読書の記録(1999年 5月)

「朝霧」 北村 薫  1999.05.01 (1998.04.20 東京創元社)

@ 「山眠る」 ... 「私」は大学を卒業して出版社に努める事になった。偶然会った昔の同級生から聞かされた校長先生の謎の行動が気になる。
A 「走り来るもの」 ... 出版社の関係者が作った短編のラスト2行を推理する。彼は自分に向かってくるライオンに引金を引いたのか。
B 「朝霧」 ... 祖父が残した日記に記された謎の暗号。祖父にこの暗号を見せた女性は彼に何を伝えたかったのだろうか。

 この作品は「私と円紫さんシリーズ」と言われ,当作品で5作目だそうだ。そんな事知らずに読んだのだが,あまり前後の関係は無いので特に問題無し。女子大生である「私」が日常の中にあるミステリーを,学校の先輩であり落語家である「円紫」師匠とともに解決すると言う趣向だ。テーマが身近過ぎるのと,主人公があまりにも探偵役である円紫師匠に頼りすぎるのがどうだろうか。また俳句や落語等の専門知識が多く,読み辛かった。

 

「秘密」 東野 圭吾  1999.05.02 (1998.09.10 文藝春秋社) お勧め

☆☆☆☆☆

 杉田平介は,妻の直子と一人娘の藻奈美が乗ったスキーバスの事故をテレビで知った。運び込まれた病院で間もなく直子は息を引き取ったが,藻奈美は奇跡的に助かる。しかし藻奈美は父の平介に「あなた」と呼びかけてきた。母である直子の意識が娘に入り込んできてしまったらしい。そして体は娘なのに心は妻という,藻奈美と言うか直子との不思議な親子二人での生活が始まる。しかし事故当時は小学生だった藻奈美も,大人になっていくにつれてこの親子の関係は微妙にずれていく。

 北村薫の「スキップ」の逆パターン。向こうは当事者である女性の視点で描かれていたから,ある程度奇麗事で済む訳だけれど,こちらは夫の視点。有り得ない設定ではあるけれど,事故後の数年間を淡々と,ほぼ当事者達の心情のみで構成しているため,読んでいて非常にリアリティが感じられる。またメインのストーリーに絡んでくるバス運転手の物語が効果的。とにかくうまいと思ったと同時に,一体誰の作品を読んでいるんだろうと言う気になってしまう。ひょっとして浅田次郎?。「秘密」と言うタイトルの本当の意味が提示される,最後の10数ページがあっさりしていたのが良かった。しかしもしこんな事が自分の身の上に起こったら。僕の妻Mと長女M...うーん,考えるのはよそう。

 

「私が彼を殺した」 東野 圭吾  1999.05.02 (1999.02.05 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 女流詩人の神林美和子と結婚式をあげる当日,新郎であり作家の穂高誠は毒殺された。容疑者は三人。一人目は美和子の兄である神林貴弘,二人めは穂高のマネージャーである駿河直之,そしてもう一人は美和子と穂高を担当する出版社の雪笹香織。この三人とも穂高を恨んでおり,殺人に使用された毒物の入手も可能。さらにはこの三人とも自分こそが,穂高を殺したと思い込んでいる。そして加賀刑事が登場。彼の「あなたが犯人です。」の言葉で物語は突然に幕を降ろす。

 「どちらかが彼女を殺した」も大変良く出来た作品だと思っていたのですが,こちらの方が上を行っているのではないでしょうか。二人の刑事による駆け引きにより緊張感を高めていた前作と違って,こちらは全て容疑者三人による一人称の構成。見事に決まっています。普通フーダニットの場合,容疑者達が「私はやっていない。」と主張する中,探偵役の視点から真相が解き明かされます。しかしこの作品では容疑者一人一人が,自分こそが犯人であると言う見地で,実際には犯行を否定していきます。

 さて犯人は,やはりあの人でしょう。ピルケース自体が二つあって,もう一つを手に入れられる人ですよね。だけど,付くべきはずの指紋が付かないと言う問題がでてくるんでしょうか。まあ結婚式だから,みんな手袋でもはめていたのだろうか。まあ,推理が苦手な私ごときが,一回読んだだけで解るような代物ではないはずです。それにしても凄い作品です。実は「秘密」と同じ日に読んだのですが,その作風の違いに唖然とさせられます。

 

「仮面山荘殺人事件」 東野 圭吾  1999.05.04 (1990.12.31 徳間書店)

☆☆☆☆

 樫間高之の婚約者であった森崎朋美は,父親の別荘からの帰り道で車の運転を誤り事故死した。その数ヶ月後,高之はその別荘に招待される。そこには彼を含めて8人の男女が集まっていた。その晩,警察から追われている二人組の銀行強盗に別荘は乗っ取られ,八人は監禁されてしまう。しかしその様な中で,朋美の従姉である雪絵が殺害される。前後の状況から,殺害犯は二人の強盗では有り得ないのだ。

 凄く意外な結末だった。意外と言うのは,別荘内で起こった事が○○だったと言う事ではない。折原一さんが解説を書いているから,叙述トリックなんだろうなとは思っていたので,朋美の事故死の真相を暴く為の仕掛けだと言うのは何となく判ってしまった。物語は高之の視点で語られており,高之自体が事故の真相を知りたがっている。第一,高之はピルケースの中身を確認していた訳だから,高之が犯人と言うのは有り得ないはずだ。外部からの圧力により関係者だけで真相を探る,そして真犯人自身が自分の犯行に気が付いていないと言う点で,岡嶋二人の「そして扉が閉ざされた」を連想してしまう。そちらがあくまでもロジック重視の作りになっていたのに比べ,情緒的な結末を持ってくるあたりが東野さんだなあと感心してしまった。

 

「破線のマリス」 野沢 尚  1999.05.06 (1997.09.11 講談社)

☆☆

 遠藤瑶子は首都テレビに勤務するフリーの映像編集者だった。彼女は同テレビの看板報道番組である「ナイン.トゥ.テン」の「事件検証」と言うコーナーでの編集が高く評価されていた。そんな彼女の元に,郵政省職員を名乗る男が内部告発のテープを持ち込んできた。そのテープを見て,そこに写し出されている男こそが,以前起こった弁護士殺害事件の犯人だと確信した瑶子は,そのテープを編集し「事件検証」で放送する。それがもとでその男は左遷させられ,さらには妻子に逃げられる。そして瑶子の元に,瑶子自身の私生活を写したたテープが届けられる。

 まず「破線」とはテレビの525本からなる走査線が実線ではなく破線である事,「マリス」とは悪意を示す言葉だそうだ。作者である野沢尚氏はテレビの関係者だそうだから,タイトルからして,この作品を自戒の念を込めて創った事が伺える。確かに映像の持つ力は強大であり,それゆえ恐い一面も合わせ持っている。写し方次第で見る側に与える印象は大きく変ってしまう。湾岸戦争における原油まみれのカモメ,宮崎勤の部屋のビデオテープ,阪神大震災で崩れ落ちた高速道路。それらは皆,真実を雄弁に物語っている。しかしそれらは真実の中のワンシーンでしかない。編集のマジックを駆使するプロが,何の手も加えられない純粋な視点での映像によって,もろくも破滅していく様は見事だと思った...んだけど,これって本来の事件が解決してないんじゃないの。

 

「魔球」 東野 圭吾  1999.05.07 (1988.07.20 講談社)

☆☆

 天才投手といわれた須田武志は,弱小の開陽高校野球部を率いて甲子園に出場した。優勝候補相手に1対0とリードをしていたが,最終回二死満塁の場面での暴投により,1回戦で敗退した。その後,開陽高校の地元にある東西電気と言う会社に爆弾が仕掛けられると言う事件が発生する。そして武志とバッテリーを組んでいた北岡捕手が殺害される。さらには今度は武志が北岡同様,ナイフによる刺殺死体となって発見される。それも右腕が切断された状態で。

 読者に推理を要求する話ではなく,須田武志と言う一人の男の生き方を描いた作品だと思います。爆弾事件はともかく,事件の真相は須田が死んでしまった後の推測でしかないのです。つまり,彼が何故この様な事をしたのかを読者に考えさせる内容になっています。彼のストイックなまでの生き方が,その生い立ち,実母の苦労,義母に対する想いとともに伝わってきます。弟である勇樹への最初で最後の頼みが印象的でした。

 

「眠れぬ夜の報復」 岡嶋 二人  1999.05.10 (1989.10.15 双葉社)

☆☆

 プロボーラーの草柳史生は,あるボーリング場で一つのボールを見つけた。それはパーフェクト達成を記念して飾られていたボールだった。草柳は16年前に起こった強盗殺人事件の被害者であり,その事件で両親と妹を失っている。事件自体は時効を過ぎてしまったのだが,そこに飾られていたボールは,その時に彼の家から盗まれた物だったのだ。時効が過ぎている事を理由に捜査に消極的な警察に代って,草柳は自ら事件の犯人を捜そうとする。

 何か全体的に軽い感じで,面白いんだけれど印象の薄い作品だ。グリコ森永事件を彷彿させる企業に対する脅迫や,ボーリングのボールを使った密輸,ボーリング場でのブツの受け渡し,脅迫者がもしもの際に考えた隠し場所等,結構面白いトリックなのにちょっと勿体無い。だいたい捜査0課なんてのがご都合主義だよな。探偵役二人の軽さや,最後に犯人に仕掛けるトリックの派手さは,テレビドラマ向きと言えばいいのかなあ。

 

「クリスマス.イブ」 岡嶋 二人  1999.05.11 (1989.06.20 中央公論社)

☆☆

 クリスマス.イブを友人達と過ごす為,喬二と敦子は知り合いの別荘に向かっていた。別荘に到着すると,オーナーの息子夫婦は殺され,部屋の中はメチャクチャに荒らされていた。そして二人に襲い掛かる謎の男。何とか近くの別荘に逃げ込むと,そこに隠れていた友人に会う事ができた。どうやら,あの男はこの友人に殺人現場を目撃された為,証拠隠滅をしようとしている様なのだ。

 恐いです。まるで「13日の金曜日」そのままです。電話も切られ,他との接触を断たれた雪の山中で,一晩に渡って殺人鬼に追いかけまわされます。真っ暗な中から突然現れる,斧やナイフを持った男。次々と殺されていく仲間達。一人で読んでいて,誰かにいきなり声を掛けられたら,飛び上がってしまうんじゃないかと思われる位,臨場感が溢れています。

 

「焦茶色のパステル」 岡嶋 二人  1999.05.13 (1982.09.10 講談社)

☆☆☆☆

 競馬評論家の大友隆一は東北の牧場で,牧場長の深町と2頭の馬とともに射殺された。また大友が殺される直前に会った,大学教授も殺されていた。大友の妻である香苗は,友人であり,競馬雑誌社勤務の芙美子とともに,事件の真相を調べ始める。馬の売買に絡む血統の詐称,牧場のオーナーであり市長の贈収賄事件。疑問は深まっていく。

 あの岡嶋二人のデビュー作である。パステルと言うのは馬の名前で,焦茶色と言うのは馬の色の「黒鹿毛」を指すんだそうです。本作では馬の血統が重要なファクターとなっているが,何かあまりにも真正直なタイトルだ。タイトルだけでネタがバレないか?。パステルの馬主になろうとしていた,喫茶店のマスターの一言から広がる疑問。香苗と芙美子が事件に巻き込まれていく様子。そして最後のドンデン返し。構成が見事だ。そして二人の探偵役のコンビがいい。競馬の知識の無い香苗を配する事により,私の様な競馬に無知な読者にも,すんなりと飲み込める様になっている。

 

「ひまわりの祝祭」 藤原 伊織  1999.05.17 (1997.06.13 講談社)

☆☆☆☆

 7年前,妻を自殺で失った秋山秋二は,親から受け継いだ銀座の家で自堕落な生活を送っていた。そんなある日,以前勤めていた会社の上司である,村林が彼の元を訪れる。秋山のギャンブルの腕を見込んで,500万円の金を捨てたいと言う。二人で出掛けたカジノで,村林の希望通り負け続ける秋山。そこに現れた,死んだ妻にそっくりな女性。何らかの意図に操られている自分に気が付きながら,自ら望んだ平穏な日々から,現実の世界への回帰。ファン.ゴッホの描いた幻のひまわりを巡る争いを通じて,妻の自殺の真相を知る。

 「テロリストのパラソル」は大掛かりな物語設定の割りに,犯行の動機が意外とせこかったりしてガクっときたんですが,こちらは秋山の気持ちの動きがストレートに伝わらなかった様に思えました。落伍者の様な主人公が,実は優秀なアートディレクターであり,凄腕のスナイパーだったりと言う,ちょっと都合が良すぎ。しかしながら,ゴッホの作品を巡るストーリーに関しては,物凄いテンポで大変楽しめました。原田が格好良かった。だが,主人公や自殺した妻や井上社長らの,誠実さと裏切り,行動の動機としての美に関する部分は,ちょっと馴染めませんでした。テロリストにホットドックは何となく似合うけど,スナイパーにドーナツはちょっとなあ。

 

「パラサイト.イブ」 瀬名 秀明  1999.05.19 (1995.04.30 角川書店)

☆☆

 大学の薬学部で生化学の研究を行っている永島利明の元に,妻の聖美が交通事故を起こしたとの連絡が入る。聖美は脳死状態。腎バンクに登録していた為,彼女の腎臓は安斉麻利子と言う中学生に移植された。利明は妻に対する未練の気持ちから,彼女の肝臓の細胞を取り出し,自らの研究室で培養を始める。しかし,このEVE1と名付けられた聖美の細胞は次第に特異な繁殖を始める。

 生化学関係の記述が多いのだが,ほとんど理解できず。まあ筋書きが判ればいいか。著者がその専門家なので,細かい部分での記述がやたら詳しい。辻褄は合っているのだろうが,大筋で見た場合,EVE1の行動がイマイチ不可解だ。鈴木光司の「らせん」における,山村貞子の行動の方が理に適っている(人類にとっては都合わるいが)。しかし,EVE1が利明や麻利子に襲い掛かる場面は迫力がある。ちょっと気持ち悪いけど。ところで,この作品は映画化されたり,ゲームにもなったらしい。映画の方は,あの「葉月里緒奈」が聖美の役だったそうだ。ミトコンドリアが聖美の体を形作る場面はどの様な映像だったのだろうか。見てみたいな。ゲームの方は,一体何をするゲームなのだろうか。ちなみに「パラサイト」と言うのは「寄生虫」の意味だそうです。

 

「百舌の叫ぶ夜」 逢坂 剛  1999.05.21 (1986.02.25 集英社) お勧め

☆☆☆☆☆

 殺し屋の新谷が狙っていた相手は,謎の爆破事件で死亡する。そして新谷は,殺しを依頼した者から命を狙われるが,能登半島で記憶喪失となって見つかる。自分の過去を辿り,自分を殺そうとした相手に復讐しようとする新谷。爆破事件の巻き添えで亡くなった妻の仇を討とうとする公安警察の倉木。事件の捜査に当たる警察内部のいがみ合いと,警察の不正を摘発しようとするグループ。様々な思惑が複雑に交錯中,事件は意外な方向に向かう。

 複雑です。新谷と倉木の視点で物語りは描かれて行きますが,微妙に時間のズレがあり,ちょっと理解し辛い点もありました。殺し屋「百舌」の正体を巡っては叙述トリックが使われていますが,見事に決まってます。最後に犯人やら真犯人やら裏の犯人ら,関係者が一同に会し,次々と殺人が起こってしまうのは,ちょっとオマヌな気がしてしまった。

 

「我らが隣人の犯罪」 宮部 みゆき  1999.05.24 (1990.01.30 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「我らが隣人の犯罪」 ... 隣の部屋で飼われているスピッツの声に閉口した一家。スピッツを誘拐しようとして忍び込んだら,とんでもない物を見つけた。
A 「この子誰の子」 ... 嵐の夜に訪ねてきた子連れの女性。この子はあなたの父親の子供だと言って,部屋に上がり込んでくる。
B 「サボテンの花」 ... 6年1組はサボテンの超能力を,卒業研究のテーマに選んだ。教師や父兄の反対の中,発表会は大成功を収める。
C 「祝.殺人」 ... 妹の結婚式に出席した若い刑事に式場の女性が,最近起ったバラバラ殺人事件の話をする。
D 「気分は自殺志願」 ... 若い推理作家に,他殺に見せかけて自殺する方法を問い合わせてきた一人の老人。

 日常の生活の中で起こり得る事柄を題材に,普通の人が何らかの事件に巻き込まれていく。探偵が出てくる訳ではなく,刑事が大活躍する訳でもない。そんな中でミステリーとしての要素も充分あり,結末も全て納得がいく。特に「サボテンの花」が秀逸。推理小説が,パズルやクイズとなってはいけないと言う事を,改めて感じさせてくれる短編集だ。

 

「顔に降りかかる雨」 桐野 夏生  1999.05.25 (1993.09.15 講談社)

☆☆☆

 村野ミロのもとに,友人である宇野正子の恋人,成瀬が訪ねてきた。正子が成瀬の事業資金を奪って消息を絶ってしまったらしい。その金は,ヤバイ筋の金であり,ミロは成瀬とともに正子と金の行方を捜す羽目になる。

 ストーリー自体は面白く,文章のうまさとあいまって,サクサク読めてしまいます。夫に死なれたミロの前向きな生き方,ちょっとしか登場しなかったけど,ミロの父親である元探偵のキャラクターが光っています。ただ物語に厚みを持たせようとしたのだろうか海外関係の話,つまりベルリンのネオナチや,夫が自殺したジャカルタ,近所のフィリッピーナ達の話が,浮いている様な気がしてしまいました。また前衛芸術の世界も,ちょっと馴染めなかった。真犯人の意外性はあまり無かったけど,重要な意味を持つ共犯者の存在が,ほとんど伏線の無いまま唐突に現れたのはいただけない。まあ早いとこ,父親とのコンビで探偵になって欲しいと思います。次作が楽しみな一作です。

 

「探偵倶楽部」 東野 圭吾  1999.05.26 (1990.05.01 祥伝社)

@ 「偽装の夜」 ... 大手スーパーの経営者が自殺した。今彼に死なれては困る人達が,何とか隠蔽工作を行うが,何と死体が消えてしまった。
A 「罠の中」 ... 不動産会社社長が風呂の中で心臓発作を起こして死んでいた。妻は夫の死を不審に思い,調査を依頼する。
B 「依頼人の娘」 ... 家に帰ってきたら母が殺されていた。犯人は捕まったのだが,高校生の彼女は姉や父の態度に疑問を持つ。
C 「探偵の使い方」 ... 伊豆のホテルで,二組の夫二人が毒殺された。片方の妻と,もう片方の夫が仕組んだトリックのミスと思われたが。
D 「薔薇とナイフ」 ... 娘の妊娠を知った父親が,その相手を探そうとするのだが,彼女の姉が殺されてしまった。

 金持ち相手にメンバー制を採っている探偵倶楽部。そこに持ち込まれる難事件を二人の探偵が解いていく,と言うストーリー。トリックも見事だし,ドンデン返しも決まっている。しかし印象が薄いのは,徹夜明けで読んだからではなく,二人の探偵の人間が全くと言ってい程描かれていないせいだろうか。だって名前すら出てこないんだもん。何でこの様なスタイルをとったのか,良く判らなかった。ちょっと前に読んだ,宮部みゆきさんの「我らが隣人の犯罪」と好対照だと思った。

 

「パズル崩壊」 法月 綸太郎  1999.05.28 (1996.06.30 集英社)

@ 「重ねて二つ」 ...ホテルの一室に残された,上半身は女性で下半身は男性の死体。しかも,その部屋は完全な密室状態になっていた。
A 「懐中電灯」 ...現金輸送車強盗の二人組みが仲間割れし,一人は殺害される。残った犯人は意外な物から判明した。
B 「黒のマリア」 ...密室の中で一人,その中にあった金庫に一人の死体。さらにその部屋のロッカーに一人が倒れていた。

 上記の他に5編が収録された短編集。推理小説におけるパズルと言うのは,あまり好きではないのだが,それでも最初の2編は楽しめた。その後は,パズルの崩壊と言うよりも,小説自体が破綻している気がして,コメントの書きようがないのだが。特に探偵である法月綸太郎が登場してくる最後の1作など,作者は何を語りたいのか判らなかった。

 

「ナイフが町に降ってくる」 西澤 保彦  1999.05.31 (1998.11.05 祥伝社)

 女子校生の真奈は,好意を寄せている先生の自宅近くをうろつきまわっている途中,急に時間が止ってしまった。時間を止めたのは,近くにいた末統一郎と言う男性。彼には,不思議な事が起こった時に,一人の人間を巻き込んで時間を止めてしまうと言う,変な能力があった。彼の目の前に現れた男性が,ナイフに刺されているのを見つけて,時間を止めてしまったらしい。彼がこの謎を解かない限り,時間は動き出さない。二人は謎を解く為に町の中をさ迷うのだが,次々とナイフが刺さった人物に出くわしてしまう。

 SF小説と言うのは,そのSF的な事実に対して,何らかの解決法なり説明がなされなくてはいけないと思うのだが,ここではそんなもの無し。ただ単に,時間が止ってしまったと言う状況の中での,フーダニットになっている。その点からだけで言えば,単純だけど結構意外な結末だとは思う。しかし二人の登場人物に,全くと言っていいほど感情移入できないし,単なるドタバタに終っている様な印象でした。