読書の記録(1999年 6月)

「心とろかすような マサの事件簿」 宮部 みゆき  1999.06.01 (1997.11.28 東京創元社)

☆☆☆

@ 「心とろかすような」 ... 蓮見探偵事務所所長の次女が男と朝帰りをした。本人は何者かに連れ去られたと言うのだが。
A 「てのひらの森の下で」 ... 朝の散歩中に,公園で男の死体を見つけた。しかし警察へ連絡して戻ってきてみると,死体は消えていた。
B 「白い騎士は歌う」 ... 探偵事務所を訪ねてきた女性は,強盗殺人の容疑を掛けられている,兄に関しての調査を依頼する。
C 「マサ,留守番する」 ... ウサギの子供が探偵事務所の前に置かれていた。置いていったのは小学生の女の子。
D 「マサの弁明」 ... 駆け出しの小説家である宮部みゆきが探偵事務所にある依頼をする。自分の仕事部屋の外から,変な音が聞こえてくると言う。

 主人公は,探偵事務所で飼われている「マサ」と言う犬である。以前,「長い長い殺人」では,何と財布が記述者と言う設定であった。今度は人間の言葉を解する犬の視点で,探偵事務所に持ち込まれる難題に取り組む。もっとも,マサの活躍で事件が解決する訳ではないのだが。どの話も,タイトル通り心暖まる内容の中に,社会風刺が込められている。さらに,トリックも見事であり,完成度の高さを感じる。また探偵事務所の二人の娘や,カラスのハラショー達の人物(動物?)描写も決まっている。

 

「水の眠り 灰の夢」 桐野 夏生  1999.06.03 (1995.10.15 文藝春秋社)

☆☆☆☆

 週刊誌記者の村野善三は,地下鉄で爆破事件に遭遇した事をきっかけに,連続爆破事件の草加次郎を追い始める。同じ記者仲間である遠山や後藤が,何者かの力により記者を辞めていく。そして村野もまた,少女殺人事件の容疑者になってしまう事により,その力の正体を知る事になる。警察と記者との確執,記者の座を失う村野,殺された少女の不幸な生い立ちを通して,二つの事件の謎を解き明かしていく。

 前回読んだ「顔に降りかかる雨」に出てきたミロのお父さんが若かった頃の話。同作で感じた元探偵である村善のイメージとかなり違って,こちらはハードボイルドな主人公の村善。背景となる時代は,東京オリンピックを間近に控えた高度成長期。著者の年齢からすると,この時代を経験しているとは思えないのだが,下町の情景,記者達が集まるバーの雰囲気等,この時代の匂いが強烈に漂ってくる。と言っても,僕だってこの時代は小学生だったので,この時代を知っているとは言い難いのだが,確かに匂ってくるのだ。さてストーリーの方だけど,全く別物と思われる二つの事件が最後に繋がってしまい,草加次郎の方がボケてしまった気がするが,大変面白かった。タキや後藤の最後が悲惨だけど,村野と早重の今後への期待で埋め合わせよう。

 

「私が殺した少女」 原 ォ  1999.06.05 (1989.10.15 早川書房)

☆☆☆☆

 ひょんな事から誘拐事件の身代金受け渡し役に指名された,「渡辺探偵事務所」の沢崎。次々と電話で指示される場所に向かうのだが,思わぬ邪魔が入り受け渡しに失敗する。その後誘拐された少女の叔父から,自分の子供達が事件に関与していないかどうかの調査依頼を受ける。再び犯人からの電話で呼び出された沢崎は,惨殺された少女の遺体を発見する。自分の失敗によって,彼女は殺されてしまったのだろうか。

 まず,秀逸なプロットに感心。本当に良く練られているストーリーだと思った。ただ,沢崎が真相に辿りついたきっかけがちょっと判り辛かった。もう少し伏線がはっきりしていれば,と思う。推理小説では,探偵が絶対的な存在となる場合が多いが,現実的にはこんなものでしょう。何の捜査権も持たない探偵,警察から疎ましく思われ,しかし一市民として警察に協力しなくてはならない立場。そこら辺のジレンマがうまく描かれていると思いました。

 

「ジオラマ」 桐野 夏生  1999.06.07 (1998.11.20 新潮社)

☆☆

@ 「デッドガール」 ... 昼はOLだが,夜は娼婦の女。男と入ったホテルで不思議な女が現れる。
A 「6月の花嫁」 ... ホモの男性が世間体を考えて結婚したのだが,男子高校生との電話での交際が止められない。
B 「蜘蛛の巣」 ... 高校時代の同級生を名乗る女から電話が掛かってきた。彼女は自分の事を詳しく知っているのだが。
C 「井戸川さんについて」 ... 尊敬していた空手の先生である井戸川さんが死んだ。死んでから判ったが,彼の評判は散々だった。
D 「捩れた天国」 ... ドイツを訪れた日本人女性のガイドに雇われたカールは,彼女の頼みで,あるドイツ人を探すのだが。
E 「黒い犬」 ... 日本に住む母親が再婚する事になり,久し振りに日本を訪れたカール。昔住んでいた家で,忘れていた記憶を取り戻す。
F 「蛇つかい」 ... 平凡なはずだった夫婦生活を揺さぶったのは,一人の女性からの電話だった。
G 「ジオラマ」 ... 勤めていた銀行が潰れ,住宅ローンだけが残った銀行員は階下に住む赤い髪の女の部屋に入り浸る。
H 「夜の砂」 ... ベッドの上に横たわる自分に去来する物は,死へのいざないなのか,至福なのか。

 この短編は何らかの違和感がテーマになっています。それは現在の自分自信であったり,まわりの世界であったり。ちょっとした違和感から戸惑いにかわり,本当の自分や世界に直面する。だけど何かピンとこなかったナア。これしか読んでいないので判りませんが,桐野さんは長編の方がいいのではないでしょうか。やはり,探偵のミロ&村善の方が読みたいナア。

 

「レクイエム」 篠田 節子  1999.06.08 (1999.01.30 文藝春秋社)

☆☆

@ 「彼岸の風景」 ... 死期の迫った夫を彼の実家に連れて帰る途中,一泊した温泉宿の近くでの夫との不思議な体験。
A 「ニライカナイ」 ... 失恋して自殺しようとした海岸で見た光景。そして彼女は大成功への道を歩むのだが。
B 「コヨーテは月に落ちる」 ... 地方へ異動を命ぜられた女性官僚は,マンションの中に一匹のコヨーテとともに閉じ込められる。
C 「帰還兵の休日」 ... バブル期の栄華から一転して貧乏生活を送る,不動産会社の営業マンが出会った,河原で暮らす3人の老婆。
D 「コンクリートの巣」 ... 階下で暮らす母一人,娘三人の家族。次女だけが虐待されているのを,黙って見ていられなかった。
E 「レクイエム」 ... 宗教にのめり込んだ伯父が,死の直前に語った,ニューギニアにおける戦争体験。

 レクイエム=鎮魂歌。モーツァルト晩年の名曲が浮かんでくる。あまり安易に付けて欲しくないタイトルだと思う。表題作以外は,家と言うか住む場所にこだわっている。それは,豪農の旧家であったり,やっと手に入れたマンションであったり,その時の浮沈によって手放したり取り戻したりする豪邸であったりする。住む場所と言うのは,単なる生活の場,資産,ステータス,しがらみ,その他いろいろ。捉え方によって様々だろうが,河原での老女3人が印象的。表題作に関しては,戦争と言う極限状態での人間の行動や,生還した後の心の動きなどは,短編で読むのは辛いものがあると思うのだが。

 

「水に眠る」 北村 薫  1999.06.09 (1994.10.15 文藝春秋社)

 ミステリーではありません。覆面作家も円紫師匠も出てきません。作者の後書によると,「人と人」の「と」を描いたそうですが,何の事か判りませんでした。個人用クーラーや,2妻1夫制や,蝿を殺す蚊の話など,正直言って「だからどうしたの。」と言う感想しか持てません。「スキップ」「ターン」の,いわゆる「時と人シリーズ」は,テーマが明確でそれなりに面白いと思いますが,その他の作品はどうも馴染めない気がしました。あの独特な語り口にしても,うまさと言うより,まどろっこしさを感じてしまいます。

 

「幻の翼」 逢坂 剛  1999.06.11 (1988.05.25 集英社)

☆☆☆

 豊明興業に絡む事件を隠匿しょうとする警察首脳に反発を感じた倉木らは,事件の真相を雑誌に発表しようとする。その動きを察知した事件の黒幕は,倉木を拉致し精神病院に強制入院させてしまった。その頃,北朝鮮から送り込まれた「新谷」を名乗るスパイが謎の動きをする。美希や大杉は倉木を救出しようとするが失敗。病院では倉木にロボトミー手術をしようとする。

 前作「百舌の叫ぶ夜」の純粋な続編となっています。前作同様に,最後は再び同じ病院内でドンパチになるのですが,今回の主役は公安側の4人(津城,倉木,美希,大杉)に変っています。その為なのか,北朝鮮から渡ってきた男が,本当に新谷,つまりモズの兄なのかと言う大きな謎が,ちょっと軽く扱われてしまったのが少々残念。どうしても前作と比べてしまうのですが,ミステリーの要素としてはかなりパワーダウンしてしまった印象があります。しかし,くどさが無くなった分,すんなり読めた様な気がしますが。しかし津城や倉木の行動パターンが良く判らんよな。

 

「あした天気にしておくれ」 岡嶋 二人  1999.06.13 (1983.10.05 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 セシアと言うサラブレットの子馬が,3億2千万と言う法外な値段で,4人の馬主に買い取られた。その内の一人である,鞍峰が経営する牧場に移送する途中の事故により,セシアは骨折。競走馬としては使い物にならなくなってしまう。他の3人からの追求を恐れた鞍峰は,部下の朝倉と共謀し狂言誘拐を図る。もちろん朝倉らには,身代金の受け渡しなぞする気はなかった。セシアが誘拐犯人に殺害された様に見せかければよかっただけだったからだ。しかし謎の人物から身代金の受け渡しの指示が出される。朝倉はその犯人を捜し出し,そんな危険な事はやめさせなくてはならない。

 面白かった。江戸川乱歩賞の落選作だそうだが,受賞した「焦茶色のパステル」より緊迫感があってよかったと思う。その緊迫感は,犯人も知らないもう一人の犯人が絡んでくるところからくるものだろう。身代金の受け渡しは危険だと承知する朝倉は,何とかそれを阻止しなければならない。身代金の受け渡しの当日,朝倉の推理は次々とはずれる。犯人は誰で,どの様に2億円を奪って逃走するのだろうか。身代金で絶対はずれる馬券を買わせて,本命の倍率を上げると言うやり方は,何かで読んだ気がする。しかし,そのトリック以上に,全体に仕掛けられたトリックが見事だと思う。しかし,どこからこのタイトルが出てきたんだろう。

 

「錆びる心」 桐野 夏生  1999.06.14 (1997.11.20 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「虫卵の配列」 ... 久し振りに出合った相手と,お互いの失恋について話し合った。彼女の相手は劇団の演出者だと言う。
A 「羊歯の庭」 ... 学生時代の彼女との再開。今の生活を捨てて,お互いの趣味に生きようとするのだが。
B 「ジェイソン」 ... 二日酔いの朝,昨夜の事は何も覚えていない。妻は実家に帰り,友は逃げるように去っていった。
C 「月下の楽園」 ... 荒れ果てた庭が好きな男が見つけた理想的な住まい。夜毎,隣の庭に入り込んでいたのだが。
D 「ネオン」 ... ヤクザに憧れる男。見習いを経てやっと組員になれたのだが,次の朝突然に居なくなってしまった。
E 「錆びる心」 ... 10年前の浮気発覚以来,家出を決意し,妻の座を捨て住み込みの家政婦になった女性。

 意識の底に隠された本心,自分には気が付かない本当の自分,願望,憧れなど結構ドロドロとした心を描いています。「ジェイソン」は自分にも思い当たるので,恐かったですが,彼自体よりも彼の回りの人達が持った悪意の方が恐いですよね。勝手な言い分だけど。表題作はすごく納得できました。男と女の別れを男から見ると,それは突然に訪れるもの。しかし女から見れば,徐々に訪れるもの。しかし10年間と言う歳月に渡って,同じ気持ちを持ち続けられるのだろうか。心って,もっと多面的なものだと思うのだが。まあ,そう思うからこそ,男の方がおめでたいのかなあ。

 

「天使に見捨てられた夜」 桐野 夏生  1999.06.16 (1994.06.30 講談社)

☆☆☆☆

 探偵ミロの元にある依頼が持ち込まれる。依頼主である渡辺は,あるアダルトビデオに出演していた少女を探して欲しいとの事。そのビデオ撮影はレイプの疑いがあり,女優のリナから話を聞いた上で,ビデオ作成者を訴えたいのだと言う。製作会社に当たっても埒があかず,様々な嫌がらせを受けるミロ。そんな彼女に協力するのが,隣に住んでいるゲイの友部と,彼女の父である村善。リナは他のビデオ撮影中に亡くなったとの噂,依頼主である渡辺の突然の死,渡辺のスポンサーである牧子の告白。そして,ビデオに偶然写っていた「雨の化石」から,ついにリナにたどり着く。

 やっと探偵ミロの登場です。初心者なんでドジも踏みます。お父さんに助けも求めます。その分,前作の「顔に降りかかる雨」よりもハードボイルドっぽさが少なくなっている様に思えます。しかしそれに対して人物描写が細かくなっている印象を受けました。三人の女性が出てくるんですが,ミロの他には,フェミニストの渡辺とお嬢さん育ちの牧子。この三人の描き分けがキチンとしている様に思えます。結末はちょっと安易な感じがしないでもないのですが,細かな謎をいくつもちりばめる事によって適度な緊張感を保っております。ところで,この作品って映画化されたそうなのだけど,ミロ役はかたせ梨乃だそうだ。ちょっとボリュームありすぎ。

 

「浪花少年探偵団」 東野 圭吾  1999.06.17 (1988.12.12 講談社)

☆☆☆

@ 「しのぶセンセの推理」 ... クラスの優等生の父親が殺された。夫婦仲が悪かったが,妻にはアリバイがある。
A 「しのぶセンセと家なき子」 ... コンピュータゲームを盗まれたので,生徒と一緒に犯人の少年を捜すのだが。
B 「しのぶセンセのお見合い」 ... お見合い相手のエリートサラリーマンが勤める会社の社長が殺された。
C 「しのぶセンセのクリスマス」 ... クリスマスケーキの中に血の付いたナイフが入っているのを見つけた。
D 「しのぶセンセを仰げば尊し」 ... 3階に住む下級生のお母さんが,布団と一緒に落ちてきて意識不明に。

 しのぶセンセは小学校の先生で25歳。黙っていれば美人で通るが,手は早い,足は速い,言葉は大阪弁で,とにかく元気。担任する6年生のワルガキと一緒に次々起こる事件に首を突っ込む。地の文こそ標準語だが,会話はすべて大阪弁なので,ちょっと違和感。軽い感じのミステリーだけど,トリックは結構決まってます。

 

「仄暗い水の底から」 鈴木 光司  1999.06.18 (1996.02.29 角川書店)

☆☆☆

@ 「浮遊する水」 ... 海に近いマンションに引越してきた母娘は屋上で女の子のものと思える可愛いバックを見つけた。
A 「孤島」 ... お台場の島に女を捨てたと言って死んだ友人。10年後,その島行って見る事になった。
B 「穴ぐら」 ... 酔っ払って昨夜の記憶が無く,妻はどこかに行ってしまった。男はいつもの通り漁に出たが。
C 「夢の島クルーズ」 ... 誘われて東京湾をヨットでクルージング。あと少しで港に着く所でヨットは動かなくなった。
D 「漂流船」 ... 長い航海から戻ってくる途中に無人のヨットを発見。一人が乗り込み曳航する事になったのだが。
E 「ウォーター.カラー」 ... ある劇団が元ディスコで劇を上演中,舞台の上から水が滴り落ちてきた。
F 「海に沈む森」 ... 秩父の山中で洞窟を発見した二人の男。無謀にも中へ入るが,閉じ込められてしまう。

 東京湾を題材にしたホラー短編集だ。暗い海はただそれだけで恐い。どこまでも広い海と言っても,真っ暗な中で見ると,まるでそこに閉じ込められた様な閉塞感がある。荒れ狂う海より,静かな海の方が恐い。さざなみが立てるピチャピチャと言う音が恐い。いきなり水の中から人間の手か何かが出てきそうな怖さがある。ちょっと最後の2作が違和感があったけど,夜の海には出掛けたくないなと思ってしまうような作品でした。

 

「しのぶセンセにサヨナラ」 東野 圭吾  1999.06.20 (1993.12.03 講談社)

☆☆☆

@ 「しのぶセンセは勉強中」 ... ソフトボールの試合で活躍した事から,ある企業のオーナーからヘッドハントを受ける。
A 「しのぶセンセは暴走族」 ... 免許を取る為に教習所に通うのだが,一緒に練習をしていた女性が事故を起こしてしまう。
B 「しのぶセンセの上京」 ... 友人の結婚式に参加する為に上京したのだが,昔の教え子の家で誘拐事件が発生。
C 「しのぶセンセは入院中」 ... 盲腸で入院。同室の老婆の家が強盗に襲われ,病室にも何者かが忍び込んだ。
D 「しのぶセンセの引っ越し」 ... 晴れて大学を卒業し実家へ戻るのだが,隣に住む女性の愛人が殺された。
E 「しのぶセンセの復活」 ... 新しく赴任した小学校。4年生の担任になったのだが,子供等は前の担任がお気に入り。

 前作同様,しのぶセンセの周りでは事件が多発。中学生になった田中鉄平と原田郁夫とともに事件を解決していく。相変わらずライト感覚のミステリーだけど,作品の充実度はさすが。新藤刑事のプロポーズもなかなか実らず。

 

「時の誘拐」 芦辺 拓  1999.06.20 (1996.09.28 立風書房)

☆☆

 大阪府知事選挙に立候補を予定していた根塚成一郎の娘,樹里が誘拐された。誘拐犯は市民生活を守るボランティアをしている阿月慎司を身代金の運搬役に指名してきた。カーナビやPHSと言ったハイテク機器,そして大阪特有の水路を駆使した犯人に身代金はあっさり奪われてしまう。時は50年前に遡る。GHQの指導の下,自治体単位に設立した警察組織。大阪に警視庁が出来上がる。そこで海原警部は,謎の連続絞殺事件に出くわす。海原警部と雑誌記者の高塔は,新進の映画俳優を犯人と見ていたが,逮捕されたのは全くの別人だった。

 長いナアと思いながら読んでいたのですが,一日で読み終わってしまいました。だからと言って面白かった訳ではないんだけど。理由は三つ。一つ目は,二つの事件の関連性と言うか,わざわざ結び付ける必然性が感じられなかった事。二つ目は,誘拐事件を扱っているのかと思えば,冤罪や内務省=官僚支配といった社会ネタに移ったりと,テーマがぼやけてしまっている事。三つ目は,トリックに対する不満。前半部分であれだけ見事だった犯人にしては,最後ががさつだなと思ってしまった。それと,いくらなんでも阿月を逮捕,起訴できるとは思えないよなあ。最初の身代金の受け渡しシーンはスリリングで良かったんだけどね。

 

「殺戮にいたる病」 我孫子 武丸  1999.06.22 (1994.08.05 講談社)

☆☆☆☆

 蒲生稔は同じ大学の女子学生をホテルに誘って絞殺した。彼にとって,それが愛情だったから。そしてそれは次々とエスカレートしていく。死体への暴行,シンボルである乳房や女性器の切り取り,ビデオ撮影。息子の不審な行動に疑問を持つ母親。殺された女性の妹のかおるは,元刑事の樋口らと共に,この猟奇殺人犯を追う。

 グロテスクです。現実世界においても,この手の猟奇殺人事件は起きている訳ですから,何も小説世界で,現実を追認する作品を作る事に,一体何の意味があるのだろうかと思いながら読んでました。連続幼女殺害のM崎や,S鬼薔薇事件など,常人の理解を超えている訳ですから,小説の上で行うべき事は,これらの猟奇的事件の背景や,犯行を犯す者の心理なりを,読者の理解の範囲内で展開するべきだと思うのですが...。しかしもうほとんど終わりに近くなって,「何か変だな。これは,もしかすると,まさか,ウワ−,ヤラレタ−。」でした。

 

「コンピュータの熱い罠」 岡嶋 二人  1999.06.23 (1986.05.30 光文社)

☆☆

 丸山流通グループのコンピュータセンターに勤務する夏村絵里子は,結婚相談のシステムのオペレータをしていた。入力されたデータが勝手に変更されている事に気付いた絵里子は,同僚の古川に相談を持ち掛ける。しかし,原因を調べ始めた古川は,絞殺死体となって発見された。独自の調査を始めた絵里子は,この結婚相談所で知り合った8組の夫婦が,謎の死を遂げている事をつかむ。

 コンピュータにしろ何にしろ,最新機器を使った犯罪を扱う事は,その機器がすぐに陳腐化してしまう事を念頭に置いておかなければならない。本作の場合,トリックの中心がプログラム自体だったので気にはならなかったが,音響カプラーが出てきたりして笑ってしまう。だけどこの犯罪を行うのにコンピュータに仕掛けが必要だったの?。ただ単に自分のIDを使用してデータ検索すればいいだけなんじゃない?。何か無理矢理コンピュータを持って来た感じがするゾ。それに絵里子もいい年こいて「あたし」何て言ってるんじゃない。

 

「あの頃ぼくらはアホでした」 東野 圭吾  1999.06.23 (1995.03.30 集英社)

☆☆

 エッセイです。それも東野さんが小学校から大学までの間の思い出話です。別に推理小説作家だからと言って,子供の頃から犯罪やドロドロした人間関係などの中で,育った訳では無いのが判ります。当たり前か。青春時代ってのは今から考えれば,恥ずかしい事ばかり。あんな事した。こんな事もやってしまった。考えているのはアレの事ばかり。確かに人に言えない事って多いよね。少なくても文章にする気はないよね。東野さんは関西の人だから「アホ」と言う表現になるんでしょうけど,その点ちょっと違うような気がしました。

 

「失踪者」 折原 一  1999.06.26 (1998.11.10 文藝春秋社)

☆☆

 埼玉県久喜市で起こった,3人の女性の失踪事件。そして15年後に新たな失踪事件が起こる。この事件に興味を持ったノンフィクション作家の高嶺は,これらの事件の取材を始める。15歳の少年Aが逮捕され,彼を中心にした,少年法を問う作品を発表するのだが。少年Aが殺人を自白した女性が,実は単なる家出だと判明してしまう。

 高嶺とその助手の視点で物語りは進行しますが,例によって手紙やら,第三者の証言などがちりばめられます。メインのストーリーより,犯罪を犯した息子に宛てた父親の手紙の方が面白い。一体誰が誰に宛てた手紙なのか,いつ書かれたものなのか。ここらへんは折原さんの作品を何冊も読んでれば,素直に受け取らないのは当たり前ですよね。それでも真相は判らなかったけど。事件自体は,最近起こった少年犯罪を寄せ集めた感じなのですが,実際の事件の関係者が読んだら,いい気はしないだろうなあと心配になってしまいました。余計な心配だろうけど。

 

「ハポン追跡」 逢坂 剛  1999.06.29 (1992.09.30 講談社)

☆☆☆

@ 「緑の家の女」 ... マンションに契約違反で暮らす女性の調査。一人住まいで,しかも主婦売春の噂まで出てくる。
A 「消えた頭文字」 ... 別居中の夫の連れ子を引取りたいので,その娘の居場所を探って欲しいと言う依頼。
B 「首」 ... 精神病院にかかる女性から,担当医師の調査を依頼される。医師が彼女の秘密を探るスパイだとの疑いが。
C 「ハポン追跡」 ... スペインのある一地方に「ハポン」性を名乗る人が多いと言う。日本との何らかの繋がりがあるのだろうか。
D 「血の報酬」 ... 中南米の小国の大統領が来日中に暗殺された。その犯人を偶然車に乗せてしまった。

 ウーン,短編の割りには話が入り組んでいて,すんなり読めなかった。何か説明を読んでいるみたいな気になってしまったゾ。岡坂と言う調査マンが主人公なんだけど,近くで弁護士をしている桂本に頭が上がらず,へんてこな依頼を受けると言うストーリー。主人公の性格も,二人の関係も,何かしっくりいかなかった印象を受けた。まあ,最後の「血の報酬」はスリリングで良かったけど。

 

「美しき凶器」 東野 圭吾  1999.06.30 (1992.10.25 光文社)

☆☆☆

 安生拓馬,丹羽潤也,日浦有介,佐倉翔子の4人は世界的に活躍したスポーツ選手だった。しかし彼らには,決して知られてはならない過去があった。ドーピングである。忍び寄る調査に脅え,彼らの過去を知るスポーツ医学者の仙堂之則を殺し,データを全て消し去った。だが仙堂には,密かにドーピングによって育てたカナダ人女性がおり,彼女は彼ら4人に復讐をしていく。

 ホラーですよね。超人的な女性が,一人一人殺していく。まるでジェイソンみたいだけど,あまり恐いと言う感じではありません。「13日の金曜日」が恐いのは,全て襲われる対象からの視点で描かれているからですよね。いつ襲い掛かってくるのか,どうやって殺されるのかが判らないから,恐いと思うのですが。ここでは,襲う方と襲われる方の両方の視点で描かれているから,中途半端な感じになってしまうのだと思います。またタイトルの「美しき凶器」と言うのは,肉体そのものの事ですよね。それにしては殺し方が,ありきたりな感じがしてしまいます。少なくとも拳銃を使うのはどうなのだろうか。