読書の記録(2003年12月)

「枯葉色グッドバイ」 樋口 有介  2003.12.02 (2003.10.10 文藝春秋社)

☆☆

 羽田空港近くのマンションで親子3人が惨殺された。犯人の遺留品は多かったが,捜査は難航を極めていた。事件を担当する女刑事の吹石夕子は,事件当夜に外泊をしていたため,家族でたった一人難を逃れた長女の美亜に注目していた。そして事件から半年後,美亜の友人が代々木公園で殺された。事件の関連性を疑う夕子は,代々木公園に向かった。そしてそこでホームレスをしている男が,かつての上司であり敏腕刑事でならした椎葉である事を知った。

 探偵役が元刑事でホームレスと言う設定は面白いと思います。代々木公園で暮らす彼らの描写もリアルだし,ホームレスならではの活躍の場面もあります。そして世を捨てた椎葉のセリフにも,妙な説得力があったりもします。でもホームレスを肯定的に描いている事に関して違和感を持ってしまいました。はっきり言ってホームレス何て,迷惑以外の何者でもないと思っています。まあここで彼らに関する問題を言うつもりはありませんが,探偵として登場させるのはいかがなものでしょうか。それは別にしても,刑事がホームレスになる気持ちも,現職の刑事が彼を助手として雇うのも,女子高生が彼に惹かれていくのも何か納得がいきません。それぞれに,不幸な事故,上昇志向の高さ,複雑な家庭状況を理由に描いていますが,それらが皆わざとらしく思えてしまいました。でも椎葉,夕子,美亜の3人の関係はいい感じなんですけど。うーん,椎葉じゃなくって柚木だったらいけなかったんでしょうか。

 

オーデュボンの祈り」 伊坂 幸太郎  2003.12.04 (2000.12.20 新潮社)

☆☆☆

 コンビニ強盗に失敗して警察から逃げている伊藤は,気が付いたら見知らぬ場所にいた。案内人だと名乗る日比野によると,ここは江戸時代から鎖国を続ける荻島と言う孤島で,伊藤は唯一外界と行き来ができる轟と言う男に,ここに連れてこられたと言う。そしてこの島には言葉を喋る案山子の優午がいて,未来を見通す力を持っている事から島の人達から崇められていた。

 第5回新潮ミステリー倶楽部賞の受賞作なんでミステリーなんでしょうが,それにしては不思議な世界が描かれます。誰も存在を知らない鎖国の島,そして150年も前に作られ人間の言葉を喋り未来が判っている案山子。そしてその島の住人も,地面に耳を当て心臓の音を聴く少女,太りすぎて動けなくなった市場の女性,反対の事ばかり言う元画家,そして唯一人を殺す事を許されている青年,と変わった人物ばかりで,まるでファンタジーの世界です。そんな中でこの案山子の優午が殺されると言う事件が起こります。未来が判っているはずの優午は,何故自分が殺される事を避ける事ができなかったのか。それとともに,伊藤がもともと居た世界での出来事が挟まります。後半はミステリーらしく,これまでに示された数々の話が一つに収束されていき,ここらへんは上手さを感じます。でも物語全体の違和感を払拭するまでに至らないので,結局何だったんだと言う思いが残ってしまいました。優午と言う案山子は,推理小説における探偵の存在を問うための存在だったんでしょうか。タイトルにもなっているオーデュボンとは17世紀の鳥類学者で,とてつもない数で空を覆いつくしたリョコウバトを発見した人物だそうです。人間の乱獲によって絶滅したリョコウバト。絶滅する事が判っていて祈ることしかできなかったオーデュボンの話が印象的でした。

 

「ネバーランド」 恩田 陸  2003.12.05 (2000.07.10 集英社)

☆☆☆☆

 冬休みを向かえた名門校の男子寮である松籟館に,帰省しないで残ることになった3人の高校生。帰ると言う事にこだわりを持つ菱川美国,帰省などした事が無いと言う依田光浩,両親が離婚でゴタゴタしている篠原寛司。そこに実家から通っているものの一人暮らしの瀬戸統を加えて,普段の学園生活とはちょっと変わった寮生活が始まった。

 何か懐かしさを感じさせる作品でした。私は寮生活なんてした事無いし,彼等の様に複雑な家庭環境にあった訳でもありません。でも彼等の言葉や行動の中に,誰もがこの頃経験した“匂い”が感じられるからでしょうか。日頃それ程仲が良くなくっても,何かをきっかけにとんでもなく濃密な時間を共有する事ってありますよね。自分らの事について本音で語り合う事なんて,最近じゃほとんどありませんが,かつてはこんな時もあったなあ,なんて思ってしまいます。でもちょっと彼ら4人が抱えている問題が深すぎるのに対して,爽やか過ぎの感じがします。

 

「残響」 柴田 よしき  2003.12.08 (2001.11.30 新潮社)

☆☆☆

@ 「呟き」 ... 空家になったビルの一室で見つかった死体。部屋に通じる階段に残された15年前の殺人事件容疑者の指紋。
A 「来なかった,明日」 ... 神戸に新しくオープンした店で唄う事になって出掛けたが,店のオーナーによって監禁されてしまう。
B 「薔薇の刻印」 ... 退職を間近に控えた知り合いの刑事の依頼で,自室で殺された主婦の声を聴きに向かった。
C 「気泡」 ... 杏子の能力を嗅ぎつけたフリーライターが彼女を訪ねてきた。彼は意外な頼み事を持ち掛けてきた。
D 「残響」 ... 殺人の容疑者として逮捕された女性が自殺。恋人の死の真相を知ろうとする女性が杏子に接近してきた。

 以前夫だった男からの暴力で,その場で過去に交わされた声を聴くと言う特殊な能力の持ち主となった鳥居杏子。今はその夫とも別れて,クラブでジャズ.シンガーをしています。宮部みゆきさんの作品にも,「クロスファイア」に代表される,特殊な能力の持ち主が出てくる話しがいくつかあります。そちらは特殊能力を持ったゆえの主人公の悩み,と言った部分が強く出されていますが,こちらはその悩みを克服していく主人公が中心に描かれています。ただどの話もミステリー色が強く出されています。推理自体を楽しむ作品ではないので,「ノックスの十戒」に反するとかは関係無いのですが,謎解きの要素を強くしてしまった為に,杏子の解放物語と言う面が弱くなってしまった感じがします。連作短編だから特にそう思えるのかも知れません。

 

「リスク」 井上 尚登  2003.12.09 (2002.12.15 世界文化社)

@ 「お金持ちになる方法」 ... 真面目一本槍の父親が亡くなった。定期にしてあったはずの預金が消えている事に気が付いた。
A 「住宅病」 ... 急に社宅が廃止される事になって,住宅を購入しようとモデルハウスをまず見に出掛けた。
B 「十五中年漂村記」 ... 突然リストラの対象にされた社員。彼らは田舎の営業所にある倉庫に送り込まれた。

 後書きによりますと「リスク」とは,イタリア語で「勇気を持って試みる」だそうです。でも一般的には「危険性」と言った意味合いで使われる事が多いと思います。ここでは株式投資,住宅購入,そしてリストラに関わるリスクが紹介されます。まあ何にだって大小はともかく,多少のリスクは存在しますし,それを避けてばかりいたら日常生活など立ち行かなくなってしまいます。要はリスクの内容をキチンと理解する事が大事ですよね。私はシステム開発の仕事をしていますが,会社では結構リスク管理って厳しいんです。でも日常生活ではどうかと言うと,ちょっと心許ないところがあります。いま食べようとしているその魚にも,出掛ける時のドアの鍵にも,そして掛かってきた電話を取るのにだって何らかのリスクは存在するでしょう。食中毒起こしたり,ピッキング被害にあったり,詐欺にあったりするかも知れません。ここで紹介される話は,「何をいまさら」と言ったテーマばかりですね。緊迫感は無いし,説明を聞いている感じがしてしまいました。

 

「街でいちばんの探偵」 司城 志朗  2003.12.11 (2003.09.25 光文社) お勧め

☆☆☆☆☆

 生まれ故郷の洲雲市に戻ってきて探偵事務所を開いている天白五郎。彼の元に一人の女性から電話が掛かってきた。毬子と名乗ったその女性は,闇金融業者を天白に押し付けて行方をくらました。また事務所を訪ねてきた優花と言う名門女子高の生徒からは,奪われた携帯電話を取り戻して欲しいと頼まれた。奪った男を捜していると,その男の部屋で彼の死体を見つけてしまった。

 一言で言って凄く面白い。二人の女性の依頼でとんでもない事件に巻き込まれてしまった探偵の話なんですが,その二つが微妙に繋がっていく様子がいいです。娘を事故で失った事によって精神に異常をきたした女性とその夫,自分から逃げていった妻を追いかける男,いわくありげなお菓子メーカーの会長とその息子の社長,正体不明のジャーナリスト。二つの案件を追う中で登場してくる様々な人物が,複雑に絡み合って二転三転していく事件の結末は見事です。これだけ複雑な構図でも,読んでいてスンナリ頭に入ってくるんですよね。それは登場人物のキャラクターと,彼らの背景が的確に描かれているからでしょうか。「それでも探偵かよ。」と言いたくなる様な天白のドジ振りと,推理の鋭さのアンバランスさもいいし,同級生で同業者の伊東との関係も物語りにメリハリを与えています。ちょっと不満だったのは,女性の登場人物にもう少し魅力的な人物を置いて欲しかったところでしょうか。毬子は生理的に嫌いだし,優花と藤さんもイマイチ。さてこの天白五郎と言う探偵,何が街でいちばんなのかは,読んでからのお楽しみ。

 

「私が嫌いな私」 重松 清  2003.12.12 (1992.08.15 太田出版)

☆☆

 家庭教師のアルバイトをしながら弁護士を目指している大学生の和人に,双子に限ると言う条件付きの家庭教師の話が舞い込んだ。和人には尚人と言う双子の兄弟がおり,和人とは顔はそっくりなものの,性格は正反対だった。依頼主は17歳のあずさと言う少女で,生まれつき体が弱く高校を休学中だった。あずさは肝臓が悪く,生後まもなく全身の血を入れ替えており,その為今の自分は本当の自分ではないと思っていた。

 昔知り合いに一卵性双生児の弟がいて,何かの時に彼の兄と会った時,凄く不思議な感じがしました。だって全く同じ顔してんだもん。私には判りませんが,本人達は結構お互いに意識するんでしょうね。ここに出てくる双子の和人と尚人は,顔はソックリだけど性格がまるで違う二人。兄の和人は尚人に対して複雑な感情を持っています。そんな二人の前に現れた少女は,今の自分は偽者の自分で本当の自分に戻りたがっています。うーん,素直に感動してもいい話なのかも知れませんが,どうしたって和人,尚人,あずさ,そしてオカマのタロッピの行動が不自然過ぎるんです。だから作者の意図には反して,しらけてしまいました。

 

「異邦の騎士」 島田 荘司  2003.12.15 (1991.12.15 講談社)

☆☆☆☆

 公園のベンチで目をさましたその男は,自分の記憶が無くなっている事に気が付いた。何とか記憶を取り戻そうと街を彷徨っているうち,石川良子と名乗る一人の女性と出合った。その後その男は石川敬介と言う名前で,良子と暮らすことになった。ある日良子の持ち物の中から,敬介は自分の免許証を見つけた。それによると本当は益子秀司と言う名で,住んでいた場所も判った。そしてその住所を訪ねてみると,自分の妻が子供を道連れに自殺していた事を知った。

 島田さんの作品がどうも好きになれないのは,御手洗清があまりにも鋭過ぎるからなんだと思います。そりゃあ探偵役ですから,難事件を鮮やかに解決すると言うのは推理小説の醍醐味ではあるでしょう。でも私には彼の推理の過程が判らず,最後になって「コレコレこうですよね。」って言われても,「あー,そうですか。」としか言えないもどかしさを感じてしまいます。実際ここでもそうで,何で御手洗は事件の真相に辿り着いたのか。そりゃあ確かにその説明はなされますし,それは納得のいくものでしょう。だけど常人の理解や行動の範囲を超えていますよね。それがいいと言う人も多いんでしょうが。でもこの作品に限っては,そんな事を差し引いても充分に楽しめます。それは記憶を失った敬介の心情がストレートに伝わってくるからでしょう。自分の過去への疑問,良子への愛情,そして家族を奪った男への復讐。他の作品では石岡和己と言う,事件の記述者を通して語られる御手洗です。でもここでは事件の当事者からの視点なので,それがサスペンス性を高め,登場人物への感情移入度を深めている様に思います。そして敬介の本当の正体を含めた事件の真相はかなり意外でした。関係ありませんが,チック.コリア(リターン.トゥ.フォーエバー)の「浪漫の騎士」を聴きたくなりました。

 

「葉桜の季節に君を想うということ」 歌野 晶午  2003.12.17 (2003.03.30 文藝春秋社) お勧め

☆☆☆☆☆

 ガードマンをしている成瀬将虎は,フィットネスクラブ仲間でお嬢様の久高愛子から相談を持ち掛けられた。轢き逃げ事故で亡くなった愛子の祖父が,生前悪徳商法の食い物にされており,さらに不審な生命保険を掛けられていた事が判ったと言う。元探偵だった成瀬に,事の真相を調査して欲しいとの依頼だった。一方成瀬は,地下鉄の駅で飛び込み自殺をしようとした麻宮さくらと言う女性を助けた事から,彼女と付き合うようになった。

 ずいぶん変わったタイトルだなあと思ったのですが,最後の1ページを読んで,とても綺麗なタイトルだと感じました。内容の方も最初と最後ではかなり印象が変わると思います。大胆なトリックが使われていると言う話は聞いていましたし,本のオビにもそれらしい事が書いてあったので,最初から注意して読んでいたのですが,こう言う事だったんですか。最初の1ページ目から完全に騙されていたんですね。お見事です。話はフリーターの成瀬が悪徳商法の会社を調べる部分,かつて成瀬が探偵としてヤクザ組織に入り込む話,そして悪徳商法の手先とならざるを得なかった女性,で進んでいくのですが,ちょっと軽めのハードボイルド風。老人を狙った悪徳商法に関する記述も詳しく,社会派風で読み応えがあります。もしこのメインのトリックを使わなかったとしても,充分に面白い話に仕上がったのではないでしょうか。最後に「補遺」なるものが載っておりますが,そこは必ず最後に読んでください。

 

「白い兎が逃げる」 有栖川 有栖  2003.12.18 (2003.11.25 光文社)

☆☆

@ 「不在の証明」 ... 双子の弟が殺された。容疑者の兄にはアリバイがあったが,現場で逃走中の引ったくり犯に目撃されていた。
A 「地下室の処刑」 ... テロリストに捕まった刑事の目の前で行われた処刑。しかし銃殺の前に服毒死してしまった。
B 「比類のない神々しいような瞬間」 ... 殺された女性評論家が残したダイイング.メッセージの意味が判らない。
C 「白い兎が逃げる」 ... 劇団の看板女優に付きまとっていたストーカー。彼は遺体となって発見された。

 火村とアリスのシリーズなんですが,これっていつもは講談社から出ていましたが,今回は光文社。作家と出版社の関係は良く判らないんですが,こう言うこともあるんですね。3つの短編と1つの中編の組み合わせになっていて,アリバイ崩し,動機探し,ダイイング.メッセージ,時刻表トリック,といろいろ揃っています。どの話も犯人は容易に想像つくのですが,なかなか動機が見えてきません。なのでその動機に対して一番納得がいく,「比類のない神々しいような瞬間」が良かった。中編の表題作はその点がちょっと強引な感じがしたのと,大阪の鉄道路線が判らなかったのでイマイチ。後書きによると,「地下室の処刑」に出て来たテロリストって,「暗い宿」に出て来た連中だったんですね。それはそうと,学生アリスの新作が出るとの噂を聞きましたが,本当なんでしょうか。

 

「月の見える窓」 新野 剛志  2003.12.22 (2003.11.20 双葉社)

☆☆☆

 キャパクラのホステスのスカウトマンをしている多田晶彦に,同僚で義弟の健二から連絡が入った。ホステスの麻衣が子供を置きっぱなしにして,行方が判らないと言う。家出か事件に巻き込まれたのか判らなかったが,麻衣の息子の雄大のために,晶彦と健二は麻衣の行方を探した。麻衣から電話を貰ったと言う客の江端から話を聞こうとすると,彼の様子がおかしい事に気が付いた。なんと彼の息子は誘拐されていた。

 誘拐と言うと営利誘拐が描かれる事が多いと思うのですが,ここでの誘拐はかなり変わっています。自分の妻の死から,世の中の無関心と言う風潮を変えようとした白石老人。人工透析の必要な子供を隠し,居場所の手掛かりを都内各所にばら撒き,そのヒントを探す様に一般に呼び掛ける。中々意表を突いていて面白いのですが,そこに至るまでがあまりにも冗長なんです。それに雄大や江端の息子と言った子供に執着する晶彦の気持ちが伝わってこない。そりゃあ奈緒との事を含めた子供時代の経験から,こう言う行動に突っ走るのは判るんですが,普通そこまでしないよな。それはそうと110番に電話掛けた事ってありますか。私は1回だけあります。車を運転中に,目の前でバイクと車の接触事故を目撃した時だったんですが,110番に電話するって結構勇気いるもんだと思います。作中で健二が乱気流に巻き込まれた飛行機の話をしますが,これって納得しました。

 

「送り火」 重松 清  2003.12.25 (2003.11.15 文藝春秋社)

☆☆☆☆

@ 「フジミ荘奇譚」 ... リストラに遭って職も金も家族も無い男が移ってきたオンボロアパート。そこには5人の老婆が住んでいた。
A 「ハードラック・ウーマン」 ... 街の噂を拾っていたフリーライターが見つけた老婆は,駅のお地蔵さんの様だった。
B 「かげぜん」 ... 幼くして死んだ息子宛てにランドセルのダイレクトメールが届く。息子は業者の名簿の中だけで生き続けている。
C 「漂流記」 ... 郊外のアパートに引越してきた若いお母さん。息子の為に公園デビューを果たそうとするのだが。
D 「よーそろ」 ... 駅での自殺者を未然に防ぐ駅員。彼は自殺しようとした者に,ある人のホームページを紹介した。
E 「シド・ヴィシャスから遠く離れて」 ... かつて過激なパンクロックのライターも,今や子供を保育園に送り届けるお父さん。
F 「送り火」 ... 遊園地が廃園になり,ひっそり静かになった住宅に一人で暮らす母。娘夫婦は一緒に暮らそうと勧めるのだが。
G 「家路」 ... 妻との呼吸が合わなくなり一人暮らしをはじめた男。駅のホームのベンチに座る一人の男を見つけた。
H 「もういくつ寝ると」 ... 結婚してからずっと富士見線沿線で暮らしてきた両親。買ったお墓は富士見線の終点の駅だった。

 「別冊文藝春秋」に,「私鉄沿線」として連載されていた9編からなる短編集。富士見線と言う私鉄の沿線で暮らす人達を描いています。そんな私鉄は実際には無いので,新宿に通じている事から,京王線がモデルでしょうか。そう言えば昨年3月,小田急線沿線にあった向ヶ丘遊園地が廃園になりました。私は7年近く登戸に住んでいたので,歩いていけるこの遊園地に,子供を連れて何度か行った事があります。一番のお勧め作は表題作の「送り火」ですが,ここに廃園になった遊園地の話が出てきます。自分の喘息の為に,父が無理をして買った郊外の住宅。そしてその無理が祟って死んでしまった父。残された母や娘の気持ちが本当に良く伝わってきてジーンとしてしまいます。そう言えば私も写真を撮る時は,写す方が専門で,私が写っている写真って少ない気がします。「かげぜん」「もういくつ寝ると」と並んで,いかにも重松さんらしい短編です。他の作品も登場人物の喜びや悲しみが綺麗に描かれていていいのですが,ホラーっぽい作品はイマイチ。

 

「虚貌」 雫井 脩介  2003.12.26 (2001.09.20 幻冬舎)

☆☆☆

 運送会社をクビになった怨みから,社長一家を襲撃した4人。社長夫妻は殺され,長女は半身不随,長男は大火傷を負う。4人はすぐに捕まったが,誘われて手伝っただけの荒は,主犯格とされ最も長い刑に服する。事件から20年が経ち,荒は刑期を終えて出所する。その後,犯行仲間の坂井田が殺され,そして時田も殺された。20年前の事件を扱った滝中刑事は,末期癌に侵されながらも,荒の行方を追った。

 サスペンスとしてはいいと思うのですが,ミステリーとして読むとどうでしょうか。そもそもこの様なタイトルにした事で,作者自身このトリックをそれほど重視していないのかも知れません。犯人の襲撃からは逃れたものの顔に大火傷を負った少年,顔の痣から精神科医に通う刑事,自分の顔に自信が持てなくなったアイドルタレント。顔と言うキーワードを,一つの中心として話は進んで行きます。とても工夫されたストーリーだし,後半の緊迫感もかなり高く,面白い作品だとは思うのですが,読んでいてかなり重たい感じがしてしまいました。それは登場人物それぞれの内面や背景を,必要以上に描き過ぎているからでしょうか。特に滝中刑事に関しては,癌との闘い,若い刑事との確執,同僚の死,娘の問題と,あまりにも多くの事を背負わせていますよね。もっとサスペンスに徹した方が良かった様に思えました。

 

「ラッシュライフ」 伊坂 幸太郎  2003.12.27 (2002.07.30 新潮社)

☆☆☆☆

 強引な手法で大手の画商にのし上がった戸田は,若手女性画家の志奈子を連れて,新幹線で仙台に向かっていた。独自の美学を持つ空き巣の黒澤は,自宅のマンションを出た時に,隣の部屋に住む若い男と顔を合わせた。父親の自殺から新興宗教にのめり込んだ河原崎は,幹部の塚本から声を掛けられた。カウンセラーの京子は浮気相手の青山と,お互いの夫と妻を殺害する計画をたてていた。会社のリストラに遭った豊田は,40社目の会社も不採用となり肩を落としていた。

 いくつもの別な話が進んでいき,それが一つの大きな話にまとまっていく,と言うのはよくあります。でもここでは上で紹介した五つの話が微妙に絡み合って,全く別の五つの話のまま進んで行きます。同じ時期の同じ場所が舞台なんで,それぞれの主人公が出会ったりすれ違ったりします。そして街をうろつく野良犬,アンケートをとる外人女性,特別な日に登る展望台と言った共通のアイテムもそれぞれの話に登場してきます。そして幾つものエピソードが,まるでジグゾーパスルのピースが一つの絵を作るように,ピタピタッと当てはまって行く様は見事としか言い様がありません。題名になっている“ラッシュ”とは,Lash:むち打つこと,Lush:豊富な,Rash:無分別な,Rush:突進する,などを掛け合わせているんですね。とにかく“伏線の宝庫”と言った感じで,後半は「あっ,これがあれかあ。」なんて頷きながらニンマリする場面のオンパレードでした。最後のオチがちょっと弱い気がするのが残念。でもこの作者,タダモノじゃないですね。著者近影は一瞬,東野圭吾さんに見えました。

 

「家守」 歌野 晶午  2003.12.30 (2003.11.25 光文社)

☆☆

@ 「人形師の家」 ... 久し振りに帰ってきた故郷。子供の頃に行方不明になった友人と,父を殺した母の秘密。
A 「家守」 ... 夫が家に帰ってきたら,家は完全に戸締りがされていた。そしてベッドの上で妻が窒息死していた。
B 「埴生の宿」 ... 惚けた父親のために死んだ息子の代わりを頼まれたフリーター。父親の前で死ぬ演技をする事になっていた。
C 「鄙」 ... 山に囲まれた辺鄙な村に東京からやってきた兄弟。久し振りに村に帰ってきた一人の男と知り合った。
D 「転居先不明」 ... 九州から東京に出てきて安い家を買った夫婦。妻は周りからの目が気になると言う。

 家をモチーフにした五つの短編。家と言っても綾辻さんの館シリーズの様に建物自体に仕掛けられた大きなトリックとかではなくて,家に対しての執着と言うか妄執によって引き起こされる悲劇が話の中心です。前作の「葉桜の季節に君を想うということ」があまりにも見事なトリックだったので,この最新作に期待していたんですが,ちょっと期待はずれ。それはどの話にも,「それは無いだろう!。」って言う部分が目に付いてしまうからなんです。ネタバレになりそうなんで順番を変えますが,五つの話を読んだ後での五つの率直な感想は次の通りです。そんな事で人は殺せないだろう,そこまでして家を守るのか,家の中の死体に何年も気が付かないのは何故,そこまでするか,そんな馬鹿な。読めばどの感想がどの作品のものかは判ると思います。そう言えば前作の「葉桜〜」はこのミス2004で1位になったんですね。おめでとうございます。