読書の記録(1999年 3月)

「冤罪者」 折原 一  1999.03.03 (1997.11.10 文藝春秋社)

☆☆☆

 12年前に起こった連続女性暴行殺人事件で無期懲役の刑を受けた河原輝男から,ルポライターの五十嵐友也のもとに「自分は無実である。」との手紙が届いた。五十嵐は当時の事件のルポを書いており,また自らの婚約者がこの事件の被害者の一人でもあった。拘置所で河原と面会した五十嵐は彼に対する憎しみの気持ちを持ちつつも,無実を訴える真摯な態度に冤罪の可能性を感じた。そして一人のジャーナリストとして中立的な立場で再度記事を書き始めたところ,河原の無実を決定づける新たな証言者が現れる。

 今まで読んだ氏の作品に比べるとサスペンス性を重視し,その反面結末のドタバタを押さえているあたりが良かった。と言っても登場人物に納得がいかないのは今まで通り。これは作風に対する好き嫌いの問題だからしょうがないか。そもそも叙述トリックは,それが使われている事を判らせてはいけないのだが,氏の作品の場合,読む前から判っている訳で,作者の苦労は大変なもの。登場人物を無機質な駒として扱うのはある程度しょうがないか。冤罪を巡る二つの立場,もちろん検察側と弁護側と言うか支援団体。これらに対する社会的な問題提起などは他の作者に任せておけばいいのである。真相が明かされた時点のカタルシスの爽快さは,氏のどの作品より大きかったと思う。またインターネットのWEBを挿入させているが,時間,場所,人物等を錯覚させるのにはいいアイデアだと思ったが,少々消化不足の様に感じた。

 

「東京殺人暮色」 宮部 みゆき  1999.03.05 (1990.04.25 光文社)

☆☆

 中学1年生の八木沢順は両親が離婚した為,刑事である父親と二人きりの生活を始めた。順が住む町で連続バラバラ殺人事件が起こり,父親の道夫はその事件の捜査に当たっていた。その頃,家の近くに住む日本画家の家で殺人が行われたと言う噂が広まり,順は友人の慎吾と一緒に噂の真偽を確かめようとする。

 とても軽い感じの話でサクサク読めすぎてしまい少々物足りなかった。宮部さんの作品にはいい子とその良き理解者と言う組み合わせが出てくる事が多いけど,ここでも順君と父親や家政婦のハナさんの関係が良かった。三組の親子が登場するんだけど,画家の秘書をしている厳格な父親が子供をあれほど甘やかしているのと対照的ですね。

 

「七日間の身代金」 岡嶋 二人  1999.03.06 (1986.06.25 実業之日本社)

☆☆

 資産家の息子と,その義理の母の弟が誘拐された。犯人からの指示で身代金を運んだ義理の母は小さな島で射殺された上,身代金を奪われた。この島は警察に取り囲まれていたにもかかわらず。事件に巻き込まれた千秋と要之助のカップルが,このなぞ解きに挑む。

 誘拐事件を扱った話だと身代金の受け渡しシーンが最大のヤマバとなるのだが,ここでは冒頭に受け渡し場面が来る。そしてそこで使われたトリックこそがこの作品のテーマとなっている。だけど何かなあ。警察がそんなに甘いかあ。探偵役の二人の軽さも気になってしょうがなかったし。犯人の動機や犯行の手順等は良く練られていたとは思うけど,前回読んだ「99%の誘拐」に比べると,ちょっと安易な様な気がしてしまう。

 

「そして扉が閉ざされた」 岡嶋 二人  1999.03.08 (1987.12.10 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 三田咲子は友人達5人と別荘に遊びに行ったおり,不審な事故死を遂げた。そして3ヶ月後,娘の死を他殺だと信じる母親によって残りの4人は別荘の地下に作られた核シェルターに閉じ込められる。必死に脱出を試みながらも,事故当時の記憶を辿りながら咲子の死の真相を推理していく。彼女の死が本当に他殺だとしたら,4人の中以外に犯人は考えられないのだから。

 シェルターの中と言う閉ざされた空間の中で話は進行していく。途中事故当時の回想場面はあるものの,ほぼ完璧な一幕劇だ。それが独特な緊張感をかもし出している。脱出を試みる場面やパニックを起こしそうになる場面はいわば味付けであり,あくまで5人の行動を忠実に再現する事によって真相に辿り着こうとする。ロジック重視の為,5人の人物像が不自然な感じがしないでもないが,致し方のないところだろう。だいいち,咲子に友達ができると言う事が信じられないもんね。しかし真相の意外性は見事だった。

 

「鳩笛草」 宮部 みゆき  1999.03.11 (1995.09.25 光文社)

☆☆☆

@ 「朽ちてゆくまで」 ... 両親を事故で失った女性が,両親が残したビデオを見つける事によって,子供の頃に自分が持っていたある特殊な能力を知る。
A 「燔祭」 ... 妹を殺された男性のもとに一人の女性が現れる。彼女はその特殊な能力を持ってして彼の妹の仇を討ってあげると言う。
B 「鳩笛草」 ... 自分の持っている超能力を活かして刑事になった女性が,自分の能力の衰えを感じ始める。

 超能力を持った三人の女性の苦悩を描いた中編三本。何で三人とも女性なのだろうかとの疑問も持ってしまったが,主人公を男性にした場合,苦悩や悲哀は描きにくいだろうな。僕だったら自分の特殊な能力に悩む以前に,使いまくってしまいそうだし。「燔祭」の主人公はこの後別の作品に描かれるらしいのだが,どちらかと言うと「鳩笛草」のボンちゃんのその後の方が知りたいゾ。

 

「僕の殺人」 太田 忠司  1999.03.15 (1990.04.05 講談社)

☆☆☆

 主人公の山本裕司は5才の時以前の記憶が無かった。信州の別荘で母親が首吊り自殺をし,父親は階段の下に倒れたまま植物人間に,そして彼はその別荘の中で発見されたのだ。事件は母親の無理心中と言う事で処理をされ,彼は巨大ホテルグループの総裁である叔父の家で育てられた。そして中学3年になったある日,彼のもとに当時の事件を調べていると言うジャーナリストが現れる。その男は彼に「君は一体誰なんだ。」と問い掛ける。

 冒頭で紹介されますが,主人公の裕司は自分がこの事件の被害者であり,加害者であり,証人であり,トリックであり,探偵であり,そして記述者であると言う。一人六役,そして自分探しのストーリー。なんかわくわくしてしまいます。主人公のキャラがちょっと弱いのが気になりますが,一緒に育てられた妹の泉への感情や,育ての親である叔父の不審な言動等を交えて,どんどん展開していきます。複雑な構造の割にはスッキリした感じで締めくくられますが,裕司と泉の関係の方に最後は比重が行き過ぎたのか,真相自体の印象が薄れてしまった様な気がしました。純粋なミステリーとしての側面とのバランスが中途半端なのかなあ。

 

「取引」 真保 裕一  1999.03.16 (1992.09.30 講談社)

☆☆☆☆

 公正取引委員会の井田はODAに係わる談合問題の調査の為フィリピンに向かった。現地における日本の有力企業に勤める大学同期の遠山に接近するのだが,彼は現地妻との間にクリスと言う子供をもうけていた。ちょうど日本からの調査団がフィリピンに来ていたのだが,その団長とクリスが誘拐され,遠山の妻は殺害されてしまう。団長の開放を第一とする警察とは別に,井田と遠山は軍警察のトーレス少佐と共にクリスの行方を追う。

 冒頭の公取における不正疑惑から,フィリピンでのメインストーリーへと物語は一気に進んでいきます。ここら当たりの息をもつかせぬ展開は「ホワイトアウト」「奪取」同様です。謎の追跡者,日本人女性ジャーナリストの存在,そして彼らとの対立から協力関係の確立がストーリーの進行に合わせて展開していきますが,大変にスムーズでどんどん引き込まれていきます。ODAに絡む不正やフィリピンにおける日本人の問題,また幼児誘拐などの社会的な問題点をテーマにしていますが,それらを深く掘り下げる事はなく,あくまでもエンターテイメント性を重視している分,軽く感じられる点もなきにしもあらずですが,面白ければいいよね。後半に発生する二つ目の誘拐は最初の事件と密接に結びついているとはいえ,焦点が分散され又読後感を悪くさせているようにも思えました。とは言え一気に読ませる筆力はさすがです。

 

「連鎖」 真保 裕一  1999.03.19 (1991.09.10 講談社)

☆☆☆

 ファミリーレストランの厨房に続いて食肉倉庫に農薬がばらまかれた。そして主人公の羽川が勤める輸入食品検査センターに謎のFAXが送られてくる。羽川の友人であり,放射能に汚染されている輸入食品を追っていたジャーナリストの自殺。上司の命を受け真相の究明にあたる羽川の前に立ちはだかる関連業者の壁や,阻止しようとする暴力団の影。途中で知り合った保険会社の調査員とともに真相に迫る。

 真保さんのデビュー作で,いわゆる「小役人シリーズ」のスタート。あまり一般的ではない社会を豊富な取材で描いていくのは,この後の作品と共通しているが,如何せんあまりにも多くの内容を盛り込みすぎた感じがしてしまった。食品の輸入を利用したココム規制品の輸出や麻薬の輸入がメインの話だと思うが,友人の妻との不倫,上司である高木の恨み,食品検査のミス,検査結果により追いつめられて自殺した会社重役,そして父の仇を討とうとする娘。最後の方は混乱してしまった。しかしタイトルが「連鎖」だと言う事は恨みや妬みの連鎖と言う事なのだろうか。

 

「クラインの壷」 岡嶋 二人  1999.03.27 (1989.10.25 新潮社) お勧め

☆☆☆☆☆

 ゲーム作家の上杉彰彦は,自分が書いたゲームのモニターをする事になった。ゲームと言っても新しく開発されたクライン2と言うバーチャルリアリティシステムを使用したものである。アルバイトで応募してきた高石梨紗と二人でゲームに取り組むのだが,ある日突然梨紗は会社を辞め行方不明になってしまう。彼女に好意を寄せていた上杉は彼女の友人である真壁七美とともに,梨紗の行方を追うのだが,次第にゲーム会社に疑問を抱き始める。

 この作品,とにかく凄い。どこまでが現実の世界で,何がゲームの中で行われた事なのか,主人公と同様全く判らなくなってきます。ファミコンが出た頃のマリオブラザースを考えると,今のゲームの進歩のスピードの速さが判りますが,いずれこのクライン2の様なゲーム機ができてしまうんでしょうか。冒頭に主人公が何かから逃げている様子が提示されますが,これは「ダレカガナカニイル...」と同様,読者に対して悲劇的な結末を予感させる効果を出しています。どの様な経過を経て冒頭のシーンに結びつくのだろう,と思いながら読み進める訳ですから,ちょっと間違うと作品に対する興味を失いかねません。しかし本作では,読者の想像をはるかに上回る形での回帰となっており,印象を深めている様に思えました。とにかく作品世界にグングン引き込まれていき,一気に最後まで読んでしまいました。

 

「101号室の女」 折原 一  1999.03.30 (1997.02.17 講談社)

@ 「101号室の女」 ... 寂れたモーテルの一室に泊まった一人の女と,モーテルの支配人親子の奇妙な行動。
A 「眠れ,我が子よ」 ... 自分の子をベビーカーに乗せて散歩する二人の男。互いに妻や子の真相を探ろうとするのだが。
B 「網走まで」 ... 刑務所を脱走した男と,海外赴任から戻ってきた男が,一人の女の元に同じ日に戻ってくる。
C 「石廊崎心中」 ... 石廊崎で出会った二組のカップルが持っていたカメラが入れ替わってしまった事から事件が明るみに。
D 「恐妻家」 ... 妻が邪魔になった二人の男が,互いの妻を殺す交換殺人を計画するのだが,内一人は別の思惑があった。
E 「わが子が泣いている」 ... 銀行に強盗に入った男が,追われて近くのアパートに逃げ込んだ。そこには赤ん坊と若い母親が。
F 「殺人計画」 ... 妻から毒殺されそうになる作家が何とか雑誌の編集部と連絡を取ろうとするのだが,なかなか気が付いてくれない。
G 「追跡」 ... 兄貴分を殺されたヤクザが,兄貴の仇を討とうと乗り込んできた特急に,偶然居合わせてしまった新婚旅行者。
H 「わが生涯最大の事件」 ... 20年前に起こった連続女子高校生殺人事件を追う退職警察官。それが新たな犯行を呼ぶ。

 叙述トリックを使った9編の短編集。折原さんの作品だと思って読むから,初めから全てを疑ってかかってしまうので,何となくトリックが見えてしまう。また見えないものは最後が強引過ぎたりして,何となく面白くなかったなあ。まあ最後の一遍は良かったけど。

 

「放課後」 東野 圭吾  1999.03.31 (1985.09.10 講談社)

☆☆☆

 私立女子高校の教師になって5年目の前島はアーチェリー部の顧問をしていた。ここ数日の間に彼の身の上に不思議な事が起こる。電車のホームから落とされそうになったり,プールのシャワー室内で感電させられそうになったり,校舎の上から植木鉢が落ちてきたり。そしてある日生活指導の教師が密室状態の更衣室内で毒殺されているのを前島は発見する。アーチェリー部の中心選手や新入部員,成績.スポーツ万能の剣道部主将,前島を旅行に誘った不良少女等を交えて犯人探しが始まるが,体育祭の日に第二の殺人事件が起こる。それは明らかに前島を狙った犯行の様だったが殺されたのは別の教師だった。

 東野さんのデビュー作を今更ながら初めて読む。学園物と言う事で「同級生」が思い出されるが,こちらは教師の視点で物語りは進行する。次々起こる不思議な事件,二重に張られた密室トリック,生き生きとした女子高生達の描き方が見事だと思う。犯人とその動機の意外性も充分なのだが,何か彼女を犯人にして欲しくなかったなあ。だっていい娘なんだもん。前島先生のキャラクターと生徒達の彼への評価に不一致が感じられるのと,最後の事件に必然性がいまいち感じられなかったのが気掛かり。それにしても東野さんて,教師にあまりいいイメージを持っていないんだろうなあ。