光の道
             

 座席のゆがみに手を乗せて、背に残る強張りをじっと見張りながら止まった駅に
降りていく。階段の手摺の汚れを照らす灯りには、あの真円の月は混じっていない。
夜ばかりの駅に薄く削れた空をぐずぐずと舐めながら、縫えない形の服を着ていた。
撫でたい花はまだ咲かない。ぼやけた影に髪の奥まで濡れていく場所から、いなく
なったトカゲの通り道が、かすれた線で辿られていた。百回でもうなだれる川幅を
越えて、今日までがある鳴声に押し倒されもした。光を見た夜は遠い。それでも、
レールは今日も長く、空までも延びていく。  プラスマイナス100号掲載作品


満月
               
くねる影まで あたたかい空気にもたれるので
削りきれない岩のとがりも 無力だと思うことはある
天井に浮いた油を拭かせて欲しそうな
羽ばたきがもりあがる部屋から
窓際で息をついて あの雲の襞を梳かせてやりたい  プラスマイナス101号掲載作品



 夏影
         
 人の手で置かれた石のへこみに泥はたまる。まだらな模様をなぞる影から引き出
す糸をからげて、もう一度落ちてみようかと聞く間もなく駆ける脚は、粘つく布に
乗り上げてしんと止まっている。土のにおいがこびりついて取れない指なのに、靴
底の形を知らないで追ってきた熱のある気配まであと何歩か。折れて戻れと色を変
えては騒いでいる空までの隙間から、はみ出すように伸びていた腕をつかんで立ち
上がった時間が、水の向こうにへばりつく。いつの陽あたりを呼び出だせば、あの
道はなくなるだろうと夏の木に倒れこむ。  プラスマイナス105号掲載作品

 秋から
              
 つりあった細い空へ雲が押し寄せどの隙間にも空はあるとはためく木に埋めら
れては朝を幾度も待った夏の間に浮き出た皮膚の残した苛立ちをなめながら座る。
腕の幅にもりあがったかげろうの向こうに見える壁まで届かなくてもいいと突然
に、かたい形にかわる影まではばたいた数が首を打ちつけていく。服は守っては
くれない。ぬぐいたそうな厚みの中まで髪が引きあがり、背をおしてくる夕日に
映っているはずの重さが目の端に巻きこまれ、音もないまま夜を越してしまえる
とうねりを始める。しみだした夢をつかんで飲み続ける川べりの乾いた石の上か
ら、足りないように吹きこぼれた高い花までのびられるかと取り残された熱気が
ふつり転がって、嗅ぎとる柔らかさを爪の間に追い込みながら渡る高さにさえた
光が流れる。                  プラスマイナス107号掲載


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