だめっこどうぶつ バレエ編

お約束通り、Kバレエカンパニー「白鳥の湖」の映像見ました感想を。
いやまあ、本編はよかったっすよ。熊哲がジークフリード王子って、大丈夫かよってのも杞憂でした。
そうっすよ。演出やってんの熊哲なんすから。やー、見事に軽い王子様で、黒鳥にその気になっちゃうのも、説得力抜群です。
誓いを破った苦悩ってより、やべえ、早く向こうのフォローしねーと。と焦ってる感が漂ってるのがなんとも。
ヴィヴィアナのオデットは。・・・そりゃもうかわいかったっす。ええ。可愛かったんですけど。いえあの、ぜひご覧になっていただけたらと。

映像特典、当然付けるでしょうねえ、今度こそは。そう、念を送ったのは自分だけではなかったようで、舞台裏紹介のドキュメンタリー映像なんてのがありました。
そこには、幾つになっても生意気感が消えない熊哲のふざけた行動と、ヴィヴィアナのあんた、実はただのだめっこなのねな赤裸々な様子が延々と収められていました。
熊哲やっぱり大物です。これを世に出していいと許可したんですから。
ヴィヴィアナの笑顔は、はっきりいって、あんた十代かよな無邪気さで、もしかしてヴィヴィアナ、ただの迂闊君なのか? と熊哲との練習風景を見ながら目眩がしました。
ほんとにちっちゃいですしねー。これだけでも十分です、勘弁してくださいだったのにです。
クライマックスがちゃんと用意されてたんすよ。こんな気の抜けた映像にも。
本編映像である「白鳥の湖」最後の見せ場は、恋人達がこの世で結ばれることが叶わないならと、まずオデットが湖に身を投げ、その後を追うように王子が入水自殺をするというベタなシーンなんですが。
(色々な、バージョン違いあり)その湖の縁が、高い高い。
階段状になったそれを、どこまで行かれるのですかと茫然とするほど長く、駆け登っていくヴィヴィアナの後ろ姿には、寒気がしました。
そして、なんの躊躇いもなく跳躍する小柄なヴィヴィアナに、あんた死んじゃうよその高さ、つか、後ろには緩衝材置いてあるんですよねえええ。ダンサー、身体が資本なんすよー。
と悲劇に浸る心の余裕など自分、ありませんでした。
さて、練習風景に戻りますと、舞台装置に練習着で駆け登ったヴィヴィアナ、頂上から下をのぞき込むや「きゃー」なんてかわいい悲鳴を上げて、駆け戻ってました。
「きゃー」ってあんた。(自分的には)たった今そこから、飛び降りたばかりじゃん。
人として少しは逡巡を見せてくれと、懇願したくなるような思いきりのよさで。
それだけでももう、お腹一杯だったというのに。止めが待っていたのです。
「いい役者ならそれぐらい、怖がっちゃダメだ」
・・・ほんとに、そう言いやがったんですよ。もろなジャパニーズイングリッシュで、熊哲が。
世界でも一二を争う演技派って言われてる(らしい)ヴィヴィアナに向かって。生意気にも。
そんでもってですね、当のヴィヴィアナは上機嫌でニコニコしてました。
テディったら、かわいー。きっと、そう思っていたのでしょう。
ヴィヴィアナのインタヴュー記事が頭をよぎります。「友人たちには明るい性格と言われてます」
違うよ、ヴィヴィアナ。迂闊な性格と言い聞かせたかったんだよ。
あんた、だめっこだよ。だめっこの森に住んでいいよ。テディと一緒に。
そう、疲れきった気持ちで思ってしまいました。

ロイヤルバレエの演目にチェーホフの「三人姉妹」原作の「ウィンタードリーム」という作品があります。
初演のキャストで映像化されたビデオが販売されてますので、興味がお有りの方はチェックしてみてください。
ムハメドフのおっさんがヒロインの恋人役を演じてます。で、まあそれはそれでいいんですが。
イギリスの大々的なチャリティー公演で、国内話題のあらゆるダンスパフォーマンスを、一同に集めた舞台の記録映像が出販されてます。
(日本では未発売らしい。台北で手に入れてきました)
その中にヴィヴィアナとムハメドフのおっさんによる「ウィンタードリーム」の最大の見せ場である、次女と大尉の別れのパ・ドゥ・ドゥが収録されてました。
すごすぎます。はっきり言って鬱病の人間が見るもんでないです。
それはありふれた不倫の恋の破局なんて甘いもんじゃありませんでした。
二人の踊りには、この別れで諦めなければならないものが、人生そのものなのだと訴える力があります。
去ってしまった恋人の外套に頬擦りし、肩を震わせるヴィヴィアナの姿は、自分の人生がすでに失われてしまったという哀しみに染め上げられてました。
夢も理想もなく、ただ命がゆっくりと磨り減っていくのを見詰めるだけの日々。うおー。
萌えてないおっさんは、非常に頼もしく、ぎりぎりと極限まで張り詰めた神経で、一瞬の集中の途切れもなく力の限り踊るヴィヴィアナを、完璧にフォローしてるんですよ。
まじっすか? どっちも人間技とは思えないっす。
おっさんは、ヴィヴィアナに負けない取憑かれっぷりで、確かに、この二人が名パートナーと称えられてただけのことはあるよなあと、今更ながら寒気がしました。
ヴィヴィアナがロイヤルに詰め腹を切らされた事件、実はムハメドフさんに遠因があります。
二人のレパートリーに「マノン」という例の有名な小説をバレエ化した「ウィンタードリーム」と同じマクミラン振り付けの名作があるんですが。
といっても、噂しか知りません、自分。痛恨です。
これを踊る二人は、毎度ロイヤル劇場でスタンディングオベーションを受るという異例な扱いだったそうで、
ヴィヴィアナのようなキャリアの持ち主にとってもこの踊りが特別な位置を占めていたことは想像にかたくありません。
そして事件は、ムハメドフのおっさんが、全然そんなこたないのに、体力的衰えを理由にロイヤルを辞めさせられた後に起こります。
狙ったのか。もしや。
ロイヤルの日本公演に予定されていた「マノン」は当然ヴィヴィアナがヒロインにキャストされていた訳です。
で、パートナーは私達の間では「へぼ」と確定されているダンサーで(いや、世間的評価は高い方で、未来のロイヤル芸術監督有力候補らしいっす)
練習中にヴィヴィアナ、三度もリフトを失敗されて、こんな相手と踊れるもんかと駄々をこね、結局、降ろされたのはヴィヴィアナの方だったと。
絵に描いたような、迂闊ちゃん、面目躍如なエピソードがあるのです。
場の空気を読め。そんなことを、だめっこに求めてはいけません。
あの熊哲の言い草に、嬉しそうに「テディってかわいい」と思ってるのが見え見えな笑顔を浮かべるヴィヴィアナに、そんな要求をする方が間違ってます。
すまん、わしらあんたを見くびっていたよ。いま、深く反省しています。
何を考えていないのかと、人にしみじみと思い入らせる存在であることに変わりはないような気はしますが。ああ、まさかヴィヴィアナがミヨンとは。
バレエの奥深さをかいま見た瞬間でした。

ついでと言ってはいけませんが、「マイヤリンク」推薦です。
ビデオ、DVDともに販売されてますのでこの手の映像にしては手に入り易いかも。
主演は当然、おっさんとヴィヴィアナです。
題名でピンとくるって事態は日本人には稀でしょう。邦題の工夫があったんではとも思いますが、語感は悪くないのが救いか。
日本でもコミックス化された「エリザベート皇妃」、あのなかでも重要なエピソードとなった皇太子と貴族の娘との心中事件の顛末をバレエ化した作品で、いや名作です。
名作なんですけどね。
鬱病の身には辛いっす。
男女のパ・ド・ドゥは初手から、母への思慕が伝わらない苛立ち、新妻への暴力的な愛のない接触、よりを戻そうと取りすがる皇太子の年上の愛人との投げやりなやり取りなどが繰り広げられていくのです。
そうだよなあ、バレエの動き、特に男女のペアの踊りは、あまりにもアクロバティックで、美しい音楽と演出無しでは、ほんとに危ういです。
これをまた、取憑かれたように踊るムハメドフ、迫力あり過ぎっす。
もともと容貌がいかついので、怖すぎるよ、おっさん。勘弁してくれと、何度も泣きが入りました。
ヴィヴィアナも、もうなんというか。はまり過ぎです。
社交界にデヴューしたばかりの初々しい夢見がちな少女の、その純粋さが隠し持つ空恐ろしさというものを、余す事なく体現してます。
初めて舞台でスポットライトを浴びたヴィヴィアナの可愛らしさは、まじっすか? と椅子ごとじりじりと下がってしまったほど。
いや、とても二十代半ばになんか見えません。どう見ても十六、七の少女です。
トランプ占いで恋の成就を示すカードにキスをして、うっとりと軽やかに踊り出すヴィヴィアナは、ああ、もうこの子は、
(常識的には危険極まりない)自分の幻想の中の恋から、帰ってくることはないんだとしみじみ感じ入らせる、愛らしい夢見る仕草の端々から、不安な予感を滲ませています。
だめっこです。なぜ、こうも、妄想爆走巻き込み型少女を踊るとはまるんですかねえ。ヴィヴィアナってば。

都ちゃんの公演を見に行った日の出来事を思い出します。
終演後には、駅周りに開いてる店は飲み屋かファーストフード店のみの状態で、モスバーに駆け込んだのですが。
こういう店には珍しい二人連れ(年収七百万近く三十代半ば、美人で有能な堅気の勤め人風女性及び二十代後半のフリーターではなく素直に家事手伝いと言っていただける風のお嬢さん)の隣の席に偶々座ったわけです。
考えてみれば当然ですが、話題はバレエ。
今年の休みにはロンドンのロイヤル公演押えようと思っていたのに、テロで渡航禁止措置が取られたらと思うと、ちょっと考えちゃう。
とか、今日の男性ダンサー、吉田都のパートナーには力不足よね、もっと考えて欲しいわ、まあ熊哲とのライモンダと比べちゃかわいそうだけどなど。
お友達になってください。思わずその言葉が出かかりました。無理だろう、それは。最後の理性で引き止めましたが。
そして止めです。
「Kカンパニーの『白鳥の湖』DVDそろそろ出るでしょう」「でもヴィヴィアナに白鳥は清楚すぎない?」ええ、おっしゃる通りです。
「仕方ないわよ。彼女、熊哲のお気に入りだし(複雑な笑い付き)」「やっぱり、ヴィヴィアナなら、マクミラン作品見たいわよね。『マノン』とか。もう、そんな機会はないのかなー」
ないんですか、やっぱり。「熊哲演らないかしら。でも彼、マクミランて柄じゃないし」そうですね、確かに。
だめっこの森に住むヴィヴィアナには、なかなか陽があたるのは難しいことのようです。
ああでも、いつかは、再び時が巡ることを祈るのみです。

この方たちを「だめっこ」扱いしては、腐った卵をぶつけられても文句が言えないかもしれませんが。
「素顔のスターダンサーたち」というアメリカン・バレエ・シアターの看板ダンサー四人に密着取材をしたドキュメンタリー番組が販売されてます。
冒頭の一発目はこれです。
「男性ダンサーは女の子の手を一日中握っていられる。体もかなり密着してるしね」
つまり、とてもマッチョでおいしい商売だという訳です。
「見逃していただろう?」
体育会系金髪碧眼さわやかな笑顔の典型的アメリカン・ゴールデンボーイであるスティーフェルがいかにも気の利いた科白風にこう発言します。
これでこの映像のテーマは明確になりましたね。
バレエダンサーは男らしい営みだ。君も今すぐバレエダンサーを目指そう。
いや、まじで確かにバレエは男性ダンサーの時代になってます。
ここで取り上げられた他のダンサー、コレーラ、マラーホフ、カレーニョと誰が日本に来てもチケットはあっというまに捌けるでしょう。
女性ダンサーの名前をチェックするまでもなく。
みな出身地が違います。スペイン出身のコレーラと米国人のスティーフェルは、子供時代を振り返る言葉に暗い影が差します。
どちらもバレエを習っているということで、男らしくないと馬鹿にされ続けていたようです。
まあ、育ちきった現在二人とも見事なおばかさん、いやその、あかるい好青年なあたり生育環境やいじめなんて迂闊君じゃなくて天才には関係のない出来事なのねとしみじみしますが。
マラーホフは現在のウクライナ出身。
この人はきっと熊哲と違い、性格が桁外れの才能を支えるにはあまりにもまともなせいで、防御に回って身につけたのであろう斜に構えた言動が、
すでに本性と区別がなくなってるんじゃないかと思えるタイプで、やっぱりだめっこなにおいがするんですが、自分には。
で、カレーニョですが。この方、キューバ出身です。
名門のバレエ一族に生まれこの才能。バレエダンサーになるのは、もう宿命というものです。
そして、なんと。この方からは、だめっこのにおいが全然しません。
すげーよ。なんていい男なんだ。
バレエに興味のない方でも、この人見たらおちますよ。バレエにじゃなく、カレーニョ本人に。
そっかー。こういうひとも、バレエダンサーやってるんだなあ。と、しみじみとさせて頂いた、貴重な映像、ぜひご覧下さいませ。
というか、次回、この映像とダンサー達に迫ります。(迫るのか、そうか・・・

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