読書の記録(2002年 1月)

「司法戦争」 中嶋 博行  2002.01.02 (1998.07.15 講談社)

☆☆☆

 検察庁から判検交流で最高裁に出向している真樹加奈子は,検察庁の元上司の西尾から呼び出しを受けた。最高裁判事の一人が沖縄で殺されたと言う。この殺人事件には最高裁内部の抗争が絡んでいると見た西尾は,加奈子に内部の様子を探るように命じた。スパイの指示に厭々ながら取り組む加奈子だったが,事件の裏にはアメリカの弁護士の日本進出と,日米の著作権訴訟がある様に思われた。そんな中,彼女が接触した司法関係者に二人目の被害者が出てしまった。

 デビュー作の「検察捜査」では女性検察官の岩崎紀美子,2作目の「違法弁護」では女性弁護士の水島由里子,そして本作の主人公は真樹加奈子なのだが,3人とも同じ女性に見えてしまいます。名前の雰囲気が似たような感じなのはいいとして,魅力が感じられないんですよね。美人なんでしょうし,当然頭もいいんでしょうけど,サスペンス溢れる展開の割には,主人公への感情移入度は低いですね。事件本来以外の部分の描写が無いからでしょうか。恋人とか,別れた夫との間の子供でも居た方がいいんじゃないでしょうか。それはそうとストーリーの方は,かなりスケールの大きな話です(と思っていました)。日米の司法戦争をバックに,裁判所,検察庁,法務省,内閣調査室,警察らの思惑に振り回される主人公。日米の司法のあり方とそれぞれの問題点,普段窺い知れぬ彼らエリート達の関係。そして真相に迫る主人公,彼女を狙う殺し屋,彼女を守る二人の警察官。スリリングな展開なのですが,結末は何となく尻すぼみ。日本における裁判の長期化と言う問題点,陪審制度のあり方など興味深いテーマだっただけに,ちょっと残念です。

 

「銀行検査部25時」 高任 和夫  2002.01.04 (1990.09.14 講談社)

☆☆

 銀行の検査部に勤める千坂主任検査役は,同期入社で管理部長をしている児玉から,日本橋支店が抱えるトラブルについて知らされた。それは繊維問屋に対する貸付金の焦付きで,日本橋支店の支店長は,同じく同期の内海だった。千坂にとって内海は飲みに行ったり,彼の別荘に遊びにいったりする仲だった。千坂は繊維問屋と内海の関係に疑いを持ち,彼を信じつつも調査を開始した。

 妻を病気で失い受験を控えた一人息子との二人暮らしをする千坂。そんな中,父親が胃癌で手術を受ける事を知らされる。千坂自身は銀行での出世の道を諦めて,自ら人気の無い検査部勤務を申し出る。そんな中で起こった同期入社の友人に対する疑惑。何かいろんな事を書き過ぎて,みんな中途半端になっている感じがしました。中心となるべき内海の疑惑に関しても,また内海や千坂の生き方にしても,圭子との関係にしても,そして家族のあり方に関しても。それに登場人物がみんなアクの強い人ばかりで,主人公が一番目立たないのもどうでしょうか。

 

「検事霞夕子 夜更けの祝電」 夏樹 静子  2002.01.07 (2000.09.20 新潮社)

☆☆☆

@ 「橋の下の凶器」 ... 再婚して自分を家から追い出そうとしている義理の父親を,計画的に殺害した女性。
A 「早朝の手紙」 ... 朝出掛ける時に気が付いた郵便受けの手紙。友人から自殺をほのめかす内容が書かれていた。
B 「知らなかった」 ... 殺した妻を車の後部座席に乗せて道に出たとたん,右から走ってきたワゴン車が車に追突した。
C 「夜更けの祝電」 ... 殺された女は犯人を示すメモを残していた。それによると昨晩知り合いが訪ねてきた事になる。

 いわゆる倒叙物の連作短編集です。最初に犯行の場面が描写されますので,読者は犯人が誰か,動機は何か,犯行方法はいかなるものかと言う事が判っています。そして探偵役である霞夕子がいかに犯人に行き着くかと言う趣向です。この形式では「刑事コロンボ」が有名ですが,犯人はどこかでミスをします。ですからこのミスに読者が気付くかどうかが鍵になる訳です。ですけど短編だとちょっとミエミエな感じになってしまうのが難点でしょうか。4作とも犯人に同情してしまう感じの話なので,それを暴いてしまう霞夕子が少々憎たらしい感じがしてしまうのは如何なものでしょう。私は見ておりませんが,この作品はテレビでドラマ化されたそうですが,霞夕子の役は鷲尾いさ子さんが演じていたそうです。年齢も全く違うし,ちょっとイメージ違い過ぎないかなあ。

 

「江戸の検屍官 闇女」 川田 弥一郎  2002.01.09 (2000.11.15 講談社)

☆☆☆☆

 旅籠で男が死んだので,検屍をしてくれとの依頼が彦太郎の元に来た。一緒に居た女が捕らえられたが,自分は殺していないと言う。その女はおいねと名乗り,江戸に出てきて行方不明になっている姉を探しに江戸に出てきたが,一緒に来た商人がいきなり襲ってきたと思ったら死んでしまったと言う。検屍の結果,おいねの無罪は証明され,姉探しも兼ねて彦太郎の家に住む事になった。そんな時,長屋で一人の女が包丁で喉を切って死ぬ事件が起こった。自殺なのか他殺なのか判らない。調べを進めるうちに更に次の事件が起こる。

 「江戸の検屍官」の続編です。登場人物は前作と同じで,北町奉行所の同心である北沢彦太郎,医者の古谷玄海,絵師のお月が,江戸時代を舞台に死体の鑑定に活躍します。前作は連作短編集でしたが,今回は長編です。物語の方は姉を探すおいねの登場に始まって,謎の殺人事件が起こって,その二つが関連していくと言う感じで進んで行きます。前作では江戸時代の検屍方法がクローズアップされましたが,今回はそれをバックにミステリー色の強い作品になっています。前作との事件自体の関連はほとんど無いのですが,登場人物も同じですし,前作をまず読んだ方がいいでしょうね。さて検屍の場面では,体の隅々まで様々な方法で調べたり,死体の口に入れた握り飯をニワトリに食べさせたりして,死因を探ります。ある意味では死体が主人公の部分もある訳ですから,ちょっと気持ち悪い場面も出てきます。また登場人物の性格もはっきりしていて読み易いのもいいですね。

 

「暗い宿」 有栖川 有栖  2002.01.11 (2001.07.30 角川書店)

☆☆☆

@ 「暗い宿」 ... 廃線の跡を見に出掛けた途中に泊まった古い宿。夜中に下から穴を掘る音が聞こえてきた。
A 「ホテル.ラフレシア」 ... 石垣島の豪華ホテルで行われたミステリー.ツアーに参加した有栖。リピーターの夫婦と知り合った。
B 「異形の客」 ... 宿屋に訪れた客は異様な格好だった。サングラスにマスク,そして顔には包帯が巻かれていた。
C 「201号室の災厄」 ... 東京の高級ホテルに泊まった時,そのホテルには有名ロック歌手も泊まっていた。

 私は学生時代に山登りをしていたので,割とどんな所でも平気で寝てました。山の中ではテントが多かったのですが,行き帰りには電車の中は勿論,駅のベンチや神社の境内,果てはお墓の中での野宿なんてのも経験あります。ですから今でも泊まる宿には頓着しません。家族は迷惑しているかも知れませんが。さてこの作品では泊まる場所が題材になっています。取り壊し直前の民宿,南洋のリゾートホテル,和風の温泉宿,高級シティホテル。そこで事件が起こって,ミステリー作家の有栖川有栖と臨床犯罪学者の火村英生が巻き込まれていきます。あまり有栖川さんの作品は読んでいないのですが,この二人は色々な作品に登場しているようです。当然ですが探偵役の火村はかなり頭の切れる人物なのですが,御手洗さん(島田荘司)みたいに切れ過ぎるのはどうも好きじゃないんですよね。まあ,これくらいだったらいいか。「ホテル.カリフォルニア」の話がでてきますが,私もこの曲大好きでした。でも外国の歌って,あまり歌詞の内容を知らないんですよね。

 

「『黒い箱』の館」 本岡 類  2002.01.15 (1999.04.25 光文社)

☆☆☆

 水無瀬翔は知り合いである盤師の品田重吉から,熊野の山の中の旧家に誘われた。10年近く前に切って乾燥させてある榧(かや)の木で,将棋盤を作るのだと言う。幸い対局の無い期間だった事もあって,二人は吉野へ向かった。しかし彼らを出迎えた里美家は,遺産相続のゴタゴタの真っ最中。当主が亡くなり妻も先の短い命。林業の跡を継ぐ気の無い,仁太郎,洋二郎,恭三郎,の三人息子が集まっていた。そんな中,長男でレストランを経営する仁太郎が,首を吊って自殺した。

 この作品は将棋のプロ棋士である水無瀬翔5段を探偵役とするシリーズもので,「萩の寺に消えた女」「不要の刻印」に続いて読みました。軽さの中にも味わい深いシリーズものだと思います。さて旧家と言う事で,横溝正史の世界を想像してしまう水無瀬5段同様,読者もその様な期待をしてしまいます。ですが旧家と言っても最近新築された家で,エレベーター付きのオーディオルームがあったり,迎えの車はハイブリッド.カーだったりします。ですが何と言ってもそこは旧家ですから,様々な人の思惑が複雑に絡んできます。そして登場人物達も一目で,いい奴,悪い奴,可哀想な奴,怪しい奴と様々です。そしてこのシチュエーションではならではの展開と結末と言ったところでしょうか。

 

「炎の影」 香納 諒一  2002.01.18 (2000.09.28 角川春樹事務所) お勧め

☆☆☆☆☆

 高崎の家を出て新宿の賭博場で用心棒をしている菅井公平の元に,父親が事故で亡くなったと言う知らせが届いた。自分の非行が原因となって警察を辞めた父親。酒に酔い線路で寝入っているところを,電車に撥ねられたと言う。葬儀の為に久し振りに高崎の家に帰った公平は,かつて父親の部下だった男と母親から,父の死の直前の様子を聞かされる。会社の慰安旅行に榛名湖に行った後から,様子が変わったと言う。その時泊まったホテルの社長は父親の知り合いだった。ホテルを訪ねた公平は,その社長が父にある事を頼んでいた事を知らされた。

 香納諒一さんの作品では「幻の女」が一番好きでした。でもこちらの方が上回っていますね。「幻の女」ではかつて付き合っていた女性,こちらでは自分の父親が亡くなる所から話は始まります。どんなに会いたくても,どんなに話をしたくても,そしてどんなに後悔しても,叶わない死による別れ。その切なさが全編を貫いています。自分の正義を守った事から,道を踏み外していってしまった公平。そして事実を知りつつも,息子と本当の意味で向き合えなかった父親。死をきっかけに父親の実像を知り,死の真相に迫る息子。そしてもう一組,大石と恵子と言う,哀しい過去を引きずる兄弟。親子や兄弟に係わる類型的な描き方や,主人公である公平の人物造詣に違和感は残ります。でも敵役を含めたまわりの登場人物もいいですし,500ページを超える長い作品にもかかわらず,緊張感の途切れる部分が全く無く一気に読めてしまいました。硬質な文章もいい雰囲気です。

 

「さつき断景」 重松 清  2002.01.19 (2000.11.10 祥伝社)

 1995年に起こった二つの出来事。それは阪神大震災と地下鉄サリン事件だった。高校1年のタカユキは,3泊4日のボランティアに神戸へ出掛けた。帰って来た日,今の高校生活に疑問を持ち始める。地下鉄サリン事件のあった日,たまたま1本早い地下鉄に乗った事から難を逃れたヤマグチさん。しばらくしてから,地下鉄に乗るのが怖くなった。長女が嫁ぐ日,アサダ氏は家族の団欒を感じつつも,なんとも複雑な気分になっていた。

 10代のタカユキ,30代のヤマグチさん,50代のアサダ氏の3人が主人公。1995年の5月1日から,2000年までの5年間の5月1日が描かれていきます。高校を辞めなかったタカユキには美奈子と言う彼女ができます。娘の成長を見守りながらも,訳の判らない事件の多さに怯えるヤマグチさん。妻を癌で亡くし長男の就職とともに,一人暮らしをする様になったアサダ氏。各年代が抱えるそれぞれの悩みがストレートに伝わってきます。何か特別な事件が起こる訳ではありません。どこの誰でもが経験する様な事ばかりなので,ちょっと退屈してしまいます。でも文章の上手さで最後まで読めてしまいました。もし重松さんの作品を読むのが初めての人がこの本読んだら,絶対に次回以降重松さんの本は手に取らないでしょうね。

 

「熾天使の夏」 笠井 潔  2002.01.21 (1997.07.07 講談社)

 学生運動に伴うリンチ事件の容疑者として逮捕されたカケルは,3年間の刑務所生活を終えてひっそりと暮らしていた。ある日自分が尾行されている事に気付き,相手を確かめると風視(かざみ)だった。彼女はかつての仲間であり,同棲もしていた相手だった。彼女が言うには,同じ仲間の憑二(ひょうじ)がカケルに会いたがっているらしい。そしてその三日後,憑二はカケルに爆弾闘争の継続を依頼してきた。

 先日,新宿の中央公園で爆発物が爆発すると言う事件が起こりました。どうしたって,藤原伊織さんの「テロリストのパラソル」を思い出してしまいますよね。かつての学生運動の仲間が起こした事件に巻き込まれる話でした。さてこちらも学生運動の話なんですが,最初のページを読んで嫌な予感がしました。うーん,どうみたって純文チックですよねえ。読み辛いったらありゃしない。仲間との再会に始まって,テロ活動,そして海外への逃亡が描かれるんですが,この手の小説は苦手です。後書きによると,このカケルと言う主人公は,その後の笠井さんの作品にも登場してくるようですが,笠井さんの作品は2作目なので良く判りません。

 

「田舎の事件」 倉阪 鬼一郎  2002.01.22 (1999.08.10 幻冬舎)

☆☆

@ 「村の奇想派」 ... 神童が村に帰ってきた。しかし彼は頭がおかしくなっていて,親は無理矢理結婚させようとした。
A 「無上庵崩壊」 ... その村に住みついた男が始めたのは蕎麦屋。つゆを使わず水で食べる蕎麦しか置いてなかった。
B 「恐怖の二重弁当」 ... その町にある二つの高校。勉強の方はともかく,野球の方の実力は拮抗していた。
C 「郷土作家」 ... 家業の煎餅屋の跡を継ぐのを嫌がって作家になった男の元に,地元での講演会の依頼が舞い込んだ。
D 「銀杏散る」 ... 村から初めて生まれた東大生。実は東大は東大でも,東京大学では無い東大だったのだが。
E 「亀旗山無敵」 ... その村の人は皆背が低く,一人の力士も誕生していなかった。しかし力士の銅像だけが建てられていた。
F 「頭のなかの鐘」 ... のど自慢最後の一人,唄は「長崎の鐘」。子供の頃から歌がうまく,鐘が鳴る自信はあった。
G 「涙の太陽」 ... 村会議員の若い男の演説。それは地球環境を守ろうと言うものだったが,誰も判って聴いていなかった。
H 「赤魔」 ... 完璧な校正者。その為に彼は「赤魔」と呼ばれ,「校正の神様」とされたいた。そんな彼が本を出した。
I 「源天狗退散」 ... コンビニエンス.ストアの経営に失敗した男。巷ではコンビニ連続通り魔殺人事件が発生していた。
J 「神洲天誅会」 ... 会長1名,会員1名の愛国団体。そんな小さな団体が,M副大統領暗殺未遂事件を起こした。
K 「文麗堂盛衰記」 ... 東京で古本と出合った男が田舎に帰って開業した古本屋。ある日,地元の女子高生が訪れた。
L 「梅の小枝が」 ... 梅の季節が始まっていた。その俳人は,締め切りを前に,それなりの作品作りに追われていた。

 田舎で起こるささやかな事件。事件と言うほどの事は無いんですが,そこは田舎の事なので,住民達の恰好の話題になるような出来事ばかりです。だけどどの話も皆,間が抜けていますよねえ。そんな話が面白おかしく描かれて行きます。みんな地域の事やそこに住んでいる人の事がお互い判っていますから,つまらない見栄を張ったり嘘をついてしまったりしてしまいます。また村をあげて舞い上がってしまったりもします。回りから見ていれば滑稽でしかないのですが,こう言うのって本人達にとっては深刻な問題なのでしょう。だけど田舎なんてどんどん無くなってしまうんでしょうね。交通や通信の発達によって地域性は失われ,人同士の繋がりも希薄になっていきます。そうなると,こう言った話と言うのは存在し得なくなってしまうんでしょうか。ちょっとノスタルジックな気分になってしまいます。

 

「白愁のとき」 夏樹 静子  2002.01.23 (1992.10.30 角川書店)

☆☆

 恵門潤一郎は40歳を期に独立し,造園設計を業務とする「恵門ランドスケープ.デザイン事務所」を設立した。会社は順調に成長し,数多くの仕事を抱える毎日だった。50歳を過ぎた恵門は,最近物忘れが目立つ事に気が付いた。仕事の疲れから寝不足になっているせいかと思われた。高校時代の同級生で,大学病院で医師をしている八木に相談を持ち掛けると,いくつかの検査をさせられた結果,アルツハイマー病の疑いがあると診断された。

 自分も最近物忘れが多い様な気がします。顔は良く知っているのに名前が出て来なかったり,仕事や趣味の上で当然覚えているはずの言葉がすぐに出て来なかったり。アルツハイマーなんて罹ったとしてもずっと先の事だと思っていたのですが,そうではないんでしょうか。51歳の主人公は,ちょっと前に交わした約束を忘れてしまったり,仕事上の専門用語が出て来なかったりした事から,自分の異常に気が付きます。「癌で余命1年と診断されるのと,正常な記憶や判断が出来るのは後1年と言われるのと,どちらが苦痛だろうか。」と主人公が思う場面が出てきます。実際こんな宣告をされたら,落ち込むでしょうね。この作品はそんな主人公の内面描写が中心となるものなのですが,それにしては主人公の心の動きが伝わってきませんでした。自殺の件を息子に話したり,病院で知り合った女性にのめり込んで行くのも,何でこうなっちゃうのかが見えてきませんでした。

 

「人格転移の殺人」 西澤 保彦  2002.01.24 (1996.07.05 講談社)

☆☆

かつて軍の施設だった場所に作られたショッピングモールのハンバーガーショップには,不思議な物体が置かれていた。店主が言うには,それは核シェルターとの事だった。ある日その店に5人の客が集まった時に突然襲ってきた,強大な地震。彼らは避難のため,その核シェルターに入ってしまった。しかしそれは,人格の転移が行われてしまう不思議な部屋だった。

 「ナイフが町に降ってくる」の時も感じたんですが,超常現象を前提にすると言うのはどうなんでしょうか。別にここでSFとかミステリーとはどうあるべき何て言うつもりはありません。ただ人格転移が起こってしまう部屋が存在していて,それは宇宙人か何かが造ったんだろうではねえ。その前提条件さえ受け入れてしまえば,面白い謎解き物語になるんでしょう。ただ私は謎解きを楽しみながら読む方ではないので,ちょっと辛かったですね。例えば井上夢人さんの「ダレカガナカニイル...」や,北村薫さんの「スキップ」でも解明されない超常現象が起こります。他人の人格が自分の意識の中に入ってきてしまったり,25年後の自分にいきなりなってしまったりします。そしてそれらは理論的な説明の無いまま話は終わります。でもそんな状況に置かれてしまった主人公を描ききる事によって,物語に引き付けられてしまいます。やはり西澤さん作品は,ちょっとパス。

 

「作家小説」 有栖川 有栖  2002.01.28 (2001.09.10 幻冬舎)

☆☆

@ 「書く機械」 ... その出版社の地下には特別な部屋があった。有望と見込まれた作家はそこで執筆活動を送る事になった。
A 「殺しにくるもの」 ... 女子高生が作家に宛てたファンレターを送った。その裏で連続殺人事件が発生していた。
B 「締切二日前」 ... 50枚の短編を書かなくてはいけないのに,何のアイデアも出てこない。作家は母親に相談するのだが。
C 「奇骨先生」 ... 高校の文芸サークルの二人が,地元出身の作家を訪ねてインタビュー。少年は作家になりたいと言った。
D 「サイン会の憂鬱」 ... 郷里の本屋で開かれたサイン会。その作家はサイン会に出るのが憂鬱でしょうがなかった。
E 「作家漫才」 ... 小説だけでは食べて行けない二人の作家。芥川と直木という名で漫才コンビを結成した。
F 「書かないでくれます?」 ... 高校時代同級生だった作家と編集者が乗り合わせたタクシーの中で聞いた話。
G 「夢物語」 ... そこは夢の中の世界なのだろうか,その世界に紛れ込んだ小説家。ここには小説と言う概念が無かった。

 作家が作家を主人公とした小説を書く事って多いですね。やはり書き易いんでしょうか,それとも自虐的な気持ちからなのでしょうか。この作品は作家を主人公にした短編集ですが,後者の様な感じですね。作家と言う職業は特殊な才能が要求されると思いますが,中でもミステリー作家の場合,良くいろんなアイデアが出てくるものだと感心してしまいます。でもその裏には当然様々な苦労があるんでしょう。普通の人だったら日頃何気なく見過ごしてしまう言葉や事柄でも,何かのきっかけになるんじゃないか,トリックに使えるんじゃないか,とメモする場面が出てきます。そして過去のメモやらノートを広げて苦悶する場面も出てきます。だけど作者が何ヶ月も何年も苦労して書き上げた作品でも,読む方からすると二三日で読み終えてしまいますから,何か申し訳無いような気がしてしまいました。不気味に展開する「殺しにくるもの」と,ユーモラスな展開が一気におどろおどろしい結末を向える「サイン会の憂鬱」がお勧め。後書きによると,順番に読んで最後に「夢物語」を読んで下さいとの事でしたが,イマイチ意図が判りませんでした。

 

「死ぬまでの僅かな時間」 井沢 元彦  2002.01.29 (1998.07.25 双葉社)

 大企業の御曹司である甚目寺涼太は,知り合いである中丸の婚約者の香織を部屋に監禁したうえ,中丸もろとも殺害してしまう。そして更に自分の会社に面接にきた由美子を誘拐,殺害する。一方ゲームクリエーターの宝城哲は,店で知り合った朋子に資金援助をして,大学に通わせている。しかしその裏で宝城は,人気女子アナウンサーの陽子を自宅の秘密の部屋に監禁していた。

 先日新潟県で起こった,9年以上に渡る女性誘拐監禁事件の犯人に,懲役14年の判決が言い渡されました。宮崎某による幼女連続誘拐殺人事件にしても,女子高生のコンクリート詰め殺人事件にしても,大変衝撃的な事件でした。こんな事件が実際に起こっている訳ですから,この作品に書かれている様な事件がどこかで起こったとしても不思議は無いのかも知れません。それにしても犯人の犯行には嫌悪感しか持てません。そもそも犯行の動機が納得できないし,普通そんな事考えるか。まあ父親の存在で,彼の異常性を示してはいるのですが。それだけならまだしも,ミステリーとしてもサスペンスとしても中途半端だし,結末といい安っぽい漫画を見せられている気がしてしまいました。でも犯罪を実行中の男が探偵役って言うのは,ある意味では面白いのかも知れません。