心を込めた贈り物:前半

「あ、カナタはっけ~ん」
 本日の執務を終えて私室に戻ろうと聖殿の廊下を歩いていたら、後ろからのんびりとした声が掛けられた。直接投げられた呼びかけではないのかもしれないが、名前をあげられては立ち止まり振り返るよりない。
 声でわかったとおり、軽やかな足取りで向かってくるのは緑の守護聖ミランだった。飛空都市に連れてこられて2か月と少し経ったが、あまり接点がある相手ではない。何故か探されていたようだが、何かしでかしただろうか。
「こんばんは、ミランさん」
「うん、こんばんは。すぐに見つかってよかったよ~」
 会釈と共に挨拶すると、微笑んで返してくれる。もう少し早く執務室を尋ねてくれれば探されなくて済んだんだけどと思いはしたが口には出さなかった。ミランにも都合があるのだから、言うべきではないはずだ。
「今日はいいけど、明日は仕事終わってもすぐ帰らないでね~って言いにきたんだよ」
「え? 明日、何かあるんですか?」
「あ~、やっぱり、知らなかった? フェリクスが気にしててさ。自分で言いにくればいいのにねぇ」
 飲み込んだ言葉の代わりに尋ねると、若干要領を得ない回答が返ってくる。首を傾げたカナタの前で、何かを思い出しているようにふふと笑うミラン。出された名前に、重要なことを忘れているんだろうかと焦る。
 だが、いくら考えても思い出そうとしても、何も浮かばない。
「ほら、ちょっと前にやったでしょ。フェリクスの誕生日会」
「え、あ、はい、ありましたね。それも知らなかったけど、ゼノが迎えに来てくれて……もしかして、明日も誰かの?」
「うん、まさにその通り! しかも、主役自ら迎えには行かないよね~」
「は? 主役……もしかして、明日……」
「そうだよ~。ゼノの誕生日会だから、忘れずにね」
 明らかにカナタの反応をおもしろがっている調子で、ミランが本題を口にした。思わず素っ頓狂な声を迸りかけた口を、慌てて塞ぐ。聖殿の廊下は広いせいか、他よりも声が反響しやすい。大声を出せば近所迷惑だ。
 フェリクスの誕生日も、執務終わりに迎えに来てくれたゼノが教えてくれて初めて知ったくらいだ。女王候補には資料が配られてるんだけどねとフォローされたことも、まだ記憶に新しい。後でチェックしなきゃと思ったけれど、ちゃんと迎えに行くよとゼノが言ってくれたのに安心して、そのままにしてしまった。
 よりにもよって、フェリクスの次がゼノだったなんて。
「でも~、前日に知れてよかったんじゃない?」
「た、確かに。ありがとうございます、ミランさん」
「お礼は僕より、気にしてたフェリクスに言ってあげてほしいかな」
「あ、はい。明日伝えに行きます」
「うんうん、いい子、いい子」
「ミランさん……」
 愕然としていると、ミランが視点を切り替えさせるように進言してくれる。説得力のある言葉に礼を告げ、続けられた一言に頷くと、頭を撫でる真似をされた。手を限界まで伸ばしても触れられる距離ではないからか、からかうだけなのか。読みきれはしなかったが、永く守護聖を務めているミランからすれば、確実にカナタはまだただの子供だ。
 子供扱いをされたくないと今のカナタが訴えても、理解を得られることはないだろう。
「じゃあ、伝えたよ。また明日ね~」
「あ、はい、ありがとうございました」
 用は済んだと手を振って去っていくミランの背中に頭を下げた。伝えられた事実を思い出して長く深い息を吐き出してから頭をあげると、もうミランの姿は廊下に見当たらない。
「明日誕生日とかマジかよ……」
 呻くような声が口から零れていた。もう一度溜息を吐き出してから、当初の予定通り私室へと向かう。少し、急ぎ足だ。廊下を走るのはやはり気が引けてしまうから。
 飛空都市に連れてこられた4月27日から数えて、およそ2か月半。最初から誰よりもカナタを心配して世話を焼いてくれたゼノ。加えて辛抱強く掛けてくれた叱咤激励の数々が、前向きではなくとも守護聖としての一歩を踏み出せた支えの大きな要素になっている。
 守護聖としても覚束ないカナタに多数のアドバイスをくれるばかりでなく、娯楽も必要だからとゲームまで作ってくれた。バースでの全ての関係を奪われたカナタが飛空都市で初めて結べたのは、ゼノとの友情だと思うのは過言ではないだろう。もう二度と会えない親友とは違い、まだ共に過ごした時間は短いが、すでにゼノも親友と呼んで差し支えないくらい大切な存在になっている。
 そんな相手の誕生日を祝わないなど、どうしてできようか。
「でもどうしろって……」
 私室に戻るなり、思わず声に出してぼやいてしまう。飛空都市にある店といえば公園にあるカフェや飲食物の出店くらいで、他を見たことがない。隅々まで訪ねたわけではないが、恐らく商業施設はないのだろう。これから買いに行くという手段はない。
 そもそも、守護聖としての執務をこなしても、給料が払われるわけではないらしい。衣食住は保障されていて、必要なものは通販として申請すれば大抵用意してもらえると説明された。必ずしも全ての要求が通るわけではないそうだが、小遣いをやりくりしていたバースでの生活よりも、欲しい物を入手できる可能性は上がったといえそうだ。
 だが、ゼノへの誕生日を祝う贈り物を、通販で取り寄せるのはいかがなものだろうか。
 バースの親友や友達へのプレゼントは、お互い親のすねを齧る身だったので似たり寄ったりな内容だった。ファミレスやカラオケでパーティをしたり、ケーキを奢ったりといった程度。でも、ゼノは違う。
 守護聖という部分は同じでも、彼にもらったものが多すぎる。体調を心配して作ってくれた食事に、カナタの為だけに作ってくれたゲーム。何よりそのすべてにゼノの気遣いと優しさが多大に含まれている。礼を言うとゼノは決まって「俺にはこれくらいしかできないから、喜んでもらえると嬉しい」なんて言うが、カナタにとってはとても大きな支えになっているのだ。
 そんな相手に、少しでももらっている恩を返したいと思うのは、至極真っ当な感覚だと思う。
 せめて、通販で頼んだ物を渡すのではなく、少しだとしても感謝の気持ちを込めた物を贈りたい。
 だが生憎カナタはゼノのように物づくりの経験はほとんどなく、もっぱら消費する側だ。もう少し日数があれば不恰好でも何かを作ることができたかもしれないが、もう24時間を切っている時点で叶わないと判断するしかない。何せ材料も道具もないのに、どうしろというのか。
 そうして頭を悩ませること、小一時間。カナタはようやく一つの名案に思い当たった。贈り物というには多大に疑問が残るが、今のカナタが明日の夕刻までに用意できるのはもうそれしかない。
 迷っている暇はないと、夕食をとりながら大まかな構成を考える。恐らく今日は徹夜だろうと覚悟を決めた。

 最初に認識したのは、控えめなノックの音だった。いつの間にか閉じていたらしい目を開けると、視界の大半を白い物が埋め尽くしている。数度瞬きをして、机に突っ伏しているのを自覚した。
「……は?」
 前後の記憶が繋がらず、惑いが声に出た。そこにもう一度ノックの音。先ほどより音が大きく聞こえる。
 伏せていた上半身を起こしてさっと周囲に視線を巡らせた。カナタの私室のうち、入口に近い広い部屋だ。視界を埋めた白い物は机の上に広げたレポート用紙で、窓の外は明るい。
「……カナタ? いる?」
 三度ノックの音。それから、くぐもったゼノの呼びかけ。机の上の端末が示しているのは、午後2時過ぎ……。
「うっそだろっ?」
 ようやく状況が理解できて、勢いよく立ち上がる。はずみで椅子が倒れ派手な音がした。四度目のノックの音が、少し慌てたように響く。恐らく音が届いたんだろう。
「ご、ごめん、いる!」
 入口に駆け寄りながら応じる。ノックの音が止み、ドアを開けると安堵したゼノがそこに立っていた。
「良かった、いた……」
「ごめん、心配かけて」
 ともすれば泣きだしそうにも見える表情で胸をなでおろしたゼノに謝り、とりあえず中に入ってもらった。
 歩きながら、女王候補2人からカナタが執務室にいないと相談され様子を見に来たんだと説明してくれたゼノに、ひたすら恐縮するしかない。
 ゼノへの贈り物準備は難航し、なんとか形になったのは夜が明けた後だった。それは、覚えてる。ただ、その後の記憶が定かではないので恐らく……というか確実にそのまま寝落ちたんだと思う。だから机に突っ伏していたし、枕になっていたのはまっさらなレポート用紙だったというオチ。
 あちこちの関節が軋むように感じるのは、変な姿勢で寝ていたからだろう。流石にそれを口にするのは情けないので、できる限り悟らせないようしたいところだ。
「実は、徹夜で作業してたんだけど……出来たところで、寝落ちたみたいでさ」
「じゃあ、具合が悪いとかじゃないんだね? 良かった……」
「……心配かけてごめん」
 簡潔な説明で、安心したように笑顔を見せてくれたゼノに、自然と頭を下げていた。贈り物を用意する為に心配を掛けるなんて本末転倒過ぎる。怒られても不思議じゃないというか、むしろ説教されて然るべき案件ではなかろうか。
 なのに、ゼノは怒るそぶりさえ見せない。少し慌てたように頭をあげさせて、困った様に目尻を下げてさえ見せる。
「俺も徹夜で作業して、執務開始時間に間に合わなかったことあるよ」
「いや、それだけじゃなくてさ……」
 慰めるように自身の体験を口にするゼノ。頭は上げたけど、それに同意はできなかった。
 聖殿の廊下で問答するのもどうかと思って入ってもらったが、この際だ。幸いにも贈り物は出来上がっている。できれば本人以外に知られたくないので、この場で渡して改めて謝罪しようと手に取った。
「……ゼノ、誕生日おめでとう。これ、オレからの……プレゼント」
「え?」
 机の上でとんとんと揃えたレポート用紙の束を、ゼノに差し出す。驚愕したように目を見開いたゼノが、ぎこちない動作で束の表紙に目を落とした。
『プレイ感想』
 カナタの少しクセのある字で書いたレポートタイトル。下方には『カナタ』と署名を入れてある。
 そう、昨夜考え付いたのは、ゼノが作ってくれたゲームの感想文を贈ることだった。小中学校で必ず書かされる夏休みの宿題の定番、読書感想文から派生したレポートだ。文章を書くのを得手にしているわけではないので枚数はそんなにないが、時間がかかってしまった次第。
 包装もなにもしていない状態で渡すことが正しいかはわからないが、不要な心配をさせてしまったゼノには、ちゃんと説明しなきゃだめだと思ったから。
「……これを書いてくれてたから、徹夜したの?」
「う……その、徹夜するつもりじゃなかったし、寝落ちも想定外で……」
 受け取ってくれたゼノが、レポートに目を通しながら尋ねてくる。しどろもどろの言い訳は、自分でもよくなかったと思っている表れだ。様子を見に来てくれたゼノだけじゃない。女王候補にも心配をかけたんだろう。それは、理由がどうであれ褒められた行為ではない。
「俺の為に書いてくれたのは嬉しい。でも、それで自分を大事にしないのは駄目だよ」
「……うん。ごめん」
「それでカナタが体調崩したりしたら、俺は嬉しくないから」
「ごめ……ん、って、ちょっと待った」
 全面的にゼノの言い分が正しい。だから、カナタにできるのは言い訳ではなく、ただ謝ることだけだ。社会人的には再発防止に努めますだろうか。
 ただ、ちょっと立ち止まって振り返ってほしい。
「あのさ、ゼノ」
「なに? 俺、間違ったこと言ったかな……?」
「いや、全面的に正しい」
「だよね?」
「うん、正しいからこそ、ちょっと待って欲しいんだけど」
 説教されてる立場でストップをかけるのはいかがなものかとは思うけれど、ちょっと聞き捨てならない部分がある。
 気付いてないんだろう。ゼノが不可思議だといいたげな表情をしている。
「……それ、オレが前に言ったことあるんだけど」
「え?」
「ゲーム作るのに徹夜すんの、嬉しいけど嬉しくないって」
「……あ……」
 指摘すると、思い出してくれたらしい。ゼノの頬にさっと朱が走った。自分を棚に上げて説教していたと気付いたからだろう。ゼノの説教が不相応だと言うつもりはない。心配させてしまったのは事実だから。
 ただ、それならゼノも少し改めて欲しいと思うのは、多分言いすぎではないと思いたい。カナタだって、心配しているんだから。
「そっか……。カナタも、同じように思ってたんだ」
「まぁ。オレの為にってしてくれるのは嬉しいけどさ。ゼノがよく徹夜するっていうのも前に聞いたけど、やっぱ心配にはなるよ」
「じゃあ、俺も。心配かけて、ごめん」
「え、あ、いや、謝ってもらわなくても! つか今日は俺が悪いし」
 今まで告げた心配が、ようやくちゃんと伝わったかのような反応をするゼノに、もう一度伝えてみる。すんなりと頭を下げたゼノに、カナタの方が慌ててしまう。
 今日が誕生日の相手に謝らせるって、大分流れがおかしい。
「だから、えっと……これから気を付けるし、ゼノももうちょっと気を付けてほしいっていうか」
「うん。気を付けるようにはする。……けど、徹夜しようと思ってしてるわけじゃないから、また心配かけちゃったらごめんね」
「……まぁ、それは、しょうがないんだろうし」
 仕切り直そうと告げた言葉に、ゼノは真摯に頷いてみせた。言い訳のように続けられた言葉には思い当たる節があるので、苦笑するしかない。
 ゼノの集中力は素晴らしく、一度物づくりに集中してしまうと区切りがつくまで途切れないのだそうだ。気付いた時には夜が明けていることが多いとも言っていたので、簡単に改められることでもないのだろう。
「カナタ」
 それでもなんとか寝てもらう為になにか作ってもらうべきだろうか、あるいはロレンツォあたりに相談してみるべきかと益体のないことを考えだしたところで、呼びかけられた。意識を戻すと、渡したプレイ感想を胸に抱いて、ゼノが笑顔を向けている。
「俺の為のプレゼント、ありがとう。すごく嬉しいよ」
「……うん。喜んでもらえたら、オレも嬉しい。その……小学生かってレベルだと思うけど……」
 喜んでもらえるのは嬉しいが、内容が伴っているかの自信はほぼない。自己満足と言われたらその通りだ。
 だけど、何故だろう。嬉しいと笑うゼノが、今にも泣きだしそうな表情にも見えた。
「あとでゆっくり読ませてもらうね」
「あ、いや、それはさらっと流してもらえた方が嬉しい……っていうか、やっぱ渡すのやめたくなってきたんだけど」
「駄目だよ、俺がもらったんだから。もう返さない」
 読書感想文で褒められた過去はない。最後に書いたのは何年前だったか。練習をしたわけでもなく、当然ながら上達しているはずがない。これはもしや黒歴史を作ってしまったのではと今更後悔が押し寄せてくる。
 もっとも、笑顔で拒否されてしまっては取り返すことも出来ず。とりあえず、ゼノ以外に贈り物の存在が知られることなく済むことだけはありがたかった。
「それより、お腹すいてない? 良ければ一緒にカフェに行こうよ」
 女王候補2人も誘ってと言われては断れない。2人にも心配をかけたのだろうから。更に空腹も感じていたので、異論はない。身支度を整えるから待っててと伝えると、ゼノは贈り物を私室に置いてくると一度出ていった。
 来年のゼノの誕生日には、もっとしっかり計画して贈り物をしようと心に誓ったのは、いうまでもない。




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こめんと。
9作目。前半。
ゼノ誕生日おめでとう!!
サイト準備中にゼノ誕を思い出し、
急遽ゼノ誕開設に変更した次第。
まだ親友未満な2人のつもりです。
お互いに遠慮があるっていうか?
(2021.7.9)