読書の記録(1998年 8月)

「おれに関する噂」 筒井 康隆  1998.08.04 (1978.05.25 新潮社)

☆☆☆

 「蝶」,「おれに関する噂」,「養豚の実際」,「熊の木本線」,「怪奇たたみ男」,「だばだば杉」,「幸福の限界」,「YHA!」,「講演旅行」,「通いの軍隊」,「心臓に悪い」

 「おれに関する噂」は現実をデフォルメすると,こうなると言う事か。「心臓に悪い」における「薬はまだ手に入らない」の最後の一言に大笑い。幻想的な雰囲気の「熊の木本線」や「だばだば杉」が印象的。

 

「日本列島七曲り」 筒井 康隆  1998.08.06 (1975.06.30 角川書店)

☆☆☆

 「誘拐横町」,「融合家族」,「陰悩録」,「奇ッ怪陋劣(ろうれつ)潜望鏡」,「郵性省」,「日本列島七曲り」,「桃太郎輪廻」,「わが名はイサミ」,「公害浦島覗機関(たいむすりつぷのぞきのからくり)」,「ふたりの秘書」,「テレビ譫妄症(せんもうしょう)」

 最初の2作における「そして乱交パーティーが始まった」と言う最後の一言が利いてます。他には「郵性省」が印象的。

 

「見知らぬ妻へ」 浅田 次郎  1998.08.07 (1998.05.30 光文社)

☆☆☆

 「踊子」,「スターダスト.レビュー」,「かくれんぼ」,「うたかた」,「迷惑な死体」,「金の鎖」,「ファイナル.ラック」,「見知らぬ妻へ」

 3作目の短編集なのだが,ちょっとまんねり気味か。表題作は「鉄道員(ぽっぽや)」の中の「ラブ.レター」同様,偽装結婚を扱ったもので,こういうのが得意分野なのか。一番気に入ったのは「かくれんぼ」。いじめっ子が大人になって,かつていじめたハーフの子供の事を思い出す話。人生のひとコマを叙情的に取り上げ,あたかも映像を見ている様な気にさせてくれる。

 

「ホンキー.トンク」 筒井 康隆  1998.08.10 (1973.11.30 角川書店)

☆☆

 「君発ちて後」,「ワイド仇討」,「断末魔酔狂地獄」,「オナンの末裔」,「雨乞い小町」,「小説『私小説』」,「ぐれ健が戻った」,「ホンキイ・トンク」

 「ワイド仇討」が特に面白い。江戸時代から明治時代へと移り変わる,価値観の変換点に時代設定を置き,現代の風潮を皮肉ると言った描き方が素晴らしい。

 

「家族八景」 筒井 康隆  1998.08.12 (1972.02.00 新潮社)

☆☆

 「無風地帯」,「澱(おり)の呪縛」,「青春讃歌」,「水蜜桃(すいみつとう)」,「紅蓮菩薩(ぐれんぼさつ)」,「芝生は緑」,「日曜画家」,「亡母渇仰(ぼうぼかつごう)」

 人の考えている事が判ってしまう七瀬は,自分のこの能力が他人に知れる事を極度に恐れている。だから目立たない家政婦になるのだが,逆にそれぞれの家族の裏を見てしまいます。その矛盾に気が付きながらも,葛藤する七瀬がいいですねえ。

 

「七瀬ふたたび」 筒井 康隆  1998.08.13 (1978.12.20 新潮社)

☆☆☆☆

 前作「家族八景」で登場した読心と言う超能力を持つ少女七瀬が故郷へ帰る列車の中で二人の超能力者と出会う。一人は同じく読心力を持つ少年ともう一人は予知能力者。このお陰で列車事故から逃れ,少年と二人で暮らし始める。彼女は自分の能力が他人に知れる事を極度に恐れている。さらに念力を持つ黒人男性やタイムトラベラーの少女らと,北海道に隠れ家を作る。しかし超能力者を抹殺しようとする謎の組織から狙われてしまい,彼等との戦いを決意する。

 超能力って本当にあるのだろうか。以前テレビを賑わしたユリ.ゲラーを始め,多くの自称超能力者が話題になる事がある。僕も夢中になった記憶がある。スプーンは曲がらなかったけど。いろいろな研究機関で超能力に関する研究が行われているなんて話も時折耳にする。しかし本当の超能力者が七瀬のように自分の力を隠しているとすれば,その存在がおおやけになる事はないはずだ。まあ,いるのかどうかはともかく,自分にはそんな能力は無いから,単純に憧れてしまう。あって欲しいなと思う。何もかもが科学で解明されてはつまらないじゃないか。だけど,超能力者達を抹殺しようとする組織って一体何だったんだア。

 

「国境線は遠かった」 筒井 康隆  1998.08.14 (1978.10.30 集英社)

☆☆

 「穴」,「夜を走る」,「たぬきの方程式」,「欠陥バスの突撃」,「ビタミン」,「フル・ネルソン」,「国境線は遠かった」

 世界がある一つのビルで繋がっている。このSF世界への入り方,そしてそこから息をつかせぬスピーディーな展開が抜群にうまい。

 

「旅のラゴス」 筒井 康隆  1998.08.15 (1986.09.30 新潮社) お勧め

☆☆☆☆☆

 主人公ラゴスが北から南へ旅をする。どこの世界を描いているのか何の目的で旅をしているのか最初は全く判らない。遊牧民族の娘との出会いや銀鉱山での奴隷生活等を経て目的地に到着する。ここは昔,人類が到達した地球以外の星であり,何等かの理由で彼等はこの星で人生を終える。この世界に住んでいるのは彼等の子孫達だ。しかし人類の文明は正確には受け継がれてはいない。だが南の地には彼等を運んできたロケットの残骸とともに,地球の文明を記した膨大な書籍が保存されていた。ラゴスはこの本を読む為に旅を続けてきたのである。何年もかかって読破するのだが,その間コーヒーを発見したこともあって,さびれていた南の村は発展を遂げる。ラゴスはこの町の王となり二人の妻を持ち子供も産まれる。しかし全ての本を読み終わったラゴスは家族を残して一人生まれ故郷に帰っていく。

 不思議な風景と動物,国籍不明の人間達。集団によるテレポート,壁を突き抜ける男,動物との意識の共有。文明が地球と同じ発達を遂げなかった事により,この世界の住人は不思議な能力を備えている。ラゴスは地球の文明をそっくりそのまま広める事により,混乱をきたす事を恐れたのか,昔知り合った少女を探して北の地へと旅立っていくところでこの物語は終わる。文明の発達は人類にとって,幸福な面より不幸な面の方が多いのは事実だろう。ラゴスを見ていて何となく昔読んだ「ますむらひろし」の漫画に出てくる唯一の人間を思い出した。ところでラゴスって筒井康隆自身の姿なのだろうか。

 

「プリズンホテル」 浅田 次郎  1998.08.25 (1993.02.28 徳間書店)

☆☆☆☆

 全4作のシリーズなのだが,てっきり「春」が最初かと思って読み始めたが実際は最終編であった。まあどういう順番で読んでもあまり影響は無かったと思う。主人公の作家木戸孝之介の叔父が経営するホテルはヤクザによって運営されており,その道の人専用のホテルだ。そうとは知らずに泊まってしまう堅気の人達。だが,彼等は一家心中を図る家族であったり,自殺志願者,警察の慰安旅行,服役者,元アイドルとマネージャー,離婚希望者等。つまりこちらも,あまり普通の人達とは言えない。そんな登場人物達が繰り広げるドタバタ劇が軽快なテンポで進み,読んでいて飽きない。いわゆる「ピカレスク」だが,そこには笑いあり涙ありの話が展開していく。その根底にあるのは家族の繋がりの暖かさだ。主人公は子供の頃に母親に捨てられた身であり,そのトラウマから他人に対して異様な態度を取ってしまう。また他の堅気の人達もそれぞれが置かれた状況により普通の行動では無い。逆にヤクザの方がより正常な倫理観,家族観を持ち,そんな彼等を迎え入れる。大団円では主人公の文学賞受賞の場となるのだが,その時には,一番主人公にとって大切な人であった育ての親の富江は居なくなってしまう。何となくその終わり方が中途半端な様な気がしてしょうがなかった。

 

「月のしずく」 浅田 次郎  1998.08.26 (1997.10.30 文藝春秋社)

☆☆☆

 「月のしずく」,「聖夜の肖像」,「銀色の雨」,「琉璃想」,「花や今宵」,「ふくちゃんのジャック.ナイフ」,「ピエタ」

 「鉄道員(ぽっぽや)」に続く2作目の短編集。雰囲気は前作を引きずっている様な感じだが,ちょっとパワーダウン気味。電車を乗り過ごした男女の出会いを描いた「花や今宵」と,自分を捨てた母親との異国での出合いの「ピエタ」が印象的。