第2期 鉄道にこだわらなかった時代

1987.4.1に国鉄は分割・民営化されました。
それまで、夢の全線踏破をめざしていましたが、急に熱が冷めてしまいました。

ということで、この時期は鉄道以外のことが優先されていて、
中途半端な踏破区間が多くなっています。

この時代に新たに乗った線区がある旅行を拾ってみました。

ですから、私が出かけた旅のすべてではありません。
なお、私鉄については全線踏破した場合のみ記載しています。

●1987. 9. 4〜14 北海道方面

 

奥羽本線、室蘭本線(長万部〜沼ノ端、東室蘭〜室蘭)、石勝線(千歳空港(当時)〜新得)、
根室本線(新得〜根室)、標津線(厚床〜中標津、中標津〜標茶 
現廃止)、釧網本線、石北本線、
深名線
(現廃止)、天北線(現廃止)、宗谷本線、函館本線

大学1年の夏、初めて本格的に行った北海道1周旅行。
国鉄がなくなり、今後の旅の形を模索していた時代です。
でも移動にはほとんど鉄道を利用してますね。
 

●1988. 1.31〜 2. 5 東北方面

 

東北新幹線(新規開通した上野〜大宮)、羽越本線、上越新幹線

この年の3月に廃止となる青函連絡船に乗りに行った時のものです。 

 ←最後なので、グリーン船室にしました(往路の硬券)
 

●1988. 9. 7〜15 関東の周辺

 

米坂線、仙山線
大井川鉄道(井川線については旧線)、立山開発鉄道、立山黒部貫光、関西電力、阿武隈急行、
会津鉄道、野岩鉄道

静岡→名古屋→金沢→新潟→山形→仙台→福島と、関東の周辺をぐるっとまわってみた旅行。
 

●1989. 2. 4〜18 四国・九州方面

 

筑肥線、佐世保線、長崎本線、高千穂線(のちの高千穂鉄道、現廃止
湯前線
(現くま川鉄道)、田川線、糸田線、伊田線(以上現平成筑豊鉄道)、後藤寺線、
宮田線
(現廃止)

四国の南半分と、九州ほぼ全域をまわった旅行。
四国はほとんどバスによる移動でした。

 

●1990. 4. 6〜8  青函トンネル方面

 

海峡線、南部縦貫鉄道(現廃止)

青函トンネルと、そこにある2つの海底駅に行った旅行。
帰りに南部縦貫鉄道を訪れました(この鉄道にはこの後2回乗っています)。 

 ←これを持っている方も多いのでは。
 

●1990.10. 3〜4 北東北方面

 

五能線、秋田縦貫鉄道

現在の「リゾートしらかみ」の原型となる、「ノスタルジックビュートレイン」に乗りに行った時のもの。帰りに秋田縦貫鉄道に乗っています。
 

●1990.11. 1〜8 中国・四国方面

 

因美線、津山線、瀬戸大橋線、伯備線(倉敷〜備中神代)、芸備線(備中神代〜備後落合)、木次線

鳥取→瀬戸内→松江→広島と、かなり一貫性のないコースだった旅行。
 

●1991. 1.25〜28 北陸・近畿方面

 

小浜線、丹後海陸交通

能登半島→福井周辺→丹後地方と、冬の日本海側を突き進んだ旅行。
 

●1992. 1.10〜12 北東北方面

 

小坂鉄道(現廃止)、津軽鉄道、十和田観光電鉄

出発の2日前に突然思いついて、「ストーブ列車に乗りに行こう」と出かけたもの。
帰りに南部縦貫鉄道に再乗車しています。 

  ←今となっては貴重な切符の数々。
 

●1992. 9.15〜20 関西・九州地方

 

阪堺電軌、水間鉄道、大阪高速鉄道(南茨木〜千里中央)、筑豊電鉄、
西鉄北九州線(折尾〜砂津、
現廃止)、山陽新幹線

甲子園球場と、この年限りでなくなる平和台球場に出かけたときのもの。
昼間ヒマだったので、乗りに行った路線の数々です。 
今思えば、小倉の砂津から西鉄北九州線に乗っていたのは貴重だったなあ。

 

・・・ということで、この時代は今思えばかなり消化率がわるい。

各地に虫食い状態で未乗区間が残ってしまったのでした。

 

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