十二年
干支の言えない大人なんているとは思えなかった。大の月、小の月。
グロスはいくつ? 四時間四十五分足す七時間十五分は何時間何分で
すか。ほんとうに、夢中だった。あの山の岩陰にある炭焼き小屋の上
の空から、噴出す滝にある色を、目を瞑って何度も何度も確かめたよ
うに。木を包む雲の形を思い通りに変えられたように。ちぎれた蛇を
引きずって、誰も見えない倒木のうろに飛び込んだように。十二色の
景色から剥がれ落ちてしまうことを、思いつきもしなかったように。
冬の終り
空に向かう花の色が道をただ絞め殺していく。においのない工場に
寄り添う、きつくにおう花たちの道。坂の上は人の住む場所じゃない。
自販機のかげに立って切られたばかりの木の傷を見上げる。膨れ上が
った飛行機が枝にかき乱されながら、うろうろと遠ざかる。誰も掃除
をしない、フェンスの下にのびる捨てられた花達を乗り越えて通う道
曇り空
軽い体の温かさ。広い河原の上を震えながら走る車のなかで、突然あの部屋の
温度が気になり出す。なにひとつ思い通りにならないと泣いている。流れの見え
ない川の水。もう、夏ですよ。クーラーに震えている体を抱えて愛想笑いを浮か
べる。誰のためにもならない空気のたてる埃。旅はなくしてはいけないものが、
はっきりと決められている。やわらかな手触りのかばんの中。見たこともない懐
かしい街にゆっくりとよりそう坂道の影をたどって、視線は移ろう。たどり着け
ない場所がどこかにはきっとある。ふさがった毛穴を洗い流して今日は眠る。

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