読書の記録(2006年12月)

「闇先案内人」 大沢 在昌  2006.12.04 (2001.09.15 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 犯罪や借金などで追われる身となった人物の逃亡を請け負うプロ集団がいた。東京一の逃がし屋と呼ばれる葛原は,自分も殺人の罪で警察に追われる立場だった。そんな葛原に公安警察の河内山が接触してきた。密かに日本に入国している某国の重要人物を探し出して欲しいと言う。その人物には関西一と噂される逃がし屋の鳴滝が付いているという。拒絶する事が許されない葛原は,プロとしての誇りを賭けて,逃がし屋同士の対決に向う。

 何年か前に,某国指導者の息子が日本に密入国した事件がありましたが,その事件をモチーフにしているんでしょうか。訳の判らない事件だったし,日本の取った対応も全く納得のいかないものでした。その時はあまり緊迫感を感じませんでしたが,本作は前編これ緊迫感の塊りです。葛原と鳴滝と言う二人のプロのやり取りもさる事ながら,それぞれへの協力者や某国の諜報機関の人間が入り乱れて,息つく暇がありません。そして葛原に捜索を依頼した警察庁やボディガード役の二人の刑事の方だって,様々な思惑によって動いています。そんな中で,冷静に鳴滝の動きを追いかけて行く葛原。誰も気が付かない裏で,本当にこんな出来事が起こっていたとしても不思議では無いと思わせる迫力があります。ただ北原,米島,美鈴と言った葛原チームのメンバーの活躍の少なさがイマイチと言ったところでしょうか。

 

「駐在刑事」 笹本 稜平  2006.12.05 (2006.07.27 講談社)

☆☆☆

@ 「終わりのない悲鳴」 ... 非番の日に山登りに出掛けた江波は,昨日一人で山に登った女性が戻っていない事を知らされた。
A 「血痕とタブロー」 ... 近所の集落に住み着いた有名な画家。近くに住む小学生の女の子は最近彼の様子が最近おかしいと言う。
B 「風光る」 ... ボケ老人の手には血の付いたスコップが握られ,近くの山の中から頭を殴打された男の死体が見つかった。
C 「秋のトリコロール」 ... 初めての北アルプスは槍ヶ岳の北鎌尾根。登山者とは思えない様な一人の中学生と出会った。
D 「茶色い放物線」 ... 女の子が見つけてきた犬を預かる事になった江波。その犬は躾がきちっとなされていた。
E 「春嵐が去って」 ... 事故を起こした車は無人だった。子供を誘拐した犯人が乗り捨てて行ったと思われた。

 警視庁捜査一課の刑事だった江波淳史は,取調べ中の容疑者に自殺されてしまった。もともとは上司の判断ミスだったが,江波はその責任を取らされて左遷。行き先は本人の希望もあり,青梅警察署の水根駐在所の所長だった...。佐々木譲さんの「制服捜査」も同じ様な設定でしたっけ。さて昔何度も登った奥多摩の山々が舞台になっており,懐かしさを感じさせます。水根沢と言う場所は奥多摩湖のすぐ傍にありますが,駐在所が置かれる様な所ではありません。でも山にしろ里にしろ出てくる地名は実在のものばかりだと思います。そんな山の中の駐在所に勤務する事になった江波は,山に登るようになります。そして山に絡んだ事件が起こって,それを鮮やかに解決していきます。ちょっと鮮やか過ぎに感じるのは,伏線があまりにも少ないからでしょうか。それと無理に山登りを絡める事も無い様な気がしました。まあ事件の解決そのものよりも,地元の人や元同僚の暖かさが読みどころでしょうか。

 

「美丘」 石田 衣良  2006.12.06 (2006.10.31 角川書店)

☆☆☆

 都内の大学に通う2年生の太一は,同級生で峰岸美丘(みおか)と言う名の女性と知り合った。最初に会ったのは校舎の屋上で,飛び降り自殺でもするのかと思った。2回目に出会ったのは校内のカフェテリアで,数人の女性から「友人の恋人を取った」と罵倒されていた。それをきっかけに彼女は太一らのグループに入ってきた。彼女は非常に奔放な性格で,揉め事を起す事も多かったが,太一はそんな彼女に惹かれて行った。

 不治の病に冒された若い女性の物語と言うと,ありふれたお涙頂戴の話が思い浮かびます。まあ確かにこの物語もそうなのですが,それにしてはリアリティに溢れていて引き込まれます。美丘を“きみ”と言う第二人称を使い,後日談の形で語りかけるように描かれます。それが効果的なんでしょうか。過度な思い入れや甘ったるさを廃しているんでしょう。そして美丘の言動や行動が,やたらとエキセントリックです。残されたわずかな命を精一杯生きようとする彼女の気持ちが伝わってくる反面,ちょっと嫌な感じもしてしまいます。でも美しいだけの描写だったら,うそ臭く感じてしまいそうです。ここら辺のバランスは難しいでしょう。まあ感動したい人が読めば,それなりに感動できる作品だとは思います。最後の約束をどうするのか,もう少し太一の葛藤を深く描いた方が良かったかも知れません。

 

「七福神殺し」 小杉 健治  2006.12.07 (2006.09.10 祥伝社)

☆☆☆☆

 七福神の面をつけた七人の盗賊による事件が連続して起こった。狙われたのは評判の悪い豪商ばかりだし,誰も傷付けず盗むのは五百両以下で,彼らは義賊として庶民から歓迎され始めた。風烈廻り与力の青柳剣一郎は,奉行からこの盗賊を捕らえろとの厳命を受けた。そんな中剣一郎は,飲み屋で一人の男と知り合った。“徳さん”と呼ぶ彼はまるで旧来からの友の様に思えたが,不審な行動も見え隠れしていた。

青痣与力・青柳剣一郎シリーズの5作目です。今回は七福神の面をつけた盗賊と,その盗賊を襲う殺し屋の物語です。このシリーズは人情話としての一面もありますが,その面からも良く仕上がっているんではないでしょうか。剣一郎の飲み友達となった徳さんがいいですよね。寝たきりで意識も無くなってしまった妻の看病を続ける徳さん。そんな徳さんに疑いを持ちながら,七福神捕縛の命を受ける剣一郎。最後の場面はそんな事無いだろうと思いつつ,時代物はこれでいいんですよねと納得してしまいます。また息子である剣之助との関係なんか,ちょっと笑えますね。

 

「中原の虹 第2巻」 浅田 次郎  2006.12.12 (2006.11.01 講談社)

☆☆☆☆

 「戦で受けた矢尻の毒が体に回ってしまったアイシンギョロの勇者シュルガチ。死を前にして彼は,天幕の中でダイシャン達に龍玉の伝説を語って聞かせ,いつか長城を越えて中原に攻め入れと語った」。これは「龍玉とは何か」と言う袁世凱の質問に答えた,除世昌の言葉だった。袁は龍玉を探せと命じた光緒帝の言葉の意味を図りかねていた。だが,光緒帝の言葉は,龍玉を探して真の中華皇帝となる様命じたものだと思うようになっていった。そして長い間この国を治めていた西太后も最後の時を迎えようとしていた。

 第1巻で提示されたいくつもの物語が動き始めますが,その中では何と言っても西太后の動向が大きな山となります。清王朝崩壊と言う歴史の大きなうねりの中で,国の行く末に想いを馳せる西太后。西太后と言うと,権力欲に溢れた怖い女帝のイメージがありますが,ここでは国の民を愛し,清王朝を一人で支え続けた女性として描かれます。そしてそんな西太后に寄り添う春児(チュンル)。子供の頃に離れ離れになってしまった兄の春雷との再会が暗示されます。そしてさらに春児の妹の玲が,夫である梁文秀と息子の清一の3人で,日本で暮らす様子も描かれます。アイシンギョロのヌルハチの息子であるダイシャンとチュエンもそうですが,広大な大陸を舞台にした兄弟,家族,民族,そして各国の様々な思いを交えて物語りは進みます。光緒帝と西太后の死,そして最後の皇帝の誕生と言うクライマックスの場面で物語りは第3巻へと続いていきます。早く続きを読みたいですね。

 

「影の鎖」 夏樹 静子  2006.12.12 (1977.11.30 集英社)

☆☆

@ 「影の鎖」 ... 一人娘の小学校の入学式の日,娘と付き添いでついて行った夫が,轢き逃げに遭って亡くなった。
A 「殺さないで」 ... 自分をつけ狙っているのはかつて付き合いのあった同僚だと思う。ある日自宅の前で彼に襲われた。
B 「ハプニング殺人事件」 ... テレビタレントを迎える事になった中伊豆の旅館。タレントに対する脅迫状が送られてきた。
C 「愛さずにはいられない」 ... 不倫旅行から帰ってきてみたら夫が殺されていた。妻と不倫相手に容疑が掛けられた。
D 「逡巡創」 ... 夫が寝ている寝室で物音がしたと思ったら,見知らぬ男が部屋から飛び出してきてナイフで襲われた。

 表題作の「影の鎖」がいいです。夫と娘を失った妻と,青酸カリを飲んで夫に死なれた妻。全く境遇の違う久子と絹枝を結ぶ一本の鎖,と言った物語なのですが,トリックが凝っていてなかなか面白い。でも昭和37年(1962年)に発表された作品なので,どうしても古さを感じてしまいます。まあこれはどうしようもないのですが,「〜ですわ。」と言う女性の会話はやめて欲しいですね。その他の作品も,オーソドックスなミステリー作品としての完成度は高いと思いますが,あまり驚きは感じられませんでした。

 

「Kの日々」 大沢 在昌  2006.12.14 (2006.11.10 双葉社)

☆☆☆☆

 裏の世界で探偵家業をしている木(もく)に持ち込まれた依頼は,消えた身代金の調査だった。3年前に起こったヤクザ組長の誘拐事件。身代金を受け取ったはずの中国人の李は,死体となって発見されたが,支払われた身代金8千万円は行方不明のままだった。木はかつて李の恋人で,現在は西麻布で雑貨屋を営むケイの調査を始めた。すると彼女の周りに,誘拐されたヤクザの息子の丸山や,闇の死体処理会社の畑吹など怪しげな人物が現れた。

 行方不明になっている8千万円を巡る争奪戦の話。3年前の誘拐事件の犯人である元ヤクザの坂本と花口,誘拐されたヤクザ組長の息子の丸山,死体の処理を専門に行う会社の畑吹,そして木の知り合いの悪徳警官の鬼塚。事件に関わる怪しげな連中による宝探しが始まります。これらの人物にはそれぞれ利害関係があり,それぞれの思惑があります。そしてそれぞれが少しずつ情報を持っていて,それらをもとに動く訳ですから,物語から目を離す事ができません。こう言った緊迫感の演出は,大沢さんの得意とするところでしょう。さらに主人公の木がケイに対して想いを寄せる設定にしたのも,緊張感を増加させています。そしてこの作品の最も大きな特徴と言えば,会話文が非常に多いところです。読み易いのでスイスイ読んでしまいますが,会話の裏側に隠れたそれぞれの思惑を見逃してしまい勝ちです。

 

「スローグッドバイ」 石田 衣良  2006.12.15 (2002.05.30 集英社)

☆☆

@ 「泣かない」 ... 2年間付き合った恋人から別れを告げられた事から,彼女はどんな悲しい映画を観ても泣けなくなった。
A 「十五分」 ... 大学の同じゼミの女の子と知り合った。彼女との相性は抜群に良く,その日から二人の生活が始まった。
B 「You look good to me」 ... ネットで知り合った女の子。彼女は自分の事を醜いと言い張っていた。
C 「フリフリ」 ... 世話好きな友人からの紹介で見合いさせられた二人は,付き合っているフリを続ける事にした。
D 「真珠のコップ」 ... デートクラブから呼んだ娘は,「ロング・トール・サリー」と言う店の名の通り,背の高い女性だった。
E 「夢のキャッチャー」 ... 彼女は最近,ドラマのシナリオ作成に夢中。プロポーズの返事は当分貰えそうに無かった。
F 「ローマンホリデイ」 ... メールで知り合った女性と会う事になった。当日になって約束の場所にやってきた女性は。
G 「ハートレス」 ... 同棲中の彼は仕事が忙しく,もう3ヶ月も体の関係が無かった。女性誌によるとこれはもう病気だ。
H 「線のよろこび」 ... 埋もれた才能を見つけ出すのが得意な女性。駅に貼られた手書きのポスターに目を奪われた。
I 「スローグッドバイ」 ... 上手に別れる事が大切だった。二人の「さよならデート」は,想い出の詰まった横浜だった。

 10編からなる恋のお話。特別な恋なんてそんなにあるはずはないんでしょうけど,実際に恋する二人からすると,自分の恋は皆特別なものなんでしょう。そんな特別な恋が,男の側からまた女の側から語られます。出会いにしろ別れにしろ,その恋に対する作者の想いが込められている気がします。でも全般的に,あまりにも綺麗すぎるでしょうか。登場人物も基本的にいい人ばかりだし。もっとドロドロした部分を描いてもいい気がするんですが,でもその分気楽に読める感じがします。