そんなに偉くはないと思うよ 2

 皆様、覚えていらっしゃるでしょうか? チンチラのミヨンを。
そうですあの、お馬鹿でとろくて黒いチンチラです。
もう立派におやじな年なのに、子供にしか見えないチンチラです。
可愛いのが特徴な、つぶらな瞳のチンチラです。
はっきり言って、たとえ雌のチンチラを飼うことになっても、こいつはあっさり、おしっこを引っ掛けられておしまいねと、
ありありとわかる、だめチンチラです。

このミヨンちゃん(オス)に、モルモットのこぎゃる(死語)うねちゃんが、のぼせ上がってしまったのです。
もう、めろめろです。うっとりな瞳でぷつぷつと愛の言葉ををささやいているのも目撃しました。
いや、洒落でなく。大丈夫か、うね。
私は初めて、むかついていないうねの顔を見ました。
ありえないしぃと、私を睨みつけてくるうねの顔は、地顔なのだからどうしようもないと思っていたのですが、
間違いだったのです。ほんとうに、うねちゃんは、いつも、なにもかもに、むかついていたのです。

それは、週に一度の動物小屋の大掃除の際に、おこりました。
みよんは何を間違えたのか、うねの小屋にもぐりこんだのです。
捕食生物であるフェレットは、小屋の外にいるときには、注意して目を離さないように気をつけてはいるのですが。
チンチラ、ましてやみよんでは。完全にほっぽっておりました。
チンチラ小屋を掃除していた私の背後から、なにやら、呟きのような鳴き声がします。
うね? また何か気に入らないことでも目に付いたのだろうかと、振り返ると、うねの小屋のなかで、
みよんが、よくわかってませんな表情というか、それ以外できないぼんやりな顔つきでうずくまっていました。
そして、うねです。
私は、このとき初めて、穏やかな目つきをしたうねを目の当たりにしました。
うっとりと、みよんにはちょっと負けるつぶらな瞳を潤ませて、今まで耳にしたことの無いぷつぷつという呟きをもらす、うね。
はっきりいいましょう。怖かったです。ええ。
あんた、なにもんだよ。にせか。
うねは、巣箱からのそのそと半身を出し、みよんに向かって鼻をひくつかせました。
そして、おもむろにみよんのふかふかの毛をむしりとると、もごもごと噛みしめだしたのです。
さすが、食欲魔人だ。うねに間違いなし。
みよん、おまえも気づけよ。毛をむしられたんだから。
みよんは、馬鹿だ馬鹿だと言ってきましたが、このこのお馬鹿の深さは底が知れないというか、人知を超えた現象でした。
みよんは、毛をむしられたことだけを気づかなかったのではありません。
今、目の前に横たわる、体重で言えば自分の倍近くあるうねちゃんの存在を、かけらも認識していなかったのです。
小屋の中を、ぼんやりな表情のままうろつくみよんは、餌箱や、トイレを不器用に踏みつけるように、
うねちゃんに体当たりをしました。
これに、少しもむかつかないどころか、首をぐっとのばしてうっとりしているうねちゃんも十分不気味でしたが、
そのうねちゃんを、陶器の餌入れと同じようにしか扱えないみよんというのも、十分不気味です。
みよんはうねが一日の大半を過ごしている木の巣箱と、小屋の屋根との隙間にぴょん、と飛び乗りました。
いや、だめでもチンチラ、この程度は歩くより簡単そうです。
突然、はっと目を険しくしたうねに、私はちょっとどきどきしました。
呪いが解けたのか? 
モルモットには、上という概念が無いようです。
うねは忽然と姿を消した(ように見える)みよんに、慌てていたのでした。
どこに行ったのかしら、あのひと。
と、巣箱から飛び出して、うろうろと小屋の床を這いまわり、トイレを鼻面で勢いよく押し上げ、餌箱を蹴散らしています。
いや、あんた、目の前にいるから。私の呟きなど、もちろん何の役にも立ちません。
だんだんと悲愴な顔つきに変わっていくうねに、私は飼い主としてどうかとは思いましたが、笑いが止まりませんでした。
ぼんやりな顔つきをちょっとばかり険しくして、みよんは小屋の天井を押し開けようとしています。
どうやら小屋には、飽きたようです。
外では、恒例のオヤジ連中のいさかいが起こっていて、とろいみよんも、このときにオヤジ連中の発する険悪な臭いをかぎとって
いても立ってもいられない風でした。
いや、そこにいろよ、みよん。外は危険だ。
オヤジの喧嘩を片手でさえぎり、私は掃除に戻りました。
休日は長くはありません。さっさと掃除を済ませて、オヤジを隔離しないといけませんし。
みよんも、うねには気の毒ですがこれ以上モルモット小屋に押し込めているわけにはいかないですから。
こうして、うねの喜びの時間は、尻つぼみに終わりました。

うねは、それからも相変わらずむかついた顔つきのまま、日々を過ごしていました。
あの、可愛いうねは幻だったのだろうか? 
ある日私は好奇心に負け、チンチラ小屋からみよんをつかみ出して、うねの小屋に押し込みました。
戸惑うみよん。
ちょっと怒っているようです。
それは、私につかまれたせいなのか、狭い小屋にいるからなのか、もっと他の人間には計り知れない理由によるものなのか
定かではありませんが。よろこんではいません、明らかに。
そして、うね。ぱあっと、輝きだしたうねの表情に、私は腰がひけました。
穏やかで愛らしいうねなんて。なじめません。
素直に愛でればいいだろう、自分。そうは思うのですが、やはり違和感はぬぐえないのです。
うねは例の愛の囁きと思しい鳴き声を立て、おずおすとみよんに鼻面を押し付け、うっとりしています。
そこまでされながら、うねを認識できないみよんて、何者なんでしょう。いや、チンチラなんですが。

チンチラ? もしかして、うねはチンチラに反応しているだけかもしれない。
こうなったら検証をしなければ。
私は人に触られるのを極端に嫌うウィンホンに詫びつつ、うねの小屋に案内しました。
みよんはすでに定位置になっている巣箱の上に、うずくまっています。
狭い小屋に閉じ込められ、どうせ俺なんてモードに入ったウィンホンでしたが、はたとうねに目を向けるや、
すっかりいきいきらぶりぃオヤジに。
おい、ちょっと待て。
いやあ、若いコはいいねえとばかりに、うねの肩に手をかけるウィンホン。
そのウィンホンにうねちゃんは、きしょいー、とばかりにお尻をゆすってぎろりと睨みつけ、巣箱に駆け込みました。
まだ、睨んでます。むかついてます。オヤジ、嫌いなんだね、うね。
でもよく考えたら、あんたもいいおばさんじゃあ。いや、関係ないけど。嫌なもんは嫌だよな。
ウィンホンのうらぶれた背中に、ま、相手が悪かったよとか何とか声をかけ、外に出す。
うねはちょっとむかつきを残したまま、いそいそと巣箱から出て、みよんを求めてがつがつと、トイレを押しのけようと奮闘しています。
ああ、あんたほんとに、あのみよんが好きなのね。
・・・だめじゃん。
あいかわらず、みよんは巣箱の上で、ここ開かないかなあと、ぼんやり上を見上げています。
こんな報われない恋に、あの生意気なうねが落ちるとは。
人生はいつも、思わぬ罠を仕掛けて待っているものなのでしょうか。
私はもう、うねをそんなに嫌いではありません。

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