ブループラネット移民ガイド
第1部「ブループラネットへの道」

 海で生きるということは、食物連鎖の中で生きるということだ・・・。
そこでは、必ずしも我々がその頂点にいるとは限らない。
                           クストー


ブループラネット移民ガイド 第1部「ブループラネットへの道」

・はじめに

 「ブループラネット」は、1997年にBiohazard Games 社から出版され、全米RP
Gファン達の熱い注目を集めた本格ハードSF−RPGです。1997年最大の話題作
と言っても過言ではないでしょう。その後、版権がFantasy Flight Games社に移り、
2000年にはルールシステムを刷新した第2版が出版されました。

 「ブループラネット移民ガイド」は、この話題作を徹底的に解説する連載です。
第1部「ブループラネットへの道」では、このRPGの魅力的な背景世界、海洋惑
星ポセイドンの歴史について説明します。

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 さて、「ブループラネット」とは、どのようなRPGなのでしょうか?

 この質問に対する答えは1つではありません。ブループラネットは数多くの顔を
持っています。ある意味では、この多面性こそが、ブループラネット最大の特徴と
言えるでしょう。そのうちのいくつかの代表的な側面を以下に示しておきます。

1.ハードSF

 ブループラネットの背景世界は、今から約200 年後の未来、西暦2199年に設定さ
れています。200 年といえば、少なくとも技術的な観点からは、かなり遠い未来で
すね。

 しかし、そこには超光速ドライブや反重力、巨大戦闘ロボット、超能力といった
ガジェットは登場しません。タイムトラベルも、人工頭脳も、銀河帝国も、それど
ころか宇宙戦艦やレーザー光線銃すら登場しないのです。

 その代わり、ブループラネットには、スカイフック(軌道エレベータ)、世界規
模のバイオハザード(生物的災害)、テラフォーミング(惑星環境改造)、人工レ
トロウイルスによる遺伝子改造、異星の奇妙な生態系、知性化されたオルカ、冷凍
睡眠、遺伝子操作で作られた海棲人、理解を越える異質な知性とのコンタクト、ナ
ノテクノロジー、そして極めつけに「海底に直立する謎めいた漆黒の石版(モノリ
ス)」といった小道具が、これでもかと言わんばかりに詰め込んであります。

 そう。ブループラネットは、「ハードSF」の再現を狙ったRPGなのです。

 これまでにも、スペースオペラ、ミリタリーSF、サイバーパンクといったSF
の人気サブジャンルについては、それぞれ代表作と呼べるメジャーなRPGがあり
ました。

 が、意外なことに、本格的なハードSF−RPGと呼べるメジャーRPGはなか
ったのです。おそらく、ブループラネットは「最初の本格的ハードSF−RPG」
としてRPG史に名を残すことでしょう。


2.海洋冒険/秘境探検

 ブループラネットの舞台となる惑星「ポセイドン」は、地表の97パーセントを
海に覆われた、ほぼ完全な海洋惑星です。軌道ステーションから見下ろしたポセイ
ドンは、タイトルの通り「青い星」です。

 そういうわけで、ブループラネットにおける冒険には、ほぼ間違いなく海が登場
します。多くの場合、ストーリーラインの大半は、海上、または海中で進行するこ
とになるでしょう。果てしない大海原こそ、ブループラネットの主人公だと言って
よいかも知れません。

 また、ポセイドンの陸地は点在する島であり、そのほとんどは探査すら行われて
ない未開の地です。そこには、我々の想像を絶する奇妙な(そして危険な)生物た
ちが、地球とは異質な生態系と食物連鎖を作り上げています。

 危険なのは生物だけではありません。地球の内倍もの猛威をふるうサイクロン、
不安定な電離層、活発なプレートテクトニクスにより引き起こされる地震や噴火な
ど、秘境探検を盛り上げてくれる危機に事欠くことはありません。

 このように、ブループラネットにおいては、海底、海上、前人未到のジャングル
といった野外が主な舞台となります。PC達の仕事が、学術調査であれ、人命救助
であれ、旅客運送であれ、ポセイドンで活動するということは「海洋冒険」「秘境
探検」を体験することなのです。


3.西部劇

 もちろん、ポセイドンの地表の全てが未開の地だというわけではありません。
 小さな植民地村が島々に点在していますし、町や都市だって存在します。

 ポセイドンはゴールドラッシュにさらされており、流入する移民によりどの町で
も人口が急激に増大しつつあります。結果として犯罪やトラブルが多発しますが、
これに対処できるだけの広域警察機構は存在しません。

 そういうわけで、居住区の治安を維持しているのは、住民が自発的に組織した自
警団や、植民地統括府から任命された保安官です。むろん、近代的な裁判制度など
望むべくもなく、「酒場で保安官が悪漢を問答無用で射殺する」といった出来事は
日常茶飯事です。

 町はそれぞれ孤立しており(なにしろ孤島にあるので)、飛行機が利用できる島
は限られているので(なにしろ飛行場がないので)、人や貨物の輸送は船に頼るこ
とになります。ところが、海には海賊オルカの群れや、大海蛇(全長75メートルの
大ウナギとか)が出没します。そこで、護衛のために船主は腕のたつ(お尋ね者の)
サイバーガンマンを雇って・・・。

 お分かりの通り、熱気と無法、希望と暴力が砂ぼこりと共に渦巻く伝説的なアメ
リカの西部開拓時代がモデルになっています。小さな町に(文字通り)流れ着いた
PC達は、西部劇そのものの冒険に巻き込まれることでしょう。

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 むろん、ブループラネットにはこれら以外にも多彩な側面があります。
 サイバーパンクの側面もありますし、テクノスリラーでもあります。また、エコ
ロジー(生態学)は、この作品における重要なテーマとなっています。

 「ブループラネット移民ガイド」では、このようなブループラネットの多面的な
魅力を余すことなく解説する連載です。


・星々へのショートカット

 第1部「ブループラネットへの道」では、太陽系から35光年の彼方に位置する、
ヘビ座ラムダ星系"Lambda Serpentis System" への植民から、ロング・ジョンの発
見、それに続くゴールドラッシュに至るまで、「ブループラネット宇宙」の歴史を
概説します。

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 2043年に発明された高温超伝導物質(摂氏−14 度、後に改良され−5度で超伝導
状態になる特殊セラミック)を製造するためには、完全な無重力環境が必要でした。
 このため、地球軌道上に工場を建造するという計画が経済的に充分ペイするもの
となり、にわかに現実味を帯びてきました。

 2049年には、安価で安全性の高い核融合炉が実用化されました。これによりエネ
ルギー危機が解決されただけでなく、核融合ドライブを採用したスペースシャトル
を運用させることによって、軌道上への貨物運搬コストが大幅に下がったのです。

 さらに、運搬コストの低減は、月面および小惑星帯(アステロイドベルト)での
鉱物採掘事業を成立させることになり、次々と地球外の採掘基地建造計画が持ち上
がりました。

 2052年には、月面における恒久的な居住都市の建造が始まり(6年後に完成)、
2060年には国連によって火星のオリンポス山の麓に基地が設営されました。

 さらに2070年になると、小惑星セレスに探査隊が到達し、ほぼ自給自足が可能な
恒久的基地が築かれました。2075年には小惑星帯での鉱物資源の採掘が開始され、
膨大な利益が得られることが明らかになりました。この結果、小惑星帯での採掘事
業への企業参入が相次ぐことになりました。

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 こうして、21世紀の半ば過ぎ、地球から月−火星−小惑星帯へと、人類の生息域
は大きく広がってゆきました。しかし、木星以遠の、いわゆる外惑星の開発はほと
んど未着手の状態で、ましてや他恒星系への到達など夢物語に過ぎませんでした。

 恒星間に横たわる想像を絶する距離を考えると、「いつの日か、人類が他恒星系
に到達するときが来る」と信じることさえ困難だったのです。

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 [解説:宇宙開発]

  地球の鉱物資源は枯渇しつつあり、残された鉱物資源の採掘コストは上昇す
  る一方です。これに対して、例えば月面や小惑星の表層近くには豊富な鉱物資
  源が眠っており、しかも重力が極端に低いため、採掘コストは地球のそれと比
  べると無視できるほど安価になります。(初期の設備投資は別ですが)

  また採掘した鉱石を地球軌道まで移動させるためのマス・ドライバー(電磁
  カタパルト)は、現在の技術だけで充分に実現できるものです。

  ですから、後は地球軌道と地上間の貨物輸送コストさえ下がれば、小惑星採
  掘は経済的に成立するビジネスとなるのです。そして、21世紀初頭には、単段
  型再使用軌道ロケット(SSTO)の登場により、軌道と地上間の輸送コスト
  は劇的に下がることが期待されています。

  これが、現在(1998)、米国の多くのベンチャー企業が、小惑星採掘を初めと
  する宇宙開発ビジネスに名乗りを上げている理由です。宇宙開発は、もはや夢
  でもロマンでもなく、現実のビジネスチャンスとなっているのです。米国では。

  ブループラネットにおいては、「無重力環境でないと製造できない貴重な物
  質の発明」および「核融合エンジンの実用化」が、こういった(現実の)動向
  に拍車をかけ、21世紀の後半には月、火星、小惑星にまで人類の生息域が広が
  っていることを想定しています。現実的で実現可能なシナリオです。

  ただし、恒星間航行となると話は全く別です。太陽系内の資源を開発するこ
  とに比べると、恒星間航行は想像を絶するほど困難な大事業なのです。その困
  難さたるや、どれほど困難であるか具体的に想像すること自体が困難と言える
  レベルです。

  例えば、現在(1998)までに人類が到達した最も遠い距離(月までの距離)を
  1センチメートルに縮小したとしましょう。すると、最も近い恒星系(そう、
  アルファ・ケンタウリ)までの距離は、何と1000Kmになります。お分かり
  の通り、生半可な技術で到達できる距離ではありません。

  もちろん、この遠大な距離を克服するための技術は現在(1998)でもいくつか
  考案されています。バサード型ラムジェットエンジン、レーザー推進、光子ロ
  ケット、太陽風帆船などなど。

  しかし、これらの技術が仮に実用化されたとしても、なおかつ恒星間航行に
  は気の遠くなるような時間とコストがかかることは間違いなく、少なくとも
  経済的に見合う可能性はありません。

  ブループラネットのデザイナーは、安直な「ハイパースペース・ジャンプ」
  や「ワープ航法」といった科学的根拠のない魔法の超光速エンジンを持ち出す
  ことなく、「2199年の他恒星系植民地を舞台とするハードSF設定を成立させ
  る」という難題に挑みました。そして、その解答は・・・。

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 人類の生息域を離れ、さらに太陽系の外辺に向かって亜光速で移動する視点にな
ったと想像してみて下さい。木星、土星、天王星、海王星といったガス巨星の軌道
を通り過ぎ、やがて太陽系最果ての惑星、冥王星軌道にさしかかります。そこを過
ぎると、あとは隣の星系まで全く空虚な深宇宙空間がただ広がっているだけ・・・

 ・・・ではありません。冥王星軌道の外側、太陽を中心とする半径ほぼ1光年の
広大な空間には、大小さまざまな氷の固まりが雲のように散らばっているのです。
その存在と構造を初めて指摘した天文学者ジャン・オールトの名にちなんで、この
領域は「オールトの雲」と呼ばれています。

 オールトの雲を漂う氷の固まりが、太陽からの引力によって徐々に加速され、や
がて長楕円軌道に乗って太陽の近傍を通り過ぎることがあります。太陽に近づいた
氷は、輻射熱のため表面が溶け始め、長い尾を引くようになります。これが、彗星
(コメット)と呼ばれるものです。オールトの雲は、実のところ彗星の故郷であり、
彗星核の巣でもあるのです。

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 ジョン・マスターズとユーリー・ヴィシェンコという2人の天文学者が、いくつ
かの彗星の軌道が、理論から予想されるものと比べずれていることに気づきました。
ごくわずかな、しかし観測誤差を越えたずれでした。

 様々なモデルを検討した結果、彼らは「太陽系の最外辺、オールトの雲に未知の
重力源があり、このために彗星の軌道が乱されている」という仮説にたどりつき、
論文をフィジカル・レビュー・レターズ(2075年1月号) に発表しました。

 彼らが推測した重力源の位置は、太陽から783.17天文単位の距離にありました。
 ちなみに冥王星の軌道は太陽から39.44 天文単位ですから、重力源の位置は太陽
系の半径のざっと20倍離れた地点ということになります。

 もし本当にその位置に未知の重力源があるとすれば、それは少なくとも光の放射
および反射を行わないものに違いありません。光学(および電波)望遠鏡では全く
何も観測されなかったからです。

 多くの人が、未知の重力源の正体はマイクロブラックホールだと考えました。
(ちなみに、言うまでもなくもっと多くの人が「地球を監視している超巨大UFO
に違いない」と信じました)

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 2077年、ジェット推進研究所が完成させた最新の宇宙探査機「プロメテウス2」
が、UNSA(国連宇宙局)によって打ち上げられました。プロメテウス2は核融
合ドライブを用いて最終的に光速の1.5 %まで加速し、それでも1年近くかかって
ついに重力源の周回軌道に乗りました。

 プロメテウス2から送られてきた観測データを解析した科学者チームは、驚くべ
き結論に到達しました。そこにあるのは、巨大でかつ安定したローレンツ・ワーム
ホールだったのです。当然のことながら「マスターズ=ヴィシェンコ・ワームホー
ル」と命名されたその時空の穴は、直径13.8Kmという巨大なものでした。

 2078年、UNSAの決定に基づき、プロメテウス2をワームホールへ突入させる
実験が敢行されました。プロメテウス2はワームホールへ「落下」し、通信は途絶
しました。

 5日後、プロメテウス2はワームホールから「こちら側」への再突入に成功し、
データ送信が再開されました。プロテウス2が送ってきた記録データから、次のこ
とが疑う余地なく立証されたのです。

  ・プロメテウス2は潮汐力で破壊されることなくワームホールを通り抜けた。

  ・ワームホールを通り抜けるために必要な時間は一瞬である。

  ・周辺の強力な電磁界のため、ワームホールを経由して電波信号を送ることは
   出来ない。

  ・ワームホールの「向こう側」は、太陽系から35光年離れた位置にある恒星系
   だった。(観測データから、ヘビ座ラムダ星系と判明)

  ・向こう側の恒星系には、複数の惑星が存在する

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 こうして人類は、UNSAの発表の言葉を借りるなら「星々へのショートカット」
を手に入れました。驚くべき偶然によって、35光年離れた2つの恒星系(我々の太
陽系と、ヘビ座ラムダ星系)は、時空を超えて結ばれていたのです。


            ・・・しかし、それは本当に偶然だったのでしょうか?


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 [解説:ワームホール]

  プランク長。それは「長さ」という概念が意味をもつギリギリの下限であり、
  おおよそ10のマイナス35乗メートルに相当します。(この長さに比べると
  原子ですら宇宙と同じくらい巨大です)

  遠目にはきめ細かく滑らかに見える織物が、近づいて見ると綻びや穴が目に
  つくのと同じように、プランク長を基準とした超微小スケールで眺めると、も
  はや空間は滑らかで連続的なものではなく、不安定に沸き立つ泡や、生成消滅
  を繰り返す微小なワームホールの集合体になってしまうのです。

  量子論によって導き出された「微小ワームホール」の概念は、なかなか魅力
  的なものでした。それは空間の任意の2点を結びつける「時空のほころび」で
  す。もし、ワームホールを通り抜けることが出来れば、空間的に遠く離れた2
  点間を一瞬にして移動できるかも知れません。(微小ワームホールの直径は、
  10のマイナス35乗メートル程度なので、これはちょっと困難ですが)

  多くの物理学者が、もっと巨大で(はっきり言えば「宇宙船が通れる」)、
  安定したワームホールの存在が理論的に可能かどうかを論じています。学者た
  ちの一部は、「可能である」と主張しています。

  その主張によると、ビッグバンの直後に生じたインフレーション膨張期に、
  微小ワームホールが「引きのばされ」て、マクロな、安定したワームホールに
  なった可能性があるというのです。

  もし、この主張が正しく、実際に我々の宇宙に巨大ワームホールが存在した
  とすると、色々とやっかいな問題(あるいは心ときめく可能性)が生じます。
  例えば、そのような巨大ワームホールの一端を相対論的速度で動かすことが
  出来れば、タイムマシンが実現する、といった具合です。

  マクロなワームホールが我々の宇宙に存在するかどうか、確定的なことは何
  も言えません。

  しかし、かつては「ブラックホール」だって純粋に理論的な、一般相対論か
  ら導き出される数学的な特殊解に過ぎず、実在するとは物理学者ですら信じて
  なかった時代だってあるのです。それが今や、ブラックホールは観測されてい
  るだけでなく、ごくありふれた天体だと見なされています。また、我々の銀河
  系の中心部に巨大ブラックホールが存在するという強固な証拠が集まりつつあ
  ります。太陽を含む銀河系の全ては、かつて単なる理論上の存在に過ぎなかっ
  たものを中心に周回しているわけです。

  このような教訓から「理論的に存在が許されるものは、この宇宙に実在する」
  という信念を持つ急進的な学者グループは、いつかマクロなワームホールが発
  見され、工学的に利用できる日が来るに違いないと考えているのです。

  ともあれ、ブループラネットのデザイナーが出した解答は、この「巨大で安
  定したワームホール」を利用することでした。これにより、2つの恒星系を結
  びつけ、片道6カ月の亜光速恒星系間航行を可能にしたのです。

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ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: ワームホール

 今回の一冊 :「時間的無限大」 スティーヴン・バクスター

 バクスターは、日本でも人気の高い英国のSF作家です。読者の度肝を抜く壮大
な設定、もうこれは誰が書いても宇宙冒険活劇(スペースオペラ)になるよなあと
いう燃えるシチュエーション。それなのに読後感はとっても地味。本書は、そんな
バクスターの特徴がよく出た作品です。星雲賞受賞。

  ワームホールを利用したタイムマシンにより接続された過去と未来の太陽系。
  未来からの逃亡者、迫る支配種族の追手。宇宙の量子状態を確定させる「究極
  の観測者」とは何か。1500年の時を超え、人類の未来を賭けた戦いが始まろう
  としていた!

 ・・・このストーリーで地味な話を書いてしまうバクスターって人は、やっぱり
ただ者ではありません。


・スカイフック建造

 アポロ計画に代表される多段式ロケットから、ブースター型スペースシャトル、
単段式ロケットSSTO、そして核融合ロケット・・・。
 ロケット工学の急速な進展は、人々の心をときめかせ、宇宙への夢をかきたてて
きました。

 しかしながら、ロケットには根本的な制限があります。地表から打ち上げられた
ロケットの全質量のうち、軌道まで届くのは6%未満です。残り94%以上は燃料
(噴出質量)として消費される運命にあります。もちろん、これは理想的な値であ
り、実際には全質量の1〜2%を軌道まで届けることしか出来ないのです。

 これは物理の基本法則から導き出される結果であり、どんなに技術が進んでも、
ロケット(つまり推進剤を噴出してその反動で加速を得る)方式を採用する限り原
理的に超えられない壁です。

 ですから、例えば5万トンの軌道ステーションを建造するための資材をロケット
で運搬すると、100万トンを超えるロケット燃料を消費しなければなりません。

 100万トンのロケット燃料!

 そんなものが用意できるはずはありませんし、かりに用意できたとしても、地球
環境に与える影響を考えると、それを大気圏内で燃焼させるのは無茶な話です。そ
れに、こんなやり方だと、資材1トンを軌道まで運搬するためのコストはとてつも
ない価格になり、経済的にも困難になります。

 要するに、人類が本格的に宇宙に進出するためには、資材を軌道まで運ぶために
何かロケットに代わる新しい技術が必要なのです。

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 ここで、考えてみて下さい。

 もし、地表から軌道までの運搬コストが、資材1トン当たり5ドル程度になり、
何万トンもの資材を軌道まで運んでも地球環境への影響は無視できるほど小さい。
そんな技術が存在したらどうなるかを。

 しかも、資材の代わりに宇宙船を運搬すると、全く燃料を使わずに地球重力圏脱
出速度(第2宇宙速度)を得ることができ、1トン当たり5ドルのコストで火星で
も土星でも好きな場所に宇宙船を送り届けることが出来るとしたら・・・。

 そんなことが可能なら、もはや人類の宇宙進出を阻む障害は全て消え失せてしま
うに違いありません。

 そんな夢のようなうまい話があるはずがない、そう思いますか?

 ところが、それがあるのです。これが可能であり、充分に実現性があることは、
アポロ宇宙船が月面に着陸するより10年近く前から分かっていました。

 その後も数多くの科学者、技術者がこの素晴らしいアイデアを検討し、大量の論
文が書かれました。基本的な構想は既に充分に確立されています。残った問題は、
「どのような材料で建造するか」「いつ建造を開始できるか」といった項目だけで
す。

 この構想は、一般に「スカイフック(軌道エレベータ)」と呼ばれています。

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 2071年、月面採掘基地からマス・ドライバーで打ち出され、地球周回軌道に乗せ
られた多量の鉱物資源を利用して、静止衛星軌道上に巨大な宇宙ステーションが建
造されました。これが、スカイフック計画の第1ステージだったのです。

 スカイフックというアイデアの普及に多大なる貢献をした科学啓蒙家の名前にち
なんで「クラーク・ステーション」と名付けられたその静止衛星は、炭素フラーレ
ン繊維を大量に生産する工場としての機能も持っていました。

 捕獲した「アンカー」小惑星の一部を原料に、クラーク・ステーションで炭素フ
ラーレン繊維の大量生産が開始されました。炭素フラーレン繊維のケーブルは、ス
テーションからその上下(地球へ向かう方向と、その反対方向)へ静かに伸ばされ
てゆきます。

 静止衛星の「真下」「真上」の地点に働く力は、重力と遠心力だけです。真下で
は重力が遠心力より強く、真上ではその逆です。いずれにせよ、横向きに働く力は
存在しないので、静止衛星から真下と真上に伸ばしたケーブルは、それぞれ重力と
遠心力により真っ直ぐに引っ張られ、ピンと張るのです。常に全体の重心がステー
ションにあるように注意する限り、両側にケーブルをどんどん伸ばしていっても、
構造物全体は安定しています。そして構造全体が地表に対して静止したままです。

 やがて、真下に向かって伸びていったケーブルが地表に到達します。その地点、
かつてインカ帝国が築かれ、後にエクアドルの首都キトーとして知られ、今や国際
都市「ポート・ホライズン」と命名された赤道上の地点で、ケーブルは地上建造物
にしっかりと固定されます。

 一方、反対側に伸びたケーブルの末端は、「アンカー」小惑星に固定されます。

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 こうして、静止衛星「クラーク・ステーション」を重心として、地表のポート・
ホライズンまで実に38,000 Km 、反対側に向かってその3倍以上の長さに伸びる炭
素フラーレン繊維のケーブルが完成しました。

 これを足掛かりに、繊維がどんどん追加され、ケーブルは太くなってゆきました。
もちろん、自重で切れないようにテーパを付けた形で。

 2079年、基礎工事は全て完了し、試験運転が行われました。

 ポート・ホライズンに建造された大型核融合炉から電力供給が開始され、ケーブ
ルの各部分に構成された超電導コイルが強力な磁界をつくり出します。資材を積ん
だエレベータは、電磁駆動により加速され、地表を離れてケーブルに沿って上昇し
始めます。そのまま大気圏を離れ、さらに上昇を続け、やがて軌道ステーションに
到達するのです。

 逆に軌道ステーションから資材を下ろすエレベータは、重力により自然に加速さ
れる(自然落下する)ところを電磁制動でゆるやかに下降するように制御すると共
に、電磁制動により生じた電力を「上り」エレベータを駆動するために使います。

 こうして、一度運転が開始されると、後は摩擦や熱として失われる電力を補填す
るだけで、ケーブルに沿ってエレベータを上下させることが出来ます。

 初めてアイデアが提出されてから100 年以上の時を経て、ついに人類はスカイフ
ックを手に入れたのです。

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 [解説:スカイフック(軌道エレベータ)]

  スカイフックのアイデアを最初に提示したのは、ソビエトの技術者ユーリ・
  アルツターノフです。1960年のことでした。その後、西側でも同様のアイデア
  が提唱され、1970年代後半には少なくとも科学者や技術者の間で「スカイフッ
  ク構想」は著名なものとなりました。
  1979年には、アーサー・C・クラークによって「楽園の泉」が発表され、ス
  カイフック構想は一気にポピュラーなものとなります。

  スカイフックは、従来のロケット方式が抱えていた問題(燃料、環境汚染、
  コスト)を全て解決する素晴らしい技術ですが、実用化のためにはケーブルの
  素材が最大の難関となります。

  静止衛星から38,000 Km のケーブルを地表に向かって垂らすと、ケーブルは
  自分自身の重さで切れてしまうのです。これを切れないようにするためには、
  とてつもない引っ張り強度を持つ素材が必要になります。
  ブループラネットでは、炭素フラーレン分子を元につくり出した単分子繊維
  をケーブルの素材として使用するという設定になっています。

  炭素フラーレン分子というのは、炭素原子をサッカーボールの形に共有結合
  させた分子(C60とか、バッキーボール、とかいった愛称で知られています)
  で、様々な応用が期待されている話題の分子です。

  この炭素フラーレン分子を変形させ、細長い中空の筒状にしたとしましょう。
  すると、いくらでも長い中空繊維の分子を(原理的には)作ることが出来ます。
  これが炭素繊維です。

  この炭素繊維、太さは分子レベルで、中空ですから非常に密度が低く、原子
  同士が共有結合していますから引っ張り強度はダイヤモンドを凌ぐ、という凄
  い素材となります。たとえ長さが何Kmもあったとしても、全体が1つの分子で
  あることから、この繊維は「単分子繊維」ということになります。

  SF作家は、単分子繊維が無敵の武器になることに気づきました。なにしろ
  太さは分子レベルで、絶対切れない繊維ですから、これを何とかして振り回す
  ことが出来れば、あらゆる物質を「すぱっ」と切断できるわけです。敵がどん
  な防具を付けていても関係ありません。ゆで卵を糸で切るがごとく、防具ごと
  切断できるのです。

  ちなみにこのネタ、後にウィリアム・ギブスンというSF作家が、一連のサ
  イバーパンク小説の中で使ったことで一気に有名になりました。「モノフィラ
  メント・ウィップ」「単分子ワイヤー」などと呼ばれる小道具が、それです。

  さて、この炭素フラーレン繊維を何本も何本もより合わせて、太くしたとし
  ましょう。すると、それこそスカイフックを構成できるだけの引っ張り強度を
  持つ夢のケーブルが出来上がります。

  ブループラネットの設定では、こうやって作った直径30mの中空ケーブル
  を使って、スカイフックが建造されたことになっています。

  ブループラネットの設定データでは、ケーブルの中を電磁駆動で上下するエ
  レベータには、貨物100トンと乗客90名を乗せることが出来ることとなっ
  ています。上りと下りのエレベータを1対として、全部で4対のエレベータが
  運用されています。

  エレベータで地表から静止衛星軌道、クラーク・ステーションまで上昇する
  のに必要な時間は16時間。現在の空港と同じく維持費や減価償却費があるの
  で、運賃は5ドルというわけにはいかず、その100倍ほどかかります。しか
  し、ロケットで軌道まで上昇するのにかかる費用に比べれば、無視できるほど
  安価だと言えるでしょう。

  現在(2199)、スカイフックの地表基地、ポート・ホライズンは、文字通り地
  球と宇宙を結ぶポートとなっており、人口200万人を超える国際都市として
  賑わっています。

**

 スカイフックの完成はギリギリのところで間に合いました。というのも、スカイ
フックが完成したのは2079年、マスターズ=ヴィシェンコ・ワームホールが発見さ
れてから1年後だったのです。もし、スカイフックの完成があと10年遅れていれ
ば、人類の歴史は大きく変わっていたことでしょう。

 スカイフックは、静止軌道と地表の間で資材を運搬する「軌道エレベータ」とし
ての用途の他に、巨大な「宇宙船射出器」として使うことが出来ます。

 まず地表にある宇宙船を、軌道エレベータに電磁石か何かで固定します。そのま
まケーブルに沿って静止衛星軌道まで上昇させ、さらに軌道ステーションを通りす
ぎてその先まで進めます。

 静止衛星軌道を過ぎると、重力より遠心力の方が大きくなり、軌道エレベータは
どんどん地球から離れる方向に加速してゆきます。ちょうど、宇宙の彼方に向かっ
て「自由落下」しているようなものです。そのうちに軌道エレベータの速度は地球
重力圏脱出速度(第2宇宙速度)を超えます。

 ここで、適切なタイミングで電磁石を切って宇宙船を軌道エレベータから切り離
します。タイミングさえ計算しておけば、宇宙船は火星でも土星でも任意の地点に
向かって脱出速度で「射出」されたことになり、そのまま、燃料を消費することな
く、目的地まで飛び続けるのです。

 有人宇宙探査船「アルゴー12(Argos12) 」によるヘビ座ラムダ星系の探査ミッ
ション、それに続く大型植民船「クストー(Cousteau)」の軌道上での建造と発進。
 これらはスカイフック無しには到底実現できなかったことでしょう。

 ワームホール、星々へのショートカットは、驚くべき偶然により人類に与えられ
たものでした。しかし、それを活用するためにはスカイフック、星々に架ける橋が
必要でした。そして人類は、自らの手でそれを作り上げたのです。

**

ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: スカイフック(軌道エレベータ)

 今回の一冊 :「楽園の泉」 アーサー・C・クラーク

 軌道エレベータの建造過程を、ただもうそれだけを描いたハードSF。

 盛り込まれた最新の科学的知見、学術論文にひけをとらない定量的で正確な記述、
豊かなイマジネーション、ドラマチックなストーリー展開、そして最終章のセンス
・オブ・ワンダーあふれる展開。どれをとっても「ハードSFの模範的作品」と呼
ぶに相応しいクラーク巨匠の代表作です。ハードSFが好きなら、必ず読んでおき
ましょう。


・海棲人の誕生

 スカイフック(軌道エレベータ)が完成した翌年(2080)、国連によって建造され
た有人探査宇宙船「アルゴー12(Argos 12)」が、ヘビ座ラムダ星系に向けて発進
しました。

 やがて、アルゴー12ミッションチームは、素晴らしいニュースを携えて太陽系
に帰還しました。その報告によると、ヘビ座ラムダ星系の第2惑星は、地球に似た
生命あふれる星だったのです。

 地表の97パーセントを広大な海洋に覆われたその惑星は「ポセイドン」と名付
けられました。ポセイドンは、地表重力、大気組成、気温、どれをとっても地球と
大差なく、人類は大規模テクノロジーによる支援なしにポセイドンで生息すること
が可能だったのです。

 最も驚くべきことに、ポセイドンで繁栄している生物は、全て地球の生物と同じ
タンパク質から構成され、同じDNAを遺伝子としていたのです。これはすなわち
人類はポセイドンの地表で死なずにすむだけでなく、土着の生物を食べ、消化し、
栄養にすることで、無期限に生活することが可能だということを意味します。

**

 アルゴー12の報告を受けて、国連はポセイドンへの大規模植民構想、「アテナ
計画」を発表しました。

 UNSA(国連宇宙局)の委託により、ダンダーク造船"Dundalk Shipbuilding"
が史上最大にして最新鋭の大型植民船「クストー"UNSS Cousteau" 」の建造を開始
しました。

 クストーの建造と並行して、ポセイドンへの植民希望者の募集が始まりました。

 ポセイドンへの植民者となることを希望する応募者は5千万人を超えましたが、
最終候補者として約5000人が選ばれました。候補者は、軍人、宇宙パイロット、政
治家、科学者、技術者、コンピュータ専門家、医者など、いずれも植民地の運営に
とって重要になるであろう各種職種におけるトップクラスの人材ばかりでした。

 そして、国連からの委託を受けたジーンダイバー社"GenDiver"が、彼らに対して
生体改造手術を施したのです。彼らに、ポセイドンの環境に完全に適用した身体を
与えるために。

**

 [解説:宇宙植民と生体改造]

  人類が他の恒星系に植民するときに問題となるのが、「他の恒星系に、必ず
  しも人類の生息に適した惑星があるとは限らない」という点です。

  惑星環境が暑すぎたり、寒すぎたり、重力が高すぎたり、気圧が低すぎたり、
  乾燥しすぎたり、大気や土壌に有毒成分が含まれていたりした場合、そのまま
  では人類はその惑星に植民することが出来ません。

  そのまま生息できるほど地球に似た惑星にしか植民できないとすれば、植民
  可能な惑星は極めて少なくなってしまうことでしょう。

  この問題に対処するために、次の3つの方策が考えられてきました。

  第1の方策は「スペースコロニー構想」です。つまり、惑星に植民するのを
  止めて、惑星に代わる生息環境を人工的につくり出してしまえばよい、という
  考え方です。

  第2の方策は「テラフォーミング」です。惑星環境を、人類にとって住みや
  すいように改造してしまおうという発想です。

  ごく簡単に言うと、人類にとって敵対的な惑星環境を前に「戦いを避ける」
  作戦がスペースコロニー、「正面から戦う」作戦がテラフォーミングです。こ
  れらの方策の欠点は、非常に時間とコストがかかること、そして長期に渡って
  安定した自然環境や生態系を人工的に作り上げることの困難さです。

  この例えでいくなら、いわば「戦わずに共存を図る」という作戦に当たるの
  が、第3の方策である「生体改造(バイオモッド)」です。長所は、時間とコ
  ストが(比較的)安価で、与えられた惑星環境をそのまま活かせることです。

  バイオテクノロジーの発展により、いつの日か人類は自らの身体を好きなよ
  うに改造できるようになる日がやってくることでしょう。そうすれば、様々な
  惑星環境に適応した人類亜種を人工的に創り出すことが出来ます。

  皮膚からの水分蒸発を抑え、乾燥した場所でも生きてゆけるように改造され
  た亜種。皮下脂肪と基礎代謝に手を加え、気温が低くても快適に生活できる亜
  種。肺を改造して気圧が低くても呼吸できる亜種。人工的に創り出した人類の
  亜種を植民者にすることで、人類に対して敵対的な惑星環境を「味方」にする
  ことが可能なのです。

  生体改造手術と共に、遺伝子にも手を加えて、生まれてくる子孫に改造した
  特徴が遺伝するようにすれば、人類亜種は生物学的な意味で「種」となります。

  人類亜種にとって、ターゲットとなった惑星環境は快適で生活し易い場所に
  感じられることでしょう。そして、入植者の子孫は、その惑星をためらいなく
  「故郷」と呼ぶはずです。

  これが、ブループラネットにおける「アテナ計画」、つまりポセイドンへの
  植民計画でした。

  ところで、SFにおいて「生体改造、遺伝子組み換えによる宇宙進出」とい
  うコンセプトは、常に不安な響きと共に語られてきました。なぜなら、それは
  「人類」という種のアイデンティティを揺さぶるからです。

  遺伝子まで改造して宇宙に進出した人々は、もはや普通の意味で「人類」と
  は呼べません。彼らは、生物学的にも、遺伝子的にも、精神的にも、いわゆる
  「人類」とは異質な種族になるはずです。異星の環境に完全に適応し、そこを
  故郷と呼ぶ彼らは、「人類」や「地球」に対して何の感傷も共感も持たないこ
  とでしょう。場合によっては、人類や地球を嫌悪、憎悪し、それを滅ぼそうと
  考える可能性すらあります。

  はたして、そのようなエイリアンを創り出すことが「人類の宇宙進出」なの
  でしょうか? それとも、そのような「人類」の同一性にこだわる考えは、宇
  宙時代にふさわしくない古い考えなのでしょうか?

**

 ジーンダイバー社"GenDiver"の技術者たちは、海洋惑星に適応した2種類の人類
亜種を創り出しました。これらは、まとめて「海棲人(アクアフォーム)」と呼ば
れます。

 海棲人を創り出すプロセスは次のようなものです。

 まず、外科手術による生体改造が行われます。例えば、肺臓を人工的に培養した
組織に置き換えるわけです。首筋から肩甲骨の間にかけて鰓(エラ)が埋め込まれ、
エラ孔を開閉する筋肉組織が移植されます。手足の指の間には水掻きが付け加えら
れます。

 次に、人工的に設計されたレトロウイルスが注意深く注入されます。人工レトロ
ウイルスは、細胞内の核に働きかけ、その遺伝子の一部を自分が運んでいる遺伝子
と交換するのです。これにより、特定の部位を占める細胞の遺伝情報を書き換える
ことが可能になります。

 遺伝子を書き換えられた細胞により構成される身体組織は、外科手術により移植
された器官を、あたかも生まれたときから持っていた器官と同じように受け入れ、
融合します。遺伝子書き換えの効果はそれだけではありません。免疫系、神経系、
ホルモン系、新陳代謝、その他の生化学的プロセスが劇的な変化を起こします。

 塩水に長時間漬かっていても平気な皮膚組織、塩水を飲んで水分を補給できる代
謝系、各種の病原体や怪我に対する強力な耐性、水泳に適した筋肉構成、潜水病を
防ぐための血中窒素の濾過組織、長時間潜水を可能にする酸素保蓄細胞、水温の急
激な変化に耐えられる皮下組織・・・。彼らは海を住処とする種族へと変身してゆ
くのです。

 このようにして、全身を文字通り細胞レベルで変異させます。プロセスが終了す
ると組織は安定し、脳および神経系は新しく付け加えられた器官になじみ、元から
身体の一部だったかのようにそれを制御できるようになります。

 全プロセスの完了には、4〜5カ月の期間が必要です。その間、植民者は昏睡状
態で過ごします。目覚めたとき、彼らは海棲人になっているのです。

**

 海棲人の第1のタイプは、専門用語で「ダイビング・リフレックス・アナログ」
"diving-reflex analogs" と命名されていますが、一般には「ダイバー"divers"」
と呼ばれています。

 ダイバーは、その名の通り高い潜水能力を持った海棲人です。彼らはエラを持っ
ておらず、肺呼吸しか出来ません。従って、海中では息を止めていなければなりま
せん。しかし、彼らは1時間に渡って息を止めたまま海中で活動することが可能な
のです。

 ダイバーは、驚くべき深さまで潜ることが出来ます。また、急速に浮上しても決
して潜水病にかかることはありません。ダイバーが潜れる深さは事実上無制限です
が、実際には深く潜り過ぎると水温が下がって危険ですし、また呼吸のために海面
に戻らなければならない(海中では彼らの肺は縮退しているため、酸素ボンベは役
に立ちません)ことを考えると、実際に潜れる深さには限界があります。

 ダイバーは、深い海底における活動、例えば海中建設やケーブル敷設などの作業
に向いています。

**

 海棲人の第2のタイプは、専門用語で言うと「システミック・オズモフォーム」
"systemic osmoforms"ですが、一般にはスクイド"squid" と呼ばれています。

 スクイドは、耳の後ろから首筋、肩甲骨の間にかけて、細長い筋のようなエラを
持っています。陸上で肺呼吸しているときは、エラ孔はぴったり閉ざされ乾燥を防
ぎます。海中では呼吸システムが切り替わり、肺は縮退して、エラ孔が開き、エラ
呼吸が始まります。

 スクイドは、海中でエラ呼吸できるため、無制限に潜っていることが出来ます。
ただし、エラが大きな水圧に耐えられないため、潜水可能深度は 500メートルほど
に限られます。

 スクイドは比較的浅い海中での長時間作業、例えば海底農業(アクアカルチャー)
や漁業に向いています。

**

 海棲人を生み出すプロセスのうち、ある意味で最も重要なものは、女性植民者の
生殖細胞に加えられた遺伝子書き換えでした。生殖細胞中のX染色体に乗っている
遺伝情報を変更することで、彼女が産む子供は、生まれながらにして海棲人になる
のです。

 これは、ポセイドンの植民者が、海棲人としての生殖能力を持ったということで
す。彼らの次の世代も、その次の世代も、海棲人なのです。

 海棲人を特徴づける遺伝情報は全てX染色体に乗っています。そして、ダイバー
とスクイドの遺伝情報は排他的にアクティベイトされるのです。両者が混じりあう
ことはありません。(ハーフダイバー、クォータースクイドは存在しません)

 例えば、海棲人の女性と、普通人との間に子供が出来たとすると、子供はその性
別に係わらず母親と同じタイプの海棲人となります。

 スクイドの女性と、ダイバーの男性の間に生まれた男の子は、スクイドです。
(性染色体YXのうち、X染色体は必ず母親から受け継いでいるからです)

 しかし、その妹がスクイドになるかダイバーになるかはランダムに決定されます。
(性染色体XXのうち、一方のX染色体は母親から、他方のX染色体は父親から受
け継いでおり、どちらが表現形としてアクティベイトされるかは五分五分です)

**

 海棲人となった植民者たちは、生物学的な意味では海洋惑星に完全に適応できて
いました。しかしながら、彼らの誰一人として、実際に海で生活した経験はありま
せんでした。

 羽根があることが、すなわち飛べることではありませんし、ましてや空中生活に
適応しているということにはなりません。同様に、エラがあるからといって、海で
の生活に適応しているということにはならないのです。

 彼らには、ポセイドンの海で共に生き、海中生活について指導してくれる先輩が
必要でした。そして、アテナ計画の推進者たちは、もちろんそれをよく理解してい
たのです。

**

ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: 海棲人

 今回の一冊 :「ドリフトグラス」 サミュエル・ディレイニー


 ディレイニーは、1960年代の米国SF界を代表する伝説的、というか神話的な作
家です。天才で、黒人で、ゲイで、最も偉大なSF作家の一人。その代表作の1つ
は、予定から何と30年近く遅れて(1996)翻訳され、日本SF界に衝撃を与えました。

 「ドリフトグラス」は、海棲人の悲哀を描いたSF短編。その詩情あふれる文章
と、感動的な(でも要約するとメロドラマ以外の何物でもない)ストーリー。いわ
ゆる往年の名作SF短編で、何度もアンソロジー等に収録されています。

 今回、これを紹介するために改めて読み直してみたのですが、驚いたことに海棲
人のイメージ(特に祭りのシーンとか)が、ブループラネットの設定とほとんど全
く同じでした。これは私の勝手な推測ですが、ブループラネットのデザイナーの念
頭には「ドリフトグラス」があったのではないでしょうか。


・オルカの歌(前編)

 20世紀の終わり頃には、地球の海には約80種ものクジラ類が生息していました。
しかし、海洋汚染が深刻化するにつれ、彼らは1種また1種と絶滅してゆき、今日
(2199)生き残っているのはイルカ、オルカなどの小型種だけです。

 皮肉なことに、大型クジラ類が絶滅したまさにその年に、ハワイ在住の若い動物
学者、マルコス・ゴットフライド博士が、クジラ類との円滑なコミュニケーション
言語の開発に成功したのです。それは後に洗練されインタースペック”Interspec:
Interspecies Language” と呼ばれるようになりました。

 インタースペックの特徴は、非対称言語だということです。クジラ類から人類へ
の意思疎通は、簡単な(クジラ類に発声可能な)単語とジェスチャーの組み合わせ
により表現されます。人類からクジラ類への意思疎通は、主に正規化英語により実
現されるのです。

**

 インタースペックは実用的なコミュニケーション手段であり、今日(2199)も広く
使われていますが、複雑な情報を交換するには限界があります。もちろん、開発さ
れた当初は、それは何ら問題ではありませんでした。クジラ類は複雑な概念を理解
するだけの知性を持っていなかったからです。

 しかし、2042年に全てが変わりました。この年、マルコス・ゴットフライド博士
に率いられたウッズホール海洋研究所の研究チームとジョン・ホプキンス大学との
共同研究により、クジラ類の遺伝子を改造して知性を高める実験が成功したのです。
このプロセスは「知性化("uplift" あるいは"genlift")」と呼ばれます。

 知性化されたクジラ類は、ほぼ人類と同じレベルの知力を持っています。知性化
は遺伝子レベルで行われるため、知性化されたクジラ類の子孫は、全て生まれなが
らに知性化されています。

 今日(2199)、知性化されていない、いわゆる「原種」のイルカやオルカは存在し
ません。そういう意味では、本来のクジラ類は完全に滅びてしまったと言ってもよ
いでしょう。人類は、知性化によって新しい種族を創り出したのです。


 [解説:クジラ類の知性化]

  地球表面の5/6を占める領域、つまり海は、人類にとって永遠の謎です。
  海については未解明の事柄が余りにも多く、深海に至っては、ほとんど未探査
  だと言ってよいでしょう。深海に「イオウを基軸とした生態系が作られている」
  という従来の生命観を覆す大発見があったのは、歴史的にはつい先日のことと
  言ってよいのです。そして、これらの一連の発見と、太古の地球(および他の
  惑星や衛星)における生命の発生や進化との間にある深い関係については、よ
  うやく理解され始めたばかりです。

  人類という、陸に生息し適応した種族にとって、海洋の探査や開発よりも、
  むしろ宇宙開発の方が容易なのです。なぜなら、よく言われるように「ここか
  ら宇宙までの距離は、たかだか1気圧に過ぎない」からです。これに対して、
  海底を探査するためには、凄まじい水圧を克服しなければなりません。

  一方、イルカやオルカなど、いわゆる小型クジラ類は、ほぼ完璧に海に適応
  した哺乳類です。その驚くべき潜水能力や音響知覚(エコー・ロケーション)
  能力を活用すれば、人類が陸上で行ってきたのと同じくらい容易に海洋探査、
  開発が可能になるはずです。

  そういうわけで、遺伝子工学の発展により、イルカやオルカを知性化して海
  洋開発に協力してもらう、というのは魅力的なアイデアです。(もちろん人類
  にとって魅力的だという意味です)

  クジラ類の脳は比較的よく発達しており、哺乳類の中では頭がよい方です。
  そこで、少し遺伝子をいじくってやるだけで、人間と同じくらいの知性を発揮
  するのではないか、という期待が生まれるわけです。

  なお、余談ですが、よく「イルカは人間と同じくらい頭がよい」という話が
  ありますが、それは全くの伝説です。実際には、例えば猿や犬と比べてイルカ
  が特に頭がよいとは言えません。伝説が生ずる主な原因は、我々がイルカの行
  動や習性をついつい擬人化してしまうことにあります。例えば、船を先導する
  イルカ、溺れている人を救助するイルカ、手当てしてくれた人に恩返しするイ
  ルカ、といった話は、全て人間側の勝手な思い込みによるものです。
  (それでも我々はついついファンタジーを信じたくなるものですが)

  哺乳類の知性化というアイデアは、さほど荒唐無稽なものではありません。
  それほど遠くない将来、遺伝子工学の発達により実現する可能性のある技術で
  す。しかし、その実現は、倫理的、政治的に深刻な問題を引き起こすことでし
  ょう。彼らに「人権」を与えるのか。国籍や参政権はどうなるのか・・・。

  人類は、今まで一度も他の知的種族とつき合った経験を持っていません。で
  すから、新しく誕生した知的種族とうまくやってゆけるかどうかは、はなはだ
  疑問です。正直に言って、あまり多くは期待できないでしょう。

  はたして知性化がイルカやオルカにとって良いことであるか否か。知性化さ
  れた彼らが、人類をどのように評価するか。そういった問題の方が深刻かも知
  れません。人類が成してきた過去の所業や現在の有り様を認識し理解した彼ら
  が、人類を「友人」あるいは「恩人」と考えてくれるとは、到底思えないでは
  ありませんか。

**

 人類は、海洋惑星「ポセイドン」への植民のために海棲人を創り出しました。彼
らの肉体は海で生活できるだけのポテンシャルを持っていたものの、実際的な意味
で海に適応しているわけではありませんでした。植民船「クストー」に乗船するほ
んの数カ月前まで、彼らは普通の人類だったのです。

 植民者たちは、海洋惑星での生活に適応するための先輩を必要としていました。
それはまさに知性化されたイルカやオルカに相応しい役目だったのです。これが、
植民者として500 頭のクジラ類が選ばれた理由です。

 植民者であるクジラ類には、海棲人たちと共に生活し、海で生きるためのノウハ
ウを教え、海棲哺乳類としての生き方の見本を示すことが期待されました。そして
彼らは見事にその期待に応えたのです。

**

 入植したイルカやオルカ、および彼らの子孫にとって、ポセイドンはある面では
楽園のようなものでした。彼らは、まだ汚染されてない広大な海で自由に生きるこ
とが出来たのです。彼らにとって人類とは「共に生活する海棲哺乳類の仲間」であ
る海棲人に他なりませんでした。

 海棲人は、クジラ類に対する敬意を忘れませんでした(クジラ類の助けと導きが
なければ、ポセイドンで生き延びることは出来なかったことでしょう)。そしてク
ジラ類は、海棲人のテクノロジーや、困難に立ち向かう個人の意志といったものに
対する尊敬の念を持ちました。両者は、互いの種族に対する尊重と、厚い友情で結
びついていたのです。

 入植者たちがその後に直面した試練を考えると、我々はつい「ポセイドン初期入
植時代」を、辛苦と絶望の日々だったに違いないと想像してしまいますが、それは
必ずしも正確なイメージとは言えません。ある一面では、この時代は「牧歌的」と
もいえる色合いを持っていたのです。

 こうした経緯により、今日(2199)でも、ポセイドン生まれのクジラ類は人類に対
して非常に友好的です。彼らは、海棲人でない普通人の所業の多くには眉をひそめ
ます(もちろん比喩です)が、基本的には人類を信頼できる友と見なしています。

**

 一方、地球に残されたクジラ類には、ずっと過酷な試練が待っていました。彼ら
は、人類によって疎外され、束縛され、搾取され、そして海洋環境の破壊に強制的
に協力させられたのです。

 もちろん、知性化されたクジラ類には「人権」が与えられましたが、多くの場合
それは無視されるか、少なくとも軽んじられました。彼らの多くは兵士として徴用
され、戦艦や潜水艦に対する危険な(しばしば自殺的な)攻撃任務を与えらました。
軍の上層部は、クジラ類を、兵士というより兵器と見なしました。

 マスコミも、クジラ類のことを真剣に考えはしませんでした。彼らがやったこと
といえば、知性化されたバンドウイルカ"Tursiops truncatus"を「イルカ・サピエ
ンス"Tursiops sapiens"」と呼ぶことを提案するといった、クジラ類の権利を守る
ための現実的な効果を全く持たない無意味なキャンペーンを打つことくらいでした。
しかも、彼らはもっぱらイルカの人権をヒステリックに叫ぶばかりで、オルカにつ
いては黙殺したのです。

 そういうわけで、今日(2199)、地球生まれのクジラ類は、人類に対して不信から
憎悪に至るまで様々な敵対的感情を持っています。彼らの多くが海軍に入隊を志願
するのは、ポセイドンに派兵される可能性が高いからであり、ポセイドンに到着す
るやいなや脱走を試みるのです。

 脱走兵は、多くの場合、海賊やゲリラとなって人類に対する復讐を企てます。ポ
セイドンに駐在している全ての海軍にとって、クジラ類兵士の脱走は極めて大きな
問題となっています。

**

 ブループラネットの魅力の1つは、オルカになれることです。(イルカになるこ
とも出来ますが)

 初期入植者の子孫である自由オルカ、海洋探査/人命救助/海中施設の警備/海
底農民といった職に就いている職業オルカ、学術研究や探査活動、あるいは兵士と
して活動しているオルカ、そして海賊やゲリラ、犯罪組織に属するオルカ。

 どんな境遇であれ、オルカのロールプレイは、プレーヤーにとって困難かつ魅力
的な挑戦だと言えます。

 しかし、オルカをうまくロールプレイしたいと思うなら、まず現実のオルカにつ
いて充分な知識を持たなければなりません。彼らはどんな海に住み、何を食べてい
るのか。その水泳能力、潜水能力、知覚能力について。社会生活、家族生活、性生
活はどのようなものか。何年くらい生き、どんな生涯を送るのか・・・。

 次回、「オルカの歌(中編)」では、オルカという魅力的な海棲哺乳類について
解説します。お楽しみに。


・オルカの歌(中編)

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     海はつめたいと人はいう。

     しかし海には熱き血潮のたぎる生き物が住んでいるのだ。

     獰猛で、執拗な生き物が・・・。
                 D.H.ローレンス
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 日本語で「シャチ」、英語では"Killer Whale"(殺し屋クジラ)というぶっそう
な名前をつけられている海棲哺乳類が、オルカ"Orcinus Orca"です。

 その滑らかな身体と息をのむような大きさ、強さ、スピード、まぶしい白と黒の
くっきりした模様、そびえたつ背びれ・・・オルカは、クジラ類の中でもひときわ
目立つ特徴的な姿のために、古くからよく知られていた種です。

 クジラ類としては「中型」とはいえ、オルカのオスは体長7〜8m(最大9.75m)、
メスは体長5〜6m(最大8.53m)に達する巨大な哺乳類です。体重は1.5トン〜5.5ト
ンですが、まれに10トンを越える個体もいます。オルカを特徴づける高くそびえる
背びれは、オスで1.8mに達します。その歯は、長さ7.5 Cm、直径2.5 Cmという大き
さになります。

 近年、オルカの研究が進むにつれて、驚異的な潜水能力を生み出すメカニズム、
巨大な脳と発達した神経系、洗練された音響知覚(エコーロケーション)、「歌」
によるコミュニケーション、複雑な社会構造など、驚くべき事実が次々に明らかに
なってきました。

 今回は、オルカのキャラクターに興味を持つ「ブループラネット」プレーヤーの
ために、この魅力的な種について知られている事柄の、ほんの一部を簡単に解説す
ることにしましょう。

[棲息域と食性]

 現在(1998年)、地球上にいる80種前後のクジラ類のなかで、最も広範囲に棲息し
ている種がオルカです。オルカは極めて豊かな適応力を持った哺乳類であり、赤道
直下の温かい海域から、凍りついた北極海、南極大陸のふちに至るまで、どこにで
も棲息しています。彼らは外洋でも沿岸でも生活でき、ほとんどどんな環境にも適
応できるものと考えられています。

 実際、オルカより広い棲息域を持つ哺乳類は(人類を除けば)地球上には他にい
ません。

 オルカの肉体的能力は、他のクジラ類と比べても抜きんでています。ある意味で
はそれは当然のことで、他のクジラ類(イルカからザトウクジラまで)はオルカの
獲物なのです。オルカは数頭のグループを組んで、その卓越した肉体能力と連携プ
レーにより他のクジラ類を狩りたて、追い詰め、殺すことが出来るのです。こんな
ことが可能なのは、(人類を除けば)オルカだけです。

 オルカは様々な魚、トド、アザラシ、アシカ、ウミガメ、さらには海鳥まで、何
でも食べます。そして、(人類を除けば)オルカには天敵がいません。彼らは海に
おける食物連鎖の頂点に位置しているのです。オルカに狙われた動物は(ぼのぼの
のおとうさんを除けば)よほど幸運でない限り生き延びることは出来ません。

 地球上のあらゆる海に棲息できる適応力と、他の全ての海棲哺乳類を圧倒する肉
体的能力を持ち、食物連鎖の頂点に位置するオルカ。彼らこそ、海の王者と呼ばれ
るに相応しい種族なのです。

[成長過程]

 オルカのオスの平均寿命は29年、最高寿命は50〜60年。メスの平均寿命は50年、
最高寿命は90年と推測されています。オルカの妊娠期間は16〜17カ月、授乳期間は
1年くらい。12〜13歳で性的に成熟し、交尾が可能になります。オスよりメスの方
が先に成熟します。

 これらのデータは、妊娠期間を除いて、ほとんど人類のそれと同じです。人類の
平均寿命の方がやや長いのは、医学が発達しているためでしょう。もしも、医学的
な介入がなければ、同じ時期に生まれた人類とオルカは、ほぼ同じスケジュールで
一生を送るのです。

 オルカの幼児は常に母親について泳いでいますが、10代を迎えると母親の目の届
かないところで過ごす時間が長くなります。10代のオルカたちは、同じ世代の仲間
とつるんで、競泳、潜水、ダンス、求愛など様々なことにいそしみます。ティーン
ズ・オルカ達は、ふざけてじゃれ合ったり、海草を背中に乗せて自慢したり、跳躍
(ブリーチング)や水面を尾びれで叩くといった行動を好みます。

 同じ頃、家族(母、および祖母)から、歌い方、音響知覚(エコーロケーション)
のコツ、社交的儀式を滞りなく行うための作法、捕食方法などについての教育が行
われます。

 メスのオルカは、14〜15歳で最初の子供を産みます。繁殖能力は30代になっても
失われず、生涯に4〜6頭の子供を育てることになります。

 40代、50代の年配オルカは、若い母オルカが授乳したり休息したりしている間、
家族の他の子供オルカの面倒を見ます。歌い方や音響探知などの技術を伝え、いざ
というとき家族を安全な場所に誘導するのも年配オルカの役割です。

 オルカの一生を見ると、「陸の王者」人類と、「海の王者」オルカの間には、単
に似ているというレベルを越えた、何か本質的に共通するものを感じます。我々が
思う以上に、人類とオルカは社会動物として似ているのかも知れません。

[潜水能力]

 オルカは、海での生活に完璧なまでに適応した哺乳類です。

 オルカが泳ぐ速さは時速3〜10Km ですが、短時間なら時速50Kmという驚異的な速
度でダッシュすることが出来ます。

 人類を含む陸棲哺乳類の鼻孔は、たいてい顔面の中央にあります。これに対して
オルカの噴気孔は頭頂に位置しています。これにより、彼らは海面を高速に泳いで
いるときも楽に呼吸できるのです。また、呼吸経路と食道は完全に切り離されてい
ますから、食事と呼吸が同時に可能なのです。(人類がこれをやると、むせてしま
います。試してみましょう)

 人類を含む陸棲哺乳類が息を止めるときは、大気は肺に蓄えられます。しかし、
このやり方は潜水には向いていません。なぜなら、深く潜水すると、水圧のために
肺が潰れてしまうからです。
(肺が潰れても筋肉が傷つかないよう、オルカの肋骨は非常に柔軟にできています)

 オルカが潜水するときには、まず肺の限界まで大気を吸い込み、そこに含まれる
酸素をぎりぎりまで吸収します。体内に取り込まれた酸素は、赤血球だけでなく、
筋肉にも蓄えられます。全酸素量の何と半分が、筋肉組織に保存されるのです。

 潜水中、酸素の消費量を下げるために、オルカの心臓の鼓動は極端に遅くなりま
す。オルカの筋肉は心拍数が下がっても最大限の効率で動作できるようになってい
るのです。しかも、オルカの循環器官は、脳、心臓、水泳のための筋肉に対して血
液を優先的に送り、その他の臓器は酸欠状態で待機運転を続けるという、驚くべき
メカニズムを作動させます。

 そして、潜水状態からの急速浮上。

 人類がこれをやると、血液中に溶け込んでいた窒素が気泡化して、深刻な潜水病
を引き起します。オルカの体組織は、血液中の窒素を吸収して潜水病を防ぐ機構を
備えています。オルカは、深海から海面へ急速浮上し、そのまま何らダメージを負
うことなく大気中へ跳躍することが出来るのです。

[音響知覚(エコーロケーション)]

 海水中では光は急激に減衰してしまうため、少し深く潜ると、周囲は真っ暗にな
ります。また、夜間は、水面近くでも何も見えない状態になります。こういうわけ
で、海においては視覚はあまり有効な知覚ではありません。

 特に、光のない海中で様々な種類の獲物を狩るオルカにとっては、視覚に代わる
知覚を発達させることが絶対に必要でした。このために、オルカには音響知覚(エ
コーロケーション)と呼ばれる聴覚が備わっています。

 オルカは、極めて短い断続した高調音を発生させます。この探査音は、前頭部に
あるメロン体と呼ばれる器官を通して外部に放射されます。メロン体は光線に対す
るレンズと同じように、音波を屈折させ、前方に集中させる役割を持っていると考
えられています。

 オルカは、探査音に対する反射波(エコー)を口で受信します。反射波は顎の骨
を伝わって聴覚器官まで到達し、ここで神経パルスに変換されます。オルカの脳の
聴覚中枢は、この神経パルスから音響映像を作り上げます。このメカニズムの詳細
について、人類にはまだほとんど何も分かっていません。オルカの音響探知能力は
人類のテクノロジーが生み出した最高の音響探知(ソナー)機器に比べても、10
倍以上の性能を持っていると考えられています。

 オルカは、興味を持った対象物に対して、ちょうど我々が何かをよく見たいと思
ったときにサーチライトでそれを照らすように、より密度の高い探査音を投射して
その細部を調べることが出来ます。

 オルカが「観て」いる音響映像がどのようなものであるかは、人類には想像すら
出来ませんが、それは我々が光によって周囲を見ているときに脳が作りだしている
視覚映像と同じか、あるいはそれ以上のものでしょう。なぜなら、音響映像は、例
えば対象物体までの距離、移動速度(動感)、表面の質感、内部密度といった情報
を含んでいるからです。たとえ真っ暗闇な海中であっても、オルカはこれらの情報
を総合的に含む、豊かな(おそらく美しい)「音響映像」の世界を「観て」泳いで
いるのです。

 オルカは、音響知覚だけでなく、優れた視覚も持っています。そして両方の知覚
を連携させることが出来ます。例えば海面上に顔を出して(スパイ・ホッピング)
ペンギンが乗っている氷を視覚で確認し、それから海中に潜って音響探知で同じ氷
を見つけ、その氷をひっくり返してペンギンを海中にたたき落として捕食する、と
いった行動をとることが知られています。オルカの知覚力は無敵なのです。

[定住型オルカ]

 オルカは、その生活様式によって何種類かに分類できることが分かっています。
中でもよく知られているのが、定住型"Rsident" オルカと回遊型"Transient" オル
カです。

 定住型"Rsident" オルカは、もっぱら魚だけを食べる穏やかな種類です。彼らは
様々な「歌」で仲間とコミュニケーションし、大規模な社会集団を構築します。

 定住型オルカの社会は母系家族でまとまっています。母オルカ−娘オルカ−孫娘
オルカという母系を基軸に、彼女たちの息子がまとまって家族になり、複数の家族
で群れ(ポッド)が構成されるのです。1つの群れには、3〜50頭(通常3〜25頭)
のオルカが含まれます。

 交配期になると複数の群れが集まって巨大なグループを構成します。この時期、
オルカ達は様々な求愛行動を行い、自分が属するのとは別の群れにいる異性と交尾
します。交配期が終わると各群れは分離し、普段の生活に戻ります。やがて出産期
がやってくると、各群れにそれぞれ新しいメンバーが加わることになるわけです。

 定住型オルカは、安定した秩序を愛する極めて社会的な生物です。彼らは一生を
同じ群れ、同じ家族と共に過ごします。彼らは家族−群れという安定した社会集団
の中で生きることに心から満足しているようです。オルカの母系社会の安定さに比
べれば、人類は本質的にアナーキストだと言ってもよいくらいです。

 これらの家族、群れをまとめているのが、特徴的な鳴き声のパターンである「歌」
です。家族や群れにはそれぞれ独特の「歌」があり、世代を越えて伝えられている
ことが分かっています。オルカの歌は、海中を空気中の4倍の速度で伝わり、16Km
先まで届きます。

[回遊型オルカ]

 回遊型"Transient" オルカは、数頭の小グループで行動し、他の海棲哺乳類を獲
物とするハンターです。彼らはあまり声を出さず、定住型オルカとは異なった、し
かし多くの回遊型オルカのグループに共通の「歌」でコミュニケートするようです。

 定住型オルカが採集民族だとすれば、回遊型オルカは狩猟民族だと言えます。
 彼らは驚異的な連携プレイにより、魚からザトウクジラに至るまであらゆる獲物
を狩るのです。数頭の回遊型オルカの連携プレイは見事なもので、大型クジラです
ら逃げられません。

 しかも、回遊型オルカ達は、棲息域ごとに、また獲物ごとに異なった、独特のハ
ンティング戦術を発達させているようです。

 例えば、浅瀬にいるアザラシを捕獲するオルカの行動が観察されています。

 まず1頭のオルカが「おとり」となって近づき、背びれをヒラヒラさせてアザラ
シ(特に、好奇心の強い子供アザラシ)の注意を引きつけます。続いて「ハンター」
オルカが浅瀬に向かって突進し、そのまま波と共に陸上にザバーッと乗り上げて、
狙いをつけていたアザラシをかみ殺します。そして、次の波を待ち、よたよたと海
に戻ってゆくのです。なお、ハンターは、捕らえた獲物を群れに持ち帰り、仲間に
分け与えることが知られています。

 この「電撃上陸作戦」は難しい技術であることは間違いなく、若いオルカが熟練
者の指導のもとで練習することが知られています。

**

 オルカは、人類とは異なる環境で進化した異質な存在でありながら、不思議なほ
ど人類に親近感を与える奇妙な種族です。その歌によるコミュニケーションや音響
知覚能力は我々の想像や共感の及ぶところではありませんが、一方で家族や群れに
対する愛情、子育てに苦労する母親の気持ち、年老いた個体に対する尊敬の念など、
おそらく人類のそれとさほど違わないと思え、我々は容易にそれらを想像し、共感
することが出来るのです。

 「ブループラネット」においてオルカのキャラクターを出すときは、この異質さ
と親近感のバランスに気をつけて下さい。オルカを「単に泳ぎのうまい人間」のよ
うに扱うのは論外ですが、かといって「理解できないエイリアン」として扱うのも
止めて下さい。


・オルカの歌(後編)

 今回は、知性化されたオルカについて解説します。オルカのキャラクターを作成
する前に、これらの情報に目を通しておいて下さい。

**

 現在(2199)、生き残っているオルカは全て知性化された種です。知性化オルカは
一般に知性化イルカと比べて知能指数が低く、本能的・衝動的に行動する傾向が見
られます。

 また、知性化イルカと比べると、彼らは人間社会やテクノロジーとの関わり合い
に消極的です。特に定住型オルカは、知性化される以前の先祖と同じ生き方、すな
わち強固な母系家族集団の中で、テクノロジーとは無縁の「自然な生き方」を選ぶ
ことも決して少なくありません。

 一方、かつて集団で狩りをしていた回遊型オルカの子孫は、人間社会に比較的容
易に参加できました。彼らは秩序とチームプレーを愛する種族であり、確固とした
社会組織に組み込まれ、仲間と協力して任務を遂行する生き方を好むのです。彼ら
が最も誇りを覚えるのは、帰属集団に対して貢献したときです。

 言うまでもなく、多くの回遊型オルカが軍に入隊しました。精鋭オルカで構成さ
れた特殊部隊は、あらゆる海で活躍しています。

 他にも、回遊型オルカの多くが、研究チーム、探査チーム、レスキューチームな
ど、個々の参加メンバーにプロフェッショナルな技能が要求される少数精鋭グルー
プといった職業に就いています。

 あなたがオルカのキャラクターを作成する場合、このことを念頭に置いた上で職
業を選んで下さい。あなたのキャラクターは、仲間と精鋭チームを組んで、危険な
(少なくとも困難な)任務に挑むことを生き甲斐としているのです。

**

 人類中心の社会で生きるオルカにとって最も大きなハンディキャップは、おそら
く「手がないので機器を操作できない」「足がないので陸上を移動できない」とい
うことでしょう。

 これらのハンディキャップを緩和するためのテクノロジーがいくつか実用化され
ています。いくつか代表的なものを挙げてみましょう。


・音極"sonic trodes"

 人類の多く(そしてイルカの一部)は、コンピュータに「ダイレクトに」アクセ
スするために、平気でNIC "Neural Interface Circuit"を頭に埋め込みます。

 しかし、オルカはこのようなサイバー・インプラントを嫌悪しています。彼らの
多くは、身体にチップを埋め込んだり、臓器をサイバーウェアに取り替えたりする
ことに心理的に耐えられません。

 そこで、オルカのエコーロケーション能力を活用して、コンピュータにダイレク
トにアクセスできるようにするために開発された技術が「音極」です。

 音極は、デジタル信号と音響パターンを相互に変換するデバイスです。ある意味
では、音響カップラーの遠い子孫であるとも言えます。

 人類がディスプレイという装置によりコンピュータの出力を「観る」ことが出来
るのと同じく、音極を張りつけたオルカは、エコーロケーション能力を使って、コ
ンピュータの出力を音響映像として「観る」ことが出来るのです。

 人類がキーボードやマウス、ニューラルジャックといった装置でコンピュータに
対する命令を入力するのと同じく、オルカはコンピュータに対して「歌」を歌いま
す。歌は、音極によりデジタル信号となって、コンピュータに入力されます。

 こうして、音極を使うことで、オルカはサイバースペースにジャックインできる
ようになります。そして、ほとんど全ての機械はコンピュータにより制御されます
から、オルカは何ら問題なく機械を扱うことが出来るわけです。


・CICADA "Cybernetic Interactive Cetacean Activity Drone Accessory"

 海水を取り込んで装置内で電流を流し、さらに超伝導コイルで作り出した強力な
磁場をかけてやると、(フレミング左手の法則により)海水が激しく後方に噴出さ
れ、装置は反動により推進される。この原理を応用したものがMHDエンジンです。

 MHD推進は、スクリューを用いないので非常に静かで振動が少ないことを特徴
とする水中エンジンです。現在(1998)、MHD推進により航行する実験船が作られ
ている段階です。(高温超伝導素材の価格さえ下がれば、すぐにでも実用化される
ことでしょう)

 CICADAとは、MHDエンジンにより海中を高速に移動できる水中作業用ロボット
のようなものだと思って下さい。この海中における高速機動性のおかげで、CICADA
は(たとえ荷物を積んでいても)持ち主であるオルカに付き添って移動することが
出来るのです。

 CICADAは高性能なコンピュータと各種センサを内蔵しており、さらに水中作業用
マニピュレータが付いています。オルカは音極によってこれらのデバイスにアクセ
スし、様々な作業を行うことが可能です。

 このように、CICADAはオルカの手足であり、荷物を乗せて運ぶトランクであり、
携帯コンピュータであり、各種の計測機器、観測機器、通信機器、そして武器でも
あるのです。(武器と言えば、軍用CICADAには、魚雷、ミサイルランチャーなどの
強力な兵器を搭載することが可能です)


・ドローン"hover drone"

 CICADAには、「ドローン」と呼ばれる小型ヘリロボットが搭載されています。
 ドローン本体には強力なリフトファンが付いており、ヘリコプターと同じように
ファンの回転揚力を利用して空中を静かに移動します。

 人類が陸上で行う作業にオルカが参加するときは、主にこのドローンが使われま
す。ドローンを陸上に飛ばして、人類の仲間に同行させるわけです。

 ドローンには、マイク、スピーカ、カメラ、小火器(ピストル)といった様々な
装備が付いています。これらの装備は全て無線データリンクによってCICADAと接続
されています。(もちろん距離制限がありますが、これは衛星通信等を使うことで
延長できます)

 オルカは、CICADAと音極を通して、ドローンがとらえた映像や音声を、音響映像
として「観る」ことができ、また自分のヒレと同じように易々とドローンを操作す
ることが出来るのです。少し訓練すれば、オルカはドローンがいる場所に自分自身
が居合わせているかのように感じ、行動できるようになります。

 こうしてオルカは快適な海中に留まったまま、自分の代理人であるドローンを飛
ばすことで、陸上で行われる人類の活動に参加できるのです。

**

 職業に就いているオルカの多くは、雇い主から「ワークスペース」と呼ばれる作
業用スペースを割り当ててもらっています。ワークスペースの基本的な構成は、い
わば半分水没した部屋ですが、常に外部との間で新鮮な海水が循環するようになっ
ており、室温や照明などを調節する機構、コンピュータやマニュピレータ、そして
作業ロボットなど充実した業務用設備がついているのです。

 ワークスペースの調整機構や業務用設備は、全て音極によるリモート操作が可能
になっています。ですから、オルカは水から外に出ることなくコンピュータを操作
し、マニュピレータやロボットを使って様々な業務を行い、さらに必要に応じて外
部との連絡やデータ交換を行うことが可能なのです。

 また、オルカの日常生活は非常にシンプルです。

 何といっても、彼らはほとんど物欲を持ってないのです。家も、車も、宝石も、
毛皮のコートも、豪華な食事も、押し入れに詰め込んだ本やゲームさえ不要なので
す。彼らは、CICADAなどの必需品を除けば、ほとんど私有財産と呼べるものを持っ
ていませんし、そんなものを欲しいとも思いません。
(何とうらやましい生き方でしょう!)

 ポセイドンの海岸沿いには、イルカやオルカ用の賃貸マンションや賃貸アパート
がいくつもあって、格安で部屋を借りることが出来ます。イルカ・オルカ用の部屋
は、やはり半分だけ水没した箱のようなもので、新鮮な空気や海水が入ってくるよ
うにスリットがついており、底面には海中に向けて出入り口がついています。出入
り口は音極経由でパスコード(認証用の音響パターン)を入力しないと開きません。

 オルカは、こういう部屋にごくわずかな所有物を置いて、そこで寝泊まりします。

 朝起きると、オルカは近くの食堂(海岸沿いにはイルカやオルカのためのレスト
ランが多数営業しており、狩りをしなくても新鮮な魚や肉を食べることが出来ます)
で食事して、出勤するのです。

 勤務時間が過ぎた後は、力泳やスポーツで健康的にストレスを発散して、食堂で
夕食をとって、部屋に戻って寝る。彼らの一日は、大抵そんなものです。

**

ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: イルカ・オルカの知性化

 今回の一冊 :「スタータイド・ライジング」 デヴィッド・ブリン


 人類と、人類により知性化された動物たちが乗り込んだ探査宇宙船が、宇宙に伝
説として伝わる謎の「始祖」に関連する秘密を発見した。海洋惑星に身を隠した彼
らに、秘密を狙う様々な銀河列強諸族の魔手が迫る。
 果たして人類と、知性化されたイルカ・オルカ・チンパンジーの混成チームは、
列強諸族の追撃を逃れ、海洋惑星から無事に脱出することが出来るか・・・。

 設定だけ聞くと何だか古いスペースオペラ(宇宙活劇)みたいですが、ブリンは
こういう波瀾万丈の痛快娯楽大作を得意とするSF作家です。ハードSF的な要所
(ツボ)をしっかり押さえてあるため、奇想天外なホラ話を書いても馬鹿馬鹿しく
感じさせないところは、さすが本職が物理学者というだけのことはあります。

 「スタータイド・ライジング」はブリンの代表作で、「イルカ・オルカの知性化」
というアイデアを世に知らしめた作品。知性化だけでなく、海洋惑星の設定など、
「ブループラネット」の主なモトネタの一つであることは間違いありません。


・プラネットフォール

 アテナ計画(ポセイドン植民構想)においては、ポセイドンへの植民は2段階に
分けて行われることになっていました。

 まず第1段階として、全ての植民者をポセイドンに送り込みます。彼らはポセイ
ドンに小規模な植民地を設営し、続いてやってくる宇宙船を受け入れるための準備
を進めます。

 第2段階では、補給船により生産施設や工業設備を送り込んで、必要物資を現地
で生産できるようにします。こうして植民地は自給自足が可能となるのです。

**

 2085年、第1段階のための大型植民船「クストー」が完成しました。

 アテナ計画のために選び抜かれた植民者(海棲人、知性化されたクジラ類)たち
は、ポセイドンで目覚める日を待ちつつ地表で冷凍睡眠に入りました。彼らが眠る
冷凍睡眠カプセルは、スカイフックにより次々に軌道上に運ばれ、クストーに積み
込まれたのです。積み込み作業だけで、実に半年近くの期間が必要でした。

 クストーは、人類がそれまでに作り出した最も大きな宇宙船でしたが、それでも
5000個を越える冷凍睡眠カプセルと、その維持施設を一度に運搬するのですか
ら、それ以外の荷物を積む充分な余裕はありませんでした。このため、クストーに
は、後から補給船が到着するまで植民者が生き延びるために必要最小限な日用品、
組み立て式住居、各種機器、医薬品、食料くらいしか積み込めませんでした。

 最後に、クストーを航行させるために選ばれた宇宙パイロット達と、プラネット
フォール遂行のための科学者チームが、乗組員として搭乗しました。

**

 そうして、ついに全ての準備が整いました。2086年 5月19日、クストーは地球軌
道を離れ、太陽系から35光年離れたヘビ座ラムダ星系"Lambda Serpentis System"
への航海を開始したのです。

 クストーが最初に向かったのは太陽でした。重力カタパルト効果を活用するため
です。近日点で核融合エンジンを全開させたクストーは、その推力で一路マスター
ズ=ヴィシェンコ・ワームホールへと向かったのです。

 ワームホールを抜けてからもクストーはラムダ星系内の航行を続け、2086年12月
12日、ついにポセイドンの周回軌道に乗りました。

 ポセイドンには大陸というものがありません。軌道上からこの惑星を眺めたクス
トー乗組員たちの目には、ポセイドンは白い雲をたなびかせた青い球体に見えたの
です。彼らは、新しく彼らの故郷となる星を、ごく自然に「ブループラネット」と
呼びました。

**

 クストーに乗り込んでいた科学者チームは、着陸地点の選定に3週間近くを費や
しました。アテナ計画の成否は、最初の植民地をどこに築くかにかかっていたから
です。

 軌道上からの観測により作成した惑星マップ、気象データ、火山活動データとい
った様々な資料を元に、慎重にコンピュータシミュレーションを行った結果、最終
的にプラネットフォール地点が決定されました。

 年が明けてすぐ、クストーからシャトルが発進し、ポセイドンの大気圏に突入し
ました。シャトルは無事に着水し、植民者たちはついに島へ上陸を果たしました。
2087年 1月 3日のことでした。

**

[惑星ポセイドン] ヘビ座ラムダ恒星系 第2惑星  UWP A96A462-9

  衛星 - 2個
  公転軌道 - 1.1 天文単位(165,000,000 Km)
  直径 - 13,750 Km
  外周 - 43,121 Km
  地軸傾斜 - 29度 5分 57秒
  自転周期 - 30.012時間
  公転周期 - 413.2 日
  質量 - 6.799×10**24 Kg(地球の1.133倍)
  密度 - 4.999×10**3 Kg/立方メートル
  地表重力 - 0.98 G
  反射率 - 0.74
  平均地表大気圧 - 1.30 気圧
  海洋比率 - 97%
  平均雲量 - 70%
  平均気温 - 摂氏19度

**

 ポセイドンのデータを見れば誰もが気づくでしょうが、平均気温が他のデータか
ら予想される値に比べて高すぎます。本来なら、ポセイドンは平均気温が零度を下
回る氷の惑星のはずなのです。なぜ、それが青い海と豊かな動植物に恵まれた暖か
い星になったのでしょうか?

 その秘密は、火山活動にあります。

 ポセイドンは火山活動の激しい惑星です。アルゴー12の短期観測でさえ、実に
275個の火山活動が記録されました。休火山を含めるとその総数はずっと多いも
のと思われます。

 お分かりの通り、火山の噴火により放出される多量の硫黄化合物のガスが、ポセ
イドンに温室効果をもたらし、大気を温暖化しているわけです。もし火山活動が今
のレベルより低ければ、ポセイドンは氷の惑星となっていたことでしょう。逆に高
ければ、猛毒の大気を持つ死の惑星と化していたはずです。幸運な偶然(少なくと
も初期入植者たちは何の疑いもなくそう信じていました)により、ポセイドンは命
あふれる青い星となっているのです。

 ポセイドンが人類の生息に適した惑星になっているのは、激しい火山活動のおか
げです。しかし、その反面で、ポセイドンの火山活動は、人類の活動にとって大き
な脅威となっています。

 なにしろ、ポセイドンでは地震や津波、予期せぬ噴火といった災害は日常茶飯事
なのです。その頻度も、規模も、地球よりずっと大きくなります。

**

 しかし、植民者たちを最も苦しめる自然災害は、地震や津波ではなく、暴風雨で
す。ポセイドンの熱帯性低気圧はサイクロンと呼ばれますが、ポセイドン・サイク
ロンは、地球の暴風雨(サイクロン、タイフーン、ハリケーン)とは、比較になら
ないくらいの規模に達します。

 ポセイドンにおいて人類とクジラ類の生息に適した場所は赤道地帯なので、植民
地の大半は赤道地帯に設けられました。ところが、ポセイドンの赤道地帯は、別名
「ストームベルト」と呼ばれるほどサイクロンが多発するのです。

 熱帯の海で発生した低気圧は、移動しながら海面からエネルギーを吸収し、発達
してやがてサイクロンになります。しかし、地球では、サイクロンは充分に成長す
る前に陸地を横切り(上陸し)、エネルギーの供給を断たれて消滅してしまうので
す。地球のサイクロンはいわば「子供」のまま死んでいるわけです。

 ところが、ポセイドンの地表はほとんどが海洋です。ですから、熱帯性低気圧は
陸地に出会う前に充分に成長することが出来ます。こうして成長したサイクロンは
いわば「大人」になってから上陸してくるわけです。その規模、エネルギー、存続
期間は、いずれも地球のサイクロンの比ではありません。むろん、それがもらたす
被害も同様です。

**

 ポセイドンへの植民が始まって数年後の2092年には、グッドオール"Goodall" と
いう植民地にサイクロンが襲いかかり、暴風と高潮が植民地を「ぬぐい去って」し
まいました。グッドオールの全住民が犠牲になったのです。

 今日(2199)では、気象衛星のおかげでサイクロンが発生するとすぐに警報が流れ
るようになりましたが、それでもサイクロンの移動コースを正確に予測することは
困難で、毎年多大な被害が出るのをどうしようもありません。

 なお、サイクロンが引き起こす問題の1つに、電波障害があります。大規模な空
中放電(雷)のせいで起こる激しい電波障害のせいで、通信が途絶してしまうので
す。まずいことに、サイクロンが接近しているのに気付かないまま通信が途絶する
と、警報を受け取ることも出来なくなるわけです。(サイクロン接近により通信途
絶した野外作業チームに重要な情報を伝えに行く、というのは基本シナリオです)

**

 ポセイドンで発生したサイクロンには、その規模によってフォース1からフォー
ス6までの等級が付けられます。地球で最大級のサイクロンでも、ポセイドンでは
フォース3か4にしかならないでしょう。

 フォース5のサイクロンが接近してくれば、地表の建造物のことは忘れて、全力
で逃げ出すか、地下深くに退避するしかありません。

 フォース6にまで発達したサイクロンは、もはや消滅しなくなり、進路上のあら
ゆるものを破壊しながら半永久的にポセイドンの赤道地帯をさまようのです。
(もはやゴジラの域に達していますね)

**

 [解説:異世界の構築]

  SF-RPGの古典「トラベラー(クラシック)」のルールブックには、様々な人
  工世界の例が載っています。

  ロゼットワールド(3つの等質量惑星を正三角形に配置し、同じ速度で旋回
  させ力学的に安定させた構造物)、リングワールド(恒星を周回する巨大な帯
  状世界)、ダイソン・スフィア(恒星の周囲を完全に取り囲む球殻状世界)。

  SFファンは、少なくともハードSFのファンは、こういう巨大な人工世界
  という設定を好む傾向があります。うまく彼らの心をつかむ魅力的な異世界を
  構築できさえすれば、ストーリーに無理があっても、小説としての出来が悪く
  ても、とにかく本を買ってもらえるのです。しかも長年に渡って。

  ハル・クレメント「重力の使命」(高重力惑星)
  ロバート・フォワード「竜の卵」(中性子星)
            「ロシュワールド」(二重連星)
  アーサー・C・クラーク「宇宙のランデヴー」(ラーマ)
  ラリィ・ニーブン「リングワールド」(リングワールド)
          「インテグラル・ツリー」(可呼吸ガスのトーラス)

  これらの作品には、話が退屈だったり小説としては読むに耐えないレベルだ
  ったりするものもあります(特にどれとは言いません)が、とにかく異世界の
  設定一発だけでSFファンの心をとらえ、今日もなお読まれているのです。
  (いくつかの作品は、続編、さらには続々編まで書かれています)

  ハードSFの舞台になる異世界は必ずしも人工的に作られたものである必要
  はありませんが、少なくとも「既知の自然法則に違反してないこと」「定量的
  な裏付けデータがあること」「何らかのセンス・オブ・ワンダーがあること」
  の3点を満たさなければなりません。

  ブループラネットの背景世界である「ポセイドン」も、これらの3点を満た
  す魅力的な異世界です。「センス・オブ・ワンダーが不足している」と思う方
  がいらっしゃるかも知れませんが、それはこの連載の先を読んでからのお楽し
  みということにしておきましょう。

**

 プラネットフォール地点に最初の植民地「ヘイブン("Haven" - 港)」が築かれ
ました。続いてその近海に海草畑が作られて、食料の現地生産が始まりました。

 やがて、ポセイドンは決して最初の印象のような楽園ではないことが分かってき
ました。地震、噴火、津波、暴風、落雷など自然災害が息つく暇もなく来襲し、そ
の度に人命と、それまで築いてきた多くの物が犠牲になりました。だが、それより
も真に恐ろしく致命的だったのは、ポセイドンの生態系でした・・・。

 にもかかわらず植民は成功しました。数年のうちに「キングストン"Kingston"」
「セカンド・トライ"Second Try"」「アトランティス"Atlantis"」といった植民地
が新たに設営されました。

 多くの人命を失いつつも、植民者たちは子供を生み、育てました。子供は植民地
全体の貴重な財産と見なされ、その養育は地域社会全体の責任と考えられたのです。

 ポセイドンの人口はゆるやかに、しかし着実に増加してゆきました。

**

 一方、ポセイドンに持ち込まれた機器、特にハイテク機器は、予想を上回る速度
で失われてゆき、しだいに不足するようになってきました。核融合炉、燃料、乗物、
武器、高度医療機器、医薬品。これらは現地で再生産できず、もし失われれば後続
の補給船がやってくるまで二度と手に入らない貴重なものでした。

 植民者たちは、これらのハイテク機器を節約するために、可能な限り代用品で済
ませることにしました。現地の動植物からは薬品を、植物からは繊維を、それぞれ
抽出して使うことになりました。燃料は貴重なので、非常の場合を除き帆船や手漕
ぎボートを使うことになりました。

 こうして、植民地のテクノロジーレベルは急速に下がってゆきました。もちろん
彼らが原始人になったというわけではありません。植民地は核融合炉からの電力を
使っていましたし、軌道上のクストーとの間をシャトルで往復することも出来まし
た。しかし、彼らはハイテク機器に頼らない生き方を学んだのです。

 アテナ計画の第1段階は、なんとか成功しました。植民者たちは第2段階、つま
り補給船が到達し、ハイテク機器を現地生産できるようになる日を心待ちにしてい
ました。

              しかし、補給船はついに来なかったのです・・・。


**

ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: 異世界の構築

 今回の一冊 :「重力の使命」 ハル・クレメント

 地球の600倍の質量を持つ高重力惑星メスクリン。そこには高重力に適応した
ムカデのような知的生命体「メスクリン人」が生息していた。地球人はメスクリン
人とコンタクトし、座礁した宇宙船の観測データの回収を依頼するが・・・。

 ハードSFの古典的傑作として名高い作品です。異世界の構築にあたって緻密な
定量的設定データを用意しておき、それをデータや設定情報としてではなく異星人
の目から見た日常風景として描くという手法は(当時としては)非常に斬新でした。

 ハル・クレメントは50年代を代表するSF作家の1人です。特にエイリアンを
描くのが巧く、本作以外にも「20億の針」というエイリアンテーマSFの代表的
傑作を書いています。(この作品に登場するエイリアンのアイデアは、「ブループ
ラネット」のある設定でこっそり使われています)


・ポセイドン博物誌

 アテナ計画(ポセイドン植民構想)の第2段階はついに実行されませんでした。
地球から補給船がやってくる気配はなく、太陽系との連絡も途絶えたままでした。
植民者は近代的な設備を生産することも出来ず、テクノロジーを開発できるだけの
資源も与えられないまま、見捨てられたのです。

 絶望のあまり自殺する者もいました。しかし、大部分の植民者は生き抜く道を選
びました。彼らは小グループに分かれ、各地に散らばって小さな集落を数多く作り
始めたのです。

 集落を分散させることは、個々のグループの生存率を下げることになりました。
しかし、ポセイドンの厳しい環境を考えると、一カ所に資源を集中させるのは危険
なことでした。そこを大規模な地震、津波、暴風雨に襲われたら全滅だからです。
植民者たちは、自らの命を危険にさらしてまで、自分たちの種の存続を優先したの
です。

 植民者たちが生き延びるために学ばなければならなかったのは、自然災害への対
処方法だけではありませんでした。ポセイドン土着の生物について、それが危険な
ものかどうかを学ぶために、彼らは血を流さなければならなかったのです。そして
ポセイドン土着の生物の多くは、想像を絶するほど危険なものでした・・・。

**

 それでは、ルールブックに載っているポセイドン土着生物のうち、ごく一部につ
いてご紹介しましょう。(ルールブックには各生物のイラストとゲームデータが載
っています)

[さほど危険でない動植物]

・イールドラゴン               −飛びトカゲ−
 Eel Dragon "Anguillasimila volatilis"

 魚のウナギに羽根が生えたような格好をした両生類です。足はありません。尻尾
 に刺があり、これで海面近くの魚を捕食します。イールドラゴンが集まっている
 のを見れば、その下に魚の群れがいることが分かります。夜間は、羽根で全身を
 包み込んで丸まり、ボールのようになって海面を漂います。
 イールドラゴンは音に引きつけられる癖があり、このためプロペラや空気取込口
 にイールドラゴンが飛び込んだために航空機が墜落するという事故が起きます。

・サンバースト                −銀セイウチ−
 Sunburst "Caneopoise benagus"

 セイウチとイルカの中間のような海棲哺乳類です。その皮膚は柔軟で銀色に輝い
 ています。サンバーストの革はメタリックな美しい輝きを放つため、地球ではサ
 ンバーストの革製品(コートなど)は絶大な人気を誇っており、革は信じがたい
 ほどの高額で取引されます。サンバーストを乱獲による絶滅から保護しようとい
 う運動にも係わらず、密猟が絶えません。

・ブリンプ                  −風船クラゲ−
 Blimp "Giordana fluitarus"

 飛行船そっくりの生物です。彼らは水を酸素と水素に分解し、水素を身体にため
 込んで膨れ上がり、空中に浮遊します。そして、風に乗ってふらりふらりと飛行
 しながら、海面にクラゲのように触手を足らすのです。触手には弱い毒があり、
 これでプランクトンや小型の魚を殺して捕食します。

・ポセイドンマングローブ
 Poseidon Mangrove "Arbormarina insula"

 ポセイドンマングローブは浅瀬に密生して森を作る樹です。ポセイドンの暴風雨
 に耐えるため、マングローブの巨木は水面上で枝を密接に絡め合い、海上に日も
 ささない深い森林を作り出します。ときには、島も何もない海に、いきなり何百
 平方メートルもの森林が生ずることすらあります。マングローブ森は、暴風雨か
 らの避難所であり、多数の動植物が生息し独特の生態系が構成されています。


[危険な動植物]

・ファーストファンガス            −腐食ゴケ−
 Fast Fungus "Vindexa species"

 コケ、あるいはカビのような生物で、有機物を急速に分解して養分にします。動
 物の死体はもとより、木材からプラスチックまで有機物なら何でも腐食し、分解
 してしまうのです。その分解速度は驚異的で、大型動物の死体は数日で消え失せ
 ますし、木造船が腐食ゴケに感染すると数時間で穴が開きます。生きている人間
 の身体に(水虫のように)寄生することさえあり、早めに治療しないと命に係わ
 ります。

・カルニフローラ               −食肉植物−
 Carniflora "Carniflora species"

 強力な毒を持った植物です。近づいてきた動物を毒で殺し、腐敗した死体を養分
 として成長するのです。

・ウォーターダート              −寄生バチ−
 Water Dart "Mitchella telumus"

 海中にいる体長10センチほどの細い寄生虫です。ほとんど透明なので、水中で見
 つけることは困難です。ウォーターダートはその鋭い、逆トゲのついた針で犠牲
 者を刺して卵を産みつけます。卵は犠牲者の体内で孵化し、多数の幼虫が内蔵を
 食い荒らして犠牲者を死にいたらしめた後、成虫となって泳ぎ去るのです。助か
 るためには、産みつけられた卵を、孵化する前に、外科手術により除去するしか
 ありません。

・ハッチリング                −餓鬼−
 Hatchlings

 ハッチリングは何か大型肉食生物の幼体ですが、今のところハッチリングの成体
 については知られていません。それが何であるにせよ、成体は淡水の沼地に卵を
 産みつけることは確かです。卵から孵った幼体群は、仮死状態のままずっと卵の
 中で過ごします。獲物が近づくと、一瞬のうちに20〜50体の幼体群がわっと孵化
 し、獲物に襲いかかるのです。獲物は数秒で完全に食い尽くされます。獲物が充
 分に大きくなかった場合、共食いが始まります。

・ハウェルズリーチ              −泥蜘蛛−
 Howell's Leech

 ハウェルズリーチは平たい身体をした肉食生物で、ポセイドンの泥礁を構成して
 いる流泥の底に潜んでいます。彼らは海水から酸素を抽出し、それを放出して泥
 層内に巨大な泡を作り出します。地表からは泡の存在は見えませんが、獲物がそ
 の上を通ろうとすると泡ははじけ、獲物は流泥の底に落ち込みます。そこにはハ
 ウェルズリーチが待ち構えており、泥の中で獲物を窒息させて殺し、ゆっくりと
 消化するのです。

・ランドリザード               −陸トカゲ−
 Land Lizard

 主に熱帯雨林に生息するワニのような肉食獣です。草むらに潜み、近くを獲物が
 通りかかると素早く襲いかかります。まず巨大な口でガブリと噛みつき、それか
 ら全身を激しく回転させることで、獲物を引き裂くのです。

・ロガーヘッド                −毒海亀−
 Loggerhead "Parmata mzumba"

 雌のロガーヘッドは、2m近くの大きさに達する6本足の巨大な海亀で、動作は
 非常に鈍く、危険はありません。これに対して、雄はわずか数センチメートルで、
 強力な毒を持っている極めて危険な生物です。通常、数十匹の雄が、雌の甲羅の
 内側に寄生するように生きています。獲物が近くを通りかかると、雄たちが一斉
 に飛び出して噛みつき、すぐに雌の甲羅の内側に逃げ込みます。獲物が毒で死ぬ
 と、雌はゆっくり近づいて、遺体を食べるのです。

・ゴースター                 −幽霊クラゲ−
 Ghoster "Retemanes species"

 数100平方メートルから、巨大なものだと数キロ平方メートルに渡って海面を
 覆う巨大なクラゲです。ただし、その身体は紙のように薄く、しかも透明なので
 発見は困難です。
 ゴースターはイオン交換により帯電する能力を持っており、その広大な身体のあ
 ちこちで常に小規模な放電を起こしています。この放電により、プランクトンや
 小型の魚を殺して消化するのです。大型のゴースターが一度に大放電を起こすと
 人間でも感電死します。潜水艦ですら、電子機器がショートして遭難することが
 あります。

・グレーターホワイト             −大海蛇−
 Greater White "Leviathan dominatus"

 ポセイドンの海魔として悪名高いモンスターです。その正体は体長25から75
 メートルにも達する巨大ウナギで、常に飢えており、あらゆるものを食い殺しま
 す。小型の船や潜水艦は丸ごと飲み込まれますし、大型のものでさえ食いちぎら
 れてしまいます。飢えたグレーターホワイトに出会ったときには、神に祈る以外
 に出来ることはほとんどありません。ただ一つの救いは、彼らの個体数は少なく、
 出会う確率が低いということだけです。

**

 2095年、植民船「クストー」のコンピュータがクラッシュし、二度と立ち上がら
なくなりました。制御不能になったクストーは、次第に運動量を失い、軌道を下げ
始めます。植民者たちは、積み荷を全て回収した後、クストーを放棄しました。

 2104年、植民地キングストンで大規模な火災が発生し、この街の大半が焼き尽く
されました。多数の負傷者が出たため、医薬品は底をつきました。

 2112年、乗物のスペアパーツが不足して修理が困難になりました。植民者たちは
集落間の交通を制限するしかありませんでした。

 2115年、悪天候をついて植民地セカンド・トライに着陸を試みたシャトルが事故
を起こし、船体もろとも全ての乗組員が死亡しました。シャトルが全て失われたた
め、もはや軌道まで上昇することは不可能になりました。

 2118年、クストーはついに大気圏に突入し、流星となって落下しました。(現在
に至るまで、クストーの残骸は発見されていません)

 2124年、植民地アトランティスが築かれた島の中央火山が大規模な噴火を起こし
ました。吹き上げられた大量の土砂と溶岩、火山灰によって島は覆い尽くされ、ア
トランティスは全滅しました。

 2135年、記録的な暴風雨と大雨がストームベルト全体を覆いました。ファースト
ファンガスが大発生し、薬品、化学物質、ハイテク機器の多くが失われました。

 2146年、植民地ヘイブンにおいて、最後の核融合炉がヘリウム爆発を起こし、周
囲の建物と共に蒸発しました。爆発、およびそれが引き起こした火災のため多数の
犠牲者が出ました。もはやポセイドンに発電機は残されておらず、電気を使うこと
は出来なくなったのです。

**

 植民者たちは、地球から持ち込んだものをほとんど全て失いました。まるで、ポ
セイドンが、どこまでやれば植民者たちの意志を挫けるか試そうとでもしているか
のように、次から次へと試練が襲ってきました。

 挫折しそうになった人類を、クジラ類が支えました。イルカとオルカは、ポセイ
ドンで生き抜くためにテクノロジーは必要ないことを、ポセイドンで学んだ知恵と
ポセイドンで得られる資源があれば、ここを楽園にすることさえ出来るということ
を人類に教えたのです。

 植民者たちはテクノロジーや地球文明の産物に頼る生き方を捨てました。彼らは
イルカと共にポセイドンを理解し、オルカと共にポセイドンで生きる道を見つけよ
うとしたのです。

 人類とクジラ類は、手とヒレを取り合い、あらゆる試練と悲劇を乗り越えてゆき
ました。もはや、どんな試練も悲劇も、彼らを挫くことは出来ませんでした。ポセ
イドンの人口はゆるやかに増加を続けたのです。

 そして、初期植民者の子供や孫にとっては、ポセイドンこそ紛れもない故郷でし
た。彼らは植民者の子孫ではなく、ポセイドンの原住民"native"になったのです。

**

ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: 異世界への植民

 今回の一冊 :「アヴァロンの闇」 ニーブン&パーネル&バーンズ

 アヴァロンという惑星に設営された人類の植民地。そこは一見、危険な生物のい
ない楽園のような世界のように思えた。しかし、アヴァロンの生態系には恐るべき
秘密が隠されていたのだ・・・。

 ラリィ・ニーブンは合作が得意な作家です。特に有名なのはニーブン&パーネル
(ジェリー・パーネルとの共著)ブランドで、SFの古典的なテーマを現代風にリ
メイクしてベストセラーにしたものが多いのが特徴です。異星人とのファーストコ
ンタクトを扱う「神の目の小さな塵」、彗星が地球にぶつかる「悪魔のハンマー」、
宇宙人が地球を侵略する「降伏の儀式」、地球に落下したETを子供達が守ろうと
する「天使墜落」・・といった具合です。

 一方、ニーブン&バーンズ(スティーブン・バーンズとの共著)ブランドもあり、
こちらの代表作は、何と言っても「ドリームパーク」でしょう。「SF&ファンタ
ジー&ミステリー&ゲームノベル&RPGリプレイ小説」という新ジャンル(?)
を作った名作です。全てのRPGプレーヤーにお勧め。

 前置きが長くなりましたが、そのニーブンとパーネルとバーンズの3人が合作し
たらどうなるか。それが、「アヴァロンの闇」です。

 惑星アヴァロンの植民者たちに襲いかかる危機また危機、驚くべき異星の生態系
など、SFを初めて読む人にもお勧めできるスリル満点の娯楽大作です。植民地の
設定や描写は、そのままブループラネットでも使うことが出来るので、ゲームマス
ターは読んでおきましょう。


・ブライト

 どんなに食料生産性を向上させようとも、幾何級数的に増大する人口に追いつく
ことはとうてい出来ません。したがって、地球人口を適切なレベルに維持しない限
り、いずれは増え過ぎた人間を養うための食料が不足し、全世界的な食料危機がや
ってきます。

 そんなことはずっと前から分かっていました。それなのに、人類はついに人口問
題を解決できなかったのです。21世紀の後半には、地球人口はついに100億人を
突破しました。途上国を中心に飢餓と食料難がかつてない勢いで広がり、どの国で
も飢えは慢性的な問題となっていました。

 食料危機による全面的な破滅を少しでも先のばしするために、人類はバイオテク
ノロジーに頼りました。バイオテクノロジーは、より生産性が高く寒さに強い作物
を創り出し、害虫を駆除し、必要栄養素を分泌する細菌を生み出してくれました。
 その反面で、バイオテクノロジーは地球の生態系をずたずたにしていったのです。
その決定打が「ブライト」でした。

**

 ベトナムのメコンデルタ地域に設立された「フィッシャー食品」"Fischer Foods"
社のバイオテクノロジー研究所では、米を枯らしてしまうカビを撃退するためのウ
イルスを、遺伝子組み替えにより人為的に創り出す研究が行われていました。

 2090年、ウイルス試作品の漏洩事故が発生しました。後に「フィッシャーウイル
ス」"Fisher virus"と呼ばれることになるそのウイルスは、不幸なことにカビを攻
撃するのではなく、米の細胞を攻撃し、枯らせてしまう性質を持っていたのです。

 自然環境に流出したフィッシャーウイルスは、恐ろしい勢いで東南アジア全域に
広がってゆきました。その秋、本来なら稲穂が垂れているはずの水田には、無残に
立ち枯れた米だけが残されていました。

 科学者たちがフィッシャーウイルスの分離に成功した頃には、原種ウイルスから
次々と変異種が生まれていました。それらの変異ウイルスのいくつかは原種よりも
さらに感染力が強く、しかも米だけでなく様々な穀物種を攻撃する性質を持ってい
ました。このウイルスに感染した植物は、穀物を実らせることなくそのまま立ち枯
れてしまうのです。

 ウイルスは、世界の穀倉地帯である東南アジア全域を襲いました。穀物の生産高
は激減し、人々はこの疫病を、恐怖をこめて「ブライト」"Blight"(立ち枯れ病)
と呼びました。

**

 2年後には、ブライトはアジア全域から世界中に広がりつつありました。もちろ
ん科学者たちは治療法を懸命に探し求めましたが、フィッシャーウイルスは次々に
変異種を生み出すため、せっかく見つけた治療法も特定の変異種にしか効果がなく、
ブライト全体をくい止める役には立たなかったのです。結局のところ、感染の恐れ
がある耕作地を全面的に焼き払う以外に手の打ちようがなく、それすらブライト感
染地域の拡大スピードをやや遅くする効果しか持ちません。

 食料の流通は滞り、各国政府は食料配給制度を採用するしかありませんでした。

**

 もしもフィッシャーウイルスがドーム水耕地に入り込めば、月面コロニーは全滅
です。そこで、月基地は地球封じ込めを宣言しました。地球からのあらゆる貨物や
旅客の受け入れを拒否したのです。

 2096年、何者かによりスカイフック(軌道エレベータ)ケーブルが爆破され、地
上10Kmの地点で切断されました。落下したケーブルは地上施設を直撃し、そこを
破壊しました。こうして、星々に架ける橋は失われ、地球は孤立したのです。

 犯人はいまだに不明ですが、おそらく地球からの汚染拡大を恐れた月か火星コロ
ニーのテロリストグループだろうと言われています。

**

 一方、地球は上に目を向けている余裕はありませんでした。飢餓と恐怖が世界を
覆い尽くしたのです。各国政府は、飢えた民衆が難民あるいは暴徒と化すのを止め
ることが出来ず、社会秩序が崩壊してゆくのをなすすべもなく見守るしかありませ
んでした。

 食料が保存されているとされた施設は焼き討ちにあい、配給に対する不満から、
各地で暴動が起き多量の血が流されました。飢餓が深刻化してない地域でも、人々
は飢えの恐怖にかられて理性を失ったのです。

 アジア地域、続いてアフリカ地域の各国政府が瓦解し、これらの地域は無政府状
態に陥りました。

 食料の蓄えを失ったロシアは、厳しい冬をしのぐことが出来ず、事実上消滅しま
した。米国は食料の国外輸出禁止という暴挙により全世界を敵にまわし、例によっ
て孤立主義に向かいました。

 飢えた中国は、インドとパキスタンに対する侵攻を開始しました。一方、インド
はパキスタンとバングラディッシュを攻撃。これが引き金になってイスラム共和国
連合がアフガニスタンを占領しました。飢えと恐怖に駆られて起こった地域紛争は
解決の兆しすら見えないまま泥沼化してゆきました。

 そして、2117年、ベイルートから発射された10メガトン戦術核ミサイルが、ダマ
スカスを炎上させました。

                 ・・・この世の終わりが近づいていました。

**

 [解説:バイオハザード(生物的災害)]

  「ブループラネット」の出版元は、バイオハザード・ゲームズ社という、何
  というかとんでもない名前の会社で、ご丁寧にも例の恐ろしいバイオハザード
  マークを社章にしています。
  (会社の出入り口にはあのマークが堂々と描かれているのでしょうか?)

  最近、「ホットゾーン」というノンフィクション(記述に不正確な点が多い
  ので「あれはノンフィクションじゃない」という人もいます)がベストセラー
  になったり、映画「アウトブレイク」がヒットしたりして、バイオハザードと
  いう概念もすっかり定着しました。今や、バイオハザードや致死性ウイルスを
  ネタにしたノンフィクションやサスペンス小説は世の中に氾濫しています。

  しかし、昔はバイオハザードと言えばSFのテーマだったのです。古典的な
  作品としては、小松左京「復活の日」、およびマイケル・クライトン「アンド
  ロメダ病原体」が挙げられるでしょう。いずれも人間を襲う未知の疫病の恐怖
  を扱っています。

  人間を襲う未知のウイルスというだけでは飽きられてしまうためでしょうか、
  SF作家は色々と工夫して新しいバイオハザードを作り出してきました。ウイ
  ルスにより引き起こされるのが単なる疫病ではなく人類という種の変容だとか
  (星野之宣「ブルーシティ」、中井拓志「レフトハンド」)、ウイルスの攻撃
  対象が生物ではなく石油化学製品であるとか(アンダースン&ビースン「終末
  のプロメテウス」)。果ては、知性を持ったウイルスが引き起こすバイオハザ
  ード(グレッグ・ベア「ブラッド・ミュージック」)から、バイオハザードに
  よってスーパーヒーローが大量生産されるなんていう話(「ワイルドカード」
  シリーズ)まであります。

  ブループラネットにおける「ブライト」は、古典的なバイオハザードです。
  つまり人為的に創り出されたウイルスが流出して人類を破滅に導く、というわ
  けですね。皮肉なことに、ブライトは穀物を襲う疫病で、人間に対しては無害
  なのです。

  実のところ、ブループラネットにおいては、ブライトは「人類による地球環
  境の破壊」の暗喩として扱われています。人類は、経済的発展と環境保護の両
  立という課題を解くことに失敗したのです。だが、何者かの手により、再チャ
  レンジの機会があらかじめ用意されていました。手づかずの自然環境に通じる
  ワームホールという形で。さあ、果たして人類は教訓を活かし、今度こそ成功
  することが出来るでしょうか? 簡単に言ってしまうと、これがブループラネ
  ットのメインテーマなのです。

**

 ブライトによる混乱の中で、崩壊した政府に代わって巨大企業"Incorporate" が
部分的に社会秩序を回復させ始めました。ある地域の全住民を従業員として雇い、
建物など社会インフラを(無力化した政府から)格安で丸ごと買い取って、社内規
や従業員福利厚生制度(食料配給も含む)により従業員(住民)をケアする。こう
して、巨大企業により取得された都市では、暴動や混乱は収まり、社会秩序が回復
していったのです。

 これらの企業により運営される地域は、「企業州」"Incorporate States"と呼ば
れました。

 やがて、巨大企業は、企業州を「国家」として認めるよう国連に対して要求しま
した。主権(企業の経営陣が独裁権力を持つこと)、自治権、自衛権(軍隊を持つ
こと)、立法権と司法権(社内規を法律として施行し、警察を作り、裁判を行うこ
と)などを正式に認めろというのです。

 最終的に、この要求は認められました。企業州は、国連に加盟しその活動に協力
するという条件で、国家と同等の権限を持ったのです。複数の巨大企業が、無政府
状態になっている地域(のうち資源が豊かな場所)を選んで次々に企業州を作り始
めました。

**

 一方、国連は人類の存続を賭けてブライトと戦うべく、新しい下部組織を創設し
ました。これが、GEO "Global Echology Organization" 「世界環境機構」です。

 GEOは、各国の研究機関でバラバラに行われていたフィッシャーウイルス対抗
策の研究活動を一本化しました。予算、研究者、データ、研究設備などの資源を集
中させ、最大の効率を実現するためです。

 また、GEOは、その研究チームが任意の地域で任意の調査活動を行うことを各
国政府に認めさせました。インターポール(国際警察機構)の支援により、多数の
警官がGEOの指揮下で研究チームを保護するための活動に入りました。GEOは
必要に応じて国連軍(国連平和維持軍)を動かすことすら出来るようになったので
す。

 やがて、ブライトをくい止めない限り人類の絶滅は避けられない、という恐るべ
き事実が明らかになり、GEOは人類の最後の希望となりました。

 2095年には、国連の非常事態宣言により、各国政府および企業州はGEOの指示
に従うことが義務づけられました。この宣言を実効あるものとするため、GEOに
は指示を強制する力が与えられました。インターポールを前身とする世界警察機構
「GEOマーシャルサービス」"GEO Marshal Service" と、国連平和維持軍を前身
とする「GEO平和維持軍」"GEO PeaceKeeping Force"です。

**

 今や、国際秩序の維持はGEOに任されることになりました。GEOマーシャル
(保安官)が各地に派遣され、食管法が守られているかを監視することになりまし
た。GEOマーシャルには強大な権限が与えられており、治安維持のためなら食管
法違反者をその場で問答無用で射殺することさえ許されていました。

 食料の違法取引で儲ける犯罪組織にとっては、GEOマーシャルは天敵のような
存在でした。当初、GEOマーシャルは次々に犯罪組織が放つヒットマンに襲われ
命を落としたのです。やがて、GEOマーシャルは、最先端のサイバーウェアを身
に付け、重武装するようになりました。そして、何度も修羅場をくぐって生き抜い
た者だけが保安官バッチをつけるようになったのです。マーシャルバッチは、食料
犯罪者にとって恐怖のシンボルとなりました。

 そして、GEO平和維持軍は、食料流通条約に違反した国家や企業州を制裁し、
国家間の紛争を(力ずくで)解決するために派兵されました。さらに、例えば食料
を違法に保持している施設を強襲して証拠をおさえるといった任務のために、海兵
隊に相当する「GEOショックトループ」"GEO Shock Troops"が設立されました。

 ショックトルーパーズ"Shock Troosers"は、全員が徹底的なバイオモッド(生体
改造)を受けて、全身これ生物兵器と言ってよいほどの戦闘力を持っています。そ
の上、ショックトルーパー部隊には高価なサイバーウェアと重火器が惜しげもなく
投入されました。彼らは、その恐るべき戦闘力、機動力、隠密行動能力により悪魔
のように恐れられたのです。ショックトルーパーズは、GEOの手にある切れ味の
鋭いメスのような存在でした。

**

 2100年、国連はついにその全ての権限と資源をGEOに集中させることを決定し
ました。こうして国連は活動を停止し、代わってGEOが「臨時の」世界政府とし
て機能し始めたのです。米国、スイス、中国はGEOへの権限委譲に反対して国連
を脱退しました。

 こうして世界は3つの勢力に分割されました。世界政府たるGEO、滅びた国々
に代わって台頭した企業州、そしてGEOと離反した一部の国家群です。

**

 実際のところ、人類は滅亡の淵までどのくらい近づいたのでしょうか?。

 これについては様々な学者が議論していますが、共通の見解は得られていません。
いずれにせよ、2120年にGEOがブライト終結宣言を出すまでに、全人類の半数が
死にました。 *全人類の* 半数です。

 ブライトは、歴史上、全く類を見ない大災害だったのです。そして、世界の様相
と歴史のコースを完全にかつ永久に変えたという点で、ブライトに匹敵するだけの
大事件は他にはありません。

 2120年には、地球人口は50億人を切っており、グローバル経済は存在せず、旧
国家の大半が消滅していました。そして、ブライト以前に造られたインフラストラ
クチャーはほとんど失われていました。人類は廃墟からやり直すことになったも同
然だったのです。

 しかし、失われて二度と再建できないものもありました。自然環境、生態系バラ
ンス、未採掘資源といったものです。それらは絶望的なまでに破壊あるいは枯渇し
ており、再生は不可能でした。少なくとも地球では・・・。

**

ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: バイオハザード

 今回の一冊 :「ダスト」 チャールズ・ペレグリーノ


 チャールズ・ペレグリーノは、マイケル・クライトン「ジュラシック・パーク」
で使われて一躍有名になった「恐竜のゲノム復元法」や、アーサー・C・クラーク
「2010年宇宙の旅」のメインアイデアとなった「ガス巨星を回る衛星の海底に
棲息する硫黄ベースの地熱生態系」など、ハードSFファンの心を揺さぶる素晴ら
しいアイデアを最初に提唱した科学者で、自分でも何冊か小説を書いています。

 「ダスト」は、ペレグリーノのSF作品の中で最初に翻訳されたもので、地球を
襲う生態系の異変をテーマにしています。自然そのものに仕掛けられていた小さな
リセット機構が働いた結果、ある小さな存在が消滅し、それが引き金となって生態
系が、続いて経済が、最後に文明社会が崩壊してゆきます。ハードSFとしても、
サスペンス小説としても非常に面白く、一気読みできる傑作です。

 特にブループラネットのプレーヤーにお勧めしたいのは、この作品で描かれてい
るバイオハザードの展開が、まさにブライトそっくりだからです。「ダスト」を読
んだ人には、ブライトにより何が起きたのか詳しく説明する必要はないでしょう。


・ロング・ジョンの発見

 2135年、ようやくスカイフックの修理が完成し、40年に及ぶ地球封じ込めは終了
しました。

 2164年、復興しつつある地球から宇宙船「ロバート・ペリー」号が発進しました。
任務は、ポセイドンの植民地との再コンタクトです。

 2165年、ロバート・ペリーはポセイドンの周回軌道に乗りました。地表にシャト
ルが降ろされ、そして乗組員は原住民との再コンタクトに成功したのです。

 再コンタクトは、ぎこちないものでした。なにしろアテナ計画(一次)から実に
80年近くの歳月が流れ去っており、誰も当時の様子を知らなかったのです。

 原住民のほとんどはポセイドン生まれの世代で、彼らにとっては地球そのものが
伝説でした。一方、来訪者たちもポスト・ブライト世代であり、ブライト以前の出
来事は、遠く過ぎ去った歴史に過ぎなかったのです。

 友好的な邂逅を果たしたからといって、新参者"Newcomers" と原住民"Natives"
の間に横たわる深い溝が埋まったわけではありませんでした。今日(2199)に至るま
で、これが多くのトラブルの原因となっています。

**

 「ペリー来訪」により鎖国を解かれたポセイドンには、地球から大量の移民がや
ってきました。巨大企業"Incorporate" がポセイドンにある手づかずの資源に目を
つけたのです。

 あちこちに企業州"Incorporate States"、つまり地球から移民してきた従業員に
より構成される街が作られてゆきました。彼らは天然資源の搾取を開始したのです。
森は伐採され、石油や各種鉱脈が掘り起こされました。価値のある動植物の乱獲、
開発による生態系の破壊、工業生産に伴う環境破壊がスタートしました。

 もちろん、原住民はこの動きに反感を覚えました。彼らは地球から見捨てられ、
地球から持ってきたあらゆるものを失い、血と涙を乗り越えてようやく自然と調和
した生き方を学んだのです。ポセイドンは彼らの世界でした。今頃になって地球か
ら金めあてにやってきた新参者が、ポセイドンを汚れた第2の地球にするのを黙っ
て見ているわけにはいきません。

**

 こうして、原住民と巨大企業の間には緊張が高まってゆきました。多くの原住民
はデモや抗議行動といった穏健な方法をとりましたが、一部の若者やクジラ類は、
「巨大企業の環境破壊を実力で阻止すべし」というエコテロ思想に走ったのです。

 彼らはゲリラ、あるいはエコテロリストとなって、要人誘拐、暗殺、海賊、爆弾
テロといった暴力により巨大企業の妨害を図るようになりました。

 ポセイドンに無秩序と無法が広がるにつれて、巨大企業間の戦争も次々と起こり
ました。無差別テロに見せかけたライバル企業への妨害が横行し、巨大企業は自衛
のためにも地球から流れてきた犯罪者、傭兵、金めあてのテロリストといった連中
を雇うことになりました。

 今やポセイドンは、原住民のゲリラ、エコテロリスト、勢力を広げつつある複数
の犯罪組織、巨大企業に雇われた戦争屋たちが横行する無法地帯と化しつつありま
した。

**

 GEO(世界環境機構)が事態の収拾に乗り出しました。彼らは、ポセイドンに
「GEOマーシャルサービス」"GEO Marshal Service" や、「GEO平和維持軍」
"GEO PeaceKeeping Force"を送り込み、力づくで秩序を回復しようとしたのです。

 GEOマーシャルが犯罪組織と、ショックトルーパーズ"Shock Troosers"がゲリ
ラやテロリストとの戦いを開始しました。今日(2199)もなお戦いは続いています。

 さらにGEOは厳しい環境保全基準を設け、あらゆる企業活動に対してこの基準
に沿うことを要求しました。もちろん、巨大企業からは、猛烈な反発がありました。
「GEOにそんな権限はない」というのが彼らの主張でした。「国連はブライトに
対応するためにGEOに権限を委譲したのであり、ブライトが終結した以上GEO
の存在理由はなくなっている。ましてやポセイドンにおける企業活動を制限すると
いうのは権限の濫用である」と彼らは声高に訴えました。

 これに対してGEOは、「ポセイドンにおける活動は、全て国連によるアテナ計
画(ポセイドン植民構想)の一貫であり、従って国連から全権委任されたGEOの
管理下にある」と宣言しました。

 GEOに対して肯定的だった原住民にとっても、GEO宣言は許容できないもの
でした。その宣言によると、原住民の活動も全てGEOの管理下にあり、原住民は
GEOが定めた規則や法律に従う義務があるということになるからです。

**

 GEOは地球とポセイドンをつなぐワームホールを支配下に置くと共に、ポセイ
ドンの軌道上を周回する宇宙基地「プロスペリティ・ステーション」"Prosperity
Station"を建造し、ポセイドンへの出入りを完全に押さえてしまいました。こうな
ると、巨大企業としてもGEOに従わないわけにいきません。GEOの許可がない
限りポセイドンに移民することも出来ないからです。

 こうして、GEOの力づくの政策により、ポセイドンにある程度の秩序がよみが
えりました。しかし、GEO、原住民、巨大企業の間にある激しい確執は、水面下
で様々なトラブル、紛争の火種となり続けることになりました。そして、今や立派
に育った犯罪組織は、これらを利用して私腹を肥やし続けたのです。

 ともあれ、ポセイドンの政情は「緊張をはらみつつも、比較的安定している」と
言えるところまで回復しました。ポセイドンは植民地として安定したのです。再コ
ンタクト直後に起こった移民ラッシュは一段落し、人口増加は緩やかになりました。
環境保護と資源開発のバランスもとれるようになり、今度こそ人類は「制御された
発展」を手にすることが出来るかとも思われたのです。

・・・しかし、ロング・ジョンの発見が全てを吹き飛ばしてしまいました。

**

 2181年、巨大企業「アトラス・マテリアル社」"Atlas Materials" が建造してい
た海底採掘基地「アンダーシー・ハビタット1」"Undersea Habitat 1"が完成し、
操業を開始しました。

 2185年、アンダーシー・ハビタット1で、奇妙な海底鉱脈が発見されました。
 その鉱脈から採掘された特殊なシリケイト ("silicate"珪酸塩)鉱石は、欠損の
ない完全な結晶体だったのです。ゼノシリケイト"xenosilicates" と名付けられた
その珪酸塩結晶を調査した研究チームは、ゼノシリケイトが持つ驚くべき性質を発
見しました。

 ゼノシリケイトを触媒として用いることにより、有機体の細胞を分子レベルで正
確に操作できるのです。これにより、遺伝子工学や生体改造に革命が起こります。
今までとは比べ物にならないくらい正確に、しかも安価に、さらに短期間に遺伝子
操作、生体改造が可能になるのです。今までのバイオテクノロジーは全て過去の技
術となり、これからはゼノシリケイト無しに遺伝子操作、生体改造を行うことはで
きなくなることは間違いありませんでした。

**

 さらに、ゼノシリケイトを用いることで、今まで「理論的には可能だが、現実に
は費用と時間がかかり過ぎて不可能」とされていたことが可能となります。それは、
人間の身体を構成している全ての細胞から、蓄積された老化因子を取り除くという
「抗老化セラピー」"Longevity therapy" です。

 定期的に抗老化セラピーを受け続けている限り、細胞の老化は打ち消され、患者
は無期限に肉体年齢を保存できるのです。これこそ人類の長年の夢だった不老不死
に他なりません!

 抗老化セラピーを受け続け、永遠の若さを保つためなら、全財産を投げ出す人は
いくらでもいるでしょう。地球の金持ちは、ゼノシリケイトの一かけらに、途方も
ない金をつぎ込むはずです。

 ゼノシリケイトは、バイオテクノロジーの革命であり、夢の抗老化剤であり、そ
の価値は無限でした。

 さらに、ゼノシリケイトは、どうやっても複製できないのです。格子欠損のない
完全な結晶体を人工的に作ることは、現在(2199)の技術でも不可能です。どのよう
な奇跡により完全な結晶体がつくり出されたのかは不明ですが、とにかくゼノシリ
ケイトはポセイドンの海底鉱脈にしか存在せず、手に入れるためにはポセイドンの
海底を採掘するしかなく、そしてゼノシリケイトの採掘に成功すれば無限の富が約
束されるのです。

**

 アトラス・マテリアル社はこの世紀の大発見を秘密にしようとしましたが、それ
は無理な話でした。ある従業員がこの情報を破格の値段で売り、やがてこの「奇跡
の薬」の情報は地球のマスコミにリークされました。

 地球のマスコミは、ゼノシリケイトに、抗老化剤の原料になるということから、
「ロング・ジョン」"Long John" というあだ名をつけました。

 ポセイドンの海底に不老不死の薬「ロング・ジョン」が!
 あなたもポセイドンの海底を掘るだけで莫大な富が手に入る!

 地球全体にフィーバーが巻き起こりました。何しろポセイドンへ行けば誰でも大
金持ちになれるのです。移民局には登録の申し出が殺到しました。

 もちろん全ての巨大企業がロング・ジョンの採掘事業に乗り出そうとしました。
アトラス・マテリアル社は有利な立場にありました。他の企業がこれから海底採掘
基地の建造に取りかからなければならないのに、アトラスは既に「アンダーシー・
ハビタット1」海底採掘基地を持っているからです。

**

 アンダーシー・ハビタット1のラボでゼノシリケイトを研究していたアトラスの
科学者チームは、さらに驚くべきことに気づきました。バイオテクノロジーの触媒
としての機能は、ゼノシリケイトが持っている可能性のほんの一部に過ぎないとい
うことです。極端に言うと、それはピストルを鈍器として殴るのに使っているよう
なものです。

 アトラスの科学者たちは、ゼノシリケイトが、分子アセンブラ(ナノマシン)に
対して理想的な触媒として働くに違いないということを見つけ出しました。つまり
ゼノシリケイトは、ナノマシンが自己複製と分子操作を行うためのプラットフォー
ムとして設計されていたのです。

 ゼノシリケイトは、「分子レベルの物質操作」という究極のテクノロジーを実現
するために創り出されたものだったのです。もちろん現在(2199)の人類にとって、
ナノテクノロジーは手の届かない遠い夢のような技術に過ぎません。では、誰が、
何のために、ナノマシン用プラットフォームをこれほど大量に必要としたのでしょ
うか?

 アンダーシー・ハビタット1にいた研究者の一部は、気づいたかも知れません。
 ポセイドンの自然が、実は全く「自然」環境ではなく、ゼノシリケイトを触媒と
する分子アセンブラ群によってテラフォーミングされた人工環境であることに。

**

 2192年、アトラス・マテリアル社のライバル巨大企業である「ジーンダイバー社」
"GenDiver"社の攻撃型潜水艦が「事故により」発射した魚雷が、アンダーシー・ハ
ビタット1海底採掘基地を直撃しました。 200名以上の死者を出すこの大惨事によ
り、アトラスの有利な立場は失われました。そして、海底採掘基地と共に、ゼノシ
リケイトの研究チームとその成果も暗黒の海底に失われてしまったのです。

 こうして、あらゆる巨大企業が同じスタートラインに並んでポセイドンの海底へ
ダッシュをかけることになりました。そして、地球からは、フォース6の嵐に匹敵
する移民ラッシュが押し寄せてこようとしていました・・・。

**


ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: ナノテクノロジー

 今回の一冊 :「無限アセンブラ」 アンダースン&ビースン


 「ブループラネット」のゲームマスターは、ナノテクノロジーについて知ってお
く必要があります。ノンフィクションとしては「ナノテクの楽園」(エド・レジス)
をお勧めしますが、今回の「SFこの一冊」としては、ナノテクSFの代表作の1
つ「無限アセンブラ」を取り上げることにしましょう。

 月の裏側で発見された巨大構造物。それは異星人が送り込んできたナノマシンに
より建造されつつある謎の施設だった! 果たしてナノマシンの目的は何か。そし
てナノマシンに汚染された月面基地の運命は?

 アンダースン&ビースンといえば、ハリウッド大作映画的なSF長編を書くこと
で人気のあるコンビです。本作も例外ではなく、いかにもハリウッド的なスリルと
サスペンスあふれる娯楽大作になっていて、今までナノテクというアイデアに触れ
たことのない読者でも安心して読めます。


・水平線上の黒雲

 ロング・ジョンの発見が地球で報じられると、とてつもない規模のゴールドラッ
シュが巻き起こりました。GEO(世界環境機構)はポセイドンを保護するために
厳しい移民制限(移民許可が下りるのは、希望者1千人につきわずか1人に過ぎま
せんでした)をかけたのですが、にもかかわらずポセイドンには嵐のような移民ラ
ッシュが押し寄せたのです。

 2165年の再コンタクト時点で、ポセイドンの人口は5万人未満にすぎませんでし
た。2185年にロング・ジョンが発見された時点における人口は6万5千人。20年間
に、わずか1万5千人ほどしか増加しなかったのです。

 それが、2190年にはたった1年間で何と2万人の移民が到着し、2192年には1年
間に3万人の移民が流入したのです。ポセイドンの人口は、数年で倍増する勢いで
増加しました。

 どんな社会だって、こんな激しい移民ラッシュに耐えられるはずがありません。
ポセイドンは嵐に吹き飛ばされた木の葉も同然だったのです。

**

 ゴールドラッシュの先陣を切ってポセイドンに移民してきた新参者"Newcomers"
たちは、そのほとんどがロング・ジョン鉱脈を掘りあてて莫大な財産を手にすると
いう夢と欲に駆り立てられてやってきた者たちでした。彼らの多くは、移民するた
めに財産の大半を使い果たし、わずかな資金だけを手にポセイドンに降り立ったの
です。

 急増する新参者を受け入れるため、あちこちの港のそばが開拓され、ブームタウ
ン"Boomtown"と呼ばれる急ごしらえの町が作られました。ブームタウンには、金貸
し、海底試掘のための中古装備を売る店、レストラン、宿屋、雑貨店など新参者を
狙った店が次々に開店しました。それから酒場、各種の娯楽施設、売春宿が現れ、
犯罪組織が根を下ろしました。

 ポセイドンに降り立った新参者は、こういったブームタウンの1つに宿を借りて、
海底試掘の装備を購入し、船をチャーターしてロング・ジョン鉱脈探しに乗り出し
ます。しかし、彼らのほとんどは、鉱脈を見つけることなど出来ず、借金を抱えて
逃げ回るはめになります。そういう者の多くは、ブームタウンから逃げ出して行方
をくらますか、犯罪に手を染めるか、どちらかを選ぶことになります。

**

 破産して自棄になった新参者の多くが犯罪に走るせいで、ブームタウンの治安は
どんどん悪化しました。犯罪率は急増し、住宅街はスラムと化し、無法が町を覆い
ました。ブームタウンは、誰もが自分の身を自分で守るために銃を持ち歩かなけれ
ばならないような場所となっていったのです。犯罪組織は、ブームタウンに武器や
麻薬を流すことで、利益を吸い上げました。

 GEOは、ブームタウンの治安を維持すべく、マーシャル(保安官)を送り込み
ました。戦闘用バイオモッド(生体改造)とGEO特製サイバーウェポンで武装し
たGEOマーシャルは、犯罪者たちを震え上がらせました。マーシャルは、現行犯
を問答無用で射殺する権利を持っており、実際その権利を頻繁に行使したからです。

 ただし、次々に発生するブームタウンの数に比べてGEOマーシャルの数は少な
く、多くのマーシャルは1人で多くのブームタウンを受け持ち、定期的に巡回する
ことになりました。

 ゴールドラッシュに湧くブームタウン、町を支配する犯罪組織、酒場で暴れるな
らず者、銀行強盗、他の町からやってくる流れ者と保安官。今やポセイドンのブー
ムタウンは、さながら昔の西部劇の舞台そのものになっているのです。

**

 借金取りから行方をくらます方を選んだ新参者の多くは、原住民"Natives" の集
落に逃げ込みました。そういう逃亡者のなかには、原住民が武装してないのをいい
ことに、武器を使って略奪を行う者が出ました。

 当然のことながら、原住民は怒りました。彼らはよそ者に敵意を持ち、集落を守
るために武装するようになりました。こうして、集落から略奪しようとしたチンピ
ラが撃ち殺され、その仲間が報復として集落の倉庫に放火し、怒った原住民がチン
ピラの溜まり場に爆弾を仕掛けたところ、たまたま居合わせたヤクザの親分が吹き
飛ばされた・・・といったトラブルが続出しました。

**

 原住民の怒りは、ブームタウンだけでなく、巨大企業"Incorporates"にも向かい
ました。ポセイドンにいる巨大企業は全てロング・ジョン採掘事業に乗り出してお
り、採掘基地や研究施設を建てるためにあちこちに開発の手が伸びた結果、環境破
壊が始まったからです。

 原住民は「ポセイドンを第2の地球にするな。ここは我々の世界だ。巨大企業は
環境破壊を止めろ」と訴えましたが、ほとんど効果はありませんでした。

 原住民のなかには、もはや実力で阻止するしかないと考える者もいました。そう
いう者たちは、巨大企業の環境破壊を、施設の爆破、要人の誘拐、輸送船の撃沈と
いった破壊活動、テロにより阻止しようと企てるエコテロリストと化したのです。

 シェラ・ネバ海域に生息するクジラ類の原住民グループは、エコゲリラとなって
新参者と戦う道を選びました。バタク"BATAKU"と呼ばれるオルカをリーダーとする
イルカ・オルカ戦士たちの集団、「シェラ・ネバ部族」が輸送船に襲いかかってく
るようになったのです。

**

 エコゲリラを一掃するために、GEOは平和維持軍"GEO PeaceKeeping Force"の
投入を決定しました。クジラ類のゲリラ兵と戦うために、地球でクジラ類の志願兵
が大量に徴募されたのです。

 平和維持軍に入隊し、ポセイドンに派兵されたクジラ類のうち、かなりの者がポ
セイドンでの作戦行動中に逃亡しました。彼らは、環境汚染で目茶苦茶になった地
球から逃げ出すためだけに入隊したのです。

 こうした逃亡兵を温かく迎え入れたのは、皮肉なことにエコゲリラ集団でした。
逃亡兵の多くは地球での経験から人類に対して深い憎悪を抱いており、進んでエコ
ゲリラ兵士になる道を選びました。平和維持軍で訓練を受けた彼らは、非常に優秀
なゲリラ兵となったのです。

**

 エコテロリストやエコゲリラも脅威ですが、多くの巨大企業にとって最大の脅威
は、他の巨大企業でした。ここ数年のうちにロング・ジョン採掘事業に成功した企
業はポセイドンの市場を支配下に置くことができ、失敗した企業はポセイドンから
撤退することになりかねません。

 巨大企業間の競争は激化しました。合法/非合法を問わず、水面下で様々な陰謀
や策略が進められました。他の企業が(多大な投資により)獲得した探査情報を盗
む、他の企業の海底探査を(場合によっては非合法な手段を使ってでも)妨害する、
他の企業のスキャンダルを暴いてGEOの採掘許可を取り消させる、他の企業の内
部に工作員を送り込んで労働者にストライキを起こさせ採掘を遅らせる、などなど。

 特定海域の試掘権を巡る争いから、企業戦争が勃発することもありました。もち
ろん多くの場合、非合法な活動は、企業に雇われたプロの犯罪者、傭兵、テロリス
トなどにより行われたのです。

**

 ポセイドンを支配下に置きたいGEOは、巨大企業の勢力を弱めるために、あら
ゆる手を尽してきました。このため、巨大企業の多くは、GEOを憎むべき圧政者
と見なしています。

 原住民にとっては、GEOは必要悪のようなものです。基本的にGEOはポセイ
ドン支配の野望に燃える新参者であり、気に入らない存在なのですが、もしGEO
がなくなれば、巨大企業の暴走は誰にも止められないことでしょう。

 巨大企業の一部は、ポセイドンにおけるGEOの統治権を認めないと宣言し、G
EOと対立しました。また、地球においても、かつて国連から脱退した国々と企業
州が新たに国連を再結成し、「ブライトが終結した以上、GEOは解散して国連に
権限を戻すべし」と主張しています。もし国連総会において、加入国、企業州の投
票により動議が承認されれば、GEOは解散となり、巨大な権力の真空と、そして
未曾有の混乱が起こることでしょう。

 一部の企業州や国家は「GEOの圧政がこのまま続くよりは、混乱の方がまし」
と考えていますが、残りの大半が浮動層であり、「GEOの権限が強化されるのは
望ましくないが、かといってGEOを解散させることによる混乱は避けたい」とい
う消極的支持をしているおかげで、今のところGEOは存続を続けることが出来て
います。

 GEOが今後も存続するためには、浮動層の(消極的)支持が欠かせません。
 ゆえにGEOは常に世論に気をつかい、支持を失わないように慎重に行動する必
要があるのです。

**

 新参者と原住民、マーシャルと犯罪組織、原住民と巨大企業、ライバル企業間、
巨大企業とGEO、そして彼らとエコテロリスト/エコゲリラ。環境、利益、権力
を巡る対立は、ポセイドンをあまねく覆う傘のようなものです。

 誰の目にも、水平線上にわき上がる黒雲がはっきり見えます。嵐がやってくるの
です。誰にも見えないのは、それがどのような嵐かということ、そしてどちらに向
かえば嵐を避けることが出来るのかということです。

 こうして、嵐の予感をはらみつつ、西暦2199年が過ぎようとしています。西暦22
世紀も残すところあとわずかになりました。23世紀のポセイドンはどのような世界
になるのでしょうか? 確実に言えることは、そこが退屈な世界ではないというこ
とだけなのです。

**

 ・・・・そして、まだ誰も気づいていない危機も存在します。

 ポセイドンの深海、あるいは海底洞窟の中で、彼らは人類をどうすべきかについ
て検討しています。

 人類は今やポセイドンの生態系バランスにとって深刻な脅威となっているので、
この星から一掃すべしという考え方もあります。そのためには、海中にメッセンジ
ャー分子を放出するだけでよいのです。後はナノマシンが始末をつけてくれること
でしょう。

 だが、人類がポセイドンの生命と同じ、人為的に設計された遺伝コードを持って
いることを考えると、彼らは何らかの計画に従ってポセイドンにやってくるように
「仕向けられた」のかも知れません。だとすると、彼らを一掃するのはまずいこと
になります。

 そういうわけで、結論は保留したまま、様々な実験プロジェクトが進められてい
るのです。人類に気づかれないよう、密やかに。

**

 そして、GEOがポセイドンに運び込んだ大量の核兵器は、今のところ軌道上で
静かに眠っています。その存在は、ほんの一握りのGEO高官を除いて誰も知りま
せん。もしも地球に対する脅威が発生したら、ポセイドンは完全に焼き払われ、地
表のあらゆる生命が抹殺されることでしょう・・・。


・アボリジニー

 「ブループラネット」の基本ルールブックの表紙は、美しい海底洞窟をバックに
漂う奇妙な生物を描いたカバーイラストになっています。そこに描かれているエイ
によく似た生物は、ポセイドン土着の知的生命体なのです。その知的な振る舞いに
気づいた原住民は、ある種の畏怖と敬意の両方を込めて、彼らを「アボリジニー」
"Aborigine" すなわち先住民と呼んだのです。

**

 原住民(当時は「入植者」でしたが)によってアボリジニーが始めて目撃された
のは、2093年のことだと言われています。その時点では、彼らは単に地球のエイに
よく似た魚類の一種だと見なされただけでした。

 2104年には、アボリジニーが魚の群れを率いて泳いでいるのが目撃されています。

 2110年には、後から考えると「ファースト・コンタクト」とでも呼ぶべき事件が
起きています。10代の少年が、海中で「エイに似た大型の魚」とテレパシーのよう
なもので会話したと主張したのです。ただ、他に目撃者がいなかったため、少年の
言葉を信じる者はほとんどいませんでした。

 2111年、アボリジニーが金属製の物体を運んでいるシーンが水中カメラによって
撮影されました。この映像を見た原住民のなかには、このエイに似た大型の魚類が
実は知的生命体かも知れないと考える者もいました。

 2112年、アボリジニーを生け捕りにした研究船が、その直後に消息を絶つという
事件が発生しています。後に発見されたときには、船は完全に破壊されており、生
存者はいませんでした。今日に至るまで原因は不明です。

 このエイに似た謎の大型魚が「アボリジニー」と呼ばれるようになったのは、こ
の頃からです。それまでは数年に1回しか目撃されなかったアボリジニーが、この
頃から頻繁に目撃されるようになりました。それは、まるで彼らが人類の存在に気
づいて、急に興味を持ち出したようにも思えました。

**

 2112年の悲劇から今日に至るまで、アボリジニーを捕獲し持ち帰ることに成功し
た者はいません。それどころか、生物学者は満足のゆく標本すら手に入れてないの
です。

 いくつかアボリジニーの遺体を解剖したという記録はあります。最も古いものは
2121年のものですが、あまりにも生物学の常識に反する記述が多いため、信用おけ
ないと見なされています。(例えば、アボリジニーには口や肛門がないとか、消化
器官や生殖器官の存在が確認できないとか)

 その後も、いくつかの研究機関によってアボリジニーの遺体が解剖されたという
話はあるのですが、いずれも結果が公式に報告されてないため、噂のレベルに止ま
っているのが実情です。

 観察記録から判断すると、アボリジニーの大きさは1.5mから4m弱、体重はおそら
く40〜50Kgから大きいものでは100Kg を超える個体もいるようです。体表は、様々
な色に輝いているとされ、また色を変えることも出来るものと思われます。

 アボリジニーは何本かの触手を持っており、一部の触手は先端に鋭い爪がついて
います。背中には多数の「アイ・スポット」と呼ばれる斑点が並んでおり、どうや
らこれらの斑点は何らかの化学物質の放出、検出を行うための器官になっているよ
うです。

**

 原住民のアボリジニーに対する態度は、集落によって大きく異なります。

 一部の集落では、アボリジニーを害獣として嫌っています。というのも、アボリ
ジニーに率いられた魚の群れが、海底農場の海草を食い荒らすということがよくあ
るからです。

 別の集落では、アボリジニーは悪魔のように恐れられています。そういう集落で
は、忌まわしい噂の数々を耳にすることが出来るでしょう。例えば「アボリジニー
と接触した若者が、発狂して次々に村人を殺した」とか、「エコゲリラを背後で操
っているのはアボリジニーだ」とか、「満月の夜にアボリジニーが集団で上陸して
きて人を食う」とか。

 一部の集落ではさらに不吉な噂も流れています。最近、あちこちの集落で、奇妙
な子供が産まれているというのです。彼らは(海棲人であることを考慮しても)魚
に近い姿をしており、手足は退化し、知性が高いにもかかわらず言葉をうまくしゃ
べることが出来ず、さらに背中に奇妙な斑点があるというのです。それらの集落で
は、そういった子供を「アボリジニーの呪いがかかった」として始末するか、集落
の外に知られないように隠しているのだそうです。

 逆に、アボリジニーを「ポセイドンの守護天使」として扱う集落もあります。
 そういうところでは、アボリジニーが様々な奇跡を起こしたという話を聞くこと
が出来るでしょう。「海底で大怪我をして死にかけていたとき、アボリジニーが近
づいてきて、怪我が見る見るうちに直った」とかいった話です。中には「海底洞窟
でアボリジニーを目撃した後、洞窟から出て背後を振り返って見ると、そこは一面
の岩壁で、洞窟の入り口は消えていた」といった話もあります。

**

 アボリジニーが何であれ、彼らとコンタクトした人間やクジラ類に何らかの強い
印象を与えることは間違いありません。多くの者は、アボリジニーと接触した後、
ポセイドンの環境保護こそ自分の使命だと悟ったと言います。中には過激な環境保
護運動に走る者もいます。噂にもあるように、アボリジニーと接触した集落全体が
エコゲリラグループになったというケースも実際にあるようです。

 多くの研究者が必死でアボリジニーを追っています。今のところ、その生態や知
的能力、棲息域については謎に包まれていますが、いつの日か全てが明らかにされ
る日がくることでしょう。

**

 ポセイドンの謎は、アボリジニーだけではありません。

 2199年、ナショナル・ジオグラフィック協会の支援を受けた海底探査チームが、
気象衛星がとらえた奇妙な地形の調査中に、驚くべきものを発見しました。

 デューンディン"Dunedin" 海底山脈の水深500mを超える地点で水中カメラにとら
えられたそれは、海底に直立する漆黒の石版(モノリス)でした。明らかに人為的
に建造されたものと思われる幾何学的に正確な黒い石版が、人類がやってくる前か
らポセイドンの海底で静かに眠っていたのです。

 調査によると、全部で20枚のモノリスが、約1Kmに渡って半円形状に並んでいま
した。うち7枚は地震のためか倒れていましたが、残りは直立しており、なかには
高さが100m近くになる大きなものもありました。

 映像を見る限りではモノリスの表面は完全になめらかで、海水による浸食の跡も
なく、コケやフジツボのような生物も全く付着していません。モノリスを構成して
いる材質も、その年代も、現時点では不明です。

 映像をチェックした科学者が「ポセイドンに、かつて高度な科学技術を持つ存在
がいたことを示す考古学的な証拠」と断言したため、ポセイドンと太陽系の科学界
と宗教界に激しい議論が起こりました。

 現時点では、海中モノリスについてこれ以上の情報は得られていません。多くの
研究チームが現地に向かっていますので、いずれ詳細なレポートが届くことでしょ
う。

 いずれにせよ、ポセイドンは、まだまだ人類に知られざる秘密を持っているよう
です。宇宙は単に我々が想像する以上に奇妙なだけでなく、我々が想像できる以上
に奇妙なところなのです。

**

ブループラネット・プレーヤーのための「SFこの一冊」

 今回のテーマ: 異星人の遺物

 今回の一冊 :「星を継ぐもの」 ジェイムズ・P・ホーガン


 月面で発見された黒い石版(モノリス)と言えば、クラークの「2001年宇宙の旅」
です。「太古の昔に異星人によって残された遺物、ずっと後に人類が宇宙に進出し
たときに発見されるような仕掛け付き」というネタは、その後のSFに何度も登場
する人気アイデアとなりました。

 このアイデアを元にしたSFで個人的に好きなのは「サターン・デッドヒート」
(グラント・キャリン)です。誰もが知っているこのアイデアを逆手にとった雄大
なようでセコいトリック(太古の昔に設置されたと思わせといて実は・・・)を使
う異星人が好きだったなあ。

**

 「星を継ぐもの」は、月面で発見された「宇宙服を着た異星人の遺体」の謎を探
る話で、ホーガンの出世作です。宇宙へ向かう若き人類の力強い歩みを描いたこの
作品は、今から思うと色々と未熟な点も(科学的な間違いも!)沢山ありましたが、
それでもSFファンの心に強く訴える力を持った名作です。素朴で純真な科学技術
信仰がクサいという人もいますが、ハードSFの原点ということで、素直な心で読
んでみて下さい。

 ホーガンの(初期の)作品をいくつか読めば、ハードSFを味わうために必要な
のは、科学やテクノロジーに関する知識ではなく、科学やテクノロジーが生み出す
「驚き」や「ときめき」に素直に感動できる心だということが分かるでしょう。

 「ブループラネット」は、確かにサイバーパンクであり、西部劇であり、エコロ
ジーなのですが、その根幹はやはり「ハードSF」にあります。このゲームの真の
狙いは、ハードSFの「驚き」や「ときめき」を再現することにあるのです。

馬場秀和

第1部「ブループラネットへの道」完結

             Welcome to the world of
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            〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


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