読書の記録(1999年 9月)

「Jの少女たち」 太田 忠司  1999.09.01 (1993.10.05 講談社)

☆☆

 警察官を止めて工場に勤務している阿南の元に,以前彼が補導した少年の行方を捜している探偵が訪れる。そしてその少年から阿南の元に手紙が届く。彼は阿南に何らかの助けを求めているようである。手紙に記された「J」と言う謎の言葉,同じ時期に失踪している彼の幼馴染み,ある少女の飛び降り自殺。阿南はある事から工場勤務を止め,少年の行方を捜し始める。

 Jと言えばJリーグ位しか思い浮かばないので,「JUNE」だとか「やおい」何て全く知らなかった。そう言えばテレビか何かで,そんな話は聞いた事があった様な気がする。まあマニアックな世界は別として,阿南のストイックな生き方が少々鼻に付く。ハードボイルドタッチの小説だからしょうがないのかも知れないが,ちょっとやりすぎではないのか。少年が共感を覚えるとも思えないし。ところで,いくつかの崩壊した家庭が出てくるが,同じ様な年頃の子供を持つ身からすると,ちょっと気になる。どちらかと言うと,僕もあのジャーナリストと同じ様な感じで子供に接している気がする。いつか逆襲をされるのだろうか。頼むぜ,長男Tと長女M。

 

「虹を操る少年」 東野 圭吾  1999.09.02 (1994.08.25 実業之日本社)

 光瑠(ミツル)は子供の頃から色彩感覚に優れ,大変優秀な少年だった。高校生になった光瑠は,光を使って演奏する「光楽」を始める。暴走族のメンバー,家庭の不和に悩む少女,医者になる為の勉強に疲れた少年等が,彼の「光楽」から発せられるメッセージに呼応して集まってくる。しかし「光楽」が社会的に広まるにつれて,彼を利用しようとする者や,彼を排除しようとする者との争いに巻き込まれていく。

 人間には現代の科学では解き明かされていない,隠れた能力がある事には反対しない。と言うより,そうあって欲しいと思っている。光を使って,人間の隠された能力に訴えかけると言うアイデアは面白いと思う。しかし何か中途半端な感じがしてしまった。超能力を中心に据えている訳でも無く,光瑠を巡るサスペンスでも無い。勿論ミステリーでも無い。後半に明かされる事件の黒幕の正体も,必然性が感じられなかった。何かつい前に読んだ「Jの少女たち」と同様,出てくる少年達の家庭不和ばかりが目に付いてしまった。

 

「11文字の殺人」 東野 圭吾  1999.09.02 (1987.12.25 光文社)

☆☆

 彼から「自分は命を狙われている」と告白された翌日,彼は死体となって発見された。推理小説作家であるあたしは,友人であり,自分の担当編集者である冬子とともに,事件の真相を調べ始める。彼が1年前に遭遇したクルーザーの事故が関係している事に気付き,関係者を当たっていくのだが,事故の生存者が次々と殺されていく。

 何か全体的にリアリティが感じられないのは,警察の動きが全く感じられなかったからだろうか。一人や二人の探偵役の推理何かよりも,警察の捜査能力の方がはるかに上だから,探偵役を際立たせるには,警察の介入を極力防ぐ工夫が要るのが普通だと思う。それは絶海の孤島や吹雪の山荘と言ったシチュエーションであったり,関係者側に警察に知られたくない事情を設けたり,事故や自殺に見せ掛けたりだよね。ここでは目一杯殺人が起こっており,警察も動いているのに関係者の間だけで完結してしまう。別に加賀刑事を出せとは言わんが,何か薄っぺらい感じを受けてしまう。真犯人は意外だったけどね。

 

「まりえの客」 逢坂 剛  1999.09.03 (1993.10.15 講談社)

☆☆☆

@  「まりえの客」 ... 札幌での勤務を終え東京に戻ってきたら,昔の不倫相手の妹から,姉が倒れたとの連絡が入った。
A  「盗まれた風景」 ... 大学時代の友人にバッタリと出会った。その後,不倫相手の男性の元に近づく女性が現れた。
B  「三十六号車の男」 ... 女性タクシー運転手の車に乗り込んで来た男は,もう誰も居ないはずの夜の公園を行先として告げた。
C  「アテネ断章」 ... 仕事でギリシャに来た男が,フリーになった一日を,女性通訳を雇って市内観光に出掛けた。
D  「死せるソレア」 ... 昔スペインに居た時知り合った女性歌手の元を再び訪れた時,彼女は病院のベッドの上に居た。
E  「最後のマドゥルガータ」 ... スペイン人の友人と始めた料理屋に,若いスペイン女性が父を捜しに訪ねて来た。

 全部で6作なのだが,前半3作は日本モノで後半がスペインモノ。しかしここまで雰囲気が変ってしまうか。前半は何となく安直な不倫もの。表題作など,「お姉さんが生きるか死ぬかの時に,そんな事考えるか,普通。」とツッコミを入れたくなるし,少々うんざりしていたのだが,後半の出来はさすが。やはりスペインだと意気込みが違うのだろうか。特に最後の作品は印象的。日本人ギタリストのスペインでの思い出と,スペイン人女性が持って来た小説。フラメンコの激しい旋律が聞こえてくるようでした。

 

「神鳥 イビス」 篠田 節子  1999.09.06 (1993.08.25 集英社)

☆☆☆☆

 イラストレーターの谷口葉子の元に持ち込まれた仕事は,美鈴慶一郎と言う小説家の小説のカバー絵の作成だった。指定されたのは明治時代の女流画家である,河野珠枝の画いた「朱鷺飛来図」のイメージでと言う事だった。牡丹の上に降り立つ朱鷺の姿を描いたこの作品の写真を見て,葉子は戦慄を覚える。それは美鈴も同様だった。二人は本物の作品を見る為に,若くして凄惨な死を遂げた,この画家の生家である新潟を訪れる。そこの土蔵で見た作品には,驚くべき隠し絵が描かれていた。その意味を探しに佐渡へ向かった二人だが,最後に辿りついたのは東京都の奥多摩だった。そしてそこでふたりはとんでもない事に見舞われる。

 これってホラーだったんですね。てっきり珠枝の過去の真実を明かす話だとばかり思っていたもんで,後半の展開にはビックリしました。もっとも珠枝の過去は判るのですが。しかし凄い描写でしたねえ。読んでいて寒くなりました。街中で見かけるカラスに睨まれる様な不気味さや,ヒッチコックの「鳥」の怖さとは違いますよね。相手は実際の鳥ではなく,○○なのですから。ところで鷹ノ巣山ですが,東京都の最高峰である雲取山から南東に延びる「石尾根」と呼ばれる長い尾根の途中にある,標高1700m程の山です。石尾根の他には南側の奥多摩湖から登る道や,彼らが辿った北側の日原からの道があります。私は何度か登っていますが,草紅葉が奇麗なので,秋口から初冬にかけてが一番訪れるにはいい時期だと思います。実はこの秋にでもここら辺を歩いてみようと思ってたんですが,やめます。

 

「刑事失格」 太田 忠司  1999.09.07 (1992.11.05 講談社)

☆☆☆

 交番勤務の警官である阿南は,同僚の坂崎と警ら中に男性の死体を発見する。いずれは刑事になりたいと思っている阿南は,この事件に興味を持つが,立場上積極的に動く訳にもいかない。そして数日後,阿南が交番から出掛けている間に,交番内で坂崎が何者かによって殺されてしまう。迷子の犬の件で知り合った三輪秀子への思い。白いBMWに乗った女。駅前でたむろする中学生達。そんな中で阿南は,事件の真相に近づいて行く。

 「Jの少女たち」を読んで前作であるこの作品を知る。それほど話に連続性が無いとは言え,シリーズ物って,やはり順番通りに読むのが一番だろう。発刊に合わせて読んでいればいいのだろうが,そういう訳にもいかないし,「シリーズ物はこの順番で読め!」みたいな情報がどこかに無い物だろうか。ところで感想だが,ここでも阿南のストイックな姿勢が鼻に着く。なにもここまで強調しなくても,正義感なり倫理観は伝わると思うのだが。加賀刑事だって,合田警部だって,陰で適当な事しているとは思えないもんね。まあシリーズだから,主人公の徐々に変化していく部分にスポットを当てたいのかも知れないが,ちょっとやりすぎ。また登場人物全てが事件とその解決に関わってくる都合の良さも,ちょっとなあ。まあ読み易いと言えばそれまでだが。

 

「さまよえる脳髄」 逢坂 剛  1999.09.09 (1988.10.25 新潮社)

☆☆

 完全試合達成を目前にして記録を絶たれ,その直後に観衆の目の前でマスコットガールに襲い掛かったプロ野球投手。制服に異常な執着を持ち,婦警の制服を着た女性やスッチーを惨殺した,元歌手を名乗る男。犯人逮捕の際に頭に大怪我をした刑事。精神科の女医である南川藍子は彼ら脳に何らかの障害を持った男と係わりを持つ。一人は精神鑑定の対象として,もう一人は患者として,そしてもう一人は恋人として。そんな彼女を狙う謎の人物の存在。

 それなりにスリルある展開なのですが,おのおのの話が細切れに現れるので,ちょっと読み辛かった。脳の話って難しいと思います。脳の機能自体が完全に解明されている訳では無いですから,その未開の部分に話を持っていってしまうと白けるし。またあまり断定的に犯罪と結び付けてしまうと,「差別だっ。」って文句言う人もいるだろうし。ここでも精神鑑定の結果,無罪となった話が出てきますが,その結果,再度犯行を繰り返しても誰も責任を問われないですよね。まあ本作は,そう言った社会的な問題点を突いている訳では無いのでしょうが,何かやりきれなさを感じてしまいます。羽田沖で旅客機を墜落させた機長も,訳の判らない通り魔事件の犯人も,我々と同じ様に普通の生活を送っているのでしょうか。この作品の中でも,何の罪も無い人が何人も殺されます。その殺された人達が何となく軽く扱われている様な気がして,ちょっと馴染めませんでした。純粋なミステリーだったら,こういう事はあまり気になら無いのですが。

 

「時計館の殺人」 綾辻 行人  1999.09.11 (1991.09.05 講談社)

☆☆☆☆

 出版社に入社した江南は,担当する雑誌の取材で,時計館と呼ばれる変った屋敷を訪れた。この屋敷に現れる少女の幽霊の調査の為で,美人霊能者や大学のミステリ研究会のメンバーら9人で,3日間ここで過ごす事になっている。最初の晩,内側から開けられる鍵を持った霊能者が消えてしまい,隔絶された館の内部で次々と殺人事件が起こる。中に居る誰かの犯行か,それとも第三者によるものなのか。一方屋敷の外では,推理作家の島田潔改め鹿谷門美らが,この屋敷の創設者の墓に残された謎の言葉の意味を探る。

 実は古い時計が恐いんです。子供の頃に見た夢なんですが,真っ暗な洞窟の中に紛れ込んでしまい,そこで大きな古時計を見つけるんです。その時計の中には自分と同い年くらいの男の子が閉じ込められている,と言うか時計と同化してるんです。ちょうど文字盤が泣いている男の子の顔になっていて,気が付くと自分一人。全く同じ夢を何度か見た記憶があります。今から思うと,それは本当に見た夢なのか,何かの本で見た絵だったのか定かではありません。子供の頃の記憶なんてあいまいな物です。あんなに多くの古い時計に囲まれていたら,僕だったら気が狂ってしまうでしょうね。ところで本作ですが,「十角館の殺人」に比べて印象が薄いですね。犯行の動機も納得できないし,探偵役の島田や江南も影が薄いし。館の持つ意味や最後の○○のシーンにしても「何でそこまでやるかなあ。」と非現実的な部分が目に付いてしまい,ちょっと白けてしまいました。このシリーズの主人公は中村青司が設計した館そのものなんでしょうが,建物自体に仕掛けられたトリックと,それを利用したトリックがうまくかみ合っていて面白いのは事実なんですが。

 

「学生街の殺人」 東野 圭吾  1999.09.14 (1987.06.24 講談社)

☆☆

 大学は卒業したが,学校の近くの店でアルバイト生活を送っている光平は,彼女である広美から,子供を堕ろした事を聞かされた。理由は教えてもらえなかった。これだけでは無い。3ヶ月前に知り合った彼女の事は,ほとんど何も判らないのだ。光平の働いている店は,喫茶店と雀荘とビリヤード場があるのだが,大学の正門が移動してしまった為に,寂れてしまっている。そんなある日,ビリヤード場を担当していた松木が何者かに殺された。発見者は光平だった。そして彼はこの後さらに二人の死体の第一発見者になる。二人目は広美,そして三人目は広美が週に一日通っていた施設の園長だった。

 五つの章に別れているんですが,タイトルが皆「○○○,○○○,そして○○○」と言う形に統一されているんです。ここに何か意味があるんだろうなあ,と思って読んでいたんですが。第4章で事件は一応の解決を見ます。しかし5章で描かれる本当の真相は,何かやりきれなさを感じさせ,読後感は決して良いとは言えません。人間の心理と言ってしまえばそれまでなのですが,もうちょっと救いがあってもいいような気がします。これって東野さんの初期の作品ですよね。思えば「放課後」にしても「卒業」にしても,同じような後味の悪さがありましたね。寂れた学生街を強調していますが,話の展開では必要なのでしょうが,学生って皆が行かない店を結構好むものではないでしょうか。僕はそうでした。

 

「ボーダーライン」 真保 裕一  1999.09.18 (1999.09.03 集英社)

☆☆☆

 ロスで日本系カード会社の調査員をしているサムこと永岡修。一応アメリカの私立探偵の資格は持っているが,日本人観光客が引き起こしたトラブルの後始末が主な業務だった。そんなある日彼は,親会社を通じて入ってきた依頼を担当する事になる。それは安田信吾と言う家出少年の居場所を探ると言う物だった。手掛かりは誰かが撮影した彼の写真のみ。その写真に写された店の看板から,彼と見られる東洋人を突き止める。調べが進むに連れて判明する,彼の回りで起こった殺人事件。そして車の窓越しに語り掛けてきた安田信吾は,まるで握手でもする様な微笑みを浮かべ,彼に向かって銃を乱射した。

 主人公は探偵で,場面はロスアンジェルス。のっけから目一杯ハードボイルドなタッチで,読むのに身構えてしまった。中盤以降はそんな事ないんですけどね。真保さんの海外物って「取引」以来ですけど,随分雰囲気が違いますねえ。ボーダーラインって境界線の事ですけど,犯罪者になるかならないかでは無く,ここでは人間か否かと言う事です。永岡や安田信吾の父親の内面描写が迫力ある分,肝心の信吾に関しては,「生まれながらにしての犯罪者」=人間ではないバケモノ,と切り捨てられているのが気になりました。随所に挿入される過去の出来事。それは殺した少女の父親から復習された黒人,逆恨みで殺された有名な探偵,酒場のイザコザで殺された友人。等などが物語に深みを与えているのですが,メリンダの失踪と言うサブストーリーにはどんな意味があったのだろうか。ちょっと首をかしげてしまいました。

 

「弥勒」 篠田 節子  1999.09.19 (1998.09.20 講談社) お勧め

☆☆☆☆☆

 中国やインドにはさまれた小国パスキムは,観光くらいしか産業のない王国であった。数年前この国を訪れた事のある永田英彰は,新聞社の学芸部員としてこの国の仏教芸術に高い関心を持っていた。そんな中パスキムから最近帰国した現地居住の日本人から,パスキムでクーデターが起こり外国人は全て退去させられた事を知らされる。何とかこの国の芸術を日本に紹介したいと思っていた永田は,インドに出張した折りに再度この国を訪れようと国境を越える。しかしそこで彼が見たパスキムの国は想像を絶する世界だった。

 重い本ですよねえ,重量が。こんな分厚い本は通勤用のバックに入らないので,ずっと家に置いておいたのですが,読み始めたら一気読みでした。内容も重量に負けず劣らず重い話しでした。レーニンやスターリンだって,ヒトラーだって彼らなりの正義は持っていたでしょうし,毛沢東やポル.ポトだって国家の運営に理想を持って臨んだのでしょう。我々は当り前の様に自由主義の国で暮らしていますが,それは20世紀後半の日本だからでしかない訳です。過去や現在においても様々な社会が存在します。様々な体制が存在します。しかし今の日本を含めて,これが理想の社会だと言えるものは無いのが現状です。一見理想的に思える社会も,その裏には色々な問題点を抱えています。王政時代のパスキムでさえ,違った目から見れば腐敗と映ってしまいます。この国に魅せられた永岡にゲルツェンは語りかけました。『旅人にとっての旅はいつか終わるが,ここで生活するものにとって終わりはない。』と。人間が営々として築き上げたもの,それは弥勒菩薩の美であったり,農耕生活の知恵ですが,破壊するのは一瞬の事。しかし極端な価値観の転換に人間は付いていけないのでしょうね。サンモとの結末はとても切ないのですが,ツェリンの息子の取った行動が唯一の救いでしょうか。何か読み終わった直後の興奮の中で書いてしまったので,何がいいたいのか判らない感想になってしまいました。それだけ重かったと言う事なのでしょう。

 

「黒衣の女」 折原 一  1999.09.20 (1991.01.31 徳間書店)

☆☆

 記憶を失って池袋の街を歩いていた女。彼女は自分の身を証明するものは何も持っていなかった。その代わりに持っていた物は,100万円の現金と,3人の男の電話番号が書かれたアドレス帳。電話を掛けてみると,その3人の男はいずれも何者かに殴り殺されていた。そしてその3つの殺人現場には喪服の様な黒い服を着た女性が目撃されていた。

 フクザツ−!。折原さんの作品は,トリックを見破ってやろう何て気持ちを,最初っから放棄して読んでるんですが,こんなの判るわけないよなあ。相変わらず登場人物の不可解な行動が目立ちます。それでも読んでしまうのは,文章がうまいんでスラスラ読めてしまうのと,スリリングな展開があるからなんですよね。

 

「さよならの殺人1980」 太田 忠司  1999.09.21 (1980.01.20 祥伝社)

☆☆

 1980年12月9日,元ビートルズのジョン.レノンが射殺された日に殺人を犯した,との告白とともに渡された原稿は「さよならの殺人1980」と題されていた。N大学工学部4年の島本優美,浅上淳司,矢部達郎は卒業研究に忙しい毎日を送っていた。そんなある日,浅上は大学近くの公園で,自治会の会長である森山の他殺死体を発見する。その直前に,森山らしい後ろ姿を見かけた優美。女性刑事の末永を交えて3人は事件に首を突っ込んで行く。

 「ビートルズの曲で何が一番?」と問われれば,「一杯あり過ぎて答えられない。」と言うか「ストロベリーフィールズ.フォーエバー」と答えるかな。「イエスタデイ」,「レット.イット.ビー」,「ヘイ.ジュード」等の有名なマッカートニーの曲よりも,レノンの曲の方が好きですね。1980年と言えば,私がまだ社会人になり立ての頃ですが,ジョン.レノンの死を知ったのは,会社から帰ってきてからのニュースででした。ところで作品の方ですが,作中作の形を取っていて,最後の結末なんか面白かったですね。だけどそれよりも,登場人物の学生や,彼らの周りの風景が懐かしかったですねえ。って全然感想になっていませんが。ところで人が亡くなった時に,「惜しい人を亡くしました。」と良く言います。私が本当にそう思ったのは不謹慎ですが,ジョン.レノンと手塚治虫の時だけでした。

 

「夏の災厄」 篠田 節子  1999.09.25 (1995.03.25 毎日新聞社)

☆☆☆

 埼玉県の昭川市で奇妙な症状の患者が続出する。頭痛,発熱,吐き気,そして光を眩しがり,何かの匂いを訴える。発病した者は死亡するか,致命的な後遺症。やがて日本脳炎だと判るのだが,どうもおかしい。発生する時期が違うし,感染経路も違う,だいいち死亡率が高すぎる。パニックに陥る住民,機能しない国や県の行政,そんな中,現場で対応に当たる保健所の職員や医師達の苦悩。そしてそんな彼らの中から一つの疑問が持ち上がる。これはバイオハザードではないのだろうか。

 埼玉県に昭川市と言うのは有りません。東京の西部には昭島市や秋川市(平成7年よりあきる野市)はあります。まあ都心から50kmで近くに山があると言えば,私の住む青梅市あたりのイメージだろうか。何年か前に発生したO−157騒動を思い起こします。だから凄くリアリティがあるのですが,テーマが分散されすぎてしまっているのが気になります。住民のパニックや新旧住民の意識の違いや差別。行政組織の問題点。大規模病院と地元の医師とのすみわけ。そしてバイオハザード。できればパニック中心で書いてくれた方が良かった気がします。これが真保裕一さんだったら,保健所の職員がスーパーマンになって大活躍するんだろうけど。だけど恐い話ですよねえ。蚊に刺されて病院に駆け込む気持ちが判ります。

 

「殺人現場は雲の上」 東野 圭吾  1999.09.27 (1989.08.10 実業之日本社)

☆☆

@ 「ステイの夜は殺人の夜」 ... フライト中に知り合った男性客と飲んでいる間に,彼の妻はホテルの部屋で殺されていた。
A 「忘れ物にご注意下さい」 ... ベビー連れのツアー客を見送った後,機内を調べていたら,何と一人の赤ん坊が残されていた。
B 「お見合いシートのシンデレラ」 ... 機内で知り合った素敵な男性からプロポーズされたビー子。結婚式の後はアメリカへ。
C 「旅は道連れミステリアス」 ... 知り合いのお菓子屋さんの旦那と謎の女性が浜松町のホテルの室内で死んでいた。
D 「とても大事な落とし物」 ... 盛岡に向かう飛行機の後部座席近くで拾った物は遺書だった。自殺しようとしている乗客を探す。
E 「マボロシの乗客」 ... 新日本航空の乗客を殺すとの脅迫電話。血の付いたバックが発見されるが不明の乗客は居なかった。
F 「狙われたエー子」 ... エー子の昔の恋人を調べる刑事。何者かに尾行され,車で轢かれそうになったエー子。

 早瀬英子(通称エー子)と藤真美子(通称ビー子)。二人の新日本航空のスチュワーデスが遭遇する珍事件の数々。スチュワーデスと言って思い出すのはTBSのドラマ「スチュワーデス物語」。古いですねえ。松本千秋(堀ちえみ)良かったですねえ。新藤真理子(片平なぎさ)恐かったですねえ。1984年3月に放映終了したので,もう15年も経ってしまったんですねえ。まあそれはともかく,優秀なエー子よりもドジなビー子のキャラクターが目立ち過ぎな気がしないでもないですが,どの話もユーモラスな二人の推理が光っています。

 

「死神」 篠田 節子  1999.09.28 (1996.01.25 実業之日本社)

☆☆☆

@ 「しだれ梅の下」 ... 昔去っていった男を待ち続ける老婆。男から預かった,居るはずの無い犬を追って街の中へ。
A 「花道」 ... 公園で小さな娘を連れた女性が夜を明かしていた。彼女には帰る家が無いのだが,自分から何かをしようとしない。
B 「七人の敵」 ... 初の女性所長に降りかかる難問。部下の男性ケースワーカーがしでかしたとんでもない事件の結末。
C 「選手交代」 ... 一家の大黒柱が病気で会社を辞めてしまった。残された妻は離婚して実家へ子供を連れて帰るのだが。
D 「失われた二本の指へ」 ... 仕事で二本の指を失ったケースワーカーが訪ねた先には,かつて思いを寄せた女性がいた。
E 「緋の襦袢」 ... 年老いた詐欺師の住まいは,かつて事故のあったマンションの一室だったのだが。
F 「死神」 ... アル中のケースワーカーが,かつて自分が担当したアル中患者と再開する。彼は自分の娘の住む街に帰ってきた。
G 「ファンタジア」 ... 栄養失調で運び込まれた女性は,若かった頃好きだった作家だった。彼女には自分の姿が見えていない

 「女たちのジハード」の福祉事務所版ってところでしょうか。篠田さんて八王子の市役所に居た事は有名ですが,福祉関係の仕事をしていたとは知りませんでした。住民票などを貰いに行く窓口か何かで恐い顔をしているオバサン(失礼)かと思っていました。福祉と言うのは政治家何かが良く口にします。まあ票とか金に結びつくからなんでしょう。非常に口当たりのいい言葉ですよね。しかし福祉の現場で働く人達にとっては,我々には想像も出来ないような苦労があるんでしょう。この作品に出てくる福祉事務所の人達は皆,真剣に仕事をしています。それだけに福祉の裏側にある様々な問題点が浮き彫りにされて来るように感じました。

 

「カノン」 篠田 節子  1999.09.29 (1996.04.25 文藝春秋社)

☆☆☆

 小学校で音楽を教える小牧瑞穂は,友人の小田嶋正寛から香西康臣の自殺を告げられる。三人は20年近く前の学生時代の一時に,アンサンブルを組んでいた事があった仲だ。香西の実家である長野県での通夜に出席した瑞穂は,康臣の弟から一本のカセットテープを渡される。テープには康臣が演奏したバイオリンの曲が録音されていた。そこから瑞穂の元に不思議な事が起こり始める。音楽室に現れた小田嶋らしい幽霊,突然発作を起こした瑞穂の息子,どこからともなく聞こえるバイオリンの音色。瑞穂はカセットテープを捨てるのだが,全く別のテープに録音されてしまう同じ演奏。瑞穂はこの録音について考える。

 「カノン」て言うと最近はパッヘルベルが有名ですが,それはさておいてバッハです。自分は音楽が好きだしバッハも良く聞きますが,音楽を言葉で語る程の知識は有りません。対位法がどういうものか位は知っているけど,ここまで専門知識を並べられると辛いですね。ホラーなのだろうけど,康臣の愛情が大きなテーマになっています。僕は現在の瑞穂達と同じ年代ですが,妻が居て子供がいる中で感じる愛情と,独身だった学生時代に感じていたそれは全くの別物だと言うのは良く判ります。どっちがどうと言う気はないですが,今から20年前に感じていた気持ちが何となく懐かしく思えました。最後の方で北アルプス穂高岳で雷に遭遇する場面がありましたが,僕も似た様な体験があります。同じ北アルプスでしたが,物凄い音なんですよね。普通雷は上から下へ落ちるのですが,山の中だと,まわりや下で起こるんです。自分を包む空気全てが震えるのが判ります。生きた心地がしなかったですね。篠田さんもこんな体験あるんでしょうか。