読書の記録(2006年04月)

「モラル・ハザード」 伊野上 裕伸  2006.04.02 (2000.02.25 角川書店)

☆☆

 不動産会社を経営する滝村隆次は保険金詐欺の常習犯。知り合いと共謀して自動車事故や火災,労災などを利用して,多額の保険金を不正に受け取っていた。不況による不動産での借金を一気に取り戻す為,大きな詐欺の計画を立てた。貿易会社を設立し,幹部として登用した役員を海外で殺害し,3億円の保険金を受け取ると言うものだった。丁度いい人材を見つけ,エビの輸入をでっち上げてタイへ向かった。

 作者の伊野上さんは保険業界に居た人だけあって,保険を扱った作品も多く,特に初期の相沢志郎のシリーズなんか説得力があると思います。でもこの作品はどうでしょうか。詐欺,それも保険金詐欺って,かなり周到に準備しないと成功しないと思われるんですが,ここに出てくる滝村は行き当たりばったり。最初に出てくる放火殺人は,安易に実行してあわやと言う場面を迎えるし,次のクレーン事故なんて偶然に頼りすぎ。そしてメインとなるタイでの殺人に至っては,殺害方法すら事前に立てていない。まあ最後にはそれなりの結果になりますが,それはあくまでも偶然でしかありません。まあ金に群がる人間たちの嫌らしさは伝わってきますけど,あまりにも薄っぺらな感じです。

 

「クローズド・ノート」 雫井 脩介  2006.04.03 (2006.01.30 角川書店)

☆☆☆

 大学生の香菜はアルバイトで文具店で働いていた。ある日その店に万年筆を買いに来た男性が,自分が住むアパートを眺めていた男性だと気付いた。香菜はその男性・石飛隆作が何となく気になった。そんな中,香菜はアパートのクローゼットの中から見知らぬノートを見つけた。どうやら香菜の前に住んでいた住人の忘れ物の様だった。そのノートには,真野伊吹と言う小学校教師が,彼女が担任をしているクラスの生徒との様々なやり取りが書かれていた。

 柔道の女子コーチが出てくるでもなく,人が殺される事もありません。あの雫井脩介さんの作品だと言うのが信じられない気持ちで読み進みます。アメリカに留学に行った友人,その彼氏の男性,アルバイト先の人達,そしてアルバイト先で知合った男性客。淡々と話は進んでいくのですが,ちょっと香菜という女性にイライラさせられる。うーん,こういう女性を可愛く思えないでも無いのですが,小説として読むと好感持てないですね。さて前半の万年筆に係わる部分が冗長に思えますが,ノートを読んだ香菜は徐々に変わっていきます。そしてノートの持ち主に会おうと決心してからは,ちょっとしみじみとしてしまいました。でも一番驚いたのは,作者の後書きで明かされた事実でしょうか。それはそうと万年筆って使った事無いですね。確か中学生になった時に誰からかプレゼントされた記憶はあるのですが,この作品を読むと,一本位持っていてもいいかなと思ってしまいました。

 

「魔女の笑窪」 大沢 在昌  2006.04.05 (2006.01.15 文藝春秋社)

☆☆☆

 最近売り出し中の若手漫才師の相手をしたと言う風俗嬢は,彼の物は鉄の味がしたと言った。同じ様な男を何人か知っていた。女の子を死にそうになるまで殴りつけたヤクザ,少女を殺した米兵。彼らは皆,人を殺す事を愛していた。そしてその風俗嬢は死体となって自宅近くの公園で発見された。水原はこの漫才師の片割れに接近した。

 「地獄」と呼ばれる“島”から抜け出し,そこでの経験から得た,男の嗜好を見破る技術を武器にする水原。そんな彼女にまつわる話が連作短編風に展開します。“島”と言うのは何なのか,そこを抜け出ると言うのはどういう事なのか,と言った事柄が徐々に判ってきます。そして“島”から送り込まれる番人,さらには“島”そのものとの闘いに進んでいきます。でも何か“島”の存在自体がうそ臭いんです。違う時代や場所だったらまだしも,現代の日本でこの様な存在があるとは思えません。一つ一つの話は面白いし緊張感もあるんですが,前提の部分が納得できないので,イマイチ話に入り難い感じでした。そもそも“島”から抜け出したのが彼女一人だったら,“島”の組織はもっと真剣に彼女を追うはずなんですが,そういった緊迫感は感じられません。作者の都合のいい様に設定された舞台でのお話と言った感じですね。

 

「娼年」 石田 衣良  2006.04.05 (2001.07.10 集英社)

 20歳で大学生のリョウは,アルバイトでバーテンダーをしていた。そのバーにホストをしている友人が女性を連れてやってきた。その女性は会員制ボーイズクラブのオーナーで御堂静香と言った。リョウは彼女から誘われ,娼夫となるテストを受ける事になった。かろうじてそのテストに合格したリョウは,さっそく女性客の相手を務める事になったが,客の嗜好は様々だった。

 ここでリョウが相手をする女性は様々です。まあ性に関しては余程の事が無い限り,お互いが了解していれば,何でもありなんでしょう。何処までが正常で何処からが異常なのかは,本人でも判らないのかも知れません。でも読者としてこの様な行為を読まされると,普通では無いものを感じてしまいます。そして,それらを受け入れていくリョウも不自然に思えます。それ程性描写がドギツイ訳では無いのですが,それが却ってリョウを買う女性達の心を隠している様で,読んでいてもどかしさを感じました。要するに登場人物の気持ちや行動が理解できないんです。リョウが相手をした女性も,静香もサクラもアズマも。唯一判りやすかったのはメグミさんでしょう。

 

「サーカス市場」 三浦 明博  2006.04.06 (2006.02.28 講談社)

☆☆☆

@ 「毛鉤女」 ... 友人と飲んだ帰りの終電の地下鉄で,男に絡まれている一人の女性客が気になり,後をつけて行った。
A 「面妖屋」 ... 父が刺し殺された現場にやってきた息子。その時救急車を手配してくれた男性と出会った。
B 「裏サーカス」 ... 見知らぬ男から追いかけられた女性。追い詰められた場所にはエレベーターがあった。
C 「黒白天秤」 ... 1ヶ月前に失踪した妻から送られてきたメール。それはサーカス市場にある質屋の名前が書かれていた。
D 「袋小路軒」 ... サーカス市場内で評判のお店。店の様子を探りにきた二人の男女は,食中毒騒動に巻き込まれた。
E 「膝折男」 ... 轢き逃げに遭った女性に心当たりがあった。現場を映すテレビには,知っている顔がいた。

 ここに出てくる居酒屋を舞台にした作品って何かで読んだよなと思ったのですが,江戸川乱歩賞受賞者によるアンソロジー「黒の謎」に収められた「声」と言う作品ですね。亡くなった父の友人と出会う息子の話でしたが,「面妖屋」の別バージョンと言ったところでしょうか。本作は不思議な空間である,サーカス市場での出来事を綴った短編集です。確かに訳の判らない事件は起こるし,いかにも訳ありの人物が現れたりします。でもイマイチ不思議な世界の雰囲気が出ていない気がします。そのせいか,「裏サーカス」とか「黒白天秤」と言った,非現実的世界を描いた作品よりも,現実的な着地点を持った作品の方がスンナリ馴染めました。また作者が釣り好きなのは判りますが,釣りの話を無理矢理入れているのは,ちょっと鬱陶しい気がします。

「びっくり館の殺人」 綾辻 行人  2006.04.07 (2006.03.17 講談社)

☆☆☆☆

 古書店で偶然に見かけた推理小説で,中村青司と言う謎の建築家の名前を見つけた。その名前は三知也に小学生時代の記憶を甦らせた。その昔,近所にあった「びっくり館」は様々な怪しい噂に彩られていたが,三知也はここに住む同い年のトシオと友達になった。クリスマスの夜,びっくり館に招待された三知也達は,この館で起こった密室殺人事件の第一発見者となった。そして10年以上が過ぎた今でも,その事件の犯人は捕まっていなかった。

 講談社ミステリーランドの1作ですが,後書きによりますと,館シリーズの正当な8作目だとの事です。「暗黒館の殺人」が出るまでの期間は長過ぎましたが,こんな形で8作目を読む事になるとは嬉しい誤算でした。アメリカから帰国して大学生になった三知也が古書店で手にしたミステリーは「迷路館の殺人」。この本で中村青司の名を見つけた事から,小学生時代のある事件を思い出します。って殺人事件の第一発見者になったのに,忘れる様な事ではないと思うのですが。10年前を回想する形で物語りは進みます。館自体にそれ程の特徴はありませんが,そこに住むトシオ,祖父,そしてリリカが幻想的に描かれます。途中にはさまる挿絵が効果的ですね。密室の謎も事件の構図も意外な形で明かされます。子供向けを意識しているんでしょうが,子供の読者をビックリさせようと言う気持ちが伝わってきました。今まで読んだミステリーランドの中では,いまのところベストかな。

 

「英雄先生」 東 直己  2006.04.09 (2005.12.21 角川書店)

☆☆☆☆

 元ボクサーの池田は,地元の松江に戻って高校の教師をしていた。学校は集団万引き事件に揺れており,そんな中,受け持っているクラスの女子高生が失踪した。警察には彼女は何者かによって拉致されたとの通報が入っていた。さらに拉致されたとの現場の近くで男の死体が見つかった。彼は池田の同級生で,少し前に再会したばかりだった。池田は女子生徒の捜索に向かうが,その途中でフリーライターを名乗る男と知合い,教え子も交えて隠岐へ向かった。

 東さんには珍しく,舞台は札幌ではなく何故か島根県の 松江市 。まあ近くに大小の島が無いといけない話ではありますが,何かちょっと新鮮な感じ。拉致された生徒を助け出すために池田は捜索を始めるのですが,結局4人で行動する事になります。肉体関係を持つ教師の池田と生徒のタマキ,拉致された女子高生に想いを寄せる森本,そしてフリーライターを名乗る正体不明の的場。この4人の関係が面白い。あまり緊迫感の無い展開なのですが,彼らが色々と言い合ったり,ふざけあったり,慰めあったり,助け合ったりする関係こそが,この作品の読みどころでしょう。オウム事件以来,新興宗教にまつわる話は多いのですが,最後にここまで派手になるのは珍しいでしょうか。4人以外の動きがほとんど判らなかったので,ちょっと唐突な気がしてしまいましたが,爽やかな終わり方でよかったと思います。

 

「ドールズ 闇から招く声」 高橋 克彦  2006.04.11 (2001.09.10 角川書店)

☆☆☆

 盛岡で古書店を営む結城恒一郎は,姪の怜らとともにオバケ屋敷の見学に出掛けた。そこに展示されていたバラバラ死体はやたらとリアルであったが,それもそのはず本物だった。江戸時代の天才人形師・泉目吉が宿る怜の事を考え,第一発見者として警察には行かなかった恒一郎だったが,今度はトイレに捨てられた人間の手首を発見してしまった。さらには切り取られた犬の頭が届けられたりして,怜達は事件と係わらざるを得なくなっていった。

 バラバラに切り刻まれた両親の死体の前で泣いている少年を,警官が発見するシーンから始まるのですが,その場面がかなりグロテスクです。さてこの作品はシリーズ作なんですね。どういう理由だか判りませんが,8歳の少女の中に江戸時代の職人の意識が甦っています。二人の意識が交互に表れるのですが,本来の怜はほとんど出てこなくて,だみ声で江戸時代の言葉で話す目吉の場面がほとんどです。シリーズの最初から読んでいないので,ちょっと入り辛い感じがしました。それにしても8歳の少女に酒や煙草はまずいと思いますが,探偵役はこの目吉です。目吉の事は秘密になっているので,警察を始めとする,仲間以外の人達と会話の出来ない探偵役と言う設定は面白い。虐めにあって東京から岩手の学校に移ってくる正也を交えて,話は進みます。切り取られた犬の頭,正也の父親の謎の死。そして正也にまつわる過去の忌わしい事件が徐々に見えてきます。全体的に見ると,スプラッターからミステリー,そしてサスペンスと言う流れなんですが,ちょっと落ち着かない。また目吉の語る言葉に違和感を感じてしまうのと,二人の医者とか梅と桜の刑事とか区別がつきにくいのが難でしょうか。

 

「背広の下の衝動」 新堂 冬樹  2006.04.12 (2004.11.30 河出書房新社)

☆☆☆☆

@ 「邪」 ... 会社では上司に虐められ,家では妻に疎まれる男。外回りの途中,ビルから飛び降り自殺を図る男を見掛けた。
A 「団欒」 ... 婿養子の自分にとって,会社から帰宅した家では,必ず何らかの儀式が待っており,それは苦痛なだけだった。
B 「嫉」 ... 娘の家庭教師は魅力ある若い大学生だった。彼に対してコンプレックスを持つと同時に,妻の行動が気になった。
C 「部屋」 ... バディは部屋のいつもの場所に居た。私はバディの脇腹を蹴り上げ,白い毛をむしった。

 最後の「部屋」は他の作品と毛色が違いますが,その他の3作は鬱屈したサラリーマンの心情が見事に描かれています。「邪」に出てくる上司や妻は本当に嫌な奴ですね。サザエさんをモチーフにした「団欒」での婿さんの気の使いようには敬意を表します。「嫉」では肉体の衰えによるコンプレックスは切実さが滲み出ています。そうなんです。何かにつけて上手く行かない事って多いです。会社でも家庭でも。しかし周りにはさも上手く行っている様に見られないといけないから,プレッシャーが掛かってきます。そんな様々な難問に直面している平凡なサラリーマンの心情が,ヒシヒシと伝わってきます。自分にも思い当たる部分もあるので,読んでいて嫌な気持ちになったりもします。まあそれだけ心理描写が上手いんでしょう。最後の「部屋」は意味が判りませんでした。と言うより嫌悪感しか感じられませんでした。

 

「制服捜査」 佐々木 譲  2006.04.13 (2006.03.25 新潮社)

☆☆☆☆

@ 「逸脱」 ... 高校生の息子が昨夜から家に帰ってこないと言う。バイクは残っていたがヘルメットが無くなっていた。
A 「遺恨」 ... 酪農家が飼っていた犬が,至近距離から散弾銃で撃たれて殺された。他から来たハンターの仕業と思われた。
B 「割れガラス」 ... バス停で高校生が恐喝されていると言う。現場に駆けつけたら,見知らぬ男によって解決されていた。
C 「感知器」 ... 人が住んでいない家で連続して起こった火事。公園に住み着いている人達が疑われた。
D 「仮装祭」 ... 13年前の仮装祭で一人の女の子が行方不明になった。未だにその子は見つかっていなかった。

 強行犯係の捜査員から,単身赴任の駐在勤務となった巡査部長の川久保。北海道警で発生した不祥事を巡る玉突き人事の結果だった。前に読んだ「うたう警官」でも,この話出てきましたね。さて事件がほとんど起きない様な地域の駐在所勤務となった川久保ですが,別にくさる事も無く職務に励みます。そして事件はいくつも起こってしまうのですが,本職の刑事以上の能力を発揮します。とは言え制服警官ですから,刑事と一緒になって第一線で捜査する訳ではありません。地元の情報に詳しい人達からの協力を得て,地味に事件の真相に迫っていきます。まあ田舎の事ですし,一駐在巡査の身分ですので,様々な制約があります。そんな中で頑張っている川久保を応援したくなります。

 

「夜市」 恒川 光太郎  2006.04.14 (2005.10.30 角川書店) お勧め

☆☆☆☆☆

@ 「夜市」 ... 大学生のいずみは,高校時代の同級生・裕司から「夜市」に行かないかと誘われた。岬の森で開かれている夜市は,この世のものではない不思議な市場だった。裕司は子供の頃,一度夜市に弟と来たことがあり,そこで裕司は,弟を売って野球の才能を買ったと言った。
A 「風の古道」 ... 父親と小金井公園に来て迷子になってしまった。知らない人から家に帰る道を教わったが,それは不思議な道だった。そして何年かが経ち,友人と再びこの道を訪れる事になった。しかし道は前回と微妙に違っており,思ったところに出られなかった。

 第12回日本ホラー小説大賞の受賞作だそうですが,ホラーと言うよりファンタジーです。「夜市」は,そこに描かれる世界が幻想的な作品で,様々な物を売る市場の様子が浮かんできます。そして何と言っても着想が面白い。人攫いに売ってしまった弟を買い戻しにきた兄と,彼に付いて夜市に来てしまったいずみ。そして意外な形での兄弟の再会により,切ない結末を迎えます。「風の古道」も一度来た異次元の世界を再び訪れると言う事は同じです。そしてそこで知合った一人の男と旅をするのですが,不思議な話です。どちらの話も,その世界の設定も描写も素晴らしく,独特な雰囲気を感じさせられます。そして兄弟,友人,親子と言った主人公を巡る人間関係も深さを感じます。とにかく読む事によって不思議な体験をさせられる作品だと思います。

 

「ガール」 奥田 英朗  2006.04.17 (2006.01.20 講談社)

☆☆☆

@ 「ヒロくん」 ... 課長に抜擢されたため,自分より年上の男性が部下になった。彼に仕事を任せたが言う事を聞かない。
A 「マンション」 ... 友人がマンションを買う事になった。最初は裏切られた記がしたが,徐々に自分も欲しくなった。
B 「ガール」 ... 得意先の百貨店でのキャンペーンの仕事。相手の担当者の女性は堅く,なかなか打ち解けなかった。
C 「ワーキング・マザー」 ... 小学1年生の息子と二人暮しのバツイチ女性。周りは彼女に色々と気を遣ってくれた。
D 「ひと回り」 ... 新人の教育係に指名された。ハンサムな新人は自分とひと回りも歳が離れていたが,気になってしょうがない。

 「マドンナ」では40歳代の男性課長が主人公となっておりましたが,こちらは30歳代の働く女性の話です。キャリアウーマンと言う言葉を最近あまり聞きませんが,以前とは違ってその様な女性の存在が当り前になってきているからなのでしょう。ここに出てくる30歳代の女性たちは,皆何らかの悩みを抱えています。男性との意識の違いであったり,若いとは言い切れなくなった今の自分自身であったり,子供の事であったり。でも前向きに仕事に取り組む彼女たちは素敵ですね。女性読者を意識したのでしょうか,ちょっと格好良過ぎる所が鼻に付く部分もありました。でも会社の中で同性や異性との様々な関係が,かなり現実感を持って描かれています。特に「ワーキング・マザー」の孝子さんがいい。どうでもいいのですが,「鼻の奥がツンとする」のが3回も出てくるのはは何故。

 

「バラ迷宮―二階堂蘭子推理集」 二階堂 黎人  2006.04.18 (1997.01.05 講談社)

☆☆☆

@ 「サーカスの怪人」 ... 天竺大サーカス団で30年前に起こった怪事件。衆人環視の中,突然バラバラ死体が現れた。
A 「変装の家」 ... 海沿いの崖に建てられた洋館で一人の女性が殺された。周りに積もった雪の上に足跡は残っていなかった。
B 「喰顔鬼」 ... ある画家が暮らす山荘を訪れた蘭子たち。最近この付近では凄惨な4件の殺人事件が起こっていた。
C 「ある蒐集家の死」 ... ホテルの一室で殺された資産家。一緒に泊まっていた5人には彼を殺す動機があった。
D 「火炎の魔」 ... 火炎様に祟られていると言う一家。予言の通り密室内での自然発火で焼死した女性。
E 「薔薇の家の殺人」 ... 黎人が家庭教師をする事になった薔薇の家では,過去に毒殺事件が起こったと言う。

 「ユリ迷宮」に続く二階堂蘭子を探偵役とする短編集の2作目。知らなかったのですが,二階堂さんの作品には,この蘭子さんが長編で登場する作品が多いんですね。さて前作同様に,国立の喫茶店での推理大会で始まりますが,途中から蘭子自身が事件の現場に立ち会います。設定としては過去の事件を独自の視点で推理する形式の方が面白い気がします。ここに使われているトリックは様々ですが,ちょっと科学の知識が必要なものもあり,「サーカスの怪人」「喰顔鬼」「火炎の魔」はピンときませんでした。本当にこうなるんでしょうか。さて僕ちゃん探偵もそうですが,立川,国立が舞台になる事が多く,私の実家は立川です。最後の「薔薇の家の殺人」を読んでいると,この家が建てられているのは,私の実家の近くなんだと言う事が判りました。ちょっと驚きです。

 

「ママの狙撃銃」 荻原 浩  2006.04.19 (2006.03.25 双葉社)

☆☆☆☆

 福田曜子は中堅企業のサラリーマンの夫と二人の子供を持つ平凡な主婦だった。買ったばかりの一軒家の小さな庭でのガーデニングが楽しみだった。そんな彼女のもとに掛かってきた電話は,殺人の依頼だった。曜子は子供の頃アメリカ人の祖父に育てられたが,暗殺者だった祖父から銃器の訓練を受けていた。そして病に倒れた祖父の代わりに,一度だけ仕事を引き受けた事があった。今回の電話は,20年振りの仕事の依頼だった。

 平凡な主婦なのに実は凄腕の殺し屋だった。こう言う設定だったらユーモラスタッチで描くのが普通だと思うのですが,かなりシリアスな話になっています。頼りない夫や手の掛かる二人の子供に囲まれる今の曜子と,オクラホマの祖父に銃の訓練を受ける曜子。お弁当を作ったり花を植えたりする曜子と,依頼主Kとやり取りしてターゲットに接近する曜子。このギャップが面白い。横浜での狙撃シーンはなかなか迫力ありましたし,二人の子供の言葉や行動もいいですね。ただ彼女が何で20年振りに仕事をする決意をしたのかが,イマイチ判りづらい。確かに夫は失業するし,家族を守らなくてはいけないのも判ります。でも事は殺人ですよね。また最後の場面も少々盛り上がりに欠けた感じがします。奥様はスナイパーと言う設定がいいし,過去の祖父との暮らしの話も魅力的です。続編が出る事はまず無いのでしょうが,ちょっと残念な気がしました。

 

「紙魚家崩壊 九つの謎」  北村  薫  2006.04.21 (2006.03.20 講談社)

☆☆

@ 「溶けていく」 ... 偶然見かけた漫画の登場人物は,勤務先の所長にそっくりだった。その漫画に違う言葉を当てはめてみた。
A 「紙魚家崩壊」 ... 本の蒐集が趣味で結婚した夫婦。本で溢れかえって密室となった部屋で,妻が殺されていた。
B 「死と密室」 ... リタイアした作家による老人ホームで起こる密室殺人事件に立ち会うために出掛けた。
C 「白い朝」 ... 子供の頃に過ごしていた家に停められた車。冬の寒い朝でもサイドミラーだけは曇っていなかった。
D 「サイコロ,コロコロ」 ... 10角のサイコロを持った男が言うには,サイコロが必要な職業があると言う。
E 「おにぎり,ぎりぎり」 ... 茸研究のフィールドワークに出掛けた。お昼ご飯のおにぎりは3人のメンバーで作った。
F 「蝶」 ... 捕まえた蝶を土の中に埋めた。しばらくして掘り出してみると,蝶は穴の中でじっとしていた。
G 「俺の席」 ... 友人の家からの帰りに乗った電車は,毎朝通勤に使っている電車。始発駅から乗ったので座る事が出来た。
H 「新釈おとぎばなし」 ... お婆さんを殺したのはカチカチ山のタヌキなのか。探偵のウサギが真相を調べる。

 「紙魚(しみ)」と言うのは本を食い荒らす虫ですが,蛾の幼虫なんでしょう。さて 北村 さんの新作短編集は,色々なタイプの作品が並べられています。中には連作となっている作品もあります。そんな中で一風変わっているのは「新釈おとぎばなし」でしょう。有名な昔話に新たな解釈をつけているのですが,保険屋や拳銃が出てくるのは如何なものでしょうか。時代背景はそのままの方がいいと思うのですが。一番 北村 さんらしくて良かったのは,やはり日常の謎を扱った「白い朝」。子供の頃の記憶に残る謎が解き明かされる,綺麗な作品です。また,ちょっとぞっとする「俺の席」もいいですね。私も朝の通勤電車に座れるのですが,いつもほぼ同じ席に座っています。日頃見かけない人がその席に座っていると,ちょっと不機嫌になります。

 

「セリヌンティウスの舟」 石持 浅海  2006.04.22 (2005.10.25 光文社)

☆☆

 たまたま一緒になった石垣島ダイビングツアーで遭難しかけた事から,かけがえの無い仲間になった6人の男女。米村美月,吉川清美,大橋麻子,三好保雄,磯崎義春,児島克之。彼らは伊豆にダイビングに出掛けた帰り,三好の家で飲み明かした。そして児島が目を覚ました時,美月は亡くなっていた。青酸カリを飲んでの自殺であり,遺書もあった。しかし青酸カリが入っていた小瓶のキャップが締められていた事から,彼女の自殺に協力者が居た事が疑われた。

 場面のほとんどが三好の部屋の中で,そこで5人による議論が続きます。この様な一幕劇で印象的だったのは岡嶋二人さんの「そして扉は閉ざされた」。そちらは閉じ込められた核シェルターの中が舞台になっており,緊迫感の高い議論が闘わされます。それに比べると本作は,「何でこんな事議論してるの?」と思ってしまいます。青酸カリを飲んだ後どうなるかは判りませんが,彼らの議論が的外れに感じられてしまいます。ビンの中には大量の青酸カリが残っていたんでしょうか。他の仲間の事を考えるのなら,コップか何かに移してから飲めば済むはず。そもそも何で美月が自殺しなくてはいけなかったのかも理解できませんでした。何か細かい事をいちいち,あーでもないこーでもない,と延々言っている気がします。タイトルの「セリヌンティウス」と言うのは,「走れメロス」にて身代わりになった友人の名前だそうです。

 

「殉愛」 結城 五郎  2006.04.23 (2006.03.08 角川春樹事務所)

☆☆☆

 由里子と結婚して埼玉北病院に移る事になった長谷純は,寝たきりの母を引き取った。そんな中,由里子のかつての婚約者である大倉が,由里子達の前に悪意を持って現れた。動揺する由里子は,義母を交通事故に遭わせて亡くしてしまい,さらには身篭った子供も流産させてしまった。自分の存在が純の不幸に結び付いていると思う由里子は,純のもとを去って行った。

 「樹の海」の続編です。末期癌の苦しみから患者を解放した医師の純は,その患者の娘・由里子と結婚します。しかし嫉妬に狂う由里子の元婚約者・大倉の企みによって,由里子は純のもとを去っていきます。そして二人の数奇な運命が描かれるのですが...。前作は病に苦しむ末期癌の患者と家族,病院の経営者と医師の関係,等が凄まじいまでの迫力を持って描かれていました。その続編なのですが,何かとってつけたと言う感じしかしませんでした。常識あるであろう大人の大倉が何故あれほどまでに嫉妬に狂うのか,そしてそんな大倉に何故純と由里子は真正面から向き合わなかったんだろうか。そこのところが理解できなかったので,その後の展開についていけませんでした。また親子の再会の場面なんか良かったと思いますが,あの変な恋人を出す必要があったのでしょうか。最後のところも悲劇で盛り上げようと言う安易さが感じられました。

 

「ドリームバスター3」 宮部 みゆき  2006.04.25 (2006.03.31 徳間書店)

☆☆

@ 「赤いドレスの女」 ... かつてシェン達と出会った理恵子は,人の考えている事を聴くと言う不思議な能力が備わっていた。
A 「モズミの決算」 ... シェンは虫に襲われている女性を助けた。彼女は同じDBであるパーカーの姪でカーリンと名乗った。
B 「時間鉱山Part1」 ... 消えたDBの消息を探るシェン。彼と行動を供にしていたDBを見つけたが不思議な出来事が起こった。

 ドリームバスター・シリーズの3作目ですが,前作「ドリームバスター2」「目撃者」に登場する理恵子の話から始まります。とは言ってもマエストロもシェンも直接は登場しません。そして「モズミの決算」も前作の流れを引き継ぎます。ここでカーリンと言う新たなキャラクターが登場します。田舎から出てきた姉ちゃんですが,何かファンタジーの世界には合わないキャラですね。そして本作の半分以上を占める「時間鉱山Part1」ですが,時間と言う概念を中心に,この物語の世界が新たに描かれていきます。ちょっと世界が広がり過ぎてしまった感じがします。このシリーズで何が良かったかと言うと,夢の中の世界の描写だったんだと私は思っています。ですのでこの様な展開はちょっと期待外れでした。そして時間鉱山の奥深く入ろうとし,シェンの母親であるローズの存在を匂わして話は終わってしまいます。前作は丁度3年前に出たのですが,もしもこの続きを3年後に読むのだとしたら辛いですね。

 

「愚行録」 貫井 徳郎  2006.04.26 (2006.03.30 東京創元社) お勧め

☆☆☆☆☆

 東京氷川台の一軒家に暮らす田向一家4人が惨殺された。早稲田大学を卒業して大手不動産会社に勤める夫,名門女子高から慶応大学に進んだ妻,そして長男と長女の幼い二人の子供。犯人は自ら用意した刃物で夫を刺し殺し,長男を鈍器で撲殺。さらに2階に居た妻と長女を,家に置いてあった包丁で刺殺。血まみれになったであろう犯人は,惨劇を起こした家でシャワーを浴び着替えて出て行った。

 「お勧め」としましたが,決して読んで楽しい話ではありません。この事件を追うルポライターの,殺された田向夫妻の関係者への取材記録と言う形で進みます。近所の住人,子供の友達の親,会社の同僚,学生時代の同級生など等。彼らが語る田向夫妻は,ごく普通の,と言うよりどちらかと言うと恵まれた部類の一家です。決して惨殺されるような恨みを持たれるような夫婦ではありません。でもインタビューを通じて彼らの嫌な面が見えてきます。そしてインタビューを受けている関係者の方の嫌な面も合わせて見せてくれます。それは田向夫妻に対する嫉妬心や劣等感,憧れの裏返しであったりします。ここで言う「愚行」とは誰の行いの事なんでしょう。殺人と言う犯罪を犯した者であり,殺された田向夫妻であり,そして関係者達の行動や言動でしょうか。とにかく読んでいて嫌な気分にさせてくれる作品です。そういう意味で大変良く出来た作品だと思います。更にインタビューの間にはさまる,兄に向けた妹の言葉。愚かな両親を持った兄と妹が虐待を受ける話なのですが,こちらも嫌な気分をさらに悪くさせます。ところで慶応大学における内部と外部の話って,本当なのでしょうか。もし本当だったら,「そんな大学に行かなくて良かったあ。」と言っておこう。

 

「終末のフール」 伊坂 幸太郎  2006.04.27 (2006.03.30 集英社)

☆☆☆

@ 「終末のフール」 ... 10年前に父と喧嘩して家を出て行った娘が帰ってくる。母は夫と娘に見せたい物があった。
A 「太陽のシール」 ... 子供は諦めていたが,妻が妊娠した。3年後の事を考えると,産むか産まないか迷った。
B 「篭城のビール」 ... マスコミの暴力によって自殺した妹と母。二人の兄は妹の命日に復讐に乗り出した。
C 「冬眠のガール」 ... 両親が自殺してしまい,一人っきりになった女性。父親が残した本を全て読み終わった。
D 「鋼鉄のウール」 ... 威張っている上級生をやっつけたくて始めたキックボクシング。ジムには憧れの選手が居た。
E 「天体のヨール」 ... 友人が新しい小惑星を発見したと言う。昔彼から簡単な天体望遠鏡の作り方を教わっていた。
F 「演劇のオール」 ... 両親がなくなって二人だけで生活している兄弟。彼らの母親役を演じるように一緒に住むようになった。
G 「深海のポール」 ... マンションの屋上に櫓を作っている父。津波に巻き込まれる様子を見物したいと言っている。

 8年後に小惑星の衝突によって地球が滅亡する事が判って5年が経った。当初は大混乱をきたしたが,今は落ち着いてきている。その様な状況での,仙台のとあるマンションの住人達の物語です。地球滅亡と言うのはSFの世界では良くある事で,映画の「ディープ・インパクト」何か代表的だと思います。私もこの映画は見ましたが,なかなか迫力のある作品でした。さてこの様な設定ですと,地球が滅亡する事が判った時のパニックとか,滅亡直前を描くのが普通だと思います。でも本作はそのどちらでもなく,最初の無秩序状態が終わって,滅亡まで3年を残した,つかの間の安定した時期を描いています。そこら辺が伊坂さんらしいですね。そして登場人物達は何らかの形で家族を失っています。そして3年後には自分達も死んでしまうと言う,絶望的な状況です。そんな中で残された3年と言う年月を,精一杯生きようとする前向きの姿がいいです。ところで小惑星が地球に衝突すると人類は滅んでしまうんでしょうか。確かに衝突の衝撃は凄いでしょうが,地球自体が壊れてしまう訳ではないでしょう。当面の地震や津波を避ける為に,飛行機とか気球に乗っていればいいのではないでしょうか。うーん,謎ですね。

 

「東京怪奇地図」 森 真沙子  2006.04.28 (1997.01.30 角川書店)

☆☆

@ 「夢ぞかし」 ... 1年前にも来た酉の市を再び訪れた。二度と会いたくない男性を見掛けた気がした。
A 「人形忌」 ... マンションの自室の火事で亡くなった女優。タバコの火の不始末とされたが,自分でタバコは吸わないはず。
B 「無闇坂」 ... 突然行方不明になった友人のイラストレーター。彼女の母の依頼で彼女の部屋に住む事になった。
C 「水妖譚」 ... 大雨の中,橋の上から飛び込む人影を見た。助け出した少女は行方をくらましてしまった。
D 「偏奇館幻影」 ... 放火をしようとした時に現れた老婆。彼女は永井荷風の家で写真のモデルをしていたと言う。
E 「田端346番地」 ... 夜中の電車から不意に降り立ったのは田端の駅。子供の頃ここに住んで居た事があった。

 東京の千束吉原,本所深川万年町,千駄木団子坂,浅草隅田川,赤坂・六本木,田端文士村を舞台に語られる不思議な話。ホラーと言っても恐い話ではありません。もしかしたらこんな事ってあるかもしれないな,と思える様な話ばかりです。舞台は全て東京なのですが,宮部みゆきさんの歴史物をはじめ,東京(江戸)を舞台にした不思議話って多いですね。まあ都会だから幽霊とか心霊現象と言った物と無縁ではなく,人が多いから,様々な事が起こるから,こう言った話が多くなるのでしょうか。作家に係わる作品が3作ありますが,なかでも「無闇坂」が意外性があって印象的。

 

「The TEAM」 井上 夢人  2006.04.30 (2006.01.30 集英社)

☆☆☆☆

@ 「招霊」 ... 相談者は心霊写真を用意していた。それは能城あや子を陥れる為に作られた写真だった。
A 「金縛」 ... 夜中に金縛りにあい,翌朝目を覚ますと体中にアザや傷が出来ていると言う主婦が相談にやってきた。
B 「目隠鬼」 ... 友人に連れられて来た女性は,キツネか何かが憑いているらしく,突然人格が違ったようになると言う。
C 「隠蓑」 ... あや子の霊能力に疑いを持つライターの稲野辺が,偽名を使ってあや子の事務所に相談に訪れた。
D 「雨虎」 ... 家の中で幽霊の声が聴こえると言う相談。賢一が侵入してみると,それは隣からの物音の様だった。
E 「寄生木」 ... 相談に来ることになっていた女性が,その前に自殺してしまった。彼女は薬の瓶詰めの内職をしていた。
F 「潮合」 ... あや子を脅迫してきた男は,3本のビデオを持ってきた。盗撮ビデオには部屋に侵入した賢一が映っていた。
G 「陽炎」 ... 能城あや子の事務所を訪れた稲野辺は,隣の会社に入っていった男がビデオの男だと気付いた。

 テレビの心霊相談番組に出演している霊能者の能城あや子。彼女の霊視は良く当たるし,いくつもの事件も解明してしまう。それもそのはず,事前に相談者を徹底的に調査している結果だった。調査に当たるのは,コンピュータを自由自在に操る悠美,違法捜査を駆使する賢一,そしてこのチームをまとめるマネージャーの鳴滝。彼らは相談者の悩みを解決し,また能城あや子のインチキを見破ろうとする記者を迎え撃つ。そんなストーリーなのですが,どの話もサクサクと読めてしまいます。これはいい事なのかも知れませんが,この作品の場合,軽さがやたらと目立ちます。何ていうか登場人物の気持ちが全くと言っていいほど伝わってこないんです。例えば賢一が部屋に侵入する場面だとすると,いくら慣れているとは言え少しは緊張すると思うんです。まるで自分のやる事が,絶対に失敗しないと言う前提に立っている感じなんです。そしてわざわざチームと言っていますが,4人の関係が濃密ではなく無機質な感じがしてしまいました。面白い作品だとは思いますが,そこら辺が残念な気がします。