湿った風   
湿り気の匂いを体は喜ぶ。偽ものの春が皮膚に幸福を貼り付けていく。
はらっても仕方のない砂埃の入り込んだ服の縫い目を、椰子の葉の下で
ほじくる。違う空には見えない。壁に寄りそう枝の落とす怠惰な恨み言
を吸っていく、櫛を通していない髪にはじめて刺した髪留めの色を、好
きだと思った。同じ気持ちをもう、探そうとは思えない。
十一歳
あの大きな木にきっとある、洞からのぞく空をちぎる月と雲のくれ
る光が、十一色の色鉛筆をばらばらと削る。うす甘い味のする光を、
クラスで一番の厚い髪ですするって、爪の色を変えたいと思った頃。
葉のうろこを首から生やして、粘る夜の空にはまった星に頭をぬらす。
十一までは数えて食べた。踏み抜いたベランダの下に隠したいものを
見つけられなかったなんて。なんて馬鹿だったんだろう。たしひきの
ない時に、初めてはまりこんだあの春。
夏の雨
こじれた空にさす、重い傘のささえる色に手を伸ばす。夏の匂いをかいでは喜
んでいた頃に、隠した花の形。咲いているのだろうか、今この時も。あの水の上
で影も流せると、足をつけて立ってみた川の出す音が、今日遠い部屋に届いたよ
うに。空に立上る階段の手すりから流れだした雲は、さえぎる光があるのかどう
か知りたかった。葉の下をくぐる道を、通り過ぎていく影を追ってみるように。

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