読書の記録(2006年06月)

「偽装報告」 高任 和夫  2006.06.01 (2006.04.25 光文社)

☆☆☆☆

 乗ったタクシーのラジオから流れてきたニュースは,東北自動車道での1件の交通事故だった。名門自動車会社である五代自動車製のトラックが起こした事故だった。これを聴いていた東邦日報の記者である深堀克也は,数年前に五代自動車が行ったリコール隠し事件を思い出した。そんな深堀に一人の女性が接近してきた。自分の父であり詐欺の容疑で逮捕された社長の無罪を彼女は訴えた。

 起業の不正を扱った作品ですが,何年か前に起こった三菱自動車のリコール隠しが土台になっているのでしょうか。三菱に限らず企業の不正にまつわる話しは多いです。企業の中に居ると社会の論理よりも企業の論理に従い易くなるのは,私もサラリーマンですから十分理解できます。郁子が深堀に語る言葉が印象的です。「会社なんてものはないのよ。あるのは権力を維持したがっている社長や,保身に汲々としている社員よ。それが日本の企業の本質じゃなくって?」。確かにそうですよね。不具合の情報を隠し,リコールを逃れようとする五代自動車の上層部。それを内部から正そうとするグループや,五代自動車を追及する新聞記者。かなり迫力ある展開が期待できるのですが,イマイチ凄みが伝わってこない。それは悪役の頂点に立つ桑山常務の描写がちょっとおかしいからか,それとも深堀達のキャラが弱いせいでしょうか。耐震強度偽装だとか,ライブドアに於ける粉飾決算など,最近の日本の企業論理の問題に正面から取り組んでいるだけに,この迫力不足は惜しい。

 

「青猫屋」 城戸 光子  2006.06.02 (1996.12.20 新潮社)

☆☆

 「青猫屋」の人形師である廉二郎に,ツバ老と言う名の老人が訪ねてきた。48年前に行われた歌の仕合の判定をして欲しいと言う。48年前にツバ老とお時の間で歌を競い合い,今は亡くなった廉二郎の父が立ち会ったそうだ。しかし裏山の贋稲荷に住む老婆お時の歌は今に残っていなかった。取り敢えず廉二郎は,お時の歌が今どうなっているかを捜し始めた。

 初めて読む作者の作品を手にするきっかけって,いろいろあります。何処かで読んだ書評が気になったとか,何らかの文学賞を受賞したとか,タイトルが気に入ったとか。私が城戸さんの作品を読むのは初めてだったのですが,手に取ったきっかけは表紙の装丁に惹かれたからでした。さて第8回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した本作ですが,ちょっと変わった世界が描かれています。歌を作ることを喜び,そして歌に込められた力を恐れる町。この歌に込められた呪力を消すのが,人形師廉二郎の裏の仕事です。空想の中で構築された世界の不思議さは,ファンタジー作品の魅力の一つだと思います。その意味では,歌の持つ力に支配されている世界と言うのは,なかなか魅力的です。でも変な登場人物や最後の場面の不自然さなど,ちょっとどうかと思いました。

 

「BT‘63」 池井戸 潤  2006.06.03 (2003.06.30 朝日新聞社)

☆☆☆☆

 精神を病み職も妻も失った大間木琢磨は,病院を退院して家に戻ってきた。父は既になく母との二人暮らしが始まった。そんな中,家に仕舞われていた父の遺品である,不思議な制服を見つけた。何気なくその制服に袖を通した琢磨は,不思議な体験をする。あたかもタイムスリップしたように,父がかつて体験した場面が見えてしまった。そこで父は運送会社で経理の仕事をしており,1台のボンネットトラックにまつわる不思議な出来事に遭遇する。

 銀行員出身で金融にまつわる話が多かった池井戸さんには珍しいSF作品です。BTとはボンネットトラックの事なんですが,タイムスリップの行き先は昭和30年代。私が子供の頃の時代ですが,ボンネット型のバスもトラックも記憶にあります。さてタイムトリップと言っても,実際にその時代に行ってしまうのではなく,父の目を通して父親と同じ体験をする形になっています。昭和30年代に父が遭遇した出来事が語られる一方で,現在における琢磨の調査が合わせて描かれていきます。まず感じるのは,SF的な設定にもかかわらず話しがとてもリアルな点です。BT21の運転手だけでなく,相馬社長親子だとか,響子と彼女の夫や娘,と言った人物達がきめ細かに描かれているせいでしょう。ちょっと冗長な感じもしますが,読み応えがあります。父親の体験の結末はどうなるのかと言う事と,それが現在においてどの様な形で現れるのかと言う二つの興味で引っ張られます。この様な構成にした効果が大きいと思います。ちなみにヤマト運輸が宅急便を開始したのは1976年(昭和51年)です。

 

「栄光なき凱旋」 真保 裕一  2006.06.08 (2006.05.10 小学館) お勧め

☆☆☆☆☆

 ロスのリトル・トーキョーで暮らすジローとヘンリー,ホノルルで暮らすマット。彼ら日系二世の暮らしを一変させたのは,日本軍による突然の真珠湾攻撃だった。知り合いとのイザコザから人を殺してしまったジローは,堪能な日本語を活かして語学兵となった。恋人を殺され職も失ったヘンリーは,日系人の強制収容に抗議して法廷の場へ。そして白人との結婚を決めていたマットは,友人とともに銃を取り日本との戦の場へ向かう決意をした。

 戦争を扱った作品は,それこそ星の数ほどあります。戦争に於けるヒーローの活躍の物語,戦争の悲惨さを訴える作品,戦争によって翻弄される多くの人達。様々な角度から描かれる多くの作品達。今回真保さんが初めて描いた戦争の物語は,アイデンティティを賭けた闘いです。日本とアメリカが戦争を始めた中,アメリカで生まれ,アメリカで育ち,アメリカで暮らす,アメリカ国籍を持った日系二世達。自分はアメリカ人だと思っているのに,謂れの無い差別を受け,アメリカ国籍を持たない親達の一世世代との溝も深まっていく。日本人とアメリカ人の双方から敵と見なされながらも,アメリカ人として生きていくしかない彼ら。そんな微妙な立場の3人が,戦争に飲み込まれていく様が圧倒的な迫力を持って描かれます。確かに多くの日系人が様々な苦労をした事は何となく知っていました。だけど実際そこに居た彼らが感じた気持ちは想像も出来ません。自由の国アメリカに対する思い,親戚の住む日本に対する複雑な気持ち。祖国って何?,人種って何?,国籍って何?。そしてそれらは一世と二世でも違うし,人それぞれによっても違います。ジロー,ヘンリー,マットの取った行動が正しいのかどうかではなく,そうせざるを得なかった時代の悲劇なのでしょう。戦争だって人種差別だって,正しい事だ何て思っている人は極少数のはずです。それでも戦争も差別も無くなる事は無いんでしょう。ハワイを始めグアム,サイパン,そしてアメリカ本土へ旅行に行く日本人は多いです。こういう本を読んでしまうと,ヘラヘラした顔でアメリカを歩けなくなってしまいます。

 

「少年計数機−池袋ウェストゲートパーク(2)」 石田 衣良  2006.06.09 (2000.06.30 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「妖精の庭」 ... ネット上の「のぞき部屋」の売れっ子アスミにつきまとうストーカー。なんとかして欲しいとの依頼を受ける。
A 「少年計数機」 ... 周りの様々な物を数え続ける10歳のヒロキ。彼が誘拐された。犯人は彼の兄だと言う。
B 「銀十字」 ... 池袋近辺で頻発している引ったくり事件。一人の老婆が事件に遭い,その際大怪我をしたらしい。
C 「水のなかの目」 ... 長めの話を書こうとして思い浮かんだのは,3年前に起こった女子高生の監禁事件だった。

 黒川博行さんの「カウントプラン」にも,何かと数を数えてしまう男が登場しました。私も少々その傾向があるんです。階段の上り下り何かの時,必ずと言っていいほど,段数を数えてしまいます。それはともかく,IWGPシリーズの2作目です。主人公のマコトが,タカシを始めとするGボーイズの助けを借りながらも,大活躍します。前作に比べると探偵色が強まってきていますので,いっその事,探偵事務所開設してしまってもいい感じです。男になった女,女優,二人の老人と,前3作は依頼人が変わっていて,それが事件と上手くマッチしています。でも4作目の「水のなかの目」は,ちょっと読むのがしんどいです。もともと実際に起こった事件を思い起こさせる作品はあまり好きではありません。

 

「骨音−池袋ウェストゲートパーク(3)」 石田 衣良  2006.06.12 (2002.10.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

@ 「骨音」 ... 頻発するホームレスの襲撃事件。薬で眠らされたうえで骨を折られた被害者が何人かいた。
A 「西一番街テイクアウト」 ... 西口公園で高熱を出して倒れた少女。家に連れて帰って母親を呼び出したのだが。
B 「キミドリの神様」 ... 池袋だけで通用する地域通貨。最近ニセの通貨が出回っており,犯人の調査を依頼された。
C 「西口ミッドサマー狂乱」 ... 幕張で行われた大規模なレイブに出掛けたマコト。新しいドラッグにまつわる話を聴いた。

 IWGPシリーズの第3作。2作目と続けて読んだのですが,ますます探偵マコトの要素が強まってきている感じです。それとともにタカシの比重も大きくなるとともに,マコトの母親の活躍も描かれます。そして恋とは無縁のマコトだと思っていたのですが,最後の作品ではマコトの恋の話が出てきます。ちょっとずつ変わってきている部分もありますが,現代の若者を活き活きと描いているところは変わりません。まあ私の年代からすると,ちょっと受け入れられない所もありますが,主人公たちの清々しさが感じられるのがいい。マコトの知り合いの刑事や警察署長の登場がちょっと少ないのですが,彼らは物語の中でいいアクセントになっているので残念です。

 

「押入れのちよ」 荻原 浩  2006.06.14 (2006.05.20 新潮社)

☆☆☆☆

@ 「お母さまのロシアのスープ」 ... 森の中で母と暮らす二人の姉妹。一人は鼻が利き,一人は耳が良かった。
A 「コール」 ... 学生時代からの付き合いだった二人の男性と一人の女性。学生時代は超常現象のサークルに入っていた。
B 「押入れのちよ」 ... 引っ越したマンションの部屋には幽霊が。明治生まれの14歳の「ちよ」と言う少女の幽霊だった。
C 「老猫」 ... 身寄りの無い叔父が亡くなり,画家だった彼の家を貰い受けた家族。その家には老いた猫が住んでいた。
D 「殺意のレシピ」 ... 夫は海から魚や海草を,妻は山から山菜や茸を持ち帰った。そしてそれらで作った夕食が始まった。
E 「介護の鬼」 ... 寝たきりになった義父の介護をする妻。舅や姑に対する今までの恨みを晴らす時だった。
F 「予期せぬ訪問者」 ... 思わず殺してしまった不倫相手。死体の始末をしなくてはいけないのに,訪問者が現れた。
G 「木下闇」 ... かくれんぼの途中で行方不明になってしまった妹。15年振りにその現場となった母の生家を訪れた姉。
H 「しんちゃんの自転車」 ... 夜中に自転車に乗ってきたしんちゃん。これから二人で自転車に乗って遊びに行こうと言う。

 最近「明日の記憶」が映画化され人気上昇中の荻原さん。映画は観ていませんが,この作品は荻原さんの作品の中でも一番のお気に入りです。若年性アルツハイマーに襲われた夫と,彼をサポートする妻の話ですが,とにかく泣けます。でも荻原さんて「泣ける」作品は珍しく,この作品で荻原さんを知った人が,他の作品を読むと違和感を感じるかも知れません。さて本作は,これはこれで荻原さんらしくない,ホラーっぽい作品を集めた短編集です。と言うか,この人初めての短編集です。表題作の「押入れのちよ」では,幽霊であるちよとの触れ合いが描かれます。ビーフジャーキーを食べたり,カルピスを飲む,明治生まれで14歳の少女ちよが印象的です。やや後味の悪い作品もありますが,総じてスッキリとした作品が多い。特に良かったのは,老いた樹が持つ雰囲気が良く出ている「木下闇」でしょうか。

 

「赤道」 明野 照葉  2006.06.16 (2001.11.25 光文社)

☆☆☆

 商社員としてバンコクに妻と赴任していた村瀬修二。妻の綾は異国の地に慣れず,精神を病み修二と離婚して帰国。修二も勤め先の商社を辞め,バンコクで気ままな暮らしをしていた。そんな中届けられたのは母親の死の知らせ。日本に戻った修二だったが,日本に彼の居場所は無かった。修二の姉が相続する事になった土地の権利書を盗み出した修二は,一人バンコクに戻った。

 最初に何者かに襲撃された修二の様子が描かれます。そして修二がバンコクにやってきた時に遡り,妻を失い職も投げ出す過程を経て,最初の場面に戻ります。バンコクで悪事に手を染め,その結果仲間内のリンチにでも遭ったんだろうと思いましたが,そう言う事だったんですか。東南アジアって行った事は無いのですが,やはり暑いんでしょう。「バンコクの犬」と言う言葉が何度か出てきますが,暑さで犬も(人間も)だらしなくなると言う事なのでしょうか。そんなバンコクの中で漂う様な生活を送る修二ですが,もともと小心者なので,悪事に突っ走る訳でもありません。何か中途半端な感じで物語りは進むのですが,修二の過去の出来事が唐突に出てきたりします。結局バンコクにも馴染めなくて日本に帰ってきてしまうのですが,何が言いたかったのか良く判りませんでした。

 

「ベッドの中の他人」 夏樹 静子  2006.06.14 (2002.02.15 徳間書店)

☆☆

@ 「ベッドの中の他人」 ... 不倫相手と共謀して妻を自殺に見せ掛けて殺害しようと,睡眠薬で眠らせたのだが。
A 「社長室の秘密」 ... 自分の秘書を有能な男と結婚させたがっている社長は,秘書の過去の相手が邪魔だった。
B 「故人の名刺」 ... その女優のファンだと言う男が差し出した名刺は,謎の死を遂げた彼女の婚約者の物だった。
C 「ある失踪」 ... 新婚旅行から戻った晩に妻が失踪した。彼女は別の男性と海外に旅立つはずだったのだが。
D 「猫が死んでいた」 ... 可愛がっていた猫がお風呂の中で死んでいた。朝早く出張に出掛けた夫が殺したのかも知れない。
E 「山手線殺人事件」 ... 山手線の電車の中で絞殺された女性。最後に一緒だったのは彼女に求婚中の男性だった。
F 「階段」 ... 愛人が階段から落ちて亡くなった。真っ先に考えたのは,小学生の自分の娘が彼を突き落とした事だった。
G 「まえ置き」 ... 飲酒運転で交通事故を起こしてしまった友人が,自分の身代わりになってくれと頼みに来た。
H 「動機なし」 ... 喫茶店で偶然に知合った女性が海に落ちて亡くなった。係わりあいたくなかったので逃げてしまった。
I 「一年先は闇」 ... 生命保険では1年と1日経てば自殺でも保険金はおりる事を知っているか,と言う電話が掛かってきた。

 この10作品に共通して言えるのは,「えっ,これで終わりなの?」と言う終わり方。何かはぐらかされた感じがしてしまいました。一番いい例が「ある失踪」でしょうか。新婚旅行から帰った晩に,ネグリジェ姿で失踪した妻。実は他の男性とパリに旅立つ約束をしていたのですが,そちらの男性の元にも現れなかった。二つの謎があって,二人の男性はその謎に対する答えを自分なりに解きます。でもこの真相は無いんじゃないんですか。トリックとか推理とかではなくて,単なるブラックユーモアなんでしょうか。夏樹さんにしては,ちょっと現実味の無い話が多過ぎる感じがしました。

 

「2010年の殺人」 五十嵐 均  2006.06.19 (1995.10.27 角川書店)

☆☆

 2010年3月,政権を担う国民党幹事長の錦木は,友人であり脳外科医の小笠原とともに,伊豆の別荘に向かっていた。秘書の泊が運転する車中で小笠原は錦木に,記憶の転写に成功した事を告げた。伊豆の別荘に着いた一行だったが,綿木が突然の吐血で倒れた。検査の結果,進行した胃癌であり3ヶ月から1年の寿命と言う事が判った。有能な政治家である錦木の残り少ない生命を惜しむ泊は,錦木の記憶を受け継ぐ事を申し出た。

 日頃からパソコンを使っていると,コピー何て言うのは極当り前の事で,ひょっとしたら人間の記憶のコピー何かも簡単に出来てしまう様な気がしてきます。データのコピーだったら新たな場所やメディアに作ればいいだけなのですが,人間の場合だと身体は一つしかありません。ですから完全に一人の記憶を別の人間にコピーしてしまうと,コピーされた方の人間の記憶は消えてしまいます。死ぬ訳ではありませんが,ある意味では死んだと同じ事になってしまいます。ここでは同じ記憶を持った二人の人間が存在する事による悲劇が描かれます。一人一人の人間からしたら,自分の存在って自分自身の記憶しかないんでしょうか。1995年に書かれた作品ですが,その15年後を舞台に設定しています。ですからちょっと未来の世界なのですが,その様にした意図が見えませんでした。

 

「嫁盗み―重蔵始末〈4〉長崎篇」 逢坂 剛  2006.06.20 (2006.03.23 講談社)

☆☆

@ 「紅毛の人」 ... 長崎奉行手附出役に任ぜられた重蔵。抜け荷と切支丹の取り締りが彼の役目となった。
A 「異国の風」 ... 長崎で住まいを捜していた重蔵達は,一人の男が首を吊って自殺した屋敷に目をつけた。
B 「密通」 ... 江戸の薬問屋で働いていて,その後長崎まで流れてきたと言う夫婦。きっかけは友人の勘違いだと言う。
C 「嫁盗み」 ... 長崎には嫁盗みと言う風習があるらしい。たねがこの嫁盗みに遭ってしまったが,夜に逃げ帰ってきた。
D 「さんちもさからめんと」 ... 出島に出入りを許された娼婦たち。抜け荷を防ぐ為に,持ち物や身体は厳しく調べられた。
E 「聞く耳を持たず」 ... 大雨で大きな被害を受けた長崎の町。崩れた家の修理のため,土を運ぶ人達が居た。

 近藤重蔵シリーズ4作目は,重蔵が長崎に行くところから始まり,長崎での活躍が描かれていきます。連作短編と言うよりは一つの長編と言った趣です。長崎での人との出会い,そしてそれらの人にまつわる事件が起こります。いくつかの事件の影には薩摩の影がちらつきますが,これは次作以降に大きな展開があるんでしょうか。今回は長崎と言う事で抜け荷にまつわる事件が続きますが,事件自体もそうですが,その解決に関してもインパクト不足を感じます。当時としては抜け荷と言うのは大きな罪だったんでしょうが,読んでいる限りそれ程極悪非道と言う感じじゃないから,そう感じてしまうのかも知れません。表題作になった「嫁盗み」ですが,本当にこんな風習があったんでしょうか。

 

「電子の星−池袋ウエストゲートパーク(4)」 石田 衣良  2006.06.21 (2003.11.30 文藝春秋社)

☆☆☆☆

@ 「東口ラーメンライン」 ... Gボーイズ出身の兄弟が営むラーメン屋。最近何者かがこの店の妨害を行っていた。
A 「ワルツ・フォー・ベビー」 ... 芸術劇場脇のテラスに佇む中年男性。5年前ここで息子が殺されたと言う。
B 「黒いフードの夜」 ... ビルマから来たと言う少年は,マコトの店に古くなった果物を貰いに来るようになった。
C 「電子の星」 ... 仙台に住む男性からのメール。東京で暮らしている同級生が,大金を送金後行方不明になった。

 IWGPシリーズの4作目ですが,ちょっとマンネリ気味でしょうか。ただこの「マンネリ」と言うのは,それ程悪い意味ではありません。偉大なるマンネリ「サザエさん」と同じく,読んでいて安心感が感じられます,と言ったニュアンスです。でも話の中身はかなり毒のある話です。特に表題作の「電子の星」は,嫌悪感が先に立ってしまいました。まあその様な嗜好のある人達も居るのでしょうが,私には全く理解できません。でも新たなシリーズキャラの登場と言う事なのでしょうか。池袋と言うのはラーメンの激戦区でもあるわけですが,そう言えばラーメン屋の話は初めてでしたね。このシリーズ作品ではマコトが聴く音楽の話が良く出てきますが,作者の音楽に対する気持ちが伝わってきます。ベートーヴェンの交響曲3と9に関しては全く同意します。

 

「失はれる物語」 乙一  2006.06.22 (2003.11.30 角川書店)

☆☆☆☆

@ 「Calling You」 ... 友達も携帯も持たない女子高生。頭の中で考えていた携帯電話に,電話が掛かってきた。
A 「失はれる物語」 ... 交通事故でほとんどの感覚を失ってしまった男。唯一右腕の感覚だけが残っていた。
B 「傷」 ... 特殊学級で知合いになった男の子は,人の身体に出来た傷や痣を自分の身体に移す事ができた。
C 「手を握る泥棒の物語」 ... 叔母が宿泊している旅館に置かれたバックの中のお金を狙ったが,奇妙な事になった。
D 「しあわせは小猫のかたち」 ... 一人住まいを始めた家には,その家で殺された若い女性の幽霊が住んでいた。
E 「マリアの指」 ... 姉の友人のマリアが自殺した。陸橋から線路に飛び降り,電車に轢かれて身体はバラバラになった。

 考える事は出来る,でも身体を動かす事も,何かを喋る事も,何かを聴く事もできない。唯一外界との交信方法は,自分の右手の指と右手に触れる妻の指。読んでいて,とてつもない閉塞感と言うか息苦しさを感じてしまいます。自分がこの状態だったら狂ってしまうだろうな,と思わせる描写が凄いです。そんな中で妻を解放してあげようとする優しさ。表題作の「失はれる物語」は強烈な印象をもたらします。そして「Calling You」「傷」も重苦しい話だったのですが,その次の2作では少しホットさせられました。そして最後の「マリアの指」は,異様な雰囲気を漂わせるミステリー。全体として,人と人のふれ合いを,優しく,切なく,そして残酷に描いています。乙一さんの作品は「GOTH」などの猟奇的な作品しか読んでいなかったので,本作は意外でした。

 

「反自殺クラブ−池袋ウエストゲートパーク(5)」 石田 衣良  2006.06.23 (2005.03.10 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「スカウトマンズ・ブルース」 ... 凄腕の風俗専門のスカウトマンに好意を抱く,喫茶店のアルバイトウェートレス。
A 「伝説の星」 ... かつて1曲だけ大ヒット曲を飛ばしたロック歌手。池袋の空き地にロック館を建てる計画を明かした。
B 「死に至る玩具」 ... 人気の玩具の人形。これが作られているのは中国の工場だが,そこでの作業は厳しかった。
C 「反自殺クラブ」 ... 集団自殺を阻止しようとするグループ。かつて自分の親が自殺した事を悔やんでいた。

 IWGPシリーズの5作目ですが,主人公のマコトって最初からほとんど設定が変わっていないんですね。シリーズ作だと主人公や周りの人達の変化と言うか,成長も一つの楽しみだと思いますが,ちょっと変化が無さ過ぎです。いつまでもお母さんと一緒に果物屋をやっていくんじゃなくて,そろそろ本格的な探偵になるなりした方がいい気がします。でもそうするとGボーイズとの関係が微妙になってしまいますけど,それはそれで現実的な感じもします。まあ20歳過ぎなんですから,いつまでもGボーイズでも無いでしょう。風俗,詐欺,集団自殺など今現在の問題点をテーマにしているのですが,あまり深刻にならないで軽いノリで描いているのはいつも通りで読み易い。ちょっと薄っぺらな感じがしないでもないのですが,これはこれでいいのかも。でもやはり少しは変わって欲しくなりました。

 

「墜落」 東 直己  2006.06.27 (2006.06.08 角川春樹事務所)

☆☆☆

 私立探偵の畝原が受けた依頼は女子高生の素行調査だった。母親からの依頼で尾行を始めた畝原だったが,自分の娘とほぼ同い年の女子高生は,ホストクラブに出入りし,そのお金を稼ぐために老人相手に身体を売っていた。そんな中,依頼者の紹介で知合った老人から,猫の首なし死体が置かれたと言う相談を受けた。そして畝原が車を停めた駐車場の管理人二人が殺されると言う事件が起こった。

 私立探偵・畝原シリーズの最新作(5作目)ですが,畝原の家族関係が大きく変わっています。まあ前作を読んでいれば,これは当然の事ですね。どちらかと言うとこのシリーズは社会派的な作品と言うイメージがあるのですが,本作は何が謎なのか,何が事件なのか判らないままにズルズルと進んでいく感じがしました。確かに殺人事件は起こるのですが,畝原が依頼された件との関係は見えないし,畝原の調査自体も意図が判りません。携帯電話やネットの掲示板等に集まる若者の生態だとか,北海道でのマイナーな文学界の陰湿さ等は上手く描かれているとは思います。でもなんかそれだけで,これだったら北海道警察を相手にしていた方が判り易かった感じです。でも東さんらしい独特の会話文も面白いし,明美や冴香との家族関係も,ちょっとぎこちないながらもいい感じです。

 

「赤(ルージュ)・黒(ノワール)−池袋ウェストゲートパーク外伝」 石田 衣良  2006.06.29 (2001.02.28 徳間書店)

☆☆☆☆

 映像ディレクターの小峰は知合いの村瀬から,羽沢組が経営するカジノの売上金強奪を持ち掛けられた。計画は大成功を収め1億4千万円の金を手に入れた。しかし仲間の裏切りにより,金が奪われ,村瀬は殺され小峰は羽沢組に捕まってしまった。金を取り戻す事を約束された小峰は,自分達を裏切った男をサルとともに捜し始めた。そしてこの裏切りの裏には,羽沢組と同じ系列の岩谷組が絡んでいる事を掴んだ。

 池袋ウェストゲートパークの外伝となっておりますが,全くの別物と考えた方がいいでしょう。マコトは登場しませんが,シリーズキャラのサルが小峰とともに活躍します。狂言強盗の裏に仕組まれた罠に嵌った男の再起を賭けた闘いが描かれます。事件の裏の真相を暴いたものの,組同士の力関係によってどうしようも出来ないもどかしさ。そしてそれを打開する為に大きな賭けに出ます。話としては面白いと思います。でも話しがうまく進みすぎてしまうのが,緊張感を削いでいる気がします。マリア様への祈りがあったとは言え自分達を裏切った男が簡単に見つかってしまう。凄腕の伝説の張り師が簡単に協力してくれる。そんなに上手く行く訳ないでしょ,と言いたくなってしまいます。まあシリーズの本筋の方もあまりリアリティのある話ではないので,スピード感溢れる作品世界を楽しめばいいのかも知れません。でもマコトの一人称と比べると,ちょっとテンポが悪く感じてしまいました。