だめっこどうぶつ 7

               
 「コッペリア」のレビューは待つはずだったろうと、一応自分を諌めては見ます。すみません。映像観れば観るほどこれは、まとめて書きますといっても長々と引いてしまうよなあ、気付きまして。先走りさせていただきます。
 「コッペリア」は実はパリ・オペラ座でもっとも上演回数の多い演目なんだそうです。バレエの主流がフランスからロシアに移るちょっと前に発表された作品で、ホフマンの原作とは全然味わいの違う喜劇仕立てです。バレエ演目としては主流じゃないらしい。まあ、白鳥の湖やジゼルに比べればって奴ですが。
でも、バレエファンじゃなきゃ、そんなこた関係ないよ。という熊哲の慧眼はもっと誉めてやりましょうよ思います。「コッペリア」のストーリーを知ってる日本人は「ジゼル」なんか言うに及ばず、もしかしたら「白鳥の湖」より多いんでは。
変人科学者が向かいに住む少女をモデルに作った自動人形に、それと気付かず横恋慕した少女の恋人と、その人形に魂を吹き込むため恋人を利用しようとする博士と、その恋人を助けるためにこっそり人形に摩り替わった少女のドタバタね。
ここまで行かなくても、コッペリアと聞けば、人形に魂を吹き込むマッドサイエンティストのお話だ位は、結構知られているでしょう。コッペリアワルツもそれと知らずにいても耳にする機会は多いですしね。
それに、日本人はコッペリウス博士みたいな変人を物凄く愛してますからねえ。御茶ノ水博士がええもんの国ですから。

これだけ条件が整っていれば「白鳥の湖」ぶちかまして、権威のある賞も取って箔のついた熊哲Kバレエが、それに続く作品としてコッペリアを選んだというのは、やるな熊哲、だめっこどうぶつのくせにな展開なわけでして。
こいつって興行師としても才能ありやがる。生意気です。ぬかりなくKバレエ生え抜きな上に熊哲とは浅からぬ縁のある(熊哲のアイドル人気が絶頂だった時期に発売された、それただの熊哲のプロモーションじゃねえな映像作品でちょこっと共演してる)神戸里奈を主演に抜擢とかぶち上げて、実際は長い公演の一回こっきりしか躍らせず、でも映像に残すのはその上演回という抜け目のなさ。
自分観にいった回は、康村和恵さんという某有名ドイツバレエ団でプリンシパルだった、はっきり言って今の神戸里奈では比較対象にもならない格上のダンサーが主役のスワニルダ踊ってました。
もう、貫禄です。一生懸命踊ってますな雰囲気なんかありません。次のステップに気を取られているなとか、決めポーズが上手くいってほっとした表情見せたりとか、そんな素人臭い真似は欠片も致しませんでしたよ。
じゃあ、神戸里奈駄目じゃんじゃない辺りが、いったいなんなんだろうなあと。神戸里奈、大物感あります。あら捜しするのがバカバカしく思えるというか、ハラハラしながら頑張れとシャレじゃない金払ってる事をつい忘れて舞台上の彼女を気が付くと必死で応援している自分が居るというか。
おおらかで明るくてあんた癒し系だな、なオーラをばりばり垂れ流しです。観客味方につける力の物凄さって半端じゃありません。さすが熊哲、愛されるだめっこどうぶつを見抜く力にもうどうにでもしてくれな気分になりましたとも。

コッペリアの映像、オープニングにおまけがあります。コッペリウス博士をものごっつ好演したスチュアート・キャシディがガレージキットじゃなくて、大きさ二十センチほどの人体模型を熱心に弄繰り回す。これで日本の心はすっかりコッペリウス博士に持っていかれますね。ええ。
舞台には左手に宿屋と右手に博士の家があり、博士の家のベランダには当然本を読むコッペリアが椅子に座らされてます。
変人の博士は田舎の若者のからかいの的で、大荷物を荷車で引いて家へ向かう博士を若造どもが取り囲み、囃し立て荷物をあたりにぶちまける。等身大の人形のパーツです。まあ博士気性荒いですから、杖振り回して撃退しようとはするのですが、体力自慢ではありませんので結局宿屋の主人に助けられる形に。
宿屋の主人、博士を見送ったあと抜かりなくお向かいの美人へ挨拶するのですが当然人形は無視。肩をすくめるご主人と、まあ手際よく状況説明していきます。
で主役のスワニルダが宿屋の窓から顔を出して伸びをすると。かわいいっす。スワニルダもお向かいの少女には興味津々な訳でして、下に降りて丁寧に朝の挨拶。まあこれも当然無視。むくれるスワニルダ、かわいいです。
コッペリウス博士説明するまでもなくこのお嬢さんに夢中です。家から飛び出て彼女の手を取り踊りながら巻尺使って彼女の体のあらゆるパーツを採寸していきます。
この辺りの演出の上手さ熊哲おまえさてはわかってるな感充満してます。最後の仕上げは膝に横乗せしたスワニルダの身長を図るという大技で、神戸さんはおっとり困ってました。康村さんは、横向きの体を完璧にまっすぐ伸ばしたポーズを軽々とキープしてましたので狙いどおりギャグがちゃんと弾けてました。
さて熊哲じゃなかったフランツ登場で、当然彼も博士の家の美人には下心満載ですので、派手なお辞儀を。隠れ観ていた博士はここぞと人形を操作してフランツに対して投げキスをさせるわけです。舞い上がるフランツになによと向かいの美人にムカつくスワニルダかわいいです。
いや、しかし。熊哲ここまで地ですかな役を嬉々としてやってていいんでしょうか。だめっこどうぶつ全開です。
で、二人の恋人のあーはいはいな掛け合いなんかがありつつも、カップを片手におい、ちょっとまて、熊哲。それ田舎の兄ちゃんていうか人間のしていい動きと違うからな眩暈のするジャンプ、回転に、少しは失敗しそうだという不安のある動きをしてくれ、そんな突っ込みさえ入れたくなります。
熊哲の踊りは、こいつ次には何やらかすんだ? そんな期待感に満ちていて、ヒトを高揚させる踊りと言われてますが、あまりのことに笑いが出ちまうレベルにまで飛んでいってしまうこともあり、ここなんかまさにそれでした。いや、喜劇ですからいーんですけどね。しかしなあ。

村の領主が喧嘩している二人をとりなします。なんでそんなことを思いますが、どうやら大きなお祭りがあり、そこで二人の結婚式を余興ののりで敢行したい模様。
こんなことがささいな身振りでわかっちまうって、凄いです。それはバレエのマイムと違うんじゃないのか? 自分、その辺りよく判らないんですが、あからさまにあまりに日本的な仕草も交えているので、その可能性大です。
何でこんなことできるのか。さては熊哲お前演出の才能あるんだな。踊っていない舞台上のダンサーは常に何かしら小芝居をしてます。主人公と肩をぶつけ合ったり内緒話に興じたり、大げさでもやりすぎ感がない程度に抑えられた表情で様様な事情を説明していく。
舞台では視線は確かに集まる一点はありますが、映像ではないのでそりゃ無意識に隅にいるアンサンブルのこともチェックはしている。そこから醸される情報量が暑苦しくない程度に濃いので、予備知識なしでもすんなりストーリーを追える訳です。
やるな熊哲。っていうかあんた、何者だよ。そういうレベルにまで行ってます。だめっこどうぶつなのに。これで踊りが衰えてなんてなれば、そーかよなんですが。
上がってる、上がってますよ。体力的にはピークを過ぎてるはずなのに。いや待て。熊哲まだ三十代前半かよ。確かに男性ダンサーとしてはちょっとは衰えがあってもいい年だが。マラーホフだのホセだのに比べればまだまだ若い。ひー。なんだかだめっこどうぶつの趣旨からどんどんはずれています。
そーいやDVDパッケージ、一切日本語使ってないじゃん。このまま海外に売る気満々ですよ。世界レベルの日本人ダンサーは居ても、バレエの舞台を作る日本人は居ない。これが日本のバレエ界での評価なんだそうですが。ですが。熊哲かよ。そーかよ。いや気を取り直して二幕へ進みます。

コッペリウス博士が落とした鍵を拾ったスワニルダ、友人たちと博士の家に忍び込みます。当然目当てはいけ好かない気取った博士の娘の偵察で、ここでも友人達のそれぞれがいい感じに芝居を振られていて、やるな熊哲。
それになんと言っても、明るいです。ここ海外の映像だと無茶苦茶不気味に描かれたりしてるんですが、ギミック好き日本人ですので、わくわくしてるわけですよ。客席は。
そして娘さんたちも。博士の作った人形が偶然から動き出しわっと騒いで恐がるのなんか一瞬です。すぐに人形だと気付く娘さんたちの逞しさ。そして調子に乗って全部の人形を動かし一緒に踊りだす。
弾けてます。誰も恐がっちゃいません。本当はここは神への挑戦とか異端の臭いを感じながらヒステリックにならなきゃいかんらしいのですが。
誰もそんなことは気にしちゃいません。まるっきりテーマパークに無断浸入したノリです。そして肝心の娘が実は人形であると発見したときのあの情け容赦のない面白がりよう。男ども間抜けすぎーと、手を叩いて喜んでます。
若い娘さんですから。これがほんとでしょう。博士が戻ってきて慌てふためき逃げ惑う娘さんたちも、恐怖心というより、まあせいぜい、偏屈オヤジ怒らせちゃった、まずいー。程度で、まあどこか小馬鹿にした気持ちで逃げているのはありあり判ります。
さすがにひとりとり残されたスワニルダは焦っては居ますが、あのいけすかない人形に成変っちゃえ。追い詰められた必死の行動というより、悪戯心を感じさせます。
罠にかかったフランツを助けるために、人形が命を吹き込まれ勝手に動き出すというフリをする場面でも、健気と言うより、もうほんと勘弁してよ。そんな声が聞こえそうです。
神戸里奈はおっとりした雰囲気があり、そして一所懸命人形振りを踊っているので若い娘さんの必死の不器用さがたくまずして出ていたりしますが。康村さんの舞台ではからっとしたスラップスティックになっていました。
熊哲じゃなかったフランツの間抜け振りと博士の懲りないオタク気質が際立ちます。ここではもう、完全に観客は博士に共感しています。夢破れて泣き崩れる博士に、同情します。
が、やはりこの程度でめげやしねーんだよ、この手の奴は。そんなことも知ってますので、湿っぽくも残酷にもなりません。
そして重要なのは、博士が若い恋人達に怒り、祭りで盛り上がる広場に現われたときの村人達の態度です。
通常、領主が博士に金を渡して黙らせるのですが、もちろん熊哲はそんな間抜けはしません。
髪も服も剥ぎ取られた人形をきちんと元通りに直して博士に手渡し、彼を宥めるのです。そして博士も素早く立ち直り、女の子達の採寸を始めるのです。業ですから。
熊哲が新たに振付けた「祈り」と「ブライトメイド」どっちも凄くいいできで、特に康村さんのために振付けた「祈り」の踊り、いいっすよ。自分見た舞台では、当然主役をはる康村さんが踊れるはずもなく、長田佳世ちゃん(一押しっす)のバージョンで悪くはなかったのですが。
映像で踊る康村さんを見て、あー、これは確かに彼女のための踊りだ。これを見るためだけでも、この映像手に入れる価値あります。指先と爪先で音楽をすくい上げるように踊る康村さんの萌えっぷりにちょっとヒトではない叫びを例によって挙げてしまった自分でした。
しかしまあなんというか。だめっこどうぶつ熊哲にここまでやられてしまうとは。喜べばいいんですが。ええ、高い投資をしたんですから。でもなんか、釈然としません。敗北感が拭えません。ええ。
 
 

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