冬の雨  
空に溶ける煙の前に降る雨が道に跡をつけている。獣のさえずりが残る耳をおおっ
て、ここに寒さはまだないふりをしている。冬の日の出だけが見える窓に掛けた鍵
の色のにごった光に頬をかざす。息のつくる柱が支える服のにおいを、なつかしい
と騒ぐ気配が被うドアを切り開いて、脚を急がせる。白い色の石を探す河原で切っ
た足の裏ににじんだ血は、ひび割れた皮膚から滲み出す血の色と同じだったとは思
えない。血の跡のついた靴を脱ぐ時が、もうずっと来ないかもしれないと思いなが
ら、道を横切る蛇の背に溜まる光の色をした空に向かって歩いている。
カウントダウン
九つまで数える。花びらが九つなんてはずはない。光が休むことがある
なんて信じられないころの空の色。どうして。私の好きな色を、なぜ知ら
ないの。食べたいものが思いつかない午後。きゅうきゅうとお腹が鳴る音
をはじめて聞いたのはいつだったっけ。久しぶりの風の音。急いで石の階
段を上る。霧がよじれ折れた枝が見える。気に入らなくて結局はくのをや
めた靴が、ぬれて埃をこびりつかせている。あのひとがおまえのために、
つんできたそらのゆめだと、母が私に埋めた石。いつまでもおまえをまっ
ているから。いつまでも。このそらのはてで。私、私を?
霧の向こうには私の好きなざくろの色の空があるんだ。その空を飛ぶ鳥
は、細く長い翼で私に挨拶をしていくんだ。真っ黒い羽が、私の指先を掠
めるんだ。突然羽の音が足元から沸きあがる。黒い苔の中から、ひとつふ
たつみっつよっついつつむっつななつやっつここのつの鳥が濡れた羽を振
り上げる。はためく真っ黒な布の群れに霧がゆらゆらと変わっていく。私
を待っている。ほら。私はざくろの色をした空を、どんどんと突き崩す。
空の色が黒い布を傷つけていく。鳥は空の上を飛ぶ。飛んでいって私を見
下ろしもしない。布はまた霧に戻る。空は見えない。ここから見えたこと
はない。今は、何色の空があるんだろう。
壁に字が書いてあった。私にはわからない言葉。字は、でも好きだ。ど
うやって書いていったんだろう。下に何度も真似て書き写した。すごくす
ごくすごくくだらない意味だったらいいのに。湿っぽい壁が、ぼろりと欠
けた。字を書くのをやめて、壁をほじくった。爪の先をこすりつけて、指
先を火傷した。ここには、湿気はあっても水はない。壁から離れて、走り
出した。壁は消えた。木の腐った匂いがする道を、下っていく。
水は突然足先に現れる。いつもそうだ。指をつける。いやな冷たさだ。
座り込むと霧の下に水が見える。この霧を晴らそうか。霧の中に光がこも
っている。光が動いている。私は自ら手を出して、振った。いつまでも、
霧は消えはしなかったけれど。手を振りつづけた。
今日も眠る。冷たい足先の置き所をさがす。待ってなくていいのに。誰
も待つことはないのに。私の熱は、まだ消えていない。

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