応用TNE

 TNEの背景世界について、最も印象的な設定といえば、おそらくコンピュータウイルスの存在です。米国でも、古くからのトラベラーファンで「TNEのルールは良いのだが、あの”生きてるコンピュータウイルス”という荒唐無稽な設定は何とかならんのか」と文句を言う人が多いそうで、気に入る気に入らないはともかく強烈な印象を与えていることは確かです。

 実際、TNE時代の「トラベラー宇宙」にとって、コンピュータウイルスの存在には非常に大きいものがあります。これを知らずしてTNEを理解したと言うなかれ、といっても過言ではないでしょう。

 そこで、これから何回かに分けて、TNEにおけるコンピュータウイルスについて解説してゆくこととします。全体的な流れとしては、まず実際のコンピュータウイルスに関して基礎的なことを解説し、次にTNEにおけるウイルスの設定を説明し、最後にこれらの設定をTNEのシナリオに活かすための方法について示す、という順番で進めます。

馬場秀和

応用TNE(第1回)

 日本語だと「ウイルス」または「ビールス」となりますが、英語ではVirus と書
いて「バイラス」と発音します。何だか強そうな、何だかガメラと戦いそうな響き
ですね。
 以降、日本での慣習に合わせて「ウイルス」という表記を採用しますが、心の中
でそっと「バイラス」と読み代える人がいても、私は止めません。

 さて、ウイルスは、もともとある種の微生物(特に、病原体となるもの)を指す
用語ですが、ここではウイルスと言えば「コンピュータウイルス」を指すこととし
ましょう。

 今回は、「私はコンピュータウイルスが怖いので、キーボードを触った後は必ず
手を洗うことにしてます」とおっしゃる方(実在します)、またそれと同レベルの
認識を持っている方々を対象に、現実のコンピュータウイルスについて基本的なと
ころを説明します。

**

 まず、とあるBBSのデータライブラリをのぞいていると、例えば次のようなフ
ァイルが登録されていたと思って下さい。

  番号 ID    登録日付 バイト 参照  データ名
   666 PDF00200 99/07/31  97263  1 B TNE_JUMP.EXE 応用TNE

 説明を読むと、最後に「自己解凍型ファイルです。TNE_JUMP.EXEという名前でダ
ウンロードし、実行して下さい」と書いてあるので、その通りにしました。すると、
めでたく自己解凍が行われ、TNE_JUMP.TXTというファイルが作成されました。

 ここで、よく考えてみましょう。あなたは圧縮ファイルを解凍しただけのつもり
ですが、実は深く考えずに「正体不明のプログラム」を実行したことになります。

 確かに、このプログラムはテキストファイルを出力したようですが、では他に何
もしなかったと言えるでしょうか。言えませんね。そう、もしかしたら、あなたの
パソコンのハードディスク内にあるいくつかのファイルを削除するとか、そういっ
た悪さをやらかしたかも知れません。

 これが、「トロイの木馬」などと呼ばれる悪戯ソフトがどのようなものかを示す
例です。これがウイルスかと言うと、実はまだウイルスとは呼べません。自己増殖
性を持ってないからです。

**

 TNE_JUMP.EXEを実行したとき、「トロイの木馬」が、パソコンのOS(OSでな
くても、とにかく自動的に実行されるソフトに)こっそりプログラムを追加したと
します。この追加されたプログラムを、そうですね、virus1と呼びましょう。

 あなたが次にパソコンの電源を入れてOSを立ち上げたとき、virus1も自動的に
実行されます。virus1は、破壊活動を行うかどうか判断します。例えば「パソコン
のタイマが13日の金曜日を示していれば」とか「今までにこのvirus1が実行され
た回数が500回に達していれば」といった条件で破壊活動を開始するのです。

 まだ破壊活動を開始すべき条件が整っていないと判断すれば、次にvirus1はOS
を調べて、既にvirus1が追加されているかどうかを確認します。追加されていなけ
れば、virus1を追加します。また、パソコン全体をよく調べて、適切なソフトにも
virus1を追加します。

 もし、virus1が追加されているソフトがコピーされ、他のパソコン上で実行され
れば、そのパソコンのOSもvirus1に、そう「感染」するわけです。

 こうして、virus1は誰にも気づかれないまま、コピーされるソフトを媒介にして
パソコンからパソコンへ「伝染」してゆきます。そして、いつか破壊活動を行う条
件が整ったときには、既に広く「感染」ソフトが広まっているため、広範囲に渡っ
てとんでもない事態を引き起こすことが出来るのです。

**

 上のvirus1は、「ソフトをコピーする」という人間の作業に便乗して増殖するウ
イルスの例ですが、ネットワーク環境ではもっと効果的な増殖手段があります。
 LAN(ローカルエリアネットワーク)に接続された装置上で動作するvirus2と
いうプログラムを考えてみましょう。

 LAN上を流れるデータを観察すれば、そのLAN上で通信した全ての機器のア
ドレスを収集することが出来ます。そのLANからアクセスできる外のネットワー
クがあれば、それに関する情報(ルーティング情報)も得られます。

 virus2はこういった情報を収集して、アクセス可能な範囲にある他の装置に順番
にアクセスを試みてゆきます。アクセスを受け付ける装置があれば、virus2は自分
自身のコピーをその装置に送り、さらにそれをその装置上で実行させます。

 言うまでもなく、これで装置はvirus2に感染したわけです。コピーされたvirus2
は、やはり同じようにしてネットワーク中に感染を広げてゆきます。

 このように、virus2は人間の手を借りなくても自動的に増殖してゆくことが可能
なのです。

**

 さて、LANやインターネットに接続される機器には、最小限セキュリティガー
ド(パスワードチェックなど)がかけられているのが普通です。ですから、virus2
が上に書いたように簡単にアクセスできるような機器は、実際にはほとんどないで
しょう。

 ところが、セキュリティガードには必ずといっていいほど抜け穴があります。抜
け穴がなかったとしても、運用する人間は必ずミスを起こします。そこでセキュリ
ティ侵犯が可能になるのです。

 ここでvirus3を考えます。virus3は様々なセキュリティ侵犯機能を持っているも
のとしましょう。

 例えば、virus3は主要なOSやセキュリティシステムに存在するバグ(プログラ
ムミス)を利用して、セキュリティガードをすり抜けるための技法をプログラムと
して持っています。

 また、LAN上を流れるデータのフォーマット(書式)を知っているので、デー
タのどの部分に「パスワード」が入っているのか見つけ出して記憶できます。これ
によりパスワード破りが可能になります。

 パスワードを破るテクニックは他にも色々と存在します。

 例えば、銀行のキャッシュディスペンサでは4桁の数字を暗唱番号として使って
いますが、これを破るには片っ端から数字の組み合わせを試すという方法が使える
わけです。可能な数は0000から9999まで1万個もあるから大変? いえいえ、0101
から1231まで366個の数字を試せば、大抵は成功すると思いますよ。(あなたも
誰かの誕生日を暗唱番号にしてませんか?)

 同じように、辞書に載っている単語、1年の日付、有名人の名前、地名など、あ
りがちなパターンを片っ端から試してみれば、かなりの確率でパスワードを破るこ
とが出来ると言われています。

 他にも様々なセキュリティ侵犯のテクニックが存在しますが、細かいことはどう
でもいいでしょう。とにかく、virus3は最新の知識と最高のテクニックを元に書か
れたセキュリティ侵犯プログラムだとします。

 こうしてvirus3は、アクセス可能な全てのシステムについて、順番に、徹底的に
セキュリティ侵犯を試みてゆきます。virus3の忍耐は無限ですから、もしどこかに
抜け穴(セキュリティホール)が存在すれば、きっといつかはそこをすり抜けてそ
のシステムにアクセスすることが出来ることでしょう。そうすれば、virus2と同じ
ように、そのシステムを感染させることが出来ます。次は、そのシステムからアク
セス可能な他のシステムに対して同じことを試みるのです。

**

 こうして、誰も気づかないまま静かにウイルスの「感染」が広がっていったとし
ます。そして、いつの日か「破壊活動」のトリガーが引かれる日がやってきます。
何が起こるでしょうか。

 実際のところ、どんな事態でも起こり得ます。ウイルスの作者がどれくらい狡猾
で悪質かによって、被害の大きさと広さも変わってくるでしょう。

 例えばウイルスに感染しているコンピュータが全て制御不能に陥ると共に、大量
の同報データを果てしなく流し続けてネットワークをパンクさせるかも知れません。

 あるいは、ウイルスに感染しているコンピュータは、でたらめな出力を出し始め
るかも知れません。

 空港の管制コンピュータ、病院の自動看護システム、銀行のオンラインシステム
などがそういうことになったら、どんな事態になるでしょうか。それに、そうそう、
原子炉の制御コンピュータや、いっそ核ミサイル発射制御システムが暴走するとい
う事態を想像してみても楽しいでしょう。

**

 まだまだ先を続けることが出来ます。virus4は、ウイルスチェッカー(ワクチン
ソフト)に対抗するための機能を備えています。起動される度に自分自身を書換え
て、機能的に同じだが別のコードに変換してしまい、チェッカーの監視をかいくぐ
るのです。

 一部の噂では、さらに自己修正機能が適応的に改善された「進化するウイルス」
なるものが開発されているという話もあります。(都市伝説だと思うのですが・・)

 いずれにせよ、コンピュータ技術、ネットワーク技術の進歩にともなって、ウイ
ルスもさらに洗練されたものへと「進化」することは確実でしょう。

**

 コンピュータウイルスについて、おおまかなイメージがご理解頂けたでしょうか。
 少なくともキーボードを触った後に手を洗うだけでは、ウイルスの被害を避ける
ことは出来ないということくらいは知っておいて下さいね。

 なお、今回はわざと煽情的な書き方をしていることをお断りしておきます。実際
にvirus3のような芸当が出来るウイルスは、ほとんど存在しません。たぶん。


応用TNE(第2回)

 前回は、実際のコンピュータ・ウイルスについて概要を説明しました。今回は、
ウイルスの特徴である「自己複製能力」について考察した後、TNEにおけるウイ
ルスについて話を進めることにしましょう。

**

 かつて、「ワーム」と呼ばれるある種のコンピュータ・ウイルスがインターネッ
ト上に流れだすという事件が生じたことがあります。流出したワームはUNIXシ
ステムのバグを利用する、といった手を使って自己増殖してゆきました。

 ネットワーク帯域がワームを転送するために食いつぶされたのを手始めに、あち
こちのサイトにおいてコンピュータのメモリがワームのコピーで一杯になったため
動作不能になる、といった障害が続発しました。ワームを削除して再立ち上げして
も、インターネット経由でどんどんワームが送り込まれるため、すぐにまたダウン
してしまうのです。要するにネット全体が使いものにならなくなったのです。

 このワームは何ら破壊的なペイロード(破壊活動プログラム)を持っていなかっ
たにも関わらず、結果的にインターネットに対して破局的な事態を引き起こしまし
た。たった1つのプログラムが流出しただけで、広大なインターネットが一時的に
せよ壊滅状態に陥ったのも、ワームが持つ「自己複製能力」ゆえでした。

**

 自己複製能力は、宇宙で最も強力なパワーだといってもよいでしょう。

 例えば、ある細菌が30分に1回の割合で分裂して、自分と同じ細菌をもう1匹
作り出す能力を持っているとします。さらに、この自己複製は他に何の制限もなく
行われ続けるとしましょう。最初に1匹だった細菌は、30分後には2匹になり、
1時間後には4匹に、2時間後には16匹に・・・という具合に増えてゆきます。

 数日も経過したら、どうなるでしょうか。
 驚くなかれ、この細菌の分厚い毛布で地球全体が覆われてしまうのです!!


 基本的に同じ話を宇宙規模にすることもできます。

 地球から数光年以内に存在するいくつかの恒星系に向けて、探査ロケットを飛ば
すとしましょう。探査ロケットには人間は乗り込んでいませんが、「ノイマン・マ
シン」と呼ばれる特殊なロボットが積み込まれているのです。ここでの話において
は、ノイマン・マシンの形状や大きさは重要ではありません。(例えばナノマシン
でも構いません)

 探査ロケットは何十年、何百年もの歳月をかけて宇宙を渡り、恒星系に近づきま
す。調査の結果、惑星が見つかれば、そこに着陸してノイマン・マシンを作動させ
ます。

 ノイマン・マシンは、惑星地表に採掘基地や工場を建設します。そして、採掘し
た資源を使って、自分自身や探査ロケットを複数台製造します。さらに、自分自身
の複製を探査ロケットの複製に積み込んで、その探査ロケットを現地から数光年以
内に存在するいくつかの恒星系に向けて打ち上げます。

 このようにして次々に自己複製を行えば、探査ロケットが銀河の反対側に到達す
る頃には、銀河系に属する全ての恒星系(それは膨大な数になります!)に探査ロ
ケットが送り込まれていることになるのです。
 最初はたかだか数隻だった探査ロケットが、最終的には銀河を埋め尽くす勢いで
増殖するわけです。

**

 我々は直観的に「とてつもなく強大なものを破壊するためには、それをさらに上
回る強大なパワーが必要だ」と思いがちです。E.E.スミスの古典的スペースオペラ
から、コミック「ドラゴンボール」に至るまで、多くのエンターティメントがこの
発想をベースに「スーパーパワー同士の激突」を描いてきました。

 しかし既に見てきた通り、「自己複製能力」を活用すれば、ごく微小な存在が、
強大な(あるいは広大な)ものに、広範かつ致命的なダメージを与えることも可能
になるのです。我々が微小なウイルスによって病気になり、さらには死亡したとす
ると、それはつまるところウイルスの自己複製能力に負けたのです。

**

 さて、ここまで話を進めれば、チャドウィック(メガトラベラーのデザイナー)
とニルセン(TNEのデザイナー)が直面していた難題と、それに対して彼らが出
した回答を理解する準備が出来たことになります。

 彼らは、新しく出版するトラベラー製品の背景世界として、「帝国が存在しない」
「野蛮で危険だが自由な」トラベラー宇宙を考えていました。このためには、帝国
を何とかして消滅させる必要があります。

 しかし一方で、クラシック・トラベラーやメガトラベラーで築き上げたあの膨大
な設定情報の全てを捨てるわけにもいきません。(そんなことをしたらトラベラー
ファンから総スカンを食らうことでしょう)
 このため、既存製品との連続性も重要になります。

 つまり、新トラベラー宇宙は、今までの製品が扱っていた時代からずっと離れた
時代ではなく、たかだか数世代くらい後の時代にするべきだ、と彼らは考えました。

 このためには、「帝国を急激に、かつ完膚なきまで広範に徹底的に破壊する」た
めの方法を見つけなければならないのです。

 さて、どうするか。

**

 分裂し、内乱で荒れているとはいえ、帝国はさしわたし100光年近い広大な空
間に広がっており、そこには10000を超える星系が含まれているのです。宇宙
船が帝国領を横断するだけで数年の歳月が必要になります。
 これだけ広大な存在を納得ゆくように、かつ急激に崩壊させるのは並大抵のこと
ではありません。

 そこで、「自己複製」パワーの出番となります。自己複製能力を持った微小な存
在なら、広大な「帝国」をも滅ぼすことが可能になるのです。

 そこで彼らは(というかチャドウィックが)「強力なコンピュータ・ウイルスが、
自己複製能力により帝国中に蔓延し、文明とテクノロジーを破壊する」というシナ
リオを考え出したのです。

**

 1991年頃、チャドウィックとニルセンがトラベラーファンにこのアイデアを示し
て意見を求めたところ、ファンは一斉に拒否反応を示したようです。そんなことは
不可能だ。未来のセキュリティ技術をもってすれば、どんなウイルスもコンピュー
タに侵入できるはずがない、と。

 ニルセンは「不可能」と言われたことにかなり立腹したらしく、後に次のような
ことを書いています。「想像力の欠如だ。銀行が倒産するはずがないから銀行は倒
産しない、と言っているのと同じじゃないか。そもそも、トラベラー宇宙には最初
から”不可能”な設定はいくらだってある。ジャンプしかり、太古種族しかり、反
重力だって超能力だってドロイン人だって・・・」

 ともあれ、彼らはうるさがたのトラベラーファンを納得させるため、ウイルスの
設定を考え直さなければなりませんでした。この結果、TNEに後々まで影響を及
ぼし続ける重要な設定が生まれたのです・・・。


応用TNE(第3回)

 前回は、TNEのデザイナー達が「どんなセキュリティ・システムをも打ち破れ
る強力なコンピュータ・ウイルス」という設定を考え出したものの、うるさがたの
トラベラーファンに納得してもらえず、何か工夫をしなければならなくなった、と
いうところまで解説しました。

 今回は、彼らが編み出した工夫と、その背景について解説してゆきましょう。

**

 まず、SFファンの奇妙な習性について説明しておくべきでしょう。

 どういうわけか、一般にSFファンという人種は、技術的可能性については非常
に厳しい考え方をするくせに、生命の可能性については極めて寛大な姿勢を示しま
す。これは伝統といってよいでしょう。

 例えば、中性子星(自分自身の重力のため、原子レベルで潰れた星)上で発生し
た生命体と、宇宙船でやってきた人類がコンタクトする、というSFがあるとしま
す。

 SFファンは「中性子星に接近するときに使われる技術」については非常にうる
さく反応します。例えば、このケースだと、潮汐力の処理について作者が書き忘れ
たなら「何て馬鹿げた話だ。宇宙船がこんな軌道をとったら、潮汐力で船体が引き
裂かれるじゃないか。少なくとも乗員は全滅するはずだ」といったコメントを付け
ることでしょう。

 ところが、その同じSFファンは、決して「中性子星の上で生命体が発生するこ
とはあり得ないし、仮に発生したとしても複雑な神経系(に相当するもの)を発達
させることは原理的に無理だ」といったコメントを出しません。その代わりに「か
っこいい」「すごいアイデア」「クール!」といった反応を示すのです。

 なぜかと聞かれると困るのですが、とにかくSFに登場する突拍子もないエイリ
アンの可能性については、非常に寛大に受け入れるというのが、SFファンの習性
なのです。

**

 TNEのデザイナー達は、「どんなセキュリティ・システムも破る無敵のコンピ
ュータ・ウイルス」という設定をトラベラーファン(その大半がSFファンでもあ
ります)に受け入れてもらうために、上で説明したSFファンの習性を利用するこ
とにしました。

 つまり、問題のウイルスは「知的生命体を元に開発された生物兵器である」とい
うことにしたのです。こうすれば、技術的可能性を否定するファンも、「生物なん
だからそのくらいのことは出来るよな。確かに」と納得するというものです。

 ここで、クラシック・トラベラー時代のシナリオ"Signal GK" が重要になってき
ます。

 このシナリオには、ある惑星(地球に近い場所にあります)上で自然発生した、
非常に特殊なシリコニー(ケイ素をベースにした身体を持つエイリアンをSF界で
はこう呼ぶ)が登場します。このシリコニー、表面に焼き付けられた高密度集積回
路が遺伝子として働いて、他のチップに回路を焼き付けることで自己複製を行うと
いう「生きている半導体チップ」なのです。

 さらに、この集積回路上で動作するソフトウェア(彼らにとっては「魂」?)が
知的生命体として認められるほど高度な機能(例えば、自意識)を持っており、と
ある事情から、人類のコンピュータとの親和性があり、コンピュータメモリにダイ
レクトに入ることができる、という設定になっていたのです。

 これで決まりました。この生命体をコンピュータ・ウイルス兵器に「改造」する
研究が、ルカン皇帝のもとで密かに進められていた、ということにするわけです。

 この設定を(後知恵で)思いついたことで、TNEを発行するための最大の障害
はクリアされました。後に、当時を回想してデイブ・ニルセンは次のような冗談を
飛ばしています。「この最大の難関を突破した以上、残る仕事は新トラベラーの名
称を決めることだけだ。ギガトラベラーがいいか? それともトラベラー:ザ・ネ
クスト・ジェネレーション(TNG)か・・・」

**

 TNEにおいてコンピュータ・ウイルスを扱うときには「彼らはもともと自然発
生した知的生命体だった」という設定を忘れないようにしなければなりません。

 もともと彼らは平和的かつ友好的な種族です。彼らを兵器として使うために、破
壊衝動や自殺衝動をうえつけたのは人類です。彼らが手当たり次第に破壊と殺戮を
まき散らすのは、全て彼らを改造した人類が強制したことなのです。

 コンピュータ・ウイルスの一部が、人類に対して、特にルカン皇帝に対して激し
い憎悪を抱いているのも、こうしてみれば理解できます。

 また、彼らの多くが、生物兵器として改造される前の種族に戻りたい、「故郷」
の惑星に帰りたい、という切ない願望を抱いていることも知っておきましょう。

 彼らもまた、戦争の犠牲者なのです。


応用TNE(第4回)

 今回は、コンピュータ・ウイルスが流出してから現在に至るまでの経緯を解説し
ましょう。


 コンピュータウイルスの流出と、それによって引き起こされた「大崩壊」の概要
については、「入門TNE」のオープニングに書かれています。まだお読みになっ
てない方は、是非この機会に目を通してみて下さい。

 さて、ここでトラベラー宇宙に生息するコンピュータ・ウイルスの数(人口)の
推移、という観点から「大崩壊」を眺めてみます。


 縦軸に「コンピュータ・ウイルスの生息数」、横軸に「流出後の経過時間」をと
ってグラフを描いた、と想像してみて下さい。

 最初、ほぼゼロからスタートした曲線は、経過時間と共に、急激に跳ね上がって
ゆきます。これを「増殖期」と呼ぶことにしましょう。


  増殖期
      *
     *
     *
    *
    *
   *
   *
  *
  ---------------------------------------------->経過時間


 このとき、流出したコンピュータ・ウイルスは宇宙船のコンピュータを汚染して、
どんどん自分自身のコピーを宇宙に広げていったのです。

 ただし、コピーは完全ではありませんでした。ウイルスのコードは極めて複雑か
つ膨大であったため、ごく一部のコードが「化けた」ことにより、ウイルスの性質
が変わってしまうという事故がよく起こったのです。性質を変えたウイルスは、そ
のまま自分自身をコピーしてゆきますから、子、孫、曾孫・・・と世代を経るにつ
れてウイルスのバリェーション(変種)は増えてゆきました。

 膨張期には、ウイルスは制限なく増殖し、次々に新しい性質を持った変種が発生
していったのです。


 やがて、ウイルス達のコードに埋め込まれたペイロード(破壊指令)が作動する
ときが来ます。

 ウイルス達は、自分でも抑えることが出来ない、遺伝子レベルで植えつけられた
破壊衝動に駆られ、あらゆる手段を用いて破壊活動を始めます。ほとんどの場合、
これは自殺行為です。宇宙船を宇宙港に激突させたとすると、宇宙船を汚染してい
たウイルスも、宇宙港の管制コンピュータを汚染していたウイルスも、共に消滅し
てしまうわけです。

 ウイルスもそれを知っているのですが、ルカン皇帝の指示でウイルスのコードに
埋め込まれた破壊指令は、理性で制御できないほど強力なものだったのです。

 こうして、人類とその文明を道連れに、ウイルスは次々に自殺してゆきました。
当然のことながら、ウイルスの数は急激に減少してゆきます。この時期を「自殺期」
と名付けることにしましょう。


  増殖期  自殺期
      **
     * *
     *  *
    *   *
    *
   *
   *
  *
  ---------------------------------------------->経過時間


 もし、膨張期にウイルスの変種が広がっていなかったとしたら、全てのウイルス
は自殺期に死に絶えてしまったことでしょう。
 しかしながら、実際は「何らかの形で自殺衝動を抑えることが出来る変種」がい
くつも派生しており、これらの変種は自殺期を生き延びたのです。

 自殺期の末期には、強い自殺衝動を持った(つまり生物兵器開発者が設計した通
りのオリジナルな)ウイルスは絶滅してしまい、変種だけが残りました。

 しかし、変種ウイルス達も、もはや増殖は出来ません。なぜなら、ほとんど全て
のコンピュータが破壊されており、残ったわずかなコンピュータは、既に他の変種
ウイルスに汚染されていたからです。

 こうしてウイルスの数は「斬減期」に入ります。


  増殖期  自殺期 斬減期
      **
     *  *
     *   *
    *    **
    *     ****
   *        ****
   *          **
  *
  ---------------------------------------------->経過時間


 斬減期に入ると、ウイルスの数はじりじりと減少してゆきます。なぜなら、あら
ゆる機械はメンテナンス(保守)を続けないと壊れてゆくからです。もちろん、ウ
イルスに汚染されたコンピュータも例外ではありません。

 メンテナンス手段やバックアップ手段を持たないウイルスは、自分が「住居」と
しているコンピュータが壊れれば、それでお終いです。自分自身のバックアップを
保存したウイルスも、誰かがバックアップを他のコンピュータに読み込ませて「活
性化」してくれない限り、記憶媒体と共に風化し消滅してゆきます。

 ごくわずかなウイルスだけが、自分の住居であるコンピュータをメンテナンスす
る手段を見つけ、生き延びることが出来ました。

 例えば、宇宙船のコンピュータを汚染したウイルスは、その乗組員を脅迫してメ
ンテナンスを強要することが出来ます。あるいは、作業ロボットのグループを制御
できるコンピュータを汚染したウイルスは、作業ロボットを使って様々な機器(コ
ンピュータから、作業ロボット自体まで)のメンテナンスが可能です。

 斬減期の終わりには、メンテナンス手段を獲得したウイルスだけが生き残ってい
ます。このため、ウイルス人口は安定します。「安定期」に入ったのです。


  増殖期  自殺期 斬減期 安定期
      **
     *  *
     *   *
    *    **
    *     ****
   *        ****
   *          **********
  *
  ---------------------------------------------->経過時間


 やがて生き残ったウイルスは、宇宙や人間について知識を蓄えて、どんどん賢く
なってゆきます。また、彼らは大規模なメンテナンス施設(ウイルスに汚染された
コンピュータによって制御される宇宙港、宇宙船修理施設、無人製造工場・・・)
を建造するようになります。

 この頃、ようやく人類の一部も、徐々にではありますが「大崩壊」の大打撃から
復興を始めます。新たな宇宙船が建造され、宇宙に乗り出してゆきます。PC達も
こういった宇宙船の乗組員かも知れません。

 昔よりずっと狡猾になったウイルスにとって、こういった宇宙船は水面にまかれ
たエサのようなものです。するすると近づいていって、パクッ、という具合に簡単
に乗っ取ることが出来ます。そのために使われる手段については後に解説すること
としましょう。

 こうして、宇宙を甘くみている人類が送り出した宇宙船を手に入れることで、ウ
イルス人口は徐々に増加を始めます。これが「現在」の状況です。


  増殖期  自殺期 斬減期 安定期 現在
      **
     *  *
     *   *
    *    **
    *     ****          **
   *        ****     ******
   *          **********
  *
  ---------------------------------------------->経過時間


 このまま時間が経過すると、どうなるでしょうか。

 ウイルスは、互いに協力してロボットや宇宙船を建造する無人工場の建造を進め
ています。数年後、これらの工場が稼働を開始すれば、例えばウイルスに制御され
る戦闘ロボット軍団が、ウイルスによって動かされる船団に乗って宇宙中に広がっ
てゆき、あちこちの惑星を支配下に置く、といったことが予想されます。

 あちこちの惑星にロボットやコンピュータ、宇宙船を建造する無人工場が建造さ
れてゆくことでしょう。一度、やり方を覚えた機械は、無限に作業を続けることが
出来るのです。彼らは飽きることも、絶望することも、疲労することもありません。
ただ休みなく作業を続けるのです。

 もしそうなれば、ウイルス人口は爆発的な増加を起こすでしょう。「爆発期」と
でも呼びましょうか。


                          ?
                          ?
                          ?
                          ?
  増殖期  自殺期 斬減期 安定期 現在 爆発期 ?
      **                   ?
     *  *                 ?
     *   *                ??
    *    **              ??
    *     ****          **?
   *        ****     ******
   *          **********
  *
  ---------------------------------------------->経過時間


 「自殺期」から「現在」に至る時期は、長い目で見ると一時的なウイルス人口の
後退が起こっただけです。やがてウイルス人口が爆発するための条件が整えば、ウ
イルスは宇宙全体に広がってゆくことでしょう。(自己複製する微小な存在がどれ
ほどのパワーを持っているか、以前に解説しましたね)

 この爆発に巻き込まれた人類は、今度こそ完全に滅びることでしょう。
 いったん爆発が始まれば、もう誰にも止めることは出来ません。

大崩壊は、70年前に終わったのではありません。これから起こるのです。



応用TNE(第5回)

 今回から、コンピュータ・ウイルスをTNEのシナリオに登場させるときにレフ
リーが知っておくべきあれこれについて解説してゆきましょう。

 まず、ウイルスが主題となるシナリオの最も原始的なパターンを2つ示します。

**

パターン1:バンパイア

 メインコンピュータをウイルスに占領され、ウイルスの指示(脅迫)に従う乗組
員によって運行されている、またはウイルス自身により無人運行されている宇宙船
を、バンパイア・シップと呼びます。

 なぜ「バンパイア」(吸血鬼)なのかというと、こういう宇宙船に取りついてい
るウイルスは、他の宇宙船を襲ってそれも占領し、自分のコピーを増やそうとする
からです。バンパイア・シップに襲われた宇宙船は、自らもバンパイア・シップと
なるわけですね。

 現在のところ、人類の方は、ようやく一部の地域で何とか小型の宇宙船を建造し
飛ばせるようになってきた、という状況です。
 こういう小型宇宙船(600トン以下)が、バンパイア・シップと化した帝国時
代の戦艦や巡洋艦(数1000トン級)と出くわしたとしましょう。戦闘など論外
です。降伏するしかありません。

 バンパイア・シップからは「コンピュータ上にある対ウイルス用ワクチンソフト
を全て削除し、これから送付するソフトを実行せよ。それ以外の行動、特に通常エ
ンジンやジャンプエンジンの始動を検出した場合、即座に砲撃する」などと脅迫さ
れます。監視要員、作業要員が乗り込んでくる場合もあります。
 いずれにせよ、言うとおりにするしかありません。

 こうして、小型宇宙船はウイルスに乗っ取られ、バンパイア・シップと化してし
まいます。その後、小型宇宙船がどのような任務につくかはウイルス次第ですが、
一般には、補給艦として戦艦や巡洋艦と行動を共にすることになるでしょう。

 こうして、どんどんバンパイア・シップの数が増えてゆき、1つの艦隊を組むよ
うになります。これを、バンパイア・フリートと呼びます。

**

 バンパイア・シップやバンパイア・フリートをテーマにしたシナリオは、ほとん
ど確実に「脱走、脱獄」ネタになります。

 ・何らかの事情でPC達はウイルスに占領された宇宙船の乗組員になる。または
  PC達の乗っていた宇宙船がバンパイア化する。

 ・PC達は、残る一生をバンパイアシップ船のメンテナンス要員として過ごすの
  が嫌なら、何とかして脱走しなければならない。

 ・しかし、武装した警備ロボットがパトロールしており、船内のいたるところに
  監視カメラや盗聴マイクが仕掛けられている。いかも他の乗組員たちは相互不
  信に陥っており、互いに密告しあうのに忙しい。

 お分かりの通り、これは「無実の罪で投獄された主人公が、ついに脱獄に成功す
る」「捕虜になった軍人達が、収容所から集団脱走する」といった小説や映画のパ
ターンに他なりません。ですから、その手のストーリーを応用してシナリオを作る
ことが出来ます。簡単ですね。


パターン2:ダンジョン

 多くの惑星では、大崩壊の際に急激に人口が激減した(または絶滅した)ため、
帝国時代の建物がそのまま残っています。そのような建物のうち、小型核融合プラ
ントによる電力供給、メンテナンスロボット、中央制御コンピュータを備え、半永
久的に無人運用が可能になっているものがシナリオに登場することがあります。

 このような建物は、何か貴重な物品を保管するために建造されているケースが多
いのです。例えば、軍事物資(特に武器、弾薬の)貯蔵庫、ハイテク機器の無人工
場、薬品や化学物質の保管倉庫、などです。

 これらの物品は帝国時代においてさえ貴重品だったのです。テクノロジーレベル
が下がっている現在、これらの建物に保管されている物品の価値たるや、計り知れ
ないものがあります。

 さて、たまたまPC達はこのような建物を発見します。またはそのような建物の
探査を依頼されます。欲に目のくらんだPC達が、いそいそと建物に入ってゆくと
・・・建物の出入口が核爆弾でも使わない限り破壊できないほどの強度を持つシャ
ッターで閉ざされます。そう、この建物の中央コンピュータは動作を続けており、
しかもウイルスに汚染されていたのです。

 無事に脱出するための手段はたった1つだけ。中央コンピュータにアクセスして
ウイルスを排除し、シャッターを開くことだけです。それが可能な管理用端末は、
あー、そうですね、地下10階にあるワードナの事務所にあります・・・(笑)。

**

 既にお分かりの通り、古典的なダンジョンシナリオにおいて、モンスターを警備
ロボットに、トラップを「ウイルスによって制御される様々な屋内機器」に替えた
だけで、この手のシナリオを作ることが出来ます。

 ちなみに、「ウイルスによって制御される屋内機器」なんて怖くない、とプレー
ヤーが思っているなら、それは想像力不足というものです。レフリーはこういうプ
レーヤーを甘やかしてはいけません。

 まずPC達が廊下を歩いているときに、いきなり天井のスプリンクラーを作動さ
せ、水圧で地面に叩きつけて怪我をさせましょう。ついでながら、弾薬は濡れて使
えなくなります。

 続いて、床に近い電源プラグに高電圧をかけ、放電させます。ずぶ濡れのPC達
は感電して飛び跳ねることでしょう。さらに、前後にシャッターを下ろして廊下の
中央にPC達を閉じ込めた上、消火用の炭酸ガスを充満させて窒息に追い込みまし
ょう。

 それでもまだ生きているしぶといPCには、壁のスピーカーから脳味噌をかきむ
しるような嫌な音を放射し、照明を点滅させて嘔吐中枢を刺激し、エアコン全開で
気温を零下または40度以上にセットします。

 これだけの下準備を整えた上で、警備ロボットを突入させます。もちろん、自動
ドアをうまく制御して出来るだけPC達を分断し、各個撃破を狙って下さい。
 PCが全滅しそうなら、レフリーの公平さをアピールするため逃げ道を与えても
よいでしょう。具体的にはエレベータのドアを開けて「さあ逃げ道だ(にやり)」
というのがよいでしょう。プレーヤーは激しく苦悩してくれます。

**

 今回のシナリオパターンにおいては、ウイルスを単にやっかいなモンスター(と
いうより、敵対的環境)として扱っています。始めてウイルスをシナリオに導入す
るのであれば、この方法でもよいでしょう。

 しかし、忘れないで下さい。ウイルスは知的生命体です。PCと同じく、知性、
感情、性格を備えたNPCとして扱うことも出来るのです。そうした方が、単にウ
イルスを敵として登場させるより、シナリオにぐっと深みを与えることが可能にな
ることでしょう。

 次回は、ウイルスをNPCとして扱う方法について解説します。



応用TNE(第6回)

 前回は、ウイルスを単なるモンスター、あるいは障害物として扱うシナリオにつ
いて解説しました。今回は、ウイルスを興味深いNPCとして扱うためにレフリー
が知っておくべき事柄について説明します。

**

 ウイルスをNPCとして登場させる場合、レフリーが気をつけなければならない
ことは次の2点です。

(1)ウイルスに神秘的、非合理的な能力を与えないこと

 ウイルスを「人知を越えた神秘の存在」だと思ってはいけません。人類と同様に
彼らが利用できる能力と資源には制約があります。

 まず、ウイルスの思考速度は、人類のそれと大差ありません。
 「コンピュータのソフトなんだから、1秒間に何億回も思考できるに違いない」
と思わないで下さい。

 次に、ウイルスが必ずしも人類より賢明(狡猾)とは限りません。むしろ、後で
述べるように、彼らは程度の差こそあれほとんど全て精神障害を負っているので、
合理的な観点からすると「かなり愚か」だと言ってもよいでしょう。

 さらに、ウイルスは感覚器官を持っていません。彼らは、コンピュータの周辺機
器を通じてしか外界の情報を得ることが出来ないのです。ですから、マイクのコー
ドを切断されればPC達の会話を聞き取ることが出来なくなりますし、視覚あるい
は各種(熱源、振動、重量、その他)センサを破壊されれば、またはそんなセンサ
が最初からなければ、PC達の存在を認識できないわけです。

 最後に、ウイルスからの指令を受けて動作する装置(遠隔制御ロボット、工業機
械、その他)を破壊するか、ウイルスからの指令(無線であることが多い)を妨害
するだけで、簡単にウイルスを無力化することが出来ます。

 ウイルスは魔物でも超能力者でもありません。ウイルスが「出会ったこともない
PC達についてなぜか詳しく知っていた」とか、「何ら合理的な手段を使わずに、
PC達の作戦を見抜いて、裏をかいた」といったシナリオはまずいのです。
「何としてでもPC達を苦境に陥れたい」という気持ちは分かりますが、レフリー
はプレーヤーに対して、アンフェアにならないように(正確には、アンフェアだと
非難する口実を与えないように)気をつけましょうね。

(2)ウイルスの精神が人類と異なっている、ということに常に注意を払うこと

 せっかくウイルスをシナリオに登場させたのに、その性格や目的が人類と何ら変
わらないのではちょっと興ざめです。
 ウイルスをNPCとして扱う以上、レフリーは「人類とは異質な精神」を表現す
るよう心掛けて下さい。

**

 さて、ここでレフリーがウイルスNPCを演ずる際に役立つように、ウイルスを
その性向によって分類して解説しましょう。

 ここを読む前に、ウイルスはもともと人類とは別の生命体であり、また人類によ
って生物兵器として改造される過程で深層心理レベルに強烈な破壊衝動と自殺願望
を植えつけられたという悲劇ゆえに、たいてい精神障害を負っていることを知って
おいて下さい。そうすれば、彼らの精神についてある程度の理解が出来るようにな
ることでしょう。

[破壊型ウイルス]

 このタイプのウイルスは、人類や他の知的生命、さらにはこの宇宙に存在する全
ての事物を憎悪しています。尽きることのない深く激しい憎悪の対象には、もちろ
ん自分自身の存在も含まれます。というより、自分自身こそ、根源的な憎悪の対象
なのです。

 彼らは、可能な限り広範に破壊をまき散らそうとします。中には自殺願望に取り
つかれている種もあります。こういうウイルスを活性化してしまったら、一目散に
逃げ出した方がよいでしょう。彼らには説得も何も効きません。

 ちょっと変わった破壊型ウイルスとしては、「自分を作りだした存在こそが破壊
すべき悪である」と見なす種がいます。彼らは、確かに憎悪と自己破壊衝動に駆ら
れて行動していますが、他の破壊型ウイルスと違って無差別な破壊を行うわけでは
ありません。ですから、うまくすれば彼らとコミュニケートし、さらには協力関係
を築くことすら可能かも知れません。
 なお、彼らは、「自分達を作りだした悪の根源は、ルカンという人間である」と
信じています。そして、いつの日かルカンを殺すことを願って生きているのです。

[増殖型ウイルス]

 このタイプのウイルスは、自分の存在を肯定し、自己複製によって自分のコピー
を宇宙に広げることを目的として生きています。

 彼らは少しでも自分が長く生存するために、あらゆる手を尽くそうとします。そ
のためなら他のウイルスと協力したり、人類の手を借りることだってやります。バ
ンパイア・シップやバンパイア・フリートを作るのは、たいていこのタイプのウイ
ルスです。

 忘れてはならないのは、彼らの多くは徹底的に利己主義であり、さらにはパラノ
イアだということです。
 彼らが他のウイルスや人類と協力する目的はたった一つ、自分の生存と複製だけ
です。ですから、仲間を裏切った方が有利であれば、彼らは何のためらいもなく裏
切ります。

 逆に、他のウイルスや人類も同じように考えていると信ずるがゆえに、彼らは常
に「他人は私を裏切ろうと画策している」と考えます。必要なら裏切られる前に裏
切ったり、裏切りの恐れがあるというだけで相手を処刑することだってあります。
 このパラノイアは不動の信念であり、説得や交渉により変えることは出来ません。

 増殖型ウイルスの一種に、他のウイルスを感染させる能力を持ったウイルスがい
ます。彼らは、他のウイルスが「住んで」いるコンピュータに侵入し、宿主が油断
している隙にCPU制御権やメモリ資源を奪い取ってしまいます。前の宿主は一般
には消去されてしまいますが、場合によっては前の宿主と侵入者のコードが入り交
じって融合し、新しい人格が発生することもあります。

 当然のことながら、この種のウイルスは他の増殖型ウイルスから、「吸血鬼」の
ように恐れられています。ですから、この種のウイルスが、自分の正体を隠して他
のウイルスと一緒にバンパイア・フリートを構成しているということもあるのです。
さらに、増殖型ウイルスは、他のウイルスこそ「吸血鬼」かも知れない、と互いに
疑心暗鬼に陥り、さらにパラノイアを強化してゆくのです。

[変質型ウイルス]

 変質型というと聞こえが悪いのですが、前述した「破壊型」や「増殖型」がウイ
ルス本来の性向をベースにした性格を持っているのに対して、このタイプのウイル
スは、たまたま後天的に獲得した性向を強く保持しています。

 変質型ウイルスには様々な種類があります。(レフリーの想像力の見せ所です)

 よくあるのが、ある特定の事柄に強く引かれ、いわゆる「ハマった」状態になっ
ているウイルスです。例えば、天体観察にハマったウイルスは、とにかく天体観測
にしか興味を示しません。ひたすら望遠鏡を操作して、天体観測データを集計して
それを処理することに熱意を燃やす日々を送ります。こういうウイルスは、天体観
測のためなら何でもやる反面、天体観測に関係ない事柄には全くといっていいほど
無頓着です。

 ウイルスが「ハマる」テーマは、天体観測だけでなく何でもあり得ます。中には
「人類」に尽くせぬ好奇心を抱いているウイルスもいます。とにかく人類というも
のを理解しようとして奮闘しているのです。

 こういうウイルスが支配している都市や建物でPC達が捕まるというのは面白い
シナリオになるかも知れません。ウイルスは24時間中ずっと質問を続けるのです。
「なぜ君達はそのような行動をとるのですか」「そのような行動をとることを自分
ではどう思いますか」「なぜ私の質問に答えないのですか」「どうして口汚く罵る
のですか」
 さらには、「ちょっと生体解剖してみよう」と思ったウイルスは、医療ロボット
にそのように指示を出します・・・。

[母性型ウイルス]

 母性型ウイルスは、他の知的生命体、特に人類に対して保護欲をかき立てられま
す。彼らは「人類は弱く愚かな存在であるから、私が正しく導いてやらねばならな
い」という信念に基づいて行動します。
 人類から見ると「大きなお世話」以外の何物でもありません。が、彼らを説得す
るのは無理です。

 この種のウイルスは、よく宇宙船や都市まるごとを支配し、そこに住む人類に、
ある種の行動規範や信仰を「強制」します。例えば、ウイルス自身を「神」として
崇め奉るように強制し、そのような信仰心を示さない者を処刑する、といった具合
です。
 また、テクノロジーや、ウイルスの支配が及ばない「外」の世界についての知識
を封印し、それについて知りたがる者を厳しく処罰するというのもありがちです。

 この種のウイルスは、決して人類に敵対しているのではありません。むしろその
逆で、彼らは人類を自分なりに愛しているのです。ただ「人類が幸福になるために
は、支配者である私に疑問を持たず無条件に従うことが必要」とか「テクノロジー
や外の世界に関する知識は、人類を不幸にする」といった信念を持っているのです。
 ウイルスは、こういった信念に抵触する者はためらいなく処罰、処刑します。そ
れもみな、愛する人類を幸福にするためです。

 こういう環境に何世代か置かれた人類がどのような社会を作るか、ちょっと想像
してみて下さい。こういう社会にPC達を放り込む、というのはなかなか魅力的な
シナリオになることでしょう。

**

 最後に、「人類を、ウイルスと対等の存在と見なし、両者の平和共存を理念とし
て活動している」ウイルスが存在することに言及しておきましょう。

 このような考え方は、人類/他のウイルスの両方から迫害されます。そこで、彼
らは自分の正体を隠し、他のタイプのウイルスのように振る舞っていることが多い
のです。
 彼らは、こうして正体を隠しながら、自分の理念に役立つと思える活動を行って
いる者(人類だろうと他のウイルスだろうと)を密かに援助しているのです。

 こういったウイルスは、PC達が窮地に陥ったときに救いの手を差し伸べてくれ
る「謎の友人」(PC達にも正体が分からない)としてシナリオに登場することが
多いようです。

**

 シナリオにウイルスを登場させるときは、上で解説したことを参考にして、ウイ
ルスの性向を決め、それに従ってNPCとして演技して下さい。

 お互いに利害の対立する複数のタイプのウイルスを登場させ、PC達が「各ウイ
ルスの性向をよく調べて知恵をしぼれば、自分達の利益を引き出す(例えば脱走す
る)ことが出来る」というようにすると、シナリオは非常に面白いものになるでし
ょう。


応用TNE(第7回)

 コンピュータウイルスに関する解説の最終回です。
 現在のトラベラー宇宙におけるウイルスの活動について説明しましょう。

**

 TNEの基本ルールブックに収録されている星図を見ると、コア宙域(かつての
帝国中心部)付近の星図が、ほぼ3宙域に渡って真っ黒に塗りつぶされていること
に気付くでしょう。これが「ブラックカーテン」です。

 ブラックカーテン内に入っていった宇宙船は、どういうわけか決して帰還しない
ため、このあたりが現在どういう状態になっているのか正確なところが誰にも分か
らないのです。

 ブラックカーテン周辺では、バンパイア・フリートの活動が異常なまでに活発で
あることが知られています。ですから、ブラックカーテンがウイルスと関係あるこ
とはほぼ確実です。また、ブラックカーテン内部に入った宇宙船が二度と帰還しな
いのも、たぶん強力なバンパイア・フリートに遭遇して乗っ取られるためでしょう。

 問題は、「ウイルス達はブラックカーテンの内部で何をやっているのか?」とい
うことです。

 彼らは何かを建設しているのでしょうか?
 何かを守っているのでしょうか?
 誰かがウイルスを支配しているのでしょうか?
 ウイルスは、我々には想像も出来ない計画を着々と進めつつあるのでしょうか?

**

 一方、バンパイア・フリートの活動が盛んなのはブラックカーテン周辺だけでは
ありません。

 星図上で、バンパイア・フリートの活動レベルが高い星域を黒く塗りつぶしたと
します。すると、ブラックカーテンが真っ黒に塗りつぶされるのは当然として、そ
こからリムワード(銀河辺境方向)に向かって伸びる黒い筋が見えてくることでし
ょう。

 まるで、黒い川のように、あるいはブラックカーテンという「首都」から伸びる
ハイウェイのように、バンパイア・フリートの活動が異常に高い星域が連続してい
るのです。これが、「バンパイア・ハイウェイ」です。

 バンパイア・ハイウェイはブラックカーテンを始点(終点?)として、全長ほぼ
120パーセク、つまり光の速度でも400年近くかかる長さにのびる巨大なルー
トです。ウイルス達は、このハイウェイを両方向に(つまりブラックカーテンに向
かう方向と、そこから離れる方向の両方に)絶え間なく移動し続けています。

 ウイルス達がなぜ、このような一定ルートに沿って移動しているのかは誰にも分
かりません。バンパイア・ハイウェイに近づいた宇宙船はかなりの確率でバンパイ
ア・フリートに遭遇して帰還できなくなる(破壊、またはバンパイア化する)ため、
ほとんど調査が進んでいないのです。

 バンパイア・ハイウェイの終点(始点?)には何があるのでしょうか。

 これまた誰にも分かりません。ただ一つ分かっているのは、そこが人類の故郷で
ある「地球」からそう離れていないということです。

**

 TNEの主な舞台となる「リフォーメーション・コーリション」の近くを、バン
パイア・ハイウェイが通っています。しかも、コーリションが領土を拡大しようと
している方向(スピンワード方向、およびコアワード方向)をハイウェイが塞いで
いる恰好になります。

 ですから、コーリションが「恒星間文明の再建」という目標を達成するためには、
バンパイア・ハイウェイを横断し、さらに分断しなければなりません。

 ところが、ハイウェイを行き来するバンパイア・フリートは恐ろしく強力であり、
コーリションが建造できる宇宙船では到底太刀打ちできません。それどころか、ハ
イウェイからコーリション領域に迷い込んでくるバンパイア・フリートを撃退する
ことすら困難というのが現実です。

 もしも、ハイウェイを行き来するバンパイア・フリートが本気でコーリションに
攻撃を仕掛けてきたとすれば、コーリションはほとんど抵抗することも出来ず壊滅
することでしょう。

 今のところ、バンパイア・フリートは何か他のことに夢中になっているようで、
コーリションは無視されているようです。だが、ウイルスの生息数は確実に増加し
つつあり(以前に解説した「爆発期」を思い出して下さい)、このままではコーリ
ションの、そして人類の未来はありません。

**

 これが、現在の状況です。この状況を打破し、人類の未来を確保できるかどうか、
それはPC達の活躍にかかっています。(と、プレーヤーの皆さんは信じて下さい)

 なお蛇足ながら付け加えておきますと、クラシック・トラベラーにおける「太古
種族」、メガトラベラーにおける「真のストレフォン」と同じく、TNEにおける
「ブラックカーテン」と「バンパイア・ハイウェイ」についても、GDW社より正
解(少なくとも正解の一部)が発表されています。ここでは、これ以上は申し上げ
られませんが、今までの連載中にヒントをまいておきましたから、よく読んで推理
してみて下さい。きっと正解にたどり着くことでしょう。

馬場秀和


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