物覚えは悪いのに

この題に続く言葉は、「贅沢はすぐ憶えちゃうんだよね」である。
かの名著 「ハム研」のなかの名言のひとつである。
個人的にはベストな真実の言葉というか、生物の業をこれほど言い当てた言葉はあるまいと、思っていたりする。

当時私達はフェレット二匹、モルモット一匹、チンチラ三匹に、マンションの北向きの一室を占領させていた。
でも、飼育者としては、おとなしい部類です。
趣味の欄に、動物の飼育とは書いてはいけません。
しかしなぜ、こうも気持ちの通じ合えない動物ばかりを飼っているのか。
犬、猫の頭のよさを見るにつけ、私、なんか間違ってるよなあとも思う。
モルモット、フェレットは家禽としての歴史はとても古い。野生種ではありません。
が、やはりバカであることは覆い隠しようもない。
チンチラは、人が飼育するようになってから、百年とたってはいないので、野生動物みたいなものだし。
見た目は可愛いので、ほらあの例の電気鼠まんまの、人受けはするが、基本的に触れません。
せっかくの高級毛皮なのに。

まあ、ここで漫然とうちの子自慢するのもどうかと思うので(そうか?)
ここはひとつ、表題にふさわしいエピソードを紹介すべきかなと。

動物の名前を考えるのはかなり面倒な作業なので、亜州明星のを拝借するという基本理念に沿って命名している。
チンチラは毛色の灰色のが永康 (ウィンホン)白が漢文(ホンマン)黒いのがミヨンという。
みんな雄だ。チンチラ三匹は、実はつい最近まで同じケージに押し込めて飼っていたのだ。
ひどい喧嘩もしないが、お互い絶対に嫌いあっているよなと分かる態度を崩さない。
ミヨンはちょっと、おばかさんで子供だったので、おじさん連中によく「うっとり」と私達が命名した、
寝ぼけながら相手の背中にしがみついて顔を摺り寄せるという、それは反則な技をよくかけてはいたが。
オヤジ連中はそれをやられると、明らかに泣きの入った顔つきになりながら、必死にストレスに耐えていた。
一応ゆるい群れを作る動物らしく、子供を邪険に扱ってはいけないという本能が組みこまれているらしい。
そして「うっとり」は子供のとる行動パターンであるようだ。
一瞬、ほほえましく見える光景であるが、実はこの連中が仲良しであるなんてことはないのを知っている私達は、
見るたびにみぞおちに笑いの直撃を受けていた。
ほんとに、恍惚な表情をしたミヨンといい、泣きを入れたオヤジ連中の哀愁の目つきといい、
良いものを見せていただきましたと、毎回ケージの前で膝を折ってましたよ。

まあそうやって何とか三匹で一緒に暮らしていたチンチラズ。
しかし、もともとは独居させるのが望ましい動物なので、飼い主の引越しで部屋も少し広くなったことだしと、
とりあえずケージを二つに増やしてみた。
まずウィンホンを元の小屋に一匹で残し、新しいケージにホンマンとミヨンを押し込んだ。
どんどん、いきいきつやつやになって、らぶりぃな顔つきになっていくウィンホン。
ホンマン、ミヨンもまあそれなりに生活してそうで、とりあえず成功か。と胸をなでおろしていたのだが。

ミヨンはもともと多分他よりかなりお馬鹿なせいだろうが好奇心が薄く、ケージの外に興味を持つなんて事はなかった。
小屋の戸を開け放しておいても、おやじ達が我先に脱走していくのをぼんやり(ほんとにぼんやりな顔をする)
眺めていたような奴だ。
それが引越しを機にやたらと外に出たがるようになった。
チンチラとして(チンチラは砂漠の高地の岩場が棲家なので非常にジャンプ力があり身のこなしが素早い。
三角跳びなど当たり前にこなす。人が捕まえるのは至難だ)
致命的なのじゃないかと思われるほど運動能力のないミヨンが、必死に戸にしがみついて外を目指している姿は、
かなり涙を誘う。
つい、まあ好きにしろいと放置しておくと、当然ホンマンはミヨンを何の気もなく踏みつけにして外に出てしまう。
そして二匹の目指す先は、何故かもとの小屋なのだ。
こちらに餌をやったり、風呂替わりの砂浴び用の容器(チンチラは毎日砂浴びをさせる必要がある)
を入れようとしたりで戸が開いていると、さっさと潜り込んでしまう。
そして、そこにはすっかり仏の顔になったウィンホンが懐かしそうに旧友達を出迎える心和む風景
が。
と言いたいところだが、まあ、そう甘くはない。というか思いきり辛かった。
ウィンホンは、今まで私が聞いた中でも、最もでかくやばい雰囲気の警戒音、
夜中のマンションを震わす水道管のうめきそっくりな声をあげ、
ミヨンの背中の上に小屋の中のひな壇から飛び降り、あっというまに大量の毛を刈った。
慌てて逃げ出したミヨンはホンマンに正面衝突をかまし、泡を食ったホンマンにも思いっきり威嚇され、
つぶれたゴキブリのように、(ほら黒いから)戸口を必死でよじ登った。
その後ろでは、すっかりやるきになっているオヤジ連中の蹴り合いが始まっている。
いやもう、これほどすざまじい喧嘩は一度としてなかった。
私が慌てて小屋に手を突っ込むと、二匹とも戦闘体制からあっさり逃げモードに変わり、我勝ちに逃げ惑ったが。
こいつらが被捕食動物でよかったと、この時はほんと感謝した。
ホンマンが小屋から飛び出したのを見計らって戸を閉める。
ホンマンの耳には、ぽつりと小さな丸い穴があいていた。
まあ、もうちょっと端に寄ってれば、丸ピアスができたのになどと、寒い突っ込みをとっさに入れてしまえたほど、
私は動揺していた。
すっかりオヤジくさい険しい顔つきをして、うずくまるウィンホン。
ホンマンは虚空を見据えたまま、餌箱に手を(いや前足を)乗せ、
突然左手でゆっくりとステンレス製の餌箱の端を叩き出した。
相変わらず、視線はあらぬ方向を見据えている。
たん、たん、たん、たん。かなりそれ怖いぞ、ホンマン。
ふと、手の動きが止まった。
ホンマンは視線はそのままに身じろぎをし、今度は右手を動かした。
たん、たん。怖いから、あんた。それ。

贅沢はすぐに生き物をかえる。
しかし、憶えているべきことは、何も残りゃしないのだ。
その後数回この手の事件が起こり、結局ウィンホンがかなり徹底的に負け込んでしまい、
現在精神面でのリハビリ中である。
ホンマンは独り住まいを堪能している。
ミヨンは相変わらず外を目指している。

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