春先 
道の下を流れる水音を踏む。横断禁止の場所に落ちている靴の汚れを、洗い落と
したいと思った。さびた鉄骨の突き出たブロック塀のまえで、埃にまみれた目から
出た涙が鞄を濡らし、骨組みになった枯草に湿気を少しでもくれてやれたのか確か
めたかった。薄暗い道に折れた枝は痛みもなく人を襲う。フェンスの下を掘り返し、
盛りのついた猫が境界を越えて、それでも道を行くものに嫌な目つきを向けている。
十三の日
堀を渡る橋が腐っても誰も、もう気に掛けない。霜の間に黄色い玉の模様が一列
に並んで橋を渡っているのに。体が腐って放つ熱を、制服で隠していた。何かに見
捨てられた場所に生えると信じていた草が、裏山に立っているのを見つけのに、草
は霜枯れて嫌なにおいも、もうない。歩く必要のなくなった道にひび割れを見つけ
ては、頬を押し付けて待っていた。空が落ちて道の下の色になるまで。
拭く
ふるえる枝からこぼれてくる葉の形が、今日も違う。浮いた根の向こう側の空が
見える坂の上には、ちがう風が遠くまで吹いているのだと思っていた。窓を磨いた。
雨どいに身を寄せる濃い色の花びらをはがす道具を、手に入れなければ。ちりちり
と道を区切る春の空気に、肌はやっと傷を治し始めている。しびれる指先でも、春
の埃を払いつづけなければ。固まった窓の鍵が、温い手触りをしている。

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