「水の迷宮」 石持 浅海 2006.03.01 (2004.10.25 光文社) |
☆☆☆ |
羽田国際環境水族館の館長に宛てに置かれていた一本の携帯電話。その電話に届けられたメールは,一つの水槽の汚染を示していた。その通りにアルコールが混入されていた水槽。幸いな事に大した被害は無かったが,続いて届けられたメールは明らかな脅迫状だった。折りしもこの日は,3年前に水族館内で過労死した男の命日だった。 水族館の水槽に異物を混入するなどの脅迫に関しては,簡単に防げるものなのではないでしょうか。そもそも衆人環視の中,誰にも気付かれないように水槽に仕掛けをするのは不可能に思えます。それにしては水族館の職員達は及び腰ですよね。それ以前に警察に通報するでしょう,効果があるかどうかは別にして。ただ謎に対する深澤の,あくまでも論理的な推理はいいと思います。あまり論理的な謎解きに興味が薄い私にしては,物語自体に無理を感じてしまいます。まあ百万円と言う金額にしても,館長の取った対応にしても,最終的には納得ができます。しかし読んでいる間は違和感を感じてしまいました。それと全てが判った後の対応にしても,これは如何なものでしょうか。それにしても水族館って夢があっていい所ですね。最近は行ったこと無いですが,ちょっと行って見たくなりました。特に片山が計画していた様な水族館があったら素敵ですね。
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「特別室の夜」 伊野上 裕伸 2006.03.03 (2004.03.15 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
大学病院で看護師をしていた深沢理恵は,病院からの依頼で湘南老荘病院に移る事になった。この病院は特別室を持った,日本有数の老人専用の病院だった。特別室で療養する患者は,暴力団の組長,資産家,著名な大学教授,俳優の妻など気を使う相手ばかりだった。それでも理恵は患者からの受けは良かった。そんな中,子供の頃に失踪していた父親が見つかった。彼は交通事故の後遺症で記憶を失っており,看病の事を考えて自分の勤める病院に移した。 伊野上さんは保険や医療に関する問題を扱った作品が多いのですが,今回は老人医療に関わる話です。ミステリーとして読むと,何が謎なのか良く判らんとか,結末にヒネリが無さ過ぎと言った感じがしてしまいます。長年行方が判らなかった父親の過去がキーとなっているのですが,焦点がぼやけてしまっています。殺されたヤクザの組長とか,破産した資産家とか,自殺した作詞家とか,印象的ではあるのですが,彼らの死は結末と直接関係ありません。ですから病院内で起こるその他の不思議な死について,謎と言う認識ができないし,対立の構図も明確になりません。それでは老人医療とか終末医療に関する話として捉えると,これはこれで中途半端。結城五郎さんの「樹の海」の様な迫力もありません。でもこの様な事が現実に行われているかもしれない,と言う怖さはあります。まあそれが一概に“悪”かと言うと,そうも思えない部分はあります。
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「ニッポンの単身赴任」 重松 清 2006.03.03 (2005.10.15 講談社) |
☆☆ |
様々な理由や条件で単身赴任をしている20人の男性の実態のルポルタージュです。赴任先は愛知,東京,仙台,札幌,稚内,青ヶ島から上海,そして南極までと様々です。まず表紙を飾るイラストが印象的です。右手に通勤鞄を抱え,左手には長ネギの先が除くスーパーのレジ袋を持った男性が,「さびしくなんか,ないやい!」と強がっている絵です。哀愁が感じられますが,一般に単身赴任のイメージってこういうものなのかも知れません。でも本作を読んでいると結構皆さん単身赴任を楽しんでいる様子が窺えます。 重松さんは子供の頃,お父さんの転勤で何度も引越しをしたそうです。私は子供の頃,父親の転勤で引っ越した経験はありません。また私自身も地方転勤や単身赴任の経験はありません。だからかもしれませんが,単身赴任を味わっている彼らに,ちょっと羨ましい気がしてしまいました。こんな事を言うと彼らからは怒られそうですね。経済的にも肉体的にも大変でしょうし,子供や妻や両親との関係など様々な苦労もあるでしょう。でも何処にいたって,どんな形態の家族であっても何らかの苦労はあるでしょう。だったら今の環境の中で前向きに生きている方がいいですよね。また単身赴任の男性だけにスポットを当てるのではなく,残された家族にも目を向けているのいい。
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「H殺人事件」 清水 義範 2006.03.04 (1985.09.15 光文社) |
☆☆ |
不破太平は自分が住んでいるアパートの2階の部屋で,女性の絞殺死体を発見してしまった。女子大生だとばかり思っていた彼女は,意外にも個室マッサージ嬢であり,かなりの人気だった事を知った。太平はアルバイト先のテレビ局から,彼女に関する取材を命ぜられた。何とか彼女を殺した犯人を探るべく,親友の朱雀秀介と共に調査を開始した。 以前このシリーズ作の「CM殺人事件」を読みましたが,こちらがシリーズ1作目なんですね。さて楽天家の不破と厭世家の朱雀による,コミカルタッチの推理小説。今回は不破の部屋の上階に住む女性が殺されて,連続殺人事件に繋がっていきます。途中二人の会話で,「これは推理小説ではなくて現実なんだ。」と言った会話がなされますが,「オイオイ,現実じゃなくて推理小説じゃないか!」なんてツッコミを入れたくなってしまいます。まあこれに代表される様に,不破と朱雀らによる軽妙なセリフと,ライト感覚の推理が楽しめます。ちょっと最後は強引でしょうか。
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「亡命者 ザ・ジョーカー」 大沢 在昌 2006.03.06 (2005.10.25 講談社) |
☆☆☆ |
@ 「ジョーカーの鉄則」 ... 別れた妻を捜して欲しい。彼女は先日火災を起こしたホテルでペルシャ人と会っていたはずだった。 着手金100万円で,殺し以外の全てを引き受ける2代目ジョーカー。そんな彼を訪ねて,六本木裏通りのバーに客はやってくる。「ザ・ジョーカー」の続編です。さてこの手の話では,主人公が危機に陥るのはほとんど約束事でしょうが,ちょっとその部分が安易でしょうか。簡単に危機を迎え過ぎるし,依頼人に助けられたり。まあ過去を振り返る形での進行や,その中で彼の過去を描いている場面が多いので,あえてそんな未熟な所も表現しているのでしょうか。あまりスーパーマンの様に完璧に仕事をこなすよりは,読んでいて面白い気がします。ただ各国の諜報機関が出てくると,話がうそ臭くなる感じもします。
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「月の扉」 石持 浅海 2006.03.07 (2003.08.25 光文社) |
☆☆☆ |
国際会議を控えて厳戒態勢が敷かれた那覇空港で,那覇発羽田行きの航空機がハイジャックされた。3人の犯人は隠し持った武器で,3人の乳幼児を人質にとった。彼らの要求は,那覇警察署に留置されている,彼らにとっての師匠・石嶺孝志を空港の滑走路まで連れてくる事だった。そんな中,乗客の一人が機内のトイレの中で殺された。ハイジャック犯は自らの犯行を否定し,発見者の男に真相究明を依頼した。 登校拒否児童に対する矯正を目的としたキャンプの様子から,いきなり那覇空港でのハイジャック事件に飛びます。それもキャンプの先生達がハイジャック犯になっています。何故こんな事になったの,と言うのが最初の疑問。そして次なる疑問は,ハイジャックを受けている航空機内で起こった殺人事件。こちらに関しては,ハイジャック犯は遺体を発見した客を探偵役に指名します。当然ハイジャック事件と殺人事件はリンクしていきますが,肝心の何故ハイジャック事件を起こしたのかと言う謎が納得できない。頭のイカレタ人間ならともかく,普通はこんな理由でハイジャックしないでしょう。だいたい飛行機の中の雰囲気も緊迫感が無さ過ぎだし。まあ好みの問題なのでしょうね。
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「きみの友だち」 重松 清 2006.03.08 (2005.10.20 新潮社) |
☆☆☆☆ |
@ 「あいあい傘」 ... 小学生の恵美は通学途中の交通事故で足の自由を失った。それとともに友だちも失ってしまった。 大人の目から子供の世界を見ると,見えなくなってしまったものが一杯あるんでしょう。子供の世界だって大人のそれと違わないどころか,かなりいびつな世界なんでしょう。そんな子供の世界を生きる子供たちの姿が淡々と描かれていきます。自分の道を行く者,周りの反応ばかりを気にする者,はじく者,はじかれる者,強い者,弱い者,意地の悪い者,優しい者,いろいろな子供がいる。多くの大人たちは,自分の子供の頃の記憶を呼び戻す幾つかのエピソードを,本書の中に見つける事でしょう。どうすれば他の者から受け入れられるだろうか,どうすれば自分にとって都合がいいだろうか。そしてそんな事を考える必要が無い相手こそが,友だちなんでしょうか。足の不自由な恵美,小さい頃から病気を持ってしまった由香,そしてブンとモト。そんな彼らを優しく包み込むような二人称形式の語り。一体誰が?と思っていたのですが,最後がうまくまとまっています。
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「GOTH」 乙一 2006.03.10 (2002.07.01 角川書店) |
☆☆ |
@ 「暗黒系」 ... 森野が喫茶店で拾った手帳は殺人鬼の日記だった。未だ発見されていない被害者の記述があった。 バラバラ殺人,手首の切断,生埋めなどの猟奇的な殺人が描かれます。変わっているのは殺人者の視点のみで描いているのではなく,僕と森野夜という二人の高校生を通して描いている事でしょうか。この二人,とにかく変わっています。死体だとか猟奇的事件のマニアなんでしょうが,高校生らしさは全く無く,恋愛関係にある訳でもないし友達とも言えないし。まあ普通の人からしたら,あまり知合いになりたくないタイプですね。死体を発見すると言う特技に恵まれていると言う,僕の妹にもう少し登場して欲しかった気がします。あまり読んでいて気持ちのいい話ではないのですが,どの話もミステリー的な味付けがなされています。何かその部分の中途半端さが,重苦しい雰囲気を和らげている感じがしました。
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「氷菓」 米澤 穂信 2006.03.10 (2001.11.01 角川書店) |
☆☆ |
神山高校に入学した折木奉太郎は,海外旅行中の姉の命令により古典部に入部する事になった。姉の供恵はこの部のOGなのだが,ここ数年は入部者が無く,今年も部員がゼロだと廃部の危機にあった。だが今年は奉太郎以外にも,名家のお嬢様千反田えるも入部し,ついでに奉太郎の友人である福部里志と井原摩耶花も入部した。そんな中,えるの叔父が関わった33年前の出来事を調べる事になった。 メインの謎は,えるの叔父が33年前に学校で何をしたのかと言うことなのですが,あまりにも謎に魅力が無さ過ぎて退屈。その前に出てくる,教室の鍵の問題も,過去の文集も,図書室で借りられる本の謎にしても,それ程鮮やかな解決でもありません。青春小説として見ると,確かに4人は活き活きとしているのですが,省エネの奉太郎も,好奇心旺盛のえるも,あまりその様には感じられませんでした。一番強烈なキャラは奉太郎のお姉さんの折木供恵さんかも知れませんね。ところでえるの叔父さんが行方不明と言うのは一体何だったんでしょう。本人から直接聞けない状況を作りたかっただけなら,もう少し違う設定の方が自然でしょう。行方不明ならメインの謎に何らかの関連が無くてはいけないと思いました。
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「アイルランドの薔薇」 石持 浅海 2006.03.13 (2002.04.20 光文社) |
☆☆☆ |
北アイルランドの武装勢力であるNCFの副議長が,アイルランドのスライゴーの宿屋で殺された。北アイルランドの安定を目指した和平交渉への影響を心配するNCFメンバーによって,宿泊客らは宿屋に拘束された。政治的な理由で警察に通報できない中,その宿屋に宿泊していた日本人科学者のフジらによって犯人探しが始まった。 いわゆる「嵐の山荘」なのですが,その設定がうまいですね。確かに雪や台風で山荘に閉じ込められて,道路は通れなくなり,と言った設定はうんざりですもん。テロリストと宿泊客それぞれの事情で,自分達が事件を解決するしかないと言う状況。残ったNCFのメンバーは二人,宿泊客は6人,宿屋の人が二人,そしてその中にはNCFに雇われた一人の殺し屋がいるんですが,彼が犯人ではあり得ません。犯人は誰か,そして殺し屋は誰なのか,フジの推理が続く。アメリカからやってきた二人の女性,オーストラリアの経営者,アイルランドの会計士と言った宿泊客もどこか怪しげです。結末の意外性は見事です。でも外国人の名前がスンナリと頭に入ってこないので,ちょっと読みづらい。何度も先頭の登場人物表を見てしまいました。
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「ZOO」 乙一 2006.03.15 (2003.06.30 集英社) |
☆☆☆ |
@ 「カザリとヨーコ」 ... 双子の姉妹のカザリとヨーコ。母親は妹のカザリばかり可愛がって,ヨーコは母親から虐待されていた。 「GOTH」で初めて乙一さんの作品を読んだのですが,あまり好きになりそうな作家とは思えませんでした。ここでは10編からなる短編集で,「GOTH」ほどのグロさはありませんが,結構インパクトのある作品です。どの話も発想が面白くて,昔よく読んだ筒井康隆さんの短編集を思い浮かべたりもしました。でも表題作の「ZOO」や「SEVEN ROOMS」は読んでいて嫌悪感を感じてしまいました。またミステリーとしての部分はいいのですが,どうも「何故?」と思ってしまうところが目立ちます。何故,母は妹ばかり可愛がるのか,何故,もう少し優秀な医者を連れていないのか,何故ハイジャック犯を取り押さえようとすると空き缶が転がるのか。そう言った部分が引っかかってしまい,ちょっと納得がいきませんでした。 |
「愚者のエンドロール」 米澤 穂信 2006.03.15 (2002.08.01 角川書店) |
☆☆☆ |
2年F組が学園祭の為に製作したミステリーのビデオ映画。廃村を訪れた学生の一人が,密室の中で殺されていた。しかし脚本を担当した生徒が病気で倒れてしまったため,ビデオはここで終わってしまっていた。犯人も犯行方法も何も判らない中,2年F組で女帝と呼ばれている入須冬実は,この後の展開の推理を千反田えるを通じて,古典部のメンバーに依頼してきた。 「氷菓」と同じ学校の同じメンバーによるシリーズ作の2作目。今回は上級生からの依頼で,脚本の続きを推理すると言う変わった趣向。脚本を途中まで書いた人はあまりミステリーに詳しくなかった事,その為シャーロック・ホームズの作品を読んで勉強していた事。色々な事から奉太郎を中心に推理をしていきますが,2年F組の3人による推理が合わせて展開されます。またこれがいい加減で楽しませてくれます。特に3番目に登場してきた女の子の,あの一言は素晴らしい。まあそれは論外としても,奉太郎がまずだした結論が面白かった。叙述トリックって絶対に映像化できないと思っていたのですが,こう言う手があるんですね。女性のキャラクターが強烈なのに較べて,男性陣が大人しいのが気になります。
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「お腹召しませ」 浅田 次郎 2006.03.17 2006.02.10 中央公論社) |
☆☆☆ |
@ 「お腹召しませ」 ... 入り婿の不始末の責任を取って切腹の命令。妻にも娘にも,早く腹を切れと迫られる。 祖父から聞いた(祖父も彼の祖父から聞いたのでしょう)幕末の頃の話を元に,語られる形を取っておりますが,この祖父から話を聞く男と言うのは浅田さん本人なのでしょう。幕末から維新にかけての時代と言うのは,格好のいいドラマで描かれる事も多いのですが,この登場人物はそうでもありません。これは「五郎冶殿御始末」何かと通じるところがあります。そして単なる歴史上の物語としてではなくて,現代との関連を示唆しているのもいいです。江戸時代と言うのは戦の無かった時代ですから,武士にとっては難しい時代だったのでしょう。様々な風習や家柄や武士としての生き方等に捉われ,窮屈な想いをしていた面もあるんでしょう。表題作を読んでいて,加川良さんの「教訓T」を思い出してしまいました。「♪命は一つ人生は一回,だから命を捨てないようにね。あわてるとついフラフラと,お国の為などと言われるとね。青くなって尻込みなさい,逃げなさい隠れなさい」。日本の高度成長期の影で唄われたフォークソングです。
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「LAST」 石田 衣良 2006.03.18 (2003.09.25 講談社) |
☆☆☆☆ |
@ 「ラストライド」 ... 借金で首がまわらなくなった町工場の社長。ある日聞いたことに無い街金融の人間に呼び出された。 暗い。ひたすら暗い。崖っぷちに追い込まれた7人それぞれのラストを描いているからしょうがないのですが,救いが無い話が多い。一番印象的だったのは「ラストコール」でしょうか。電話を介したどうって事の無い会話が続くと思われたら,いきなりとんでもない展開に驚かされました。それにしても7作あって,お金が原因となる不幸の話が5作。お金と幸福は関係無いとは言え,お金が無いと不幸になる可能性大なんでしょうか。どの話も追い詰められた人の心が,よく描けていると思います。それにしても登場人物達のその後が気になってしまう作品が多いですね。
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「最後の伝令」 筒井 康隆 2006.03.20 (1993.01.25 新潮社) |
☆☆☆ |
@ 「人喰人種」 ... 人食い人種の罠に捕まってしまった。その男は自分をお弁当として持っていくつもりらしかった。 14編の短編集なのですが,それぞれの設定が筒井さんらしくユニークで面白い。中にはちょっとどうかと思われる作品もありましたが,それぞれの作品で様々な“死”を巡る物語が描かれていく。死ぬまでの時間が目まぐるしく減っていく「近づいてくる時計」とか,死ねる回数がどんどん減っていく「九死虫」,そして死を直前に控えた混乱を描いた表題作の「最後の伝令」が特に印象的。“死”をテーマにしているのですが,暗くならないのがいいです。でもその分,“死”に対して様々な気持ちが刺激される感じがします。特に自分にとっての最後が目に見える形で示されるのは辛いでしょうね。
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「うつくしい子ども」 石田 衣良 2006.03.22 (1999.05.10 文藝春秋社) |
☆☆☆ |
僕が住む緑豊かなニュータウン「夢見山」で9歳の女の子が行方不明になった。そして山の中の小屋で彼女は遺体となって発見された。現場には犯行声明ともいえる「夜の王子」なるサインが残されていた。植物観察が好きな僕にとって,現場は何度も訪れていた場所だった。でもこの事件が自分にとって大きな意味を持つ事を知ったのは,事件の犯人として自分の弟が警察に補導された事だった。中学2年の僕は,弟が何故この様な犯罪を引き起こしてしまったのか,一人きりの調査を始めた。 当然この話の下敷きになっているのは,神戸で起こった殺人事件なんでしょう。残忍な犯行,奇異な犯行声明,そして犯人は中学生だったと言う事実に驚かされました。少年犯罪,そして犯人の家族に対する世間の目と言う重い話だと思いましたが,ちょっと違います。確かに犯人の兄となってしまった僕に対する周りの目は厳しく虐めにも遭います。でも犯行に至った弟の気持ちを少しでも理解しようと事件を調べる僕,そして僕に協力する友達。この3人が活き活きとして描かれますが,彼らが達した事件の背景はさらに暗いものになります。でも犯人である子供達の心情は全く理解できませんでした。少年犯罪を題材にした作品は多いのですが,こう言った点が上手く描けている作品って少ない気がします。それだけ我々大人には理解し辛いのかも知れません。
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「TSUNAMI(津波)」 高嶋 哲夫 2006.03.25 (2005.12.20 集英社) |
☆☆☆ |
大浜市役所の防災課職員の黒田慎介は,学会での発表を控えて地元の砂浜にいた。海岸には原発反対派の市民や,サーフィン大会に集まった若者で賑わっていた。黒田は大学での研究を離れて,独自の津波ハザードマップを作成していた。そんな中,政府は東海地震の注意報を発令した。発生した地震は規模も小さく被害もさほど出なかったが,これで東海地震は終わった訳ではなかった。 東京直下型地震を描いた「M8(エムエイト)」の続編です。瀬戸口は日本防災研究センターの研究部長になり,松浦は陸上自衛隊一等陸尉としてアメリカの連邦危機管理庁(FEMA)の研修を終えて空母で日本に向かう。そして松浦と結婚した亜紀子は議員秘書から防災担当副大臣になっています。ちなみに前回東京都知事だった漆原は副総理になっています。さて巨大地震とそれに伴う津波の凄まじさが実感できます。特に津波に関しては,スマトラ沖地震による被害の大きさを知っているだけに怖さが伝わってきます。「泥や刃物と一緒に洗濯機に入れられた様なもの」と言う表現が少しも大げさではありません。でもタンカーの事故を防いだ松浦や,原子力発電の危機を救った三戸崎の活躍もいいのですが,人間ドラマと言う面が薄すぎる感じがしました。それは自然災害の描写が勝りすぎているからかも知れません。この様な危機を描いた作品を読むといつも思うのですが,自然災害と言うのは半分以上が人災なんですね。耐震強度偽装の話も出てきましたが,怖い話です。
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「取込詐欺師−バッタ屋啓輔」 伊野上 裕伸 2005.03.27 (2000.09.25 中央公論社) |
☆☆☆ |
危ない橋を渡る事も多かったが,その甲斐あって資金も4億円に増えてきた。そろそろバッタ屋として本業で勝負しようと考える啓輔達のもとに,大物詐欺師の山根が商売を持ち掛けてきた。東北のある漁業組合を相手にした仕事であったが,因縁のある相手であった事から受ける事にした。次々と山根が繰り広げる詐欺の手口に驚かされるとともに,何とか騙し合いに勝とうと知恵を絞る啓輔達だった。 バッタ屋啓輔シリーズの8作目です。何かこのシリーズは作りが安易だなと思っていたのですが,本作はかなり楽しめました。詐欺師とバッタ屋の真剣勝負が繰り広げられるのですが,裏切り,騙し合いが見応えあります。それとともに漁業や農業の組合のいい加減さや,それに取り込む政治家達の嫌らしさも味わえます。相変わらず啓輔は甘っちょろくて危機に何度も陥りますが,中間達に助けられます。この仲間達もなかなか面白いキャラクターですね。
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「約束」 石田 衣良 2006.03.27 (2004.07.30 角川書店) |
☆☆☆☆ |
@ 「約束」 ... 本当に英雄だと思っていた友人が自分の目の前で殺された。彼は通り魔から自分を守ってくれたのに。 表題作の「約束」は池田小学校の事件をもとに書かれているんでしょう。神戸の酒鬼薔薇や新潟の少女監禁等もそうですが,実際の事件を思い起こさせる作品ってあまり好きになれません。どうしても遺族をはじめとする関係者が読んだらと思うと,あまりいい気持ちがしません。まあ興味本位で面白おかしく書いている訳ではないのでしょうが,気にし過ぎでしょうか。さて7編からなる短編集ですが,どの話も何らかの不幸な出来事からの再生を描いています。まあいい話だなあとも思えるのですが,そんなに甘いもんじゃないよなとも思えます。希望をこめた結末にしたかったのでしょう。でも「約束」や「天国のベル」の様なSFタッチの展開よりも,「冬のライダー」や「夕日へ続く道」の方が現実的でスッキリした感じです。感激度では前者の方が強いんですけどね。そんな中,「ハートストーン」が一番バランスがいい様に思えました。
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「銀行篭城」 新堂 冬樹 2006.03.28 (2004.03.10 幻冬舎) |
☆☆☆☆ |
うだるような猛暑に襲われた日の午後3時。閉店間際のあさがお銀行中野支店に拳銃を持った男が乱入した。40名の行員と客を人質に取り,内2名を射殺した。人質全員を全裸にし,銀行を取り囲んだ警察やマスコミの前でさらに一人を射殺した。男は本名の五十嵐と名乗ったが,警察に対して何の要求も突きつけてこなかった。対応する警察のリーダーである警視庁捜査一課の鷲尾警視は,かつて篭城犯への対応で,恐怖心から犯人を射殺してしまった過去を持っていた。 大阪の三菱銀行北畠支店に猟銃を持った梅川昭美が押し入り,4人を射殺した事件は,1979年(昭和54年)1月の事でした。この事件をなぞる様な展開ですが,平気で人質を殺していく五十嵐の行動はかなり強烈です。人質を奴隷化するために全裸にし,身体にマジックで名前を書き込ませる。人質を見張り役に仕立てたり,人質同士の反発を煽る。そして平然と殺戮を行う五十嵐に対して,何が彼をこの様な行動に駆り立てたのだろうかと言う疑問が巻き起こってきます。鷲尾と五十嵐の対決の行方とか,事件自体の結末よりも,そちらの重要性の方が高くなります。その意味では納得のいくラストではなかったでしょうか。
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「4TEEN(フォーティーン)」 石田 衣良 2006.03.29 (2003.05.20 新潮社) |
☆☆☆☆ |
@ 「びっくりプレゼント」 ... 入院しているナオトを見舞いに行ったテツロー達。ナオトは若くして老化する奇病に冒されていた。 銀座からすぐそばの月島で暮らす,テツロー,ダイ,ジュン,ナオトの,14歳の中学生4人組。私の勤務先は銀座なのですが,
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「サウスバウンド」 奥田 英朗 2006.03.31 (2005.06.30 角川書店) |
☆☆☆☆ |
中野に住む小学校6年生の上原二郎は,両親と妹の4人暮らし。父の一郎は作家志望でいつも家におり,母が喫茶店を経営している。父はどうやら国家が嫌いらしく,年金の取立てに来た役人や学校の先生と衝突ばかりしている。いつかは家族で南の島に移住する事を考えていると言う。そんな中,小学校では不良中学生による虐めが横行しており,二郎もその被害に遭っていた。 一部と二部とに別れているのですが,それぞれで全く雰囲気が変わります。一部の舞台は東京の中野で,上原一家の謎や不良中学生とのやりとりが中心になります。二部になり沖縄の西表島に渡ってからは,大らかな自然の中での生活で,家族が変化していく様子が描かれます。何か同じ登場人物の作品を,2作読んだ気分になります。まあどちらにも共通しているのは,元過激派の闘士だった父親によって,翻弄される家族でしょうか。学校に父が現れた時など,特に二郎の気持ちが伝わってきます。でも一時はあれだけ盛んだった左翼活動家って,今はどうしているんでしょう。私と同じ世代かもう少し上の世代ですよね。過去に引きづられたり縛られたりする事無く,ちゃんと社会の構成員としてしっかり暮らしているんでしょう。この作品は,そんな彼らに対するオマージュなんでしょうか。後半の方で一郎が市民活動家に語った言葉が印象的でした。『左翼運動が先細りして,活路を見出したのが環境と人権だ。つまり運動のための運動だ。ポスト冷戦以降,アメリカが必死になって敵を探しているのと同じ構造だろう』。確かにそうですが,こう言う事をいいながら,ああ言う行動って矛盾がある様に思えます。 |