読書の記録(1998年 9月)

「活動寫眞の女」 浅田 次郎  1998.09.02 (1997.07.25 双葉社)

☆☆☆☆

 激しかった学生運動もやや下火になりかけた頃,主人公の三谷は生まれ故郷の東京を離れ京都の大学に入学し,大学の先輩である清家と出会う。映画と言う同じ趣味を持った二人は急速に親しくなっていき,同じ下宿に住む女性とともに清家の紹介で撮影所のアルバイトを始める。ある日エキストラとして撮影に参加した三人は不思議な女優夕霞に出会う。清家はその夕霞に引かれて行くのだが,三谷は彼女の正体に気が付いてしまう。彼女は映画全盛期の頃に撮影所で自殺した女優の霊だと言う事に。三谷達は必死に止めようとしたのだが,夕霞にのめり込んで行く清家の気持ちを替える事はできなかった。

 高度成長期を迎えた当時からすると,エアポケットに落ちた様な京都の町。そんな中で斜陽産業の代表と言われる映画の世界に従事するカツドウ屋たち。全てがセピア色に染まった映画を見ている様な気分で読み進んで行く。直木賞を受賞した前作に続いてまたまた霊の登場であるが,違和感が全く無い。ノスタルジックな場面設定と登場人物の心理描写がうまく,あたかも後々になって自分の青春の1ページを回顧している様な語り口がそうさせているのだろう。作者の手法のうまさを感じる。また所々に出てくる日本映画全盛期の様子や,黙々と古いフィルムを守る老人の姿によって,グングン引き込まれて行く。ラストシーンで古いフィルムの中から微笑む二人の姿には思わず泣けてしまった。

 

「幸福荘の秘密」 折原 一  1998.09.08 (1995.09.25 角川書店)

 

 

「沈黙の教室」 折原 一  1998.09.10 (1994.04.30 早川書房)

☆☆☆

 20年前ある中学校で起こった出来事と,20年後の現在が同時に進行していく。中学校時代には陰湿なイジメがあり,一人の生徒の自殺や担任教師のスキャンダル等が不気味に進行する。クラスを支配しているのは何者なのだろうか。事件の起こるたびに配られる「恐怖新聞」,黒板に書かれた「粛清」の文字。そして現在では,当時の学級委員長を中心に初めての同窓会が計画されている。そして一人の男がこのクラスの者全員を殺す計画を立てていたが,記憶を失ってしまう。彼が自分とこの中学校との関係を調べていく中で明らかになっていく事実。そしてもう一人の復讐者の登場。そんな中で同窓会は開かれるが,とんでもない事になってしまい,全てが明らかにされる。

 あまりミステリーは読まないのだが,読んでいると,どんどん引き込まれて行く。学校って恐いよね。理科室の骨格標本や美術室の胸像や音楽室から聞こえてくるピアノの音。そんなありふれた事ではない。建物全体に潜んでいる何か得体の知れない存在。かつてその学校に通った多くの子供達の様々な気持ちが渦巻いているような空間。だから学校にまつわる怪談も多いのだろう。そんな学校を舞台にしているだけに生々しい展開になってくる。いじめた者は自分のした事を忘れてしまうか,又は楽しい想い出になってしまう。だがいじめられた者は心に深い傷を負う。いじめられた者が大人になってまでも復讐心を持ち続けていたら,同窓会なんて恐くて開けないよね。

 

「ファンレター」 折原 一  1998.09.12 (1996.01.20 講談社)

☆☆

 覆面作家の西村香を主人公にした連作短編集。覆面作家ですから当然性別も判りませんし,年齢も判りません。そんな作者のもとに届く様々なファンレター。この作品の面白いところは,題名にある通り西村香ファンからの熱烈なファンレターで成り立っていると言う点でしょう。どうしても作者に会いたい女性やら,しつこく講演依頼をしてくる女性,ミステリー作家志望の女性達。彼女達が引き起こす事件の数々。どの話も最後はアッと言わせてくれます。さて西村香さんの正体は誰でしょうか。北村薫さんなのでしょうか,それとも折原さん本人なんでしょうか。「ステップ」やら「リターン」等と言う思わせぶりな作品名も登場します。

 

「きんぴか」 浅田 次郎  1998.09.16 (1996.02.05 光文社)

☆☆

 

 

「倒錯の死角(アングル)」 折原 一  1998.09.18 (1988.10.15 東京創元社)

 学校を卒業し旅行会社に勤め始めた清水真弓は,一人暮らしを始めたアパートの隣の家からの視線に悩まされる。隣の家に住む翻訳家の大沢芳男は,アルコール中毒での入院から開放されたばかり。大沢には覗きの趣味があり,隣のアパートに住む女性の,まるで自分を挑発するような暮らし振りに,やめたはずのアルコールに再び手を出してしまう。

 真弓の日記と,大沢の手記と言うかたちで展開していきます。そこに大きなトリックがある訳ですが,ちょっとそんな事には気が付かないよなあ。特に氏の作品を読むのに慣れていないもんで。ただ登場人物の異常さだけが,最後に残ってしまい,結末の意外性にスッキリした感じが持てませんでした。

 

「漂流者」 折原 一  1998.09.25 (1996.08.30 角川書店)

☆☆

 ミステリー作家の風間春樹は八丈小島でのダイビング中に,妻とその不倫相手によって漂流させられる羽目になる。ライフジャケット一つで何日も海をさ迷った後,二人の死体が乗った救命ボートを発見する。そしてセーラ号と言うクルーザーと出会うが,そこには我が子を轢き逃げで殺された夫婦の,犯人に対する復讐劇が記された手記が残されていた。漁船に助けられた主人公は自分を殺そうとした妻達への復讐を誓う。

 ここまでが物語の導入部分で,この後実際の復讐劇へと進んでいき最後のドンデン返しとなる。ここまでのサスペンスが実にリアルで面白いのだが,中盤以降は何でこうなっちゃうの,と言う感じで良く判らなかった。これが叙述ミステリーだと言ってしまえばそれまでなのだろうが,一体誰が殺したのか,誰が殺されたのか,どこまでが犯人の意図なのか,どこからがアクシデントなのか。一体今生き残っている人間は,本当は誰なのかすら判らない様な状況となってしまう。氏の作品は5作目だけど,最後に「そうだったのかア。」と感心する事がない。読み手の問題と言ってはそれまでだが,何か騙されたみたいな気分で読み終えるというのは如何なものだろうか。

 

「珍妃の井戸」 浅田 次郎  1998.09.28 (1997.12.10 講談社)

☆☆☆☆

 あの「蒼穹の昴」の続編と言う事だったが,あまりにも小説の性格が違う。どちらかと言うと番外編と言ったところだろうか。前作で書かれた戊戌の変の2年後に起こった義和団事件の最中,光緒帝の寵愛を受けていた側室の珍妃が紫禁城の井戸に投げ込まれて殺された。さらに2年後の1900年,義和団事件の調査の為中国に送られて来た英国貴族のソールスベリーはこの事件を知り,ドイツ,ロシア,日本の貴族とともに真相の究明に乗り出す。彼等4人は珍妃と関わり合いのあった人物から事情を聞き出していくが,立場や思惑の違い,恨みと言った個人的な感情等から証言が全く食い違っていく。そして最後にたどり着いた証言者は西太后により幽閉されていた光緒帝本人。さて彼の口から語られる真実とは。

 長く続いた清朝の末期と言う時代は,中国の歴史における一つの転換点。日本で言えば明治維新に当たるのだろうか。特に中国の場合,日本を含む各国帝国主義の攻勢にさらされていた訳で大変な時代だったのだろう。そんな最中に国の中枢で起こった事件がミステリー仕立てで展開していく。だが犯人探しが主題ではなく,いろいろな人から聞く話によって明らかになっていく珍妃の人柄と,彼女の光緒帝への愛情がテーマだ。登場人物のほとんどが重なるのでつい前作を思い出してしまうが,あまりにもダイナミックな展開だった「蒼穹の昴」との比較は全く無意味だ。しかし随所に出てくる春児に関する回想シーン,特に欄珍との別れの場面など,前作を読んでいないとしっくりと来ないでしょう(その分泣かなくてすみますが)。自分の置かれた悲劇的な状況を怨む事無く,愛する天子への思い,愛する祖国への思いを綴った最後の珍妃の言葉がジーンときます。「再見」と言う言葉の美しさを実感します。それにしても梁文秀はどうしちゃったんだろう。この時は日本に居るはずだから登場しようがないのだろうけど,気になりました。