読書の記録(2001年 4月)

「最後の逃亡者」 熊谷 独  2001.04.02 (1993.11.25 文藝春秋社)

☆☆

 一人娘のアンナを連れてモスクワで娼婦をしているエレーナ.イワノワの元に,内務省特務機間であるOBHSSの人間が訪ねてきた。日本の機械メーカーのソ連駐在員である岡部信吾に接近する事を依頼される。ソ連からの脱出の気持ちを持っていたエレーナは,彼と共に新しい赴任先であるムルマンスクに向かう。一方エレーナの仲間であるナターシャは,ある事からOBHSSの人間を殺してしまい,恋人のビーチャとともに逃避行が始まる。またソ連の軍事機密を知ってしまった岡部への暗殺計画を察知したエレーナは,ナターシャ等と共に国外脱出を図る。

 上記の様な話なんですが,何か凄く判り難いストーリーですね。二組の男女の国外脱出劇に関しては,これに至る経緯,特にエレーナと岡部の気持ちの動きが全く判りませんでした。岡部の離婚にまつわる話は何だったんだろうか。説明されればされるほど,理解できなくなる感じです。だから脱出劇のスリルが伝わってきませんし,主人公達への感情移入何か全くできませんでした。共産主義国家のソ連,官僚主義的な行政,その他内務省やら軍事施設の仕組み,などの説明を読まされている感じがしてしまって,物語りに入っていけないですよね。ただ一つ言える事は,ソ連に生まれなくて良かったなあ,と言う事でしょうか。ところでこの作品が書かれた頃って,まだソ連ってあったんだっけ。

 

「うわさ」 小池 真理子  2001.04.03 (1996.03.05 光文社)

☆☆☆

@ 「独楽の回転」 ... バイタリティ溢れる夫。まるで体の中に,永遠に止まる事無く回り続ける独楽が回っているようだった。
A 「災厄の犬」 ... 可愛がっていた犬が死んだ後に拾われてきた犬は,まるで災難を家の中に運んできた様に思えた。
B 「ひぐらし荘の女主人」 ... 結婚式の後のホテルのバーで知り合った女性は,豪邸に一人住まいをしていた。
C 「うわさ」 ... 老人介護をしている自分には秘密の楽しみがあった。そんな自分がある老人を殺したとの噂が流された。

 人は様々な他人との係わりの上で生活している訳ですが,その全てがお互いに納得しあっている訳ではありません。と言うより何等かのしがらみの中で,係わりを持ってしまっているのが普通だと思います。相手が自分にとって無益だから,嫌いな相手だから,顔も見たくないから等といった理由だけで,付合わなくても良ければそれにこした事はありません。でもそうじゃ無い場合が多いですよね。それが妻や家族だったら言うに及ばず。「独楽の回転」では夫と妻,「災厄の犬」では夫とその家族,互いの気持ちが微妙にズレてきて,最後にはとんでもない結末を向えてしまいます。だけど何となく主人公の気持ちが判ります。「ひぐらし荘の女主人」のどんでん返しも面白いですね。表題作の「うわさ」は,結末がちょっと唐突な感じがしてしまいました。

 

「魔性の子」 小野 不由美  2001.04.05 (1991.09.25 新潮社)

☆☆☆☆

 教育実習生として母校の高校を訪れた広瀬。彼が担当する事になったクラスに,一人気になる生徒がいた。彼の名は高里と言い,明らかに他の生徒と雰囲気が違っていた。別に虐められていると言う訳ではないのだが,誰も彼と係わろうとしなかった。生徒から聞き出したところによると,高里は小学校時代に神隠しに遭ったと言う。1年後に帰ってきたのだが,その間の記憶は全く無いと言う。そして彼のまわりでは,不思議な事故が多発していた。

 まるで何者かの意思によって守られている様な不思議な少年。途中に挟まれる,夢の中の様な世界,そして何かを探している様な女性の存在。不気味な感じで進んでいくのですが,かつて高里が経験したと言う,神隠しで何があったのかに絞られていきます。それとともに少年にまつわる不思議な現象は,どんどんエスカレートしていきます。だけどここまで何人も死者が出てしまうと,現実離れしてしまってちょっと緊張感に欠けてしまう感じがしてしまいました。まだ鋸や金槌での怪我の方が,ホラー的な怖さが出ていると思うのですが。前半に描かれる高里と彼の級友達との張り詰めた関係が,後半になって一気に大雑把になってしまった感じが残念です。

 

「雲から贈る死」 夏樹 静子  2001.04.06 (1988.04.25 角川書店)

☆☆

 電子機器メーカー社長の白藤隆太が自家用機を操縦中に事故死した。弟でありルコーの役員でもあった起人が亡くなって2ヶ月後の事だった。隆太の葬儀の日,彼の姪であり,フライト直前に電話で隆太と会話した千野透子は,起人の息子である秋人と知り合った。そして葬儀が終わった後の会食中に,隆太の愛人であり,ルコーの常務でもあった市原弥栄子が急死した。隆太から贈られたと言う黒真珠の指輪に仕掛けられた,リシンと言う毒によるものだった。

 ミステリーと言うのは結局,現実的ではない世界を描いているものです。殺人事件がいかに増えようと,自分の身の回りで起こる事はまず無いだろうし,ましてや自分がその事件の主人公になる事もないでしょう。だから舞台はなるべく現実的な設定にして欲しいと思うんですよね。別に富豪一族を舞台にするなと言う事じゃなくて,自家用飛行機やら,カレラやら,大きな黒真珠やら,フランスの友人やらの記述が目立ち過ぎて,ちょっとしらけてしまう部分があります。でも2ヶ月前に亡くなった人間の犯行の可能性や,指輪を使った犯行など,面白い部分も多いんですけどね。でもミステリーにおける最大の非現実的な存在は,何と言っても探偵でしょうね。こちらは約束事の様な物だから,あまり気にはならないのですが。

 

「片想い」 東野 圭吾  2001.04.10 (2001.03.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 大学アメフト部の同窓会。13年経った今でも,優勝の掛かった最後の試合が話題の中心だった。当時QB(クォーター.バック)だった西脇哲郎の妻はマネージャーの理沙子だが,仕事の関係で欠席。同じくマネージャーだった日浦美月も,最近音沙汰が無く欠席。その為,男だけの同窓会になってしまった。会が終わって家路についた哲郎と須貝の元に,一人の女性が近付いてきた。何と日浦美月だった。彼女は彼らに二つの事を告白した。一つは性同一性障害で今は男になろうとしている事。そしてもう一つは昨日殺人を犯してしまい追われる身になるであろうとの事。

 東野さんの久し振りの新作長編です。前回があの傑作「白夜行」ですから,約1年半振りですね。2〜3日で読んでしまうのが勿体無い気がしてしまいます。さて物語の方は同窓会の夜に訪ねてきた,かつての仲間からの衝撃的な告白で幕が開きます。男性として生きて行く決意をした美月,殺人者となってしまった彼(彼女)を守ろうとする仲間達。守り切れるのだろうか,どんな決着が付けられるんだろうかと思って読み進めると,物語は徐々に別の方向へ向って行きます。男性と女性,それはコインの裏表なのか,メビウスの輪の表と裏の様な物なのか,それとも北極と南極なのだろうか。そして美月が犯した殺人事件の真相とは一体何だったのか。13年以上前の学生時代の数々の想い出が,現在の構図と微妙に絡んできます。最後の試合でのラストパス,練習中のQBの事故,下宿での一夜の体験。それらの甘く切ない記憶を感じさせつつも,現実はあくまでも冷徹に進行していきます。哲郎と理沙子の関係,中尾夫妻の離婚,真相に迫る新聞記者の早田,香里や立石と言った美月の関係者達。それらのストーリーが混然一体となってスリリングな展開になっていきます。うーん,やっぱり東野さんの作品はいいですねえ。次回の直木賞,是非これで獲って欲しいですね。

 

「恐怖」 筒井 康隆  2001.04.11 (2001.01.10 文藝春秋社)

☆☆☆

 姥坂市は鎌倉ほどではないにせよ,有名な文化人が多く住んでいる街だった。そこに住む作家の村田勘市は,買い物の帰り路に,知り合いの女流画家の町田美都の家の前を通り掛った。戸が開いたままで無用心に思った村田は,注意しようと入った家の中で,美都の絞殺死体を発見した。それは連続殺人事件の始まりだった。そして次に殺されたのは,建築評論家の南條郁雄だった。

 筒井さんは何冊かミステリーを書いていますが,この作品は謎解きを中心としたミステリーではありません。ある街に住む文化人が次々と殺されていく。主人公である村田を始めとする文化人達には,この街で文化人に恨みを抱く多くの人達の存在を知っています。だから犯人は誰なのか,次に殺されるのは誰なのかと,疑心暗鬼になっていきます。主人公は小説家ですから,ミステリー的手法に則って犯人を想像します。つまり一番犯人らしくない者が犯人。そうすると同じ文化人仲間かも知れないし,別れた妻かも知れないし,偶然訪ねてきた女子高生かも知れないしと,容疑者は広がる一方です。そして自分自身をドンドン追い詰めていってしまいます。雷や地震にうろたえながらも,自分自身を客観的に捉えようとする姿が面白いですね。

 

「窓」 森村 誠一  2001.04.11 (1991.10.25 集英社)

 大学を中退してインストラクターをしている竹井秀二は,大学時代の友人である隅野弘之から恋人の尾高規子を譲ると言われた。就職が内定したゲームソフト会社のリューエイでは,異性関係にうるさいので別れたいのだと言う。規子のアパートの鍵を受け取った竹井はその晩,規子の家を訪ねたが彼女は不在。一方隅野は翌朝,規子が自室で殺された事をニュースで知らされた。竹井は規子を殺していないと言う。そして同じ晩,リューエイの社長がクラブホステスと一緒の所を襲われて,射殺された事を知った。

 全く別々の話が徐々に繋がって行き,最後には一つの方向に収斂していくと言うのは,物語の醍醐味には違いありません。だけどここまで偶然が重なり合って,一つにまとまってしまうと,読んでいて白けてしまうばかりです。だいいち,恋人を譲り渡すと言う設定からして気に食わないし,殺された女性が2年も付き合っていた男性を,警察が特定できなかったのも納得いかないし,いきなり鍵が出て来たりするのも安易ですよね。その代わりに主人公や警察の推理が,あまりにもピッタシと言うのもウンザリしてしまいます。エピローグ何て,「もういい加減止めとけヨッ。」と言いたくなりました。ところで,タイトルの「窓」って何処からでてきたんだろうか。

 

「闇のカルテット」 小池 真理子  2001.04.13 (1989.12.05 双葉社)

☆☆☆☆

 清水芽衣子は軽井沢の別荘に滞在中,いきなり道に飛び出してきた男性を車ではねてしまった。幸い外傷は無い様に思えたが,着替えの為に連れ帰った別荘で突如亡くなってしまった。どうしたらいいか判らなくなった芽衣子は,彼の遺体を別荘の庭に埋めてしまう。亡くなる前に彼が芽衣子に語ったところによると,彼の名は波多野誠。様々な事情により身寄りはフランスに住む母親一人。しかも母親とは生まれてすぐに生き別れており,最近偶然母親の存在を知ったばかり。母親に会いにフランスへ渡る為,パスポートを取得しようとしているところだったと言う。

 二組の親子の話がクローズアップされます。一組は母親と生き別れになってしまった波多野誠であり,もう一方は不幸な事故によりルンペンになったアサやん。そしてこの二組の親子に関わる事になってしまったケン。勿論それを取り持つ事になってしまったのは,芽衣子の起こした交通事故なのですが,お嬢様の芽衣子の心理は,ちょっと浮世離れした感じがして頂けなかったですね。でも他人に成り代わってパスポートを取得し,母親に逢いに行くくだりは緊迫感がありますし,誠の母を想うケンの心情には惹かれます。でもそれに比べてアサやんがケンに対して持っていた気持ちの部分が弱いので,ラストの展開は唐突な感じが拭い切れませんでした。

 

「三たびの海峡」 帚木 蓬生  2001.04.16 (1992.04.15 新潮社)

☆☆☆☆

 第二次世界大戦の最中,韓国人の河時根は強制的に日本に連れてこられ,九州の炭坑で働かされた。過酷な労働条件の中,仲間は次々と事故や病気で倒れて行く。身の危険を感じた河は,脱走を決意する。そして終戦。韓国で成功者となった河は,日本との間にある海峡から目を背けてきた。しかし妻を亡くした今,河はこの海峡を渡って日本にやってきた。

 重たい話ですよね。主人公が日本に住む在日朝鮮人から手紙を受け取るところで話が始まります。そして40年以上前の日本での体験を振り返る形で進んでいきます。現在進行形で語られたら,過度に重苦しい展開になってしまうと思いますが,この描き方はうまいですね。何故彼は海峡を渡る気になったのか,そして日本で何をしようとしているのかが次第に明らかになってきます。南京虐殺や従軍慰安婦などの,日本の過去の過ちを嬉々として取り上げる,日本のマスコミには反発しか感じません。でもこの様な形で語られると,真剣に考えさせられてしまいます。

 

「反乱のボヤージュ」 野沢 尚  2001.04.18 (2001.04.10 集英社) お勧め

☆☆☆☆☆

 世田谷区にある一流国立大学の首都大学。このキャンパスには弦巻寮と言う,65年前に建築された学生寮があり,現在69名の学生が住んでいた。寮の無法化を恐れ寮を取り壊そうとする大学側と,寮の自治を守ろうとする学生達の対立が続いていた。そんな折大学側は,寮の自治を認める代りに,寮に舎監を置くと言う提案を学生達に示した。不審に思いながらも学生達はその提案を受け容れた。そして舎監として寮に送られてきたのは,名倉と言う男だった。

 元警視庁の機動隊員で浅間山荘事件を経験している名倉は,主人公の坂下薫平に言う。『昔の学生も嫌いだが,今の学生はもっと嫌いだ。昔の学生は地面を歩いていたが,今の学生は漂っているだけだ。』と。さらに『自分の半径2メートルの生活が安泰ならいいと思っている』と。これは団塊の世代と,その息子達にあたる世代の物語だ。名倉が彼らに対して最初に抱いた気持ちは,一部の学生達の一途で真剣な気持ちを知る事によって傾いて行く。それとともに最初は敵と見なしていた名倉を,学生達も受け容れて行く。自分を捨てた父親の借金を知らされた薫平,内定を取り消された保利,ストーカーに怯える奈生子,菊さんへの茂庭先輩の想い,傷害の疑いを掛けられる麦太君。皆,幼稚がどうかは別にして,真剣に生きている。そうなんだよね。学生の頃の事なんて今から思えば恥ずかしい事ばかりだけど,はっきり言える事は,何に対しても今より真剣だったと言う事。だからちょっと青臭い話にも心を動かされてしまう。読んでいて,菊さんの作る生姜焼き定食を食べたくなっちゃいますもん。名倉自身の物語もいいですね。最後に名倉が,残った10人の学生に向って言います。『みなさんは恥ずべきことなど,何一つありません。』と。映画「いちご白書」の様なラストを想像していたのですが,ちょっと甘ったるい終わり方ですね。だけど大満足の一冊でした。ちなみに「ボヤージュ」と言うのは,「船出」とか「旅立ち」と言う意味だそうです。

 

「記憶の隠れ家」 小池 真理子  2001.04.19 (1995.02.20 講談社)

☆☆☆☆

@ 「刺繍の家」 ... 偶然に街中で出会った中学校時代の同級生。あの頃鍵っ子だった私は,いつも彼女の家で遊んでいた。
A 「獣の家」 ... 結婚する事になった妹が訪ねてきた。彼女が中学生の頃遊びに行っていた掘建て小屋の住人の話だった。
B 「封印の家」 ... 一人暮しをしていた継母が亡くなった。彼女が住んでいたマンションを整理していたら,色々な物が出てきた。
C 「花ざかりの家」 ... 15年前に自殺をした妻。その原因を作ったのは,近所に住む同級生の画家だった。
D 「緋色の家」 ... 昔教師をしていた頃の教え子にバッタリ出会った。彼は優秀だったが,彼の弟には手を焼かされた。
E 「野ざらしの家」 ... 交通事故で亡くなった夫が持っていた鍵。遺品の中からその鍵に合う箱を見つけたら。

 私が生まれ育った家は古い家でした。入り口にあった大きな桜の木,北側にあるお勝手と居間,南側の玄関と縁側。高校生の頃に建て替えられたのですが,今でも大体の間取りは覚えています。物置に置いてあった埃だらけの道具類,縁の下で子供を産んだ猫,木登りをした大きな木,板の間の自分の部屋から見た夕焼け,暗いトイレ。いろんな事が思い出されます。子供の頃の記憶って,やたらと断片的に鮮やかだったりします。でも不思議とどうしても思い出せない部分もあります。そんな中にとんでもない事があったとしたら,そしてそれがある日何かをきっかけに鮮明に思い出されたら,怖いでしょうねえ。そんな怖さがひしひしと伝わってきます。「封印の家」がお勧め。

 

「神祭」 坂東 眞砂子  2001.04.20 (2000.05.18 岩波書店)

☆☆☆

@ 「神祭」 ... 40年も前の神祭の日,ニワトリの生き血を飲む事になったのだが,首を落としたニワトリは居なくなってしまった。
A 「火鳥」 ... 火事で焼け出された女が一人で暮している土蔵。そこはミズヨロロの霊が取り付いていると言われていた。
B 「隠れ山」 ... 親孝行で有名な男が失踪した。彼は近くの山の中で度々目撃されたが,その度に変な話をした。
C 「紙の町」 ... 紙造りが盛んな町を,童謡の「通りゃんせ」を唄いながら歩く女がいた。彼女は尋常ではなかった。
D 「祭の記憶」 ... 祭りの夜,二人の外人が殺された。現場である橋から逃げた男は,かつての教え子だった。

 不思議な雰囲気を持った作品ですね。場所は四国の田舎町で,描いている時代も30年位前なので,こんな事があっても可笑しくないかなと,思わせられるんでしょうか。会話が方言で行なわれるのも,雰囲気を盛り上げます。でも方言での会話って,知らない人からすると読み辛い部分があります。ところで「神祭」に出てくるニワトリの話なんですが,子供の頃見た事があります。凄いモンですよね。ショックを受けた記憶があります。逆さにつるして首をはねて血を抜いて,お湯につけて羽をむしって...。あまりやりたくない事ですね。まあそれよりも,結局「ミズヨロロ」って一体何だったんだ。

 

「歩兵の本領」 浅田 次郎  2001.04.23 (2001.04.10 講談社)

☆☆☆

 自衛隊の市ヶ谷駐屯地。ここで繰り広げられる物語の数々。トンカツやビフテキに釣られて,大学受験に失敗して,親の職業を継ぎたくなくて,また借金苦など様々な動機で入隊してくる自衛官達。彼らを迎える先輩達からの謂れの無い暴力,過酷な演習,脱走を試みる隊員。

 高度成長期で就職先なんていくらでもある世の中,初任給が15,100円,外出時に制服を着ると左翼学生から襲われる心配がある,等と言う記述があるから,今から2〜30年前を描いているんでしょう。それはまさしく浅田さんが自衛隊に居た頃の話ですね。確かに当時の世相からすると,自衛隊に関するイメージはいいとは言えなかったのは事実です。でも災害派遣やPKOでの活躍もあって,最近はそうでもないですよね。戦後の日本は様々な矛盾を持っています。それが経済の発展の蔭でウヤムヤにされている事が多く,自衛隊の存在はその最たる物なんでしょう。今,経済は停滞し,政治に対する不信感は高まり,考えられない様な事件も多発しています。そろそろキチッとするべき時ではないでしょうか。まあこの作品の中では,自衛隊の存在をシビアに描いている訳ではなく,どちらかと言うと面白おかしく書いていますので,「大丈夫か,自衛隊。」と言う気にさせられます。

 

「シーズ ザ デイ」 鈴木 光司  2001.04.25 (2001.04.10 新潮社)

☆☆☆☆

 妻の真理子と離婚した船越達哉が選んだ新居は,リアクター3世号と言うヨットだった。これはヨット仲間の岡崎から安く譲り受けた物だ。ヨットの譲渡契約の場に現れたのは岡崎ではなく,彼の代理だと言う稲森裕子と言う女性だった。彼女はダイビングのインストラクターをしており,先日フィジー沖で沈没した豪華クルーザーを見つけたと言う。それはまさしく船越が16年前に沈没させてしまった,ブルー.ラグーン3世号だと思われた。

 16年前の太平洋横断の時の事故の真相は何だったのか,と言うのがメインのストーリーなのですが,そこに至るまでに描かれる様々な親子の物語がいいですね。ちょっと長い感じがしないでもないですが,その後の展開にリアリティを深めています。岡崎と裕子,船越や月子と陽子,船越と彼の父親,そして朝代の親子。それらが16年前と現在を交えて進行していきます。私は山好きなもんで,あまり海のレジャーはしないのですが,海の素晴らしさがヒシヒシと伝わってきます。凪いだ海の穏やかさ,荒れ狂う海の狂暴さ,南の海の素晴らしい光景,海の向うに沈む夕陽の大きさ,そして満天の星。そんな自然の大きさの中で進む人間達の物語。だけど,月子ってどう考えても,ヨットなんかに夢中になるタイプには思えないですねえ。

 

「12皿の特別料理」 清水 義範  2001.04.26 (1997.01.30 角川書店)

☆☆☆

 インドに出張中の夫が交通事故にあったと言う知らせを受けた。詳しい事が判らないまま現地に向った妻だったが,幸い夫の怪我は大した事が無かった。何日間かの入院が必要だとの事だったが,夫は病院で出される食事が食べられないと言い,どうしても日本のオニギリを食べたいと言う。だけどどうやってインドでオニギリを作るんだろうか。海苔や梅干が手に入るとは思えないし,米だってインディカ米でパサパサだろうし。

 オニギリを始めとしてブリ大根,カレーライス,蕎麦等の料理をテーマにした作品です。日本の食文化や,料理に関する薀蓄,様々な人の料理への思い等が満載の楽しい作品です。私も料理は食べるだけでなく,作る方も好きなのですが,料理はなかなか難しいものです。同じ物を同じ材料で作ったとしても,毎回同じ味にはならないし,作れば作るほど確実に上手くなると言う物でも無い様です。ただやたらと材料や調理器具に凝ったり,後片付けをしなかったりと言うのは戴けないですから,その点だけは気を付けているつもりです。だけどこの本を読んでいて,思い当たる事,結構ありますね。しかし日本には色々な国の料理があふれているんですね。

 

「心室細動」 結城 五郎  2001.04.29 (1998.04.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 国立A大学医学部助教授の上原健治は,次回の教授選で教授になるのが確実視されていた。そんな上原のもとに,かつて勤めていた久保木記念病院の谷山婦長から連絡があった。直江病院長が心臓発作で突然亡くなった事,そして病院長は20年前に起こった医療ミスの件で何者かに脅迫されていた事。その医療ミスと言うのは,尿管結石で入院していた患者に,上原が誤って違う薬を注射して死亡させてしまった事だった。この事実を知っているのは,この三人の他に看護婦の大橋だけだが,彼女は10年前に亡くなっている。そしてその後,谷山婦長も突然の心臓発作で亡くなってしまった。

 私も2年程前に尿管結石を起した事があります。のた打ち回るくらい,物凄く痛いんですよね。でも入院もしなかったし,痛み止めの薬を貰っただけでした。さて心室細動の方は,致命的な心臓発作ですね。この前,日テレの特命リサーチでやっていたから知っていました。しかし心臓の働きって凄いですよね。どこにも電池やスイッチも無いのに,ちゃんとポンプの様に動くんですから。それはさておき作品の方ですが,やたらと手紙やら日記による真実の暴露が目についてしまいましたが,なかなか緊迫感があります。脅迫される側が追い詰められて行く様子がとてもリアルです。そして病院長や婦長の死は殺人だったのか,そしてそうだとしたらどの様な方法で,と言った謎も面白いですね。でも医療ミスって言うのは難しい問題ですよね。最近良く報道されますけれど,どの様にして医療ミスって発覚するんでしょうか。