、短絡的・衝動的に「演技」や
   「なりきり」や「熱血」で盛り上がるといった、軽薄で刹那的で底が浅い楽
   しみに大した価値があるとは思ってないだけのことです。
   なぜなら、私はもっと凄い、深い、素晴らしい楽しみや感動を「ゲームとし
   ての」RPGから得ているからです。

   あなたが信じようと信じまいと、数年前まで私も「RPGは参加者が楽しむ
   ことが一番」「RPGが他のゲームと比べて楽しいのは、やっぱり演技やノ
   リだな」と思っていたのです。(その昔、私のセッションに参加したことが
   ある人なら、これが全くの真実であることがお分かりのことと思います)

   で、ご多分に洩れず「そろそろRPGに飽きてきたかな。あんまりノレなく
   なってきたし」などと感じ初めてきた頃、海外RPGに手を出したのです。

   正直言って、人生観が変わるほどの感動でした。「RPGというのは、こん
   なに凄い、深いゲームだったのか」「今まで俺がやってきたあれは、ただの
   ごっこ遊びだったぁ!」というショックを覚えました。

   それから、次々に海外RPGを漁ってゆくうちに、私にも分かってきました。
   海外では、毎年毎年、それまでにない斬新で優れたシステムが登場していま
   した。日本で私がごっこ遊びに興じている間に、海外ではRPGはゲームと
   して進化、発展していたのです。

   そして様々なRPGシステムを学ぶうちに、新しいシステムが何を再現しよ
   うとし、どのようなゲームを作り上げようとしているか、その狙いが把握で
   きるようになり、それらを自分のマスターリングに正確に反映する方法を考
   えるようになりました。自分で言うのも何ですが、おかげで私のマスターリ
   ング技量はずいぶん向上したように思えます。

   信じてほしいのですが、優れた海外RPGを読んで理解し、その結果に基づ
   いて自分の技量を磨き、より良いゲームを作り上げてゆくことから得られる
   喜び、楽しみ、興奮、そして感動は、筆舌に尽くしがたい素晴らしいもので
   した。これに比べれば、演技やノリや何やかやは、例えばカラオケでも得ら
   れる程度の楽しみに過ぎません。

   もちろんカラオケでも得られる楽しみをRPGから得ることが悪いとは言え
   ませんが、RPGというゲームからしか得られない本物の、深い楽しさを知
   らないまま、RPGに「飽きて」止めてしまう人々(私も、海外RPGに手
   を出さなければそうなっていたかも知れません)のことを考えると、悲しい
   気持ちになります。

   私が「RPGをゲームと見なすべきだ」「技量の向上を目指す姿勢を持て」
   「海外RPGに積極的に手を出そう」といったことを繰り返し繰り返し書い
   ているのは、一人でも多くの人に、私の感じている楽しさを同じように感じ
   て欲しいと願っているからなのです。


4.3 RPGとは何か

4.3 2 RPGの定義

 前回は、「RPGの本質はゲームである」という基本的な立場の正当性について
議論しました。今回は、この立場を前提に、RPGの基本構造を分析してみましょ
う。そして、これらの分析結果を総合して、「RPGとは何か」という課題に対す
る明確な回答を与えることにします。

**

 一般的なゲーム、特にテーブルゲーム(マルチプレーヤーゲーム)と比べると、
RPGには際立った特徴がいくつかあります。これについては、既に本講座で何度
か解説しました。ここで、あらためて整理してみましょう。


 1)ゲーム要素

  一般的なゲームにおいては、「目標」「障害」「制限」などのゲーム要素は、
  ルールで明確かつ厳密に規定されています。

  ところが、RPGにおいては、ルールシステムではこれらのゲーム要素を完全
  には規定しておらず、一部の参加者(ゲームマスター)が事前に補完しておく
  ことになっています。これを「シナリオ作成」と呼びます。

  ゲーム要素が完全には規定されていないことによって、ゲームとしての厳格さ
  は犠牲になりますが、その代わり「同じシステムであっても、プレイする度に
  ゲームの内容(どのような意志決定が求められるか)が異なる」ということが
  可能です。こうして、RPGにおいては、ゲームの魅力の一つである「多彩な
  展開」が実現されるのです。

  これは、ゲームの可能性を大きく広げるものです。


 2)目標の多層構造

  一般的なゲームにおいては、プレーヤーに「目標」が与えられ、各プレーヤー
  はその目標の達成を目指して意志決定します。

  ところが、RPGでは、プレーヤーに対する目標とは独立に、ゲームトークン
  であるキャラクターにも目標が与えられるのです。(一般にはゲームマスター
  が用意します)

  プレーヤーの目標と、キャラクターの目標が独立していること。プレーヤーは
  両方のレベルの目標を同時にバランス良く追求しなければならないこと。これ
  がRPGを特徴づける第2のポイントです。

  プレーヤーの目標とキャラクターの目標が矛盾する場合、両方の目標をバラン
  スよく追求するためには、複雑で微妙で、そして面白い意志決定が必要です。
  例えば、キャラクターの目標が「怪事件の謎を解くこと」であり、プレーヤー
  の目標が「恐怖を疑似体験する(ハラハラドキドキする)」ことだとすると、
  わざわざ危険な場所に一人で出かけてゆく、といった(一見、愚かに見える)
  「意志決定」が有意義になるのです。

  この特徴は、RPGを複雑で味わい深いゲームにしています。

  備考)厳密に言うと、目標は4つのレベルに分けて考える必要があります。
     単純な「ミッション達成」という目標(レベル1)、キャラクターの動
     機や生きがいの追求という目標(レベル2)、プレーヤーがゲーム及び
     それが再現しようとしている状況を作り上げるという目標(レベル3)、
     そして、これら全ての目標をバランス良く追求するというメタ目標(レ
     ベル4)です。RPGは、「レベル4の目標を目指す」という、非常に
     複雑で面白いゲームなのです。


 3)役割分担

  一般的なゲームにおいては、各プレーヤーが、お互いに対して「障害」として
  機能します。つまり、プレーヤー同士が対立するのです。もちろんプレーヤー
  間で協力が必要となる場面もあります(それにより柔軟で興味深い意志決定が
  求められます)が、最終的にはプレーヤーは互いに敵または競争相手です。

  もちろん、ゲームの中には、プレーヤーが相互協力して共通の目標(勝利条件)
  を目指すタイプのものもあります。また、各プレーヤーの目標がそれぞれ異な
  り、同時勝利があり得るため、プレーヤー間で恒久的な協力関係が作られるこ
  ともあります。

  RPGは、後者のタイプをさらに発展させ、「プレーヤー間での協力の方法を
  役割分担という形で明確に規定する」という手法でデザインされたゲームです。

  RPGにおいては、各プレーヤーに与えられるゲームトークン(キャラクター)
  は、それぞれ得意分野、苦手分野を持ちます。全ての分野(能力や技能)に秀
  でた万能キャラクターを作成することは出来ないようになっているのです。
  そして、複数のキャラクターが、それぞれ得意分野を分担し合うことを強制す
  る仕掛けを用意する(またはゲームマスターに用意させる)のです。このよう
  な仕掛けとしては、例えばダンジョンが古典的な例です。

  これにより、どのプレーヤーも自分のキャラクターだけでは目標を達成できず
  相互に役割分担を行うことで目標の達成を目指すことになります。「役割」と
  は、例えば「戦闘」「魔法」「治療」あるいは「情報収集」「交渉」といった
  各自の得意分野のことです。

  一般的なゲームにおいても、プレーヤー間の相互協力が行われる場面では、あ
  る程度の役割分担(僕が軍事的支援を送るから、代わりに経済援助よろしく)
  が行われますが、それはたまたま役割分担することで相互利益が得られる展開
  になっただけのことで、多分に偶発的なものであることが多いでしょう。

  これに対してRPGは、「役割分担」という点を徹底的に押し進め、最初から
  「各キャラクターが、自分の役割(ロール)を果たす(プレイ)」ことに主眼
  を置いてデザインされたゲームです。これが「ロールプレイングゲーム」、つ
  まりRPGという用語の本来の意味です。

  備考)RPGにとって本質的に重要なのは「役割分担」であり、必ずしも「相
     互協力」ではありません。ですから、キャラクター同士が全面的に敵対
     するRPGもありますし、部分的に敵対するRPGなら珍しくありませ
     ん。しかし、全てのRPGに共通している特徴は、「役割分担をしない
     と目標を達成できないようになっている」という点です。役割分担は、
     RPGを定義づける本質的な特徴なのです。


 4)意志決定支援

  一般的なゲームにおいては、各局面(手番)における選択肢は明確に規定され
  ており、プレーヤーはどの選択肢を選ぶか悩むだけです。

  ところがRPGというゲームにおいては、各局面での選択肢が明確ではありま
  せん。選択肢が明確でないというのは、つまり「キャラクターに何が出来るか、
  何が出来ないか。何をすべきか。何をすべきでないか」ということがはっきり
  決まっていないということです。

  これでは充分な意志決定が出来ませんから、ゲームを成立させるために何らか
  の意志決定支援メカニズムが必要です。RPGでは、一般に次の2つの手法が
  用いられます。

   a)ルールシステムの方向性

     ルールシステムの規定範囲や規定内容により、暗黙に「ヒーロー指向、
     疑似体験指向」とか「特定ジャンルの再現、特定原作の再現」といった
     方向性が出てきます。この方向性が、キャラクターの大雑把な行動指針
     として機能します。

   b)背景世界設定

     a)だけでは不足するような細かい行動指針をまとめたものです。つまり
     「キャラクターに何が出来るか、何が出来ないか、何をすべきか、何を
     すべきでないか」という疑問に対して、一般的に対処できるだけの行動
     指針を「設定情報」という形で整理したものが、背景世界です。

  一般に、キャラクターの行動の自由度が高ければ高いほど、多くの行動パター
  ンについて指針が必要ですから、多くの背景世界設定情報が必要になります。
  逆にキャラクターの行動の自由度が低ければ(つまり特定パターンの行動しか
  許されなければ)、背景世界設定情報は少なくて済みます。

  このように、「ルールシステムの方向性」「背景世界設定」という2つの意志
  決定支援メカニズム(行動指針)があることで、RPGは「世界の再現」を目
  指すことが出来る興味深いゲームとなっているのです。


 5)感情移入促進メカニズム

  一般的なゲームにおいては、目標が「勝利条件」という形になっており、勝敗
  がはっきりしています。勝てば嬉しく、負ければ悔しい。この気持ちが、ゲー
  ムへの「感情移入」を強烈にプッシュしてくれます。

  ところが、RPGには一般に「勝利条件」がなく、また目標が多層構造を成し
  ているなど複雑で曖昧であるため、そのままでは「感情移入」が充分ではあり
  ません。そこで、感情移入を促進するための特別な仕掛けが求められます。

  そのようなメカニズムとして広く使われているものは次の通りです。

   ・キャラクタープレイ

     キャラクターの演技を行い、キャラクターの個性を表現することで、プ
     レーヤーからキャラクターへの思い入れを強めます。

   ・経験値と成長

     ゲームに参加するとキャラクターが成長し、努力すればするほど成長の
     度合いが高くなるようなルールを導入することにより、キャラクターへ
     の思い入れを強めます。

   ・詳細で魅力的な背景世界

     RPGによっては、非常に詳細で大量の設定情報を持つ魅力的な背景世
     界を用意しているものがあります。
     また、背景世界をリアルタイムに変化させる工夫(背景世界内における
     最新のニュースを伝えるニューズレターや雑誌を発行する等)をしてい
     る製品もあります。
     これらは、もはや「4)意志決定支援」のためのメカニズムを越えて、背
     景世界そのものを感情移入促進メカニズムとして使っているのです。

   ・演出

     小道具やマップ、イラストなどの演出により、雰囲気を盛り上げます。
     上手なキャラクタープレイをしたプレーヤーに経験点ボーナスを出す、
     熱血なセリフを叫ぶと有利になる、お約束の言動をとると強くなる、等
     の「演出ルール」によりゲームを盛り上げます。

  言うまでもなく、これらはゲームへの感情移入を促進するための仕掛けに過ぎ
  ませんから、全てのRPGに取り入れられているわけではありません。つまり
  これらはRPGを定義づける本質的な特徴とは言えません。

  備考)「感情移入」と「なりきり/一体感」は別のものです。混同しないよう
     に注意して下さい。前者はゲームにとって重要なポイントです(だから
     促進する仕掛けが必要なのです)が、後者はゲームをプレイする上で害
     にしかなりません。詳しくは第3章を参照して下さい。

     また、「感情移入」と「キャラクタープレイ」も全く別の概念です。
     キャラクタープレイは、演じるプレーヤーに強い興奮と感動と、そして
     喜びを与えることが出来る強力な仕掛けですが、しかしそれはあくまで
     感情移入を強めるための手段に過ぎず、ゲームの本質ではありません。


**

 さあ、ようやく次の課題に回答するための準備が出来ました。

課題3:RPGとは何か

回答3:それは、次の4つの特徴を全て持つ、ゲームの一形態である。

    1)「目標」「障害」「制限」などのゲーム要素がルールで完全には規定さ
     れておらず、参加者の一部(ゲームマスター)が事前に補完すること

    2)「目標」が多層構造を持っており、プレーヤーに対して与えられる目標
     とは独立に、ゲームトークン(キャラクター)に目標が与えられること

    3)各プレーヤーが自分のゲームトークン(キャラクター)で役割分担する
     ことで「目標」の達成を目指すこと

    4)ゲームの各局面におけるプレーヤーの選択肢(キャラクターの行動)の
     自由度が(一般ゲームに比べて)広いため、何らかの意志決定支援メカ
     ニズム(ルールの方向性、背景世界設定など)により指針を与えること

**

 いくつか補足しておきます。

 まず、今回の講座は、今まで第1章から第3章で論じてきたことの要約であり、
細かい論点や具体的な例などは省略している、ということです。ですから、上に示
したRPGの定義をきちんと理解するためには、第1章から第3章を読むことが必
要です。必ず読んで下さい。

 次に、上の定義は学術的な思索の結果ではなく、実用本位に検討した結果です。
 つまり、この定義は「RPGの正しいプレイ方法のエッセンス」を明記したもの
だということです。別の言い方をすれば、上の定義は「RPGの間違ったプレイ方
法」に対して、そのどこが間違っているかを明確にし、啓蒙するために使えるもの
です。

**

 例えば、「一本道マスター」「吟遊詩人マスター」などと呼ばれるストーリー強
制型のゲームマスターに対しては、1)のポイントを強調し、「シナリオ」とは何か、
ゲームにとって「多彩な展開」がいかに大切か、などを啓蒙すべきです。

 自分のキャラクターに、ルール的に有利なこと、経験点を稼ぐこと、「一番たく
さんのプラス修正が付く」武器やアイテムばかり使わせること、などしか念頭にな
い行動をとらせるプレーヤーには、2)のポイントを示し、RPGというゲームは何
を「目標」にプレイするものか、を啓蒙すべきです。

 自分のキャラクターを無闇に強くしたがるプレーヤー、自分のキャラクターが目
立つことしか考えてないプレーヤーには、3)のポイントを強調し、「役割分担」が
いかにRPGの本質であるか、を啓蒙すべきです。

 「RPGでは、ルールで禁止されてない限り何でも自由に行動できる」などと信
じているプレーヤー、自分のキャラクターに背景世界やルールの方向性を無視した
行動をとらせるプレーヤーには、4)のポイントを強調し、ルールの方向性や背景世
界によって定められる行動指針に従わないとゲームが成立しないことを啓蒙すべき
です。

 そして「RPGではキャラクターの演技(キャラクタープレイ)が何より大切」
「キャラクターになりきるのがRPGの楽しさ」「盛り上がって参加者が楽しむこ
とがルールより重要」などと勘違いしている人がいれば、演技や何やかやは、5)の
「感情移入を促進する仕掛け」に過ぎず、他の1)〜4)のようなゲームの本質ではな
いことを強調し、RPGは遊戯ではなくゲームであることを啓蒙すべきです。

**

 本講座の主旨からは外れますが、RPGシステムをデザインしたり評価したりす
る際にも、この定義は役に立つでしょう。

 役割分担はうまく機能するか。背景世界の設定情報量とキャラクターの行動自由
度はバランスがとれているか。ゲームマスターが興味深い多層構造を持った「目標」
や、挑戦に値する奥深い「障害」を作れるようになっているか。ルールの方向性、
背景世界の狙いは適切か。そして感情移入促進の仕掛け(演出ルールなど)が、こ
れらゲームの本質を阻害することなく、うまくゲームを高めるように工夫されてい
るか。

 RPGは、遊戯ではありません。それは、複雑な構造を持ち、そしてそれがゆえ
に大いなる可能性に満ちた、偉大なゲームなのです。


4.4 間違った考え方

4.4.1 低レベルな誤り

 ついに我々は、「RPGとは何か」という問いに対する最終的な回答を得ること
が出来ました。これでRPGに関して何か疑問が生じても「正しい考え方は何か」
をきちんと客観的に判断できるようになったわけです。

 しかしながら、正しい考え方を普及させるべく啓蒙活動を進めてゆくと、必ずや
「誤った考え方」を主張する人々にぶつかることになります。誰のせいだとは言い
ませんが、日本ではRPGに関して誤った考えがはびこっており、しかもそれらの
考え方の方が、しばしば正論よりも共感を呼んでいるようなのです。

 ですから、啓蒙活動のためには、正しい考え方をきちんと理解し説明するだけで
は不十分です。既に広まっている誤った考え方についてもよく認識し、どこがどう
誤っているのか指摘し、考えを変えるよう説得できなければならないのです。

 そこで、啓蒙活動に役立つことを願って、私が実際に出会った「誤った考え方」
をいくつかリストアップして、批判しておくことにします。

**

誤った考え方(1) 享楽派

  ・RPGは参加者全員が楽しめばそれでいいのであり、何が正しいRPGの遊
   び方か、といったことを議論するのは無意味である

 これは単なる思考停止(思考放棄)に過ぎませんが、現実にこのように主張する
人がいる以上、きちんと批判しておきましょう。

 「参加者全員が楽しめばそれでいい」という考え方は、RPGを遊戯だと見なし
ていることになります。しかし、既に論じたように、RPGを遊戯だと見なす考え
方からは、上達を目指す姿勢が生まれません。様々なシステムに手を出す動機も得
られません。この考え方からは、固体グループしか生まれないのです。これが日本
RPG市場を腐敗、崩壊に導いた主な原因だということは既に示しました。
 享楽派の考え方は、RPGの発展にとって極めて有害だということは、もう実証
済だとしてよいでしょう。

 「RPG市場やRPGの将来など知ったことか。今、皆が楽しければそれでいい
じゃないか」という人もいるでしょうが、この立場も成立しません。

 なぜなら、ゲームマスターとプレーヤーが、それぞれ「RPGとは遊戯である」
「RPGとはゲームである」という基本的、根本的に異なる立場をとっている場合、
参加者全員が「楽しむ」ことが極めて困難だからです。つまり、どちらの立場が正
しいのか議論して合意しない限り、全員が「楽しむ」ことは出来ません。
(実際、私は「RPGは遊戯である」と見なしている人々と一緒にRPGをプレイ
して楽しい思いをしたことがありません)

 つまり、皆が「楽しむ」ためには、結局のところ「RPGとは何か」という問題
についての議論が必要になるわけです。

 ですから、「皆が楽しければそれでよい。議論は無駄」という考え方は、単にR
PGの発展にとって有害であるという以前に、そもそも自己矛盾をはらんでおり、
論理的に成立しないのです。(だからこそ、これは単なる思考停止、思考放棄と見
なすべきなのです)

**

誤った考え方(2) 初心者擁護

  ・「RPGはゲームとしてプレイすべき」という主張が正しいとしても、それ
   では初心者を引きつけることが出来ないだろう。RPGを普及させるために
   も、初心者を相手にするときには、演技やノリなど、分かりやすい楽しさを
   大切にすべきだ。

 この意見は、「初心者は、ゲーム性よりも演技やノリに引きつけられる」という
認識をベースにしていますが、この認識は間違っています。

 「マジック・ザ・ギャザリング」(以降MtG)がどうして爆発的にヒットし、
RPG人口の多くを奪うことになったのか改めて考えてみましょう。色々な要因が
ありますが、結局のところ、MtGがゲームとして非常に優れていたことが最も大
きな理由です。そう、MtGの魅力は、演技やノリではなく、あの豊かなゲーム性
にあるのです。

 MtGは決して簡単なゲームではありません。むしろ、複雑なゲームというべき
でしょう。が、それでもMtGを始める人はどんどん増加しました。一方、そのせ
いでRPGを始める人は激減してしまいました。一昔ならRPGに手を出したであ
ろう人々の大部分が、MtGに流れてしまったのです。現在、RPGとMtGのど
ちらが成功しているか、比べてみれば明らかです。RPGの完敗です。

 初心者はゲーム性よりも演技やノリに引きつけられる、初心者は難しいゲームに
は手を出さない、といった認識が誤りであることは、この一件を見るだけでも明ら
かでしょう。

 RPGやMtGに興味を持つような初心者の大多数は、優れたゲームを求めてい
たのです。そして、初心者を引きつける競争においてRPGがMtGに負けた理由
は、RPGよりもMtGの方が「ゲームとして」はるかに優れていたからです。

 これに比べると、RPGが持っている演技やノリといった要素は、ごく一部の人
を引きつける力しか持ちませんでした。RPGを知らない多くの人は、そういった
要素(だけ)を見て「RPGって何かオタクっぽい気持ち悪い遊び」としか感じな
かったのです。実際、私はRPGを知らない人から何度もこういったセリフを聞き
ました。

 このように、初心者をRPGに引きつけるために、演技やノリを強調するのは完
全に逆効果です。そうではなく、RPGを「ゲームとして」優れたものにしなけれ
ばならないのです。(RPGが非常に優れたゲームになり得る可能性を持っている
ことは、本講座を読んだ方なら既にお分かりのことと思います)

 ですから、RPGの普及を真剣に考えるのであれば、たとえ普段は仲間うちで演
技やノリで盛り上がっていても、初心者を相手にするときこそはゲーム性を大切に
すべきなのです。演技やノリではなく、優れたゲーム性こそが真に人を引きつける。
それが、MtGの成功から我々が学ぶべき教訓です。

**

誤った考え方(3) 相対主義

  ・「RPGの正しい遊び方」については、人によって様々な考え方があり、ど
   れか1つが正しく、他が間違っているなどと決めつけることは出来ない。

 RPGには様々な遊び方があり、人はどんな遊び方をするのも自由である。これ
はその通りです。特定の遊び方を強制する権利は誰にもありません。しかし、正し
い遊び方を教える(啓蒙する)こともまた自由ですし、ましてやそれについて論じ
結論を明確にすることは正しい姿勢です。

 もし、「RPGとは何か」「RPGの正しい遊び方とは何か」といった問題につ
いて結論を出すことが「決めつけは良くない」などという理由で許されないのなら、
啓蒙活動も何も出来ません。RPGの発展のために必要な建設的活動が全て否定さ
れてしまうのです。

  備考)念のため繰り返しておきますが、本講座でいうところの啓蒙というのは
     「正しい考え方」を普及させることであって、「正しい遊び方」を強制
     するものではありません。RPGをどのように遊ぼうと、たとえそれが
     間違った遊び方だろうと、それは個人の自由です。しかし、間違った遊
     び方をする場合でも、せめて正しい遊び方がどのようなものか知ってお
     くべきだ、知らない人がいれば教えるべきだ、というのが本講座の立場
     です。

 相対主義によれば、例えば「RPGは遊戯だ」「楽しければそれでよい」だろう
と、「RPGって、アニメの登場人物になりきったりする気持ち悪い遊びでしょ」
だろうと、「RPGは青少年を自己満足に耽らせ、現実に立ち向かう力を失わせる
不健全な遊びである。麻薬と同じく取り締まるべきだ」だろうと、何だろうと、R
PGに関するどんな見解だって、間違っていると「決めつける」ことが出来なくな
ります。

 つまり、相対主義は、議論や啓蒙などの建設的活動を否定し、どんな有害な考え
方でも弁護できてしまうという意味で、控えめに言っても「危険思想」なのです。
相対主義を口にする人は、その危険性について自覚と責任を持つべきです。

 そもそも相対主義を唱える人は、RPGについて何が正しく、何が正しくないか
結論を出すこと(決めつけること)自体が、本当に間違った態度だと信じているの
でしょうか?

 おそらく違うでしょう。相対主義を口にする人は、単に自分のやり方が批判され
るのが嫌で、しかし自分のやり方を正当化するだけの論拠が出せないので、議論そ
のものを否定する方向に走っているだけです。きちんとした信念や思想に基づいた
主張ではありませんし、上に示したような相対主義の危険性についての自覚も責任
感もありません。要するに、このような人々は、単に他人の意見を受け入れること
を拒否しているだけです。極めて幼児的で心が狭い、卑怯な態度です。

 ある主張に反対したければ、きちんと論拠を挙げて反論すればよいのです。自分
の考えが否定されるのが嫌(自分が傷つきたくない)というだけの動機で、他人の
言説に対して「色々な考え方がある。決めつけはよくない」などと批判するような
卑劣で無責任な態度は、本人が何と言おうと議論それ自体を否定し破壊しようとす
るものであり、発想としてテロリズムと大差ありません。ついでながら、このよう
な発言をする人が自分では「寛大で心の広い考え方」をしていると信じている傾向
が見られるのも、狂信的テログループと似ています。

 相対主義は、正しいとか間違っているとかいうレベルの思想ではありません。そ
れはナンセンスであり、何ら建設的な議論を生みません。それは主張や思想という
よりも、理性や議論、開かれた心や建設的精神に対する侮辱に過ぎないのです。


4.4 間違った考え方

4.4.2 様々な誤り

 前回は、少し(自分の頭で)考えればすぐに間違っていると分かる程度の、レベ
ルの低い「誤った考え方」について批判しました。

 今回は、もっと微妙な、正しいか間違っているか判断が難しい主張をリストアッ
プし、その成否を論じます。

**

主張1:RPGでは、自分が有利になることばかり考えて行動するのではなく、他
    のプレーヤーのことも考えて行動しなければならない。特に、自分のキャ
    ラクターだけが持っている能力が必要なときは、たとえそれが自分にとっ
    て不利な結果になると分かっていても、あえて皆のためにその能力を使う
    といったロールプレイも大切である。

 これは正しい主張です。この主張は、RPGというゲームの本質である「役割分
担」の重要性を指摘しているものであり、真の意味で「ロールプレイ重視」の考え
と言えます。これは本講座の主張でもあります。本講座の第1章では、このような
意味でのロールプレイを「役割分担のロールプレイ」と呼びました。


主張2:うまくロールプレイするためには、キャラクターのプロファイル(能力、
    性格、生い立ち、しゃべり方、服装など、属性と設定情報の集合)を決め
    るときに、全体的な整合性に気をつけるべきである。
    例えば「威嚇」「威圧」といった技能が高いのに、性格を「内気」「臆病」
    と設定したりすると、そのキャラクターがいったいどんな奴なのか想像す
    るのが難しい。「田舎の農村育ち」の青年という設定なのに、王侯貴族の
    ような話し方をするというのも変である。思いつきでこのようなキャラク
    ター設定を作ると、後でロールプレイが困難になってしまう。

 これも、おおむね正しい主張です。ただし、キャラクターのプロファイルは、全
体として整合しているだけでなく、役割分担にふさわしいものでなければなりませ
んが。

 役割分担にふさわしいプロファイルを決めたなら、プレーヤーが実際にその口調
でセリフを口にするとか、特定の状況でいかにも「らしい」反応を示すとか、そう
いった手法で他のプレーヤーやゲームマスターに対するアピールを図るというのは
悪くない考えです。

 これは、「役割分担からして他人が期待しているであろうキャラクターを作り、
他人に周知させる」ということであり、狙いはセッションをスムーズに進めること
です。自分の好みのキャラクターを作る、自分がやりたい演技をする、ということ
ではありません。(このような間違った考え方については、主張9で扱います)

 主張2は本講座の主張でもあります。本講座の第1章では、このような意味での
ロールプレイを「社会的ロールプレイ」と呼びました。


主張3:与えられたミッションの達成、経験点、報酬の獲得、といった点しか念頭
    になく、キャラクターを単なるゲームのコマと見なすようなプレイは望ま
    しくない。キャラクターの性格や生きがい、動機といったことや、背景世
    界の雰囲気といった点も総合的に考慮して、キャラクターを生きた人間と
    してロールプレイすべきである。

 正しい主張です。ただし、これはロールプレイとは関係なく「目標の多層構造」
というRPGの特徴、および「疑似体験指向」といったプレイの方向性から生ずる
結果です。RPGでは、ゲーム要素である「目標」が複数レベルあり、単純にミッ
ション達成や経験点の獲得を目指すだけのプレイは、文字通り「レベルの低い」プ
レイなのです。

 「RPGはゲームだ」と説明すると、しばしば主張3のように「反論」する人が
います。このように反論する人は、おそらく「RPGをゲームと見なすこと=キャ
ラクターを単なるゲームのコマとして扱うこと」だと考えているのでしょう。

 これは全くの誤解です。主張3は、RPGがゲームであるという立場と全く矛盾
しません。主張3は、本講座の主張でもあります。本講座の第2章では、このこと
を「目標の多層構造」という概念を用いて説明しました。


主張4:キャラクターのプロファイルのうち、経歴、性格、特徴といった「ロール
    プレイを助けるためにあり、ルール上の意味はない」ような情報を軽視し
    てはいけない。例えば、ルール的に有利だからというだけで、そのキャラ
    クターの性格や美学や信念に反する行動をとらせるというのでは、ロール
    プレイしていることにならない。

 その通りです。RPGでは、キャラクターのプロファイルに含まれる様々な情報
は、たとえルール上の意味はなくとも、ゲーム要素である「制限」として扱われな
ければなりません。ロールプレイうんぬんとは関係なく、これらの制限を守ること
は、ゲームをプレイする上で必須の条件なのです。

 主張3と同様、「RPGはゲームだ」と説明したときに、主張4のように「反論」
する人がいます。おそらく「RPGをゲームと見なすこと=ルール上の意味がない
設定を無視(軽視)すること」だと思っているのでしょう。

 もちろん、それは誤解です。主張4は、本講座の主張でもあります。本講座の第
2章では、ゲーム要素の一つである「制限」を解説する際に詳しく述べました。


主張5:淡々とダイスを振って、チャートを見て、機械的に結果を適用するような
    プレイでは面白くない。プレーヤーは、キャラクターが置かれた状況を想
    像し、感情移入するように努めるべきだ。

 正しい主張です。RPGに限らず、全てのゲームにおいて「感情移入」は重要な
ポイントです。特にRPGでは、勝ち負けがない分、キャラクターに対する思い入
れが大切になります。

 感情移入を促進するために、例えばキャラクターの演技をする、といった手法も
有効でしょう。これを「キャラクタープレイ」と呼びます。

 しかし、演技(キャラクタープレイ)や、キャラクターの個性の表現は、感情移
入を促進する手法に過ぎない、それは(たとえば役割分担といった要素と違って)
RPGの本質的な特徴ではない、ということはよく自覚する必要があります。

 感情移入については、本講座の第3章で詳細に論じました。


主張6:ルールの再現性は完全ではないので、ルールより「再現されるべき状況」
    を優先すべきである。ルールを適用することで不合理な状況になる場合は
    ルールを破ってもかまわない。

 必ずしも間違ってはいませんが、誤解を生みやすい主張です。

 確かに「ゲームマスターの裁量」により、ルールよりも「再現されるべき状況」
を優先し、ルールを覆すべきケースは存在します。ルールは不完全で、ゲームを進
める上で発生する全ての状況に対して適切に機能するとは限らないからです。

 しかし、ゲームマスターの裁量には様々な制約が課せられます。公平さ、一貫性、
整合性、ゲーム進行上やむを得ないという理由の明示、プレーヤーの支持。これら
の条件を全て満たした上でなければ、ゲームマスターといえどもルールを破ること
は許されないのです。このことは既に説明しました。

 RPGにおいて、ゲームマスターの裁量によってルールを破ることが許されてい
るのは、ルールを適用するとゲームが成立しない(またはゲームバランスが極端に
崩れる)といった非常事態を解決するためなのです。ルールを破れるということは
決して「ゲーム」を軽んずるものではなく、まさに「ゲーム」こそ何よりも、ルー
ルよりも優先されるべきものだ、という理念に基づいているのです。

 以上のことをよく理解した上での主張6であれば、それは正しいと言えるでしょ
う。しかし、「RPGでは、望む通りの状況やストーリー展開を得るために必要な
らルールを勝手に破ってもいい」とか「ルールはトラブルを防止するための規則に
過ぎないので、トラブルが起きない限り無視してもよい」といった意味であれば、
主張6は完全に間違っています。それらはRPGをゲームでなく遊戯と見なす主張
であり、既に論じた通り、単に間違っているだけでなく非常に有害な考え方でもあ
ります。

 「ゲームマスターの裁量」については、本講座の第3章で論じました。


主張7:キャラクターの個性や意志は尊重されるべきである。それに反するような
    行動は、たとえゲームを進める上で必要に見えても、とるべきではない。

 この主張7と、主張3や主張4とを混同している人は、非常に多いのです。両者
をはっきり区別することが大切です。なぜなら、主張3や主張4は正しく、主張7
は間違っているからです。

 キャラクターに意志はありません。意志決定は全てプレーヤーの責任です。もち
ろん、プレーヤーの意志決定は全てゲームを進めるものでなければなりません。
 キャラクターの個性は、ゲーム要素である「制限」として機能し、意志決定を複
雑で面白いものにしますが、ゲーム進行を妨害する理由にはなりません。

 キャラクターの性格が、ゲームを進める上で必要な行動とうまく整合しない場合
には、プレーヤーは「いかにして、キャラクターの性格を守りつつ、かつゲームを
進行させるか」という興味深い課題に直面しているのです。もちろん、これは優れ
た意志決定を下すチャンスです。

 このような場合に、「このキャラクターはこういう性格なので、そういう行動は
とりません」などと言い張り、ゲーム進行を妨害するというのは、ゲームをプレイ
する態度ではありません。ところが、このような人は、自分がゲーム進行を妨害し
ているとも思わず、しばしば主張3や主張4を口にして自己正当化を図ります。

 実際には、彼らの主張は、主張3でも主張4でもなく、主張7に過ぎません。そ
して、主張7は「キャラクターはゲームを進行させるためのゲームトークンである」
ということを理解していないことから生ずる誤った主張であり、否定すべきです。

 これについては、本講座の第3章で論じました。


主張8:RPGとは、皆でストーリー(物語)を作り上げるゲームである。それは
    物語を創作する新しい芸術なのだ。

 間違っています。RPGはゲームであり、最も大切なものはプレーヤーの意志決
定です。意志決定の履歴が、結果としてストーリーや物語になることはありますが、
ストーリーや物語を作り出すことがRPGの目的ではありません。

 これは将棋と棋譜の関係と同じです。将棋に詳しい人は、棋譜からストーリーを
読み取ることが出来ますし、なかには芸術的な価値を持つ棋譜というものもあるそ
うです。しかし、それは将棋というゲームをプレイした結果として生ずるものです。
誰も「将棋は、美しい棋譜を作り上げるためにある」とは思わないでしょう。

 ストーリーとゲームの関係については、本講座の第2章で論じました。


主張9:RPGは自由なゲームである。ルールに明に違反しない限り、どんなキャ
    ラクターでも好きなように作ることが出来るし、どんな行動をとることも
    出来る。

 この主張は、役割分担、目標の多層構造、キャラクターのプロファイルによる制
限、など既に論じたことを守るという条件が付く限り、正しいと言えます。しかし
もし何の条件もなく、キャラクター作成や意志決定が「無制限な自由」を享受でき
ると主張するなら、それは全くの誤りです。それではゲームが成立しません。

 わがままで幼児的なプレーヤーは、キャラクター作成やキャラクターの言動につ
いてゲームマスターからとがめられると、すぐに主張9を持ち出してくる傾向があ
ります。むろん、そのような文脈で口にされる主張9には何ら正当性がありません。
 プレーヤーに与えられた自由とは、優れた意志決定を行うための自由なのです。
ゲームを破壊するための自由ではありません。


主張10:RPGをプレイするときは、単に言動を申告するだけでなく、実際にセリ
    フを口に出すなどキャラタクターの演技(キャラクタープレイ)を行うべ
    きである。

 感情移入を促進するための手法として、キャラクタープレイを活用するというの
は良いアイデアです。もちろん、役割分担などゲームを進める上で本質的で重要な
ポイントを守った上で、しかもプレーヤーがそれを望んでいる場合に限りますが。

 このように、条件付きで主張10は正しいのですが、しばしば条件が無視されるこ
とがあるので要注意です。

 例えば、演技に熱が入るあまり役割分担を逸脱してしまう、演技の優劣を判定に
影響させてしまう、嫌がる初心者に演技を無理強いする、などは、全て条件を無視
した主張10の産物です。これらの言動を正当化するために主張10を使うことは許さ
れることではありません。


主張11:RPGでは、キャラクターに「なりきる」ことが大切である。

 完全に間違っています。

 主張5や主張10が正しいのは、ゲームにとって「感情移入」が重要な意味を持っ
ているからです。ところが、「なりきり」と「感情移入」は全く別の概念です。両
者の区別については、本講座の第3章を参照して下さい。


**

 他にも、RPGに関する主張は数多くあります。正しい主張も、条件付きで正し
い(が、しばしば条件が忘れられ、無条件に正しいものと誤解される)主張も、そ
して完全に間違っている主張もあります。

 しかし、本講座を通読した方は、マスターリングの上達とRPG市場の建て直し
に向かう「正しい考え方」と、根拠もなく単に自分の好みを主張しているだけでマ
スターリングの上達にもRPG市場建て直しにも向かわない(むしろ有害な影響を
与えるだけの)「誤った考え方」を区別できるようになったはずです。

 正しい考え方を理解しましょう。それは、マスターリングに上達するために必須
です。そして、正しい考え方を普及させましょう。それは、RPG市場を再建する
ために必須なのです。


4.4 間違った考え方

4.4.3 有意義な議論

 前回までに、RPGに関して流布されている「間違った考え方」の代表的な例を
を見てきました。

 このような間違った、さらにはRPGの発展にとって有害な考え方を主張する人
は、次のいずれか(複数可)に分類されます。

  1)本や雑誌に書かれていた見解を、無批判に(自分の頭で考えずに)ただ繰り
   返しているだけの愚かな人

  2)自分のやり方、自分の好みを主張するだけで、何ら「自分の主張には客観的
   な正当性があるか」「自分の主張は、RPGの発展に寄与する有意義なもの
   であるか」という内省を行わない無責任な人

  3)特定のRPG、特定傾向のRPGしか知らず、そこでの経験だけに基づいて
   RPGの一般論を主張する視野の狭い人。

  4)単に他人の意見にケチをつけるのが好きなだけで、何ら建設的な議論をする
   気がない幼児的な人。

  5)読解力、理解力、表現力のいずれか、あるいはその全てに致命的な欠陥があ
   り、そもそも他人との議論や意見交換に向いてない人。


 ネットワーク上でRPGについて議論が始まると、必ずと言ってよいほどこの手
の人が口を出して話をかき乱してしまうものです。

**

 今日、RPGに関して議論すべきことはいくらでもあります。単に議論のための
議論ではなく、例えば「日本RPG市場の再建に向けて我々は具体的に何をなすべ
きか」といった建設的な議論を、いますぐにでも始める必要があるでしょう。

 ですから、RPGに関する有意義で建設的な議論を可能にするために、前述した
ような妨害が生ずる可能性を少しでも下げる工夫が必要です。

 例えば、何かRPGについて議論する場合(特にネットワーク上で)には、各発
言者が「何かを主張する前に、自分の主張が一定の基準を満たしていることを自己
チェックする義務」を負っていることを確認してからにしてはどうでしょうか。

 そのような「一定の基準」としては、次のようなものが挙げられます。


  a)その主張は、客観的に通用するだけの根拠を持っているか。自分の好みや、
   自分の仲間内だけの環境を前提としてないか。

  b)その主張は、一定の評価を得ている多種多様なRPG(特に本家本元である
   海外RPG)に対しても通用する一般性を持っているか。自分が経験した特
   定のRPG(およびそれと同傾向のRPG)を前提としてないか。

  c)その主張に基づいて、「マスターリングに上達するための具体的な方法」を
   示すことが出来るか。つまり、「馬場秀和のマスターリング講座」に匹敵す
   る「あなたのマスターリング講座」を書くことが出来るか。

  d)その主張を普及させることは、RPG市場の発展にとって有益か。特に、R
   PG投資率の増大(1人のRPGプレーヤーが、多種多様なRPGを購入す
   ること)を促進する効果があるか。


 もちろん「主張内容に自己矛盾がある」「既に知られている事実に反してたり、
以前の自分の発言と食い違っている内容を、何の釈明もなく新たに主張する」「自
分およびその仲間と、他人とで、異なる規範(ダブルスタンダード)を適用する」
といった発言は、RPGうんぬん以前に、単に議論を妨害する悪質な行為と見なさ
れるべきです。

 議論のレベルを維持するためには、全ての参加者が、しっかりした目的意識と、
「自分達は議論を守る義務を負っている」という自覚を持つことが大切なのです。

**

 RPGについて議論を始めると、必ずと言ってよいほど水掛け論、低レベルな言
い合いに陥ってしまい、不愉快な思いをすることになるため、多くの人は議論を避
けようとします。

 しかし、あなたがゲームマスターであり、ゲームマスターであろうとするなら、
いつまでも議論を避けるわけにはいきません。正しい言説を普及させ、何らかの建
設的なアクションに結びつける活動を行わない限り、日本のRPG界に未来がある
とは思えないからです。

 議論を恐れず、議論を守りましょう。


4.5 ライフ・アズ・ア・ゲームマスター

 さて、最後の課題に進むことにしましょう。その課題とは、「マスターリングの
上達とは何か」というものです。

**

 「マスターリングの上達」という点に関して最もよくある誤解は、セッションハ
ンドリングの技術(アドリブ処理、タイムスケール管理、演出、その他)が向上す
ること、すなわちマスターリングの上達だ、という認識です。

 実のところ、ゲームマスターを何度も経験すれば、特に努力しなくともごく自然
にセッションハンドリングの技量は向上してゆくものなのです。ところが、その他
の作業は、正しい方法論を理解した上で、意識的に努力しないと上達しません。

 このため、ゲームマスターの経験が豊富で、セッションハンドリングだけは上手
になったものの、他の作業が全く駄目という人、いわば「似非ゲームマスター」も
多いのです。

 多種多様なRPGシステムについて客観的に優劣を評価することもできない(ひ
どい人になると、馴染みのシステム以外の知識がない!)、シナリオはいい加減で
アドリブ処理に頼り、啓蒙どころかRPGについて視野の狭い幼稚な意見しか言え
ない・・・。
 こういう人は、たとえゲームマスターを10年やっていても、「似非ゲームマス
ター」に他なりません。

 それでも、プレーヤーから直接見えるのはセッションハンドリングの技量だけな
ので、似非ゲームマスターであっても、プレーヤーの評価が高く、人気マスターに
なっているということがあります。

**

 こういう人に限って「自分はベテランのゲームマスターである」と勘違いしてい
たりします。これは非常に困ったことです。なぜなら、次のような問題を引き起こ
すことが多いからです。

  ・自分のマスターリングの欠陥に気づかないので、いつまでたっても本当の意
   味で上達することがない

  ・自分はベテランだという自負があるので、RPGについて「自信を持って」
   間違った発言をする。結果として有害な考えを普及させてしまう。

  ・基本をおろそかにしたマスターリング(例えばシナリオを用意しない)を行
   う。それでもそれなりにうまくセッションをこなしてしまうので、それを見
   た人が、そういうのを「優れたマスターリング」だと誤解する。
   結果として、次世代のゲームマスターを正しく育てるどころか、似非ゲーム
   マスターを再生産してしまう。


 似非ゲームマスターにならないためにも、「マスターリングの上達とは何か」と
いう課題について真剣に考えてみて下さい。

**

 ではここで、最後の課題に対する私の回答を示しましょう。

課題4:マスターリングの上達とは何か

回答4:それは、次の4つの作業をきちんと実践することである。

  1)システム選択(本講座の第1章で解説)

     はっきりした基準や方針に従って、RPGシステムを選択すること
     RPGシステムの優劣を評価すること

  2)シナリオ作成(本講座の第2章で解説)

     魅力的な(挑戦に値する)「目標」「障害」「制限」を用意すること
     ストーリーが固定されない(構造化された)シナリオを作ること

  3)セッションハンドリング(本講座の第3章で解説)

     セッションを適切に運営すること

  4)啓蒙活動(本講座の終章で解説)

     RPGに対する「正しい考え方」を理解し、その普及に尽力すること
     さらに、RPGの発展やRPG市場の建て直しに寄与すること

**

 マスターリングに上達するためには、多大な労力と時間が必要です。

 例えば、システム選択を考えてみましょう。

 海外では、次々と斬新なRPGシステムが発売されています。RPGが持ってい
る可能性が全て開拓され、もはや斬新なシステムや背景世界が作れなくなるという
時代がくるとは思えません。

 このように、新しいRPGシステムから何も学べなくなることを心配する必要は
ありません。システム評価、システム選択の能力を維持するためには、常に最新の
システムを学ぶことが必要であり、むしろ追いつけなくなることを心配すべきでし
ょう。

 次々と発売される海外RPGシステムを読むためには、多大な労力と時間が必要
になることはお分かりでしょう。

**

 啓蒙活動にも、多大な労力と時間が必要です。

 例えば、個人的な話ですが、私に与えられた自由時間の大部分は「馬場秀和のマ
スターリング講座」の連載や、様々な海外RPGの紹介を書くために費やされてい
ます。

 あなたがどんな方法で啓蒙活動を進めようと、きっと思った以上に労力と時間が
必要になることに気づいて困惑するに違いありません。

**

 このように、マスターリングに上達するためには、労力と時間という代償が必要
です。一気に(短期間に)マスターリングに上達しようと考えるのは無謀というも
のです。そんな甘い認識では、すぐに挫折してしまうことでしょう。

 本当にマスターリングに上達したければ、日常生活にマスターリング作業を少し
づつ折り込むことです。

 例えば、次のような努力を続けましょう。

  ・通勤通学の時間を利用して海外RPGのルールブックを少しづつ読む。

  ・毎晩、就眠前の30分を費やして海外RPGの紹介をこつこつ書く。

  ・シナリオに活かせそうな情報を見たり聞いたりしたら、すぐにメモを取る。

  ・月に1回、できれば2回は映画を観て、シナリオやセッションに活かせない
   か考える。

  ・週に1冊、できれば2冊の小説を読んで、シナリオやセッションに活かせな
   いか考える。

  ・雑学の収集に務める。特に、なるべくバラエティに富んだ雑誌を講読する。
   興味のない(と自分で思っている)分野の記事にも目を通すようにする。

  ・見識を広める。様々なイベントに出来るだけ参加し、なるべく色々な人と話
   すように心がける。デートの場所も、なるべく見識を広める施設(水族館、
   動物園、博物館など)を選ぶようにする。

  ・もちろん、月に1回、少なくとも隔月に1回は、RPGのセッションに参加
   するように心がける。

**

 このような努力を続ければ、だんだん慣れてきて苦にならなくなります。そのう
ちに、特に意識しなくともごく自然にマスターリングに上達する努力を続けている
ことに気づくことでしょう。

 なぜなら、上に挙げたようなことは、それ自体がとても楽しいことだからです。
そして、趣味を深め、知識を吸収し、交遊関係を広げ、見識を高めることは、別に
マスターリングの上達に限らず、様々な面で人生を豊かにしてくれる有意義なこと
だからです。

 そして、いずれは「マスターリングに上達しようとすること」と「より良く生き
ようとすること」が、ほぼ同じ意味になってきます。なぜなら、優れたゲームマス
ターは、人生に習熟していなければならないからです。

 ゲームマスターとして上達すること、すなわち人生に上達すること。

 このような生き方こそが、ゲームマスターとしての生き方、ゲームマスターとし
ての人生、ライフ・アズ・ア・ゲームマスターなのです。


『馬場秀和のマスターリング講座』 完結


馬場秀和のマスターリング講座へ戻る
『馬場秀和ライブラリ』のトップページへ