ラス1! 改訂版

「あ」
 手を伸ばそうとして気づいたことに、小さく声が漏れた。できれば聞こえないでほしかったが、隣に座るカナタの耳には届いてしまったらしい。ゲームをスタンバイ画面に切り替えてから、どうしたのと声をかけてくれる。
 なんでもないと笑って流してしまおうかと思ったが、何を誤魔化したかはすぐにバレると予測できたので、正直に伝えることにした。元々隠すべきことではないのだ。ただちょっと、声を出してしまったことが恥ずかしかっただけで。
「あー、わかる。ラス1ってちょっと食べにくいよね」
 カナタの言葉通り、視線を誘導した先の容器の中身は残りひとつになっていた。それが、声の理由。
「ゼノが買ってきたんだから、遠慮する必要なくない?」
「遠慮してるわけじゃないけど……。俺が買ってきたからこそ、カナタに食べてもらった方が嬉しいかな」
 先程まで紙製の容器を満たしていたのは、カスタードクリームのたっぷり詰まったプチシュークリームだ。カナタの私室を訪れる前にちょっと遠回りしてカフェで買ってきた。テイクアウトメニューとして最近売り出しを開始したメニューで、量が3段階で選べることを宣伝文句に打ち出してしてるものだ。所謂パーティメニューのようで最小サイズでも一人で食べきれる量と言い難く、2人分でも少し多いかもしれない程度。
 ゼノなら食べきるのも難しくはないが、誰かと一緒に食べたほうが絶対美味しい。なので、次にカナタの私室に遊びに行くときの手土産にしようと決めていた。そして廻ってきたのが今日、土の曜日だ。候補からの視察同行要請があっても、昼過ぎには戻ってこれる。だから、土の曜日は昼過ぎにどちらかの私室に集まって過ごすのが、関係が変わる前からの変わらない習慣だ。
 今日も、午前中は要請に備えてそれぞれ待機。朝窓を開けた時のお日様の暖かさが心地よかったから、お昼はピクニックしたいなと外でも食べやすいお昼を考えて作って過ごした。カフェを経由して誘ったらカナタも快諾してくれたので、森の湖で。
 でも、カナタと遊びたくて作った新作ゲームのためにカナタの私室に戻ってきて、ゲームの準備と共にお土産のプチシューも用意してくれた。
 昼ご飯を食べてからさほど経っていなかったので、カナタは「食いきれるかな」なんて零していたが、結果は見てのとおり。ゲームをしながらだと、無意識に手が伸びるので無くなるのも早かった。
「ゼノが食べたくて買ってきたんじゃないの?」
「それは……そうなんだけど」
「食べたい人が食べるべきだと思う」
 カナタが頷いた通り、最後のひとつというのは食べづらい。内容量は偶数だったので、どちらかが多く食べているのは明白だが、お互いに食べた個数を数えていたわけでもない。どうしても食べたいならまた違う反応をするかもしれないが、量も多くすでに満足できるだけ食べた後。それなら、相手に譲りたいと思ってしまう。少なくとも自分が得をしてしまうことにまだ少し、慣れない。
 だが、カナタの言い分ももっともだと頷ける。苦手とまではいかずとも、甘味を好むでもないカナタだからこそ、譲ろうとしてくれているのだろう。いくらこのプチシューのクリームが甘さ控えめで、カナタも気軽に食べられるものだとしても。
「あ、ならさ。明日の夕飯、唐揚げにしてくれない? 生姜たっぷり効かせたやつ」
 わかってはいてもすんなりと頷けないことなどお見通しなのだろう。さも今思いついたように提案してくれるカナタの優しさに、胸の奥の方があったかくなる。……単純にプチシューに飽きたのもかもしれないが、受け取り方はひとそれぞれということで。
 自然と口元に笑みが浮かんだ。
「うん、いいよ!」
「やった! 前に作ってくれたのも美味かったから、楽しみにしてる」
「それって俺、プレッシャーかけられてる?」
「期待してる!」
 同じことだよなぁと苦笑しながら、じゃあ遠慮無くと最後のプチシューに手を伸ばした。力加減を間違えて潰してしまわないように気を付けてつまみ、口に運ぶ。
 と、何故か目の前が薄く陰った。
「んっ?」
 プチシューを放り込んだばかりで閉じる前の口に、何か柔らかく暖かい物が触れる。間をおかずに舌が差し入れられ、とろりと甘さが口内に広がった。
 満足したのか、すぐに離れていくカナタ。何が起きたのか理解しきれず半ば呆然と見つめた顔は、頬がほんのり赤くなっている。いつもなら可愛いと思うけれど、今はそこに思考を持っていけなかった。
「ごめん。嬉しそうなの見たら、我慢できなくて」
 少し照れたような、それでいてイタズラが見つかった時のようにも見える表情で、言い訳のようにカナタが呟く。唇の隙間からちらり覗いた舌先に淡い黄色がついているように見え、何をされたのか理解できた。
 反応しようにも、口内にプチシューが残っている状態では行儀が悪い。ひとまず破られてクリームのほとんどが流れてしまったシューを咀嚼して飲み込んでしまおう。
 だが、さして長くないその間を、カナタはどう受け取ったのか。
「……ごめん。つい、衝動的に」
「え? 怒ってないから、大丈夫だよ?」
 しゅんと項垂れ重ねて謝るカナタに、ちょっと驚きながらもようやくで応じる。顔をあげたカナタに、今度はゼノから唇を重ねてみせた。伝えたい言葉があるから触れるだけに留めておくけれど、後で仕切りなおしてもいいかな? なんて思いながら。
「カナタ、可愛いなぁって思ってたんだよ」
「は?」
 さっき見せた頬の赤みはもう引いてしまっているけれど、そっと指を伸ばして撫でながら告げる。目の前で、カナタがちょっと目を丸くした。それも可愛いなと思う。
 自覚していなかったので、最後のプチシューを食べるのが嬉しそうに見えたと言われたはちょっと恥ずかしいけれど。でも、可愛いからキスしたくなったというのは共感するレベルでわかるから、怒る対象にはならない。謝ってもらう必要だって。
「じゃあ、プチシュー破っちゃったのに、ごめん」
「あはは、大丈夫だよ。むしろ、最後のいっこ、共有できちゃったね?」
「うわっ、なんかそう言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいことしたよね、オレ!?」
 説明したら、謝る先を替えられた。それも気にしてないよと言ったら、カナタが真っ赤になって狼狽えてしまった。ほんとに衝動的なもので、プチシューを破いたのも含めて意図した行動ではなかったのだろう。
 赤く染まった頬で慌てるカナタに、今度はゼノが衝動からキスをしてしまった。カナタがしたのより、もっと深く。
「……ゼノ、それ反則じゃない?」
「駄目だった? 今日、土の曜日だから、良くない?」
「……ゲーム、続きしたいんだけど」
 離れても染まったままの頬で、カナタが問いかけてくる。今日まで我慢したんだからと言い訳をしたけれど、カナタの要望にノーは言えなかった。だって、一緒に遊ぶのを楽しみにしていて、先に渡していた新作ゲームを今日までやらずに待っていてくれたと言ってたから。
「じゃあ、今日の夕飯少し早くしてもいい?」
「なにそれ。ゲームできるなら、いいよ」
 妥協案を告げたら、笑いながらも頷いてくれたカナタの頬はもう赤みが消えてしまったけれど。夜にまた堪能できるのを楽しみに、今は遊ぶ時間を目いっぱい楽しもうとゲームを再開した。
 今夜の夕飯は手早く作れるものにしちゃうから、リクエストをもらった明日の夕飯は、カナタのためにもたくさん作ろうと思いながら。




+モドル+



改定前の『ラス1!』はこちらからどうぞ


こめんと。
初期作品の『ラス1!』の改定版でした。
最初の1本』を午前の話にしたので、
早い話がつじつま合わせですね!
どうしても初期段階のものと設定が変化した部分があって、
その部分が気になったのもあります。
少ないカナタ優位の話だったのに、ごめんねカナタ~!
(2023.4.25改定)