読書の記録(1998年11月)

「仮面劇/MASQUE」 折原 一  1998.11.02 (1992.02.10 講談社)

☆☆☆☆

 病弱な妻に保険金をかけ,愛人をそそのかして殺害させる。そしてその愛人を自殺に見せかけて殺してしまう。こうして完全犯罪は成立したかに見えた。クラブホステスの麻理は離婚歴のある男性と結婚するが,自分の過去をひた隠す夫に疑念を抱く。夫に対する何者からかの脅迫,週刊誌に載った保険金殺人の記事,夫から渡される謎の薬と日増しに弱っていく自分の体。自分の夫こそ週刊誌の記事に出ている保険金殺人の犯人で,今度は自分を殺そうとしているのではないだろうか。夫の友人と相談の上,真相を暴こうとするのだが。

 相手は折原一だ。くれぐれも騙されない様に注意して読もうと思っていたにも係わらず,まんまと騙されてしまった。出てくる男性が,二人ともイニシャルがM。そしてもう一人のMの存在。おかしいなとは思っていたのだが,そう来るとは。トリックが見事なのか,自分が単純なだけか。麻理の夫の真相が判る場面までは,非常にすっきりとした展開なのだが,ここからがいけない。何でここまで物語をいじくりまわしてしまうのだろうか。どうしても読者の裏をかかないと気が済まないのだろうか。最後の数行に本当のどんでん返しが隠されているのだろうか。トリカブトを使った保険金殺人は実際にあった話だし,どうしても小説は真実を越えないといけないと言う訳ではないと思うのだが。

 

「防壁」 真保 裕一  1998.11.05 (1997.10.10 講談社)

☆☆☆

@ 「防壁」 ... 警視庁SPの主人公はある政治家の警護を担当するがテロにより同僚が負傷する。その同僚は彼の姉の主人であり,過去の不倫相手である上司の行動に疑問を持つ。彼が同僚を襲い,また次ぎは自分を狙うのではなかろうかと。
A 「同僚」 ... レスキュー隊のダイバーである主人公は新たな恋人の出現により,以前から付き合っていた彼女と別れようとする。そして彼女は彼との最初で最後のダイビングの時自殺を図る。そんな時に漁船の遭難事件が発生し,彼は新人隊員と海に潜る。
B 「昔日」 ... 自衛隊の爆弾処理班の主人公は昔別れた妻から近況を知らせる手紙を貰う。たまたまアメリカ軍の不発弾が発見されるが,彼はその爆弾に疑惑を抱き,過去の真相を突き止めようとする。そんな中で別れた妻の本心を悟る。
C 「余炎」 ... 消防士の主人公は担当管区内で連続する不審火に悩まされていた。彼は子連れの恋人との結婚を決意するが,彼女の子供は彼になつかない。不審火は同じ消防署に勤務する物が関連している事が判るが,そんな時彼女の家から火事が発生する。

 SP,レスキュー隊員,自衛隊員,消防士といったいわゆる危険を伴った職業に就く男が主人公である。彼等は自らの危険を顧みる事なく,自分の職業に誇りを持って仕事にあたっている。しかし彼等の家族や恋人は違う。彼女達は夫や恋人の身を案じ,ひたすら耐えなくてはいけない。この4作はそんな両者の葛藤を描いている。僕らみたいな普通のサラリーマンからは想像もできないが,よほどの覚悟や相互の信頼関係がないと務まらないであろう。短編なので,職業上の仕組みや苦労が掘り下げられていない感じがしてしまったが,短い中でうまく描けていると思った。

 

「どちらかが彼女を殺した」 東野 圭吾  1998.11.07 (1996.06.05 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 愛知県警に勤務する和泉康正は,東京に住む妹の園子からの電話を不審に思い上京する。彼が彼女の部屋で見たものは妹の死体であった。電気コードが体に接続されており,タイマーがセットされていた。自殺に見せかけた他殺だととっさに判断した康正は,他殺を思わせる証拠を隠した上で警察に連絡する。自ら犯人を捜し出し復讐する為に。容疑者は二人。彼女のかつての恋人である佃潤一と,彼女の高校からの親友の弓場佳世子。潤一は園子を裏切って佳世子と付き合っていた。しかし事件を捜査する練馬署の加賀刑事が康正の計画に気付き康正の前に立ちはだかる。彼女を殺したのはどちらなのか。康正の復讐は成功するのか。

 最後の1ページを読み終えて絶句。犯人が判らない。二人の警官には判った様だ。と言う事は詳しく読めば判るのだろうか。康正が見たと言う「その瞬間」とは何なのだろうか。睡眠薬の袋の破り方がキーになっているのは判る。最初に出てくる二つの睡眠薬の袋がどうなっていたのだろうか。最後に佳世子が飲んだ時は左手で破っている。佳世子と園子が共に左利きで潤一が右利きだとすると,二つとも左から袋が破られていれば潤一が犯人で,一つでも右から破られていれば佳世子が犯人か又は園子の自殺,と言う事になるのだろう。最初の袋がどうなっていたのか,潤一が右利きだと言う記述がどこにあるのか,何で加賀刑事は自殺ではないと断定できたのだろうか。もう一回じっくりと読んでみよう。

 

「怪しい人びと」 東野 圭吾  1998.11.09 (1994.02.28 光文社)

☆☆☆

@ 「寝ていた女」 ... 会社の同僚に自分の部屋をラブホテル代わりに貸していた男が,自分の部屋に戻ると見知らぬ女が寝ていた。
A 「もう一度コールしてくれ」 ... 高校野球の選手と審判が何年か後に,強盗とその人質として再開する。強盗はその審判にある誤解を持っていた。
B 「死んだら働けない」 ... あるメーカーの係長が工場で死んでいた。働き者の係長は事故で死んだのだろうか,それとも他殺なのか。
C 「甘いはずなのに」 ... 新婚旅行の為ハワイを訪れた夫婦の話。再婚の夫は妻に前妻の子供殺しの疑いを抱いていたのだが。
D 「灯台にて」 ... 大学1年生の同級生二人が東北旅行をする。一人は北から,もう一人は南から。途中の灯台で二人は一日違いで泊まるのだが。
E 「結婚報告」 ... ハイミスの友人から結婚したとの知らせが届く。そこには見知らぬ男女が写された写真が添えられていた。
F 「コスタリカの雨は冷たい」 ... カナダに住む日本人夫婦がバードウォッチングの為,コスタリカを訪れるのだが,そこで強盗に持ち物を盗まれてしまう。

 と言う7編の短編集なのだが,推理小説の短編ってどうもなあ。余程奇抜な結末を用意しない限り,「ふーん」で終わってしまって,何か消化不良を感じてしまうんだよなあ。落ちの面白さで言えば,「結婚報告」「甘いはずなのに」かな。だけどどうしてこれらの話から,タイトルが「怪しい人びと」になってしまうんだろう。

 

「怪笑小説」 東野 圭吾  1998.11.11 (1995.10.30 集英社)

☆☆

@ 「鬱積電車」 ... 通勤電車に乗りあわせた人達の本音,もし口にしてしまったら大変。
A 「おっかけバアさん」 ... 俳優の追っかけを始めてしまった老婆の行く末は。
B 「一徹おやじ」 ... 息子をどうしてもプロ野球選手にしたかった父親の悲劇。
C 「逆転同窓会」 ... 教師の同窓会のゲストとして当時の生徒を呼んでしまうと。
D 「超たぬき理論」 ... 子供の頃見た不思議な動物から,UFO=ぶんぶく茶釜説を唱える。
E 「無人島大相撲中継」 ... 無人島に漂着した客船の乗客の楽しみは,一人の男の大相撲中継。
F 「しかばね台分譲住宅」 ... 新興住宅地に死体が。これでは土地の価格が下がってしまう。
G 「あるジーサンに線香を」 ... 人体実験により若返った老人はつかの間の20代を味わうが。
H 「動物家族」 ... 自分や相手が動物に見えてしまう気の弱い少年が,声変わりしたとたん。

 東野圭吾と言うと推理小説だが,この短編集は全く推理に関係の無いブラックユーモア溢れる小説によるものだ。各話の終わりに作者からのコメントが添えられており,話を書くきっかけ等が説明され,それが面白い。やはり本人もしくは関係者の実体験に基づく部分が多い様だ。なかでも良かったのは「しかばね台分譲住宅」。ある新興住宅街で死体が発見された。住人はその土地のイメージと言うか土地の価格が下がるのを恐れて,隣の住宅街に死体を捨てに行く。しかし隣の思惑も同じで,翌日には死体が戻ってきてしまう。それを双方が繰り返す訳だが,いつしか両街におけるスポーツに変化していってしまう。まあ,スポーツなんて物は皆この様な事から始まるのだろう。

 

「日輪の遺産」 浅田 次郎  1998.11.16 (1993.08.30 青樹社) お勧め

☆☆☆☆☆

 不動産屋の丹羽は,ある事から知り合った真柴老人の死を看取る羽目になる。その際老人から一冊の手帳を預かるが,そこには終戦直前にマッカーサーから奪った財宝を,国の復興資金としてある場所に隠した経緯が記されていた。真柴はその実行部隊の隊長だったのだ。同様に手帳を預かったボランティアの海老沢と丹羽は財宝の行方を追う。記された内容は真実なのか,財宝は今もそこに眠っているのだろうか,又財宝を隠す作業に従事した35人の少女の運命はどうなったのか。物語は,丹羽と海老沢それに謎の老人金原らの現在における動きと,戦争中に財宝を隠す指令を受けた真柴等の行動,又終戦直後のマッカーサーの動きを交えて進んで行く。

 旧日本軍の財宝って話は今でも時々聞く事はあるけど,本当にあるのだろうか。まあ,あれだけ全ての価値観がひっくり返る様な時代だから,何があっても不思議ではないんだけど。財宝探しの物語だと思って読み進めていたけど,いい意味で裏切られました。敗戦直前の混乱の最中においても,国の未来に思いを馳せていた人達,真実を知りながら頑なにそれを守ろうとした人達,財宝の奪回に執念を燃やすマッカーサーと,その部下で複雑な過去を引きずるイガラシ中尉。彼等の行動に感銘を受けます。特に8月15日の曹長と少女のシーンは印象的ですね。過去と現在を交互に描き,最後に現在における登場人物の関係が全て明らかになる,又財宝の行方に関する話の終えかたがうまいなあと思います。この作品は浅田次郎さんの初期の作品でありますが,充分面白い話に仕上がっております。まあ「蒼穹の昴」の後に読むと,ちょっとなとは思いますけど。後半の部分,特にマッカーサーに関する話が,ちょっと中途半端な気がしてしまいました。しかし,悪徳不動産屋だとばかり思ってたのに...

 

「トライアル」 真保 裕一  1998.11.19 (1998.07.30 文藝春秋社)

☆☆

@ 「逆風」 ... 主人公の競輪選手の前に,長らく音信不通だった兄が突如現れる。兄は何者かに脅かされているらしく,弟にイカサマをする様仕向けてくる。
A 「午後の追い波」 ... 夫婦揃って競艇選手の話。妻は自分より成績の悪い夫の行動に疑問を抱く。夫のバッグに入っていた謎の部品は不正の為に使用したのではないのか。
B 「最終確定」 ... オート選手の主人公の元に謎の電話が掛り出す。彼を貶める為だろうが,何者の仕業だろうか。同じ選手仲間か,新聞記者か,それとも。
C 「流れ星の夢」 ... 地方競馬の厩舎に謎の厩務員が訪れる。腕前は凄いのだが,何故か過去を隠している。過去に何らかのトラブルがあった者はこの職業に就けないはずなのだが。

 競馬,競輪,オート,競艇とギャンブル関連の短編4連発だ。全てそれを職業とする者が主人公だ。前に読んだ「防壁」もそうだったが,一般的ではない職業にまつわる内情や従事する者の心理描写が細かくて凄いと思う。よっぽど様々な方面にコネがあるのか,取材力に優れているのだろうか。まあ後者だろう。

 

「富豪刑事」 筒井 康隆  1998.11.24 (1978.05 新潮社)

☆☆☆☆

@ 「富豪刑事のおとり」 ... 5億円強奪事件の容疑者4人から犯人を絞り出す為に,彼らの前で大金を使いまくる富豪刑事。
A 「富豪刑事の密室」 ... 密室殺人の現場を再現して犯人を罠にはめる為に,会社を一つ作ってしまった富豪刑事。
B 「富豪刑事のスティング」 ... 誘拐事件を解決する為に,被害者に成り代わって身代金を出す富豪刑事。
C 「ホテルの富豪刑事」 ... 談合の為に地方都市に集結した暴力団員をまとめておく為,自分のホテル以外全てを押さえた富豪刑事。

 ある警察の刑事である神戸大助が主人公なのだが,普通の刑事と違う所は彼が大富豪の息子だと言う事。真っ赤なキャデラックを乗り回し,一本8500円の葉巻を吸い,10万円もするライターをすぐに置き忘れる。そんな彼が,犯人当て,密室殺人,誘拐,暴力団抗争と言った事件に取り組む。推理小説の形を取っているが,作者が作者だけに普通の展開にはならない。富豪と言う特性を生かして,つまり金を使いまくって事件を解決していくのだ。「それって反則じゃない?」って気もするけど,ちゃんと推理小説になっているんですよね。

 

「土星を見るひと」 椎名 誠  1998.11.25 (1989.03.10 新潮社)

☆☆

 表題作を含む8編の短編集。みな一風変った話なのだが,作者の体験から生まれた部分が多いのだろう。一番気に入ったのは「ボールド山に風が吹く」。作者が子供の頃に見た風景が鮮やかに蘇ってくる。いつも遊び場にしていたボールド山と呼ばれる小さな山が,運河の建設で削り取られていく。朝鮮人の村や,頭のおかしくなった女,大人達の噂話。僕にも似たような体験があるので,妙に懐かしく思えてしまった。そう言えば僕にとってのボールド山である金毘羅山はどうなっているのだろうか。幼稚園のまわりでいつも子供を負ぶっていたオバサンや,夕暮れの畑の中で焚き火をしていたオジチャンは今どうしているんだろうか。

 

「赤目四十八瀧心中未遂」 車谷 長吉  1998.11.26 (1998.07.30 文藝春秋社)

 会社を辞め社会からドロップアウトした主人公がたどり着いた所は,尼崎にある怪しげな四畳半のアパートの一室だった。彼はこの部屋で,焼鳥屋で使うモツ肉の串刺しをして日々の糧を得る生活を始めた。このアパートの住人は,刺青の彫物師や覚醒剤の売人,街娼とその客といった,主人公ですら異質と見なされる様な人々だった。そこには生き続ける為の,あるいはそこから這い上がろうとする為のパワーに溢れており,自らそれらを放棄した主人公とは相容れないものがあった。この危ういバランスを崩したのは,彫物師の愛人であり背中に鳳凰の刺青をしたアヤちゃんと言う女性を,主人公が意識した時からだった。

 確かこの小説は直木賞受賞作だったはずだよなあ。それにしては純文学っぽいなあ。久し振りに重たい小説を読んだ気がしました。この主人公は作者そのものなのだろうけど,ドロップアウトする程のパワーの無い自分には馴染めませんでしたねえ。心中と言うのは,勿論経験の無い事だし考えた事すらない事だけど,それに至る過程が何となく納得できました。この世にはこちら側の人間とあちら側の人間しか居ないとしたら,そのどちらにも属さない自分を発見した時の疎外感が主人公をこちら側へ引き戻したのでしょう。あちら側で生き続ける決意をして電車を飛び降りたアヤちゃんとの対比が良かったと思います。