計画のその後に
遊び始めの算段どおり、日付が変わるより30分は早く予定していたマップを攻略できた。達成感もありいつもより楽しい時間だったなと思いながらゲーム機を片付けつつ、隣のゼノをちらりと見る。
「ゼノさ、今日このまま泊まってかない?」
なんでもない風を装って尋ねると、振り返ったゼノはきょとんとした無防備な顔を見せた。少しの考える間の後に何故か少し表情を翳らせ、小さな溜息まで吐く。普段なら笑顔で頷いてくれるか困り顔でごめんねと言われるかなのにと、その反応に少し戸惑ってしまう。
もしかして嫌だったんだろうかと考えてしまうだけの間の後に。
「……違ってたらごめんね? それって、私室に帰したら作業しそうだなって思ったから?」
「え?」
少し言い淀んでから尋ねられ、一瞬何を訊かれたのかわからず反射的に返してしまった。ゼノの表情が更に翳ったような気がする。
泊まらないかと誘ったのが、作業しそうだからか。ゼノはそう問いかけてきているのはわかる。
でも、なんで疑問に思ったのかが思いつかなかった。
「まぁ、それもあるけど。ここんとこ遅いし。でも一番はまだ一緒にいたいなって思ったんだけど?」
理由はわからないけれど、ここで考えて回答が遅れるのはよくない気がする。なので、疑問形にはなってしまったがカナタの思惑はしっかりと答えておく。
さっき早く終わるかもと考えた時には、作業をするだろうからという思惑はあった。でも、誘ったら驚いてくれないかなというのもある。ホワイトデーのお返しで驚かせるのに一応成功はしたが、すぐにやり返されてしまってちょっと悔しさもあったし。
でも、一番は告げたとおりだ。
これからキスをする約束があるのに、まだ少し早いから話す時間だってとれるのに、「おやすみ、また明日」にしてしまうのもちょっと勿体ないというか。
執務の終わりからずっと一緒にいるのにと、思わなくもないけれど。ゼノといる時間は楽しいし嬉しいから、少しでも長くと望んでしまう。
だけどもしかして、ゼノは早く帰れるならと作業をするつもりだったんだろうか。昨日も一日一緒にいたから、作業時間が減っているのかもしれない。それなら、カナタの誘いは迷惑に思えたのかもしれないと、ようやく思い当たる。
作業をしたいのにと思ったから、表情が翳ってしまった、とか?
「……ゼノ?」
だけど、カナタの回答を聞いたゼノは、なんだか複雑な表情で言葉を探しているようだった。困ったような呆れたような、諦めたような……それでいて、頬に朱色が差してもいる、ような?
「……困らせてごめんね」
「いや、それは全然いいけど……」
「俺も、カナタともっと一緒にいたいな」
先に謝ってから、ゼノも同意を返してくれる。だけど泊まるとは言っていない、というやつだろうか。日付が変わるころ私室に帰るという意思表示のかわりに。
「でも、えっちなことがしたいからじゃないんだなって、ちょっと残念だったんだ」
「って、そういう理由!?」
「あはは」
カナタがアクションを起こすより早く、ゼノが続きを口にした。思いついたこととは全く異なる理由に驚くが、ゼノらしいと納得もする。それから、複雑な表情をしていたことにも。
この問答についてはもういつだって平行線を辿る一方なので、カナタは何も言わないけれど。ゼノの望みとは異なるのに、カナタの我儘を通してもらっているから。
とはいえ、表情を翳らせた理由がそれだったのには、安心した。叶えらえなくて悪いなとも、いつものように思うけれど。
「キス1回で我慢するから、泊めてくれる?」
「……なんかすごい罪悪感あるんだけど……」
「あははっ。じゃあ2回でもいいよ?」
改めて確認されるも、告げたとおり罪悪感から素直に頷けそうにない。言い訳がましく零すと、ゼノが笑いながら提案してくれる。
甘やかされてるとは痛感するけれど、今はゼノの優しさに乗っからせてもらおう。
「じゃあ、それでゼノに納得してもらって」
「うん、いいよ」
「あ、でも、舌入れんのナシね」
「え~?」
頷いてから促すと、不満を表す相槌をくすくす笑いながら返してくれる。確実に想定内の促しだったんだろう。でもそれを許してくれるのがありがたい。
女王試験の終了期限まであと30日と少し。せめて試験中は土の曜日だけでとカナタが訴えているからだとわかっていても。
残りのゲーム機の片づけをゼノが引き受けてくれるというので、カナタは飲み物でも用意しようとキッチンに向かった。ゼノを迎え入れた時と同じものを持ってソファに戻ると、ちょうど片付けも終わった様子。
「ありがとう、カナタ」
「や、オレこそ片付けありがとうでしょ」
ソファに座りなおそうとしていたゼノの礼に返して、オレンジスカッシュのグラスをテーブルに置く。自分用のグラスも置いてから隣に座り、早速一口。最初に用意したものは随分前に飲み切ったけれど、攻略を中断するのが嫌でおかわりを用意しなかったから、思っていた以上に喉が乾いていたらしい。
グラスの半分ほどを一気に煽って息をつくと、ゼノが小さく笑うのが聞こえてきた。
「今度から、おかわりも用意しておいた方がいいかもね」
「だね。でも近くに置いとくとぬるくなっちゃうか」
「ん~、冷たいままにできるコースターとか作ってみようかな」
「なにそれ便利じゃん。氷も溶けなくてよくね?」
横を見れば、ゼノのグラスも半分近く減っていた。どうやら気持ちも状況も似たようなものだったらしい。ゼノらしい解決方法の提案に、俄然興味がわいた。どう作るか全くわからないが、是非とも作ってみてほしいし、できたら欲しい。
おかわり用としてだけでなく、飲んでる最中に氷が溶けて薄まることもなくなるなんて需要も絶対に高いはずだ。
軽く興奮して拳まで握ってしまったカナタにふっと微笑んで、ゼノがすっと顔を寄せてきた。気づくより早く口に柔らかい感触を覚える。
さっきカナタがした不意打ちと同じようにされて驚きはしたけれど、約束していたから慌てずに済んで良かった。入りたそうに唇を舐める舌を断固拒むのだけは忘れずに。
「さっきのお返しみたくなっちゃったね」
「え、そのつもりじゃなかったの?」
「違うよ。カナタが可愛かったから、つい」
少し照れくさそうに微笑むゼノが、指先でカナタの頬を柔らかくつつきながら言う。意図的なものではなく、衝動によるものだったらしい。それはそれで照れくさくて、カナタまで赤くなっている……のは、キスからだから関係なさそうだ。
「お返しのお返しはどこまでしていいんだろうね」
「え、普通お返しまでじゃない?」
「バースではそうだった?」
「バレンタインとホワイトデーなら、たぶん」
満足そうに座りなおしたゼノの疑問に、カナタも疑問形で応じる。バースではと言うなら、元々のバレンタインデーとホワイトデーのことだろうと頷くと、そっかぁと少し残念そうな響きが返ってきた。
「お返し、気に入ったの?」
「カナタと平日にキスする口実にしたかったな」
「あ……そう……」
「照れてる」
けろりと返された理由に言葉をなくすと、ゼノが嬉しそうにカナタの頬を撫でてくる。触れる指先がいつもより熱い気がして、うっかりすると流されてしまいそうだ。
慌てて身を引いてゼノの指先から離れると、楽しそうに笑う声が届く。
「ね、カナタ。まだ聞いてないバースのイベントとか記念日とかって、何かある?」
「イベント? 記念日? バースの?」
「うん。女王候補に教えてもらったりしていくつかやってきたよね。でも、まだ全部じゃないんじゃないかなって」
唐突な問いかけに単語だけを返してしまったカナタに、改めてゼノが意図を教えてくれる。
意識を切り替えるために咳払いしてから、何があるだろうと考えてみた。
最初にやったというか仕掛けられたというかなイベントは、ハロウィンだった。それからクリスマスに正月、バレンタインを経由して今日がホワイトデー。季節的には秋から春に掛けてなので、春と夏があればよさそうだ。
「春は、前も話題に出したけど、やっぱ花見かな」
「桜を見るやつだね!」
「うん。飛空都市に桜はなかったってお姉さんが言ってたから、難しそうだけど」
「そうなんだ……新しく植樹しても、すぐに花見はできそうにないね」
以前まだ告白の返事を待っていた期間に、バースの四季についてをゼノに話したことがある。その時の話題を覚えていてくれたようで、嬉しくなった。とはいえ、伝えたとおりに、バースでの花見再現は難しそうだ。
花を見ながら飲み食いすると理解すれば、桜に拘る必要はない。だが、桜の咲く国生まれのカナタからすると、花見といえば桜以外に考えられず。
他に春のイベントと言われても、思いつくのは卒業式や入学式くらいだ。ゴールデンウィークは学生も嬉しい大型連休だけれどイベントではないし。こどもの日や母の日はイベントといえばそうだけど、なんとなく言いにくい。
じゃあ夏はというと。
「あ、七夕とか。海開きとか?」
「たなばたは初めて聞いたな。海開きって……海を開くの?」
「七夕は笹に願い事書いた短冊を飾って願掛けするやつで、海開きはその日から海で泳いでいいってやつ」
「あ、なんだ……海開きっていうから、海を物理的に開くのかと思った」
勘違いしたと照れくさそうに言うゼノに、伝わらないだろう「それ十戒」というツッコミは心の中だけに留めておいた。確かに海開きとだけ言われたら、そういう発想に向かってもおかしくはなさそうだ。
カナタの故郷には海開きに山開き、あと鏡開きなんてのもある。解禁だったり食べることだったり、いろんな意味で使われてるななんて、どうでもいいことがちらりと浮かんで消えた。
「あ、あと盆踊りとか」
「盆踊り……? あ、調べた中にあったかも。確か、夜にみんなで踊るやつだよね?」
「そうそう。組んだ櫓を囲んで踊るんだけど、屋台も出ててさ。子供のころ、くじ引きやったりかき氷食べたりしたな」
「楽しそうだけど、ふたりじゃ難しいね」
代わりに思い出したものを告げると、ゼノも記憶に残っていたようだ。カナタがバースから連れてこられる前に調べてくれていたことは前に聞いたけど、それを今も覚えててくれているのは、やっぱり嬉しい。
だが、ぽつりと返されたゼノの言葉に、確かにと眉が下がってしまう。ゼノが質問してくれた理由を考えたら、ふたりでもできることがあればいいんだけれど……流石に思いつかない。
「七夕も笹飾りするくらいだから、楽しいかって言うと違うかも」
「そっか。教えてくれてありがとう」
「それ言ったら、気にかけてくれてありがとうでしょ」
結局のところ、ゼノの求めている「キスする口実」になりそうなイベントには思い当たらなかった。これは候補たちにリサーチしてみた方がいいかもしれない。社会人の立場なら、違うイベントも知っているかもしれないし。
「前も言ったけどさ、スピネルのイベントとかもやってこうよ」
「うん、ありがとう。できそうなの考えてるからね」
「え、前準備めっちゃ必要とかそういうこと?」
「んっと、お楽しみにってことで!」
正月を楽しんだ時に提案したことを改めて告げるも、ゼノは今すぐ教えてくれる気はなさそうだ。誤魔化すような笑いと共に告げられたとおり、ゼノが教えてくれる時を楽しみにしていよう。
気にはなるけれど、ゼノの中でまだ整理がついていない可能性もある。ゼノとはこれから先も一緒に居たいとお互いに思ってるから、急かす必要もない。
だから今はとりあえず。
約束してる残り1回のキスは、どこでしかけたらいいかを考えようと思う。きっとゼノも同じなんだろうけど。
こめんと。
カナゼノ48作目。
一年以上ぶりですね、お久しぶりです!!
正直に『夢見の終わり』で、
やり切った感あったんですよねぇ。
あと単純に忙しくなりすぎてほぼ屍だったので。
にも掛からず、遊びに来てくださっていた皆様。
本当にありがとうございます!!!
ということで、アンミナ4th記念として。
『今日の計画』の続きを。
記念日繋がりで何か~とぎりっぎりまで考えて、
「イベントや記念日」と繋がった次第です。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
次はいつになるかわからないけど、
もう少しお付き合いいただけたら嬉しいです。
(2025.5.20)