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6月15日(木)『AppleWorks6』を思わず衝動買い。さっそくアップデータをダウンロードしてアップデート。とりあえず、ワープロが目的で買いました。 さて、一昨日の日記の続き。 |
6月13日(火)というわけで、昨日の日記の続き。当然のことながら、『ウェディング・ドレス』のネタバレがあるので、未読の方はご注意ください。 あの前振りからすると、『ウェディング・ドレス』を失敗作だと断じると思われるかもしれないが、そうではない。ただ、6月11日の日記に書いた感想があまりに抽象的なので、もう少しつっこんだ形で書いておこうと思ったのだ。 本筋の話を進める前に、もうひとつ別の作品について触れておく。中西智明の『消失!』である。この作品も、メインとなる叙述トリックによってサプライズを喚起するポイントが2つある、ということで、その効果を『ウェディング・ドレス』の場合と比較してみたいと思う。 話が細切れになって申し訳ないが、まだ続くのだった……。 |
6月10日(土)BOOKOOFFでブレット・イーストン・エリス『アメリカン・サイコ』のハードカバーと津原やすみ『星からきたボーイフレンド』を購入。あ〜、津原やすみの本が新刊書店に並んでいるのかは未チェック。やばいやばい。 何となくだらだらと残していた掲示板を閉鎖。あわせて、トップページを簡略化する。いっそのことタイトルロゴもはずしてしまおうかと思ったのだが、とりあえず残しておく。 |
6月9日(金)ブレット・イーストン・エリス『アメリカン・サイコ』上巻を読了。下巻は未だ入手できず。どこから読み始めてもどこで読み終えても構わないタイプの小説なので、どうしても続きが気になる、というわけではないが、やはり読んでおきたい。というわけで、奥の手を使うことに。 そもそも、この小説に再チャレンジしたいと思ったきっかけは2つあって、5/27の日記で触れた佐藤亜紀の「壊れた世界の幸福な死――『アメリカン・ビューティ』」と題された文章で名前があがっていたことが1つと、以前にBOOKOFFでハードカバーの『アメリカン・サイコ』を見かけたというのがもう1つの理由で、たぶん、まだ残っているだろうから、明日買いに行こうと思っている。 |
6月8日(木)故障中(管理者が)につき、今週は更新をさぼります。 |
6月7日(水)『アメリカン・サイコ』を読んでいると、狂気は物語を必要としない、というより、物語の排除こそが現代的な狂気へアプローチする唯一の手段なのではないか、という気がする。 |
6月6日(火) 6/3の日記で触れた性同一性障害の話題からの文章の展開はもしかしたら誤解を与えるかも、とは思ったのだが、面倒なのでそのままアップしたら、やっぱり深読み(ていうか、逆に素直に読んだってこと?)した方が約一名いました。 上遠野浩平『殺竜事件』、黒田研二『ウェディング・ドレス』、ジム・トンプスン『ポップ1280』を購入。が、引き続き『アメリカン・サイコ』を読書中。……て、おい、もう上巻の半分が過ぎたのに、主人公が誰一人殺してないじゃないか! 相変わらず下巻は見つからない。 |
6月5日(月) 再校ですか〜? ブレット・イーストン・エリス『アメリカン・サイコ』はまだ序盤。一章は視点の主体を把握するまでが結構つらいのだが(前回はそこで挫折してしまった)、そこを過ぎれば、どっぷりと陶酔できる。「朝」と題された章のブランド名と商品名の羅列ぶりは感動的。 昨晩、久々にRead Me!と日記猿人と日記圏に更新報告をしてみたのだが、まったくアクセス数に影響なし。なんか虚しいね。 |
6月4日(日) 昨日、少しだけ感想を書いた金城一紀『GO』だけど、『バトルロワイアル』の高見広春にちょっと印象が似ているかな、と思ったことをつけくわえておく。 トマス・ハリス『ハンニバル』におけるレクターのトラウマはなぜOKなのか、についてちょっと考えてみる。以前の日記をお読みの方はご存じかと思うが、そらけいは小説において登場人物の造形の根拠としてトラウマを持ち出すことに否定的である。 浅田彰『20世紀文化の臨界』、ジム・トンプスン『残酷な夜』を購入。少しずつ翻訳ものに復帰してみようかと思っている。 別コンテンツとして設けてある「読書感想」はしばらくお休み。きちんとした感想文を仕上げる気力がない、というのが正直なところ。簡単な感想はこちらに書くつもり。 |
6月3日(土) 2ちゃんねるのあちこちの板に点在している浅田彰スレッドを読む。「憂国放談」って、今は「GQ」でやってるんですね。立ち読みしてみよう。 金城一紀『GO』読了。日本で生まれ日本で育ったコリアン・ジャパニーズの主人公と日本人の女の子の恋愛を軸に、いわれなき差別とか父親との対決とか友人の死といったエピソードを織り交ぜつつ語られる青春小説(?)。アタリかハズレか、ということでいえば、「大当たり」ではなかったという意味でハズレではあるが、まあ、おもしろかった。恋愛部分がなければもっとよかったのに。 ふと疑問に思ったことがあるので「性同一性障害」で検索してみる。 小学生のころ、そらけいは髪が長くて(といっても、肩にかかるくらいだが)、そのうえ声が高かったので、Tシャツに半ズボンという恰好にもかかわらず女の子に間違えられることがたびたびあった。自分でもそのことを楽しんでいたように思う。といっても、これは女の子として見られることに喜びを感じていたわけではなくて、探偵が変装して正体を隠し他人を欺くように、相手に事実を誤認させていた、ということを単純におもしろがっていたのだろう(ご多分に漏れず、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズにはまっていたのだ)。 もっとも、第二次性徴は比較的遅いほうだったし、髭を頻繁に剃ることが必要になったのもここ二、三年の話だったりする。そういう意味では、自分が男性であるということに今までまったく違和感を覚えなかったかといえば嘘になる。 |
6月2日(金) トマス・ハリス『ハンニバル』読了。いや、おもしろかった。 読了後、見るのを楽しみにしていた2ちゃんねるの『ハンニバル』スレッドがどういうわけか見られない。がっかり。(追記)その後、見られました。 小畑健+ほったゆみ『ヒカルの碁』7巻を購入。これから読みます。 |
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