読書の記録(1999年11月)

「本所深川ふしぎ草紙」 宮部 みゆき  1999.11.01 (1991.04.05 新人物往来社)

☆☆☆☆

@ 「片葉の芦」 ... 強欲との評判の高いすし屋の主人が殺された。父親と喧嘩ばかりしていた娘の仕業だと思われていたが。
A 「送り提灯」 ... お嬢さんの恋がかなう様,毎晩近くの神社まで小石を拾いに行くと,謎の提灯が後を付いて来た。
B 「置いてけ堀」 ... 殺された魚屋の亭主。近くの堀に出るバケモノは,浮かばれない魚屋の霊ではないのか。
C 「落葉なしの椎」 ... 人殺しのあった場所の落ち葉を掃く女性の奉公人。そして彼女を見つめる一人の男性。
D 「馬鹿囃子」 ... 少し頭のおかしくなった女は,殺してもいない人殺しを告白する。依然男に捨てられたからだと言う。
E 「足洗い屋敷」 ... 料亭の後妻に来た女。女中頭は彼女を嫌ったが,一人娘は美しい彼女になついていった。
F 「消えずの行灯」 ... 10年前に事故で一人娘を失った家に,娘になりすまして行く事を勧められた一人の女中。

 宮部みゆきさんの歴史物短編集。本所深川に伝わる七不思議に絡めた人情話です。この七不思議って知らないけれど,どれも話の作り方のうまさに感心してしまいます。ミステリーの要素,時代物の雰囲気,登場人物の描写,ほろっとさせる結末と見事だと思いました。ところで本所と言うと墨田区のあたりですが,私は同じ東京に住んでいても西の方で育ったので,こちらの方はほとんど判らないですね。宮部さんはこちらの出身なので,ここらへんが舞台になるのは判りますが,この手の話ってやたらと本所やら向島やらの下町が多いですよね。何か人情=下町と言う図式を見せられているようで,ちょっと気になります。

 

「タイトルマッチ」 岡嶋 二人  1999.11.03 (1984.06.25 角川書店)

☆☆☆

 プロボクシング元世界チャンピオンの最上永吉の息子が誘拐された。最上の義理の弟であり,同じくボクサーの琴川三郎宛てに脅迫状が届けられた。琴川が二日後に控えている,世界タイトルマッチで,相手のチャンピオンをノックアウトで倒せ,そうしないと最上の息子を殺すと言う。わざと負けろと言うのなら判るが,KOで倒せとはどういう事か。琴川に心理的なプレッシャーをかけて,結果負ける事を犯人は願っているのだろうか。試合までは後二日しかない。

 緊迫感のある展開です。タイトルマッチが行われるまでの二日間と言う,タイムリミットの設定が効果的です。犯人は誰か,犯人の意図は何なのか,誘拐された息子は無事なのか。そして挑戦者を襲うアクシデント,マスコミとの攻防,着々と進む警察の捜査,次第に明らかになる容疑者達。凄く凝縮された3日間が描かれていきます。そして事件の結末が着かないままに迎えてしまったタイトルマッチ。試合の描写もなかなか迫力があるのですが,その裏で繰り広げられる必至の捜査,そしてドンデン返し。読み応えがありました。ところで試合の方は凄かったですねえ。まるで矢吹丈vsホセ.メンドーサ状態(古い)。実際の試合だったらレフェリー.ストップですね。ボクシングって高度に科学されたスポーツであるにもかかわらず,この作品にも描かれているような興行にまつわる不透明さや,判定のあいまいさが気になって,最近はあまり興味を持っていないんですよね。昔は良く見たんですが,一番印象に残っている試合は,モハメッド.アリとジョージ.フォアマンの試合ですかね(これまた古くてすいません)。

 

「イベリアの雷鳴」 逢坂 剛  1999.11.03 (1999.06.14 講談社)

☆☆☆

 時は第二次世界大戦前夜。日系ペルー人の北都昭平はスペインのマドリードで宝石商をしていた。しかしそれは仮の姿。ヨーロッパの情報を収集し,日本に送るのが彼の本当の仕事だった。北都は真珠の販売を通して,スペインの有力者の婦人であるイネスに接近する。当時のスペインはナチスドイツの力添えもあって,フランコが内戦を制したとは言え,国は疲弊していた。そこに起こった世界大戦。スペインはどう動くのか。ドイツやイギリスなど各国スパイ,反フランコ勢力などの動きが複雑に交錯する。

 歴史小説だと,大まかなところで史実を曲げるわけにはいきませんから,その影に隠された部分をいかに読ませるかですよね。読んでいる方でも,ヒトラーやフランコが暗殺されるとは思わないですから,その裏にあった表に出ないドラマを味わう訳です。この作品では歴史的な背景がとても判りやすく,歴史に暗い私でもすんなりと入って行く事ができました。しかしドラマの部分がちょっと弱かった様な気がします。幼い日本人の兄弟があるドイツ人と知り合う導入部から始まり,ベルリンにおける日本とスペインの新聞記者,ロンドンにおける女性諜報部員の話を経て,メインとなるマドリードの北都の話に繋がっていきます。魅力的な設定の割には,登場人物の印象,特に北都が薄いですよね。ペネロペだって最初はとても好感が持てたんですが,何でああなってしまったのか判りませんでした。スパイ同士の暗闘も中途半端だったし,ラストもあっさりしすぎたのではないでしょうか。

 

「デズデモーナの不貞」 逢坂 剛  1999.11.05 (1999.03.30 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「闇の奥」 ... 別れ話にかっとなり店を飛び出した後,公園近くの階段でホームレスとぶつかり,二人は階段から転落してしまった。
A 「奈落の底」 ... カウンターの中にいる女性を訪ねてきたらしい,いわくありげな男。女は逃げたが,さらに別の女がやってきて。
B 「雷雨の夜」 ... 突然店に乱入してきたヤクザ。みせの客を人質にとって立てこもる。ラジオは付近で起こった殺人事件を告げる。
C 「デズデモーナの不貞」 ... 妻の浮気調査を頼まれた元刑事。かかりつけの精神科の医者と浮気をしているのだと言うのだが。
D 「まりえの影」 ... 借金取りに追われているライターが,久し振りに入った店で昔の同級生とばったり出会う。

 池袋にある小さなバー「まりえ」で起こる数々の出来事を綴った連作短編集。「まりえの客」の続編なんですかね?。全てに登場する,バー「まりえ」のママであるまりえの印象がやや薄いですね。その他の登場人物の描写との落差は何なんでしょう。「まりえ」と言う名前なんですが,あまり居ない名前ですよねえ。何か「まりちゃん」と「りえちゃん」を合わせた様な感じで,ちょっとクドイ感じがしてしまいます(まりえさん,ごめんなさい)。ところで作品の方は,精神分析がモチーフとなっており,どれも見事なトリックが味わえます。イチオシは「雷雨の夜」

 

「迷路館の殺人」 綾辻 行人  1999.11.08 (1988.09.05 講談社)

☆☆☆☆

 推理小説界の重鎮である宮垣葉太郎の誕生祝いに招待された島田潔。場所は中村青司が設計した,宮垣の住居である迷路館。島田以外の出席者は,宮垣の門下生である4人の推理小説作家,評論家,編集者夫妻の合計7名。ここで彼等は秘書の井野から,宮垣が自殺した事を告げられる。そして彼の遺言によって4人の作家による,迷路館を題材にした推理小説のコンテストを実施する事になる。最初の晩,4人の内の一人が惨殺され,館の鍵を持った伊野は行方不明となる。地下に作られた館から,脱出できない彼等を襲う連続殺人。

 実は「時計館の殺人」を先に読んでしまったので,プロローグにて島田が鹿谷門実から本を贈られる部分で,オヤッと思ってしまいました。何かその「オヤッ」を最後まで引きずってしまいました。やはりシリーズものは順番通りに読むべきですね。ところでこの作品のトリックは凝っています。例によって中村青司の造った館ですから,建物自体にトリックが施されています。それは他の館シリーズ同様なのですが(と言っても全部読んだ訳では無いのですが),ここでは作中作の形を採っています。何故この様な形式になったのかは,エピローグで明らかにされます。そして,それとともに明かされる事件の真相と,作者は誰かと言う謎。とても意表を突いているのですが,何か説明書きを読まされている感じで,今一つ驚きは無かった様に思いました。またギリシャ神話が出てくるのですが,こちらの方の知識が有った方がより楽しめると思います。しかしながら,ストーリー自体は緊迫感に溢れ,ワクワクしながら読みました。後,作者がこだわったフェアな表現云々に関しては,「じっくりと読まないといけないな。」とちょっと反省しました。も一つ言えば,この家にだけは住みたくないですねえ。

 

「暗闇の教室」 折原 一  1999.11.11 (1999.09.30 早川書房)

☆☆☆☆

 空梅雨の夏の日,ダムの水は干上がり,かつてそこにあった緑山の集落が姿を現した。秀才と仇名される私は,クラスメイトの満男,弘明,裕介の4人で,この旧緑山中学校の校舎を訪れた。ここで一晩を過ごし,肝試しに「百物語」をする為に。同じ日,担任の先生は結核で入院している女子生徒を見舞う為,ダムの近くにある療養所を訪れる。しかしこの近辺には,連続殺人事件の容疑者と,過激派の女性リーダーが潜伏していると言う噂が広まっていた。そして恐怖の一夜が始まる。さらに20年後,再びダムは干上がり,20年前の関係者のもとに手紙が届く。「あの夏を覚えているか。」と。

 前作の「沈黙の教室」では,いじめ問題が底流にあり,それなりに重く暗い感じだったが,こちらは,殺人鬼の浦田清(=大久保清)や女性活動家の那珂川映子(=永田洋子)が出てきたりで,ちょっと安易な感じがしてしまった。だがストーリーは面白い。4人が行った百物語の部分では,どこまでが現実なのか,どこが物語の中の話なのか判らなくなっていく。第一,百物語をしているのは,そもそも誰なのか,一体どこで行われているのか,と言った興味を起こさせグイグイ引っ張っていってくれる。旧校舎内の描写,特にトイレでの出来事など,ありふれた怪談話なのに,読んでいて引き込まれる。そして途中に挟まる,不気味な片岡元校長の特別講義。しかし登場人物の不可解さはいつも通り。全く感情移入できない彼等に,「こいつら皆狂ってるんじゃないの。」と言いたくなるが,まあしょうがないか。かなり細切れに書かれていて,記述者,場所,時間がくるくる変わる。だが教室の中がメインとなっているので,判り易かった。だけど,全て辻褄あってんのかなあ,と心配になってきました。

 

「てのひらの闇」 藤原 伊織  1999.11.15 (1999.10.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 飲料メーカーの宣伝部門に勤める堀江雅之は,リストラで今月いっぱいの退職が決まっていた。そんなある日,彼をこの会社に引き入れた石崎会長から呼び出しを受ける。1本のビデオを渡され,これをTV−CFに使えないかと言う。そのビデオには,マンションのベランダから誤って落ちた子供を,ある男性が助ける場面が映し出されていた。しかし堀江はそのビデオがCGによって作られた偽物だと言う事を見破り,石崎会長に報告する。次の日の朝,堀江が受け取った知らせは,石崎会長の自殺と言う物であった。

 まず登場人物の造形が素晴らしい。部下の大原女史,同期であり出世頭の柿島,バーを経営するナミとマイクの兄弟。そして最初はやな奴と思っていた上司の真田でさえ,リストラの影に脅える内面が伝わってきて,同情さえしてしまいます。だが何と言っても主人公の堀江がいいですよねえ。一見さえない中年男性を主人公に持ってくるのは,「テロリストのパラソル」「ひまわりの祝祭」と一緒です。別にホットドックやドーナツは出てきません。そのかわりこの主人公,全編に渡って風邪を引いています。それはいいんですが,舞台を著者が詳しい広告業界にしただけあって,リアリティに溢れています。さらにリストラと言う社会問題を扱う事によって,会社と言う組織の生き方,そしてその会社と一心同体とならざるを得ない会社人間達の悲哀を感じさせられます。そんな中で堀江は,悲しむでもなく怒る訳でもなく,自分にとっての恩人でもある石崎会長の死の真相に迫っていきます。堀江が自らの過去を語る場面なんて,グッと引き込まれましたねえ。だけどヤクザとの関係や,剣道の達人だったなんて言う設定は,ちょっと安易かな。愛する妻と子供に囲まれた幸せな家庭を持った,ハードボイルドの主人公じゃ駄目ですかねえ。

 

「白夜行」 東野 圭吾  1999.11.19 (1999.08.10 集英社) お勧め

☆☆☆☆☆

 オイルショックの頃の大阪。下町にある廃ビルの中で一人の男が殺されていた。被害者は近くに住む質屋の主人。この質屋の客であり,最後に被害者と会っていた未亡人が有力な容疑者だった。しかし彼女は自宅でガス中毒死体となって発見される。自殺と言う見方もされたが,結局事故死と言う結論に達する。そして質屋殺しの件も迷宮入りとなってしまった。殺された質屋の一人息子,桐原亮司。亡くなった未亡人の一人娘,唐沢雪穂。当時小学生だった二人はそれぞれの人生を歩んで行く。

 オイルショック当時,私は大学生でした。家族揃ってスーパーにトイレットペーパーや洗剤を買いに行った記憶があります。二人の成長の背景で描かれる,社会風俗が懐かしいですねえ。インベーダー.ゲーム,巨人のV9,キャンディーズの解散,ルービック.キューブ等など。さて亮司と雪穂ですが,彼等を取り巻く第三者の目を通していくつものエピソードが淡々と描かれていきます。マンションの一室を使った売春,ゲームの違法販売,カード詐欺と言った犯罪に手を染めていく亮司。一方,裕福な親戚に引取られ幸せに育つ雪穂の周りでは,彼女に係わった人は何故か不幸に見舞われていく。主人公である二人はどんな人間なのか,何を考えているのか,また二人はどの様な関係なのか。彼ら二人と係わった人達を描ききる事で,亮司と雪穂の人生が浮かび上がってきます。そして「多分こういう事なのだろうな。」と思う通りに進んでいき,ラストシーンを迎えてしまいます。哀しい?,切ない?,重い?,暗い?,それとも,あっけない?。何なんでしょうか,この気持ちは。白夜の中を歩きつづける,切り紙の二人の子供。彼らはどんな表情をしていたんでしょう。しつこい位に描かれていた,その時代々々のエピソードの意味は,二人の歩んできた辛い時間の長さでしょう。何だかやりきれない気持ちばかりが残ってしまいました。とは言え傑作です。

 

「人形館の殺人」 綾辻 行人  1999.11.20 (1989.04.05 講談社)

☆☆

 幼い頃に事故で母を失った飛龍想一は,芸術家である父と折り合いが悪かった為,母の妹夫婦に育てられた。父は京都にある人形館と呼ばれる屋敷に一人で住んでいた。しかし父が自殺してしまったので,それまで住んでいた静岡を離れ,義母とここに住むようになる。この屋敷には管理人夫妻,3人の下宿人が住んでいた。住み始めてしばらくすると,想一の身の回りで不思議な事が起こる様になる。郵便受けに置かれたガラス片,壊された自転車のブレーキ,屋敷内に置かれたマネキン人形へのいたずら。そして想一の元に届けられた手紙には,想一への復讐が告げられていた。

 人形にまつわる恐い話っていっぱいありますよね。髪の毛が伸びたり,涙をながしたり。ちょっとホラーっぽい話しかなと思っていました。館シリーズの4作目ですが,シリーズ中で異色作だと言う事を何かで聞いていました。島田潔は出てくるし,中村青司が作ったらしい館が出てくるしで,何が異色なのだろうと考えてしまいます。読み始めてすぐ「まさかそういう事ではないだろうな。いくら何でもそれは許されんよなあ。」と思ったのですが,その通りになってしまいました。やはり,本は何の先入観も持たないで読むべきですよね。だけど良く考えてみると,これは読者が前の3作を読んでいる事を前提にして書かれているんですよね。つまり違う意味での先入観(館シリーズだぞと言う)を逆手に取っているんですよ。だから下宿人の一人を推理作家志望にして,中村青司を持ち出したりしています。やはりシリーズものは順番通りに読むのが一番ですね。これを最初に読んでしまうと,ちょっと不幸かも。だけど人形館と言う名前で,マネキンは無いよなあ。

 

「盤上の敵」 北村 薫  1999.11.22 (1999.09.10 講談社)

☆☆

 テレビ会社のディレクターをしている末永純一が帰宅すると,自宅はパトカーに囲まれていた。強盗犯が逃走中に,家に立てこもり妻を人質にしていると言う。しかも犯人は散弾銃を持っており,この家に到着する前に,散弾銃の持ち主を殺している。末永は会社の同僚や友人の協力を得て,妻の救出に向かう。

 面白い構成ですよね。まず冒頭で描かれるのは,散弾銃を奪われ殺される人のストーリー。そして救出に関しては,自分を白のキング,妻を白のクイーンとチェスの駒に見立てています。しかし「だから何。」って感じがしてしまいました。緊迫感が全然感じられないんですよね。だって主人公である末永が何故こういう行動に出るかが判らないんですもん。例えば真保裕一さんの「ホワイトアウト」でも一民間人が,無謀にもテロリストに挑みます。だけどこれは彼の行動に納得いきますよね。雪によって閉鎖された世界と言う場面設定もさる事ながら,自分のミスで死なせてしまった友人の婚約者救出と言う,主人公の強烈なモチベーションを,最初に読者に植え付けているからですよね。だから読み始めてすぐに,主人公になりきってしまいます。しかしここでは末永にしろ,人質になっている妻の友貴子にしろ,全く感情移入できませんでした。そりゃあ最後まで読めば,その理由は判りますよ。だからかえってとって付けた感じがしてしまいました。友貴子の回想部分にしても,彼女の繊細さよりも彼女の弱さしか感じられませんでした。

 

「熱き血の誇り」 逢坂 剛  1999.11.26 (1999.10.20 新潮社)

☆☆☆☆

 寺町麻矢は八甲製薬で役員秘書をしている。彼女が昼休みに留守番をしている時,一人の男が会社に怒鳴り込んできた。彼は吉本可吉といい,自分の父親が八甲製薬の薬のせいで亡くなったと言う。その時は他の社員が追い返したのだが,帰社の途中で彼から話を聞くはめになる。彼女は吉本からフロロゾルと言う名の人工血液を輸血された為に,真っ白になった内臓の写真を見せられる。麻矢は同僚の古森や友人の秋野のぶよとともに,事の真偽を確かめようとする。一方スペインでフラメンコの歌い手であるブロンセは,仕事の関係で知り合った日本人女性ギタリストのヒラソルとともに,ひょんな事から日本に向かう事になる。

 分厚い本ですねえ。私は通勤途中に本を読むので,通勤用バックには妻Mの手作り弁当と本が入っています。しかしこの3日間は,両方バックに入りきらないので,外食になってしまいました。この作品は静岡新聞に連載されていたそうですが,新聞連載だと長くなってしまうのでしょうか。しかしまた,何故に静岡新聞?。長いと言っても冗長な感じはまったく無く,緊迫感に溢れ楽しめました。最初は薬害とかの話だと思っていたのですが,新興宗教や北朝鮮の問題と言ったタイムリーな話題を交えて話は広がって行きます。そして,やはり逢坂剛。意地でもスペインの話を持ち込まないと気が済まない,と言った感じで場面は突如スペインへ。まったくつながりの見えなかった二つの物語が,きれいにつながっていきます。プロローグで語られた戦国時代のエピソードの意味が,最後でやっとわかりました。(実は長かったので,プロローグの事は忘れていた。)ところで,この作品の主人公は誰でしょう。最初はてっきり麻矢が主人公で秋野のぶよが,頼りになる探偵役だと思っていたのですが。静岡県警外事課の岩戸やブロンセの方が,個性的で印象が強かったですね。

 

「暗闇の囁き」 綾辻 行人  1999.11.27 (1989.09.25 祥伝社)

☆☆☆☆

 悠木拓也は愛車ワーゲンに乗って,叔父の別荘に向かっていた。ここで卒論の下準備をする為だった。目的地の少し手前で,道路に飛び出してきた少年を,危うく轢きそうになってしまう。少年の名は麻堵と言い,兄である実矢と遊んでいる最中だったらしい。彼らの別荘が,拓也の向かっている別荘の隣だったので,二人を車で送って行くことにした。そこは円城寺家と言う富豪の別荘であり,子供の躾に異様に厳しい父親,ヒステリックな叔母,言葉を喋らない母親,そして兄弟の家庭教師である滝川遥佳達と出会う。

 この作品,雰囲気がすごくいいですね。おとぎばなしの世界の様な幻想的な世界が描かれていきます。何か館シリーズより好きですね。ここでは拓也と遥佳ですが,登場人物がいいですもん。冒頭に紹介される二つのエピソード。一つは,山の中で迷子になった少年が友人3人の惨殺死体を発見するもの。もう一つは,土砂に埋もれた礼拝堂の中にあるものを見てしまった少女が死んでしまう場面。ここだけで引き込まれてしまいました。そして二人の兄弟が隠している,「あっちゃん」と呼ばれる少年とは一体誰か。最初のエピソードで描かれた少年の影がちらつきますよねえ。何となく全体的なストーリーは見えるんですが,そんな事はあまり気にならないですね。子供のあまりにも純真な心が生んだ悲劇,と言ってしまえばそれまでなんでしょう。しかし父親の取った,あまりにも大人の対応との格差が印象的でした。

 

「かまいたち」 宮部 みゆき  1999.11.29 (1992.01.30 新人物往来社)

☆☆

@ 「かまいたち」 ... 江戸を騒がす辻斬りのかまいたち。偶然にその殺害現場を見てしまった,医者の娘のおよう。しかし死体は消えてしまった。そして彼女の住む長屋に越して来た男は,まさしくその男だった。
A 「師走の客」 ... 千住上宿にある「梅屋」と言う宿には,毎年師走の1日から5日に泊まる客がいた。その客は,宿賃を金ではなく,十二支を用いた飾り細工で支払っていた。今年も訪れたが,来年の干支は巳だった。
B 「迷い鳩」 ... 日本橋通町にある「姉妹屋」のお初は,通りがかったろうそく問屋の女将の袖に血が付いているの見えた。しかし誰にもそんな血は見えないと言う。その柏屋と言う問屋では,女中が逃げ出す騒ぎが続いていた。
C 「騒ぐ刀」 ... ひょんな事から南町奉行の同心が手にした小刀は,毎晩うめき声をあげ始めた。何を言っているのかわからなかったが,お初にはその言葉の意味が判った。ある人を呼んできて欲しいと訴えているのだった。

 前2作は純粋な推理小説で,後半はSFと言うか霊能力もので,まだ読んでいませんが,霊験お初シリーズに続くものなのでしょう。表題作は何となくミエミエで,銭形平次かなんかの台本にありそうな感じといったら変か?。しかし時代物でSFを持ち出すのは,ちょっと違和感を感じてしまいました。前に読んだ「本所深川ふしぎ草紙」でも超常現象は出てきますが,その裏には納得のいくからくりがあります。ここまであからさまに超能力を使われてしまうと,一体何なんだと思ってしまいました。少しは悩めよ,お初さん。

 

「黄昏の囁き」 綾辻 行人  1999.11.30 (1993.01.20 祥伝社)

☆☆☆

 兄が住んでいたマンションの7階から落ちて亡くなった。旅行中だった弟の津久見翔二がそれを知ったのは,葬儀が全て終わった後だった。実家に戻った翔二は,兄の死について口を閉ざす両親の態度に憤りを覚える。病院長の息子として,自分より出来の良くなかった兄。事故なのか,自殺なのか,それとも他殺だったのか。生前,兄と親交のあった元予備校教師の占部とともに,兄の死の真相を調べ始める。

 子供の頃の断片的な記憶。この「囁きシリーズ」はこれが大きな意味を持っていますが,この作品が一番強く出されています。僕もたまにありますが,何かの拍子に子供の頃の事を思い出す事があります。それは何気ない日頃の風景だったり,友達のちょっとした一言だったりもします。頭の中のどこかにひっそりと隠れているんでしょうね。不思議なものですよね。昨日や1年前の出来事を記憶している,と言うのとはちょっと違うんでしょうね。さて私の場合,悪い事をふと思い出しても,それはせいぜい猫をいじめた事や,虫を惨殺した事程度です。こんな事を思い出してしまったら大変ですよね。もしかしたら,まだ思い出していないだけかも知れませんが。事件の真相(殺された人の正体)や真犯人は意外で驚かされました。15年前の犯人の心理が何となく理解できるのが悲しいですね。