沙羅は和子の名を呼ぶ

加納朋子 集英社 本体1700円
 表題作、他10編を収録した短編集。連作短編ではない。とりあえず、表題作について書く。まずは帯からの引用。

 沙羅のことを人に説明するのは、とても難しい。
 母も、父も、一応真剣に聞いてはくれる。
 沙羅がどんなに素晴らしい遊びを思いつくか。
 沙羅がどんな服を着ていたか。
 沙羅がどんなことを言ったか。
 両親は、「うん、うん」と聞いてくれた後で、しかし決まってこう言う。
「和子も早く本物の友達を作らないと」
 本物って何? 偽物の反対?

 しかし、これはそういう話では、まったくない。問題点は2つある。
 まずは内容に対する絶対的な分量の不足。これは短編向きのネタではない。そして、もうひとつは娘である和子(わこ)と父親である一樹の2者の視点を採用したこと。
 これにより、冒頭と中盤以降の展開が乖離してしまっている。少なくとも短編として書くなら、一樹側の視点で統一すべきであったと思う。そうすれば、「現実世界」の象徴的存在である和子と、「もうひとつの世界」の象徴的存在である沙羅は、一樹の視点(=読者の視点)からは同じレベルに属する等価な存在として交換可能になる(つまり、ふたつの世界も等価な存在として交換可能であると印象づけることができる)。しかし、実際には冒頭から和子の視点が導入され、他者の視点からのみ語られる沙羅との間には、絶対的な差異が生じてしまう。これは致命的なミスだと思う。

 とはいえ、それ以外の作品はなかなか楽しめた。気に入ったのは「エンジェル・ムーン」「フリージング・サマー」「天使の都」「海を見に行く日」の4編。わかりやすい話が好きなのだろう。

 それから、これは編集レベルの話なのだが、冒頭におく一編としては、普通のミステリとしても読める「エンジェル・ムーン」か「天使の都」のほうがふさわしいと思うのだが。

★★★

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象と耳鳴り

恩田陸 祥伝社 本体1700円
 この作品集に収録されている短編において、すべての「謎」は登場人物によって「発見」される。「推理」され、「解決」するに至って、「謎」が事後的に形成されると言い換えることもできる。しかも、ほとんどの作品での「解決」には外部による保証は与えられない。つまり、あくまで主観的な「解釈」のレベルにとどまるのである(例外は「待合室の冒険」と「机上の論理」)。つまり、そこには初めから事件など起こっていなかったのかもしれないのだ。
 これはこの作品集の最大の欠点であると同時に最大の魅力でもある。
「推理」が事後的に「謎」を確固たる事実として確定するだけの力に欠けているため、はじめから作り話を聞かされているような印象を受けてしまう。これは、主人公が論理の余白を想像で語りすぎているということにも起因している。もっとも、それを言い出したら、程度の差こそあれ多くのミステリが同様の誹りを受けることになるだろうし、「推理」する存在に対する批評的言説を欠いていることは、この作品集の場合、むしろプラスに作用していると思う。
 さらに、主人公の設定が退職した元判事の男性、ということも、作者と登場人物が相似形を描きがちなを新本格書作品とは一線を画しており特筆すべきことだろう。
さて、最後に特に気になった点をふたつあげておきたい。
「魔術師」に見られる作者お得意の都市伝説テーマの作品はやはり消化不良の観は否めない。新たな長編の登場を待ちたいと思う。また、冒頭に収められている「曜変天目の夜」だが、この解決は一般的な意味で現実的とは思えないので、冒頭の一編としては適切ではないように思えた。

★★★

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木曜組曲

恩田陸 徳間書店 本体1600円
 恩田陸の長編ミステリはどうもあわないようです。残念……。

★★

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月は幽咽のデバイス

森博嗣 講談社 本体800円
 狼男が住んでいるという噂が囁かれる屋敷。パーティの晩、邸内のオーディオルームで発見される血塗れの死体。現場は密室。……という設定からして、例えば同じネタで島田荘司直系の作家(例えば、歌野晶午)が書いたら、おどろおどろしいホラー風のミステリになることは間違いない。しかし、この作者の場合、良くも悪くも演出がストイックというか淡泊というか、キャラクタたちの強烈な個性も手伝って、まったくそういう話にはならないのはいつも通り。基本的に筆者は森博嗣の作品はキャラクタ小説として読んでいるので、そのあたりにまったく不満はない。単純におもしろく読めた。
 唯一このシリーズに不満があるとすれば、瀬在丸紅子が没落した金持ちであるということくらい。前シリーズの西之園萌絵のキャラクタとしての強度を保証しているのが物質的な裕福さであるのは否定のしようがない事実で、それを取り去ってなお、萌絵と同じかそれ以上の強度を持つキャラクタは可能なのか、という要請から瀬在丸紅子のキャラクタが設定されているように思えるのだが、それにしては徹底が足りない。裕福だろうが貧乏だろうが関係がないから、かつて裕福であったという設定でも構わない、というのはいささか説得力に欠けると思う。とはいえ、実際のところ、作者がそのような意図で瀬在丸紅子というキャラクタをつくりだしたのかどうかは定かではないので、まったく的はずれな批判かもしれない。
 もっとも、現在の瀬在丸紅子は充分魅力的で、執事である根来との会話など、何とも言えないおかしみがあり、この設定は充分有効に機能していると思う。

★★★

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安達ヶ原の鬼密室

歌野晶午 講談社 本体900円
 物語は三つのパートから構成されている。第一のパートは漢字を使わない子供向けの童話を思わせる文体で語られる「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」。第二のパートはアメリカのハイスクールに留学している女子高校生が猟奇的な殺人事件に巻き込まれる「The Ripper with Edouard」。そして第三のパートが本編である「安達ヶ原の鬼密室」。さらに「安達ヶ原の鬼密室」は四章に分かれており、疎開先の寺から抜け出した少年・兵吾が体験した恐ろしい事件を描く「黒塚七人殺し」(これが事件本編にあたる)、それから五十年後に主人公である探偵が事件を知るいきさつを語る「直観探偵・八神和彦」、かつて八神が解決した別事件を語る長編内短編のような体裁の「密室の行水者」、最後に解決編である「鬼の孤島」という構成になっている。
 途中、まるで島田荘司の作品を読んでいるような感覚を覚える。「安達ヶ原の鬼密室」の真相が明かされると、その感覚はさらに強まる。あまりにも偶然に満ちた真相。ある特定の視点からのみ謎が謎として機能する演出。実在する病気を恣意的に描くことにより形成される鬼の正体。本編とまったくテイストの異なる挿話。などなど。
 しかし、これらは決してこの作品の欠点ではない。少なくとも『暗闇坂の人喰いの木』から『アトポス』に至る大作路線の作品の読後に感じる不完全燃焼という印象は、この作品にはない。それだけでも充分に読む価値があると思う。また、小さな謎でいたずらに話を引き延ばさない点も、非常に評価できる(例えば、鬼=米軍兵士という可能性が早い時点で示唆されることなど)。
 単純に、こういうテイストの作品が読めたことが非常に嬉しかった。次作も楽しみ。

★★★★

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カレイドスコープ島

霧舎巧 講談社 本体1150円
 まず最初に断っておかなくてはならないのは、この作品を読み始めてから読了するまでに一ヶ月近い時間がかかっている、ということである。これは、別にこの作品の責任ではなく、あくまで筆者の個人的事情である(詳細が知りたいという酔狂な方は、2000年2月の日記を参照のこと)。しかし、そのことが、この作品に対する印象に影響を与えているであろうことは間違いない。そのことを念頭においたうえで、感想をご覧いただきたい。

 まず気になるのは、会話の部分。三人以上の登場人物による会話、というのは、二人による会話とはあきらかに異なる技術が必要だと思うのだが、いささか会話の運びにぎこちなさを感じる。一場面に登場する人数を絞る、あるいは、会話に参加する人数を絞る、などの対策が必要だと思える。また、これは会話の流れのぎこちなさの要因でもあるのだが、語り手である人物の思考が頻繁に入りすぎるのも気になる。いちいち感想を語るな、と言いたくなる。視点人物としての自覚が足りない(意味不明)。

 プロットも、むやみと枝葉が多い。朝比奈瑠美など、その役割を他の登場人物に割り振ることで、そもそも登場させる必要すらないように思える。
「恐子」さんのキャラクタも中途半端な印象。
 よくも悪くも「新本格」という言葉のイメージを裏切らない作品、というのが全体を通しての感想。

★★★

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オルファクトグラム

井上夢人 毎日新聞社 本体1900円
 主人公・片桐稔が姉の家を訪れた時、姉は何者かに襲われ、全裸で口を塞がれベッドに縛りつけられていた。稔は犯人に頭を殴られ、一ヶ月間意識不明に陥ってしまう。やがて目覚めた稔は、姉が殺されたことを知らされ、同時に自分の嗅覚が以前とはまったく変わってしまっていることに気づく。「匂い」を見ることができるのだ。稔は自分の嗅覚を頼りに、行方不明になったバンドの仲間を捜し、姉を殺した犯人を突き止めようとする。

「嗅覚」を題材にした、いわゆる「超能力者もの」のバリエーションである。犬並みの嗅覚を持つ人間、という設定を説得力のある形で成立させるための手続きを、非常に丁寧に処理している。井上夢人の作品では、時に専門的な細部について説明することに腐心するあまり、不自然なまでに「説明」を要求する登場人物が出てきて興ざめなことがあるのだが(例えば、『パワーオフ』)、この作品では語り手である主人公の疑問に対する回答=読者に対する説明という形式が無理なく機能しており、不自然に感じることはない。

 井上夢人の作品を読んでいると、同じ役者が同じような役回りで登場しているドラマを見ているような感覚をおぼえる。キャラクタとしての個性よりも、物語における役割というか機能を重視している結果だと思うのだが、そういう意味で、例えば主人公は典型的な井上作品の主人公だし、主人公の恋人にしても同様である。例えば主人公が所属するバンドのメンバーであるホーリューは、主人公とテレビ局との橋渡しが主な役割で、その証拠に、主人公がテレビ局と接触した後はほとんど登場することはない。
 これは決してこの作品の欠点ではなく、むしろいかにこの作品(というか、井上作品全般)が綿密に設計されているかの証拠だといえる。

 とはいえ、だからこそ、読んでいる途中で主人公の恋人であるマミの役割が気になって仕方がなかった。妊娠をほのめかす言葉が出てきた時、典型的な「母胎」としての機能をこの登場人物が演じるのかと思い、正直なところ、うんざりしかけた。物語の機能としての「母胎」に求められているのは「子宮」を遺伝子のバイパスとして提供することに他ならない。主体はあくまで遺伝子のほうであり、「母胎」はあくまで血の継続を保証するための小道具でしかない(これは、一般的な「妊娠」「母胎」に関することではなく、あくまで物語的な機能についての話である。念のため)。
 結果はといえば、既読の方はご承知のとおり、筆者の杞憂だった。その点について、井上夢人は充分に自覚的なのだろう。物語はハッピーエンドで幕を閉じる。
 多くの「超能力者の悲劇」を題材とした物語は、超能力者に対する排斥を身を持って実践して物語を終える(大抵は、超能力者の死という形をとる)。この点が、多くの「超能力者もの」に対する不満でもあった。
 この作品はそもそも理解不能なもの、不可視なものをいかに説明するか、ということに主眼を置いているわけだから、こういう結末になることは自明だともいえる。作品の構成と作品−読者の関係がパラレルな位置にあるわけだが、そのあたりの齟齬に無自覚な作家も多いなか、やはりこれは井上夢人が非常に優れた作家だということの証拠になるだろう。
 とにかく、傑作。

★★★★

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月の裏側

恩田陸 幻冬舎 本体1800円
この感想を読む前にこちらをご覧ください。

 面積の一割を堀が占める水郷都市・箭納倉。そこで、三人の老女が自宅から姿を消し、数日後、行方不明になっていた間の記憶をなくして戻ってくるという奇妙な事件が起こった。大学教授・三隅協一郎は、かつて弟夫妻が同様の失踪を経て、まったく姿形は同じだが別の何ものかになってしまったことを知っていた。かつての教え子である塚崎多聞と娘の藍子、さらに三人の老女に取材した新聞記者である高安則久の助力を得て、協一郎は箭納倉に棲む正体不明の存在に迫ろうとする……。

 と、こうやってあらすじを書くといかにも典型的なホラーのようだが、実際には、語り口、叙述の順序が異なるため、まったく異質な印象を受ける。そもそも、主人公が協一郎ではなく、まったく土地とは無関係な多聞に設定されているあたりが変則的である。それも、たまたま来訪して巻き込まれ、自衛のために事態に対処する、というパターンですらない。多聞は物語的な機能としてもキャラクタとしても自律性、指向性を欠いており、その立場は物語の冒頭から終盤まで曖昧なままである。
 さらに、この物語の奇妙なところは、こういった侵略者ものの作品の場合、「侵略前」→「侵略後」の変化の描写こそが重要にも関わらず、「侵略前」がばっさりと切り捨てられていることにある。もっとも、多聞という部外者が主人公に設定されていることからも、作者の眼目がそういった手続きにないことは明白だし、そもそも、「はじまり」がいつなのか不明確である以上、その対比にこだわることは無意味だともいえる(とはいえ、後に「はじまり」が不明確であることが明かされるにしろ、暫定的に「侵略前」「侵略後」の対比は可能だと思うし、普通の作家ならそのように書くのではないだろうか)。

 ……まあ、そんなことはどうでもよろしい。
 上記は、ほとんど意味のない戯れ言に過ぎない。だから「評価できる」。あるいは「評価できない」。書き手の恣意によってどちらにでも書き継ぐことができる。筆者は、だから「評価できる」と続けるつもりで上記の文章を書き綴っていたのだが、たぶん、それは違うのだろうという気がする。

もうじき帰ってくるしね──いつもちゃんと誰かが帰ってきたよ。そういうもんだから、いつもずっと待ってたよ。騒いでも、じたばたしてもしょうがない

 結末近くである人物が語る言葉である。待つこと。『球形の季節』の結末においても、主人公みのりはみんなの帰りを待つという明確な意思を示す。どこへも行かず、ここで待つ、ということ。
 筆者が恩田陸の作品を好きな理由のひとつに、この「待つ」という意思があることは確かなのだが、それを明確に言葉にして説明することができない。

 消化不良のまま中途半端に文章を終えることをお許しいただきたい。

★★★★

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彼女(たち)について
私の知っている二、三の事柄

金井美恵子 朝日新聞社 本体1500円
 あとがきにはこう書かれている。

 この小説の姉妹作で、桃子と花子のほぼ十年前の生活が書かれている『小春日和』(河出文庫)に比べて、彼女たちは、少しは成長したでしょうか。それに、そればかりではなく小説を楽しんで書く癖のあるおばさんの小説も、少しは深まっているでしょうか。

 このあと、「それはまあ、『小春日和』を読んでいない読者は、文庫を買って読みくらべてみなければわかりませんね」という宣伝めいた、というか、宣伝そのものの文章が続くのだが、いきなり結論をいってしまえば、彼女(たち)はまったく成長していないし、おばさんの小説も深まってはいない。もちろん、この小説そのものも前作『小春日和』から何ら変わるところがない。
 金井美恵子のこれまで作品の読者ならば、その変わらないこと自体が「成長」やら「深まる」とった、あたかも誰もが「完成」を目指すことが当然であると、その前提自体を疑いもせずに発せられる言説に対して、批判として機能するよう意図して書かれていることは理解できるのだが、しかし、それにしても、これではあまりにも芸がない、と思わざるを得ない(←ここ、笑うとこです)。
 これは明らかに停滞だと思うんだけどなぁ。
 まあ、おもしろいからいいんだけど。
 とはいえ、金井美恵子にはもっと挑発的な小説を書いてもらいたい(こういう批判を引き出したこと自体が、この小説が挑発的であることの証拠なのかもしれないけど)。

 映画について詳しくないんで、タイトルについての言及は避けておく。

★★★

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美濃牛

殊能将之 講談社 本体1300円
 フリーライターの天瀬啓介とカメラマンの町田亨は、医者に見放された癌患者を治癒したという「奇跡の泉」を取材するために岐阜県の暮枝へと向かう。案内人となるのは、「ディティクティヴ・ディレクター」なる肩書きを持つ石動戯作という謎の人物。
 取材する中、村の有力者であり「奇跡の泉」がある鍾乳洞を私有地として持つ羅堂家の長男が首なし死体として発見されるという事件が起こる。
 都会から自然を求めてやって来た人々の集うコミューン、「奇跡の泉」を中心とした一大リゾートを建設しようとする計画など、様々な人々の思惑が交錯し、事件は混迷を極める。そんな中、暮枝に伝わるわらべ唄をなぞるかのように第二、第三の事件が起こる……。

「新本格」とカテコライズされる作品に対する批判的な意見を念頭において、弱点となる部分をひとつずつ丁寧につぶしていった作品、という印象。動機の設定、登場人物の配置、ストーリー展開、細部の描写など、どれも過剰になることなく、かといって、批判の対象となるほど浅薄でもないほどほどのバランスが保たれているあたり、非常にテクニカルな作品だと思う。その分、驚きに欠けるのは、まあ、仕方ないのだろう。
 それにしても、例えば第二章14節の語りとか、天瀬が鍾乳洞で聞く声であるとか、いまひとつ作者の意図がわからない部分がある。あるいは窓音の存在の不可解さにしても、作品全体の明解さとはあきらかに齟齬をきたしており、何とも落ち着かない。
 ともあれ、全体としては非常によくできた作品。次作にも期待。

★★★

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UNKNOWN

古処誠二 講談社 本体740円
★★★
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夢・出逢い・魔性

森博嗣 講談社 本体820円
★★★
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記号を喰う魔女

浦賀和宏 講談社 本体820円
★★★
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真っ暗な夜明け

氷川透 講談社 本体900円
★★★
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