読書の記録(2000年 4月)

「触発」 今野 敏  2000.04.04 (1996.09.15 中央公論社)

☆☆☆☆

 営団地下鉄霞ヶ関駅構内に置かれた不審な黒い鞄を,駅員が持った瞬間大爆発が起こった。ラッシュアワーの時間帯だった事もあり,死傷者数百名の大惨事となった。警視庁の碓氷刑事は,前夜掛かってきた犯人からの予告電話を受け取っていた。自分が取った対応のミスにより事件が起こった事を悔やむとともに,責任を追及される事を恐れていた。陸上自衛隊で爆発物のスペシャリストである岸辺は,犯人に強い興味を持った。カンボジア人の彼の母は,地雷で亡くなっていたのだった。敬清大学で社会学を研究する若林は,上司の能代教授から事件のレポート作成を依頼される。そして犯人であり,海外での傭兵生活を終えた戸上迅は,日本の現状に失望して,次なる爆破事件の準備をはじめる。

 この本を読んでいる最中に,小渕首相が脳梗塞で倒れると言う事態が発生しました。マスコミは大々的に報じておりますが,危機管理面での言及は少ない様です。一国のリーダーが執務不能に陥った訳ですから,緊急時の対応はちゃんと機能したのか等充分に検証して欲しいものです。ここでは犯人である戸上や,事件に関らずに居られなくなった人物達が交互に描かれていきます。戸上や若林,岸辺らが語る日本社会の現状が少々説教臭いのですが,充分に説得力があります。爆弾に関する細かな記述もかなりリアルです。まあテロや内戦が日常的になっている地域と較べて,安全に対する意識が低いのは当たり前ですが,少なくともそういった地域より幸せなのは事実ですね。もっとも地下鉄サリン事件があったり,外国人の不法入国が増加していたり,警察や自衛隊のスキャンダルが起こっている現状を考えると,少々心配になってきてしまいます。ところで冒頭に登場する地下鉄職員が清水と原田なんですが,「おー,あのねのね,か。」と思ってしまいました。

 

「情状鑑定人」 逢坂 剛  2000.04.05 (1988.02.25 集英社)

☆☆☆☆

@ 「情状鑑定人」 ... 勤め先の本屋社長の娘を誘拐した犯人の情状鑑定の依頼。調べた結果,意外な真実が見つかったのだが。
A 「非常線」 ... 銀行支店長の娘が男と失踪した。そしてその銀行の支店が,男女二人組の銀行強盗に襲われた。
B 「不安なナンバー」 ... タクシー運転手のアリバイ偽装の為に,偽者が乗車したタクシー。偶然にもその車がタクシー強盗に遭う。
C 「都会の野獣」 ... ホステスをつけまわす一人の男。刑事だと名乗るその男は,ホステスがかつて強盗の片割れだったと言う。
D 「死の証人」 ... 友人の殺害現場を目撃した女性。犯人の弟と思われる男から,証言を取り消せと脅かされる。
E 「逃げる男」 ... 電車の中で小説を書いていた男。同席した男に小説の内容を語り始めるが,それは過去にあった事件だった。
F 「暗い川」 ... 麻薬取引のタレコミ電話。捕まえた女は公安の刑事だったが,彼女から意外な取引を持ちかけられる。

 逢坂さんの作品にはスペインが良く出てきますが,御茶ノ水界隈の話も多いんですよね。逢坂さんは中央大学法学部の出身だからでしょうか。中央大学は今でこそ八王子市に移転しましたが,かつては駿河台にありました(理工学部だけはかつても今も,文京区春日にありますが)。実は私も同大学の出身なので,御茶ノ水界隈の地名は懐かしいですね。ちなみに八王子市に移転したのは,私が卒業した年の事です。ところでこの短編集に収められた作品は,どれもかなり凝っています。事件の真相は何なのか,本当の犯人は誰なのか,最後まで判りません。みなドンデン返しが決まっています。なかでも「都会の野獣」「死の証人」が特にお勧めです。ところで「暗い川」ですが,何と「しのびよる月」に出てきた,あの二人の刑事,御茶ノ水署の斉木と梢田が登場じゃないですか。意外なところに知っている登場人物が出てきたので,何か得した気分になってしまいました。

 

「家族場面」 筒井 康隆  2000.04.05 (1995.02.25 新潮社)

 「おれ」が帰ってきた所は,盗賊達の隠れ家だった。まわりの者は俺の事を五右衛門と呼ぶから,自分は石川五右衛門なのだろうか。誰が首領なのだか判らないが,見知った顔の者もいる。隠れ家を出て行くと,壊れかけた我が家があった。中から妻と息子が喧嘩している声が聞こえる。妻は作家である自分にとって,いい妻であろうとしている。これから文壇のパーティーなので,妻は着て行く服の準備中だ。文壇パーティーでのスピーチが終わると,知り合いの編集者に混ざって,先日自分の作品を酷評した評論家が現れた。良くこんな所へ来られたもんだ。彼に対する自分の態度への,まわりの期待が充分過ぎるほど伝わってきた。

 人はそれぞれ役割を持っている。会社においては社長や係長と言った地位や担当する業務であろうし,家庭では父親母親息子娘と言ったものだろう。だけどそれ以外にも役割はある。それはキャラクターだ。何かと仕切りたがる奴,威張り散らす奴,やたらと大人しい奴。親切な人,やさしい人,物分りのいい人。何かにつけて反抗的な奴,酒を飲めば暴れる奴,文句ばかり言ってる奴。一生懸命な人,真面目な人,当り障りのない人。さまざまだ。皆ある程度は自分の性格を知っていて,いいか悪いかも判っていて,まわりが自分にどんな事を期待しているかも判っている。だからその通りにする場合もあるし,逆の事をする事もある。それが子供の頃から徐々に身に着けてきた,社会性と言うものなんだろうか。この話以外にも,水不足の話や妻の惑星なんて面白いですけど,全体的に着いていけない部分も多いですね。

 

「バースデー」 鈴木 光司  2000.04.06 (1999.02.05 角川書店)

☆☆

@ 「空に浮かぶ棺」 ... 高野舞が気が付くと,そこはビルの屋上らしいところに作られた深い溝の中だった。お腹が大きく中から何かが生まれようとしている。身に覚えは無い。亡くなった高山竜司の部屋で見つけた,謎のビデオテープを見てしまったせいかも知れない。
A 「レモンハート」 ... 遠山はかつて良く見た夢を,最近また見るようになった。それは劇団で音響を担当していた頃の夢だった。当時劇団に所属していた山村貞子の消息を,新聞社の記者が問合せてきた事が原因だったのは明らかだった。
B 「ハッピー.バースデー」 ... 杉浦礼子は天野博士からループ.プロジェクトの概要を教えられる。そしてアメリカに向かったまま行方が知れない肇の最後についても。そして礼子はループの世界にいる肇と再会する。

 「リング」に始まる3部作のサイドストーリーです。前に書かれなかった部分について,別の人物の視点で描かれます。3部作を読んでいない人が,こちらを先に読んでしまうのは,止めたほうがいいでしょう。先に3部作を順番通りに読んで下さい。「リング」は浅川と言う新聞記者,「らせん」は安藤と言う医師,「ループ」は肇と言う科学者の視点で展開されて行きます。本作はその中のある部分を,別の登場人物の目で掘り下げて行きます。「レモンハート」における,音効室の中での遠山と貞子の場面なんか意外でしたね。「だからビデオテープだったのか」。それはそうと,3部作の方はテレビドラマになったり映画化されたりして,大ヒットした作品です。だからと言ってそれらが面白いかと言ったら別問題です。映画は見ましたが,原作を越えているとは到底思えませんでした。まあそれらがヒットしたから,この様な作品が出されたのでしょうが,何か安易な感じがしてしまいました。と言うより,商売上手と言った方が正確なんでしょうか。

 

「裏切りの日日」 逢坂 剛  2000.04.07 (1981.02.24 講談社)

☆☆☆

 捜査2課から公安特務1課に移ってきた浅見誠也が,コンビを組む事になった相手は桂田渉と言う,ちょっと変わった刑事だった。最初の仕事は,さる右翼の大物に届けられた脅迫状の調査。張り込みも空しく,何事も無く過ぎて行った。そんな折,警察庁特別監察官の津城警視が浅見に接近してきた。相棒である桂田に,右翼の大物との癒着の疑惑があると言う。過激派に対する異常な対応,別れた妻との事情,銀座のホステスとの交際。桂田にひかれながらも,疑わしい事実に戸惑う浅見。

 「百舌の叫ぶ夜」にはじまる公安シリーズの原型ですね。主人公の設定は全然違いますが,津城警視も出てきます。百舌の方を読んでる人には判ると思いますが,最後の場面での警視の登場の仕方には,思わず笑ってしまいました。最後がドタバタする感じも同様なのですが,百舌に比べるとすっきりしています。だけどここで出てくるトリックって凄いですね。8人を人質にとって建物を占拠した単独犯が,衆人監視の中突如消えてしまうと言うものなのですが,全く判りませんでした。本作ではトリック自体が主体ではないんですが,見事だと思いました。

 

「十三番目の人格(ペルソナ)−ISOLA 貴志 祐介  2000.04.10 (1996.04.25 角川書店)

☆☆☆☆

 阪神大震災の被災者救援のボランティアをしている賀茂由香里には,不思議な力があった。彼女はエンパス。この,相手の考えている事が判ってしまうと言う能力は,子供の頃から彼女を苦しめていた。しかし今は,被災者の心のケアをする立場としては都合が良かった。そんな中で由香里は,森谷千尋と言う一人の少女と出会う。彼女は震災で怪我をして病院に入院していたのだが,他のボランティアは匙を投げていた。千尋と会った由香里は,彼女が多重人格者である事を見抜く。ある時は普通の女子高生,ある時は生意気な男子高校生,と言った具合に12人の人格を持ち,それぞれに名前を持っていた。そして阪神大震災をきっかけに出てきたらしい13番目の人格,名前はイソラ。

 阪神大震災が起こった日,会社からの電話でその事を知りました。大した事は無いんだろうなあ,と思っていたのですが,その物凄さにびっくりしました。前の晩に見た月が,やたらと赤っぽく見えたのですが,何かの前兆現象だったのでしょうか。それはそうと,これは怖い話ですねえ。自分を苛める犬を殺す為の人格を創り出す場面なんか,凄みを感じさせました。後半イソラの正体が判ってからは,何か現実離れしてしまって,そんなに怖い感じはしないんですけどね。当然の事ながら多重人格の知り合いなんていませんので,本当のところはどうか判りませんが,どんな感じなんでしょうか。一人の人間の中で複数の人格同志が相談したり協力し合ったりするものなんでしょうか。そもそも多重人格って存在するんでしょうか。気分や態度が豹変する人は多いですけどね。

 

「氷雨心中」 乃南 アサ  2000.04.10 (1996.11.07 幻冬舎)

☆☆☆

@ 「青い手」 ... 母親に連れられて母親の実家に帰ってきたが,家には独特の匂いがあった。この家では代々お線香を作っていた。
A 「鈍色の春」 ... 和服の染物工房にお得意の奥さんがやってきた。今度は野球のバットとグローブの絵柄にして欲しいと。
B 「氷雨心中」 ... 恋人を故郷に残して出稼ぎに出た農家の青年。神奈川での酒造りに夢中になるなか,祖父の話を聞かされる。
C 「こころとかして」 ... 歯科技工士をしながら宝飾デザイナーを目指す男。ファミレスで知り合った女性に自作の指輪を贈るが。
D 「泥眼」 ... 能面の製作者の元に泥眼の面の依頼。何度も作り直しをさせられる内に,泥眼の作成にのめり込んで行く。
E 「おし津提灯」 ... 20年振りに故郷に戻ってきた女性。店を開いた彼女に,幼馴染の提灯屋が夫婦で作った提灯を贈る。

 線香,和服,造り酒屋,歯科技工士,能面,提灯と言った,いわゆる職人を登場人物に持ってきた短編集です。あまり一般的でない世界なんで,彼等の仕事ぶりが興味深いですね。また職人としての気質や,衰退していく産業への愛惜の気持ちも良く描かれています。さて職人が心をこめて造った作品には,まるで造った人間の魂が乗り移るとでも言う様に,ストーリーは展開していきます。ちょっと違いますが「青い手」における秘密の材料の匂いから想起されるかつての友人の存在,なんてのっけからドキっとさせられました。その他の作品も皆,怖さを持った作品です。またどの話も結末をぼかして書いているのも,雰囲気にあっていていいですね。

 

「文福茶釜」 黒川 博行  2000.04.11 (1999.05.10 文藝春秋社)

☆☆☆

@ 「山居静観」 ... 総会屋対策の為,所蔵している美術品の売却をしたいとの依頼。しかし翌日には検察の捜査が入ってしまう。
A 「宗林寂秋」 ... 有名な豆腐屋が所蔵していた茶器の売買。依頼を受けた表具屋は知り合いの道具屋と結託するのだが。
B 「永遠縹渺」 ... 彫刻家だった死んだ父親の作品を処分したいとの依頼。出かけたアトリエの中に,思いもよらない作品があった。
C 「文福茶釜」 ... 田舎の蔵の中で見つけた名品の釜を騙し取った道具屋。気持ちの収まらない持ち主は彼等に仕返しを。
D 「色絵祥瑞」 ... 公立の美術館での展示を望む新興宗教の教祖。彼の中国陶器はほとんどが偽者だった。

 美術品をめぐる短編集で,例によって舞台が関西ですから,当然会話は関西弁です。またそれが,描かれている世界にぴったりなんですよね。美術品それも古美術なので,贋作やら詐欺やらと言ったドロドロした世界が描かれていきます。『素人だますのは詐欺だが,道具屋だますのは勲章。』なんてセリフが出てきますが,なかなか凄い世界ですよね。自分の眼だけが頼りの世界です。普通の人にとっては美術品なんて気軽に手を出せるものではないのですが,登場する美術雑誌編集者やら道具屋やらの駆け引きが面白いですね。バブル景気華やかな頃は,信じられない様な金額での美術品の取引きがニュースになっていました。でも美術品を単に投機の対象とする見方は,ある意味では健全なのかも知れません。自己顕示欲を満たす為に収集する行為の方が,美術とは正反対の精神の様に思えます。

 

「鳴風荘事件 殺人方程式U」 綾辻 行人  2000.04.13 (1995.05.25 光文社)

☆☆☆

 警視庁刑事の明日香井叶の妻深雪は,10年前に同級生達と将来の夢を書いた紙を入れたタイムカプセルを信州の別荘に埋めた。10年振りに掘り出しに行く事になった深雪は,叶に同行を頼む。何と言っても深雪の夢は,刑事の妻になる事だったからだ。しかし叶は盲腸炎で急遽入院。そこで叶の兄であり,叶にうりふたつの響が,叶の身代わりでついて行く事になった。久し振りに出会った同級生と当時の教師達。その中で,深雪の友人であり,6年前に姉を殺された夕海の変わり振りに,皆驚かされる。何と殺された姉そっくりに変身していたのだった。その晩,宿泊場所の鳴風荘で夕海が殺された。そして姉と同様,腰まで伸びた長い髪の毛は切り取られていた。

 「殺人方程式−切断された死体の問題」の続編ですが,事件自体には全くつながりはありません。前の事件から1年が経っています。探偵役は明日香井響(きょう)で,双子の弟である叶(きょう)は警視庁の刑事。叶の妻が深雪で,6年前に起こった夕海の姉の殺人事件をきっかけに知り合います。もっともこの時叶は刑事になる前で,まだ学生でした。ここら辺のいきさつから物語りは始まります。そして信州の別荘に行ってからは刑事になりすました響の独壇場になります。刑事らしくない刑事の叶と,刑事らしい響,そして殉職も覚悟していると公言する刑事の妻の深雪。こう言った設定は面白いんですが,どうも軽薄な感じがしてしまってしょうがないですね。もっとも後半に作者からの挑戦状が挿入されています。「手掛かりは全てフェアに提示した。さあ犯人は誰か。」と言う奴です。推理自体を楽しむんだったらいいんでしょうけど,推理をしない読者としては物足りなさが残ってしまいました。

 

「死んでも忘れない」 乃南 アサ  2000.04.14 (1995.11.10 勁文社)

☆☆☆☆

 城戸崇は再婚相手の絢子と,前妻との子である渉の三人家族。マイホームも購入し幸せな生活を送っていた。ある日,絢子は妊娠した事に気付く。そして同じ日,崇は通勤電車の中で痴漢と間違われて警察に連れて行かれる。悪い事に崇が捕まった場面を見ていた人からの噂が広がって行く。それは崇の職場に,渉の学校に,そして近所に。崇を避け始めた同僚達,かっこうの苛めの対象になってしまった渉,家には無言電話や一家を中傷する手紙が届く。そして幸せだった家庭はバラバラになって行く。

 怖い話です。何が怖いって,痴漢に間違われた事をきっかけにして,こんなになってしまう家族。一人一人の心理描写が鋭く迫り,他人事とは思えなくなってしまいます。最近ストーカー被害を訴えた女性や学校での恐喝事件に,まともな対応をしなかった警察に非難が集中しています。警察なんて何の頼りにもならないと言う風潮が広がっています。この中にも,痴漢と間違えられた崇の訴えに取り合わなかったり,苛めの事実をつかみながら対応しきれなかった学校の様子が描かれています。家族の中では,何も無ければ見えないけれど,ちょっとした不信感から互いの悪い面があらわになっていってしまいます。だけど満員電車の中で,女性から「痴漢だ!」と言われたら,痴漢と言う事になってしまうんでしょうか。実は今日,東海道線の故障で京浜東北線がメチャクチャ混んでいました。ギュウギュウ詰めの車内で,僕の目の前には胸の大きな若い女性。思わず「ラッキー」と思ったんですが,一歩間違えたら,チョー,アンラッキーになったかも知れません。いやー,怖い怖い。イヤ,別に触ったわけではありませんので,あしからず。

 

「丹波家殺人事件」 折原 一  2000.04.15 (1991.03.25 日本経済新聞社)

☆☆

 一代で建築会社を築いた丹波竜造がヨットの事故で遭難死した。死体が見つからないまま,埼玉県の白岡の豪邸で竜造の葬儀が行われた。竜造には二人目の妻とその娘,先妻との間の4人の子供がいる。遺言状により莫大な遺産を相続する事になった長男の健太郎は,葬儀の晩に仏間で死体となって見つかった。死因はショックによる心臓麻痺。この部屋は竜造が相続税対策の為に造られたもので,中から完全に鍵が掛けられており,他殺とは考えにくかった。しかし白岡署の黒星警部は密室殺人の疑いを持つ。

 資産家の豪邸,複雑な人間関係と利害関係,連続殺人,密室トリック。まあ,ありきたりといったら,ありきたりなんですが,結末までがありきたりなんですよねえ。死体の見つからない竜造の生死の行方で引っ張るのかと思えばそうでもないし,途中からいきなり登場してきた三男なんて,「こいつが犯人だ。」って言ってる位に怪しいし。大体緊迫感が無いんですよねえ。それは探偵役の黒星警部のコミカルさもさる事ながら,登場人物の誰にも感情移入できないからなんですよね。まあ感情移入できないって言うのは折原さんの作品に共通しているので,そんな事を期待して読んでいる訳じゃないんです。どんな騙し方をするのかな,と言うのが興味の的だと思うのですが,この作品に関してはちょっと期待外れでした。

 

「蚊」 椎名 誠  2000.04.16 (1987.06.25 新潮社)

@ 「真実の焼うどん」 ... あと30分で彼女が家にやってくる。彼女の為に焼うどんを作ろうと材料を買い込んできとのだが。
A 「さすらいのデビルクック」 ... 犬を連れて散歩に出掛けたところ,林の中からニワトリが飛び出してきた。
B 「戸間袋急行」 ... 電車の中の吊革につかまった一人の女性と彼女を見つめる私。色々な乗客が乗り込んでくる。
C 「山田の犬」 ... 電車の中にいた一匹の犬。その光景から昔の同僚を思い出した。彼は電車の中の犬を連れて帰ったっけ。
D 「蚊」 ... 夜中に蚊の大群に襲われた。部屋の中も外も蚊だらけ。蚊取り線香を20本焚いたが,蚊の方もなかなかしぶとい。
E 「海を見にいく」 ... 生まれ故郷の千葉の海を見に行った。昔の汚い海は無く,きれいに人工的に作られた浜があった。
F 「よろこびの渦巻」 ... 今日は会社で大事な取引きが行われる日。いつにも増して入念に朝から今日の運勢を占った。
G 「波涛のむこう側」 ... 波を見るツアーに参加したのはたったの3人だった。やってきた南の島は少し寒かった。
H 「日本読書公社」 ... いつものストライプの制服に着替えて,今日も読書の一日。好ましくない本の検閲だ。

 子供の頃住んでいた家は結構緑の多い場所にあったので,蚊はいっぱいいました。朝早く虫捕りに行ったり栗拾いをしたりして,年がら年中蚊に刺されていた様に思います。蚊に刺される事なんて当り前の事でしたから,いちいち気にしている暇はありません。ですが大人になって蚊のいない生活をしているせいか,それとも体質が変わったのだろうか,たまに蚊が居たりすると過敏に反応してしまいます。被害妄想かも知れませんが,私にだけ蚊が寄って来るように思えるし,刺されるとなかなか痒みが取れないんですよね。ですから「蚊」を読んで,何か背筋が寒くなりましたね。夜中に痒みで目を覚ましたら,部屋の中には物凄い数の蚊の大群が,と言った話なのですが,蚊取り線香やら掃除機で蚊の大群と戦う主人公が滑稽です。滑稽ですけど笑えないですね。こんな事になったら気が狂うだろうなあ。これ以外にも,林に住みついてしまった凶暴なニワトリやら,電車に乗ってしまった犬の話など,ちょっと変わった題材の短編集です。

 

「蕎麦ときしめん」 清水 義範  2000.04.17 (1986.11.20 講談社)

☆☆☆☆

@ 「蕎麦ときしめん」 ... 東京から名古屋へ転勤になったサラリーマンによって書かれた,名古屋人に関する考察。
A 「商道をゆく」 ... 岐阜の農家の長男の夢は会社社長になる事。念願かなって興した会社の社史を書く事になった係長。
B 「序文」 ... 英語は日本語が元になっていると言う新しい学説を主張した学者。自らの著書の序文を紹介する。
C 「猿蟹の賦」 ... 母親の蟹を猿に殺された蟹の子供達の復讐。蜂と栗と牛の糞と石臼の助太刀を得て,イザ猿のもとへ。
D 「三人の雀鬼」 ... 亡くなった叔父の友人達と卓を囲む事になった甥っ子。3人の老人は技の限りを尽くす。
E 「きしめんの逆襲」 ... 先日発表した「蕎麦ときしめん」が評判に。書いた本人を探さないと,もう名古屋に帰る事ができない。

 名古屋の人には申しわけないけれど(って言っても書いた清水さんは名古屋の人ですよね),名古屋って笑いの対象になる事多いじゃないですか。タモリが名古屋弁の物真似した事もあるのでしょうが,味噌をやたらと使った料理や,派手な結婚式や,名古屋駐車と呼ばれる図々しい駐車等など。あっと,結婚式が派手なんじゃなくて,婚礼家具をトラックでこれ見よがしに運ぶんだったっけ。だけど名古屋出身の知り合い居ますけど,別にミャーミャー言ったりしないし,納豆だって食べてますよ。まあ「郷に入りては郷にしたがえ」を実践しているのかも知れませんが。麺と汁を別々にして個を主張する東京の蕎麦に対して,何でも一緒くたにして一つの村を作ってしまう様な名古屋のきしめん。こんな事を上げながら名古屋の閉鎖性やら何やらを展開しているのですが,やたらと面白いですよ。名古屋の人がどう思うかは知りませんが。

 

「塔の断章」 乾 くるみ  2000.04.18 (1999.02.05 講談社)

☆☆

 湖を望む山中に建てられた別荘には,高い塔が作られていた。この別荘に訪れていたのは,ゲーム製作に取り組む数人の男女。この中の一人,香織が塔の上から落ちて亡くなった。香織の兄であり,ゲーム製作の責任者である秀一は,自殺と言う捜査結果に納得がいかなかった。そこでゲーム製作の仲間に,事の真相を探りそれを小説にして欲しいと依頼する。

 最初に香織が何者かに塔から突き落とされる場面が提示されます。これは良くあるパターンですよね。だけどここからがちょっと変わっています。ゲームを制作する事になったいきさつ,ゲーム制作の過程,別荘を訪れる事になる経緯,そして別荘内での一夜の出来事。時間的な流れで言えばこうなるんでしょうが,それらがバラバラに展開されます。さらに記述者の子供の頃の断片的な記憶が挿入されます。何でこんな書き方をするんでしょう。最初の方で辰巳が小説の依頼を受けますが,これこそがその小説何だろうか。友達の顔の絵を描いたり,事故の場面を見たりしていたのは辰巳なんだろうか。それより記述者は本当に辰巳なのか,そもそも辰巳は女なんだろうか。様々な疑問が広がっていきます。当たり前の事ですが,最後に全てが明らかになります。今まで読んでいた小説が何だったのかが判ります。結局それに対して驚く事ができるか否かが,この作品の全てではないでしょうか。私は駄目でした。驚く前に疲れてしまいました。

 

「鬼哭」 乃南 アサ  2000.04.20 (1996.10.20 双葉社)

☆☆

 気が付いたら,的場は部屋の中で倒れていた。確か静岡の実家に帰ってきて,昔からの友人である真垣と飲んでいたはずだった。酔っ払って倒れているのとは違う感覚があった。そう言えば真垣が突然ナイフを持って襲いかかってきたんだったっけ。真垣とは彼が中学生の頃,家庭教師として知り合って以来のつきあいだ。的場が東京に出てきてからも兄弟の様な間柄だった。なのにどうして,彼がこんな事をしたんだろうか。薄れゆく意識の中で思い出されるのは,真垣との様々な会話,彼の姉や他の女の事,そして妻と二人の娘の事。そして部屋の中に居た真垣は,何事も無かった様に出て行った。

 恐ろしい話ですねえ。弟の様に思っていた相手によって殺された自分。何故こんな事になったのか判らない。だけどよくよく考えて見れば,自分の何気の無い言葉や態度が,徐々に自分に対する復讐心を育んで行ったのだろうか。定年退職をしたその日に,長年連れ添った妻からいきなり離婚話を切り出されたなんて話があります。夫からすれば幸せな家庭を築き,子供達を社会に送り出し,妻も自分に感謝していると言う自負があります。しかし妻は夫が期待しているような気持ちを持っていないどころか,正反対だった事をいきなり知らされる。まあ妻と友人,離婚と殺人と言う違いはありますが,似たような怖さを感じます。しかし相手に対する気持ちを隠して付き合って行くってできます?。良く男女の別れに際して,女性から別れを切り出した場合,彼女の突然の別れの言葉に男性は愕然とし,男性の方の心が離れてしまった場合,彼女は薄々気が付く何て言いますよね。本当かどうかは判りませんが,何となく納得するパターンです。だから定年離婚の場合は,別れを告げられた夫が哀れに思えてしまうのですが,男同士の友人の場合はどうなんでしょう。友人関係を解消する事何て簡単にできると思うのですが。だけどやりきれない話ですね。

 

「微笑みがえし」 乃南 アサ  2000.04.21 (1991.08.05 KKベストセラーズ)

☆☆☆

 小樽出身の女性4人組。阿季子はアイドルタレントを経てテレビのプロデューサーと結婚。女優を目指していた玲子は売れない劇団員。ちなみは札幌のテレビ局で売れっ子アナウンサー。そして由記は夢だったスチュワーデスを諦め,地元タウン誌の編集長。テレビ復帰を目前にした阿季子の家で行われた新築祝いの日,阿季子へ送られて来たプレゼントは悪意が込められたものだった。

 「微笑みがえし」と言えば,当然キャンディーズ。ランちゃん,スーちゃん,ミキちゃんですけど,こっちは4人組み。まあ4人組みと言うより,3人組みと一人と言った方がいいか。キャンディーズは全く関係ありません。中学高校と小樽の学校を卒業し,仲の良い女の子4人組みも,30歳を間近に様々な道を歩んでいる。話の中心になっているのは阿季子ですが,彼女以外の3人から話しは進められていきます。仲が良さそうに見えて,その実はと言う話なんですが,乃南さんらしい真理描写とそれぞれのキャラクターが面白いですね。後30年くらい経っても,この4人はこんな感じで付き合っているんでしょうね。

 

「霧越邸殺人事件」 綾辻 行人  2000.04.24 (1990.09.25 新潮社) お勧め

☆☆☆☆☆

 信州の山奥で合宿を終えた8人の劇団員。帰り道で吹雪に会い道に迷ってしまう。かろうじて湖畔に建てられた一軒の洋館に辿り着いた。助けを求めた彼等は,愛想の無い執事に連れられて洋館の中へ。そこには一人の先客が居た。彼もまた吹雪から逃れるためにこの洋館に避難した地元の医師だった。一人一人の名前に関係した置物等の存在,劇団員の一人にそっくりな肖像画,姿を現さない館の主人。そしてなかなか止みそうに無い吹雪に閉じ込められた,洋館の中で起こる連続殺人。

 何年か前にスキーで群馬県の老神温泉に泊まった時の事ですが,夜中に大雪が降りました。上越国境の方とは違って,そんなに雪が多い場所では無いのですが,地元の人もビックリする様な降り方でした。朝になって晴れたのですが,宿の庭に停めた車は雪に埋まり,自分の車がどこにあるかも判りませんでした。当日のスキーは勿論の事,その日のうちに帰る事さえ不安になりました。すぐに除雪車が来てくれて事無きを得たのですが,私の「吹雪の山荘」経験でした。まあそれはともかく,典型的な吹雪の山荘パターンです。一部の登山家達を除いて,一般の人が吹雪に閉じ込められると言う事はそうそうあるとは思えないのですが,ここではそんな事お構いなしに話は展開されて行きます。冒頭に「もう一人の中村青司に捧ぐ」何て書かれておりますので,館シリーズの別バージョンかなと思ったのですが,館シリーズと囁きシリーズの中間と言ったところでしょうか。論理的な部分と情緒的な部分がうまくミックスされています。連続殺人,それも北原白秋の「雨」をモチーフにしたみたて殺人。ここらへんのトリックは見事です。そして本格推理としてはどうかと思いますが,名前や過去の事件との偶然的な関連性。これらが物語に深みを与えています。かなり長い作品ですが,一気に読んでしまいました。それはそうと,作品の中である人物が犯罪について語った,次の言葉が印象的でした。
「ある行為は,それが犯罪であるから非難されるのではない。我々がそれを非難するから犯罪になるのだ。」
「この世の中から犯罪というものを完全になくす為には,それは法律をなくすことだ。」

 

「嘘をもうひとつだけ」 東野 圭吾  2000.04.26 (2000.04.10 講談社)

☆☆☆

@ 「嘘をもうひとつだけ」 ... 元バレリーナが住んでいるマンションのベランダから転落死。彼女が持っていた手書の台本とは。
A 「冷たい灼熱」 ... 家に帰ってきた夫は妻の死体を発見する。そしているはずの子供の姿はどこにもなかった。
B 「第二の希望」 ... 母娘で住むマンションの一室で男性の遺体が発見された。殺された男性は母親の交際相手だった。
C 「狂った計算」 ... 交通事故で夫を亡くした未亡人。彼女の元を訪れた刑事は,住宅会社の社員が行方不明になっていると告げた。
D 「友の助言」 ... 加賀刑事の知り合いが居眠り運転で交通事故を起した。入院中の友人に刑事は意外な事実を告げる。

 東野さん待望の新作は,嘘をテーマにした短編集です。何と練馬警察の加賀刑事が登場します。どの作品も誰が犯人かと言う事よりも,犯人が語る言葉の中に込められた嘘を見抜く部分が秀逸です。さすがは加賀さんです。最近警察の不祥事ばかりが目立ちますが,こんな警察官ばかりだったら,さぞかし犯罪者は苦労する事でしょう。この作品を読むと,嘘をつき通す事の難しさが伝わってきます。ほんのちょっとした事なんですけどねえ,犯人の言葉や行動の不自然さから嘘がばれていきます。見事です。

 

「幸福な朝食」 乃南 アサ  2000.04.27 (1988.11.15 新潮社)

☆☆

 女優を目指して上京した沼田志穂子は,自分にそっくりな柳沢マリ子の登場に驚く。なかなか芽が出ない志穂子を尻目に,アイドルタレントの地位を築いていくマリ子。もしも自分の方のデビューが速かったなら,立場は逆転していたはずなのに。劇団を転々としながら30歳を過ぎ,今は人形劇の人形使い。それでも何とかヒット作の主演を射止める。人形劇のディレクター,若き声優,自分を慕う後輩などに囲まれながらも孤独な志穂子が,唯一心を開けるのは家で待つ人形のミカだけだった。

 皆さん,朝ご飯食べてますか?。5時40分に起きて6時20分に家を出る私の朝食は,妻Mが作るオニギリ1個です。当然子供達と顔を会わせる機会はありません。とても幸福な朝食には程遠いですね。一家揃って囲む朝食の風景,それは幸せな場面の一コマかも知れませんが,まあ現実はこんなもんです。この作品に出てくる志穂子はそんな幸福に憧れていたんでしょうか。自分の代わりにスターになったマリ子にだってそんな幸福は無かったんですけどね。乃南さんの作品ってこういった心理サスペンスが多いですけど,暗いですよねえ。以前同居していた弓子,弓子の子供や自分の赤ん坊,そして人形のミカ。読んでいて辛い部分,多いですよ。

 

「家族趣味」 乃南 アサ  2000.04.28 (1993.09.15 廣済堂出版)

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@ 「魅惑の輝き」 ... ボロアパートに住み,朝早くから夜遅くまで働き続ける有理子にとって,唯一の楽しみは宝石を買う事だった。
A 「彫刻する人」 ... 恋人の可奈子に富士山みたいな体型だと言われた恒春は,水泳を通して肉体造りに目覚める。
B 「忘れ物」 ... 美希の上司である本橋課長は,皆から憧れられる存在だった。ある日海外から帰国した社員が配属されて。
C 「デジ.ボウイ」 ... 従兄弟の彰文は無気力そうに見えて成績は優秀だった。直樹には彼の考え方が理解できなかった。
D 「家族趣味」 ... 互いに名前で呼び合うカコの一家。互いを尊重しあう家族のはずだったが,お互い何をしているか判らない。

 誰でも生きる上での自分なりの価値観って持っていますよね。それは「宝石,命」でも「趣味は家族」でもいいんですけど。だけどそれらが一般的に受け入れられない時,それは「社会の病理」と言う一言で片付けられてしまいます。ここに出てくる人達は皆,自分の信じる道を進んでいるのですが,ちょっとまわりが見えていない部分があって,それが悲劇を生んでしまいます。だけど皆自分に正直なんですよね。僕だってちょっと運動した結果,体重が下がれば単純に喜ぶし,学生時代に考えていた事にこだわってしまう事もあるし。だけどそれらは多種多様な考え方の一つだと思うようにしてしまいます。ある意味では彼等がうらやましいですよね。