読書の記録(2005年 8月)

「快楽の封筒」 坂東 眞砂子  2005.08.01 (2003.08.30 集英社)

☆☆

@ 「隣の宇宙」 ... 娘を幼稚園に送った帰り,マンションの廊下に一人の男がいた。彼は隣の部屋に住んでいる男だった。
A 「謝肉祭」 ... 4年間の留学生活を送ったベネチアにやってきた日本人女性。3人のかつての中間達が出迎えてくれた。
B 「蕨の囁き」 ... 隠居家に移り住んだのは,山の奥の寒村からやってきた一家だった。寡黙な主人が気になった。
C 「奪われた抱擁」 ... 大学教授となって久し振りに会った同級生。彼女にはどうしても訊ねたかった事があった。
D 「アドニスの夏」 ... 叔母の招きで訪れたフランスの別荘。少女はそこで一人の男の子と出会い,彼に惹かれた。
E 「二人の兵士の死」 ... 結婚生活に疲れて東京の友人宅に身を寄せた女性。離婚を決意して大阪に一旦帰る事になった。
F 「母へ」 ... 正月にもお盆にも帰省したくなかった女性。母親の望む様な姿を見せる事はもう嫌になっていた。
G 「快楽の封筒」 ... 娘の漏らした言葉から妻の浮気を疑い始めた夫。隣の空家の庭から自宅マンションの様子を窺った。

 坂東さんの作品だからホラーかと思っていたら,官能小説だったんですね。でもあまりこの手の作品は好きではありません。性描写がどうのこうのと言うよりも,何でこうなっちゃうのかが判りません。隣に住む男性,昔の中間達,隣に越してきた男,派手な同級生,外国で見掛けた少年,妻の友人,そんな相手に対する主人公の気持ちが判りません。そんな中で「母へ」は母に対する娘の正直な気持ちが描かれていて印象的でした。また最初と最後の2作が連続した話になっているのは意表を突いていました。でもそれにしても浮気に走った妻,その浮気に気付いた夫の気持ちや行動も理解できないですね。多分この様な話には向いていないんだと思います。

 

「死神の精度」 伊坂 幸太郎  2005.08.02 (2005.06.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

@ 「死神の精度」 ... 大手電機メーカーで苦情処理を担当している若い女性。最近彼女を指名して苦情を持ち込む男がいた。
A 「死神と藤田」 ... アニキ分の仇を討とうと身を隠しているヤクザ。相手の居場所を知っているとの噂の男を捕まえた。
B 「吹雪に死神」 ... 吹雪に閉じ込められた山荘。ここで何人もの人が亡くなると言う。一人目は毒を飲んで亡くなった。
C 「恋愛で死神」 ... 勤務するブティックの客に片想いした男。彼女は変な男からの電話に悩まされていた。
D 「旅路を死神」 ... 渋谷で男を刺し殺した男に捕まった千葉は,彼の要求で青森県の奥入瀬渓谷まで車を走らせた。
E 「死神対老女」 ... 海を見下ろせる高台にある理髪店の主人は老婆。明後日に4人の客を連れてきて欲しいと言う。

 主人公は「千葉」と言う名前が付けられた死神です。情報部から指示されたターゲットに接近し,1週間掛けて死んでもいいかどうかの判断を下し,「可」ならば8日目にその死を見届けるのが彼の仕事。相手によって容姿や年齢が変わり,殴られても痛みを感じず,何者をも恐れることはない。そしていつも雨や雪に降られたり,人間の常識に欠けるために会話がずれたり,ミュージックをこよなく愛する,ちょっとユーモラスな死神です。伊坂さんの作品の主人公って,どこか普通の感覚とずれた感じの人物が多い気がします。ここでもそうですが,このちょっとずれた人物に死神と言う設定がすごく合っています。人間からしたら自分の死はおおごとですが,死神にとって人の死は仕事上ありふれた事。人の生死を冷静に捉えているので,生死の可否を判定される人間との対比が面白く描かれます。そしてそれが最後の「死神と老婆」で綺麗にまとまります。上手い!。

 

「CM殺人事件」 清水 義範  2005.08.03 (1986.09.20 光文社)

☆☆

 三流広告会社でアルバイトをしている不破太平は,結婚式場のTV−CMを決める会議で一つの提案をした。それは友人である朱雀秀介が持っている,人形の家(ドールハウス)を使ったCM案だった。その案が採用され,スタジオでの撮影に入った。撮影の最中,コピーライターの氏家の上に天井に取り付けられたライトが落下すると言う事故が起こった。氏家は大怪我をしたが,不破と朱雀は何者かが仕掛けた事件の可能性を否定できなかった。

 不破と朱雀を主人公とするシリーズ作の2作目だそうです。どちらかと言うと不破がワトソン役で朱雀がホームズ役なのですが,それ程明確に描き分けているのではなく,あくまでも探偵コンビとして事件に向かって行きます。でも「躁鬱(でこぼこ)」コンビと言う感じはしません。そもそも「躁鬱」と書いて「でこぼこ」と読ませる事に違和感が。さてCM撮影現場で起こる事件は陰惨だし,犯行の動機も現代社会の裏面を覗かせるような醜いもの。ここらへん軽妙な清水さんの文体だと,どうしてもアンバランスな感じがしてしまいました。特に不破の妹である菜摘の九州弁(?)での会話は,どう考えても不要な気がしました。

 

「パーフェクト・プラン」 柳原 慧  2005.08.05 (2004.02.05 宝島社)

☆☆☆☆

 代理母で生計を立てている小田切良江は,かつて自分が出産した子供が母親に虐待されている事を知った。発作的にその子供・三輪俊成を家から連れ出してしまった。その事を知った良江のかつての愛人・田代幸司と田代の兄貴分・赤星サトルは,知り合いの張龍生に相談する。株取引に失敗し苦難の生活を強いられていた張は,とんでもない計画を立てた。

 第2回「このミステリーがすごい」大賞の受賞作は,誘拐を中心にしたスリリングな展開で楽しめました。誘拐に関する部分は主に前半なのですが,単なる身代金奪取ではなくアイデアが光っています。誘拐を扱ったミステリーはたくさんありますが,身代金の授受を巡る攻防を描いている作品がほとんどだと思います。例えとして的確かどうかは別として,岡嶋二人さんの「あした天気にしておくれ」とか,真保裕一さんの「誘拐の果実」の様な独創性を感じました。だからこそ,そこの所を中心に描いて欲しかった気がします。誘拐犯と彼等と協力関係になってしまう被害者と言う構図に,後半になると第三者が割り込んできて,物語は新たな方向に向かいます。代理母,幼児虐待,美容整形,ES細胞,ネット・トレーディング,株価操作,ハッキング,コンピュータ・ウィルスなど,現代を象徴する様々な要素が盛り込まれます。デビュー作と言うことで多くのテーマを扱いたいのは判りますが,もう少し絞り込んだ方が良かった気がします。特にIT関連の部分でちょっと上滑りしたところが目立つので,特にそう感じたのかも知れません。でもスピード感があって,読み応えのある作品です。

 

「火のみち」 乃南 アサ  2005.08.09 (2004.08.03 講談社)

☆☆☆☆

 終戦を満州で迎えた南部一家は,遠い親戚を訪ねて呉に戻ってきた。窮乏生活の中,両親は亡くなり姉は職を求めて家を出て行った。そして7人居た家族も,次男の次郎と次女の君子だけが残された。頼れる人も無く苦しい生活は続き,二十歳になった次郎は,君子を守る為に殺人を犯してしまう。次郎は刑務所の中で陶芸と出会い,君子は東京のデパートに就職した。

 終戦直後の苦境の中を生きる兄弟と言うと,野坂昭如さんの「火垂るの墓」を思い出してしまいます。感動的なアニメでしたよね。さてこちらも家族を失った兄弟の物語ですが,戦後から平成の現在までが描かれます。妹を守る為に殺人を犯して服役する兄と,兄を慕いつつも自分の道を切り開いていく妹。時間が止まった様な10年間の刑務所生活で,陶芸と出会う事により生きる意味を見いだす次郎。そして行方の判らない姉と兄を含めた4人兄弟で暮らす事を願い,東京で女優として成功していく君子。重苦しい中にも仄かに光の見える上巻。しかし下巻に入ると,陶芸家として一定の成功を収めた次郎は,自ら苦難の道を選択する。殺人と言う過去を背負った男の宿命なのだろうが,何故あれほどまでに古代中国の青磁の再現にのめり込んで行ったのか判らなかった。兄妹の周りに強烈な悪意を持った人物が居ないのも,彼らの苦難を伝わり辛くしているのかも知れない。また皇太子のご成婚,東京オリンピック,大阪万博,田中角栄,小野田少尉,中三トリオなどなど,それぞれの時代のエピソードがしつこく描かれるが,その扱い方が軽い感じがしてしまった。東野圭吾さんの「白夜行」と較べると,それ程には効果が出ていない気がします。

 

「親不孝通りディテクティブ」 北森 鴻  2005.08.10 (2001.02.25 実業之日本社)

☆☆☆☆

@ 「セヴンス・ヘヴン」 ... キュータが勤める結婚相談所で知り合った医師夫妻が心中。遺体を発見したのはキュータだった。
A 「地下街のロビンソン」 ... テッキが営む屋台に現れた歌姫は,1枚の写真を示し,この女性の行方を捜して欲しいと依頼した。
B 「夏のおでかけ」 ... 毎年夏になると屋台をたたんでどこかに出掛けるテッキ。そんな彼を捜す一人の女性が現れた。
C 「ハードラック・ナイト」 ... ホークスの優勝に沸く博多の街で,久し振りに再会した高校時代の同級生の女性。
D 「親不孝通りディテクティブ」 ... テッキの屋台では「雪国」と言うカクテルは永久欠番になっていると言う。
E 「センチメンタル・ドライバー」 ... キュータが自動車学校で見掛けた男。それは高校時代の同級生だった。

 博多の街を舞台に,テッキとキュータと言う高校時代から腐れ縁の二人が,活躍するお話。ラーメンとおでんの屋台なのに,何故かカクテルを出すテッキ。高校時代の恩師が経営する結婚相談所で,調査員をしているキュータ。この二人の一人称で交互に語られますが,テッキは標準語でキュータは博多弁なのが面白い。探偵役は冷静なテッキで,お調子者のキュータは話をかきまわしているだけなのですが,その両方の視点を繰り返す中で,最後にはちゃんと着地するのがお見事。北森さんの作品では料理の話が良く出てきますが,今回は主にカクテルがいくつも紹介されます。料理の場合は如何にも美味しそうに描いているのですが,カクテルではそうもいきません。お酒の美味しさを言葉で伝えるのは難しいんでしょうか。ちょっと最後が後味悪いですね。

 

「四日間の奇蹟」 浅倉 卓弥  2005.08.11 (2003.01.22 宝島社)

☆☆☆☆

 如月敬輔は将来を有望視されたピアニストだったが,オーストリアに留学中,ある日本人一家を助けようとして左手の薬指を失ってしまった。その時知り合った少女の千織は,先天的に脳の障害を抱えていた。一人ぼっちになってしまった千織を連れて帰国した敬輔は,彼女にピアノの才能がある事に気付く。音符は読めないが,一旦聴いた曲は完璧に記憶する能力。いつしか敬輔は千織を連れて,老人ホームなどの慰問をする生活に入っていった。

 第1回「このミステリーがすごい」の大賞受賞作なのですが,これってミステリーではないじゃないですか。私にとってはミステリーかどうかは全く問題無いのですが,ミステリーを期待して読んだ人は,肩透かしをくらったのではないでしょうか。脳に障害を持ったピアニストの少女と,彼女を助ける為にピアニストの道を諦めざるを得なかった青年。物語は静かに始まりますが,中盤から一気に様相が変わります。東野圭吾さんのある作品が思い起こされます。人の生と死と言う重いテーマを扱っている割にはスラスラ読めてしまいます。読み易さは一つの魅力には違いありませんが,ちょっと軽く感じてしまう場面も目立ちます。真理子のセリフが長いのも気になるところ。でも素直に感動できる作品ではないでしょうか。ベートーヴェン,ショパン,リスト,ドヴォルザークなどのピアノ曲が随所に出てきます。別にこれらの曲を知らなくても何の問題もありませんが,知っていると物語の味わいが深まる様な気がします。特にベートーヴェンの「月光」とショパンの「別れの曲」。

 

「ブランドの魔」 伊野上 裕伸  2005.08.12 (1999.02.25 中央公論社)

☆☆

 興信所とともにバッタ屋を営む加倉啓輔に,知り合いの夫婦から高級ブランド店の経営を手伝ってくれと頼まれた。ファッションに疎い啓輔は乗り気ではなかったが,夫婦の娘が気に入った事もあって結局引き受ける事になった。ブランドメーカーから一時的に商品を引き受ける為に大金を投じた啓輔だったが,相手の担当者は商品とともに行方を眩ましてしまう。メーカーからは横流しの一味との疑いを掛けられ,啓輔は窮地に陥った。

 バッタ屋啓輔のシリーズなのですが,本作が1作目かと思ったのですが,これ以前にもあったんですね。ところで私は全くブランド物には興味が無いのですが,周りにはブランド物大好きの人が結構います。まあ個人の嗜好の問題ですけど,服にしろバックにしろ,名前に惑わされる事無く自分の好みで選びたいと思っています。本作の中にも出てきますが,値段が高い事がブランドの命なんて言われてしまうと,何か嫌な感じがしますね。さて最初から怪しい雰囲気一杯の家族からの誘いなのですが,保険調査員のシリーズと較べて,やたらと安易な感じがします。啓輔が手掛ける調査方法も単純だし,香港の街の描写も薄っぺら,ブランド業界の裏を鋭く描いている訳でも無いし。まあ気軽に読めると言えばそれまでなのですが。

 

「支那そば館の謎」 北森 鴻  2005.08.15 (2003.07.25 光文社)

☆☆☆

@ 「不動明王の憂鬱」 ... 有馬次郎が発見した死体から見つかったものは,以前彼が使っていたある道具だった。
A 「異教徒の晩餐」 ... 著名な版画家が自分の工房の中で殺された。近くには版画に使う馬連が散乱していた。
B 「鮎躍る夜に」 ... 大悲閣を訪れた東京の女子大生は京都が好きだと言った。数日後彼女は京都タワーで死体となっていた。
C 「不如意の人」 ... 大学祭の講演に招いたミステリ作家が行方不明となった。その大学では一人の教授が死体が見つかった。
D 「支那そば館の謎」 ... アメリカから日本研究にやってきた若者が行方不明。父親が息子を探しに日本にやってきた。
E 「居酒屋十兵衛」 ... 十兵衛の姉妹店が出す料理が最近変わったと言う。その理由を調べる事になった有馬次郎。

 副題に「裏(マイナー)京都ミステリー」と付けられている通り,嵐山の山奥にある大悲閣千光時と言う京都のマイナーなお寺を舞台にした連作短編です。大悲閣の寺男であり元窃盗犯の有馬次郎が探偵役,有馬をサポートする住職,そしてどこかとぼけた自称「みやこ新聞のエース記者」折原けい,そして警察官らしくない京都府警の碇屋警部と,登場人物が多彩です。途中に登場するミステリ作家の水森は,ちょっと鬱陶しい。有馬が昔とった杵柄を発揮して数々の事件を解決するのですが,探偵の調査としては反則気味か。でもそんな事を感じさせないコメディーなタッチ,住職と有馬の鋭い推理が光ります。また行きつけの寿司割烹「十兵衛」での料理の数々も,北森さんの作品ならではの味わいです。

 

「螺旋階段をおりる男」 夏樹 静子  2005.08.16 (1988.01.15 新潮社)

☆☆☆

@ 「予期せぬ殺人」 ... 強盗犯の目撃者となった主婦は,自分の浮気現場を見られている隣の家の主婦を殺害した。
A 「螺旋階段をおりる男」 ... 妻の浮気を疑う弁護士は,相手だと確信しているコンピュータソフト会社の社長を殺害した。
B 「白い影」 ... 次の参院戦に推薦しないと言われた女性タレント議員は,後ろ盾である新興宗教の教祖を殺害した。

 「検事・霞夕子」シリーズの1作目。上のあらすじ紹介で犯人を書いてしまっていますが,これはネタバレではありません。3作とも倒叙形式の作品となっていますので,犯人による犯行の様子が前半部分で描かれます。それを検事の霞夕子が暴いていきます。こう言った作品の場合,犯人じゃないかと疑うきっかけとか,犯人が犯した決定的なミスとかがポイントになると思います。その点,表題作の「螺旋階段をおりる男」は見事だと思いました。ちょっとコンピュータソフトの関する記述が古臭いのが難点ですが,これはしょうがない。後の2作は,ちょっと強引さが目立ち,意外性が感じられませんでした。それと女性の「〜ですわ。」に代表される会話文が不自然な気がします。

 

「屋上物語」 北森 鴻  2005.08.17 (1999.04.10 祥伝社)

☆☆☆

@ 「はじまりの物語」 ... お稲荷さんの狐が気になったのは,どこか不自然な行動をとる学生服姿の男の子だった。
A 「波紋のあとさき」 ... 警備員の絞殺死体を発見したのは,彼とよくお喋りをしていたペットショップの女性店員だった。
B 「SOS・SOS・PHS」 ... 女子高生がベンチに置き忘れていったPHS。それはさくら婆に渡されるはずのPHSだった。
C 「挑戦者の憂鬱」 ... ピンボールマシンにはまった高校生の男の子は,何者かの脅迫を受け危ない目にも遭わされた。
D 「帰れない場所」 ... 屋上で突然バグパイプの演奏を始めた男。警備員に阻止されながらも,何回もやってきた。
E 「その一日」 ... 屋上に隠す様に置かれたバグパイプ。かつてそれを演奏していた男は,死体となって発見された。
F 「楽園の終わり」 ... さくら婆ァの店が閉められる事になった。そんな時,行方不明となっていた少女が殺された。

 とあるデパートの屋上を舞台にしたお話ですが,一風変わっているのは語り部たち。それはデパートの屋上に置かれたお稲荷さんの狐,小さな観覧車,ベンチ,ゲーム機等など。彼らはデパートの屋上で起こる事は判るのですが,如何せん人間に何かを伝える事はできない。その代わりここには明確な探偵役が登場します。それは屋上の立ち食いウドン屋で働く「さくら婆ァ」と言う強烈な婆さん。その婆さんの活躍を「物」が語るのですが,なかなか面白い趣向です。確かに犬や猫が探偵役になる作品もありますが,物の目から見た探偵って新鮮な感じがしました。同じ様な趣向では東野圭吾さんの「十字屋敷のピエロ」がありますが,雰囲気は全然違います。デパートの屋上と言う場所を考えると,起きる出来事はもう少しほのぼのとした感じの方が良かったのではないでしょうか。どの事件も後味悪すぎです。

 

「闇色のソプラノ」 北森 鴻  2005.08.19 (1998.09.30 立風書房)

☆☆☆

 東京都の遠誉野市にある大学4年生の桂城真夜子が卒論のテーマに選んだのは,若くして亡くなった童話詩人の樹来たか子だった。彼女の事を調べに向かった大学の図書館で,真夜子は二人の男性と知り合う。一人は郷土史を研究している殿村三味と言う老人で,もう一人は末期癌に侵された弓沢征吾だった。たか子の詩に魅せられる様に遠誉野市に集まった人達に不思議な事件が巻き起こる。

 謎の中心は現在において起こる殺人事件なのだが,25年前のたか子の死の真相や,遠誉野市自体の謎が被ってくる。それらは全て繋がりのある事なのだが,偶然に頼る部分が多いのが難。それをぼかす為なのだろうか,詩の中に描かれる不思議な擬音や,謎の怪談話などを取り入れて,ホラーっぽい味付けを強くしているのがどうだろうか。北森さんらしく郷土史の話を散りばめていますが,どこか北森さんらしい作品ではなくなってしまった感じがします。明確な探偵役が存在しないのもそうですが,登場人物の描写に魅力が感じられないのが大きな原因だろうか。もっとシンプルにたか子の死の真相を描いた方が良かったのではないでしょうか。ところで遠誉野市と言うのは実在しませんが,甲州街道沿いで東京の西のはずれだと,高尾山のあるあたりか。

 

「忌中」 車谷 長吉  2005.08.22 (2003.11.15 文藝春秋社)

@ 「古墳の話」 ... 高校生の時,古墳が好きで良く出掛けた。何度か同級生の女の子と古墳で出会った。
A 「神の花嫁」 ... 知り合いの女性から勧められた本には,「病醜のダミアン」と言う作品があり,心を打たれた。
B 「『塩壼の匙』補遺」 ... 若くして自殺した叔父が,教員をしていた島を訪ねた。彼の事を小説に書くためだった。
C 「三笠山」 ... バブル崩壊で経営が傾いた会社。社長と夫人は高校時代の同級生で夫人は再婚だった。
D 「飾磨」 ... 腹違いの姉の夫との浮気。この様な関係は絶対に相手に知られてしまうと判ってはいるのだが。
E 「忌中」 ... 寝たきりの妻からの頼みで彼女を殺した夫。妻の死体が腐乱していく様子を眺めながら自分も死を選ぶ。

 この人が直木賞を取ったと言うのが信じられない。直木賞と言えばエンターテイメント性の高い作品(作者)に与えられる賞とのイメージが強いんですけどね。まあ純文学だとかどうとかは問題では無いのですが,とにかく話が暗い。その暗い話が淡々と描かれていく。作者のエッセイなのかと思ってしまう様な話もあって,実話と小説の区別がつきにくいのも,話の暗さに真実味を与えている。特に「三笠山」「忌中」などは嫌悪感を感じつつも,迫力ある描写に圧倒されます。かなり読者を選ぶ作品・作者である事は間違いないでしょう。私はこの手の作品は苦手です。

 

「コンセント」 田口 ランディ  2005.08.23 (2000.06.10 幻冬舎)

☆☆

 金融雑誌のライターをしている朝倉ユキは,渋谷のラブホテルから帰った時に,兄の死を知らされた。2ヶ月前から行方が判らなくなっていた兄は,自分で借りたアパートの一室で腐乱死体となって見つかった。引きこもりの上での衰弱死だった。部屋にはコンセントに繋がったままの掃除機が置かれていた。ユキは兄の死臭を嗅いで以来,街中で死臭を嗅ぎ分けられる様になった。また死んだはずの兄の姿を見かける様になった。悩んだ末彼女は,過去に関係のあった心理学者の国貞にカウンセリングを依頼した。

 兄の異常な死に方,そして幻視や幻臭に悩み始めるユキ。最初の方は,この先どうなって行くんだろうと言う興味が持てたのですが,後半は退屈してしまいました。「科学」対「オカルト」と言う図式は現実にもよくあるのですが,両者を直接的な関係として描かなかった点は良かったと思います。でも心理学に基づくカウンセリングも,シャーマンに代表されるオカルトな部分も中途半端。大体,あれほどコンセントに拘る部分が判らなかったし,最後のコンセントが意味するものも安直な感じです。まあ作品全体を覆う独特な雰囲気は良かったと思います。それにしても腐った死体の臭いってどんなものなのでしょうか。小説では良く出てきますが,普通の生活をしていたらこの臭いを嗅ぐ事はないんでしょう。もっとも嗅いでみたいとは思えませんが。

 

「すすきのバトルロイヤル」 東 直己  2005.08.24 (2000.03.31 北海道新聞社)

☆☆

 北海道新聞に連載された東さんのエッセイです。ススキノの夜,特にお酒の話が中心です。東さんの作品では,便利屋の「俺」シリーズなどで,ススキノの飲み屋でのシーンが多く出てきますが,何か東さんそのものですね。そちらではギムレット等のカクテルが中心なので,東さんもそうなのかと思っていましたが,実際には全然違うみたいです。後書きによりますと,夜は友人とススキノでお酒を飲みたいが為,仕事は昼にしているそうです。実は明日から北海道(函館,小樽,札幌)に行くのですが,妻Mと長女Mの3人で行くので,ススキノで飲むと言う訳にはいかないでしょう。でもそんな事よりも,台風11号の行方が心配です。

 

「共犯マジック」 北森 鴻  2005.08.25 (2001.07.31 徳間書店)

☆☆☆

 人の不幸のみを予言する謎の占い書「フォーチューンブック」。この書を読んで自殺した人が続出したために,書店組合は自主回収を行った。そんな中,倉庫に眠っていた5冊のこの本を, 長野県松本市 にある本屋が売り出した。それを見つけて買って行った客,売り出した本屋の店員,そして本を買えなかった人は奇妙な運命に導かれる。

 3億円事件,グリコ・森永事件など,昭和史を彩る大事件を素材に,謎の本によって導かれた登場人物。彼らはあたかも昭和という時代によって与えられた,共犯者の役割を知らずのうちに演じていく。いくつもの事件が連作短編風に展開するのですが,それらが複雑に絡み合ってとにかく緻密。何度も前のページを振り返って読んでしまったので,ちょっと物語自体に入り込めなかった気がする。だから最後の意外な結末に驚きが感じられなかった。もっともそれは読み手の問題ですけどね。ところで「フォーチューンブック」自体はかなりの数が売り出されたはずなのに,一軒の本屋で売られた本だけが何故と言う疑問が残った。

 

「前夜祭」 リレー作品  2005.08.31 (2000.06.30 角川書店)

☆☆

 S大学付属高校では創立40周年記念学園祭を明日に控え,生徒達は準備に追われていた。そんな中,体育館でビデオ撮影を行っていた4人は,跳び箱の中に隠されていた死体を発見してしまった。それはダイオキシンコとあだ名され生徒達から嫌われていた,生活指導女性教師の五百旗真子(いおきだしんこ)の死体だった。死体が見つかった事で学園祭が中止となる事を恐れた彼らは,死体を何とか隠そうとする。

 芦辺拓,西沢保彦,伊井圭,柴田よしき,愛川晶,北森鴻の6人によるリレー作品。リレー作品を読むのは初めてだったのですが,意外と面白いものですね。とは言っても,面白さの意味は普通の作品の面白さとは違います。後書きによると,北森さんと愛川さんが全体の構図を描き,作者同士もいろいろと相談しながら書いたそうです。でもあまりやり過ぎると,リレー作品としての醍醐味は無くなるでしょうし,逆だととんでもない作品になってしまいそうで,そこら辺の匙加減が難しそうですね。この作品は適度にまとまっておりますが,各作者による同じ人物の描き方の微妙な違い,話の進め方の違いなどが感じられました。さて作品の方は死体を見つけた生徒達のそれぞれの対応がメチャメチャで笑えるし,学園祭を前にした彼らの活き活きとした感じも良かったと思います。