坂道   
落ちて消えた枝が眠る目の奥の痒み。熱の出ない風邪にかかった
体でなでた猫の毛の色が空に残っている。出窓に座って見下ろす秋
の桜の投げやりな木陰にうごく人の頭。道は粘る光がこぼれている。
道を歩く人は、犬もやりづらそうに足を運んで見えなくなっていく。
はめごろしの窓のある部屋。
春の並木
部屋にひそむ、においに寄りそうあたたかさに、腕はふくらむ。
目の前に見える、花の消えた枝枝には手は届かない。突然の鳥の
叫びにおびえる身体になった不思議を、このにおいは知っている
かもしれない。花びらをふりほどく力が伝わる前に、食い荒らさ
れたつぼみの色とそろいの服を着ていた朝。はりつめた木々の決
意に、引きずられる脚をもつ生き物に、今日も、春の空気はよそ
よそしく動き続ける。
雨の駅
振返る木の枝が増えていく朝に、立ち止まる余裕のない足先ばかりを目にして
いる。胸にたまる水の音が鼻につくにおいに変わってしまう。身体の外には、ど
こまでもあるぱらぱらとした手触りのにおいが波打つ道がのびている。日の落ち
ていく頃、いくつもの階段が見える線路の上を走る列車に跳ね返される枝枝も、
何度でも振返りながら窓の向こうで列車を覆う熱気を見送り続ける。

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