春になる 
空のよじれにふれた肩が開ききった花を倒す枯れた色の花びらに、
つつまれた埃。見知らぬ人が花をひろいあげる。花はどこに戻さ
れるのか。水気のない手で押し上げた、冬服に残るしみ。散る花
が、違う空からはてないように落ちてくると信じきっていた体の
細胞一つも、もう残ってはいないだろう。澄んだ水を人の目では
見分けられない。体が出来ないことを、しつづける、楽しみ。
葉先の虫
湿気が雨に変わる。もぐりこんだ木の洞を思い出す。暖かかった。乾いてい
た。誰も迎えにこなければ、そう思えたんだろう。迎える人のことがどうして
あれほどたのもしかったのか。道に落ちる影をしばらく見ていない。たるんだ
雲が壁に作る挨拶の模様を目印に覚えた道。死んでいくほど、濃い色に変わる
花びらに靴跡をつけながら登りつづける。朝はきれいだと信じながら通うのだ。
十年の花
風の運ぶ湿気に椅子の上のからだはしらしらと腐った匂いを吐く。
自分の力で自分を動かしていられた日々なんてあったはずもないのに
微笑んで懐かしがる。薄い影の伸びるテーブルに落ちていく砂に湿気
は容赦なく張りつき、からだは水の入った袋と同じになる。花は遠く
に咲きつづける。あの角の明かりはやさしい。街燈のない道を通いつ
づけた長い時。たしたりひいたりだ。父の口癖をどこにしまっていた
のだろう。ひとはおかしなことをする。夢のいる眠りがこわかったこ
ろに聞いた水音が、突然しみだしてきた服のすそに、埃が吸い寄せら
れていく。掃除嫌いは治らないよ。そうだ、でも。ここに座り込んで
いるいわれなんかないじゃない。冷えた指をまるめて席を立つ。

トップページ詩一覧次へ