1974.08 テントの祟り事件について

 そもそもこの事件は1974年8月,某C央大学ワンダーフォーゲル部夏合宿第5班が,南アルプス全山縦走を目指す為,途中の北岳稜線小屋への荷揚げ山行を行った時に起こった事件である。この記録は当事者であるH比野君をはじめ,関係者に対して事の真相を明らかにする事だけを目的に書かれたものである。他の一般の方々にとっては全く無意味な一文だと思われるので,軽く無視して頂くようお願い致します。

(2000.06.15)


 この山行に参加したのは,リーダーである4年生のN村氏,1年生のH比野とS井と私の4名であった。前日新宿の駅から甲府まで入り駅で仮眠。今日は重い荷物を背負い広河原から大樺沢を登り,予定通り途中の二俣にてテントを張った。予定では翌日,北岳稜線小屋に荷物を預けた後,下山する事になっている。テントはオガワ製の3人用テント(通称:ボンテン)を2張り。一つにはN村氏とS井,もう一つにはH比野と私が寝る事になっていた。

 1週間後に迫った全山縦走への気分の高まりもあった事だろう。その日がとても気持ちの良い夜だったと言う事もあるだろう。私とS井は狭苦しいテントで寝る事を良しとせず,満天の星のもとビバークを決めこんだのだった。つまり二つのテントにはN村氏とH比野が一人ずつ寝て,すぐそばの草むらに私とS井が寝転んでいた。この時S井とどんな話をしたのかは,今となっては何も覚えていない。だが愛の語らいで無かった事だけは確かだ!(実はS井と言うのは女性なのですが,残念な事にその様な関係ではありませんでした。)

 しばらくして,H比野が寝ているテントを,私達が揺さぶったのが全ての始まりだった。何でこんな事をしたのかは覚えていない。ちょっと驚かしてやろうと言う軽い気持ちだったんだろう。そしたら,意外な事になってしまった。まさか私とS井はこんな事を最初から期待していた訳では無い。
「おーい,○○(私の名)。ちょっと来てくれよー。」,とH比野。何かとても怯えた様な声だ。
「どうしたんだよー。」,としらばっくれる私。
「テントが動くんだよー。」,声が少し震えているH比野。
「バカな事言ってんじゃねーよ。」,とさらにしらばっくれる私。

 予想外の展開に笑いをこらえる私とS井。H比野は何をそんなに恐がっているんだろう。ちょっと考えれば,いたずらされている事くらいすぐに判るだろうに。「こうなったら,もうちょっとやってヤレー。」と私とS井。H比野の寝ているテントの張り綱4本を全てはずし,その内の1本に5mの細引きを結び,ちょっと離れた所から,さらに強く揺さぶってやった。さっきとは違いテントが張り綱で固定されていない分,かなりの揺れだったであろう。
「おーい,○○(私の名)。テントが揺れてるヨー」,とほとんど悲鳴に近いH比野。
「そんな訳あるはずないだろー。」とテントからかなり離れた場所から答える私とS井。

 腰を抜かした様な格好で,懸命にテントから這い出してきたH比野。彼は近付いていった我々の前でうろたえまくっている。日頃の不遜な態度が嘘の様な顔つきだ。暗かったので良くは判らなかったが,おそらく真っ青な顔をしていたんだろう。手には1本の張り綱が握られている。それはまさしく我々が引っ張っていた1本であった。「あっ,バレたか。」と思ったのだが,冷静な判断力をすっかり失ってしまっているらしいH比野は,
「ホラッ,張り綱がはずれている!」と震える声で訴えかけてくる。そしてさらに,
「これは山の祟りに違いない。」とボソッとつぶやくH比野。

 S井はS井で,わざとらしくテントのまわりを確かめる様に歩き回り,
「アッ,本当に張り綱全部はずれてる。」,などと言って,H比野の恐怖を煽っている。
H比野はS井が近くに居ない事を確かめて,私にこっそり語ったところによると,
「実は付き合っている彼女の事考えていたら,ムラムラしちゃってさー......やっぱ神聖なテントの中であんな事しちゃいけなかったんだよなあ。これはテントの祟りだったんだ。」,と神妙な声。
「テントから出てくる時,パンツ履いてて良かったジャン。」,と軽く受け流す私。

 まあテントの中が神聖な場所かどうかは知らないが,しょうもない奴だ。その後H比野には事の真相を話したのだが,
「そんな訳は無い!。あれは絶対に祟りだったんだ。」,と強く信じ込むH比野。
彼は今でも祟りだと思っているんだろうか。


「H比野よ,これが真相なんだよ!」