読書の記録(2004年12月)

「砂漠の船」 篠田 節子  2004.12.01 (2004.10.20 双葉社)

☆☆☆

 東京の団地で,百貨店に勤める妻と高校生の娘と暮らす幹郎は,運送会社勤務の会社員。何よりも家族が一緒に居る事と,地域に溶け込んで生活する事を望む幹郎は,会社の転勤を断り出世の望みは絶たれていた。そんなある日,近所で凍死したホームレスと,子供の頃に自殺した母親が,同じお守りを持っていた事を知った。

 先月末に読んだ天童荒太さんの「家族狩り」と同様に,本作も家族の崩壊の物語です。こういう作品を続けて読むと,気持ちが落ち込んでしまいます。本作の方はどちらかと言うと地味な展開なのですが,それだけにジワジワと迫ってくる感じがします。家族や地域を大切に思う幹郎の心情は,彼の子供の頃の家庭環境や祖母や父親の死によって充分に伝わってきます。だから彼の家族に対する思いは良く理解できるし,決してそれが間違っているとは思えません。また一概に母親や娘が悪いとも思えません。こう言う問題は決して一般論で述べる事はできないし,防止策も解決策も「これが正解だ!」と言える物がないのが,やりきれないところです。自分も同じような年頃の娘を持つ父親なので,考えてしまいますね。自分では家族と言うものに信念を持っているつもりですし,当然それが正しいと信じています。でもお互いの価値観の違いを理解し,認め合う事との折り合いをどうするかなんでしょうね。だけどこの結末は,幹郎と同じく父親であり夫である私の立場から言うと,「そりゃないだろう!」って思ってしまいました。

 

「明日の記憶」 荻原 浩  2004.12.03 (2004.10.25 光文社) お勧め

☆☆☆☆☆

 広告代理店で部長をしている佐伯は,最近物忘れが多くなった事に気が付いた。俳優の名前や映画の題名が思い出せない,知っているはずの言葉がでてこない。大切な顧客との約束を忘れてしまったり,買った事を忘れて同じ物を買ってしまったりする。そして頭痛,不眠,眩暈などの症状もあった事から,大学病院で診察を受ける事になった。いくつかの検査を経て告げられたのは,「若年性アルツハイマー」の初期症状だった。

 夏樹静子さんの「白愁のとき」も若年性アルツハイマーを扱っており,どちらの主人公も50歳前後でした。私も同じ年代なので,身につまされる話です。まあ実際には「癌で余命が何年」と宣告されても同じ様な気がしますが,病気が病気なだけにショッキングな話です。病院での検査で医者からされる質問や,渋谷で道が判らなくなってパニックに陥ったり,会社で部下から密告されたり,随所に描かれるリアルな場面が印象的です。そして主人公が書いた日記(備忘録)が途中々々に挟まるのですが,字が間違っていたり,同じ事を繰り返し書いたり,漢字が書けなくなっていったりと,病気の進行を窺わせて悲しみを誘います。でも奥さんの枝実子さんの人柄がとてもいいのが救いでしょうか。ラストでは,主人公に代わって,枝実子さんに「ありがとう」って言いたくなってしまいました。ちょっとホロリ。荻原さんの作品は,ユーモラスな文章で書かれた物が多いのですが,それを抑えた静かな語り口もいいです。それにしても私も物忘れが多いんですよ。「昨夜寝た時の記憶が無い...」。って,それは単なるアルコール性かあ。

 

「いとしのヒナゴン」 重松 清  2004.12.07 (2004.10.30 文藝春秋社)

☆☆☆

 30年ほど前に,謎の類人猿騒動が起こった広島県の比奈町では,最近になって再び類人猿が目撃されるようになった。小学生時代に類人猿探しの冒険をしたイッちゃんは,今では比奈町の町長。「ヒナゴン」と名付けられた類人猿の存在を信じるイッちゃんは,町役場に類人猿課を設置した。しかし比奈町は近くの備北市との合併問題に揺れ,破天荒なイッちゃんも反町長派からの攻撃にさらされていた。

 1970年代に広島県比婆郡で目撃されたという謎の動物「ヒバゴン」。この時の騒動は何となく記憶があります。この作品はその時の出来事をモチーフにしているんでしょう。でもこの作品は,謎の動物の正体は何なのかと言う謎よりも,この山間の小さな町に暮らす人達こそが大きな魅力です。普通に考えたらあり得ない様なハチャメチャ町長のイッちゃん,彼の幼馴染のドベさん,ナバスケ,カツさん。そして主人公の信子さんと,彼女と同級生だったジュンペ,西野君。町のこと,自分のこと,子供のこと,そしてヒナゴンのこと,みんな一生懸命なんですよね。誰にだって子供の頃に持っていた夢ってあると思います。でも現実的には,それらを諦めてしまう事がほとんどです。同じ諦めるにしても,確かに「宇宙人はいないんだ」よりも,「宇宙人はいるかもしれないけど,会えないんだ」の方がいいですよね。暗い作品の多い重松さんには珍しく,ほのぼのとした心温まる話です。

 

「藍の悲劇」 太田 忠司  2004.12.08 (2004.10.20 祥伝社)

☆☆☆

 男爵こと桐原に呼ばれた霞田志郎は,見合いと言う意外な申し入れを受けた。桐原が自分に合わせたい女性に興味を持った志郎は,藍染の展示会に出掛け,藍染作家をしている志賀織香と会う。さらに彼女の師匠にあたる東藤の工房に見学に行ったが,東藤は工房内で死体となっていた。検死の結果,とりカブトの毒と,藍染の原料を飲んでいた事が判った。

 霞田志郎兄妹シリーズの10作目。以前は都市名を使った「〜の謎」でしたが,色の名前を使った「〜の悲劇」と言うタイトルに変わって3作目。前作の「紅の悲劇」から2年以上経ってしまったんですね。太田さんの作品に登場する探偵役って,悩んでばっかりいる感じがするんですが,その対極としての存在が,この桐原。そんな彼から女性を紹介される場面から始まります。題材にしている伝統工芸の世界の描写も判りやすいし,推理の場面はそれなりに面白いと思います。でも今回は特に千鶴が鬱陶し過ぎで,犬のダミアン以上だった様な気がしました。志郎,亜由美,三条のキャラから浮き過ぎちゃってますよ。それにしても,この犯人の動機に関しては納得できませんでした。

 

「逃避行」 篠田 節子  2004.12.09 (2003.12.20 光文社)

☆☆

 家で飼っているゴールデンリトリバーのポポが,隣に住んでいる子供を噛み殺してしまった。決して犬が悪い訳ではなく,悪戯をした子供の方が悪かった。しかし当然の如く,世間もマスコミもそうは見てくれなかった。そればかりか,夫も二人の娘も,飼い主の妙子とポポには冷たかった。四面楚歌となった妙子は,ポポを連れて,宛ても無く一人家を出た。

 普通に考えたら,この主人公の行動は非常識ですよね。理由はどうあれ,飼っている犬が子供を殺したりした訳ですから。そして常に犬の事ばかり考えている妙子にも違和感を感じてしまいます。確かに40歳を越してからの体調の悪さ,世間やマスコミの攻撃,夫や娘の対応等からくる妙子の閉塞感は判りますが,行動が突飛ですよね。ポポと妙子の交流や,逃避行の中で出会った人達の温かさが綺麗なんで,その点が残念です。でも逃避行に至る妙子の心情をゴタゴタ書かれたら,納得はできたとしても気が重くなるだけでしょうか。それにしても結末が唐突です。伏線が全く無かった様に思えるんですが。

 

「その夏の終わりに」 結城 五郎  2004.12.13 (1994.07.20 架空社)

☆☆

@ 「その夏の終わりに」 ... 担当している肝臓癌患者へ積極的な治療を諦めた俊平だったが,外科医は手術の実施を主張した。
A 「父のいる情景」 ... 教師をしていた父は真面目な人間だった。最近よく出掛ける事が多いと,妻から聞かされた。
B 「最後の儀式」 ... 癌で入院している父親。大学生になる息子は,医者から今夜がヤマだと聞かされていた。

 医師の仕事をしながら,40歳にして小説を書き始めた結城さんは,この作品で第2回小谷剛文学賞を受賞。「心室細動」でサントリーミステリー大賞を受賞したのは,この5年後なんですね。本人が医師なんですから,医師の立場で書きそうなものなんですが,ここでは患者やその家族の気持ちが強く描かれていて,ちょっと意外な感じがしました。余命残り少ない患者に対する手術の是非を描いた,中編の表題作は読み応えがあるんですが,ちょっと主人公が青臭さ過ぎだろうか。でも大学病院なんかだと,危険は高くても難しい手術に取り組みたい医師なんて,結構いるんでしょうね。患者や家族にとって何が一番いいか,なんて考えは二の次なのかも知れません。大きな病院だから安全性が高いなんて事は無いんでしょうね。

 

「深夜曲馬団(ミッドナイト.サーカス) 大沢 在昌  2004.12.13 (1993.06.10 角川書店)

☆☆

@ 「鏡の顔」 ... 一枚の写真をもとに物語を構築するフォトライターの沢原が,街で見掛けた男の顔に引きつけられた。
A 「空中ブランコ」 ... 軽井沢の別荘に仕掛けられていた盗聴器。盗聴の目的は別荘に立ち寄るだけの人物だと思われた。
B 「インターバル」 ... 1ヶ月の休暇をとって自分の生まれ育った屋敷を訪れた男。学生時代の様に自分の身体を鍛え始めた。
C 「アイアン・シティ」 ... 店でシンガーをしている女性が最近付き合っている男に関して,人身売買をしているとの噂が。
D 「フェアウェルパーティ」 ... 自分の夫を殺し屋から一晩守って欲しいと依頼してきたのは,自分の彼女の友人だと言った。

 第4回冒険小説協会最優秀短編賞を受賞した作品だそうですが,こういうのって冒険小説と言うんでしょうか。「空中ブランコ」に出てくる加瀬って,「標的はひとり」に出てきた主人公で,最後の2作に出てくるマービンも何かに出てましたよね。佐久間公シリーズでしたっけ。大沢さんの作品のエッセンスが,いろいろ詰まった短編集です。しかしこの手の話だからでしょうか,どうも登場人物の心情が理解できないんです。特に殺し屋とか機関の話になると顕著です。「鏡の顔」のフォトライターと殺し屋の場面なんて,二人とも一体何を考えているんだろう,って思っちゃいました。でも,「インターバル」の主人公に関しては,ちょっと羨ましかった。

 

「狩野俊介の記念日」 太田 忠司  2004.12.14 (2004.09.30 徳間書店)

☆☆☆

@ 「思い出の場所」 ... 「イブの夜,9時,思い出の場所で待つ」。5年前に死んだ妻から,そんな電報が届いた。
A 「ふたりの思い出」 ... 市のパーティーに出席した女性のネックレスが行方不明に。出演していた手品師の女性が疑われた。
B 「思い出を探して」 ... 18年前に一度だけ会った少女を探して欲しい。黒ずくめの詩人の依頼は困難に思われた。
C 「そして思い出は…」 ... 夢の中に訪れた猫の依頼人。もうすぐこの街にやってくる一匹の猫が救世主になるかも知れない。

 この狩野俊介のシリーズは本作で13作目になるのですが,最初の「月光亭事件」から13年が経っているので,1年に1作のペースです。でも驚いた事に,物語の中では月光亭の事件から,まだ1年しか経っていないんですね。このシリーズは「〜事件」と題された長編と,「狩野俊介の〜」と題された短編に分かれますが,私は後者の方が好き。特殊な屋敷と言った大掛かりな舞台よりも,日常の謎を扱う方が,この登場人物に合っている感じがします。そういう意味で本作では,「思い出の場所」が一番良かったでしょうか。思い出って所詮その人にしか意味の無い事かも知れませんが,せめて夫婦の間では少しは共有したいものです(我が家は大丈夫か?)。それにしても野上所長とアキさん,俊介君と美樹ちゃんの関係はなかなか進展しないですね。

 

「風精(ゼフィルス)の棲む場所」 柴田 よしき  2004.12.15 (2001.08.07 原書房)

☆☆☆☆

 作家の浅間寺竜之介は,ファンだと言う西風美夢と言う女性とのメールのやり取りを続けていた。ある日彼女から,彼女の住んでいる村への誘いがあった。村に伝わる奉納の舞を彼女が舞う事になって,それを是非見て欲しいと言うのだ。浅間寺は飼い犬のサスケを連れて,京都北山の奥の小さな村を訪れた。祭りの前日に行われた最後の稽古舞が終わった後,4人の舞手の一人が殺された。

 「桜さがし」に出てきた浅間寺竜之介と言うよりも,猫探偵正太郎シリーズに出てくる浅間寺竜之介が探偵役で登場。地図にも載っていない村と言うとファンタジーっぽいのですが,殺人事件にまつわるトリックや推理はかなり論理的。でもこの作品の良さは村の景色や人達の幻想的な雰囲気でしょうか。鎮守の杜に舞う蝶,娘たちの踊り,そして村に伝わる「消えた乙女の伝説」。それに対して,林業政策の問題点や伝説に関する現実的な解釈が述べられます。この幻想性と現実性,論理性と情緒性のバランスがいいんでしょう。最後のまとめ方も秀逸です。

 

「巡礼者たち―家族狩り(4)」 天童 荒太  2004.12.17 (2004.05.01 新潮社)

☆☆

 一家無理心中事件を独自の視点で追い掛ける馬見原は,妻の佐和子と四国に向かった。佐和子はここで何人もの巡礼者や彼らを受け入れる人達と出会う。高校教師の職を失った俊介は,亜衣の事を気に掛けながらも,新しい生活に入っていく。そして山賀葉子のもとに通っていた駒田は,児童施設から娘の玲子を連れ出し行方を眩ましてしまった。

 第4巻になってようやく,それぞれの登場人物の行方が,おぼろげながら見えてきた感じもします。でも前作で登場した山賀葉子に関しては新たな謎が出てくるし,馬見原夫婦はどうなるか判らないし,游子においては事件に巻き込まれるし。次回が最終話なのですが,気になる事が増えてしまった感じもします。普通次回作が気になるのは,楽しみのはずなのですが,ここではちょっと様子が違います。何かこれだけ悲惨な話の連続だと,ちょっと憂鬱です。親と子の関係,家族の意味,心の痛みや脆さ,優しさと弱さ,そしてそれらの根本にある社会の未熟さ。多くの問題を含んだ作品なのですが,最終話は少しは希望の見える話に収まって欲しい気がします。

 

「まひるの月を追いかけて」 恩田 陸  2004.12.20 (2003.09.15 文藝春秋社)

☆☆

 腹違いの兄の研吾が失踪したと言う知らせを,彼の恋人の優佳利から貰った静。雑誌社の仕事をしていた研吾は,奈良を取材中に行方が判らなくなった事から,静は優佳利と二人で奈良に向かった。彼の取材コースを取り敢えず辿る事にした。しかしひょんな事から,優佳利と名乗っている女性は,兄の恋人の優佳利では無い事が判った。研吾は優佳利とは既に別れており,その後優佳利は交通事故で死亡。そしてこの女性は優佳利と研吾の同級生の藤島妙子だと名乗った。

 行方が判らなくなった異母兄を探すと言う話なんだなあ,と読み始めは思ったのですが,話はどんどん様相が変わってしまいます。研吾の失踪,優佳利の死,妙子の狙い,静の気持ち,様々な謎を提示しながら不思議な旅が続きます。橿原神宮,明日香,山辺の道と,何だか自分も一緒に奈良を旅している感じがしてきます。奈良は小学生の修学旅行で行った事があるだけなんですが,石舞台だとか奈良公園とか,当時の記憶がちょっと甦ってきました。それはいいのですが,ここで提示される謎やその解答って,彼らの中だけの事でしかなく,あまり魅力を感じる事ができませんでした。それよりも作中に挟まる,「愛のサーカス」,「黄金の林檎」とか言った童話の使い方の上手さに感心しました。

 

「しゃぼん玉」 乃南 アサ  2004.12.21 (2004.11.30 朝日新聞社)

☆☆☆☆

 引ったくりやコンビニ強盗を続けながら,あての無い日々を送る伊豆見翔人。ヒッチハイクの途中,運転手とのトラブルから,乗ったトラックから突き落とされてしまった。そして山道を彷徨っている時,道路で倒れている一人の老婆を見つけた。バイクに乗っていての事故だった。さいわい大した怪我ではなかったが,助けた成り行きから,この老婆スマの家で居候生活が始まった。

 世の中には犯罪のニュースが溢れていますが,何でそんな事をするんだろうと思うような事件も少なくありません。そりゃあそれぞれにそれなりの事情はあると思いますが,犯罪を犯すよりは真っ当に生きようと思うのが普通だと思います。でも安易に犯罪に走ってしまう人も多いんでしょう。主人公の伊豆見もそうで,犯行を繰り返していきます。自分を,「しゃぼん玉のように漂い,いつかはパチンとはじけて消えてしまう」,そんな存在だと思っています。でも山の中の村で生活するうちに,何かが変わっていきます。朝早く起きて,ご飯を食べて,仕事をして,早く寝る。そして他人から頼りにされ,感謝され,相手の事を思う。そんな当たり前の事すらできない人間が増えているんでしょうか。最後の場面はなかなか感動的でした。ちなみにこの作品の舞台となる宮崎県椎葉村って実在するんですね。村役場のホームページを見てみたら,この作品の事が紹介されていました。

 

「墓石の伝説」 逢坂 剛  2004.12.24 (2004.11.30 毎日新聞社)

☆☆

 御茶ノ水のレストランに入った岡坂神策は,西部劇映画の話をしている二人の女性客に興味を持った。西部劇のファンでもある岡坂は,思わず彼女らに話しかけた。一人は映画監督の塚山新次郎の姪で,もう一人は日放テレビのチーフ.ディレクターだった。話によると,塚山が新しい西部劇映画を創ろうとしており,その過程のドキュメンタリーを日放テレビが製作しようとしているとの事だった。

 岡坂神策シリーズの新刊だったので期待していたのですが,かなり期待外れ。確か前の作品でも映画の話が細かく描かれていましたが,今回はそれ以上。と言うより,西部劇の話がほとんどです。別に「OK牧場の決闘」の真相がどうだろうが,ワイアット.アープがどういった人物だったかなんて,普通の人からしてみたら,どうでもいい様な気がするのですが。確かにガンマニアに関するストーリーなど,ちょっとスリリングなシーンが無い訳ではないのですが,話全体に動きが無さ過ぎ。本来味付け程度にすべき薀蓄話がメインとなってしまっては,余程の西部劇マニアでなきゃ,読むのが辛いだけ。どうしてもこう言った話が書きたいんだったら,小説では無い場でして欲しいですね。

 

「輪廻(RINKAI)」 明野 照葉  2004.12.27 (2000.06.30 文藝春秋社)

☆☆

 茨城県の漁村の旧家に嫁いだ香苗は一人娘の真穂をもうけたが,義母の異常とも思える仕打ちに耐えかね離婚。香苗の母が一人で暮らす,新宿区大久保にあるマンションに,真穂を連れて戻ってきた。母親の時枝とあまり仲の良くなかった香苗だったが,孫の真穂だけは可愛がって貰えると思っていた。しかし時枝は香苗と真穂に,そっけない態度を取り続ける。そんなある日,香苗は真穂の身体に痣を見つけた。

 時枝,香苗,真穂と言う3代の女性,そして大久保,新潟,茨城の3ヶ所を巡って繰り広げられる怨念を描いたホラー作品。読み終わってストーリーを考えると怖い話なんですが,読んでいて怖さと言うか不気味さをほとんど感じないんです。例えば真穂が別人の声で喋り始める場面とか,真穂を見た人達の意外な態度とか。この手のホラー作品って,そういうところで読者が感じる不気味さが一番のポイントになると思うのですが。そう言った場面を,何か淡々と描き過ぎている感じがしました。途中に出てくる「かさね」の話の方が怖かった。ちなみに本作は,第7回松本清張賞の受賞作だそうです。

 

「図書室の海」 恩田 陸  2004.12.28 (2002.02.20 新潮社)

☆☆☆

@ 「春よ,こい」 ... 今日は卒業式の日。母が差し出したマフラーを断って家を出た女子生徒に迫ってくるトラック。
A 「茶色の小壜」 ... 交通事故の現場で機敏な働きをした女性は,彼女が勤める会社の社員だった。
B 「イサオ・オサリヴァンを捜して」 ... LURP(ループ)と呼ばれる斥候部隊のイサオ.オサリヴァンは戦場から突如消えた。
C 「睡蓮」 ... 睡蓮の花が何であんなに綺麗なのは,あの沼の底には綺麗な女の子が埋められているから。
D 「ある映画の記憶」 ... 昔に見た白黒映画の記憶。振り返ると海辺にいるはずの母が居なくなっていた。
E 「ピクニックの準備」 ... 明日は学校恒例のピクニックの日。同じクラスの異母兄弟の男子とは一度も言葉を交わさなかった。
F 「国境の南」 ... 学生時代の友人のアパートの近くにあった喫茶店。ここのウェイトレスの名前を新聞で知った。
G 「オデュッセイア」 ... ココロコは自分が歩ける事に気が付いた。そして静かな場所を求めて住人達と旅に出た。
H 「図書室の海」 ... 図書室でたまに見掛ける女子生徒は,何故かいつも自分を拒否している様に思われた。
I 「ノスタルジア」 ... 高校時代の友人からの呼び出しの葉書。しかし待ち合わせた場所に彼女はやってこなかった。

 表題作の「図書室の海」は,「六番目の小夜子」の番外編で,関根秋のお姉さんが主人公になっています。後書きによりますと,他の作品も恩田さんの何らかの作品と関係があるようでしたが,何がどうなのかは良く判りませんでした。恩田さんには珍しい短編集ですが,ホラー,SF,ファンタジー,ミステリーと,いろいろな要素の作品が集められています。どの話も明確な結末が描かれていないので,ちょっと尻切れトンボの感が無きにしもあらずなんですが,どれも不思議なテイストが味わえます。ちょっとドキッとするような,「茶色の小壜」「国境の南」が印象的でした。

 

「紫のアリス」 柴田 よしき  2004.12.29 (1998.07.15 廣済堂出版)

☆☆☆

 不倫関係を清算して,10年勤めた会社を辞めた紗季は,夜の公園で「不思議の国のアリス」に出てくる「三月ウサギ」を目撃した。幻かと思ってウサギを追いかけた紗季は,男の死体につまずいた。その後引越ししたマンションで,不倫相手の男が自殺した事を知らされた。そんな中,同じマンションに住む老婦人と知り合った。

 ルイス.キャロルの「不思議の国のアリス」って,これをモチーフにした作品が多い様な気がするのですが,そちらは読んだ事無いんですよね。ウサギや帽子屋の格好で登場する謎の人物,公園にあった死体とその消失,紗季の周りで次々起こる不思議な出来事は何なのか。情緒安定の為に紗季が飲んでいる薬の副作用による,記憶の欠落と言う設定があるのが何とも言えません。15年前に紗季が経験した友人の死が,大きな意味を持ってくる訳なんですが,ちょっともやもやした結末になってしまった感じでした。あまり詳しくは掛けませんが,それぞれの人にとっての現実の違いを出したかったのかも知れませんが,後味の悪さばかり残ってしまった気がします。

 

「ふたたびの虹」 柴田 よしき  2004.12.30 (2001.09.10 祥伝社)

☆☆☆☆

@ 「聖夜の憂鬱―ばんざい屋の十二月」 ... 事故で亡くなった父の命日にあたる,クリスマスは憂鬱だと彼女は言った。
A 「桜夢―ばんざい屋の三月」 ... 祖母が昔話してくれた緑色の桜の花。その下でうたた寝をすると夢が叶うと言う。
B 「愛で殺して―ばんざい屋の七月」 ... バーで偶然に知り合った小説家。彼の娘が毒殺されかかったらしい。
C 「思い出ふた色―ばんざい屋の十月」 ... 養女が前の家で使っていたパンダの茶碗が欲しいと言うのだったが。
D 「たんぽぽの言葉―ばんざい屋の四月」 ... お客が連れてきた同級生。彼女の母親は昔,強盗に殺されたと言う。
E 「ふたたびの虹―ばんざい屋の六月、それから…」 ... ばんざい屋の女将の吉永を捜していると言う女性が訪れた。
F 「あなたといられるなら―ばんざい屋の九月」 ... 吉永は養父の家を久し振りに訪れ,彼の妻と向き合った。

 東京のオフィス街にある小料理屋の「ばんざい屋」は,京都出身の女将の吉永悦子が,京都の庶民料理である「おばんざい」を出すお店。そんな店を訪れる客達とと女将が織り成す人間模様が描かれます。ちょっとミステリアスな話や人情話,そしていくつかの恋愛模様。でも一方の主人公はこの店自体でしょうか。独身のサラリーマンやOLなどが一人でも入っていける雰囲気,決して常連客だけの場所では無い,居心地の良さが伝わってきます。そしてもう一方は店で出される料理。「おばんざい」は季節々々の旬の素材を使った料理で,作る側の事を考えたものだそうですが,食べてもいないのに妙に懐かしさを感じさせてくれます。そして7作を通じて描かれる女将本人の謎と,密かに想いを寄せる古道具屋の主人との関係がいいですね。