だめっこどうぶつ 4
                 
さあ、いよいよだめっこの真髄、イーサンの登場です。
米国白人男性って時点で、すでにだめっこだろうという、もっともなご意見を抜いても、だめっこです。四人の中でも群を抜いて。
妙に小賢しい辺りも、だめだよ、あんた。ため息が出ます。
このだめっこがですね。なんと「ライモンダ」とゆー古典の全幕物で、都ちゃんの婚約者役を演るんですよ。日本公演で。
そう、あのKバレエカンパニーで三幕だけをやった例のあれでです。
内容はといいますと、伯爵夫人の姪っ子である美しいヒロインが婚約者の騎士の出征中にサラセンの王に見初められてしまい、熱烈に口説かれてるところに
凱旋してきた婚約者が現れ、二人はヒロインを奪い合い、決闘の末に、婚約者が勝利しヒロインとの結婚式で終わるという、
恋愛妄想をするのがヒロイン側という古典としては珍しいパターンのお話でして、いかに世間知らずの可愛いだけのヒロインが、威厳あふれる若妻になるかというのが、女性ダンサーの見せ所な訳です。
この婚約者って、はっきりいって添えもんです。顔がよけりゃいーんじゃないってやつっすか。
やはり、サラセンの王でしょう。踊るなら。イーサンには無理無理ですが。
なのでイーサンがこの役をやるのは、別に文句はございませんが。
なんで相手役が選りによって都ちゃんなんですか。あんな文化度の低い奴に都ちゃんの良さが解るかっ。
生意気すぎです。くー。「素顔のスターダンサーたち」の冒頭の言葉が頭を駆け巡ります。
「男らしい職業」だとう。「一日中女の子の手を握っていられる」でもって「かなり密着して踊るしね」
うおおお。こんな理不尽がまかり通っていいんですか。だめっこのくせに、だめっこのくせに。都ちゃんと密着だとー。
許せん。許せませんよ。
そんでもって、インタビュー記事とかも、イーサン中心になるのが見えみえなあたり嫌過ぎます。
けっ。ついやさぐれてしまいます。自分ひとりがやさぐれたところで、どうにもなりはしませんが。
そんで、どーせ、都ちゃんのことにはおざなりにしか触れやしないんだよ、このだめっこはよ。
いや、予断はいかんですね。ええ。予断は。
あんな、人として深みのない、文化度の低いだめっこに、都ちゃんの萌えがわかるかあ。
これが予断でない確信があったとしても。いけませんよね、ひととして。
で、このだめっこは、ハーレーなんかに乗ってやがったりしております。
奴の古巣であるNYCBというバレエ団では、昔、ダンサーは自転車に乗るのも禁じられていたというのに。生意気です。
こいつがウィスコンシン州の郊外のまじで芝生が、どこまでも続く、真っすぐな田舎道をハーレーで飛ばしている姿は、あんたノーヘルじゃねーか、ふざけんな、
ではなくてですね、どう突っ込んでも笑いがとれないいっそ見事なおばか振りです。こんな奴が、都ちゃんとか。
このドキュメンタリーはやはり、米国の視聴者向けですので、イーサンのご両親へのインタビューなんかは、いやに力が入っています。
息子がバレエを習いたいと、言い出したことへの戸惑い(バレエについて、まったく知識がなかったのよ)
息子がもっとよいバレエ学校へ通うべきだと薦められた時の、両親の健闘ぶり。
朝四時半に父親の車で勤務先まで行き、一時間半の仮眠後、学校へ送ってもらう。そして夜の七時に帰宅ですよ。
「車の中が、家族団欒の場所だったんだ」さすがに、このエピソードを聞いて堕ちない米国人はいないでしょう。
息子の伝え聞く名声に、いまだに戸惑っている、そんな雰囲気が両親にはあります。
息子はどこをどう押しても、田舎から都会に出て、顔と性格のよさでぶいぶいいわせてる風の、ちょっとばかしいきがった、典型的な白人の若い兄ちゃんすし。
せかいてきめいせい、なんてもんが、くっついてるようにはとても見えません。
バンダナとジーンズと革のブーツが、お母さんのお腹の中にいたときからかいと、疲れてしまうほど、当たり前にありますが。
お父さんは元牧師で、警察官で、刑務所の看取という、あー、あめりかの良心なのねというお方で、見るからに善良で堅実な容姿をしています。
おかあさんはもう絵にかいたような良きハウスワイフそのものです。すみません。あなたがたの息子を、だめっこ扱いするなど、ひととして忸怩たるものが有ります。
ありますが。がああ。
どうしても、黙れよ、馬鹿なんだから。その台詞が心を去らないのです。あなたがたの息子の映像を目の当たりにしていると。
イーサンは前回紹介したマラーホフにタイプが似ています。男性ダンサーとしては柔軟性があり、体型もマッチョではありません。
それでも、ジャンプは高くて滞空時間も長いし素早い回転も楽々こなします。ええ、才能はあるのでしょう。素人が見たってそれは判ります。
経歴だって、アメリカの二大バレエカンパニーでプリンシパル務めてるんですから、専門家の評価だって高いのでしょう。
でも、なんつーか。こいつの踊りには詩情がございません。そんな高尚且曖昧な言い方をしてもしょうもないですね。
なんつーか、もっと見たい、次にはどんな踊りを見せてくれるんだろうって気持ちにならないんですよ。
たしかにねえ、正確無比な足捌きでございますよ。好みじゃないけど、ハンサムだし。でも、喜びはない。なぜだろう。
まるっきり、体操競技を見てるような気持ちというのでしょうか。どこまで規定どおりに、正確に踊れるか。それを目指してんのか? 
多分違うんでしょう。でも、そういう印象がぬぐえません。あのさわやかなバカっぷりそのままに。
しかし、この才能あふれるさわやかな好青年は、きっとアンヘルをにゅーよーくのちょびっと敷居の高そうな盛り場に連れてって、
こういう所では、こんなふうにやるもんなんだとか、兄貴風吹かせてたりするんでしょう。風速二百メートルくらいの。
そんでアンヘルは、へえ、イーサンってすごいなあとか素直に感心しているのでしょう。ええ、天使様ですから。
そんな間抜けな光景が頭から離れません。予断ですとも。でも、そうとしか思えないんです。このだめっこの顔を見ていると。
ふふふ。そんな奴が、あの都ちゃんと全幕物を踊るんですよ。この日本で。私の目の前で。
許せるかあああ。まあどうせ、ごついスポーツ観戦用双眼鏡で都ちゃんだけを視界に収める事に専念するのですがね。ええ。

最後に真打ちの登場です。ホセ・カレーニョ。
彼は最後のダンスールノーブル(まあ、よーするに王子様役に相応しい気品があると)言われている方です。
キューバの名門バレエ一族の出身です。既婚で娘さんもいます。
はっきり言いましょう。「素顔のスターダンサーたち」を見て、バレエに嵌まらない人はいるでしょう。が、この方に堕ちないひとはそうはいないと思われます。
すげえよ、このひとかっこいいよ。だめっこじゃないよ。何ですかこの気品は。それでもって、せくしいっすよ。いや、
まじで。
娘さんを抱き上げる仕草もまたらぶりいです。家族をホントに愛して大切にしていらっしゃるんでしょう。ちなみに声も容姿に相応しいです。
本物です。ほんもののノーブルです。やばいです。こんなひとにあんなすごい才能を与えて良いものなんですか。
あのマラーホフに、「世界一のピルエット」と言わしめるほどの。
いや、世界一だと思います、自分も。アンヘルの徳がいくら高かろうと、ホセに敵う日が来るとは思われません。
ひとには、越え難い何かがあるのです。だめっこには、だめっこの道があるのです。
キューバに里帰りをしたホセが、いとこと黒鳥のパ・ド・ドゥを踊る。構成上どうあれ、このシーンが最大の見ものですとも。
たとえそれが舞台袖からの映像であったとしても。いとこの踊りがまた、すんごいんです。そして観客席からの声援のノリの良さにも感動します。
ほんとに、踊りを愛してるんだな。ああ、こんな劇場で、こんな素晴らしい踊りを見られる機会なんて、自分の人生に訪れはしないのでしょうが。
キューバの方々に、あの声援でやられてしまいました。いいひとたちです。尊敬致します。
あめりかのような文化後進国に足を踏み入れるなんてしたくはないですが、いつかキューバには行ってみたい。そ
う願わずにはいられません。
そしてですね。このいとこさんとホセが、クラブで楽しげに踊る姿も見られます。貴重です。うわあ、いとこさんカジュアルな姿も決まってます。
すごい美人です。アンヘルのお姉さんにもやられましたが、この従姉妹さんには、色気だけじゃなく気品がもう、にじみ出ています。さすがです。
この一族ではきっと、優雅な立ち居振舞いというものが家訓のように受け継がれているのでしょう。そうです。名家とはそうしたものなのです。
なんといっても、バレエのダイナスティなのですから。
「ディアナとアクタイオン」という演目がありまして、まあ割りと単調な見せ場だけの、幕間みたいな作品ですが。
この二人が踊ってみせれば。どんな名作ですかこれ、です。
ホセが軽々とひとではありえませんな跳躍で舞台に躍り出ます。観客の興奮した歓声に迎えられながら。
そして高い跳躍の回転で舞台を回り観客席からは、もう三度目の跳躍でどうにも興奮が押さえられないといった弾けるような喜びの声援とため息が沸き上がります。
キューバの観客の方々も素敵過ぎです。一瞬の乱れも余計な力みもない、あくまでも優雅な大技を見たのは初めてです。
これじゃあ、天使様と言えども、全然歯が立ちません。
そして真打ちディアナ役のいとこさん登場です。
あの、すみません。そのピルエットは反則です。観客も彼女が平気でトリプル(普通は一回転するごとにかかとをつ
けて床を蹴りその力で回ります。
トリプルではかかとを床につけずに三回転することになり難度は無茶苦茶高い)しながらも優雅に立ち位置のブレもなく踊る様にまたまた大興奮です。
うわあ。ほんとに女神様っすよ。力業の連続なのにこの気品。
途中、彼女は回転の止め位置を四十五度ずらし、それまで舞台左に向けていた視線をはずし客席に向かい直ります。もう、拍手の嵐です。
そしてホセのサポートを得ると、彼女は一度もかかとを床に着ける事なくピルエットをやり遂げます。
いえ、あの。汗ひとつかいてはいないように見える、優美な表情に、なんですか、やっぱりこれ、神業ですか。奇跡ですか。そう思わずにはいられません。
そして、ホセと二人、高く正確な、そして優雅な跳躍の連続で舞台袖へと消える。ひえー。
神話だよ。まじだよ。なんなんですか、今、見たものは。信じられないっす。アレですか、神秘体験ですか。ほんとに、もう一度、再生することができるんですよね。
いやもう、両手の指じゃ数え切れないほど見てますが。その度に思います。ほんとに、また再び目にすることができるのだろうかと。

 「素顔のスターダンサーたち」のクライマックスは、四人のために振り付けられた新作の舞台公演の映像です。
十分にも満たない作品ですが、これを見るためにどんだけの金を積みますか? そう尋ねられて、金を惜しむバレエファンはいないでしょう。
これだけきらびやかな男性ダンサーに振り付けられた作品には、派手な見せ場は一つとしてありません。
「彼は小手先のごまかしを嫌うのよ」とは振り付けのサポートをしていた女性の言葉ですが。ああ、こういうことなのか。
どの動きにも的確さとこうあるべきというあいまいさのない形があって、音楽にぴったりと共鳴しています。
これなあ。封印されますね、きっと。このメンバーでなければ、こんな感動でないよ。振り付けが退屈なんて言ってるんではありません。要求が、ものすごく高い。
そーかー。小手先のごまかしって横行してるんだなあ。
練習中に振付け家に対する反応が四者四様な辺りも、この映像の隠れた見所です。
意外にホセが初期はビジネスライクだったりとか(ベテランですから)、アンヘルはいつもまじめで楽しそうだとか、
イーサンは気の利いたことを言おうと試みることを決して止めないけど一番踊りをさらってる時間が長いとか、マラーホフは、まあいいです。
練習着の趣味もまた、見所です。詳しくは是非、映像を当たってください。なるほど、仲間内でもこう見られたいか、あんた。突っ込めますいろいろと。
そう、舞台衣装にも触れねばならんですね。アンヘルはややくすんだ青色、イーサンはオレンジのやや混った黄色、マラーホフは鮮やかなオレンジ、ホセは紫のシャツ姿。
微妙なデザインの違いも計算し尽くされてます。さすがにABTです。
舞台の映像の切り替えも痒い所に手が届く。さすがやなー。だれが編集したんでしょうか。
観客席も興奮のるつぼって奴ですが、でも、一瞬も顔を映されることのなかったキューバの観客の声援の方が、やっぱりぐっと来て、ああ、劇場ならあっちに行きたいと、しみじみ感じ入りました。

構成無視で都ちゃんのジゼルについて。
あんな辛気臭い話に、こうまでさわやかに感動するとは思いもしませんでしたとか、意気込みの空回りする言葉しかかけない自分が憎いです。
そして都ちゃんの周りには、重力ないです。
そしてさらに、都ちゃんはかわいかったなあという思いと、なんか凄い体験をしたようだというかすかな記憶だけが残る情けない自分を、どうしてくれよう。
ほんとうに、芸術の道は険しい。次回「ライモンダ」ではもうちょっと研鑽を積んだ成果が現れるのかどうか。
ああ。都ちゃん、引退しないで下さいよ。あのムハメドフのおっさんが一緒に踊っていた方達のように、五十になってもまだまだいけますから。お願い致します。         

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