読書の記録(1999年 2月)

「魔術はささやく」 宮部 みゆき  1999.02.01 (1989.12.10 新潮社)

☆☆☆☆

 一人目の女性はマンションからの飛び降り,二人目は地下鉄に飛び込んで自殺した。そして三人目の女性は信号を無視して交差点を渡り,走ってきたタクシーに撥ねられて死んだ。そのタクシーの運転手,浅野大造に養われている日下守は自分の特技である錠前破りを使って真相を調べ始める。守の父親は失踪し母親が亡くなった為,母親の姉である浅野より子の家で育てられていたのである。亡くなった三人の女性がかつて同じ仕事をしていた事,その関係者の事故死,そして謎の電話から自殺ではない事を知る。そして父親の失踪の真相にたどり着いてしまう。

 ここで言う魔術とは,一つは錠前破りであり,もう一つは催眠術と言う事になるのだろうか。人が人を裁く事の正当性がテーマとなっている。ある老人が自分の復讐の為に行った催眠術による殺人,そしてそれを伝授された形になった守の行動。そう,この守君が実にいい子なのです。あねごも良かったけど。高校生と言う設定だけど,ちょっとしっかりし過ぎかなとも思えるし,いじめや不当な扱いにも負けず,正義を貫く姿勢は何か現実離れしている。もしこんな能力を持っていたら,僕だったら今でも使いまくってしまうような気がしてならないのだが。だけど宮部さんの作品はストーリーもしっかりしているし,社会的な問題点もうまくついているし,何よりも人物の描き方がしっかりしているので,読んでいて気持ちがいいですよね。

 

「宿命」 東野 圭吾  1999.02.02 (1990.06.05 講談社)

☆☆☆☆

 和倉勇作には小学生時代から唯一勝てない相手が居た。同級生の瓜生晃彦である。晃彦は大会社の社長の長男だったが,親の後を継がず医大に進む。勇作も同じ大学を目指していたのだが家庭の事情もあり,亡くなった父と同じ警察官の道を選んだ。数年後晃彦の父の会社社長が,晃彦の家に置いてあったボウガンで殺された事により二人は再会する。一人は警察官として,そしてもう一人は容疑者として。そして勇作はかつて恋人だった美佐子が晃彦の妻となっている事に驚く。

 推理小説の感想として「意外な結末」何て書くのは,何たる平凡だと言うのは十分承知の上だが,結末の意外性に驚いた。殺人自体は殺人の目的を持って現場に向かった者が三人で,殺害方法の意外性,アリバイトリック等と凝ってはいるものの,ここで言う意外性とはそんな事ではない。冒頭に出てくるサナエの事故死,晃彦が殺人を思い付く為の動機,美佐子が辿ってきた半生,そして何よりも勇作と晃彦の関係である。勇作の父親に関する記憶が重要な伏線になっているのだが,子供時代の晃彦とのエピソードが利いていて,最後の結末へと一気に進んでいく。決して辻褄合わせっぽくなく自然な形での終わり方に感心してしまった。

 

「毒笑小説」 東野 圭吾  1999.02.03 (1996.07.30 集英社)

☆☆

@ 「誘拐天国」 ... 孫と遊びたいが母親が許してくれない為に,その大金持の爺さん達は金の力に物を謂わせて誘拐を実行する。
A 「エンジェル」 ... 南太平洋で発見された珍しい生き物は最初のうちは珍重されたのだが,色々な問題が起こってくる。
B 「手作りマダム」 ... 部下の妻を集めてパーティーを開くのが趣味の奥さんが唯一まともに作った物は。しかし迷惑なばあさんだ。
C 「マニュアル警察」 ... 警察が全てマニュアルで動いている為,妻殺しの夫がなかなか自首できない。
D 「ホームアローンじいさん」 ... 孫の持っているAVを見たくてしょうがなかった爺さんの家に泥棒が入る。
E 「花婿人形」 ... マザコン息子が結婚式の最中,トイレに行っていいかどうか母親に聞いていなかった為に。
F 「女流作家」 ... 女流作家が子供を産んだとたんに人と会わなくなった。本当の作家は本当に女性だったのか
G 「殺意取り扱い説明書」 ... 古本屋で偶然手に入れた謎の本には,自分の殺意をどう実行するかが書かれていた。
H 「つぐない」 ... さえない中年のサラリーマンが突然ピアノを習い始めた。そして発表会に臨む理由とは。
I 「栄光の証言」 ... 偶然目撃した殺人事件の為,突如人気者になってしまったのだが,目撃の内容は勘違い。
J 「本格推理関連グッズ鑑定ショー」 ... 「名探偵の掟」に出てくる密室殺人事件の後日談。トリックに使われた物を鑑定してみたら。
K 「誘拐電話網」 ... 子供を誘拐したのに,親ではなく全くの他人に身の代金の要求をする。しょうがないので又別の人へ電話を回す。

 うーん,サラッと読むには面白いよね。みんな発想がいいですね。金の力で全ての望みを叶えようとするジイサン,マニュアルでしか事に当たれない警察官,偶然に目撃者になって舞い上がってしまった男。そんな中でも,「本格推理関連グッズ鑑定ショー」がいいですねえ。これって「名探偵の掟」を読んでいないと何だか判らないと思いますので,是非そちらを読んでから,こっちを読んで下さい。何だか東野さんの作品とは思えないんですけど。

 

「メドゥサ,鏡をごらん」 井上 夢人  1999.02.04 (1997.02.25 双葉社) お勧め

☆☆☆☆☆

 作家の藤井陽造が,自らの体をコンクリートで塗り固めると言う異様な方法で自殺をした。そしてそこには「メドゥサを見た。」と言う意味不明なメモが残されていた。彼の遺体を発見した私は,藤井の娘である菜名子の婚約者だ。藤井は亡くなる前に小説を書きかけていた事が,彼の残したノートからうかがえたのだが,原稿はどこを探しても発見されなかった。自殺の原因を探る為に彼の取材メモを追っていくのだが,不思議な事が次々起こる様になっていく。自殺の直前に何度も足を運んでいた長野県の小さな村にまつわる様々な事件。何かを隠している村民の態度。そして20年以上前にその村で起こった事件と,メドゥサの意味を知ってしまう。

 恐いです。そして読み終わった時には,何とも言えないやるせなさを感じてしまいました。とにかく救いが全く無いんです。太字の文体で書き始められていたので,「これは折原一みたいなひっかけがあるのかな。」何て思っていたのですが,全然関係ありませんでした。後半普通の文体になるのですが,強いて言えば記述者の意識の違い位しか無いのではないでしょうか。この話の何が恐いかって言うと,もちろんメドゥサと言うか「あずさ」の呪いの部分も恐いです。しかしそれ以上に,時間や空間のひずみに落ちていってしまう主人公,世界が崩壊していく様な展開にドキドキさせられてしまいました。一日が無くなってしまった事,奇妙な行き違い,鏡を送ってきた人の存在,そしてそれらの謎が何一つ明らかにされないラスト。何故藤井や私がこうならなくてはならなかったのか。それは余計な事を知ろうとしない事,知っている事を隠す事が正しい事だったのでしょう。だからこそ村人は生き残っている訳ですから。それとも主人公である私は藤井陽造そのものだったのでしょうか。こういう理解ではいけなかったらゴメンナサイ。

 

「マークスの山」 高村 薫  1999.02.09 (1993.03.31 早川書房)

☆☆☆

 都内で起こった連続殺人事件。一人目は元ヤクザ,二人目は検察の幹部と関連が無さそうだったが,共通しているのは殺害方法。二人ともドリルの様な物で頭を割られて死亡していた。事件を追う本庁の合田刑事は所轄警察の縄張り争い,公安,検察,弁護士事務所からの圧力にもめげず真相に迫って行く。何らかの恐喝事件が絡んだ殺人事件である事を見抜き,ある大学の関係者をあたるのだが,次々と事件は広がって行く。

 北岳である。南アルプス(赤石山脈)北部にある日本第二の高峰だ。そう言えば,山に行く人は○○山脈何て名前は使わないよなあ。小学校ではそう習ったけど。ついでに言うと,北アルプスは飛騨山脈,中央アルプスは木曽山脈で,日本アルプスとはこの三つを総称した言い方です。ちなみに,北アルプスには南岳と言う名の山があります。それはそうと,高村薫初体験だ。何か痛そう。氏に対してはどちらかと言うと硬質で長大な作品を書く作家と言うイメージを持っていたが,まさにその通りだった。面白く無いとは言わないが,メインとなるストーリーの唐突さと,警察内部の話の多さが目立ってしまいちょっと読み辛かった。冒頭に出てくる林道作業員の殺人の意味が判らないし,合田刑事が犯人に辿り着く場面も都合が良すぎる。最後の方の林原弁護士との対決,自殺した医師の告白,北岳での追跡の場面等は緊迫感に溢れていた。この部分を読む為に,我慢して読んだ甲斐があった,と言ったら言い過ぎか。しかし警察内部ってあんなに足の引っ張り合いが多いのだろうか。残業の多さも凄まじい。ところで山に関する記述には納得しました。夜に見る山の黒さや風の音を思い出しました。

 

「悪意」 東野 圭吾  1999.02.15 (1996.09.20 双葉社)

☆☆☆

 ベストセラー作家の日高が自宅で殺害された。発見者は彼の妻と,彼の小学校時代からの友人で作家志望の野々口。そして捜査に当たるのは加賀刑事なのだが,野々口とはかつての教師時代の同僚であった。野々口が犯人である事は前半で明かされ,殺害におけるトリック等も程なく判明する。判らないのは,と言うか加賀が不審に思うのはその動機である。野々口の自供によると,日高の元妻との不倫,野々口が日高のゴーストライターであった事なのだが,本当の動機を探る為捜査を続ける加賀刑事。

 野々口が書いた手記や告白文の矛盾点を手がかりに加賀刑事の推理が展開されるのだが,伏線の張り方が見事。特に冒頭の手記にて紹介される,日高の猫殺しの一件。加賀刑事と同様に,それだけで日高の人物像を印象づけられてしまった。結局日高は野々口に対して善意のみで接していたのだから,野々口が日高の善意の中に悪意を感じてしまった訳だ。自分に対して悪意を持つ相手は無視できるにしても,善意の中に悪意をこじつけて見てしまうと言うのは良くある話。自分にも経験あるので,妙に納得してしまった。

 

「長い長い殺人」 宮部 みゆき  1999.02.16 (1992.09.15 光文社)

☆☆☆

 ひき逃げで殺された男と何者かに撲殺された女,その二人には多額の保険金が掛けられていた。そしてそれぞれの被害者の妻と夫の不倫関係,確固たるアリバイ,マスコミによる大報道。そしてこの事件に巻き込まれていく人達。

 話のベースは○ス疑惑なのだろう。それぞれの登場人物が持っている財布の視点から物語りが展開される。財布だからバックの中や背広のポケットの中に入れられている時は音や声しか聞こえない。だけど主人が持っているお金や,財布の中に入れられている小物は判る。その情報だけでリードしていくと言うアイデアがとても面白かったけど,最後の展開はちょっと強引かな。それなりの伏線が欲しかった。

 

「風が吹いたら桶屋がもうかる」 井上 夢人  1999.02.17 (1997.08.30 集英社)

☆☆

 自分の部屋を訪ねてくるはずの彼氏が行方不明になった,叔父が死ぬ前に残した言葉の意味が知りたい,家のトイレから赤ん坊の泣き声や男の声が聞こえる,等などを超能力で解決して欲しいと言う依頼が主人公のところへやってくる。主人公のシュンペイは牛丼屋の店員なのだが,超能力者のヨーノスケと,イッカクの三人で共同生活を送っている。ヨーノスケは超能力で,またイッカクは得意の推理を活かして解決しようとするのだが,全く別の事から事態は解決してしまう。

 と言うようなワンパターンが7作。実用的では無い超能力,論理は正しいが解決に至らない推理が面白く,三人の個性も際立っている。超能力を使う事によって,何時間もかけてヤカンの水を沸かしたり,汗だくになってテレビのチャンネルを換えるよりも,コンロやリモコンを使った方が早い。論理さえあっていれば問題解決に繋がらなくとも満足してしまう,推理小説ファン。SFやミステリーに対する皮肉なのだろうか。だけどあまりにもパターン化されすぎていて,後半はちょっと飽きてしまったゾ。

 

「淋しい狩人」 宮部 みゆき  1999.02.18 (1993.10.15 新潮社)

☆☆☆☆

@ 「六月は名ばかりの月」 ... 結婚したばかりの妻の姉が謎の言葉を残して行方不明に。それと同じ言葉が結婚式の引き出物に悪戯書きされていた。
A 「黙って逝った」 ... 急死した父親の部屋には300冊の同じ本が残されていた。他人が自費出版した本だが,その作者は殺されていた。
B 「詫びない年月」 ... 近所の古い家を取り壊したら,その下から出てきた防空壕に親子の白骨死体があった。家に住んでいた老婆がその防空壕で自殺を図る。
C 「うそつき喇叭」 ... 古本を万引きした少年の体には無数のあざがあった。帰国子女の少年とその両親と学校の先生との間に何があるのか。
D 「歪んだ鏡」 ... 電車の本棚に置き忘れた文庫本に挟まれた一枚の名刺。そして古本屋の本に名刺を入れていく男の目的とは。
E 「淋しい狩人」 ... 未完の推理小説通りに殺人をすると予告してきた男。彼にはこの未完の小説の結末が判ると言うのだが。

 古本屋を営む頑固な老人と孫の少年にまつわる6編の連作短編集。古本屋と言うと神田の古本屋街が有名ですが,最近の「BOOK OFF」何かとは全くかけ離れた古本屋が描かれていきます。宮部さんの描く少年はみな生き生きとしていて気持ちがいいですね。「歪んだ鏡」に,本の中に挟まれた名刺の話が出てきますが,図書館で借りた本の中にも変ったものが挟まれている時があります。自分も気を付けなくっちゃ。

 

「プラスティック」 井上 夢人  1999.02.19 (1994.05.25 双葉社)

 奥村恭輔の郵便受けに入れられたフロッピーには,同じマンションに住む向井洵子の日記が書かれていた。それには出張している夫を待つ間に起こった不思議な出来事が綴られており,彼女は自分の部屋で惨殺死体となって発見される。指名手配される彼女の夫,隣に住む若い女性,そして奥村は日記に基づいて真相を調べ始める。

 何人かの日記や手記という形で話は進んでいくのだが,それらはあきらかに矛盾している内容となっており,何故だろうと思いながら読み進んでいき,最後に真相が明らかにされる。はっきり言って「こんなの有り?」と言った結末。「ダレカガナカニイル...」「メドゥサ,鏡をごらん」等とは違って真相が明きらかになるのだが,こんな真相は納得いかないなあ。

 

「人質カノン」 宮部 みゆき  1999.02.22 (1996.01.30 文藝春秋社)

☆☆

@ 「人質カノン」 ... 近所のコンビニに深夜入ったところ強盗に遭遇してしまった。犯人による偽装工作がちょっとわざとらしい。
A 「十年計画」 ... 女性タクシードライバーの独り言。自分を捨てた男に対する復習の為に車の免許証を取ったのだが。
B 「過去の無い手帳」 ... 電車の網棚に捨てられていた女性誌に挟まれていた一冊の手帳。そこには一人の女性の名前だけが記されていた。
C 「八月の雪」 ... いじめによる事故で足を失った子供がお爺さんの遺書を見て思った事。
D 「過ぎたこと」 ... ボディガードを依頼にきた子供に何年振りかで再会した。
E 「生者の特権」 ... 自殺しようとした女性と,小学生が深夜の学校に忍び込んで。
F 「濡れる心」 ... 売りに出したマンションの部屋が濾水でびしょ濡れに。上の階に住む大学生とその母親の謎。

 いじめに関する作品が何作かあったけど,いじめられている子供に対するメッセージになっているのだが,いじめられている子供がこんな本読むんだろうか。

 

「僕を殺した女」 北川 歩実  1999.02.25 (1995.06.20 新潮社)

☆☆

 ある朝目が覚めると僕「篠井有一」は「ヒロカワトモコ」と言う名の女になっていた。目を覚ました部屋は自分のマンションの部屋であったが,知らない男性が住んでいた。それもそのはず,昨日から既に5年の歳月が経っていたのだ。この非現実な謎を解く為,起きた時に持っていたマッチを手がかりに調べ始めるが,次々と現れる不可解な人物。そしてついにもう一人の篠井有一と対面する事になってしまう。

 人格転移,性転換,タイムスリップとくればどうしたってSFだと思うけど,これを論理的な結末に結び付けるのは少々無理な様な気がする。主人公の考える現実的理解の数々と,それを裏切る形の現実的結末だけの様な印象しか持てなかった。どうしても現実にこだわると言うのなら,篠井の行動様式こそ現実的にしてもらいたかった。いくら混乱しているとは言え,どう見たって主人公の宗像久や大橋恵美子への接し方の方が現実離れしているように思える。また読解力の問題だろうが,文章が僕には読み辛かった。

 

「ターン」 北村 薫  1999.02.26 (1997.08.30 新潮社)

☆☆☆

 版画家の森真希は交通事故を起こした瞬間から不思議な世界へ迷い込んでしまった。いつも通りの風景の中に誰もおらず,一日経つと全てが前日に戻ってしまう。記憶だけは継続しているのだが,それ以外は何も明日に残す事はできない。そんな彼女のもとに一本の電話が掛ってくる。そしてこの不思議な世界にもう一人の住人を見つける。

 何か全体的に甘ったるい感じの話なんだけれど,不思議な世界と主人公の体験の描写がとてもうまく描かれていると思った。二人称での進められかたってあまり無いと思うけど,この語り手は電話を掛けてきた男性だったんでしょうか。主人公の真希がちょっと現実離れしている様な気がしてしまったのですが,いっそのこと「スキップ」に出てきた真理子の娘(美也子さんだっけ)にした方が良かったと思うんですが(ちょっと可哀相だけど)。