だめっこどうぶつ 3
                
いや、このひと方をだめっこ扱いしてはいかんと思いますが。(アンヘル、イーサン除く)「素顔のスターダンサーたち」TDKコアでDVD出てます。
よんせんえんってどうでしょうか。五十四分のテレビ用ドキュメンタリー映像が。
で、今回の話題にはあまり関係ございませんが。じつはバレエ絡みのDVDとか、無駄に高額なんすよね。もともと数はけないし、買う奴は買うだろうと。まあ、ある意味正しい商売ではありますが。

ええと、そうです。原題は「BORN TO BE WILD」と、非常に判りやすい、コンセプトまんまのもので、監督、凄い大物らしいです。
いや出来のよさから相当な実力お持ちの方とお見受けいたしましたが、エミー賞五回受賞っすか。
本当に、この映像はおすすめです。
やはり米国でもバレエの扱いは日本と大差ないという感じらしく「打倒ブロードウェイ」を掲げていると思しい、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のプロモーション番組にもなってます。
これ見た、特に男の子達は、バレエダンサー目指すでしょう。ええ。かっこいいって。
バレエ習いた
い。言い出しますよ、即。
そんで、部屋の中を取り返しのつかない程度に破壊するぐらいのことは、見所のある連中の何人かは実行してるでしょう。
で、まあ前回紹介した例の科白からドキュメンタリーは始まります。
基本構成はモリスという有名な(方らしいです)振り付家が、ABTの男性看板ダンサー四人のための新作を振り付けていく様子と、その作品の劇場での公開シーンまでを追うというものです。
その間、四人のダンサーが、それぞれの故郷を訪問して幼少期の思い出を関係者の発言を交えて語らせたり、
貴重な子供時代の舞台映像やら、若かりし頃の国際コンクールでの踊りとかを挟んで紹介していくと。
定番と言えばそうなんですが、さすがの手際です。
それぞれのダンサーへのインタビューも適宜交えてまあ、心憎いタイミングと人選で四人のダンサーのみならずABT及び男性ダンサーの歴史まで学べてしまうという、
自分のような入門者向けには大変おいしい作品でございます。

まずは、アンヘル・コレーラの出番です。ドン・キホーテのパ・ド・ドゥで客席から悲鳴の上がった例のお兄ちゃんです。
若いです。っつーか、子供です。
なぜか彼を紹介した記事には、今後ABTがどう彼を育て上げるのか。成長が楽しみだ。と、判を押したように言われてしまってます。
育つか、ではありません。どう育てるかです。
こんだけ実力のある成人男性ダンサーへのこの言い草で、だいたい彼の人となりを判っていただけるかと。
まあ、天使さまですし。(アンヘルつまりエンジェルです)仕方のないことと言えましょう。
で、彼はスペインのマドリッド出身。
サッカーが苦手な男の子は、仲間にいれてはもらえないんだそうです。
「僕はクリントン大統領夫妻の前で踊ったことがある。エリザベス女王に会ったことも。でも、スペイン王室からのお呼びはかからないんだ、実家の目の前に王宮が見えるのに」
こんな科白を、皮肉でもなんでもなく、真顔で言える二十代男(顔はいい)にどんな評価をつけるのか。
なんだか自分、何かに試されているような気持ちになります。
そして、街をぶらつく彼の映像、年上ごうじゃす美女がいい雰囲気で付き添っているではありませんか。
まあ、生意気な。お前見たまんまの甘えっこだな。いや、だめっこのレベルだそれは。
そう突っ込みを入れましたとも。
彼女はカルメンという名を持つ、天使様のお姉さんでした。い、いや。それ反則っす。
何に対してかは判りませんが、反則です。
ABT所属のバレエダンサーでもあるお姉様は、弟は自分の誇りだと、本当に誇らしげに答えていらっしゃいました。やっぱり反則だと思います。
彼の全幕物は、以前紹介した「海賊」と「ロミオとジュリエット」の入手ができます。
海賊には散々触れましたので「ロミジュリ」のほうをちょこっと。
ジュリエット役は、これをやらせたら現役一番といわれているらしいアレッサンドラ・フェリというラテン系ちっちゃいかわいいのダンサーで、
(硬さを抜いて明るくしたヴィヴィアナという感じっすか)ベテランです。ロミオ役をアンヘルが演じてます。
バカです。だめっこです。だめパワー全開です。
キャリアと格の違いとまあ原作のストーリー自体のせいでもありますが、ほんとに何も考えてやしねーよ、ホルモンたぎらせてる若い男なんてよ。
しかも苦労知らずのお坊ちゃまだしなあ。根性のないことないこと。
あんたさー、自分なさ過ぎだよ。死んで過大評価が残った典型的な若造だよ。と、演技なのか地なのか謎な姿で踊ってます。
全然深みのない辺りも、ロミオとしてはリアルではありますが。感動は呼ばないです。
そう、本当に、なんつーかだめを愛でる心を直撃しているだけでは。
フェリの名演というか、意気込みって奴ですかね、それの前には霞みきってます。
天使さまには、ロミオはともかくフェリのパートナーはまだ荷が重いというところでしょうか。
でも、可愛いーと恐らく思われるでしょう。見守っていかなければと。
どこまでも、反則な天使様は、格ではなく徳が高いんでありましょう。やはり。

お次は、マラーホフっす。今現在、最も有名な男性バレエダンサーらしいです。
なんと言っても、以前紹介したABTの「海賊」全幕物の映像には「マラーホフの」とタイトルにいきなり堂々前フリに使われてましたから。
マラーホフ、ただの脇役ですのに。主演は、イーサン、一番おいしい役はアンヘルが踊っていたのですが。
確かに、格の違いをまざまざと見せ付けられはしました。
これは、言っておかないとあまりに不公平なので明記しておきますが。マラーホフ、若手を立ててます。
そもそも海賊で奴隷商人役を踊ること自体が、本人のキャリアを思えば異例っつーか、物凄い好意です。
いや、あんまり楽しそうなんで、単に若手に花を持たせるという名目を隠れ蓑に、この役を分捕ったのではという疑惑もぬぐいきれずに居る自分ではありますが。
マラーホフは舞台上にただ居るだけで、見ちゃうんですよ、つい。このひとを。
主役が張り切ってソロを踊っているシーンでも。
いや映像ですから、マラーホフを抜け目なく映しこむようにアングル操作しているわけで、イーサンの踊りがつまんねー、い、いえその付け髭似合わないよあんたじゃなくて。
まあそういう状態であったせいだけではないと思われます。
些細な仕草が、イーサンの綺麗な高いジャンプより人目を引く。残酷やなー、舞台って。ちょっと、しみじみ致しました。
マラーホフ、全然顔良くないです。イーサンの方が素直に男前です(つまんないけど)。
でも、熱狂的なファンには、この上もなく美しく見えるらしいです。あの容姿が。
そうすか。自分、それについてはとやかくは申しません。でもなー。い、いえ、申せません。
そんなマラーホフが、ロシアのただただ広い大地を走る列車の窓辺にもたれながら、自分の生い立ちを語ります。
彼は、前回もお話した通りウクライナ出身です。
十一歳でモスクワまでの一日半にも及ぶ旅は、いかに母親同伴とはいえ、心細いものであったろうとは思います。
世界でも一、二を争う名門バレエ学校への入学試験を控えていたのですから。
でもその、なんと言うか。
彼のインタビューには胡散臭さが厚く膜を張ってます。
もう、散々しゃべらされたことだからなのか、自分を演じている感じがにじみ出ていて、それも計算のうちかのうと、妙に感心をしてしまうくらい、本音が見えないというか、
そもそも本音が自分でも、もう解らないのか、どうでもいいのかという様子がありありです。
母親がマラーホフにバレエを学ばせるために、どれほどの苦労を重ねたかとか語る前にさりげなく母親の夢はバレエダンサーになることだった、
それを息子に託したんだなんて冷めた顔つきで淡々と言っていたり。自分に子供が出来ても、同じ道を歩ませたくない。過酷な職業だからね、
なんてさりげなく呟いて見せたり。
(でも、自分つい、あんた家庭持たなくてもいいから、子供二十人ばかり残せよとつっこんでしまいました)
その後に、学校での最初の一年は特に辛かった。
母親への手紙に、お腹がすいて辛いとつい書いてしまったら、(実際には、お菓子の類、甘い揚げ物なんかが食べられないという、あんた当たり前やそれな状況であっただけで
飢えていたわけではないです。当然)母親が抱えきれないほどの食糧を持ってモスクワに駆けつけてきたんだなんてベタな泣かせ話を披露してみたりと、
いい加減にしろな自分史語りです。
で、モスクワ駅に佇むマラーホフの映像が。十年ぶりのモスクワだとか言いながら。
しかし、広いしでかいです。モスクワ駅は。感動より茫然ってやつですか。上手い演出だよなあ。
ここに十一の頃のマラーホフが居たのかと、不覚にもその健気さにぐっときちまって、でも、ふとマラーホフの顔を見て我に返りました。
胡散臭いよ、あんたは。
そんなマラーホフも、昔の恩師にオレンジ色の柔らかな丸みを帯びた大輪のバラの花束を手渡して頬にキスする表情には、しみじみとした歓びが素直に表れています。
やってくれるぜ、またしてもこの野郎はよと、マラーホフに拳握るべきか、監督の手腕に恐れ入るべきか迷いましたとも。
恩師は語ります。とにかく入試のときから特別だったと。
抜けるように肌が白くて、柔軟な体を持っていて、男女問わず、生徒達は意識していたと。
でもそうは思わない人もいたのです。
恩師の方、穏やかな顔つきながら、お怒りでございますね、そうなんですねと、テレビの前で、後ずさりしてしまいました自分。
マラーホフは、ボリショイのバレエ学校にいたのです。ムハメドフがいたあの体力自慢なバレエ団の付属学校ともいえましょう。
それでもそこに入団できるのは一学年一人か二人ですが、だからといって、いえ、だからこそマラーホフはそこに入団できると教師陣も本人も思っていたわけです。
でも、です。例のあんた鬼だよの演出・振り付け家でボリショイの芸術監督だったグロゴローヴィチにダメを出されます。
ウクライナ出身だったマラーホフは、モスクワの市民権を持っていないという理由でです。
手続き上、面倒だからって、あんた。
その後マラーホフは他のバレエ団に入り、国際コンクールに出場しまくり、そんでもって絶賛の嵐を受けちゃったりするわけですね。
そのマラーホフは、おもむろに差し出された鬼の手に後ろ足で砂をかけ、西側世界に渡ってしまいます。
今じゃ、ABTのプリンシパルのみならずベルリン国立歌劇場の芸術監督ですよ。
でも、やっぱり胡散臭いよー。
生で見てしまった今となっても、やはりこの方に、だめっこのにおいを嗅ぎ取ってしまうのは、自分の修行が足りないせいでしょうか。
ええ、そうでしょう、そう思います。そうなんですが。
自分の演出した「シンデレラ」で、女性陣より上手にポアント(例の爪先で踊るあれです)やるのはどうかと思います。
いくら意地悪な義姉の役割を担う、シンデレラの所属するバレエ団の先輩ダンサー役だったとしても。
今更、このひとにライバル心剥き出しにするような男性ダンサーは居ないでしょうが、女性ダンサーは違う気構えがあると思うぞ。
なんで、あたしより綺麗に踊るのよ、あたしのパートナーが。
そう、苦々しい位ではすまない熱い感情を、内にも外にも燃やしていらっしゃる女性ダンサーは数知れないのではないかと、気が気ではありません。
ドキュメンタリーの中でいみじくも言われていたように「僕が女の子なら、彼と一緒に舞台で踊りたいとは思わないよ」という恨みが。

マラーホフの踊りはしなやかで、脚のラインが恐ろしく綺麗です。あの筋肉であのジャンプをこなすには何か特殊な仕掛けが要るはず。
重ねてで申し訳ございませんが、やはりここは、あんたが家庭を持つ必要などないからさ、二十人ばかり子供は残そうよ。
どうしてもそんな、ひととして踏み越えた発言をしてしまいたくなるのです。
いや、ファンではないんですよ。決してマラーホフのファンでは自分ありません。
ただなんというか、この世に奇跡ってもんはある。
出会えた歓びよりも、絶対これを失ってはいけないと、切実に惜しんでしまうような事例は、確かに存在していて、
間違いなくそれのひとつは、マラーホフという形に結実してたりするようです。
例えどんなに、だめっこどうぶつのにおいがしようとも、揺るがない事象として。 

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