<Camino de Santiago 第7日目> 

Estellaから、LOGRONOまで.。遂に日本人発見。小野田さんではなく、セイコさんでした。


  <第7日目> 6月9日(土曜日) 138 km

7:50 出発@Estella 138 km  7:00通常通り起床(まわりの人々よりは遅いと思って起きているが、、。)。しかし、周りはこれからようやく起きようとする人ばかりであった。これまでに日本で収集していた情報とはチョット感じが違っていた。おそらくは、歩き組と自転車組の違いなのであろう。本日の予定は、Lognoroまでの50kmである。そろそろ体力にも衰えが見え始めてきたので、早めの宿着としたいところである。  やはり、ホタテの路を進んだ。完全なダートである。途中で、歩き組の巡礼者を何十人と追い抜くが、自転車で行く者は見かけなかった。 巡礼路は、しばらく雨が降らなかったせいか、あるいは降ったとしてもお湿り程度であるために、粘土質のルートは良く引き締まり、埃が舞っていた。30分程押し続けたところで、住宅街に出た。分岐である。右へ行ってもホタテの路(Azqueta)、左へ行ってもホタテの路(IRACHE)である。右に見える巡礼路は、草原の中の一本道でゆっくりと下る坂である。方角的にも、LOGNOROに向かっているので、合っているはずである。名前も地図(BICI用)に載っている。こちらが良さそうな気がしたので進む。後ろから、アルナオ(アルベルゲに泊まっていた青年)が自転車でやってきて左へ曲がった。また、判断に迷い、地図と森田日記を良く読む。また、腹も少し減ってきた。左へ曲がれば、町中を横切りそうで食べ物にもありつけそうな気がした。引き返して、アルナオと同じように、左へ曲がる。

8:15 IRACHE VINO FUENTE @141km

 

看板(Vodegas;ワイン工場)が見えてきてようやく思い出した。そう言えば森田日記にも書いてあった、「ワインの泉;イラーチェ」である。2リットルの水筒も持っているし、、、。左の蛇口をひねると本当に赤ワインが出てきた。しかも、うまい。レストランのナバラワインそのものである。本当に持っていって良いのだろうか?とも思ったが、朝早いので訪ねられる人は誰もいない。水筒にたっぷりと汲んでから自転車の前カゴに絞まった。こんどは、自転車本体に接続の水筒を持って右の蛇口をひねってみた。あるHPでは、「右をひねると白ワイン」と書いてあったが、水であった。しかし、この水、なかなかの味であった。ここで、アルナオと写真を撮る。ある意味で、泥棒の証拠写真かもしれない。

9:20 Azqueta @146km

9:40 Urbiola @148km

10:45 Ros Arcos @159km

 今日は土曜日のために、街の広場を利用しての青空市が開かれていた。昔、アンダルシアで見たものと同じ風景であった。(金曜の夜から、ホテルの前であっても車は駐車禁止になる。)何でも売っている。とりあえず、クロワッサンだけを市場で買った。その後、休憩とスタンプと食事のためにアルベルゲに立ち寄った。感じの良い建物で、またホステラーの女性も英語が上手であった。特に英語を学校では習ったことはないらしく、オランダ人の両親の元で育ち、あちこちを旅行している間に自然に覚えたとの事である。きのうチョットだけ無理をして、ここまで来ればよかったかなとも思った。土曜日のため、街の中心の教会では、正装した大勢の人々がミサが終わったところのようであった。旅行者が近寄れるような雰囲気はなかった。 12:30出発

15:10 Viana @178km

ロスアルコスを出てから、国道に時々出てレストランを探すが、土曜のせいか、閉まっている店が多かった。自転車で行動しだしてから、昼と夜は食事を2回するような習慣が付いてしまっていて、一日5回の食生活となっていた。2時過ぎに2度目の昼食の時間であった。店が見つからないと腹が減る。食生活もだんだんと贅沢になって行き、2度目の昼食は特に、ガソリンスタンドでパンで軽く、と言うわけには行かなくなっていた。国道をアップダウンしながらレストランを探しながら走り続けると、国道N-111の道路標識がナイフとフォークの3本に見えてくる。国道脇の最高にうまいレストラン・BAR発見。

16:30 Logrono Albergue @ 188km

ログローニョの街は、パンプローナ程ではないが、なかなか大きな街である。(後に、帰国直前に会社へ着て行く為の服、それも新素材を買ったが、タグを見るとログローニョ製であった。)Albergueは街の中にあるため、商店街は近かった。今回の旅行で初めて楽器屋さんに入ってみる。クラッシックギターを弾いてみた。客はゼロだったので、いつもの調子で一番高い楽器から耳で調弦しながら、数台弾いてみた。練習用の楽器しか売っていなかったが、安い値段の割には表面盤といい、響きと言い良質の楽器と思えた。バンドゥーリャ(マンドリンに近い楽器。ポルトガルにも同じ様な楽器がある。)も数台あったので、初めて音を出してみた。この時は、調弦がどうなっているかも知らなかったが、開放弦を弾くだけで、音楽のジャンルを想像した。

 街の中心へ繰り出てみる。土曜日の為かかなりの人混みであった。BARに数件入って、ガラス越しにタパスの中身が見える店を探した。食べ物の名前が判らなくても、カウンターに座り、指さしだけで注文できるからである。「これぞ、私の知っているスペインの食事」と言える食生活であった。だんだんと調子が出てきた。  BARを2軒ほどハシゴしてから、宿へと戻る。お酒の後は、やっぱり炭水化物で締めくくりたい。米を炊いて梅干し茶漬けを食堂で食べる。そこへ、何と今回の旅行で初めての日本人に遭遇した。いわゆる、第1次接近遭遇であった。ハカとか、フィニステラとか、聞いたことのない地名が日本語で出てきた。スペインのガイドブックは持っていないのでどこにあるか判らない。ポルトガルのガイドブックをザックの底から引っぱり出して読むと、ようやく言っていることが理解できた。(日本語でしゃべっているのに、、、。)


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